映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

「二流小説家」 デイヴィッド・ゴードン 

2012年03月04日 | 本(ミステリ)
ミステリにおいても、心情においても、トクマル!!

二流小説家 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)
青木千鶴
早川書房


               * * * * * * * * * *

ちょっと見た目が地味なこの本なのですが、
このミステリがすごい! 2012年版海外編
週刊文春ミステリーベスト10 2011年海外部門
ミステリが読みたい! 2012年版海外編
これらですべて第1位、三冠に達した輝かしい作品なのであります。
多くの人が押す作品にはそれなりの力があるので、
未体験の著者に挑戦するときには、こういう賞を参考にするのは悪くないですよね。


さて今作は、パッとしない中年作家ハリー・ブロックが主人公。
「二流小説家」とは彼自身が自戒を込めてそのように自称しているわけです。
彼は、ポルノやミステリ、SF、ヴァンパイア小説、それぞれ別のペンネームで執筆。
どれもベストセラーには程遠いけれど、なんとかそれで食いつないでいるといった風です。
そんな彼のところへ、かつてニューヨークを震撼させた連続殺人鬼から告白本の執筆の依頼が来ます。
刑務所で服役中のダリアン・クレイは、ハリーの書くポルノ小説のファンだったのですね・・・。
あまり気が進まないながらも、この話は悪くない。
事件の真相を彼から聴きだして本を書くことができれば、
ベストセラー間違いなし。
名前を売るチャンス!!
ところがダリアンは、ハリーにとんでもない条件を出すのです。
ダリアンにファンレターをよこす女性に会って、彼女が登場するポルノ小説を書いて欲しいと。
殺人犯にファンレターを書くなどと、その心理は想像もつきませんが、
そのような暗い欲望にしか自分の生を感じ取れない人というのは実際いるものなのでしょう・・・。
やむなくハリーは3人の女性に会いに行くのですが、
ところがそこで予想もしない展開が!!


思いがけない真犯人という所ではピカイチでありながら、
さらにまた一ひねりありまして、ミステリとして秀逸です。
大詰めにはアクションも。
そしてまた、全体に漂う雰囲気がなんともいえずいい。
うまく表現できないのですが、
そうですね、しいて言えばハリーの人柄なのかな。
二流小説家というくらいで、つまりは負け犬人生。
女子高生クレアに仕事を仕切ってもらったりして、
ちょっぴり情けないところもあるのですが・・・。
でも最後の所で、そのクレアがこんなことを手紙に書いてきます。

「あなたにはわたしなんて必要ないわね。
本当のあなたは強い人だから。
なのにわたしが必要なふりをずっとしていてくれてありがとう。」


本当は詩人になりたくて、しかし夢はかなわず、恋人には逃げられ・・・
様々な葛藤を経ながら生きている、ちゃんとした"大人"を感じるのです。
正義感でガチガチではなく、人のほの暗い部分もしっかり理解している。
さりとてニヒルでもなく、退廃的でもない。
そしてまた自分のすべきことに忠実。
これがまたできそうでできないんですよね・・・。
こんなふうに、しっかりとバランスを持って生きてるって感じが、
身近で安心できて、大好きです。


また、この猟奇殺人犯とされているダリアンの描写がまたすごいのですよ。
人物像も、普通のようでいてどこかやはり壊れた感じ。
決して凶暴ではなく、ラストの「告白」部分は哲学的でさえあります。
そしてその犯行は、ただグロテスクなのではなくて、奇妙な美意識で彩られている・・・。
そんなことに美を見出してしまうことにまた、ハリーは罪深さを覚えたりもするのですが。


殺人=悪=醜悪
そういう図式から離れてある、不思議に物悲しいストーリー。
読後の満足感は半端ではありません。


「二流小説家」 デイビッド・ゴードン 青木千鶴訳 ハヤカワポケットミステリ
満足度★★★★★★!