ニコチャンマネーメイク

株式売買などのマネーメイク日記。

福岡市内に10年に1度の大寒波で吹雪で買い物に行きました

2023-01-27 18:48:44 | 運転の上達方法

今回は福岡市内にも10年に1度の大寒波到来という事で、2023年1月24日のお昼に家族の車、ガソリン車に乗ってショッピングセンターに行き、立体自走式お客様駐車場の4階に駐車しました。

 

 

上記は1月24日の12時58分にショッピングセンターのお客様駐車場でスマホを見た時の外気温マイナス2℃の画像です。

 

 

上記は、その駐車した家族の車の前の車の様子で、フロントガラスなど積雪しまくりです。

 

まず、2022年4月1日から、それまで自宅前にデカい屋根付き月極駐車場が工事で利用できなくなり、新しくできた屋根なし月極駐車場に移動しました。

 

「さあ、今日は買い物デーなので出かけるか」 と自宅窓を開けると雪が降っていました。

 

ダウンジャケットを着ずに出発し、屋根なし月極駐車場に行くともう家族の車も、30プリウスも積雪していました。

 

リアガラスの積雪は落とした方が良いのですが、まあこのまま走っておくか~ と出発すると、フロントガラスの先にもうホワイトアウトという感じだったので、ところどころでスマホで撮影しておきました。

 

まず住宅街の裏道を走って幹線道路に出るのですが、さすがに狭い裏道は車を見かけないし、幹線道路では「うわっ、まさにホワイトアウトという感じだな」 と感じながらポジションランプを点けて走り、後はサマータイヤを履いているのでそのまま走りました。

 

ショッピングセンターに到着し、立体自走式のお客様駐車場の坂を一気に4階まで上り、「うわっ、いつもの場所が一杯で、幹線道路から吹雪で避難してきた人が車内でじっとしている」 という感じでした。

 

吹雪だったのと、リアガラスに積雪していたので、駐車場で空いた場所の中で風の影響を受けない場所をみつけ駐車しました。

 

ATMコーナーに行くとそこには1人いたくらいで、駐車場代が引落になるのが27日なのでお金を入金し、後はスーパーに行っていつものように買い物し、駐車した4階に行き、家族の車のエンジンをかけ、荷物を後部座席に積みました。

 

後は、クロスをドアポケットから出して、リアガラスとか、ドアミラーなどの積雪が解けていたので、サッと払い落としました。

 

ほんとは、出発前に落とした方が良いのですが、いつも30プリウスだとリアワイパー動かせばサッと後方視界は確保できるので、「このまま走るとどんな感じなのか?」 と思ったので、わざと落とさずにスクランブル発進した感じでした。

 

後はエンジンをアイドリング状態のまま、車内でタバコ休憩をいつもより長めにして水温計の上昇をある程度確認して帰る事にしました。

 

ドライブだと、それ程気にしなくても、雪道での寒い気温でのチョイ乗りでは、バッテリーの電圧低下したりする事もありますし、ガソリンエンジンは低温ではリッチ状態の濃いガソリン噴射となるので、多少安定を確認しておく方が良いです。

 

福岡では滅多に積雪ないわけで、そこで路上で立ち往生となりますとスマホからJAFなどのロードサービス呼んでも来ないので待たされるので、一気に走り切る必要があります。

 

いつもの屋根なし月極駐車場に帰り、またアイドリングで少し様子を見て、荷物を持って家に帰りました。

 

まず、ドイツでは自動車学校に行くと、最初に運転哲学を教えている。 「車の運転は常に俯瞰(ふかん)視で周りの車や人を良く見て事故などに気を付け、誰かの迷惑にならないこと」 と教えその後に公道で実戦運転をさせていたりする。

 

社会人になった時に、やはり、「誰かの迷惑にならない事」 というのは意識しないといけないと思う。

 

私の場合は、家族の車でサマータイヤを履いていたりするわけですが、よくテレビのニュースでも、「スタッドレスタイヤを履いているので大丈夫だったと思った」 という人が出てきて、雪道で事故をやらかしてしまっていたりするじゃないですか。

 

道具さえ良ければ事故に遭わないという勘違いというか、思い込みも多いと思う。

 

自然災害であったり、普段と違うシュチュエーションに遭遇した時とかは経験則で判断していかないといけないと思う。

 

例えば、大学生が普段大学へ友達を乗せて運転しているとします。 

 

そんな時に、前を走る車が左折しようとして、一旦右に寄せてから左折していれば、「何だあいつ、今の運転見た? 自動車学校に通うへたくそな人がやるような事をもう大人のおじさんなのにやっていたよな~」 とみんなで笑ったりする。

 

たぶん、それで思い込みをしてしまうと思うのです。

 

大学を卒業して新社会人デビューして会社員になると、自分から見て大先輩というか、お父さんみたいに年齢の離れている温厚なおじさんみたいな人が車に乗っていると、「何だあいつ、危ねえじゃねえか、運転できないら運転するなよ~」 みたいに車内で大声出したりする。

 

社会人の考え方として、「運転もできないのに、なぜ公道で車を運転しているの? それって周りの人の迷惑って事が自分でわからない人なの?」 みたいに怒ったりする感じに、私三之橋の場合でも驚いた感じ。

 

規準みたいなものが一気に跳ね上がる感じがある。

 

OL姉さんとかを乗せて運転していると、変な運転している車があると、やはり同じように、「運転できないのに何で公道を運転しているの?」 みたいに怒る感じ。

 

1つ間違えば、車の運転って凶器のようになる事もあるわけで、安全とかを意識できない人というのは、あまり関わりあいになりたくない人という位置づけだったりする。

 

「じゃあ、どうすれば良いの?」 

 

という部分では、私三之橋の場合のように1人でどこかのスキー場にスキーもしないのに運転して、雪道を運転すれば良いのだと思う。

 

福岡に住んでいる人というのは、「雪が舞い散る事はあっても積雪は滅多にない」 という感じになる。

 

そうすると、雪道を運転するという技術面では場数の数そのものが少なくなってしまうと考えられる。

 

自分にとって将来ウィークポイントになりそうな箇所になると考えられるので、あえてそれは積極的にやってつぶしていく感じ。

 

例えば、仲の良い男友達とか、彼女とか、誰か乗せて運転する方が精神的に楽じゃないですか?

 

18歳で免許取得したばかりで、初心者マークを貼って自分で運転していると、「これはどうすれば良いのだろうか?」 と悩むシュチュエーションがあった時に、助手席の男友達が、「こうすれば?」 みたいな助言してくれるとそれは助かる。

 

でも、その助言は会社員になって1人で運転している時にはたぶんないと考えられるので、それに慣れてしまうと変な癖となるとも言える。

 

最初から地図の本を乗せておき、後はそれを見ながら、「県道〇〇号線から、国道〇〇号線に入って、・・・」 みたいにドライブルートを自分で考え組み立てて、それを正確にトレースする感じで運転して、「この先雪道になっていますので、チェーンとか持っていますか?」 と立っている人とがいて訊かれ、「あっ、大丈夫です。 トランクに積んであるので」 と言って通してもらい、「ヤバいなあ~、チェーンなんかないや」 と思ってしまう感じ。

 

全面真白というホワイトアウトという景色を見ながら、「これがホワイトアウトか」 と思ったりする。

 

自分が映画とかテレビで観たシーンと、実際に感じるものではどう違うのか? を体験する。

 

「三之橋さんって、ほんとに雪が降る道を運転したりするの?」と訊かれる事もあるのですが、会社員になった時に、「今度の大寒波で大雪が積もる予想です」 とかニュースでやっていると、「今日は仕事終わったら、マイカーで熊本に遠征してみるか」 と20代とかではいつもそんな感じ。

 

まず、福岡市内の自宅前にデカい屋根付き月極駐車場から、車に乗り、下の道を走る。 まあ、山道という感じで夜22時とか超えていると周りにはもうトラックしか走っていない感じで、上りの車線で、雪が降って渋滞していたりする。

 

デカいトラックに深夜に囲まれていて、乗用車は自分だけというポツンと感があり、1人しか乗っていないので、「おっかないなあ」 と言う感じでフルオートエアコン設定温度25℃になっているので、そんなに寒いという感じではないのですが、降りまくる雪を見て、スタックしているトラックとかを避けて進むので、「故障したらどうする?」 みたいな不安はある感じ。

 

誰かに会いに行くとか、遊びに行くという目的ではないので、よく考えてみれば、「どうしてこんなことをしているのだろうか?」 と思う事もある。

 

雪道独得のトラックばかりの渋滞路みたいなものが流れが良くなり出して、普通の走りに戻った頃に車内の時計が24時とかになっていて、「ヒュ~ン、ヒュ~ン、ヒュ~ン」 みたいなアラームが鳴り、外気温0℃というのが点滅し、「アイスバーン警告か、何だかあの世に行くみたいな怖さあるよなあ~」 と思ってしまうくらい不気味さを感じる。

 

熊本市内に到着し、「おつかれさま~、それじゃあ折り返しますか~、明日は日曜日なのでゆっくり寝たいので、高速で帰りますか~」 と高速インターチェンジに向かう。

 

インターの料金所で、「大雪ですが、チェーンとか持っていますか。 この際走れないですよ」 と当たり前の事を言われるので、「あっ、トランクに積んであるので次のサービスエリアでやりますので大丈夫ですよ」 と言って通してもらい高速で一気に福岡インターまで目指す。

 

雪が舞い散りまくり、夜中なのでヘッドライトに照らされて、その景色を見ていると異常に眠たくなったりして、周りに1台も車が走っていない感じ。

 

スポーツカーのロープロファイルのスポーツタイヤを履いて、それで走っている感じ。

 

昔は料金所とかにスタッフさんがいて、「この先雪で通行できないですよ」 と親切に声かけされて、たしかに物流のトラックが走っていないので危険かなあ~ と思うのですが、「誰もいない貸し切り状態なら事故に巻き込まれないか~」 と走ってしまう。

 

そんな感じで、やっていて、決して楽しいとも言えない感じ。。

 

1歩間違えば、事故に遭い、雪とかだとそこに助けが行くまでに時間も要するわけで、危険といえば危険である。

 

アクセルワークとかも慎重にやらないといけないわけで、それも訓練かと思ってしまう。

 

人は18歳で自動車学校に通ったりして運転免許証を取得したりしている。

 

そこから先は、二極化していると思う。

 

1つは、「もう自分が運転できるんだ」 と思い、免許証を手にしたところがゴールだと思う人。

 

もう1つは、「やっと運転できるスタートラインに立ったんだ」 と練習したりする人。

 

昔F1のレーサーみたいな人が、引退してドライビングスクールを立ち上げるというのがテレビか新聞で紹介されていました。

 

「人は運転はこうするみたいにものを一方的に教えられている。 それで自分がこのスピードで思いっきりブレーキペダルを踏んだらどうなるのか? とかの経験がないので事故に遭って死んだり、一生下半身不随のケガを負ったりしているので、そういう貴重な経験を積ませると伸びるんだ」 みたいな説明をしていました。

 

私三之橋の場合も、同じような考え方をしている感じで、それで北海道の札幌とかに飛んで、チェーンを巻いたレンタカーとかで雪道を運転して、土地勘のない道路の雪道を走ったりして、「疲れたなあ~」 とホテルでバタンキューと寝て、翌日飛行機で飛んで帰るとかしていた感じ。

 

一応18歳の大学1年生の時だったので、もう大人なのでルールを決めよう~、そう考えて、もしも自分1人で雪道を走ってどう対処して良いのかがわからない事があって、泣いたりしたりすればそれはゲームオーバーのサインとしよう~ と考えた。

 

後はスタックして、誰かに助けてもらったとか、事故をやかした時とかには、潔くやめよう~ とルールを作った感じ。

 

やはり命は1つしかないわけだし、車の運転というのは、周りの誰かの迷惑になってはいけないと教えていたと思うので、自分がまったく土地勘のない場所に飛行機で飛び、そこで普段経験しない雪が降りまくる景色の中で、事故とか起こしてしまうとか遭ったりすれば、それはアウトと自分で判断できる人でありたいと考えた。

 

でも、相当危険なことをやったりしているとは思いますが、1度も対処できない故障とか、スタックして助けてもらったとか、そういうのが無かったのです。

 

考え方としての説明ですが、車の運転で雪が降らないような福岡とか九州に住んでいる人だと、大人になってある日どうしてもその雪の降る道路を運転しないといけない理由ができた時に、いざ運転してみたら想像と違って事故に遭った~ とか大人が言うじゃないですか。

 

そんな人になりたくないだけです。

 

18歳の大学1年生で、素人というところからスタートして、「俺は雪道の運転に挑戦してみたら事故ったよ」 と同じ大学の子に話せば恰好悪いじゃないですか。 そう考えると、挑戦しない方が安全パイとなると思う。

 

でも、外しい失敗になるのかもしれないのですが、その時に挑戦するというラインを自分で超える事ができないと、10年後とかの30歳とかになって挑戦しようとは思わないと思うので、一生何も挑戦しないで終わるのかもしれない。

 

だったら、18歳の大学1年生であれば、失敗してもそれはちょっと評価されるのかもしれないな~ と思った感じ。

 

大学を卒業して、新社会人となった会社で、役員の人から、「三之橋さん、ちょっと行きたいところがあるので、車を運転してくれないか」 と言われた。

 

企業によくある真っ黒な、黒塗りの新車があり、専属のドライバーという運転手がいるのですが、何か相性でも悪いのか、その人の運転は好きじゃないみたいで、どこか落ち着かないのだと思う。

 

運転する時に雪が降って、「こんなに雪が降るとは思わなかった。 天候も悪いしどうしよう?」 と車内の後部座席に座っている役員に言われ、「あっ、大丈夫だと思いますよ。 こんな雪の降る山道は1万回くらい走ったので、その経験測でそう判断しています」 と運転席で私三之橋が言ったりする。

 

「その人の経験を買う」 みたいなことわざのようなものもあるので、経験の場数というのは重要だったりする。

 

お正月とかに家族で佐賀県の祐徳稲荷神社にお参りに行く時に、峠道を走るとそこは山道なので雪とかが降ったりして、冬の暗い天気に中で走ると、「こんな道怖い」 と家族が言ったりする。

 

何かこの世の終わりみたいな感じの雰囲気があり、別ルートの国道202号線の海岸沿いを晴れたお正月に走る時とは大違いとなる感じ。

 

男性の場合は、18歳の大学1年生の免許を取ったばかりの人でも、彼女とかとドライブで走るルートでは、雰囲気の悪い怖いルートは外して、彼女ウケの良いルートなどをチョイスすると思うのですが、それもいつもそんな道ばかり選んでいると練習にならない。

 

車の運転というのは、免許証を取得して、その1年生の時に初心者マークを貼って公道で実際に運転していくという感じになるわけですが、いつも友達と一緒にやるみたいな感じだと、練習にならない感じもある。

 

今回の10年に1度の大寒波がやってくるという件に関しても、実際にそんな日がやってきた時に、「これは吹雪になっているので、出かけない方が身のためよ」 みたいに保身に走る人もいたりすると思う。

 

でも、それは滅多にできないチャンスという風に考える人もいると思う。

 

実際に吹雪の中で家族の車で運転して、1人で出かけてみて、後で振り返っておひとり様反省会で、「何か判断ミスしたところはなかったかな?」 と考えてみる。

 

普段の日常ではない、非日常というシュチュエーションでその環境に順応できる人もいれば、そうでない人もいる。

 

「うわっ、福岡市内が珍しく吹雪という感じか」 と見て思った時に、「それじゃあ、いつもの買い物に出かけますか~」 みたいに出かけてみて、もしもうまくいかない想定外の事でもあれば、それは後で修正しておいた方が良いのかもしれない。

 

18歳の大学1年生であれば、そこで気づいたうまくできなかったところをそこにフォーカスしてできるようになれば1歩前進できるだけの話かなあ~ と思うし、失敗でもして、「もう2度と雪の日は運転しない」 と思えばそれもまたその人にとっては正解なのかもしれない。

 

私三之橋の場合は、18歳大学1年生になった時に、もう周りの子はみんな免許も車も持って乗っていて、それは将来できないと自分が困るだけだよ~ みたいなことを言って乗っていた。

 

私の場合は男性なので、彼女とかを乗せて県外のテーマパークに遠出して行くというシュチュエーションでもドライブルートの組み立てでも自分1人でやらないといけないし、何か故障とか道に迷った時でも、「自分だけが頼り」 という感じでもあった。

 

それは会社員となった社会人1年生でも会社の高級車というデカい黒塗りの車を運転し、後部座席に役員が座っていても、やはり1人で何か問題に対処しないといけないという所は同じであり、それは仕事でもそんな感じで自分で判断しないといけないところが多々あるという感じだったので、大学生時代に自分なりに考えてあえて雪の降る雪道とかでも積極的に1人で遠征したりしていた経験から、スムーズに会社員ゲームという新しい環境に順応できただけかなあ~ と思ったりする。

 

車の運転のスタートなる始点がそんな感じだったので、大人になった今でも、「珍しく吹雪か、それじゃあいつものように買い物に行っちゃいますか~」 とやっているだけなのだと思う。

 

例えば、福岡では積雪は3年ぶりとかよくニュースで言ったりするので、ひょっとしたら前回の3年前にできた事が今では覚えていないのかもしれない。

 

ひょっとしたらデカいショッピングセンターの立体自走式のお客様駐車場は、外にある坂道を上るとか下るので、凍結して前に車、後ろの車にぶつかったりして、泣いてしまうのかもしれないじゃないですか。

 

どんなに車の運転が上手かったという人であっても、1年経つとそれができなくなっている事もあると思う。

 

検証しておくのが自分の為でもあるので、それで躊躇う事もなく運転しているだけだと思うのです。

 

当時を今振り返ってみた時に思うのは、大学生は、”車占いゲーム” をしていたのではないかなあ~ と思う。

 

例えば、自動車学校に通いそこで教官に公道で運転する為の最低限の知識みたいなものを教わり、「三之橋の場合はここがダメ」 とか指摘されたりする。

 

自動車運転免許証を取得したら、そこから先は二極化していく。

 

18歳になったので、自分が乗りたい車を買い、友達や彼女を乗せてどこかに運転して出かけられればそれが楽しいだろうし。

 

でも、大学生の場合、4年後には卒業してどこかの企業に入る為の過程に過ぎないという位置づけだったりするわけで、自動車運転免許証を取得した後に中古車で普通車をローンで買い、初心者マークを貼って1人で公道を運転してみたりする。

 

教官に出された宿題のようなもの、まずはダメだしされた箇所を自分でできるようにと意識して修正していく。

 

福岡市民だと、彼女やガールフレンドとかが、「志賀島にドライブに行こうよ」 みたいに言えば、ちょっとカワイク見えるかなあ~ と思ったりするのですが、「ねえ、今度新しくできたテーマパークの〇〇〇〇〇に行こうよ~」 なんて言っちゃったりして、「えっ~~~」 みたいに驚きがある感じ。

 

自分としては今のタイミングでまだそれはちょっと早い、というかあまり行きたくもない県外の土地勘なんてない目的地で、正直な話として地図の本を見てもどういうルートで走れば良いのかもわからない。

 

じゃあ、まったく車の運転とかしない彼女であったり、ガールフレンドがそう希望した時に、「俺はちょっと運転が苦手で」 みたいに夢を壊すような人でもありたくない気がして、行ってしまう。

 

自分で考えて組み立てたカリキュラムみたいなものでなくて、ただ人によって左右されてしまった感じの行動目的となる感じもある。

 

「何をどう、どれだけ練習すれば良い」みたいなものは誰も教えてくれない世界なので、まずは最初に1人で運転して、周りの車の運転者に、「あの初心者マーク貼っている1年生は運転下手だなあ」 と言われない、思われない運転を目指す。

 

周りの人が見て笑うような素人感というのは、毎日運転すれば、1週間もあれば消えていくので、後は自分なりに「これをやるか」 みたいに考えていかないといけない。

 

彼女であったり、ガールフレンドであったり、「今度の休みは、あそこに行こうよ~」 と誘われたら、自分1人でドライブルートを考え、その組み立てたプランによって運転し、道に迷えば自分で道を尋ねてきて修正しないといけない。

 

ご飯を食べるタイミングとか、どのくらいのスピードで走るとか、あまり素人の1年生だからといって隣の助手席で彼女とかが、「あまり楽しくないわ」 と感じてしまえば、それは楽しくないわけで次回はないと思う。

 

車の運転は、”手続き記憶” だと言われ、それは交通事故に遭って記憶喪失になった人でも、側頭脳に刻まれる記憶なので、覚えていたりすると言う。

 

仕事も同じカテゴリーとなる、”手続き記憶” となるわけで、もしも車の運転の上達具合が伸び悩むとかあれば、それは大学を卒業してどこかの企業に入社した時に、似たような結果になるような感じで、仕事の覚えも悪いと予見できるので、「もっと就職する企業のレベルを下げた方が良いかな」 みたいな戦略になると思う。

 

器用か、不器用か、みたいな結果の部分を4年間分総合判断すれば、自分の未来が見える感じになると思うので、大学生は占いゲームみたいなものとして車に乗っていたりするのだと思う。

 

昔から、煽り運転するような感じのちょっとガラの悪い人とかは田舎の方とか走れば、普通にいたりするわけで、あまり1人でそんなところを運転したいとも思わない感じもあるのですが、1回ちょっと怖い人と遭遇した時に、それに対処できたりすると、「こんな感じか」 みたいな何かを掴む事ができ、それをきっかけに自信が出るようなこともある。

 

雪国で生まれ育ったわけではないので、当たり前に普通に考えた時に、「まだ免許取ったばかりだし」 みたいに躊躇してしまうと思う。

 

でも、18歳の脳みそで考えた場合、「自分はちょっと苦手で」 みたいに暗示となり、自分でかける暗示ってメチャ強力なので、外せなくなっていくだけ自分の首を絞める結果となるかなあ~ と思ってしまい、えいやっ~ とその一線を乗り越えてしまっただけだと思う。

 

結局ね、4年間自分なりに挑戦し続け、何も無かったのでそのまま会社員ゲームに参戦しようと思っただけかなと思う。

 

「自分で限界は作らない。 でも、限界がきた時には素直に受け入れよう」 と考えただけ。

 

18歳や、22歳の人で、その人が何が欲しいというのは、人それぞれ違っていたりすると思う。

 

高校生の頃に街で見かけた車が欲しいという事でそれを買って乗って大満足な人もいる。

 

洋服が好きで、高い人気の洋服でビシッと決めたファッションで、そんな恰好で飲み歩くのが楽しい人もいる。

 

TikTokを見ていると、「俺はこんなにお金稼げちゃったよ~」 みたいに自慢して楽しそうな人もいる。

 

私三之橋の場合は、たぶん、それまでの高校時代にいつも一緒で、その子に、「お前とは将来ずっと付き合っても良いと思っている」 とか言われ、まあそんな人生かなあ~ と思ったりした。

 

でも逸れてしまい、大学生となった時に、自分でどの方向にどう進むのか? がわからなかった感じ。

 

テレビを観れば、そこに夢に向かっている若者たち、みたいな紹介番組があったりする。

 

でも、それを見ても想像してみてもよくわからない。

 

何となくそういう普段考えない将来の事を考え、でも何か結論出るわけでもないわけで、タイムアウトエラーで大学の入学式になってしまい、そこで周りの子が、「将来の為に車に乗っているんだ」 と夢を語る感じに見えたので、「同じ目標にしておけば4年間悩まずに済むか」 みたいに気楽に考えたので、悩むことが無くなった感じ。

 

でも、目標がないような人にとっては、その目標とはどういう風に見つけるものなのかがわからない。

 

大学生の人が、将来を案じて自殺される報道とかもあったりしますが、そんなに悩む事もないような気がする。

 

私三之橋の場合は、車の運転は、最初に苦手意識が強かったので、せめて4年間でその苦手意識がもっと気楽なものに変える事になるように努力しておこうと考えた。

 

誰かの葬式に行った時に、寺の和尚さんが、「楽しい事もあれば、しんどいと思う事もあり、それが人生」 だと言ったりする。

 

それと一緒で車の運転して大学にでも行けば、ザンザン降りの雨の中を走る事もあるし、雪が降る日も走る事もある。

 

友達と一緒で、車内での会話が弾むという日があったり、彼女の乗せて県外まで遠征し、それが楽しい日もある。

 

楽しい日もあれば、ちょっとしんどいなあ~ みたいなザンザン降りでも大学に行くというのは人生である。

 

最初に苦手意識からスタートしているので、気を付ける事は、” no one special" という感じ。

 

そんな感じなので、今大学生で悩む人でもいれば、「私はこういう感じから車の運転という苦手意識の強かったものに挑戦し、雪道でも走って、少しは苦手意識を改善できたと思う。 座右の銘は、” no one special" です。」 みたいに締めくくればストーリーとしては良いと思うのです。

 

私の父は自営業となる。

 

あまりご存知でない人もいらっしゃいますので、書いておきますと、実家が何か商売でもやっている子せがれみたいな人はどこかの企業の求人にでも応募すると、大幅なマイナス点が最初に加算されるので、内定1つ取るのが意外と難しい。

 

それをどうやって躱すのか?

 

みたいな戦略を考えておかないと苦労すると思う。

 

正直な話としてどこかの企業に入社できて働くとかした時に、実家がちょっと裕福で甘やかされて育った人が入社まではできた後で、現場で使えないレベルだと判断されて辞めさせられていくとかは見たりする。

 

もちろん例外はあると思います。

 

ただ、現実問題として、親の職業なども影響するので、そこは自分なりに考えて、” no one special" という風に考えて行動しているだけですよ~ とアピールしておくと上手くいきまくる感じ。

 

昔、元事務次官だった人が長男を殺害した事件がありました。 外に出ると偉い人という感じの事務次官まで勤めた人が家に帰ると息子さんが殴る蹴るとかしていたらしい。

 

人生うまくいかず、引きこもる人というのは、「俺がこうなったのは親の教育が悪いからだ」 と逆恨みする感じがある。

 

父親が偉かったりすると、子供時代は、特別な人みたいになり、本人もそれを自覚していたりして、大人になるのをどこか嫌がる感じもあったりすると思う。

 

例えば、家がちょっと裕福でお小遣いとかガンガンくれる親がいたりすると、女の子の場合でも、「結婚したらこの家の人でなくなるので損する」 と考え、お嫁にいかない人とかがいたりする。

 

高校生とかに欲しい服を買ってもらえたりすると、自分は親ガチャで当たった特別な人なので、みたいに何か属している事が重要に思えたりするとかある感じ。

 

親がちょっと、小金持ちみたいな裕福だったりすると、わざわざどこかの企業に入社して、頑張らないといけない理由もなかったリするので、頑張らない人はいたりする。

 

「親が子をダメにする」 というパターンは存在しているので、子育てでは、別のパターンでいくという人もいて、その1つが、「ノーワンスペシャル」 と呼ばれるコースだったりして、「あなたは普通の人ですよ」 と教えられる。

 

私三之橋の場合は、福岡市立の幼稚園・福岡市立の小学校に行った感じですが、幼稚園生から一緒でそのまま小学校でも同じクラスになった友達は、いつもデカい黒塗りの運転手が運転している車で通っていた。

 

家が会社経営しているとかだと、私立のお坊ちゃま学校に通うと考える人がいますが、現実は、ノーワンスペシャルみたいなコースを取る人というは意外と多い。

 

私三之橋が、小学生の高学年の5年生とか6年生になった頃にクラスにいつも同じTシャツを着ているようなポチャ体系の男の子がいた。

 

ある日学校に行くと、クラスが騒然となっていて、その子の家の会社が倒産したと新聞に載っていたという事で、本人はおばあちゃんのいる大阪に夜逃げしたと担任の先生が説明していた。

 

いつも小汚い感じに見えて、いつも同じ服しか着ていないような子がいて、ある日飛んでもない企業の息子だった~ とか知る感じで、福岡市立の普通の小学校に通っていたりして、あまりにも同化しているので、そんなに金持とか気づかなかったりした感じ。

 

世間一般では、”親ガチャ” で生まれた時に当たりの家に生まれたかのように言ったりする。

 

例えば、ごく普通の会社員の父親の家に生まれ育ち、人生がうまくいかなかったりすると、「俺は親ガチャで当たった〇〇とは違うので」 と言い訳したりする時とかに親ガチャという言葉が使われる。

 

でも、現実は親ガチャで当たりに見える人の方が幼少期から悩むとかは多いと思う。

 

「お父さんは、事務次官なのにあなたはこんな点数しか取れないの」 みたいな感じで苦しんだりして、大人になるまでに壊れてしまうとかはザラにあると思う。

 

1番楽だったりするのは、ノーワンスペシャルみたいなコースだったりする感じ。

 

男性なら、好きな女性とかに、「You are one special.」 とか言う感じ。

 

後は1人で海外とかに行った時とかに空港でお立ち台みたいなところに乗れと言われ、金属探知機とかで検査されるとかあるので、「I am no one special.」 と言いながら検査受ける感じ。

 

どちらかと言えば良く使うフレーズなので覚えておいて損はない感じ。

 

雪道というのは、カナダとか北米でマイナス10℃とかになるような地域でも、オールシーズンタイヤで雪道を走っていたりする。

 

融雪剤を道路にまくという感じで、そうするとアスファルトにヒビが入るとかの痛みが出るので、春とかに道路工事で税金で修復したりする感じ。

 

スタッドレスタイヤを売っているけれど、誰もそんな寿命が短いタイヤをわざわざ買わないので、買っているのは日本から来た駐在員くらいだといわれている。

 

アメリカとかって、そもそも自分でタイヤ交換できる人ってあまりいないし、自動車学校でさえも教えていない感じ。

 

タイヤがパンクすれば、路肩でスペアタイヤに交換したりすると轢き逃げに遭うとか危ないので、ロードサービス呼ぶ。

 

日本の場合は、昔はスパイクタイヤという金属の鋲のあるタイヤを履くというのが雪国では主流でしたが、粉塵の郊外問題となり使用禁止となり、近年はスタッドレスタイヤを履く感じ。

 

1度スパイクタイヤを履くと交換が面倒くさいので、おじいさんとが軽トラで乾燥路をそれで走りまくるとかあったので禁止されてしまった感じですが、スタッドレスタイヤも、冬になり履き替えるとそれで問題ないと思い込む人が後を絶たない感じで、必ず毎年大雪とかのニュースやワイドショーで、「スタッドレスタイヤを履いているので、大丈夫だと思った」 と若いママさんとかが軽自動車で事故をやらかしていったりするじゃないですか。

 

日本の場合は、どこか極端な感じで何か傾く感じがあると思う。

 

例えば、雪国とかの国道などに、”消雪パイプ” とかが埋め込まれていたりして、ちょっとした雪だと、地下から水温10℃とかの水をくみ上げてダラダラ流す事で凍結しにくい感じだったりします。

 

そういう道路を普段運転していると、それがすべてみたいに思い込む人がいるみたいで、ある日大雪とかになると路面凍結みたいなものも普通にあるので、「あれれ、おかしいなあ、何で事故になったのかな」という感じになったりする。

 

昔は自動車運転免許には、MTのマニュアルトランスミッションしかなかったので、「雪道のスタートはこういう風にする」 みたいな感じで微妙なアクセルワークとかクラッチを繋ぐとかで、塩梅みたいなさじ加減のようなものを滑るとか体験しながら覚えていった感じ。

 

滑るというのもある意味、自然の摂理みたいなものであり、その環境に慣れるように自分からいかないといつまで経っても上達などはしない。

 

クラッチがうまく接続できないとそれは運転している人は自分1人しかいないわけで、「俺はへたくそなんだ」 という自覚とかできたりする。

 

が、

 

近年では、ATとか、CVTばかりという感じでそもそもクラッチの接続もないし、トラクションコントロールのような、タイヤが空転すれば自動でアクセルが抑えられるとかの制御されたりするので、機械任せとなってしまい、何が何だかわからないまま運転しているという人が少なくない感じがある。

 

車に乗って、普段の買い物と同じように出かけ、上手くいかなかったりすれば、それは鏡に映る自分の姿の1つでもあると思うので、それは修正した方が良いという考え方。

 

福岡だと積雪は滅多にないので、吹雪とかになると幹線道路などから車がドンドン減る感じで、ショッピングセンターの立体自走式のお客様駐車場に避難するとかある感じで、それはカルチャーなのかもしれません。

 

車の運転というのは、天候の変化とかのスジヨミをして、という事も重要になってくるので、場数で覚えていくという感じもある。

 

「福岡で前回マイナス2℃になった時には、3年ぶりの積雪だと言っていたので、まあこんな吹雪だとさらに珍しいなあ。 この降り方から見て、買い物に行って一気に帰るまでは凍結しないかなあ~」 みたいな想像をして運転している感じです。

 

あくまでも、私三之橋の場合はこんな感じというものであり、雪とかは危ない面もありますので、ご自分にとって無理と思われればそれは真似られないようにご留意ください。

 

例えば、今大学生1年生で18歳の人が免許取得して運転の練習をしていた時に、ふと雪が降った時に、「車の運転というのは、雪の場合もやっておいた方が良いのだろうか?」 と思った時の質問に答えるとすれば、私三之橋の場合は、18歳から運転して大学に車で通っていたので、雪が降っても大学を休まないわけで雪が降る日も運転していた。

 

それはなぜですか?

 

と訊かれれば、「私は、ノーワンスペシャルな人なので」 と答える感じ。

 

何かケガでもした時のリハビリでも、医者は普段の日常生活が大切と言ったりするじゃないですか。

 

日常の暮らしの中で、たまたまザンザン降りの雨であったり、雪が降るという日もあるわけで、その日が何か特別なわけでもない。

 

そういう考え方からスタートしていて、福岡とかでは積雪は滅多にないので、それが自分のウィークポイントになる可能性を考慮し、18歳から苦手意識を無くしておこうと考えた。

 

4年間の大学生活で何か対処できない問題は無かったと思うのですが、そのまま新社会人デビューして、そこで黒塗りのデカい車を運転して欲しいと役員に言われ運転し、実際に雪とか降っていたりして、「大丈夫だと思います、経験則でそう判断しています」 と言った感じ。

 

最初に頂戴した仕事は、上司が普段大金とかを銀行に運んでいた仕事でした。

 

OL姉さんには、「強盗に遭ったら瀕死の重傷になるか、死んじゃうかだよ。 いつも大金を持って触っていれば頭がおかしくなったりするんだよ」 って心配されました。

 

強盗に遭った事もなければ、事故などもなく、上司の高級車でエンストするとかもなく、頭がおかしくなってお金を使い込んだとかもありませんでした。

 

個人的な考え方として、チャンスって1回あるかないかという世界だと思うのです。

 

「大金を運んでくれ」 と上司に言われた時に22歳という年齢では、自分の経験してきた事などを総合判断してイエスと答えるか、ノーと答えるかを自分で即答していかないといけない。

 

場数が少なければ、どう考えても無理と感じると思うわけで、「イエス」 と言えた事でどんどん会社員ゲームが進んでいっただけだと思うのです。

 

有名大学を卒業して入社した新入社員が、上司に運転してと言われ、運転していて、「そこ首都高に入って」 と言われ、合流する際に「あまりにも車が多いのでぶつかると思った」 と急ブレーキをかけてしまった。

 

助手席の部長が、「こんなところで止まったら、どうやって合流できるの? というのを考えなかったの?」 と怒ってしまった。

 

後ろを見れば大渋滞、1時間後に部長が途切れた瞬間に脱出したわけですが、後続車は巻き込まれて大迷惑じゃないですか。

 

車の運転というのは、たしかにそういう所があると思うのです。

 

誰かの迷惑になれば、それはアウトだよね~、みたい感じが社会人ではあり、特にデカい企業とかだとそうなる。

 

「なんとなくできそうな気がする」 という風に感じて、いざやってみたら他人を巻き込んでしまうというケースもあるので、私であれば、自信ない時には最初にドロップダウンした方が正直さを買ってもらえる気がする。

 

例えば、自分の年収よりも高い高級車を運転して、事故を起こしました。 でも、保険金出るので私に責任ないですよね? とはならない。

 

たぶん、事故などが遭った時に、「ごめんなさい、実は運転はそれ程得意ではなくて」 とかの言い訳をしたくなかったのだと思います。

 

社会人で気を付ける事というのは、よく会社の社長とかが、「どんな人と付き合えないですか?」 と訊かれた時に、「うそをつく人は、付き合えない」 と言ったりするじゃないですか。

 

ことわざのようなものに、「人生が崩れる時はドミノ倒しのように早い」 といわれている。

 

22歳で信用を失えば、取り戻すのは難しいとか18歳の脳みそで考えた時にそのくらいわかるので、うそを混ぜ入れておかない感じ。 

 

屋台骨が揺れると大変じゃないですか。

 

あと、「大学生時代に4年間、人の10倍走っておくというのは、大変じゃないか?」 と思われるかもしれないのですが、そうではなかったりする。

 

例えば、「私三之橋は、大学生時代に海外を放浪し、たくさんの国を廻っていろいろな体験をしてきたので、貴社でお役に立てる気がします」 とか言われれば、何となく凄そうと思っても、その話を聞いた上司とかが同じ体験していないとピンとこないという問題があると思う。

 

でも、車の運転というものであれば、きっと上司は18歳で同じような体験をしてきていると考えられるわけだし、もっと上の役員みたいな人だと普段仕事でお抱え運転手の運転する車の後部座席に乗っていたりして、引きこもりの人ではないわけなので、違いはわかると思うのです。

 

人間関係を構築する際の原則、それはその人がわからない話をしないという事。

 

例えば、野球が好きで学生時代にずっと野球していたという人がいて、会社で役員とかにその体験談を話せば、1回目とかが聞いて面白いと思っても、スポーツそのものをやるのは好きじゃないとかある。

 

でも、車の運転というのは、貧しい家に生まれ育ってお父さんが運転する車に乗った事がないという人って少ないわけで、OL姉さんの場合でも仕事中に「○○さん、会社まで帰るので乗っていきませんか」 と運転中に駅のそばのバス停とか見かけて上司の車に乗せると、運転上手いかへたくそかとかわかるじゃないですか。

 

お金を掛けたり、時間を掛けたりして、それがオモチャのブリキの車であったり、骨とう品収集だったりすれば、それは彼女とかが聞いてもどう評価して良いのか? わからないじゃないですか。

 

でも、車の運転というものであれば、彼女が運転しない人でも、わかるじゃないですか。

 

役員を乗せて走ると、後部座席でうとうと眠られる。 そのくらい心を許してもらえると、もうその会社ではリストラとかないと思う。

 

趣味であったり、何か資格であったり、勉強されるとかあると思うのですが、まずは会社員になった時に、そこで役立つようなものを伝家の宝刀のように1つ持っておきたいと考えた感じ。

 

どうせやるなら、徹底してやる方が良いじゃないですか。

 

車の運転というのは、誰かが1から丁寧に教えてくれるようなものではないと思うので、まずは自分なりに考えてやってみる。 そこで得たノウハウみたいなものを新社会人デビューして会社員になった時に、フィードバックして応用するようにした方が攻略するのは早いのではないかなあ~ という考え方なのだと思います。

 

説明が難しい部分としては、”自分で考える” みたいな部分で、「こういうのも経験しておいた方が良いかな」 とかを想像して、それを実戦してみて、そんな感じで繰り返している感じ。

 

私は大学生になった時に、周りの子が免許を持っていて、しかも車まで持っていて、実家を出る前にお父さんが運転を教えてくれたとかそんな話を聞いた時には、「こういうのって難しいんだろうなあ」 とそう思った。

 

幼稚園生とか小学生の頃に友達のお父さんがドライブに子供と行くので、一緒に行こうと誘われたりした。 そのドライブとか、何か出かけた時に普段温厚なそのお父さんが、「危ないじゃないか」 とか変な運転した人とにイラっとしているとか見ているわけで、本人はその自覚がないのだと思う。

 

それで自分が最初に運転した時に、まずはそこを自分自身で考えてできるようになるという事から始めないといけないわけで、そこに車は走る程雨などに遭い洗車もしないといけないし、ワックス掛けもしないといけない。

 

そこに、21歳未満は割り増し保険料となる自動車保険に加入したり、メンテナンスも覚えていかないといけない。

 

友達にバッテリーはホームセンターで買って自分で交換すると安い! と言われれば、1人でホームセンターに行って、型式とか調べてDIY交換する事になるわけですが、16歳でバイクとかでやっていた事でまだ助かった感じで、「ボルトの締める力のさじ加減はこんな感じか」 みたいなものは誰かが教えてくれるわけでないので、自分で経験して覚えていくしかない。

 

その他に大学にテストを受けないといけないし、アルバイトとかもあるわけで、たぶんやっているうちにもうわけがわからなくなるんじゃないかなあ~ と思った。

 

その他に、彼女が行きたいと言った目的地へのドライブルートの計算をしたり、進捗具合を管理したり、道に迷えば道を尋ねて修正し、車内での会話とかもマスターしないといけない・・・

 

どこがゴールなのか?

 

というのが先行き見えない感じとなる。

 

ただ、わけもわからないスタートからやっていくしかない。 という経験をした事で、大学を卒業して新社会人デビューして会社員となった時には、「こんな感じでやれば良いんだ」 みたいなもので悩まずに済んだ感じ。

 

私三之橋の場合は、大学1年生になった時に、大学そばの賃貸マンションに住んでいた同じクラスの子の部屋によく入り浸っていた。 学業に専念するようにと豊富な仕送りがある感じでアルバイトしていない子だったので、いつ行っても部屋にいた感じだったので行きやすかった。

 

夏休みが終わった頃にそのマンションを訪ねると、小さなビニール袋に8つの薬が入っていて、「好きなものばかり食べていたら病気になり、もう一生治らないと言われた」 と言われ驚いた。 大学病院での治療は、学生は全部無償らしい。

 

小学生の頃に通った塾で、栄養の取り方みたいな学習をやっていた記憶があったので、「もう大人なのに好きなものばかり食べて病気になったというのはあり得ない気がするので、冗談なのかもしれない」 と思った。

 

大学生1年生の終わる頃に大学主催のパーティーの招待券が届いた。 それにその友達も誘われたのですが、そこで友達は実家に帰って大学も辞める事になった。 本人が家族と話し合い、遠方で1人で暮らすのは良くないという結論に至ったとの話で、私は1人でパーティー会場へと向かった。

 

内容は、「あなたたちは、取得した単位などから考えた時に、2年生から3年生に進めない可能性が高い。 今未成年なので、自分が見通しが甘い残念な人なんだと自覚して、今のうちにその癖は直した方が良いですよ~」 という話だった。

 

私の場合、「大学生になりたくて、なりたくて」 という感じではなくて、特別推薦とかで大学生になったわけで、そもそも単位って4年で取得すれば良いくらいに考えていたら、それがどうも違っていて、1年生と2年生で取得した単位数が最低ラインを越えた人だけが3年生になれるという説明で、いつも一緒に居て病気になった子も知らなかったわけで、ほんとに知らなかった。

 

ちびっ子時代にテレビで観たウルトラマンのカラータイマーがもう大学1年生で点滅したというイメージで、ひっ迫感のようなものがあった。

 

大学生になった1年生のスタートした入学式の時に、ピッカピッカの国産高級セダンを新車で買ったという子がいて、「俺は4年後にはどこかの企業に入社しそこで営業車にでも乗るつもりなのでこういう風に今から実戦しているだけ。 何だお前そんな事も知らずに生きているのか~」 と言われた。

 

大学生になったスタートがもうそんな感じで、1年生が終わる頃には、「あなたたちは非常に残念な人達なので自覚してね」 とパーティーで言われてしまい、少し話をしたりした後出席確認も終わったみたいだったので、みんな豪華な食事とか食べずに次々と帰って行った。

 

お父さんやお母さんに言えないじゃないですか、ちょっと恥ずかしくて。 学長の説明では、高校生などのカリキュラムの中ではそこそこやれただけで、大学生の自由になったという事で自分を管理できないあなたたちは将来きっと作業員として生きていくのだと思う~ みたいな話だったので、だったら大学行かなくて良いのでは? みたいなリストラのようにも聞こえてしまった。

 

「よくわからないが、大学生も大変だ」 と感じ、2年生からはアルバイトの出席代行とかも大量動員して、パターン解析して攻略方法を考え、同時にもう後がないので車の運転技術ももっとパワーアップしようと考えた。

 

大学を卒業して新社会人デビューして会社員となった後で、よく凄そうな国立大学を卒業した人から質問されたりして、「三之橋さんは仕事を豊富に抱え、それはどううやってもらっているの?」 とか訊かれたりした。

 

私三之橋が思うに、ひっ迫感があったのでそうなっただけだと思う。

 

例えば、大学生になる。 そこに講義とかのスケジュールみたいなものが書いた紙があり、そこから「これは受けたい講義」 を選び、そうするとその講義を受けに大学に行くので、その日にある別の講義も受けた方が良い気がする。

 

そうやって、自分の講義とかゼミの予定が組まれると後はそれを正確にトレースするだけなので、作業員みたいなものじゃないですか。

 

でも、会社員1年生ではそういったスケージュールのようなものの用紙がないので、まさに白紙というところからスタートしていると思う。

 

「見よう見真似で、みんなと同じように働いてくださいね」

 

そんな世界なので、車の運転免許を取得し、初心者マークを貼って1人で公道を運転して、その時に周りを運転しているおじさんという感じの自分より先輩の慣れた人の運転と比較して、ロールモデルにして自分がそれに合っているのか? みたいに自分で比較したりしたという経験で、会社内ではみ出すところが無かったと思うのです。

 

大学生になり、そこで成績が良かった、そういう人はただ成績のテストの点数という数字だけ見て、「これなら俺は大企業で十分通用するはず」 と勝手にそう思っているだけではないかなあ~ と思うのです。

 

私三之橋の場合、大学生になったその日に同じクラスの子にダメ出しされて、1年生の終わりには残念な人しか呼ばれないパーティーに呼ばれてしまい、「そのやり方では絶対に上手くいかない」 と言われ、改良しまくったので、社会人デビューして会社員になった時に改良しなくて済んだ感じなのです。

 

 

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