tokyo_mirage

東京在住・在勤、40代、男。
孤独に慣れ、馴れ、熟れながらも、まあまあ人生を楽しむの記。

「ミニマリスト」って…

2015-12-03 16:05:40 | 物申す
「ミニマリスト」ね。このところ話題みたいだけど。
一昨日の「NEWS ZERO」でも特集が組まれてた。

「不要な物は持ちたくない」。まあ、そりゃそうだと思う。
結局、「自分の所有物をあまねく自分のコントロール下に置けているか」
という問題なんだと思う。
「あれ?こんな物を自分は持っていたんだっけ…?」というような、
“どうでもいい”存在の物が、家の中にはない、ということ。
必要充分な物だけが家の中にあり、しかもちゃんと整理されていて、
いつでも自由自在に使用できること。
その状態は確かに健全だと思う。
「物に翻弄される」のではなく、「物をちゃんと管理している」状態だろうから。
そのコントロールさえできていれば
(あるいは「できている」という実感さえあれば)、
本来は、持ち物の「ボリューム」は関係ないんじゃないかと思う。
持ち物の「数を減らす」「捨てる」こと自体が目的化しているようだと、
首をかしげてしまう。
…まあ、ご当人の「趣味」というか、ご当人が「はまっているゲーム」と思えば、
他人がとやかく言うことじゃないんだけど。

ソファーがなくて代わりに布団を畳んで使うとか、
洋服を減らして毎日同じような恰好をしてるとか、
テレビやコンポの機能をPCで代替させるとか、
率直に言って「貧乏臭い」と思う。
(本当に貧乏な人を「貧乏臭い」とは言わない。
そうでない人がそうしているから「貧乏臭い」のだ)
で、よく誤解されがちなことだが、貧乏臭い(良く言えば「質素な」)ことが、
イコール「心の豊かさ」をもたらすわけではない。
心の豊かさは所有物の多寡とは関係ないのだ。
「物を減らしたら、心が豊かになりました」と言ってる人は、
どこかで耳にしたそういう(敢えて言うけど「安直な」)言説に
乗っかりたいだけなんだろうと思う。
ある意味、「信仰」に近いんだろうな。

「NEWS ZERO」で取材されていたひとりは、
元々は「汚部屋」暮らしだったのだが、ミニマリストのことを見聞きして、
「翌日、家の物をほとんど捨てました」のだと、自己陶酔気味に語っていたけど、
「捨てる」ってさ、その行為って、「心の豊かさ」には全く反するものだよね?
物に愛着を持ち、物の天寿をしっかり全うさせることが、本当の「豊かさ」だと思うよ。

ついでに言えば、ミニマリストを標榜する人たちって、
「物が少なくてすごいですね!」「すっきりしてますね!」みたいな
「他人の評価」「他人の視線」を、とても欲しがる人たちなんだろうな、と思う。
自宅の室内やら自分の生活風景やらをテレビに取材させる行為って、
はっきり言って、全然「ミニマル」じゃないよね?むしろ対極だよ。
文字通りの“マス”メディアに乗せて、不特定多数に公開してるわけだから。
自意識の極大化で、肥大化。
僕だったら、そんな風に「広く世間に暴露」されてしまった、
もはや私空間とも呼べない私空間に身を置いて、とても寛げないけどな。
(しかし、ミニマリストはテレビを持たないので、
自分が番組でどう報じられているのか、知る由もない…というオチがつくんだけど)

物は物でしかない。
多かろうが少なかろうが、そこに何か「精神性」を見出そうとするのって、
なんだか危なっかしいなと思う。

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