
財団康楽寺 西武発展(コクド、西武鉄道、プリンス・ホテル)の資金源になったのが、財団 康楽寺である。
石川県が市民に開放している医王山スポーツセンター、ギゴ山スキー場は父が大東亜寺建立の為買収したものである。 父が昭和17年4月ビルマに派遣され、ビルマの高僧ツレトア大僧正から仏舎利を寄贈されたおり 日本に残した老母のため、一寺を建立することにした。 当初は医王山一体を大東亜寺の聖地として開発、同地に当初仏舎利を安置する予定で、大菱池から 付近一帯を買収した。 現在金澤市民に開放されている医王スポーツセンターや、ギゴ山スキー場を含む広大なものであったが、その後大東亜寺が白雲楼を含む高尾山50万坪に変更となったのである。 もともと父は白雲楼の上に遊園地やスキー場を作る事にしていたが、この遊園地やスキー場は 医王山一帯の買収したところに建設の計画を変えたのである。 父の諸会社の役員達は父の遺産を横領する事のみを考え、康楽寺の本殿の建設はおろかその敷地 さえ金澤市に違法にも無効な売買契約して金を自分達の懐に入れ、そ知らぬ顔をしている。 一方医王山一帯は彼等は県に管理を委託、我関せずの態度をとり続けている。 こういった膨大な土地を買収管理するには、彼らには出来なかったといううより、父がこういった土地を残したことを知られたくなかったのである。 特に父が自分の後継人に指定していた私に対しては、何事を知らせず分からせないように仕向けていた。 それどころか私の頭を鼻の手術を利用して破壊、父から依頼されていた事を何一つ実行する事 なく、会社を倒産させる事に専念してきたのである。 またこれだけの膨大な不動産を管理する能力もないので、父は西武不動産やコクド、西武鉄道に その管理を委託していたのである。 堤康次郎氏は私の頭の破壊に関与していたかどうかは判らないが、少なくとも父との約束にはソッポを向いていたことは事実である。 今弁谷貞造や桜井能唯は父の残したこれらの土地を白雲楼の借財と帳消しにしようと、政治的に暗躍している。 この地図の写真は医王山の大菱池を中心とする医王山スポーツセンター、ギゴ山スキー場一帯を 示してる。