車泊で「ご当地マンホール」

北は山形から南は大分まで、10年間の車泊旅はマンホールに名所・旧跡・寺社・狛犬・・思い出の旅、ご一緒しませんか。

辰野町内の道祖神:石仏~Ⅰ~ in 長野県辰野町

2022年09月24日 08時00分00秒 | 神社仏閣・名所・観光・長野県

辰野町羽場、火の見櫓の下に「酒器祝言双体道祖神」。他「文字碑道祖神」各一基。

『石工:竹渕三郎平』「明治三庚午年(1870)三月日 東京神□ □石末流 台□□ 年」の刻。双子のような顔立ちの男女神。女神は大きな提(ひさげ)を持ち、男神の盃もそれに負けない大きさ。どちらも袴を着用しており。男神は珍しい佩刀姿です。

辰野町伊那富に「酒器祝言双体道祖神」・「庚申塔」各一基

まだあどけなさの残る男女神、はんなりとしたお顔で善き日を迎えた二人の表情はこの上なく幸せに満ちています。

辰野町下田中屋、公民館前三叉路に「八衢比売(やちまたひめ):八衢毘古(やちまたひこ):岐(くなど)神」の文字碑。「帯代金百両 樋口西割 中屋中」の刻。三神は道を守る神とされ、道祖神とするところもあるようです。

辰野町樋口「須勢理比賣命 大国主大神」の文字碑。「酒器祝言双体道祖神」各一基

『石工:竹渕三郎平』「帯代金 百五十両  樋口西割 下村中」の刻

こんな風に並べると、男女神の名札のようでちょっと楽しい(〃∇〃)

辰野町樋口、山際宝蔵前に「酒器祝言双体道祖神」「仏塔」各一基。「庚申塔」四基。

『石工:竹渕三郎平』背丈も顔立ちもお揃いのような男女神。この先に続く未来へ、こんな風に肩を並べて歩いていけますように。

何方の御像かは不明ですが、裸足の足の指まできちんと彫り込まれているのが印象に残りました。

辰野町樋口「握手肩抱き双体道祖神」「仏塔」「二三夜塔」各一基。「庚申塔」五基。

幼さを感じさせる女神の手をしっかりと握りしめる男神。年若い男女神の未来が幸せでありますように。

「念仏碑」「石仏」等十七基。

辰野町赤羽、八島神社前の参道横に「巻物:双体道祖神」一基。

「赤羽村 看之人命」の刻。男神の顔が欠けているのがとても痛々しく見えるのですが、それでも幼さの残る二人は大切な誰かの延命を願う巻物を持ち、こうして立っているのです。

辰野町の道祖神・石仏巡り~Ⅱ~に続きます。

撮影日:2016年4月25日

 


コメント (2)    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 宮木諏訪神社 in 長野県辰野... | トップ | 辰野町内の道祖神:石仏~Ⅱ~... »
最新の画像もっと見る

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
道祖神 (onecat01)
2022-09-26 18:08:55
 tibinekoさん

 道祖神は、旅をする人たちの道中の安全を守る神様と聞いていますが、色々なお姿があるんですね。

 文字だけが刻まれているのが、一般的と思っていましたが、仲睦まじい男女神もあると、貴方のブログで知りました。

 私の乏しい知識では、昔の日本は出雲王朝と、大和朝廷が日本を支配していたそうです。出雲王朝は、長野諏訪の方まで勢力を伸ばし、諏訪神社は出雲系と聞きました。有名な大国主尊も、出雲系の神様だそうです。

 国譲りの儀で、出雲神様が大和朝廷に支配地を譲ったと聞いていますが、そんなことを考えながら写真を見ていますと、また別の感慨があります。

 夫婦の神様は、もしかすると二つの王朝の神様が一つになられた象徴なのかと、突飛な空想をしたりします。

 お陰で居ながらにして、歴史の旅です。
返信する
Unknown (tibineko)
2022-09-26 21:41:29
国譲りの神話は色んな意味を含んでいて、調べていくととても面白い事実に行き当たります。
それをどう解釈するかで、教科書で習ったものとは全く別の物が見えてきて、それもまた興味深いです。
2018年06月01日のブログ「国譲り神話と稲佐の浜in 出雲市大社町」で触りだけ記事にしました。
https://blog.goo.ne.jp/tibinekosan/e/826b40f74dfb96fe032076beb019bee6

夫婦同祖神を大和と出雲の神々の婚姻の象徴と見る・・これはとても斬新で、これをテーマに何か物語が書けそうです。
返信する

コメントを投稿

神社仏閣・名所・観光・長野県」カテゴリの最新記事