すんけい ぶろぐ

雑感や書評など

中沢新一「カイエ・ソバージュⅡ 熊から王へ」

2006-01-13 08:50:29 | 書評
「文明」を享受することは罪なのでしょうか?


中沢新一の「カイエ・ソバージュ」シリーズ第二巻「熊から王へ」を読みました。


面白かったです。

今作は、「国家」(イメージとしては「帝国」という言葉の方があっているかもしれません)という巨人をつくりあげてこなかったコミュニティーの秘密に迫るというのがメイン。

その例としてインディアンや日本のアイヌ、アムール川の狩猟民族を挙げています。

非常にかいつまんで話すと、インディアンなどの社会は「対称性社会」とされ、それが日常の現実問題を平和裏に解決する「首長」と、非常手段を使って現実問題を強制的に解決する「戦士」と、非日常の世界との媒介となる「シャーマン」の役割が分離されており、それが一人の手に渡ることはなかった。

で、その三役が集中しなかったことが「国家」を生み出さなかった要因であり、その理由というのが、…………叡智? 理性? 文化?

 私たち人類の知的能力は、こうして「野生の思考」と超越をめぐる「宗数的思考」を、同時に発生させる可能性をもつことになります。それはちょうど、おなじ熊が人間の自然界における最良の友であるとともに(熊の社会と人間の社会を重ね合わせて思考する能力)、人間を呑み込み、食べ尽くして破壊する、自然の奥に秘められている権力をあらわす「人食い」動物でもあったことに、対応しています。対称性社会の知恵は、このように二つの方向に分裂していこうとする思考の傾向にバランスをあたえて、脳の働きがどちらかに偏った暴走をはじめないように、注意深い配慮を続けたのでした。
 対称性社会の知恵が実現していたバラソスには、絶妙なところがあります。それは自分の脳のなかに、人間を越える「超人」の種が植え付けられていることを知りながら、それが発育できる空間と時間に、厳しい限定を加えようとしています。私たちが取り上げてきた例で言えば、それは「ふゆ」という季節と祭りのおこなわれる空間の内部とに、限定していたのです。流動的知性が開く「超人」への可能性は、さまざまな仮面があらわす「人食い」の精霊をとおして、人間に向かって大きく口を開いたのですが、「ふゆ」の終わりとともに、その昂揚した時間と空間は消え失せなければならないことが、定められていました。
 こののとき「入食い」が人間の世界に持ち込んでいる自然の権力は、祭りの間中そこをシュールレアリスティックな芸術的昂奮で埋め尺くしたあとは、世俗的な社会の中に絶対に侵入してはならないように決められていました。権力は、丁重な扱いで、ふたたびもとの森の奥に返されていきます。
 同じように、戦士もシャーマンも、身につけた特別な能力を社会の中心部では発揮できないようになっています。戦争のリーダーは、特別な戦争の時間と空間においてだけ権力をあたえられるのであり、シャーマンの超能力も首長の理性の管理下におかれていなければなりません(シベリアでは、首長とシャーマンの対立を、首長タイプの「白いシャーマソ」と限界を越えて暗黒の領域に接近していく「黒いシャーマン」の対立で表現しているケースを、よく見かけます)。
 対称性社会では、このように人間は理性の表現である「文化」を生きる動物なのであり、権力は理性を超越するものとして、「自然」の領域にあるものでなければならなかったのです。そこでは、王も国家も、発生できない仕組みになっています。
中沢新一「カイエ・ソバージュⅡ 熊から王へ」192~193頁 講談社選書メチエ

ちょっと、分かりづらいかな?


「国家」という非文化的な野蛮な装置を持たずに構成された社会について熱く語られており、ともかく示唆に富む本でした。


が、ちょっと、「うーん、いいのか、これで?」と思うこともあったのも事実。

まぁね。
世界を覆う圧倒的な非対称を内側から解体していく知恵
中沢新一「カイエ・ソバージュⅡ 熊から王へ」218頁 講談社選書メチエ
を模索しての文章なので、前巻の感想でも書いたように「国家=悪」という前提で話をしているのは仕方ないのでしょう。

……………けれども、エコロジストが文明を否定しながら、文明の利器を利用しているのを見るような、ちょっと釈然としない気分にもなります。

「対称性社会は素晴らしい!」
と作者は主張するものの、
「おいおい、ああいう社会には、ああいう社会の不便さや理不尽があるんじゃないの?」
と意地悪なことを思ってしまいます。

が、あくまでも現代社会へのアンチテーゼを提案したいのだから、そいうことは触れなくていんだろうけど、…………ね。


僕個人としては、「王立宇宙軍 オネアミスの翼」のように、人の罪深さを自覚しつつも、進歩していくしかないないんだろうなぁと考えてしまうけど。


「カイエ・ソバージュⅠ」の感想は、こちら。
中沢新一「カイエ・ソバージュⅠ 人類最古の哲学」副題が思いつかんな…………


熊から王へ―カイエ・ソバージュ〈2〉

講談社

このアイテムの詳細を見る


最新の画像もっと見る