財団康楽寺 父の財団がコクド、西武鉄道の資金源である
日本レミントンランド再考(10) 之までも書いた様に延命順作は三和銀行の渡辺会長と組んで能登に各種事業を立ち上げている。その資金はどこにあったかと云えば、父桜井兵五郎の日本タイプ再建のために提出して旧債権の償還である。延命が社長をしていた京都工作機械は、賠償工場として持ち帰られたと延命が云うが、大部分は日本に返還されたのである。また三菱等とジェットエンジンの開発をしていたと言うから、こちらの方がアメリカに持ち帰られたかも知れない。父は陸海軍の秘密兵器に関与しており、それに関する国家秘密特許を多数もっていた。全国の工場等の旧債権の処理に関しては、三和銀行が深く関わっていたのである。三和銀行は日本タイプの親会社の倒産に深く関与していることをこれまでのブログで書いている。日本観光の主力銀行は日本勧業銀行である。今話題の西武鉄道やコクドと同じである。今金澤市民に開放している医王山やキゴ山、金澤ゴルフクラブは全て日本勧業銀行に信託してある。 今は第一勧業銀行からみずほグループとなっている。日本勧銀と三和銀行が日本観光の主力銀行であった。しかし昭和60年代からは両行は日本観光との取引を辞めている。これは日本観光が倒産をする事を知っていたのである。そのかわり日貿信とか住宅ローン会社には融資をさせている。日貿信は父桜井兵五郎も旧債権者として名をつられている。旧債権について三和銀行がその処理を担当しており、倒産すると分かっていた日本観光にその引当分を融資させ倒産に至らしめたといえる。日本勧業銀行は新規融資はしなかったが、住宅ローン通して融資している。つまり主力二行が日本観光を倒産に追い込み日本タイプをキャノンに売却に至らせたと言えるのである。日本タイプは戦時中から軍の要請で、日本軍が占領した東南アジア等え進出し日本軍の情報収集にあたっていた。また各種兵器の最新特許を使った機器を製造していた。日本タイプは戦前から日本国の主力防衛力を担う今で言う処のIT戦略企業であり、そのためにアメリカのレミントン・ランドと合弁会社を創ったのである。 しかし西武鉄道やコクドの株式を多量に取得、また財団康楽寺の金沢郊外の土地や西武関連の土地を大量に取得した関系で、勧業銀行と関係が深くなり、日本タイプは富士銀と共に勧業銀行とも関係が深くなり、主力銀行となっていた。今西武問題で深く関与しているミズホ・ホールデングスである。