会社を辞めた時、漠然と思ったのは
「暫く人生の休みにして、パリに行ってみたい。パリを見てみたい。」
ということだけだった。
何故か知らないが、人生の中で触れてきたパリを舞台にした映画やドラマや物語が強く心に残っていた。
地球の上にわずかしかない、世界中から人を集めるような力を持った街だと買いかぶっている。
深く生きることに絶望してしまったのでやけくそでバックパッカーを追加した旅になってしまった。
ショートケーキで例えるならいちごだけ最後に食べるタイプで。
だからパリまでに敢えて遠回りを繰り返した。
だからこそハードルはどんどん上がり、パリへのモチベーションは感動的な程になっていた。
しかし遂に、本当に遂にパリ行きの夜行電車に乗り込む時が来たのです。
(ゆるせない話)
ところがですよ、先日も書いたマドリッドのチケットカウンターのおっさんの亡霊にまたもややられたのだ。
駅員に誘導され導かれた部屋。
おばさん二人が座っていて僕が入った途端に
「なんでお前が入ってくるんだ!ここは女性専用部屋だ!!」(推測)とめちゃめちゃキレられる。
仕方なくチケットを見せると、それを奪い取って物凄い早歩きで電車から出て行く。
僕はチケットを破かれる!パリに行けなくなる!などとめっちゃビビる。
急いでおばさんを追うと、今度は車掌にめっちゃキレている。
しかも俺の憧れのパリ行きのチケットをバシバシやる感じで!
よく見ると確かに僕のチケットにはシニョーレ(多分スペイン語で女性の意)と書いてある。
仲裁に入ってきた、多分夜行電車のレストランのスタッフと思われるおっさんは
「満室だから今日の君の部屋はカフェテリアしかないね、君はカフェテリアで寝るんだよ。」(推測)
案内するよとそのおっさんに導かれカフェテリアへ。
道中「君は髪が長いから女と間違われたんだよ。」などと笑う。
いや・・・全く笑えないから!
マドリッドーパリ間は15時間越えですよ?
そしてカフェテリアの女性スタッフに間違えたチケットを買わされて今日の僕の部屋はここになったと告げる。
もう半端ない怒りに体を震わせていたが、日本だったらチンピラ口調でブチ切れまくってたが、なにせスペイン語は使えない。
因みに電車のスタッフも殆ど英語が通じない。
電車が走り始めるとすぐにカフェテリアは混みだした。
僕は怒りを態度で示すしか無いと、堂々とキャリーケースを置き、リュックをカフェテリアのカウンターに乗せて、靴を脱いで突っ伏したり壁に寄りかかって座ったりして外人達が近づけないオーラを発し続けた。
席が足りなくなろうが僕は靴も脱いで足を乗せ、確保した二席を絶対に譲らなかった。
次々と入ってくる、外人達は皆「なんだこの日本人は??何か危ないから近付かないでおこう・・・」的な、腫れ物を触るような視線だった。
もう噴火しそうに激昂していた僕は、お構いなし。
スペインと戦争になるまでふてぶてしく居てやろう!位に思っていた。
こんなに気に入ったスペインを最後に怒りで去るなんて寂しい限り。
なぜ1%にも見たない日本人、椎間板ヘルニアの俺だけが何百人も居る乗客の中で唯一部屋が無いのだ?と己の不運を呪った。
結局見かねた車掌さんが必死に客室を確保してくれて僕のカフェテリア暮らしは1時間半で終了した。
しかし誰も何も言ってこないでカフェテリアに座っていた僕は15時間ここで耐えなければいけない・・・ととても辛い心だったのだ。
用意された部屋は夜中まで僕一人だけだったし快適だった。
電源も使い放題。
寝台の部屋はタオルや歯ブラシや水などのサービスがある。
ベッドの寝心地もなかなかである。
これらを無しにされかけたのか?と思うとホント冷や汗である。
そのリカバリーで何とか僕の心は平穏に帰った。
夜中に乗ってきた、多分フランス人のおじいさんはおとなしくて紳士的だったので良かった。
初めてのドミトリー的な経験だった。
うつろいゆく車窓を見てパリへの想いを募らせていた。
目が覚めたらそこは死にたいくらいに憧れた花の都パリなのである。
自分が人生の中でパリに行くことがあるなんて夢にも思わなかったが、遂にパリである。
本当に本当に
遂にパリである
僕とパリが遂に接する時が来るのである。
「暫く人生の休みにして、パリに行ってみたい。パリを見てみたい。」
ということだけだった。
何故か知らないが、人生の中で触れてきたパリを舞台にした映画やドラマや物語が強く心に残っていた。
地球の上にわずかしかない、世界中から人を集めるような力を持った街だと買いかぶっている。
深く生きることに絶望してしまったのでやけくそでバックパッカーを追加した旅になってしまった。
ショートケーキで例えるならいちごだけ最後に食べるタイプで。
だからパリまでに敢えて遠回りを繰り返した。
だからこそハードルはどんどん上がり、パリへのモチベーションは感動的な程になっていた。
しかし遂に、本当に遂にパリ行きの夜行電車に乗り込む時が来たのです。
(ゆるせない話)
ところがですよ、先日も書いたマドリッドのチケットカウンターのおっさんの亡霊にまたもややられたのだ。
駅員に誘導され導かれた部屋。
おばさん二人が座っていて僕が入った途端に
「なんでお前が入ってくるんだ!ここは女性専用部屋だ!!」(推測)とめちゃめちゃキレられる。
仕方なくチケットを見せると、それを奪い取って物凄い早歩きで電車から出て行く。
僕はチケットを破かれる!パリに行けなくなる!などとめっちゃビビる。
急いでおばさんを追うと、今度は車掌にめっちゃキレている。
しかも俺の憧れのパリ行きのチケットをバシバシやる感じで!
よく見ると確かに僕のチケットにはシニョーレ(多分スペイン語で女性の意)と書いてある。
仲裁に入ってきた、多分夜行電車のレストランのスタッフと思われるおっさんは
「満室だから今日の君の部屋はカフェテリアしかないね、君はカフェテリアで寝るんだよ。」(推測)
案内するよとそのおっさんに導かれカフェテリアへ。
道中「君は髪が長いから女と間違われたんだよ。」などと笑う。
いや・・・全く笑えないから!
マドリッドーパリ間は15時間越えですよ?
そしてカフェテリアの女性スタッフに間違えたチケットを買わされて今日の僕の部屋はここになったと告げる。
もう半端ない怒りに体を震わせていたが、日本だったらチンピラ口調でブチ切れまくってたが、なにせスペイン語は使えない。
因みに電車のスタッフも殆ど英語が通じない。
電車が走り始めるとすぐにカフェテリアは混みだした。
僕は怒りを態度で示すしか無いと、堂々とキャリーケースを置き、リュックをカフェテリアのカウンターに乗せて、靴を脱いで突っ伏したり壁に寄りかかって座ったりして外人達が近づけないオーラを発し続けた。
席が足りなくなろうが僕は靴も脱いで足を乗せ、確保した二席を絶対に譲らなかった。
次々と入ってくる、外人達は皆「なんだこの日本人は??何か危ないから近付かないでおこう・・・」的な、腫れ物を触るような視線だった。
もう噴火しそうに激昂していた僕は、お構いなし。
スペインと戦争になるまでふてぶてしく居てやろう!位に思っていた。
こんなに気に入ったスペインを最後に怒りで去るなんて寂しい限り。
なぜ1%にも見たない日本人、椎間板ヘルニアの俺だけが何百人も居る乗客の中で唯一部屋が無いのだ?と己の不運を呪った。
結局見かねた車掌さんが必死に客室を確保してくれて僕のカフェテリア暮らしは1時間半で終了した。
しかし誰も何も言ってこないでカフェテリアに座っていた僕は15時間ここで耐えなければいけない・・・ととても辛い心だったのだ。
用意された部屋は夜中まで僕一人だけだったし快適だった。
電源も使い放題。
寝台の部屋はタオルや歯ブラシや水などのサービスがある。
ベッドの寝心地もなかなかである。
これらを無しにされかけたのか?と思うとホント冷や汗である。
そのリカバリーで何とか僕の心は平穏に帰った。
夜中に乗ってきた、多分フランス人のおじいさんはおとなしくて紳士的だったので良かった。
初めてのドミトリー的な経験だった。
うつろいゆく車窓を見てパリへの想いを募らせていた。
目が覚めたらそこは死にたいくらいに憧れた花の都パリなのである。
自分が人生の中でパリに行くことがあるなんて夢にも思わなかったが、遂にパリである。
本当に本当に
遂にパリである
僕とパリが遂に接する時が来るのである。