合掌。
金子 満広氏(かねこ・みつひろ=元共産党書記局長)18日午前2時3分、脳内出血のため東京都内の病院で死去、91歳。群馬県出身。告別式は22日午前11時30分から、東京都文京区白山4の37の30の寂円寺法輪閣で。喪主は長男広志(ひろし)氏。
旧鉄道教習所卒。国鉄勤務を経て、1972年の衆院選で旧東京8区から初当選。以後、3度の落選を挟んで2000年まで通算6期務めた。共産党では82年から90年まで書記局長、90年から政界引退まで副委員長。 (2016/04/19-11:54)
このブログ、gooの都合で、有料になってしまい。最近は更新できていないのだが、アクセスランキングのアクセスをみてびっくり。ページビューが132万9045だった。
『『星灯』 巻頭言
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「闇があるから光がある」と小林多喜二は言った。
東日本大震災と福島第一原発事故後の安倍政権の成立という、闇の時代にあって、私たちは、文学という星明かりを頼りに船出する。
大事なのは、売れるか、売れないかではない。これから生まれる新しい言葉に、決して売りわたすことのない魂を込めて、時代のど真ん中めがけて投げ込めるかどうかが問われているのだ。
めざすのは、川端康成の「美しい日本」のベールをはぎ、大江健三郎の「あいまいな日本」を克服した、「やさしい日本」というまったく新しい未来である。
めざすのは、川端康成の「美しい日本」のベールをはぎ、大江健三郎の「あいまいな日本」を克服した、「やさしい日本」というまったく新しい未来である。
文学でいえば、それは小林多喜二と太宰治の統一である。理想をめざす「熱い心」と、現実に傷ついた「冷めた目」の共存。
まずは、人間そのものに向かいあいたい。「人間をしっかりと描けば、社会は自然と滲み出てくる」と小津安二郎は言った。
文学とは、とても言葉では言い尽くせないテーマを、言葉で言おうとする、矛盾した無謀な試みなのだ。
小誌の名前「星灯」を決めるには、同志一同、悩みに悩んだ。
中国の古典『書経』のことば「星火燎原」をある人から聞かされた。この四文字熟語を見るのは初めてだったー夜空の星のような小さな火が、いつか広い草原を焼き尽くすこともあるという意味。「星灯」の名はここからとったのだが、思い浮かんだのは、「星の王子さま」の点灯夫だった。
王子は、小さな自分の星を出て、他の星を巡る旅に出る。一つの星に一人ずつ、へんてこなひとが住んでいる。
五番目に訪れた星は、わずか二分で自転してしまう小さな星。外灯が一つだけあり、点灯夫が夜になると灯を点し、朝になると灯を消している。それを一分ごとにするのだから、点灯夫の仕事はかなりのハードワークだ。
「この点灯夫の仕事には意味がある、夜空の星のひとつをキラキラさせて、夢をつくりだしている仕事」と王子が感心する。
点灯夫は、夜空の無数の星の中のたった一つの星の灯を点し続ける。その小さな星が誰かとってかけがえのない星となり、夢となる。
この本の初版は、1943年。フランス人パイロットでもあったサンテグジュペリは、ファシズムとたたかっていた。そして、ドイツ軍偵察飛行中、消息を絶った。「星の王子さま」の言葉は彼の遺書でもあった。
「大切なものは目に見えない」とは「星の王子さま」の中の言葉だが、文学でもいえることだろう。大切なものは、書かれていない。行間に、書かれずして書かれているのだ。
そんな言葉があることを信じたい。
小誌「星灯」には、そんな思いが込められている。
新しい文学よ、起これ!
雪で車が立ち往生。車を捨てて電車で移動。
雪の中荷物を両手に移動。
爪が割れた。
痛い。
ああ、つらい日。
車の鍵を落としたみたい。
■[美術]東京国立近代美術館の常設で見た興味深い作品
東京国立近代美術館の常設展で興味深い作品を見た。とくにその解説が印象深かった。こんな風に解説してくれれば、作品がずっと身近になるだろう。
この作品は、1933年(昭和8年)の小説家小林多喜二(1903-1933)の虐殺に触発されて描かれたものです。津田は、「十字架のキリスト像にも匹敵するようなものにしたいという希望を持つて、この作にとりかかつた」(『老画家の一生』)と記しています。拷問をうけ吊り下げられた男と、左下の窓を通して取り込まれた建設中の国会議事堂が対比されます。プロレタリア芸術運動への弾圧が激しさを増す中、津田自身も家宅捜索の後、一時拘留されました。《ブルジョア議会と民衆生活》は押収されましたが、幸いこの作は隠し通すことができました。
『小林多喜二ガイドブック』
読者のみなさんへ
小林多喜二は、その凄惨な最期のためか、政治的なイメージのみが先行されがちな作家であるように思われます。2008年の「蟹工船」ブームにより、代表作とされる「蟹工船」は流行語にまでなりましたが、彼が遺した他の作品はまだまだ読まれていないのが現状ではないでしょうか。
しかも、多喜二の文学は、多喜二の存在とともに国家に抹殺されたという歴史を持っています。私たちが多喜二の文学を手に取ることができるという、一見当たり前のような現状は、絶え間ない思想・言論弾圧と戦火の中、彼の原稿を守り抜いた人びとの命懸けの努力によってもたらされたものに他なりません。
白樺派的なヒューマニズムからプロレタリア文学へと歩んでいった多喜二の足取りを窺わせる作品から、晩年の『赤旗(せっき)』掲載の全集未収録作品までも含めた小説・戯曲の書誌、成立背景、あらすじをご紹介する本書は、人びとに守られ奇跡的に甦った多喜二の文学、そして多喜二の生きた時代と読者の皆様を結ぶ架け橋になれたらという目的のもとに制作いたしました。
なお、このガイドブックでは、多喜二の文学をモチーフ別に分類することを試みました。多喜二は、29歳4ヶ月の短い生涯のなかで、多くの問題意識を持ち、それを即座に文学的営為に結びつけ、弾圧下の日本をペンで駆け抜けていった作家です。彼の文学作品にみられるモチーフを柱に整理することで、多喜二が対峙し、表現を挑まずにはいられなかったテーマを俯瞰し、時代の様相を示唆した上で、読者のみなさんを作品世界へご案内したいという思いから、このような形式を選択しました。
ところで、多喜二の文学的出発は、多感な時期を過ごした北海道・小樽での体験にありました。弱者が徹底的に搾取される社会の有り様が可視化された街としての顔も持っていた小樽で、労働者の置かれた劣悪な労働環境、悲惨な行く末をその眼で見、自身も少年の頃より苦学を強いられた体験が、彼の作家としての眼を育てたのだといっても過言ではないでしょう。同時に、大正教養主義の洗礼をも受けた多喜二は、その読書体験や知識と、自らの実体験を経て養った作家としての眼とを総動員させて、彼独自の文学を生み出していったのであり、そのような彼の紡ぎ出す言葉は、何より“生活”に根ざしたものであるからこそ、強靱なプロレタリア文学となりえたのであろうと思われます。このような多喜二文学への入口の足がかり的なものとして、本書を紐解いていただけましたら、幸いに存じます。
神村 和美
『小林多喜二<全作品>ガイドブック』の発行元について考えている。
事業主体としては「さくむら書房」とし、
コミュニティーとして「多喜二カレッジ」としたい。
実際は、「NPO多喜二カレッジ」準備会とすべきかもしれないが、
提唱すべき主体の形成を優先することとする。
その後、NPO法人化をすすめることとしたい。
第二弾として、佐藤三郎のエッセー集を企画することとしたい。
今日は小林多喜二の生誕110年の日。
何もできていないけれど、計画だけはあります。
小林多喜二ライブラリーを2008年に退職し、その後失業生活を1年、再就職して4年。
生活を立て直すことで精一杯でした。
なんとかなりそうなところまで来たので、小林多喜二関係の活動を再開します。
ただし、組織に属さない個人としての活動ですので、あまり期待しないでくださいね。
これはただ、自己の存在証明なのですから。。
多喜二生誕110年記念出版「30分でわかる小林多喜二ガイドブック」を企画しています。
昨日、神村さんと会って構想を検討しました。
年譜以外は、全て神村和美さんの原稿の予定です。
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「30分でわかる小林多喜二 ガイドブック」
A6判 80p 販売価格 1,000円 2013年12月発売!!
自費出版ですので、少部数の発行です。
◇目次◇
1)小林多喜二全作品 あらすじ(神村和美)
2)映画・演劇となった小林多喜二(神村和美)
3)神村和美「「独房」に秘められた想い――草稿ノートからの展望――」小樽商大小林多喜二國際シンポジウム発表から (神村和美)
4)小林多喜二資料所蔵文学館・機関などの紹介(佐藤 三郎)
5)小林多喜二年譜(佐藤 三郎)
陸自毒ガス製造問題 年間最大500グラム超える
サリン・VXガス… 地元自治体「認識ない」
塩川議員へ提出の防衛省資料
陸上自衛隊化学学校(埼玉県さいたま市)がサリンなどの毒性化学物質を製造していることが判明した問題(6日付既報)で、防衛省はこのほど、2008~12年の製造・使用・廃棄の実績数量を明らかにしました(表)。日本共産党の塩川鉄也衆院議員へ同省が提出した資料でわかりました。
資料によれば、過去5年間で製造されたことがあるのはサリン(シクロサリン含む)、タブン、ソマン、VXガス、マスタードガス、窒素マスタード、ルイサイトの7種(8種)。年間製造量は合計で最大510グラム(11年)、使用量は最大445グラム(08年)などとなっています。
これらは、毒性からの「防護に関する研究」を目的に製造しているとしていますが、大量の人間を死に至らしめることが可能な量です。例えば、最も毒性の強いVXガスの場合、皮ふ浸透でのヒト半数致死量(投与された人間の半数が死亡する推定値)は毎分あたり6ミリグラム/立方メートルとされています。(1ミリグラムは1000分の1グラム)
また、防衛庁(当時)が、化学兵器禁止条約が批准された1995年に埼玉県や大宮市(当時、現さいたま市)などに対し、条約や化学学校の概要について説明を実施していたことも明らかになりました。しかし、防衛省担当者は当時の資料が確認できず、「具体的な説明内容は承知していない」としています。
さいたま市危機管理部は同学校でサリンなどが製造されている事実について「認識はない。本紙の報道で知った」と回答。「近隣住民の安心・安全のため、今後国と対策・情報の共有について協議する必要がある」としています。
塩川議員は、同学校の内部規則には駐屯地外へ被害が広がる事故の場合、地元自治体や住民などに通報するよう定めている一方、情報の共有がなんら図られていないとして、自治体・住民へ説明の場を設けるよう求めました。
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さてどんなものになることか。
B5判 80P程度のものになる予定。
自費出版のものです。
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【平安名純代・米国特約記者】米国防総省が7日に公表した米軍の性的暴行事件に関する年次報告書で、2012会計年度(2011年10月~12年9月)中に、被害を受けた米兵の実質推定数が2万6千人で、前回調査時(10年度)の1万9千人から37%増加していることが分かった。オバマ大統領やヘーゲル国防長官は同日に記者会見し、罰則の強化を訴える一方で、米軍幹部らは議会が開いた公聴会で謝罪するとともに改善を約束した。
報告書によると、12年度に実際に届け出があったのは3374件で、前年度に比べて182件増加した。届け出件数と実質推定数の差異について、被害報告や訴追がすべて米軍内で処理されるため、被害者が報復を恐れるなどの理由で届け出を見送るケースが多いなどと指摘している。
部門別の届け出件数は、前年度比で陸軍は16%減(1695件から1423件)、海軍は32%増(550件から726件)、海兵隊は30%増(333件から435件)、空軍は33%増(594件から790件)となっている。
オバマ大統領は同日の記者会見で「まったく許容できない」と述べ、綱紀粛正を唱えた防止キャンペーンだけでは犯罪は防げないと指摘。罰則強化など抜本的改善の必要性を強調した。
公表に先立ち、5日には米バージニア州の国防総省近くの駐車場で空軍中佐が性的暴行容疑で逮捕される事件が発生。容疑者が性的暴行防止班の責任者だったことから、米上院軍事委員会が7日に開いた公聴会では、非難が集中した。
ギリブランド上院議員はドンリー空軍長官に対し、「責任者が罪を犯すのであれば、米軍幹部らは調査や犯罪捜査はできない」と厳しく批判。レビン同委員長らも、現行システムの実効性に疑問を呈した