映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

「ノボさん 小説 正岡子規と夏目漱石 上・下」 伊集院静

2016年03月03日 | 本(その他)
短い人生をエネルギッシュに駆け抜けた男

ノボさん(上) 小説 正岡子規と夏目漱石 (講談社文庫)
伊集院 静
講談社


ノボさん(下) 小説 正岡子規と夏目漱石 (講談社文庫)
伊集院 静
講談社


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伊予・松山から上京した正岡常規(子規)は
旧藩主久松家の給費生として東京大学予備門に進学すると、
アメリカから伝わった「べーすぼーる」に熱中する。
同時に文芸に専念するべく「七草集」の執筆に取り組んでいる頃、
同級生で秀才の誉れ高い夏目金之助と落語で意気投合するが、
間もなく血を吐いてしまう。(上)


心血を注いだ小説の道を断念した子規は帝大も退学し、
陸羯南が経営する新聞「日本」に入社する。
母と妹の献身的な世話を受け、
カリエスの痛みをおして俳句をはじめとする
文芸の革新に取り組む子規を多くの友が訪れ、
「ホトヽギス」も創刊されるが、
漱石はイギリスへと旅立っていく…。
司馬遼太郎賞受賞作。(下)


* * * * * * * * * *


ノボさんイコール正岡子規、というのは「坂の上の雲」で知っていました。
もっとも司馬遼太郎の原作ではなく、NHKのドラマの方ですが・・・。
だからなんとなく、正岡子規を香川照之さんのイメージで、ずっと読んでしまいました。
まあ、別に不都合はありませぬ。


冒頭、若きノボさんは、べーすぼーるに夢中。
とにかく時間さえあれば野球の練習をしています。
なんだかいいですねえ。いかにも若くて。
でも、後々このシーンが限りなく貴重な青春の日であったことが見えてきます。
だから、とても大事なシーン。


いや、お恥ずかしいのですが、そもそも私、
正岡子規のことがよくわかっていなかった。
現在の俳句や短歌は日本文学の重要な一ジャンルであることは間違いありませんが、
その基礎を作ったのがこの方。
明治のその頃、俳句や短歌はご隠居の趣味みたいに思われていたのですね。
海外からどんどん目新しい物が入り込んできて、
日本古来のものがみすぼらしく古臭いものと思われていたのだろうと思います。
けれど、正岡子規は古来の歌を集大成し、体系づけていく
ということをライフワークとして、
そして、自らも創作に励み、また、句会や新聞紙面などを通じて後継者を育てていった。
本作に登場する彼の交友関係を見ても、国語の教科書で知った俳人たちの名前がズラリ。
まさに、正岡子規なくしては、現代の俳句や短歌という芸術表現はとっくに滅びていて、
「古文」の授業の中にしか出て来ないものになっていたかもしれません。


・・・と、堅苦しい前置きをしてしまいましたが、
本作はそんな偉人の「伝記」ではありません。
ノボさんが抱いた大志。
けれど病という障害に阻まれながらもなお、憑かれたように己の道をゆく、
そういう「明治」の人のエネルギッシュな生き様が生々しく描かれています。
そしてまた、こちらもまた、近代小説を語るには無くてはならない
「夏目漱石」との交流も描かれます。
文芸という同じ道を志す二人。
性格はかなり異なっているのですが、奥底の方でつながってるという感じです。
後に、子規の郷里に漱石が教師として赴任し
小説「坊っちゃん」の元になる体験をする
というのがまた面白い縁ですね。


それにしても「結核菌」というのは恐ろしいです。
肺結核が恐ろしいのはわかっていたつもりですが、
その菌が脊椎に入り込んで組織を腐らせる、
それがカリエスだということを知りませんでした。
凄まじく痛むらしいのです。
晩年はほぼ寝たきり。
正岡子規の母と妹がつきっきりで看病したといいます。
当時の男子らしく、全くわがままで、金銭感覚もない。
よくもまあ、耐えたこと・・・。
闘病の末、34歳で亡くなったという・・・
短い人生をエネルギッシュに駆け抜けました。


明治の男の凄さ、そしてまた女の凄さ・・・そんなことも考えさせられました。
迫力の筆に、一気読みです。

「ノボさん 小説 正岡子規と夏目漱石 上・下」伊集院静 講談社文庫
満足度★★★★★