【2027-2028年3月序章】
「良い評価を頂けて光栄です。これからも活躍してみせますよ」
ロベルト・カルロスが年棒で不満を言っていたので、2億4900万から3億5100万の5年契約で同意したところだった。
ロベルト・カルロスは、満足げな表情で、オーナー室を出た。
入れ替わりに稀代の名将と言われたエラーラ監督が来て
「オーナー、今、お時間よろしいでしょうか?」
「ええ、構いませんよ。エラーラ監督」
オーナーは、そう言って、先程までロベルト・カルロスが座っていた椅子をエラーラ監督に座るよう促した。
「折り入って、お話があります」
その言葉は彼が監督に就任してから何度と聞いた言葉で、オーナーはエラーラ監督の用事の内容を察していたが、彼の言葉に耳を傾けることにした。
「杉下竜次選手の事なのですが、彼を試合に起用するのは、もう嫌なんです」
思った通りだった。これまでにも、そういう不満を口にしていて、親交会で何とか二人の仲を取り持ってきたが、未だに改善出来ずにいたのである。だが、今回は、エラーラ監督の今までの様子とは微妙に違う感じがした。不満は確かなのだが、不満の他にも、覚悟というか、思い詰めたような空気をエラーラ監督から感じ取っていた。
「私との契約、今季限りにして頂けませんか?」
オーナーは少し驚いたが、態度には出さず、エラーラ監督の言葉に耳を傾けた。
「杉下を切れ、と言うのは、無理があるのは分かっています。今季も12点で2位と活躍していますし、アシストは9でトップタイ。彼に助けられた試合も沢山ある。だから、彼を切らずに私を切れば良いと思うのです」
オーナーは、少し間を置いて口を開いた。
「エラーラさん、私は、あなたに60歳までやってもらい、その間に1人でも多くの神の領域と言われる選手を我がクラブに誕生させ、完全無欠の監督と選手のクラブというのをテーマに最後を考えていて、あなたが引退する頃に私も身を引こうと考えていた。今、テュラムを始め、カルバーリョ、エスタシオと3人の選手を神の領域と言われるまでに成長させてくれたあなたを切れるわけがない」
エラーラ監督は驚いた表情を見せたが、それに構わず、なおも、オーナーは言葉を続ける。
「今季は、ここまで23勝4分けで、2位SCモナコとは勝点差で11もつけていて、リーグ11連勝中。クラブが、ここまでになれたのもエラーラさん、あなたのお陰だ。だから、あなたがクラブを去りたいと言うなら、それも致し方ないだろう」
「勝手なのは分かっています。だから私なりのケジメをつけてからクラブを去ります。今月から始まるヨーロピアンリーグでクラブを必ず優勝させてみせます。それから私は静かに去りましょう」
オーナーは立ち上がり、窓の外を見ながら口を開いた。
「1回戦の相手はユベントスだったね。かつて我がクラブに在籍していたグラベセン、イアン・ハート、そして昨季までいたメルヒオットがいる。彼らが、どれだけ成長したのか楽しみだね」
エラーラ監督は、静かに立ち上がった。
「それでは、監督、失礼します」
エラーラ監督は、頭を下げて、そう言い残して言った。
「いよいよ、潮時なのかもしれないね」
オーナーは静かに、一言、そう言った。