美島奏城  豊饒の海へ

豊饒の海をめざす、教育と文芸と風流に関する備忘録

日乘  青木繁忌

2007年03月25日 | 画家

 

平成19年3月25日(日)

   

 今日は洋画家・青木繁の命日,行年28。早熟の天才は一気に人生を駆け抜けた感じである。
 彼は同郷の幼なじみで,良きライバルでもあった
坂本繁二郎とともに語られることが多い。
 しかし,坂本は長寿を全うし,生活人としても通常の範囲で過ごせたが,青木はその早い晩年,現実逃避の放浪生活をすることになる。

 そこにまさに芸術家的な人生をみてしまうのである。

 ところで青木は思い人で絵のモデルにも多用した福田たねとの間に一子・幸彦をもうけている。のちの尺八奏者・福田蘭童である。その蘭童の子が石橋エータロー(クレージーキャッツメンバー,後に料理研究家)である。
 芸術家の血は確実につながったようだ。

   
「女の顔」(福田たね)部分            「日本武尊」部分    

 
「大穴牟知命」部分  

 
          
大穴牟知命とは大国主命のこと,兄たちの奸計によって
       傷ついた命を見守る右の女性神は,蛤貝比売でモデルは
       幸彦を生んだばかりの福田たねである。
      

 


「朝日」部分 坂本繁二郎によって絶筆とされたもの

 

 


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