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ミスター文部省のマインド

2007年01月29日 | 読書
 昨年末に、かつて「ミスター文部省」と呼ばれた寺脇研氏が退職したことを知った。
 『格差時代を生きぬく教育』(ユビキタスタジオ)は、その寺脇研氏への連続インタビュー集である。

 「ゆとり教育バッシング」から始まり、現在の教育の流れの発端とも言うべき臨教審答申、業者テスト問題、さらに公務員制度、障碍児(ママ)教育から英語教育まで、教育を巡る様々な問題についての寺脇氏の考えが網羅されている。
 インタビュー当時はまだ文科省在籍していたようだが、既に退職を決めた後であり、本音で語りきっている印象を受けた。

 大きなテーマは、教育の視点から日本の将来像を探ることのように思った。その視点での感想は私には荷が重過ぎるが、寺脇氏の個々の言も十分に刺激的だ。

 個々のスキルを教えるじゃなくてマインドを教えるほうに傾斜していいんじゃないかっていうことなんですよ。スキルは変化していくけど、マインドは変化していかないものだから。

 マインドをどう教えていこうとするのか…結局スキルを教える中でしか培われない気もする。
 そのために、どれほど本気でどれほど工夫するかが全てではないか。教えるべきスキルの変化に戸惑いながら、教師はやはり自分の信じるところに力を入れるべきだろう。
 そこで伝わるのがマインドだ。

 楽しみをつくる力は、明らかに減少していますよ

 インタビュアーの「(昔は)もっと楽しみを造りだしていたでしょう」という問いかけへの返答である。
 「楽しみをつくる力」とは印象深い言葉だ。ここでは「遊び」の面を取り上げているのだが、金銭至上主義社会の中でもしかしたら子供たちの中で一番失われてしまったのは、そういうことかもしれない。
 テレビやゲームの影響が弱まるとは思わないが、自分たちで楽しみを作るという活動や経験を、教育の場でもう少し意識的に考えるべきではないかと感じた。結局「楽しみ」が「幸せ」に通ずるとすれば、これはかなり大きなことなのではないか。

 寺脇氏の社会観を知れば知るほど、「ゆとり教育」の本質は見えてくる。
 どういったスタンスで成功・失敗が語られるのかはわからないが、私にはその理念が誤っているとは思えなかった。
 
 問題はやはり、かつて野口芳宏先生の講演でお聞きした、現場への「歪んだ着地」ということではなかったろうか。
 その責任の所在が明確にされないままに、次の手が進められている。