いやーなぜか久しぶりにブログを書きたいなぁとばやぼや思っていた。
信風新聞をつくろうとも思っていたけど。。
何回も書き足し書き足ししつつ、完成させて送る気にならないでいる。
結局またまっさらから書いて作ろうかなぁとか思うこの頃。
近いうちに。。
春が来て、くまさんぼんやりかんがえた。
春が来ると毎年ぼんやり出てくるのはこの詩だ。
小学校の国語の教科書がすきだった。
声を出して、読み上げることがすきだった。
だから、音読の宿題とか、授業中読むのを先生に当てられるのとかも、高校生までずっと何気に待ちわびてた気がする。
人前だから緊張はするし、嫌な気持ちも半面で、けれども一段落ずつ読むとしたら長い文章の段落のところが自分に当たらないものかと思って自分の順番まで数えたものだ。
それだけ、声出して読むことはすきだったんだよな。
そして、小学校から高校までずっと音楽の授業が一番すきだった。
音楽の時間ならどれだけあってもよかったし、音楽の教科書のうたもどれもこれも結構すぐすきになった。
別にみんなと一緒にうたうとかみんながどんな気持ちでうたってるとかはどうでもよかった。
もちろんみんながだんだんと恥ずかしがってけんめいに歌わなくなっていったことはさびしかったけど、自分はそんなの関係ないくらい一曲一曲うたえるだけでたのしかったものだ。
最近、特に小学生のときとか、小さいころのよろみでの毎日の雰囲気とかが妙に懐かしく思えて語りたくなるときがある。
もちろん語ってしまっているけど、何回か同じ話を同じ人にしている気がする。
他人から同じ話をなんべんも聞くのはもう聞いたって、と口挟むくせに、自分も同じことをしてても自分だと、最後まで言わせろと喋るのは止まらない。
なんでこんな話になったかな。
全く予想もしていなかったけど、書き出したらこんな話が出てきたよ。
どんどこどんどんどこどん
おはなし出てこいおはなし出てこい
どんどこどんどこ出てこいよ
ほーらほらほら出てきた
おはなしの時間だよ
そんなうたで始まる声だけのテープの物語が小学校の給食の時間に放送で流れたものだ。
私ってば、学校側からすればだいぶ優等生タイプで、ほとんどの子は冷めてたりしたけど、私はみんなの真似して冷めたふりしながらも心の中ではやろうよ!!みたいな祭り好きというのか、行事ごとがすきだったんだなぁ。
よろみのひとつひとつの行事もどれだけ楽しみにしていたことか。
人前に出るのは恥ずかしいし、緊張しいだから、人前で何か言うとかやるとかは嫌だったけど、なんかかんかみんなが集まっての何かしらはすごくたのしみでたのしみで仕方なかった。
よろみでたまにあるみんなでの夜ご飯?晩餐会?みたいなのもすごくうれしかった。
けどそれも、自分の居場所を見つけれてたからそんなにたのしみだったんだろうなぁ。
あまり馴染みない方々の中では全く打ち解けにくいし、自分の居場所を見つけきれず困ることが多い。
人見知りと言ってしまえば早いけど、自己中心的というのか、自意識過剰なんだと思う。
なかなかそういうところから脱却するのが難しい。
もっと気楽に人と出会えないのかなぁと思ったりする。
人が自分を受け入れてくれそうがどうか、それが大事らしい。
自分が先にそういう態勢になっているということは全く考えもしないで、待ち受けるばかり。
人と人との境をどれぐらい踏み込めるだろう。
その境はかなり太い幅があるとして、それに自分から足を踏み入れるのは勇気がいる。
どんな反応が返ってくるわからないということをそうそうに面白くも思えない。
またなんでこんな話になったことやら。
ほんとなーんか頭でっかちやなぁ。
ただのびびりかも。
近所の家族が宮崎に引っ越すことになった。
今日会って話してきたのだけど、なんかさみしい。
なんかやっぱりあちらの受け入れてくれるなぁという感じがうれしかったんだ。
ご門徒さんとのやりとりの中では見出せないものだったりして余計にうれしかった。
お互いに違う考えやら持っててもそれに対して、良い悪いないね、そんなんもあるかぁってやんわり笑って面白そうに聞いてくれる人たちだ。
それぞれ価値観が違う中で、こうしないといけないとか、こうするのがいいに決まってるっていう構えで来られることに対して、自分の中のそこの違いを表現することもできない、したくないでいるしんどさがある。
いろんな人といろんな考えがあるとは言うても、自分に近しいものは近くにきてもいいけど、遠そうなものは遠ざけたいのね。
なんかわからないけど、こんな話になっちゃった。
今日は桜がほんとにきれいで、誰かが今年も見れたと喜んでた。
来年は見れるかな、と。
いろんな花が咲いてきて、新芽の緑が美しく急に春めいてきて、身体も動きやすい。
畑がまた始まって気分もいい。
近頃になってブロッコリーが実ってきたりして、こんなすごいことはないと喜んだ。
冬の間中、ずっと大きくもなりもせず変化もなかったものがあったかくなってきたとたんそんなで、私は何にもしてない植えただけで、こんな実ってそれを食べるなんて、、なんて贅沢というかむごいというのか、すんませんだけど、美味しいなぁ。
そんなこんなの近況でやんす。
くまさん まど・みちお
はるが きて
めが さめて
くまさん ぼんやり かんがえた
さいているのは たんぽぽだが
ええと ぼくは だれだっけ
だれだっけ
はるが きて
めが さめて
くまさん ぼんやり かわに きた
みずに うつった いいかお みて
そうだ ぼくは くまだった
よかったな
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