映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

伊豆の踊子(1974)

2018年04月12日 | 映画(あ行)

純情な初恋

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えーと、最近WOWOWで「山口百恵特集」をやっていて、山口百恵文芸シリーズの5本を放映していたんだね。
はい、当時特別なファンだったわけではなくて、どれも見てはいなかったので、
この際懐かしさもあって見てみました。
それでこのシリーズは私達の出番というわけなのね。
そういうこと!

で、当時って言うけど、一体いつ?
はい、本作が1974年。
その後この文芸名作シリーズは立て続けにポンポンと出ます。
百恵ちゃんのデビューが1973年。
引退が1980年なので、この映画はうんと初期のものということになるね。
百恵ちゃんは15歳か・・・。
だからこそ、「伊豆の踊子」ということなんだなあ・・・。

川端康成原作「伊豆の踊子」。
大正末期。
天城に向かう山道を行く一高生・川島(三浦友和)は、旅芸人の一行と出会います。
彼らは三味線や太鼓、歌、踊りで温泉場の料理屋や旅館の客を相手にしているのです。
その中で、かおる(山口百恵)というまだあどけなさの残る踊り子に目を奪われた川島は、
彼ら一行と行動をともにすることにします。

特別に大きな事件があるわけではないよね。
ただ学生が旅芸人と旅をして、初々しい踊り子を見初めて、
ほんの少し心を通わすけれども、特に何もなく別れの時が来る、と。
けれど、旅の途上という事情もあるけれど、川島には何もかもが新鮮なんだな。
特にあの名シーン、川島とかおるの兄が温泉につかっていると、
向かいの共同風呂に入っていたかおるが素っ裸のまま飛び出して
こちらに向かって大きく手を振る・・・。
まだ子供のままで、無邪気な少女・・・。
だからこそ、汚れない純粋さが引き立つんだよね―。
そして、当時の社会のようすがまたくっきりと現れる。
学生は学生というだけで敬われてしまう存在なんだね。
だけど旅芸人というのは、並み以下の扱い。
「芸人は通るべからず」なんていう立て札が村の入口に立っていたりするのね。
だから行動はともにするけれども宿泊する旅館は別々。
学生さんを好きになったとしても、決して報われることなどないとわかっている一行のおかみさんは、
あえてかおると川島を引き裂こうとする・・・。
いやいや、わざわざ邪魔しなくたって、純情な二人のこと、どうなるものでもなかったでしょうにね・・・。
ま、そうだけど、それくらいしないと小説にならないじゃん。
ま、そういうことか。
なんと言っても瑞々しい主演の2人。
もうそれだけで十分な作品ではあるね・・・。
それとね、中山仁さんがカッコイ~!
最近テレビではお目にかからないけれど・・・
素敵だったよねえ・・・。
これもまた、満足。

伊豆の踊子 [DVD]
堀威夫,笹井英男,若杉光夫
ホリプロ



<WOWOW視聴にて>
「伊豆の踊子(1974)」
1974年/日本/82分
監督:西河克己
原作:川端康成
出演:山口百恵、三浦友和、中山仁、佐藤友美、一の宮あつ子
踊り子度★★★★★
満足度★★★☆☆


ウイスキーと2人の花嫁

2018年04月11日 | 映画(あ行)

ウイスキーのない結婚式なんて

 

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第二次世界大戦中にスコットランドであった貨物船座礁事件の実話を元にしています。



戦況悪化のあおりでウイスキーの配給が止められたトディー島。
何しろウイスキーの本場でもありまして、島民は皆ウイスキーが大好き。
生活の一部なのです。
それなのに島には一滴のウイスキーもなくなってしまい
人々は次第に無気力になっていきます。
郵便局長ジョセフの長女ペギーと次女カトリーナはそれぞれの彼と結婚を待ちわびているのですが、
周りの人々、特に父親からウイスキーなしの結婚式などありえないと言われてしまいます。
さてそんな頃、輸出用に5万ケースのウイスキーを積んだ
ニューヨーク行きの貨物船が島の近くで座礁。
島民たちは禁制品のウイスキーを“救出”するために立ち上がります!

なんともユーモラスで楽しくて仕方のない作品です。
難破船から荷物を持ち出したら、実際は泥棒です。
でも放っておけばじきに船とともにウイスキーは海の底に沈んでしまいます。
これはもう、運び出さない手はないですよね。
しかしいざ島民皆が船に向かってボートを漕ぎ出そうとした時に、
夜中の12時の鐘が鳴ります。
牧師さんが言う。
「安息日だ!」
この島ではかなり厳密に戒律を守り続けてきていたようです。
日曜の安息日は何もしてはいけないことになっているのです。
仕事も、泥棒も・・・? 
誰一人抜け駆けもせず、無駄に一日が過ぎていきます。

でも実はそうのんびりはしていられない。
この島の民兵を率いているワゲット大尉は朴念仁の融通の効かない人で、
ウイスキーを島民が盗むことを極度に警戒しているのです。
この大尉の目を盗みつつ、ウイスキーを運び出したり隠したり、
そういう顛末がとっても面白い。



実のところこのウイスキーは、ここまで信心深い村人たちへ、
神がもたらしたプレゼントなのかもしれませんね。
大尉の奥さんがまたいい味出してるんですよ。
彼女は夫が村人にあまり好かれていないのをわかっているし、
ウイスキーも村人が運び出すに決まっていると思っています。
けれど割と傍観的で、夫が困るのを面白がってみている。
でもばかにするのではなくて、まるでできの悪い子どもを包み込むような包容力。
ナイスだなあ・・・。



ウイスキーがやたらと飲みたくなってしまいました・・・!
でも、エンドロールの一文に驚いた。
「撮影中は一滴のウイスキーも飲んでいません」ですって。
まあ、仕事だから当然か。
でも皆さん気持ちよさそうに飲んでいました・・・。



<シアターキノにて>
「ウイスキーと二人の花嫁」
2016年/イギリス/98分
監督:ギリーズ・マッキノン
出演:グレゴール・フィッシャー、ナオミ・バトリック、エリー・ケンドリック、エディ・イザード
歴史発掘度★★★☆☆
島民の結束度★★★★★
満足度★★★★.5


「球道恋恋」木内昇

2018年04月09日 | 本(その他)

日本の野球創世記

球道恋々
木内昇
新潮社

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金なし、地位なし、才能なし―なのに、幸せな男の物語。
時は明治39年。
業界紙編集長を務める宮本銀平に、母校・一高野球部から突然コーチの依頼が舞い込んだ。
万年補欠の俺に何故?と訝しむのもつかの間、
後輩を指導するうちに野球熱が再燃し、
周囲の渋面と嘲笑をよそに野球狂の作家・押川春浪のティームに所属。
そこへ大新聞が「野球害毒論」を唱えだし、銀平たちは憤然と立ち上がる―。
明治球児の熱気と人生の喜びを描く痛快作。

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日本の野球創世記
本作中に、野球が日本にはじめて入ったのは明治初年、とありました。
アメリカとの交易の開始と同時に日本に伝わっていたわけで・・・。
で、野球は徐々に広がっていったようで、明治39年から、この物語は始まります。


銀平はかつて一高の野球部に入っていたのですが、3年間ずっと補欠。
あれほど情熱を燃やし練習にも励んだのに・・・という思いは残っていました。
ところが今になって母校からコーチの依頼が来ます。
どうも、一番ヒマそうだったからのようではありますが・・・。
後輩たちを指導するうちに、銀平の中の野球熱が再燃してきます。
そしてなりゆきで、とある野球チームに所属してしまったりもする・・・。

そんな中である新聞社が「野球害毒論」を唱えます。
野球に夢中になる子どもたちは勉学も疎かになるし、野蛮でガラも悪くなる・・・。
体の特定の部分だけを使うので体に良くないとかなんとか・・・。
ほとんど言いがかりなのですが、野球好きの面々が黙っていられるわけがない。
勢い込んで反撃を開始します。


本作はフィクションなのですが、この事件は実際にあったことのようです。
しかしまあごぞんじのとおり、これで野球が消えたりはしない。
見るだけでも面白いですもんね!


そして面白いのはこの「害毒論」の言い出しっぺの新聞社が
後に「全国高校野球大会」を立ち上げるわけなのですよ。
野球の歴史としてみるのも面白い。


始め一高生たちは
「ブント(バント)など、卑怯な手は絶対に使わない。武士道に反する!」
などと息巻くのですが、バントは反則ではないのだし、
他の学校がどんどん取り入れて試合を有利に運んでいるので、
無視できなくなってしまうのです。
こんなふうに、銀平がコーチとして野球に関わってからも、
いろいろな野球の技術や用具がどんどん新しく取り入れられていく。
まさに創世記。


さて、でも本作はそんな野球の歴史ばかりの話ではありません。
一応業界紙の編集という仕事を持っている銀平が、どんどん野球にもめり込んでいく。
だからといって仕事を疎かにしているわけではありません。
でも、人からは言われてしまう。
「お金にもならないのに、何でそんなことをいつまでも続けているんだ」。
今でこそ趣味は趣味としてそこまで言う人もいなかろうと思いますが、
当時のことなので・・・。
特に、銀平の父は表具職人で、銀平を跡継ぎにしたかったのですが
銀平があまりにも不器用で、それは叶わなかった・・・。
その彼が野球なんぞにうつつを抜かしているというのがなんとも面白くない。
銀平自身も、特別才能があるわけでもないのに、どうして野球を続けているのだろう・・・と考えてしまう。
自らの魂が求める何かがそこにあるのだろうと、私は思ったりするわけですが。
楽しい作品でした。

図書館蔵書にて
「球道恋恋」木内昇 新潮社
満足度★★★★☆


ポストマン

2018年04月08日 | 映画(は行)

荒廃した地球で、モノを言うのはやはり“情報”

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ケビン・コスナーの監督兼主演作品。
世界大戦により荒廃した文明を描く近未来のストーリー。
1997年作品で、描かれているのが2013年の地球。
あらら・・・、とっくに過ぎていますが、
まあ本作のような未来にならなくてよかったとホッとさせられます・・・
が、相変わらず核保有で国威をひけらかそうとする国もあることですし、
いつ本作のような事になってもおかしくはないのかもしれません・・・。

さて本作、無政府状態で生き残った人々は、
近隣と連絡を取れないまま、小さな集落を作って暮らしています。
つまりこの世界では電気が失われてしまっているのです。
すなわち雰囲気はほとんど西部劇のような感じと思えばよろしい。
ただし最近まで人々は機械文明を享受していたのです。
いたるところに動かなくなった自動車の残骸がそのままになっていたり、
ごく稀にまだ作動する発電機があって、僅かな電力を得ることもできるのです。
多分燃料が流通しなくなり、すべてが駄目になってしまったのだろうと想像します。


主人公の男(ケビン・コスナー)は、そんな世界をさまよい歩く旅人として登場しますが、
ある時、一帯を支配するホルニスト集団に捕らえられてしまいます。
べスリヘム将軍が一帯の集落を武力で支配しており、
無理やり男たちを捕らえては自分たちの兵に仕立て上げているのです。
男は辛くもこの軍を脱走し、森のなかで白骨化していた郵便配達人を見つけます。
男はこの死体の着衣と手紙の入ったカバンを拝借し、
「ポストマン」と称して、パインヴューと言う街に逃げ込みます。


・・・という「ポストマン」の由来にたどり着くまでに、かなりの時間を費やすのですが、
なんと本作、全編で176分。
長すぎ・・・。


意外にもこのポストマンはテキトーな口先男でして、
「新政府ができて、自分はその政府から郵便配達人として認定された」などと言って、
人々から称賛を受けてしまったりするのです。
しかし、そのことが逆に自分を規制してしまい、
本当の「ポストマン」として、べスリヘム軍と闘わなければならなくなるという・・・、
まあ、そんな物語です。


あらくれの無法者に牛耳られている村を救う・・・、つまりやはり西部劇なんですね。
今でこそ、人々の情報のやり取りは地球の裏側とでもあっという間。
けれども、もし「電気」そのものがなかったとしたら、
人々の情報のやり取りは手紙に頼るほかはない。
そしてその手紙を運ぶことが大変貴重な仕事となる。
・・・今更ではありますが、そんなありがたみを再確認もした次第。
いやそれにしても、こんなに長くなくてもいいのに・・・。

<WOWOW視聴にて>
1997年/アメリカ/176分
監督:ケビン・コスナー、ウィル・パットン、ラレンズ・テイト、オリビア・ウィリアムズ
近未来度★★☆☆☆
西部劇模倣度★★★★☆
満足度★★.5

 


ウィンストン・チャーチル ヒトラーから世界を救った男

2018年04月07日 | 映画(あ行)

重大な決断を下す時の重圧と孤独

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英国チャーチル首相就任からダンケルクの闘いまでの知られざる4週間を描きます。


ナチスドイツの侵略により、フランスは陥落寸前。
イギリスにも侵略の脅威が間近に迫っています。
そんなころ、ウィンストン・チャーチル(ゲイリー・オールドマン)が挙国一致内閣の首相に就任。
彼はドイツとの徹底抗戦を主張しますが、和平交渉派に追い込まれ、孤立していきます。
折しも北フランス、ダンケルクで連合軍が窮地に至っている。
いよいよ英国としての対ドイツの方針を決定しなければならないのだが・・・。

チャーチル首相はかなり偏屈で扱いにくい人物だったようで、
本作、まず新任の秘書が彼のもとへ出向くところから始まるのです。
若く、希望に燃えたレイトン嬢(リリー・ジェームズ)。
しかし、ベッドの上で彼が矢継ぎ早に繰り出す言葉をさっそくタイプしなければならない。
挙げ句に、タイプの書式が言うとおりになっていないとか
タイプの音がうるさいとか怒鳴られ、泣き出す寸前・・・。
とてもユーモラスなシーンなのですが、
私達は彼女の目線でチャーチルを見て、ちょっと怖いけれどなんだか人間味溢れて面白そう・・・
そんな第一印象をいだきつつ本作に望むことになります。
すごくいいオープニングのシーンです。
そんな彼女の様子をみたチャーチル夫人(クリスティン・スコット・トーマス)が、夫に苦言を呈します。
チャーチルに小言を言えるのは奥様だけのようですね。
そんなチャーチル邸に届いたのが宮廷からの手紙。
「宮廷からの手紙」というだけで要件はわかってしまうのです。
つまり国王ジョージ6世から、首相を任命されることを意味する。

ダンケルクのことはもちろんですが、ジョージ6世についても、
ここ数年私は英国のこの時代の映画や本に触れることが多くて、
妙に親しみを感じてしまうのです。
今後も、チャーチル氏が登場しただけで嬉しくなってしまうのだろうなあ・・・。

さてそれにしても、通常、情報公開や非戦を「正義」と感じている私、
チャーチル氏の言うことには疑問を感じてしまうのです。
戦況が苦しいことは公にしない。
「フランスは一部がドイツに占拠されているだけ。まだ侵略ではない・・・。」
まるで先に見た米国のベトナム戦争の話のようです。
そして、彼は徹底抗戦を主張するのですが、大方は和平交渉に傾いている。
あえて闘って大きな犠牲を払うよりも
むしろ極力有利な条件をつけながら和平の道をたどるべきなのではないか・・・
という消極的意見が多いわけです。
常の私なら、そちらに軍配を上げると思う・・・。



けれども、常のことでは語れないのは、相手があのヒトラーだということ。
うまい条件なんか多分引き出せなかったに違いない、とは思います。
そしてまた、想像してしまいます。
もしこの時イギリスが闘わずにヒトラーの軍門に降ったとしたら、
世界はどうなってしまったのだろう・・・。
ヒトラーの独裁政治がもっと拡大し長きに渡ったとしたら・・・。
考えるだけでも恐ろしいですね・・・。



こう考えると、チャーチルの決断はイギリスのみにかかわらず、まさに「世界」のための決断だった。
ものすごい重大な決断をくださなければならない重圧、孤独感。
それがひしひしと感じられました。
ダンケルクのダイナモ作戦寸前、フランスのカレーの地で、
おとり役となった部隊があったということは今回はじめて知りました。
こうした多大な犠牲を払った上、ダンケルクでは多くの兵を救うことが出来ましたが、
その後、ロンドンは空襲を受け、さらに多大な犠牲を払うことになる・・・。
地位とか名誉だけのことではなくて、実際問題として多くの人命がかかった恐ろしい決断・・・。
一旦は和平交渉に傾きかけたチャーチルが、
どうしてまた徹底抗戦へ舵を切ったかそのエピソードも秀逸です。
まさにドラマチック・・・と言いたいけれど実際にあったことなんですねえ・・・。

ゲイリー・オールドマン、アカデミー賞主演男優賞。
また、辻一弘さんがメイクアップ&ヘアスタイリング賞。
納得の素晴らしい作品でした。
あ、ジョージ6世の部屋にちゃんとコーギーもいました!

<ディノスシネマズにて>
2017年/イギリス/125分
監督:ジョー・ライト
出演:ゲイリー・オールドマン、クリスティン・スコット・トーマス、リリー・ジェームズ、スティーブン・デイレイン、ベン・メンデルソン

歴史発掘度★★★★★
チャーチルの人間味★★★★★
満足度★★★★★


「あのころはフリードリヒがいた」ハンス・ペーター・リヒター

2018年04月06日 | 本(その他)

読み進むのがどんどん辛くなっていく

あのころはフリードリヒがいた (岩波少年文庫 (520))
上田 真而子,岩淵 慶造
岩波書店

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ヒトラー政権下のドイツ。
人々はしだいに反ユダヤの嵐にまきこまれてゆく…。
その時代に生き、そして命をおとしたひとりのユダヤ人少年フリードリヒの悲劇の日々を、
ドイツ少年の目から描く。
77年刊の新版。

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一応児童文学ということなのですが、
私が受講している「大人のための児童文化講座」の「戦争・核をテーマとした児童文学」の関係で読みました。
しかしこれを子供に読ませるのはためらってしまうくらい、
大人こそ読むべき本でした。
いえ、実際大人の私も、読み進むのが辛くて仕方ありませんでしたが・・・。


語り手の少年は、同じアパートに住むユダヤ人のフリードリヒと大の仲良し。
ちょうど少年の父が失業し、フリードリヒの父親は公務員だったので比較的金銭的にはゆとりがあり、
少年の家を援助するようなことすらもあったりしたのです。
ヒトラーの独裁政権の始まる前までは・・・。
ドイツ国内では反ユダヤの動きがじわじわと大きくなっていきます。
本作はそんなドイツの社会のリアルな動向を
少年とフリードリヒの関係を描きながら映し出していきます。
そしてこれは全くのフィクションではなく、著者自身の体験をもとにしているのです。
つまりはこの語り手の少年こそが、著者なんですね。
巻末にはナチス政権とユダヤ人の関係を表す克明な年表も添えられており、
どんなふうに、じわじわとユダヤ人の「生きる権利」が剥奪されていったのかがよくわかります。
財産、職業、住居、教育・・・周到に一つ一つ具体的な法律でユダヤ人を追い詰めていく・・・。
そもそもヒトラーが独断で法を作る制度が出来上がっていたのです。
こんな社会を容認していた時代というのも、恐ろしい・・・。


さて、講義の受け売りですが、戦争文学とはすなわち反戦文学であり、
大事な要素は2つ。
一つは「事実の伝承」。
そしてもう一つは「極限状況における人間のあり方が描写されていること。」
特に、人の強さと弱さが対等に扱われていること。


本作は、事実の伝承はもちろんですが、人の弱さについても痛いくらいに描写されているのです。
というのもフリードリヒの友人である少年は、
もともとユダヤ人差別意識などは持っていなかった。
でも世の中がどんどんユダヤ人を迫害する方向へ変化していくと、
自分も変わらざるを得なかったのです。
しまいにはユダヤ人をかばうと罪になってしまうような時代、
フリードリヒと親しくすることも自分の身の危険を伴うことになる。
ユダヤ人差別など間違っている、それはわかっていても
世間に同調せずにはいられない弱さ・・・。


ハッピーエンドにはなりえないテーマで、実際、言葉をなくしてしまうラスト。
でも確かに、子供に限らず大人にも一度は触れていただきたい物語だと思います。

「あのころはフリードリヒがいた」ハンス・ペーター・リヒター 岩波少年文庫
満足度★★★★★


白い闇の女

2018年04月05日 | 映画(さ行)

危険の香りのする美女に魅入られる男

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ニューヨークの事件記者ポーター(エイドリアン・ブロディ)は、
パーティー会場で美しい未亡人キャロライン(イボンヌ・ストラホフスキー)と出会います。
彼女の夫は映画監督でしたが、先に不可解な死を遂げていたのです。
妻子があるポーターですが、キャロラインに魅入られるように不倫関係となった上、
彼女から奇妙な依頼を受けることになります。
キャロラインの夫は日常生活をカメラに収める習慣があり、
その夫が残した画像をポーターに見せるのです。
また同じ頃、ポーターは新聞社社長からもキャロラインの夫が残したある映像を入手するよう圧力を受けるのですが、
キャロラインから見せられた映像データの中にはそれはありません。
一体それは何の映像で、どこにあるのか・・・?

謎めいた美女に翻弄されながら、一枚のSDカードの行方を追う男の物語。
「白い闇の女」というからには、問題はこのキャロラインなのだろうと予想はつくわけですが、
心に闇を持つ美女・・・かっこいいですね。


そもそも若干心に問題があると思われる夫の映画監督が元凶ではあります。
女は生き延びるためになんだってする。
その意志の強さのきらめきこそが彼女が放つ謎のオーラなのでした。
危険な香りのする美女に、ズルズルと引き寄せられ関係を結んでしまう男の不甲斐なさもまた、
ドラマですねえ・・・。
イカしたサスペンスです。



白い闇の女 [DVD]
エイドリアン・ブロディ,イヴォンヌ・ストラホフスキー,キャンベル・スコット,ジェニファー・ビールス,スティーブン・バーコフ
松竹



<WOWOW視聴にて>
「白い闇の女」
2016年/アメリカ/113分
監督:ブライアン・デキュベリス
原作:コリン・ソーリソン「マンハッタン夜想曲」
出演:エイドエリアン・ブロディ、イボンヌ・ストラホフスキー、キャンベル・スコット、ジェニファー・ビールス、リンダ・ラビン


ペンタゴン・ペーパーズ 最高機密文書

2018年04月03日 | 映画(あ行)

女性だからこその決断

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1971年。
ベトナム戦争を分析・記録した国防省の最高機密文書(ペンタゴン・ペーパーズ)のコピーをワシントン・ポスト紙が入手。
この文書が明るみに出れば、米国のベトナム戦争の戦局がかなり良くないことを
政府が隠蔽していたことが明らかになってしまいます。
ポスト紙の社主キャサリン・グラハム(メリル・ストリープ)は、
編集主幹のベン・ブラッドリー(トム・ハンクス)らと共に、
記事を差し止めさせようとする政府の圧力と対峙することになります。
真実を記事として出すか、断念するか・・・。
決断のときが迫ります。

戦局の悪化を隠蔽・・・。
日本だけではなくアメリカでもそういう事があったのですね。
どこの国も同じ・・・。



さて、キャサリンは亡くなった夫の後をついで社主となったわけですが、
常のメリル・ストリープの役には珍しく、自信なさげです。
重役たちや対外的にも、どこか軽んじられている。
それこそがこの時代性というわけですね。
女性の社会進出はまだわずかで、
単に名前だけ貸してくれればいいと、周囲は思っていたのだろうと伺えます。
でも、それにしては最後の決断のときにだけ、
彼女にすべてを委ねようとするのはなんだかずるい気もしますけれど。



私、最後の決断は女性だからこそできたのではないかと思うのです。
男性は社会の中の自分の位置を非常に大事にします。
けれども、女性はそんなことにはほとんど頓着しません。
もしここで失敗して社主の地位を失うとしても、ただの主婦に戻るだけ。
だから私、女性は男性より「正義」に対して真っ直ぐなのだと、常々思っております。
それなので、キャサリンは最後の決断を意外とあっさりと決めたではありませんか。
うん、そうでなくては。

それにしても、政治権力が情報操作をしたり報道の自由を阻害したりすることの恐ろしさ・・・。
どこかの独裁国家の話ではありません。
アメリカでさえこうなのだから・・・。
私達はじっくり心しなければなりません。
気がついたときは手遅れになったりしないように。



<ディノスシネマズにて>
「ペンタゴン・ペーパーズ 最高機密文書」
2017年/アメリカ/116分
監督:スティーブン・スピルバーグ
出演:メリル・ストリープ、トム・ハンクス、サラ・ポールソン、ボブ・オデンカーク、トレイシー・レッツ
重大な決断度★★★★☆
国家機密度★★★★★
満足度★★★★☆


潔く柔く

2018年04月02日 | 映画(か行)

罪悪感はいつになれば消えるのか

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15歳カンナ(長澤まさみ)は幼馴染のハルタ(高良健吾)と気のおけない友人関係。
カンナはハルタのことを単なる友達なのか、それ以上のものなのか、
自分でも判然としていません。
けれど、ハルタの方はかなり異性として意識しているのですが、
勇気がなくて告白することができないでいます。

ある花火大会の夜、カンナは別の男友達と出かけて、告白を受けます。
ちょうどその頃、ハルタは自転車に乗ってカンナへのケータイメールを送信した直後、
交通事故で亡くなってしまうのです。

それから8年が過ぎ、カンナはハルタへの罪悪感で恋もできないまま、社会人となります。
そして出版社に勤める赤沢(岡田将生)と知り合います。
無遠慮でズケズケとものを言う赤沢をカンナは苦手に思うのですが、
実は赤沢にも拭いきれない大きな過去の傷を持っていた。
そうしたことを打ち明け合ううちに、いつしか二人の心は接近していきます。

「罪悪感はいつになったら消えるの?」と問うカンナに
「それは消えることはない。一生持ち続けるしかないんだよ・・・」と答える赤沢。
けれどもどこか赤沢が達観しているように見えるのは、
たった一人ではあるけれど、彼の心を思い図り、癒やしてくれる存在があり、
心の区切りをつけることができたからなのでした。
だから赤沢はカンナを気遣い、彼女にも一つ乗り越えて、
つらい気持ちをもっと落ち着いたものに変えることができるのではないかと思うわけですね。



直接的にではないけれど、自分が関係して人を死に追いやってしまう。
どうすれば心は癒やされるのか・・・。
重いテーマながら、まさに「潔く柔く」着地できたと思います。
単に少女コミックの映画化と思って敬遠していましたが、
これは結構良かった。

今から5年前の作品とは言え、
長澤まさみさんらの高校生姿はちょっとキビシイのではないかと思ってしまい、
その8年後のシーンになって妙にほっとしてしまいました(^_^;)

潔く柔く (2枚組 本編ディスク+特典ディスク) [DVD]
長澤まさみ,岡田将生
バップ


<WOWOW視聴にて>
「潔く柔く」
2013年/日本/127分
監督:新城毅彦
原作:いくえみ綾
出演:長澤まさみ、岡田将生、高良健吾、波留、中村蒼、古川雄輝

罪悪感度★★★★☆
満足度★★★★☆


「鳩の撃退法 上・下」佐藤正午

2018年04月01日 | 本(その他)

一家失踪と、偽札と、落ちぶれた小説家

鳩の撃退法 上 (小学館文庫)
佐藤 正午
小学館

 

鳩の撃退法 下 (小学館文庫)
佐藤 正午
小学館

* * * * * * * * * *


かつては直木賞も受賞した作家・津田伸一は、
「女優倶楽部」の送迎ドライバーとして小さな街でその日暮らしを続けていた。
そんな元作家のもとに三千万円を超える現金が転がりこんだが、
喜びも束の間、思わぬ事実が判明する。
―昨日あんたが使ったのは偽の一万円札だったんだよ。
偽札の出所を追っているのは警察だけではない。
一年前に家族三人が失踪した事件をはじめ、
街で起きた物騒な事件に必ず関わっている裏社会の"あのひと"も、
その動向に目を光らせているという。
小説名人・佐藤正午の名作中の名作。
圧倒的評価を得た第六回山田風太郎賞受賞作。

* * * * * * * * * *

小説を読む歓びが沸々と湧き上がってくる・・・というような本。


かつては直木賞を受賞したけれど、今は落ちぶれて、
デリヘル嬢の送迎ドライバーをしているという情けない元・小説家の津田伸一。
ある日、その街で家族三人が失踪するという事件が起こります。
津田はその夜、その家の主人とドーナツショップでほんの一時会っている。
そしてまたその後、津田は3000万円を超える現金を手に入れ、
一部を使ってみるのですが、なんとそれは偽札だった!
これらの事件の影には裏社会の"あのひと"が関係しているらしい・・・。
そもそもこの現金は何なのか? 
失踪した家族はどうなってしまったのか?


・・・と、このようなあらすじを見ると、ミステリのように思えます。
でもこれ、やはりミステリではないんですね。
津田は自分が知り得た事実を組み立て想像を巡らせて、
これら一連の出来事を小説に仕立てようと原稿を書き始めます。
その津田の書いた原稿と津田の「語り」でこの本はできているのです。
けれど津田の想像は多分デタラメではなくて、
かなり真相に近いのではないかという説得力があります。


津田はただ小説が書けなくなったのではなくて、
どうやら何らかのスキャンダルがあって、出版社から干されてしまったらしいのです。
それが女性問題で・・・。
常に女で失敗するタイプ。
知り合った女性の家に転がり込んで居候して、愛想を尽かされて追い出されて
・・・を繰り返している感じです。


で、登場する女性たちがまたそれぞれにユニークで魅力的。
ドーナツショップ店員の沼本(ぬもとと読むのだけれど、津田はあえて嫌がらせのようにぬまもとと呼ぶ)
さんが好きでした!
作中では津田と散々な別れがある学生の網谷さんとの出会いのシーンがラストに書かれてあって、
これがまたなんだか甘酸っぱかったりするのです。
考えてみれば、彼女の行動のおかげで津田は窮地を脱することになるのだから、
津田にとっては本当は大事にすべき女性だったと思うわけですけれど・・・。
偽札の真相もなかなか衝撃的。
金に執着してはいけない・・・とキリストはいい、ルカが言い伝えた・・・とね。


本筋から多少離れたエピソードもすごく面白くて全く退屈しませんし、
初めの方に現れた人物がのちに登場したときには
「読者ももう忘れていると思うので説明するが」
などと注釈が入っていたりするサービスも満点。
いやあ、もっとずうっと読んでいたかった・・・。


本作は、山田風太郎賞受賞。
直木賞受賞作「月の満ち欠け」も是非読みたいですが、
図書館予約は絶望的。
文庫化を待つことにしますか・・・。

「鳩の撃退法 上・下」佐藤正午 小学館文庫
満足度★★★★★