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「ノンびり」をのんびり語るな

2012年10月19日 | 雑記帳
 県の観光戦略課イメージアップ推進室というところから、職場へ60ページほどの冊子が送られてきた。

 国内の様々な地域でよく出されている、地域限定情報誌のような、観光パンフレット拡大版のようなものだ。

 ぺらぺらめくってみると、我が町の西馬音内盆踊りの写真など、なかなかよく撮れているなあとか、しかし踊り子として映っているのは地元ではなく見覚えのある隣地区の中学生ではないか、などと苦笑しつつ少し見入った。

 ところでと表紙を見返したら、この冊子の題名が『のんびり』とある。
 なんとまあ、ふつうの言葉だなあ。たしかにのんびりした県であることは確かなんだけどね、もう少し工夫がないものかと思いながら、改めてページをめくってみたら、こんな文字が…。

 ノンびり」となる時代がやってきました。

 表紙にもどってタイトルをみると、「non-biri」と添えられているではありませんか。
 なるほどね。

 経済的な指標や人口減少率、高齢化率などのデータからは、将来的な見通しとして「びり」かもしくはそれに近い県であることは認めざるをえまい。
 学力がトップといったって小中段階のことであり、高校以上の進学率等のデータではびりに近くなっているはずだ。

 そのからの脱却という意味で「ノンびり」とつけたのか…それほど単純ではあるまい。1ページに趣旨は語られている。
 
 ビリだ一番だ、上だ下だ、と
 相対的な価値にまどわされることなく
 自分のまちを誇りに思い、他所のまちも認め合う。

 確かに、確かにと思いはする。
 ことさらに他県と比したデータに一喜一憂することはない。
 ただそういう中で秋田県が置かれている現状を把握できることも確かだ。

 気にしなくていい、むしろ気にしないほうがいいデータ
 気にしてもどうしようもないデータ
 気にして対策を立てたり、改善を呼びかけたりするデータ
 ある程度、そういう区分を明確にして歩みを進めていきたいものだ。
 政治家や県、市町村の役人だけが考えることではない。

 もしかしたら、そこに留まらず新しい指標を提案していく、強調していくということも有効ではないか。いうなれば「生活満足度」を上げていくための○○実行率のような…。

 びり県から発信していくことは大切だ。
 ともすれば「マダ、エラニャゴドシテ」(必要のないことをして迷惑だ、というニュアンス)という言い方が知らぬ間にしみ込んでいる地域だ。心せねばならない。
 http://non-biri.net/index.html

 「ノンびり」をのんびり語っていても、「ノンびり」にはならないだろう。

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