田尾陽一 『飯館村からの挑戦 自然との共生をめざして』筑摩書房 2020年
NPO法人「ふくしま再生の会」の約10年間にわたる活動の記録である。
著者は東京大学大学院で高エネルギー加速器物理学の研究に従事していたが,1960年末の学生運動に参加して退学し,その後IT企業などの活動を行っていた。2011年3月の福島第一原発の事故に際して,この事故が現代日本の最大の危機であると考え,同様の認識に立つ旧知の友人と語らって,自分たちに何ができるかを探るべく,現地を見て回った。そして,そこで出会った飯館村の一人の農民の目的意識を聞き,協同して飯館村を拠点とする福島再生に向けてのプロジェクトを立ち上げることにした。「ふくしま再生の会」の発足である。以来仲間を増やして活動を続けている。
飯館村は村の中央が福島第一原発から30㎞で,事故に際して全村避難を2017年まで余儀なくされた。わたしは2014年と15年の2回にわたって友人の植生調査の手伝いで同村を訪れ,無人で放置された立派な農家,神社の御影石や山林の落ち葉から発せられる放射線を告げる線量計の音,野積みされた汚染土の袋など,事態の深刻さを肌身に感じた。
会の目標をわたしなりに整理すれば,居住環境や農業生産の現場から放射能を除染して安全/安心なものとし,農畜産業を再興し,村民の間のコミュニケーションを図り,そうした事業を村民とともに実施し,原発事故の被害に立ち向かって,自然と共生する豊かな農村を再生することにあるといえよう。
会には多彩なエキスパートが参加していて,具体的な活動についてとてもあげきれないが,実に広範にわたり,その実行力とには目を見張るものがある。得られた知見は村民に還元することはもちろん,インターネットなどを通じて国内外に発信している。
わたしは著者のことを1968年に始まる東大での紛争を通じて知ったが,この本の中には旧知の方々の名前が散見される。約半世紀の歳月を経て,こうした方々がその時の思いを込めて活動されていることを知り,大きな喜びを覚えた。しかし,著者の田尾さんは70台後半に差し掛かり,参加者の中にも高齢の方が多いだろうと思われる。飯館村への帰村者も高齢者が多いと聞く。自然と敵対して大きな災害をもたらした科学技術の反省に立って,自然と共生する社会/文化の構築を,飯館村を起点として成し遂げようとする壮大なプロジェクトが,世代を超え,面としての広がりを持って続いていくことを願っている。
放置された畜舎と線量計。飯館村にて2014年撮影。
野積みされた汚染土の袋。飯館村にて2014年撮影。
猪に掘り起こされた水田。飯館村にて2014年撮影。