メザスヒカリノサキニアルモノ若しくは楽園

地球は丸かった 太陽が輝いていた
「ごらん、世界は美しい」

感動の映画と美しい風景と愛おしい音の虜

第一話 「おねがいしまーす!」

2006年03月17日 | LAWSON CALLING
---数年前僕はとあるコンビニエンスストアの深夜バイトをしていた
住宅街にあるコンビニだからそれほど客は多くない
毎日同じ客が同じものを買ってく、そんなコンビニだった
深夜1時から朝9時までの間、店員は僕一人だけだった
断っておくが僕は反社会的な思想を持っていた---

毎朝、早朝4時頃、一番客が居ない時間にそのお婆さんはやってきた・・・。

背中が大きく曲がっていて、元々小さい体をさらに小さく見せていた。
正味1メートルくらいの身長だっただろうか。
顔はある種子供のような印象も受ける。

その小さい身長と、扉の端っこの方から入ってくるためお店に入った時のあの”キンコーン”というチャイムに反応しない。
棚に隠れ、姿も見えない。
そして足音もなく静かにすばやく歩く。

最も人の少ないその時間、僕は最も油断している。

品入れ、品出しがあるため店内をウロウロしながら仕事をする。

独り言を言ったり、歌を歌ったり、踊ったり。
とにかく一人なので部屋に居る時の心理状況と同じ様なものだ。

ところがそのお婆さんは突如として、その僕の世界を粉々にする。

僕は商品の棚の位置なんか把握しているため、入荷されてきたケースから商品を取りだすと、それを手に持って、かぶり気味にコーナーのインすれすれを曲がったりする。

とそこに小さなお婆さんがグーン!!

またある時は鼻歌なんかを歌いながらかがんでパンを品出しして、立ち上がる。
とそこに小さなお婆さんがグーン!!!

僕は思わず「ぎゃー!!」と叫びそうになるのをこらえる。
でも心の中ではそう叫んだ。
心臓はバクバクだった。
そのシチュエーション、恐怖はさながらB級ホラーもんだ。

最初のウチは油断して何度もその恐怖にやられた。

しかし長い事働くとだんだん対処法を見つけ、その時間帯になると気を引き締め警戒態勢に入る。

しかし、今度は居ないのに居るんじゃないか?みたいな見えない影に怯えた。
店中を回りお婆さんを探したり。

いざレジにくるとそのお婆さんは「プシュー・・・プシュー・・・」と謎の呼吸音を鳴らしながら必要以上に目を背ける。
無理やり目を合わせてやろうとしても、首を左右に揺らしそれを許さない。
決して声を発さず、挙動不審、極度な人見知りのお婆さんだ。
財布からお札を取り出すとそれをカウンターより低い位置からカウンターに乗せ、5cmずつ僕の方へ押してくる。
僕がそのお札を取ろうとすると手と手がぶつかりかねないのでコツがいる。

僕はそのお婆さんに対して憤りを感じていたのでよく意地悪をした。

お婆さんがレジに立っているのに気付かないふりをしたり
(そんな時お婆さんは僕の視界に必死に入ってきて、無言でお辞儀を何回もする)、
お札をレジに置いた瞬間に奪ったり
(そんな時お婆さんはさらに首を揺らし、激しく動揺する)、
パンとパックのジュースを買ったのに袋にハシを入れたり
(無言で返してくる)。

まーそんないたずらを涼しい顔でしていたのだが、ドSの僕の心は加速し、何とかそのお婆さんに声を出させたくて仕方のない心境になっていた。

ある日僕はお婆さんの姿を早めに察知できた為、気付かないふりをしてバックルームに篭ってやった。
そして机に座り、防犯カメラのモニターでお婆さんの動きを観察した。

しばらく商品を選んでお婆さんはレジに行った。
しかし一向に店員は出てこない。
キョロキョロとあたりを探す。
一列一列通路を探す。しかし店員は居ない。
そんな姿を見て僕はかわいそうな気持ちになったが心を鬼にして放置した。

すると次の瞬間---
「はい!おねがいしまーす!」
・・・と甲高い楠田枝里子のばりの声が静寂の空気を切り裂いた・・・。

刹那、僕の心は戸惑いを隠せない。
何が起きたのか、それを脳が把握する為時間が必要だった。
大好きな漫画がアニメ化された時、主人公の声優の声が想像と全然違っていたようなショック。
でもこの場合ショックは無くただただ呆然とするばかり。

その日以来、僕はそのお婆さんのことが少し好きになった。
もう意地悪をしなくなった。

あれから数年、あのお婆さんは今も元気に早起きしてるだろうか・・・。

めでたし めでたし。

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