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イスラム教のアウトライン

2015年04月23日 | 国際情勢
ムハンマドの生涯と教え

ムハンマドは、サウジアラビアのメッカで生まれました
ムハンマドは、610年頃、瞑想中に神から啓示を受けました
ムハンマドは、啓示を読み聞かせ、信者がそれを記憶しました
ムハンマドの死後(650年)頃信者が集い、クリアーン(コーラン)完成しました
クリアーン(コーラン)には、ムハンマドが神から受けた啓示が記載されています
東洋経済4月4日号引用








イスラム教(東洋経済より引用)

六信五行
イスラム教徒が信じるのは6つです(アッラー、天使、啓典、来世、予定、預言者)
信仰の具体的な行動(信仰告白、礼拝、喜捨、巡礼、断食)
祈りと断食
*礼拝;1日5回メッカの方向に向かい(夜明け前、正午、午後、日没後、夜)
*断食:ラマンダー月(イスラム暦の9月)

イスラム教の宗派の対立
ムハムンドの死後、イスラム共同体は後継者を選びました
第4代後継者の時代に、内部抗争が起こりました
シーア派(ムハマンドの子孫が共同体を指導する)
スンニ派(ムハマンドの血縁は関係なく、規範(スンナ)に従う)

政治的に不安定地域
シーア派のホメイニ師がイランで革命を起こし、親米政権の国王を追放されました
世俗主義の周辺の国は、イランの政教一致の国家体制は脅威になりました
スンニ派が権力を握っていた、イラクはイランを攻め、8年間イラン・イラク戦争が続きました

イスラムの過激派(イスラム原理主義)
イスラム社会の危機を、ムハマンドのイスラム共同体の原点に返ることで解決する
政治的には、イランのような政教一致の国家体制です
アフガニスタンを支配したのは、イスラム原理主義の一つの派です

イスラム国
イラクに2番目に大きな都市モスルを制圧し、国家樹立を宣言
最高指導者は、カリフを自称し、イスラム社会への復帰を宣言しています
アルカイダの流れをくむが、アルカイダとは絶縁状態です

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