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飛鷹満随想録

哲学者、宗教者、教育者であり、社会改革者たらんとする者です。横レス自由。

良いお年を

2012-12-31 20:00:46 | その他
今年はひょんなことから、このようにブログを運営することになりました。誰かに読んでもらうことを前提にしていなかったため、必ずしも読みやすい記事になっていないのにもかかわらず、予想以上にたくさんの方々に読んでいただきました。書きながら自分でも気づかずにいたことに気づいたり、いただいたコメントに刺激されて、通常なら書く意欲すら持たなかったであろうことを書いたりしました。本当に貴重な経験でした。今では、私にとってなくてはならないものになった気がします。

RKさんには、最後にはついつい辛辣になってしまいましたが、「誰に何とアドバイスされようと、独善的な私としては絶対に変わらず、やるべきことをやっていきます」という言葉を聞いて、ある程度追い詰められている情況が伝わってくるとともに、どこまでも折れない心を感じて、何だか泣きたくなるくらい感動しました。認識と希望は彼のものとは正反対なのですがね。心意気には大いに打たれました。思うに、近くにいる人がRKさんに負けないくらいの迫力でRKの限界を超えてあげる時ではないでしょうか?工作員認定も恐れず、RKとの衝突も厭わず、「ならこれは私が責任を持ちます。私にやらせてください」などと気迫を漲らせる時なのでしょう。RKのピンチを救い、大きなチャンスに変えてあげてください。そこにのみ、未来があります。幸運を祈ります。

来年度が皆さんと日本と世界にとっていい年になりますように。また、来年度もこのブログを、よろしくお願いします。

RKの気持ち悪さ

2012-12-30 10:59:34 | 政治
コメントを承認する権利を振り回して大衆のメンタリティをあからさまにコントロールする姿が、気持ち悪くて仕方がありません。見るにつけて、権力というものは、持つべきものが持つべきなのだと、つくづく思います。RKは何よりもまず、この邪悪な振る舞いの報いを受けなくてはならなくなるでしょう。

RKについて幾つかコメントをいただいたので、ついつい、こうして繰り返し見解を述べていますが、そろそろ吐き気を我慢できなくなってきました。そもそもRKと独立党には、余程の奇跡が起こらない限り、未来はありません。最早相手にする価値はないのです。RKを卒業された方は「マヨの本音」でも読んで下さい。リハビリにはなります。ただし、RKのことでもお分かりになったように、どんなに優れた言説にも批判精神なしで近づいてはいけないものです。このことは、お忘れなく。例えば、自分でもブログを立ち上げて、何処かのブログ記事や書物を読んだ感想からでも、日々書いてみたらどうでしょうか?

酷い災いがRKと独立党の人々に降りかかる可能性もあって心配ではありますが、あれだけ気持ちが悪いと、心配するのもバカらしくなってきます。黙想。

RKそれはどう見ても論理矛盾でしょう

2012-12-29 11:02:54 | 政治
「不正選挙についてRKがまず訴訟を起こせ。そうすれば大きな波が起こる」。

「私が訴訟を起こしても、司法界もグルだらけだから振り回されて終わるだけ。やりたいことがやれなくなるよ。それに私がやらなくても誰かがやるよ。なるようになるさあ。そんなこと言うのはエセ右翼だよ」。

「ふーん。なにそれ?何も訴訟を起こして勝てとは言ってないよ。波を起こせと言っているだけだろ。逆に君が起こさないと誰も起こさない可能性があると言っている。君が今やっていることはそれくらい責任のあることだろ。今さら何ビビってんの?『司法界もグルだらけだから』と言うけど、そんな中で君が訴訟を起こすのはダメで、他の人が訴訟を起こすのはいいということ?それはどう見ても、論理矛盾でしょう。

ひょっとして、波を起こすのは、君にとって、やりたいことではないのかな?そもそもやるべきことですらあると思うのだが。

適当な騒ぎ立てで人を集め、エセ右翼との口汚い罵り合いで集団の質と規模を抑え、この問題に有力者が注目して波が起こるようなことがないように調整するのが君の仕事だったりして。君も最近、そのことにふと気づいたりしたんじゃない?道理で殺されないよね。本質を見抜かれ、無意識をコントロールされた上で泳がされてたんだよね。情報もあの何人かの知り合いがタイミング良くくれたよね。おかしいと思わなかったかい?『八百万の神』改め『ご先祖様』が君のことを、そうやって利用しているだけだったのに。護ってもらってる感まで与えられちゃって。それにしても、いい加減な神様だよなあ。あっちは宗教のプロ。君の世界観がそんなんだから、付け込まれたんだよ。

そもそも、君の言う『やりたいこと』って何?何でいつまでも表明しない?『リベンジの策はそのうち表明するから』って言ってたよね。ひょっとして、Tシャツやポスターのことだったの?えーっ?!そうじゃなくても、グズグズしているから、日本未来の党も解党しちゃうよ。どうするの?

ひょっとして、やりたいことって、日本全国の講演先の女とエッチして廻ること?今狙いを定めてるのが大阪の19歳?いや、確かに可愛いけど。まさかね。そこまで下品ではないよね。ひょっとしたら君の周りの人が職をなくしたり、場合によっては死んだりするような、重大な活動をやっているんだもんね。まさかねえ。

これまでは、泳がされて利用されてきた中、それでも凛々しく、まあまあいい仕事してきたんだから、自分の限界に当たった今、これまでのやり方とは違う、後継者のことも考えた、潮時に相応しい行動に切り替えなさいよ。

君の言う独立党が少年探偵団レベルのものでなく、ちゃんとした党なら、信頼できる部下がいるだろうから、その人に任せて、独立党名義で訴訟してもいいんじゃないか?そもそも、独立党の党員数は何人?

君に今だにプロの弁護士など有能な味方ができないのは、君の説が当たらずも遠からずのレベルで中途半端なのに、やたらと事事しく動いているからというのもあるんじゃないかなあ?多くの普通の人にまあまあの人気があるのを見ても分かるように、君の説はあくまでも入門編。これ以上は無理なんじゃないかなあ。

もう終わりにと言いながらついつい意見してしまうなあ。いかんいかん」。

以上、思いっきり上から目線にしてみました。すみません。

独立党の混迷に対する当惑と義憤に応えて

2012-12-28 04:10:46 | 政治
ウィスキーボンボンさんからのコメントの前半部に対する返信です、

>こちらのブログを知ったのは一月程前にRKブログでこちらのブログが紹介された時です。その時からなんとなく気になってはいました。以前からRKがブログで吊るし上げる人の中には、もちろんあからさまに変な人(彼らが言うところのエセ右翼)もいたと思いますが、そうじゃない投稿も一定数あったと思っています。ですのでその時から少し疑問は持っていましたし、それゆえにこちらのブログが気になっていたという感じです。

一ヶ月ほど前の選挙直前に、RKに選挙に出るように勧めようと決意し、ほぼ予想通りに吊るし上げに遭い、その直後から私のブログ内で整理をつける記事を書いてきたのですが、その時もずっと、ウィスキーボンボンさんと同じような眼差しで私とRKのことを見つめていらっしゃる方がおられるであろうことは、重々承知しておりました。日本未来の党解党のニュースを見た時も、やはりなという感じでした。RKは「これも小沢さんの計算のうちで、小沢さんと周囲の国士たちにとってはいいことだ」と即座にコメントしていました。そこまで小沢さんとの一心同体振りを強調するなら何故、今だに、小沢さんや亀井さんとの繋がりが構築できないのでしょうか?「日々影響力の高まっている独立党」が何故、今だに、単なる外野のままなのでしょうか?「私は小沢さんを、民主党政権を運営し始めて以来の一連の行動を見て国士と感じるようになった。もし小沢さんが、私が応援するようになる以前のようなおかしな動きを始めたら、直ぐにまた躊躇することなく激しい批判を始めます」と言っていますが、選挙直前に、幾つかの重大な問題をクリアできず、どんな相手かもはっきりしない日本未来の党に合併した時も、選挙後それほど時間も経たないうちに「不正選挙」との声すら上げずに飄々と日本未来の党の解党の話を出すことも、RKにはおかしな動きには見えないようですね。

エセ右翼の下品なコメントに自分も下品な言葉で対抗して見せることには、その場合は黙殺するのが本当なのですが、かなり熱心です。ブログ記事のネタがない時などは、それで埋めている感もあります。ネタがなく暇な時は、本来なら、取り巻きと戦略会議を開き、小沢氏に会談を申し込むなどのなし得る行動のリストを作って、ひとつひとつ実行していき、その概要をブログで伝えるという感じに展開して欲しかったですよね。

>私も昨日まで独立党掲示板に色々と書き込みをしていた者です。ですが、昨日の未来の党分党のニュースを見て、急に小沢さんに対して疑問を持ち始めました。その結果、RKに対しても疑問を持ち始めました。

そのような人が沢山出て当然だと思います。問題は、それを受けて自分の気持ちをどう整理させるべきかですね。

>私は、選挙後の今の段階で小沢さんが何も動かないことが不思議でなりません。

「マヨの本音」に入った日本未来の党の内部関係者からのリーク情報によると、「小沢さんは選挙中も何故か飄々と脱力していて、いつもの気魄が感じられず、ああこれはダメだなと思った」そうですよ。選挙のプロとも評判の高かったあの小沢さんが、ここ一番と言ったところで、こうだったわけです。インターネット上での支持率の高さも知っていたでしょうに。これは何を意味しているのでしょう?

>もし小沢さんが本当にユダヤから日本の独立を考えているのであれば、今声をあげることになんらデメリットはないはずなんです(むしろ動かない方のデメリットの方が大きい)。「不正選挙」という言葉を用いる必要は必ずしもなく、ただ「選挙結果に対する疑問」や「報道された投票率に対する疑問」の声を上げるだけでもいいと思います。大手メディアは一切報道しないでしょうが、ツイッターで自ら発信してもいいはずです。あるいは、街頭演説をして、選挙結果に対する疑問を表明してもいいと思います。

このような短期の展開ではなく、長期の展望を持って事に臨んでいる可能性も無い訳ではないでしょうが、仮にその場合であっても、国民の圧倒的な支持のある小沢さんですらこれ程慎重にならざるを得ない、巨大な相手なのだということになってしまいます。RKの言うような「没落寸前で焦りまくった人達が今回新たに緊急に行った不正」ではないでしょう。金融偽ユダヤの没落が本当なら、これ程に大規模な不正ができる力など彼等にはないはずです。日本全国の地方自治体の隅々にまでエージェントを予め十分に送り込んでおける権力は、存在しているとしたらやはり、日本の従来からの支配層なのではないでしょうか?明治以来一貫して多少は行ってきたことを、今回はやや露骨に行わざるを得なかっただけなのではないでしょうか?「敵」は金融偽ユダヤではなかったと思います。本当は「敵」という言い方も正確ではない可能性すらあると感じ始めています。明治以来の外国勢力と日本の支配層の結びつきの意味を、RKの説では完全には説明しきれないと私は思います。もっと多角的に調査する必要があります。

因みにベンジャミン=フルフォード氏は、11月24日の講演で、「小沢の二大政党制導入が金融偽ユダヤの陰謀でした。今回の金融偽ユダヤの没落の結果として、今度の選挙は自民党が勝ち、安部が総理になります。本来の派閥政治が外国勢力の侵入を防ぐいい方法だったのです。これからはそれに戻ります」と発言しています。RKとは真っ向から対立する見解ですね。

>次回の選挙で勝とうと本気で思っているなら、次回以降は紙の投票用紙やボールペン、集計ソフト禁止等、不正をできない選挙システムにするべきだという提案をしていく必要がありますが、この提案をするには、現在の選挙システム(ユポ紙に鉛筆を使う等)の問題点を世間に訴えなければなりません。そしてそのためには今の段階で声を上げ、行動を始めるのが一番効果が高いはずです(鉄は熱いうちに打ての言葉通りに)。にもかかわらず一切そういう行動を取らないのは不自然・不合理極まりない。

まさにその通りです。小沢さんは勿論、RKなら、今回の選挙前にもそれができたし、するべきでした。RKが立候補して政見放送や街頭演説でそれらの問題を訴えることだけが、他の何よりも有効で唯一正当な途だったと思います。そんなことは逆にいろんな理由から小沢さんにはできなかったのですから、改革者としての小沢さんの強力なアシストに、あるいは裏切り者の大物エージェントとしての小沢さんの効果的な化けの皮はがしに、さらには、政界の大規模な色分けや再編成に、もっと言えば、潜伏している日本の善なる権力者の何十年か振りの胎動に、繋がった筈なのです。社会の隅々が大きく揺れ動いたことでしょう。残念ながらRKは、それを阻む、私達には見えない巨大な何かを見ていました。間違いなく。自分が知らないうちにおかれてしまっている地位のあまりの重大さに、それまでもある程度は重大だと自惚れていたでしょうが、それを遥かに超える重大さに、この夏くらいにふと気付いて、かなりビビってしまっている気がします。平穏無事に活動を終えられるなら今すぐにでも喜んで終えるのにといった心境なのではないでしょうか?「勝利宣言」や「独立宣言」は、本当は「この辺でもうやめたい」の意味ではないかと思います。

>それをしないのは、もうあきらめてるのか、あるいはそこには触れるなという密約でもあるのか、あるいは訴訟期限である来月半ばまでは黙っていろということなのか、黙っていないと命を狙われるということなのか、詳しいことはわかりませんが、いずれにしても、力不足は明白だと思いました。実際、昨日、自由党時代の政権公約を小沢さんのHPで見ましたが、経済政策には「自由主義経済」と書かれています。小泉旋風吹き荒れる中で、小泉さんと同じことを言っているということは、マスコミ報道以上の経済知識を持っていないか、あるいは単に権力が欲しいだけなのか、いずれにしても日本を救うには力量不足だと思い、冷めてしまいました。

田中角栄さんをはじめとする多くの政治家とは違い、彼はまだ暗殺されていませんね。あの絶頂期の、情況を熟知して周到に動いていたケネディすら暗殺した集団が小沢さんを、ましてやRKを殺せないはずがないと思いますが。RKの説明では、極めて用意周到な上に日本古来の八百万の神に(最近は私の指摘を読んでか読まずか「ご先祖様」に変更しています)守られているからということでした。本当でしょうか?宗教の全てをバカにしているはずだったのに?

>また、未来の党が内紛から分党して議員が一人になってしまえば、未来の党の落選議員は訴訟に訴えることをためらうはずです。未来の党に対する世間の目も冷たくなりますから、余計に不正追求の勢いや力は弱まります。訴訟期限までまだ20日近くある時点で、早々と内紛を起こし、森議員はツイッターに嘉田さんの批判を書き、亀井さんはマスコミに党の一体化がないと言うのは、わざわざ世間に未来の党がダメな政党であると印象づけて、落選議員の訴訟行動を抑制し、世間の不正追求の矛先を鈍らせるためにやったのではないかとさえ思います。

小沢さんを信じて民主党を離党した多くの元議員までグルだったということはないですよね?グルじゃなかったら、被害者ですね。正直者が馬鹿を見る現実を今更ながら味わっていることでしょう。こんな彼らに小沢さんは、心の底から震え立つような長期展望を語ってあげられているでしょうか?彼らの小沢さんに対する態度の変遷や彼等の今後の身の振り方は見ものです。色んなことが分かるのではないでしょうか?責任を追求することもなくシラけて、小沢さんを見捨て、小沢さんをはじめとする多くの人達が引退や転身などを口にし始めて雲散霧消してしまったら、小沢エージェント説が確定してしまいます。そして私は、その可能性が高いと思います。民主主義は絶対に信じてはいけないのです。

>最終的には分党でも構わないと思いますが、少なくとも訴訟期限である来月半ばまでは、分党せず嘉田代表の人事案を受け入れておいても良かったと思います。今分党するのは不正追求運動に水を指すこと以外の何物でもないからです。従って、昨日から、わざと今の段階で分党したんじゃないかと疑ってしまっています。だとすれば、未来の党の人々も、(完全にではないにしても)あちら側と言えると思います。

嘉田さんの背後には間違いなく、金融偽ユダヤとは違う何者かがいます。私達は「新羅系秦氏」と呼んでいます。新幹線の新駅建設反対で知事になった後は、あっという間にその人たちに取り込まれてしまったのではないでしょうか?一見民主主義の勝利のように見える出来事も、その何者か達にとっては、計算の内なのだと思います。彼等の組織内で新陳代謝がうまくいかない時に、このような案件を捻り上げて、巧妙に処理するのではないでしょうか?隠れた実力者には兎に角、何でもできるのでしょう。

そもそも、彼等支配層が善である時にのみ国民は、幸せになるのであり、民衆には民衆であるが故に民衆自身の幸せに、政治(統治)という形で責任を持って関われるはずがないのです。民主主義は完全にバーチャルですよ。民衆にできるのは、彼等支配層が自らの内に溜まったアカを新陳代謝しようと動く時に邪魔をしないことくらいではないでしょうか?そうでなかったら、現実を全てまざまざと認識した上で白い目だけは向けつつ、心静かに黙々と自分の義務を果たし続けることだけでしょう。文字通り何も、できはしないはずなのです。ただ、祈ることはできます。大勢の人間のひとつになった祈りの力は馬鹿にできないですよ。馬鹿にできないから支配者は、自らの姿を隠す必要に迫られるのではないでしょうか?「陰謀」の動機はそこにあるようです。

>昨日から小沢さんが行動を起こさないのがおかしいと考えるようになったのと同時に、RKが行動を起こさないのもおかしいと感じるようになりました。選挙後、RKは自身のブログを多くの人が手軽に覚醒するためのツールと言っていました。それは確かにそうでしょう。ですが、彼の本当の目的が、「多くの日本人の覚醒とそれによる日本独立」であるならば、行動しない方がよほどおかしいと思います。おっしゃる通り選挙に出るべきですし、それこそ可能な限り様々な選挙に立候補して、街頭演説や政見放送で一人でも多くの覚醒者を増やそうと努力した方が彼のブログや動画のアクセス数増加につながるからです。初めから当選を目的とせず、一人でも多くの国民の覚醒を目的とするならば、大手メディアが扱ってくれないにしても、表に出ていこうとする姿勢と行動は維持し続けるのが自然で合理的な行動だと思います。馬鹿にされても、攻撃されても泥だらけになって闘い続ける姿勢や、敵に対しても覚醒して欲しいという思いを表現する優しさをしっかりと体現できれば、それこそ今の段階でもっと覚醒者が増えていると思いますし、独立党を離れる人も減っているはずです(飛鷹満さんもRK支持を続けているはずですし)。さらに、多くの有識者(有名な人でなくてもいくらでも有識者はいるので)を巻き込み、少しづつでも組織を作って具体的な活動(例えば、派遣社員を対象にした集会)を積極的にしていけば、活動資金ももっと集まり、はるかに大きなムーブメントになっている可能性も十分にあります。

その通りです。彼はそれにある時ふと気付いて、ビクついているのです。

>それを一切せずにこれまで通りブログと講演会のみで、あとはTシャツやポスター掲示・ビラまきということであれば、やっぱりおかしいと思わざるをえません。訴訟期限までの期間で世間が選挙結果におかしいと思っている「今」行動できないのは本当に変だと思います。あとになればなるほど行動は難しく、その結果参院選も同様の結果に終わることは目に見えているわけですし。

それでも観ていると、光る点が二つだけありました。「アンプリンタ」なるものの存在の暴露と、鹿児島の独立党員による鹿児島市内の公安への訪問、詰問です。後者の場合、成果はほとんどないでしょうが、それでも、この方の心意気を感じてすごく感動しました。薩摩にはそういう気質があるのです。それにしてもRKの責任は、一歩間違うと大勢の人間の生死に関わってくるような重大な性質のものです。彼は一体、どうするつもりなのでしょうか?

>おっしゃる通り、裏社会の力を見せつけられた形ですね。あきらめムードが漂います。

私の場合、違う意味で全く諦めていませんよ。詳しくは、「民主主義を絶対に信じてはいけない」をお読みください。心の底から清く明るく自分の義務に打ち込むことと祈ることの重要性について述べています。

>私はRKには裏社会から与えられた役割があるのだと思います。「ネットで情報は流すが、行動はしない」。これが彼に許された活動範囲で、その効果は多分、世間に裏社会の力を見せつけること、普通の人を諦めさせること、具体的行動を起こさせないこと、裏社会を追求する勢力の団結を阻むこと、あたりなのかなと思います。

その可能性は十分ありです。RKが別人に変装して私のブログにみっつのコメントを入れたことがあるのですが(多分そうだと思います。今はブログの雰囲気が悪くならないように非公開にしています。やや狂気を感じさせる文面です)、それを分析すると彼は、彼が日頃述べている裏社会とは違う裏社会の怖さを熟知している様子でした。彼が諏訪の高句麗系の血筋で、華僑の支援を金銭面も情報面も受けているという推定は、多分、当たっていると踏んでいます。北朝鮮が実は日本の秘密結社の残置国家だというコメントだけは、何時入れても絶対に、削除しますよ。表の見解では、CIAによって支援された工作国家の側面しか言いません。CIAの存在そのものに日本の秘密結社が大きく関わっているという有力情報を、彼が知らないはずないでしょう?何があっても敵は金融偽ユダヤだけというのが彼の基本スタンスです。世界はそんなに単純でしょうか?

>あるいは飛鷹満さんのおっしゃる通り、裏社会には時折自分たちの存在を世間に知らせたい気分になる時があるようなので、そのための道具なのかもしれません。だとしたら、RKは裏社会のオモチャかもしれません(RKすら気づかないようにRKに情報をくれてやってるのかもしれません)。

多分、それが本当だと思います。支配層の奥の奥には、大勢の人間の思考の基盤をコントロールできる、こんな言い方をすると思わず引いてしまわれる方もいらっしゃるでしょうが、一種の「超能力者」がいます。それをベースに様々な形而下的な手法を体型的に効果的に使っているのだと思います。

私の師匠曰く、「彼等を絶対に甘く見るな。やるなら死ぬ覚悟で、自分達も秘密結社を組織して、武力も大いに動員して一気にやるのでないといけない。権力者や自衛隊の一部を自分の側につけないと何も始まらない。ひたすら天の道を歩け。全ては後からついてくる。死を恐るな。この世だけが人の生きる世ではない」と。

>長々と私の思っていることを書いてしまいました。申し訳ございませんでした。お読みいただきありがとうございました。

私だけではなく、RKに関わりながら不安に思っておられる多くの方に、一条の光をもたらすような熱い思いのこもったいい文章だと思いました。本当にありがとうございました。多少自分の論旨が整わなくても、是が非でも可能な限り丁寧に返信しなくてはならないと思いました。

最後に、RKの至らなさに話題が集中しましたが、彼が一種の義人であり、我々にとって恩人のひとりだったことも忘れないようにしなくてはいけません。また、独立党の人々に災いが降りかからないように、災いを避けられるように、場合によっては奇跡が起こって、彼等の活躍でこの社会が迅速に改革されるように、祈ることも忘れてはいけません。

コメントの後半に対する返信は、次の記事に回したいと思います。


RKについてのコメント紹介 02

2012-12-27 23:20:16 | 政治
RKについてのコメントがこれまでにふたつ入りました。皆さんにも読んでいただきたいと思います。

以下引用


初めてコメントします。

私も昨日まで独立党掲示板に色々と書き込みをしていた者です。ですが、昨日の未来の党分党のニュースを見て、急に小沢さんに対して疑問を持ち始めました。その結果、RKに対しても疑問を持ち始めました。

こちらのブログを知ったのは一月程前にRKブログでこちらのブログが紹介された時です。その時からなんとなく気になってはいました。以前からRKがブログで吊るし上げる人の中には、もちろんあからさまに変な人(彼らが言うところのエセ右翼)もいたと思いますが、そうじゃない投稿も一定数あったと思っています。ですのでその時から少し疑問は持っていましたし、それゆえにこちらのブログが気になっていたという感じです。

前置きが長くなりましたので本題に入らせて頂きます。

私は、選挙後の今の段階で小沢さんが何も動かないことが不思議でなりません。もし小沢さんが本当にユダヤから日本の独立を考えているのであれば、今声をあげることになんらデメリットはないはずなんです(むしろ動かない方のデメリットの方が大きい)。「不正選挙」という言葉を用いる必要は必ずしもなく、ただ「選挙結果に対する疑問」や「報道された投票率に対する疑問」の声を上げるだけでもいいと思います。大手メディアは一切報道しないでしょうが、ツイッターで自ら発信してもいいはずです。あるいは、街頭演説をして、選挙結果に対する疑問を表明してもいいと思います。次回の選挙で勝とうと本気で思っているなら、次回以降は紙の投票用紙やボールペン、集計ソフト禁止等、不正をできない選挙システムにするべきだという提案をしていく必要がありますが、この提案をするには、現在の選挙システム(ユポ紙に鉛筆を使う等)の問題点を世間に訴えなければなりません。そしてそのためには今の段階で声を上げ、行動を始めるのが一番効果が高いはずです(鉄は熱いうちに打ての言葉通りに)。にもかかわらず一切そういう行動を取らないのは不自然・不合理極まりない。それをしないのは、もうあきらめてるのか、あるいはそこには触れるなという密約でもあるのか、あるいは訴訟期限である来月半ばまでは黙っていろということなのか、黙っていないと命を狙われるということなのか、詳しいことはわかりませんが、いずれにしても、力不足は明白だと思いました。実際、昨日、自由党時代の政権公約を小沢さんのHPで見ましたが、経済政策には「自由主義経済」と書かれています。小泉旋風吹き荒れる中で、小泉さんと同じことを言っているということは、マスコミ報道以上の経済知識を持っていないか、あるいは単に権力が欲しいだけなのか、いずれにしても日本を救うには力量不足だと思い、冷めてしまいました。

また、未来の党が内紛から分党して議員が一人になってしまえば、未来の党の落選議員は訴訟に訴えることをためらうはずです。未来の党に対する世間の目も冷たくなりますから、余計に不正追求の勢いや力は弱まります。訴訟期限までまだ20日近くある時点で、早々と内紛を起こし、森議員はツイッターに嘉田さんの批判を書き、亀井さんはマスコミに党の一体化がないと言うのは、わざわざ世間に未来の党がダメな政党であると印象づけて、落選議員の訴訟行動を抑制し、世間の不正追求の矛先を鈍らせるためにやったのではないかとさえ思います。最終的には分党でも構わないと思いますが、少なくとも訴訟期限である来月半ばまでは、分党せず嘉田代表の人事案を受け入れておいても良かったと思います。今分党するのは不正追求運動に水を指すこと以外の何物でもないからです。従って、昨日から、わざと今の段階で分党したんじゃないかと疑ってしまっています。だとすれば、未来の党の人々も、(完全にではないにしても)あちら側と言えると思います。

昨日から小沢さんが行動を起こさないのがおかしいと考えるようになったのと同時に、RKが行動を起こさないのもおかしいと感じるようになりました。選挙後、RKは自身のブログを多くの人が手軽に覚醒するためのツールと言っていました。それは確かにそうでしょう。ですが、彼の本当の目的が、「多くの日本人の覚醒とそれによる日本独立」であるならば、行動しない方がよほどおかしいと思います。おっしゃる通り選挙に出るべきですし、それこそ可能な限り様々な選挙に立候補して、街頭演説や政見放送で一人でも多くの覚醒者を増やそうと努力した方が彼のブログや動画のアクセス数増加につながるからです。初めから当選を目的とせず、一人でも多くの国民の覚醒を目的とするならば、大手メディアが扱ってくれないにしても、表に出ていこうとする姿勢と行動は維持し続けるのが自然で合理的な行動だと思います。馬鹿にされても、攻撃されても泥だらけになって闘い続ける姿勢や、敵に対しても覚醒して欲しいという思いを表現する優しさをしっかりと体現できれば、それこそ今の段階でもっと覚醒者が増えていると思いますし、独立党を離れる人も減っているはずです(飛鷹満さんもRK支持を続けているはずですし)。さらに、多くの有識者(有名な人でなくてもいくらでも有識者はいるので)を巻き込み、少しづつでも組織を作って具体的な活動(例えば、派遣社員を対象にした集会)を積極的にしていけば、活動資金ももっと集まり、はるかに大きなムーブメントになっている可能性も十分にあります。それを一切せずにこれまで通りブログと講演会のみで、あとはTシャツやポスター掲示・ビラまきということであれば、やっぱりおかしいと思わざる負えません。訴訟期限までの期間で世間が選挙結果におかしいと思っている「今」行動できないのは本当に変だと思います。あとになればなるほど行動は難しく、その結果参院選も同様の結果に終わることは目に見えているわけですし。おっしゃる通り、裏社会の力を見せつけられた形ですね。あきらめムードが漂います。

私はRKには裏社会から与えられた役割があるのだと思います。「ネットで情報は流すが、行動はしない」。これが彼に許された活動範囲で、その効果は多分、世間に裏社会の力を見せつけること、普通の人を諦めさせること、具体的行動を起こさせないこと、裏社会を追求する勢力の団結を阻むこと、あたりなのかなと思います。あるいは飛鷹満さんのおっしゃる通り、裏社会には時折自分たちの存在を世間に知らせたい気分になる時があるようなので、そのための道具なのかもしれません。だとしたら、RKは裏社会のオモチャかもしれません(RKすら気づかないようにRKに情報をくれてやってるのかもしれません)。

長々と私の思っていることを書いてしまいました。申し訳ございませんでした。お読みいただきありがとうございました。

最後に、よろしければ下記の点に関して、飛鷹満さんのご見識をお教えください;

(1)検察が小沢さんを訴えたのは、RKの言う通り、小沢さんを縛るためだったということでしょうか?あの一連の出来事についてどのようなご意見をお持ちですか?

(2)太田龍さん、ベンジャミンさん、植草一秀さん、苫小牧さん、等々色々な人がおられますが、だれも具体的な行動は起こしません。これは皆さんRKと同じということでしょうか?ご意見をお聞かせください。

(3)小沢さんは今回の選挙で嘉田さんを担ぎ出して未来の党を作り、戦いました。これは、純粋に選挙に勝つための戦略だったと考える方が自然ですか?あるいは負けを前提にして、取った戦略だったのでしょうか(つまりRKの言うように、不正が行われる前提で直前に未来の党を作ったのか)?ご意見をお聞かせください

今後も、質問等、させて頂きたく思っております。

お忙しい中大変恐縮ですが、何卒ご見識をお分けいただきますようお願い申し上げます。

by ウイスキーボンボンさん

引用以上。


このコメントについては、これから詳細に分析を加えて、私の見解を可能な限り論述してみたいと思います。しばらく時間をください。

私の返信以前に、まずは一足先に、皆さんにご紹介しておかなければと思いました。ひょっとしたら、RKさんも読んでいるかもわかりません。私よりも先にウィスキーボンボンさんにご意見のある方は、コメントをいれて差し上げてください。

ウィスキーボンボンさん、コメントしていただいて、感謝しております。

RKについてのコメント紹介 01

2012-12-27 23:04:48 | 政治
RKについてのコメントがこれまでにふたつ入りました。皆さんにも読んでいただきたいと思います。

以下引用

はじめまして、私もRK離脱組です。

民主が政権を取り大敗したのも、自民が復活したのも、すべてがサタニスト達のシナリオ通りなのだと感じます。

サタニストが聖書をベースに行っているなら、陰謀論者達も、それに沿って読み解くべきなのに、誰一人として鋭敏な輩はいません(特にRKは馬鹿)

こちらに行き着くことが出来た幸運に感謝です♪

by ソフィアさん

引用以上。

以下は、私の返信。

はじめまして。コメント、ありがとうございます。

>私もRK離脱組です。

対象が自分ではなくても、誰かが誰かに対してひどい仕打ちをしているのを目撃したら、その被害者がたとえ下品で無知なエセ右翼工作員だったとしても、ひどい仕打ちをしている人に対して疑問を抱くようになるのが自然なはずです。なのに、「理想的日本人」であるはずの独立党の人達は、嬉々としてその虐待を許容どころか幇助すらしています。異常としか言いようがありません。しかし、RKには私達が近づくだけの光る面もある。これが何故だか全く分からない。このような理由から、悩ましくなってしまい、不安に感じられる方もいらっしゃることでしょう。

記事にも書きましたが、私はRKの正体はほぼ、完全に見切りました。恐るべきは、RKのような存在を本人が自覚できないところから準備し、維持コントロールしているにちがいない陰の集団ではないでしょうか?

指導している生徒から「魔法少女まどかマギカ」というアニメの内容が私の話していることとよく似ていると教えて貰いました。そのアニメの中の「インキュベータ(incubator[卵の上に座り続け孵化させようとする者])」的な存在者が、これを「宇宙人」とは流石に私も言い過ぎだとは思いますが、間違いなく裏社会の最奥に存在してきたし、これからも存在していくと、本気で考えているのです。はぐれメタルファラオさんの理論では、ヒットアニメもまた、何らかの方法で見えざる奥の存在者によって操作された、真実の象徴的なリークのひとつとして取り扱うことができるようになっているのだそうです。恐らくは、本当のことでしょう。

彼等が見えないところから私達をコントロールする時に用いる手段にはお金や脅迫、嫌がらせ、社会的圧力、暗殺、不正選挙、テロ、マスコミや教育による洗脳、情報撹乱、戦争、麻薬やアルコールの普及、偽宗教などが挙げられるでしょうが、何よりも重要なものとして「呪術」や「超能力」が挙げられると思います。個人的体験として人間存在の奥行きの深さを知っている私としては、このことは何の不思議もないことです。ソフィアさんはどう思われますか?

彼等がその能力を手に入れたのは、人類がまだ狩猟採集生活をしていた頃で、その頃の「階級」分化の中で狩猟を担当する氏族にその能力が特化されて行ったのではないかと、最近では考えています。農耕よりも遥かに多くの不測の事態に晒され、大勢の人間の瞬間的な意思疎通や動物の意思の的確な読み取りあるいはコントロールなど、精神的な力が絶えず、農耕よりも遥かに重要な位置を占めるのが狩猟だからです。しかも、武器の製作や戦争、奴隷所有、敗者統治など、支配者が所有するファクターを全て属性として自ずから持つことになるのは、採集民ではなく、この狩猟民の方になるはずなのです。この捉え方は「普通の人間が進化して超能力を持つに至る」という進化論的な通説とは全く違います。そうではなくて「人類は、当初から誰もが持っていた超能力を『階級』分化によってある氏族に特化した。それ以来、彼等と我々では、繋がりも勿論あるだろうが、飽くまでも『異なる生物種(種族)』として、ある一定の、極めて一方的な支配体制の中で、この10000年間、共存してきた。そこにおける我々一般の『人間』の立場は、文字通り『家畜』である」という捉え方なのです。

>民主が政権を取り大敗したのも、自民が復活したのも、すべてがサタニスト達のシナリオ通りなのだと感じます。

ついでに、RKと独立党の存在もです。RK自身は全く、気づいていないとは思いますが。

実は、裏社会のRK観が一瞬だけ垣間見えた瞬間がかつてありました。数年前の鹿児島県阿久根市での講演会の時です。元はRKに影響を受けて活動し始めたのに、今は橋下の子分に嬉々としてなってしまっている竹原信一氏と、元愛媛県警の某氏がゲストとして招かれていたと思うのですが、その時この元愛媛県警の眼光鋭い某氏が、「RKのような人物は裏社会は泳がしておくものだ」と言ったのを私は、はっきり覚えています。RKは無表情で沈黙していました。

>サタニストが聖書をベースに行っているなら、陰謀論者達も、それに沿って読み解くべき・・・

このサタニストが、例のあの超能力者集団の一部です。このサタニスト中には、秦氏の一部も含まれているようです。ここには、実体化された善と悪の問題が内蔵されています。本当に難しい問題です。私が上に述べたような推定が正しいとしたら、彼らのテレパシーとも戦わなければならないことになる訳ですが、このことも、問題をさらに困難なものにしていると思います(私の師匠は私によく「祈ることが何よりも大切。生徒や部下にも君がそれを、教えなければならない」と仰いますが、この彼らのテレパシーへの対処の意味合いもまた、それには含まれているのではないかと感じています)。しかも彼等には、隠しながらも、それが私達からある程度暴かれることを期待している面すらあるようです。

>こちらに行き着くことが出来た幸運に感謝です♪

RKのせいでソフィアさんが陥れられていた不安の解消に役立ったとしたら、私も本当に嬉しく思います(笑)。

今朝目覚めた瞬間に頭に浮かんできたこと

2012-12-25 08:44:47 | 日本論と宗教論
今朝目覚めると、突然、次のようなことが頭の中に浮かび上がってきました。

志摩の伊雑宮あるいは伊射波宮は「いざわのみや」=「イザヤのみや」ではないか?伊勢神宮も「いせ神宮」=「イエス神宮」ではないか?

ハッティとエブスのタルシッシ船が利用した海路をイザヤ一行が利用したとは、その海路を支配している海人族と接触してその協力を取り付けたということを意味し、この海人族が鰐氏(熊鰐氏、和邇氏、cf. 王仁、出口王仁三郎)=阿曇氏(安曇氏)=海部氏(海人部氏、天部氏)=尾張氏であった。海人族には宗像氏や宇佐氏もいる。

四国に到着したイザヤ一行が忌部氏である。イザヤ一行が連れていたマナセ王の弟が後に「神武天皇」と称された人物とするなら、忌部氏が神武天皇の時代に阿波に定着したという伝承とも一致する。イザヤは天日鷲ではないのか?

参考:「しかし、主を待ち望む者は新しく力を得、鷲のように翼をかって上ることができる。走ってもたゆまず、歩いても疲れない。」(イザヤ 40章31節)

参考:ケルビム Cherubim とは、旧約聖書に登場する存在で〈智天使〉と訳される。アダムとイブが追放されたのちの楽園 (エデン)を守った (『創世記』3章24節)。預言者エゼキエルの幻には、人間、獅子、牡牛、鷲の 4個の顔と 4 枚の翼をもち、黄金の眼がしるされた自転する 4個の車輪をもった姿で現れた (『エゼキエル書』10章)。また預言者イザヤが幻にみたセラピム Seraphim (熾天使)も 6 枚の翼をもち、そのうちの 2 枚で顔を、2 枚で足をおおい、残りの 2 枚で飛びかけつつ神の玉座を守護するものであった (『イザヤ書』6章)。

忌部氏は和邇氏を通じて鷲をトーテムとする百済とも関わりが深かったはずだが、従って、百済の武士軍団だった平氏や平家とも関わりが深かったことになる。

平家は元々、インドのクシャトリヤであった。対して源氏もクシャトリヤだったが、東表国の「蘇我」氏や伽耶や新羅の「金」氏と全く同じ氏族である。「うさ(ぎ)」と「わに」が争った逸話は、宇佐と和邇、さらには源氏と平氏の関係と同じ関係を伝えるものである。宗像氏と海部氏(安曇氏、尾張氏、和邇氏)の対比もそれと同じだった。平清盛は厳島神社で宗像三女神を祀った。平安末期に、源氏は藤原氏を、平家は上皇や法皇を、それぞれ警護し対立していた。藤原氏と、上皇や法皇と、天皇という三極構造は、「三人の天皇」と並行関係になっているのではないか?

宇佐でアラハバキ(恐らくはハッティの神。熊本の幣立神社は「へいたて神社」=「ハッティ神社」か?)を祀っていた山の麓に宗像三女神を祀る社が立てられ、後にはさらに応神天皇や神功皇后、武内宿禰も祀られ、比売神も祀られた。新羅系秦氏である辛島氏は、藤原系の大神氏に追い出されて大隅国に移動し、元八幡とも称される鹿児島神宮を建てた。このような宇佐八幡を巡る流れも、列島の歴史の流れと大まかに重なっているのではないか?

平家は伊勢に領地を持っていた。伊勢にも忌部氏が存在していた。織田信長の先祖は忌部氏か平家かなどと言われる。薩摩から土佐、阿波、紀伊、伊勢、尾張、相模、安房を結ぶ海上交通路があった。関東は平氏の一大拠点となっていた。関東の平将門と瀬戸内の藤原純友は互いに連絡を取り合いながら反乱を起こした。源氏を三代で滅ぼし鎌倉幕府の実権を握った北条氏も平氏だった。平頼盛の子孫は出雲の八木や薩摩、熊本に移り命脈を保った。

子供の時に相模で「鷲」にさらわれて京に上り、そこで成長して高僧となった良弁(ろうべん)は、藤原氏の氏寺である興福寺を高台から制圧できる位置に東大寺を建て、平安時代には讃岐出身の空海が東大寺の別当職に就いていたことがある。

以上です。

何か重要なことに思い至ったような気がします。

日本建国までのユダヤの流れを概観する

2012-12-24 19:23:37 | 日本論と宗教論
ベニヤミン族とユダ族がレビ族の助けを借りながら南ユダ王国を創った。南ユダ王国には非主流派としてシメオン族が、あるいはエフライム族やマナセ族の一部も含まれていた。そのユダ王国建国の際にエソウ族も紛れ込んだ。バビロン捕囚の際にイスラエルの宗教がユダヤ教として先鋭化したのもこのエソウ族の主導があったからで、この先鋭化したユダヤにつき従っていくことを拒否し、アケメネス朝ペルシャ国内に東ユダヤ人として残った人達もいた。

註:また、これとは別に、紀元前722年の北イスラエル滅亡の直後、紀元前701年から紀元前697年までの間に、伝承ではマナセ王に虐殺されたとされている預言者イザヤが実は、マナセ王子の弟とレビ族の祭祀たちを中心とする一団と一緒に、アークおよび三種の神器を持って列島に向かったことが、十分な信憑性をもって推定できると主張する人もいます。マナセ王子のこの弟の誕生年が711年で記紀の中で神武天皇の誕生年とされている年に一致しているということです。

一方、先鋭化したユダヤからは後に東ユダヤ人の関与の元にイエスが出て、先鋭化したユダヤ教内で先鋭化したユダヤ教と対決した。イエスの死後は、生前のイエス自身によって組織され、その精神を受け継ぐ者達(原始イエス教徒)が、暫くはエルサレムで活動を続けていたけれども、エルサレム陥落直前にエルサレムを脱出し、東方に去った。

東ユダヤ人も原始イエス教徒も、ベニヤミン族+ユダ族+レビ族+シメオン族からなり、その成立そのものが、エソウ族を排除しようとし、その侵入を受けまいとするものだったと考えられる。しかしそれも、時が立つとまた、中央アジアや東アジアを舞台にして、変わっていったことだろう。この人達が東洋ではどちらも秦と命名され、それぞれの経路を辿って列島に入り込んできた。列島には既にありとあらゆる時代のヘブルやイスラエル、ユダヤ(この場合は物部氏)が連合してヤマト国を運営していた。このヤマト国にある時、両系統の秦氏が入った。というより、彼等が満州や半島にいる時から列島内のこれらの氏族との緊密な協力関係があり、時の情勢に従って彼等が秦氏を列島に招き入れた。その際秦氏は、既存のヘブル=イスラエル系の全ての氏族を糾合するとともに、それぞれの一部に秦氏と改めさせ(物部氏や海部氏をはじめとする元の氏姓も残った。ヘブルやイスラエル、ユダヤではない蘇我氏や中臣氏をはじめとする多くの氏族も、後にはそこに参画してきた)、役割分担し、それに合わせて忌部氏(賀茂氏を含む)や○○氏、○○氏、○○氏などと言った氏姓の改めても行っていった(北魏由来の部民制のこと。秦氏は列島渡来前に北魏などの満州諸国に滞在していた。詳細は調査中)。勿論、秦氏の氏姓も変わらずに残った。

この流れの中で生じた多くの氏族が、列島だけではなく半島をも舞台に日本国建国以前のヤマト国の歴史を織りなして行った。この歴史の中でエソウ族は、物部氏渡来以前にも、物部氏渡来以降にも、秦氏渡来以降にも、継体天皇渡来以降にも、日本建国までずっと、体制内への侵入を繰り返しつつ、体制内では一派として、あるいは体制内の中心派閥内でのスパイとして、活動していたものと思われる。具体的には、スサノオや○○、○○、○○などがそれである(これも詳細は調査中)。

以上が今の私の理解の概説です。

日本の再軍備は必要か?

2012-12-24 12:51:00 | 政治
日本が国際社会において発言力を持つためには軍事力が必要である。再軍備に反対するのは余りにも認識不足ではないか?

このような疑問が、Blue Lagoon というペンネームの読者から私に、投げかけられました。これは、そのコメントの中で私に投げかけられた幾つかの疑問のふたつ目です。今回は、この疑問に答えてみることにします。

発言力が軍事力を背景とした発言力とならなければならないのは、国際社会が経済的に非常に偏った依存関係になっている時に限られます。生産せざる国家(遊牧民)が生産する国家(農耕民)を支配下に置き、唯々諾々と自分の意志に従わせ、収奪し続けようとする時の手段のひとつとして、軍事力が必要になるのです(例えば、スキタイやトラキアがその典型例。枚挙に暇がない)。

あるいは、別の生産せざる国家がこの生産せざる既得権益国家を追い払って自分がその生産国家の新しい支配者になろうとする時(他国の征服)の手段としても、軍事力は必要になってきます。

註:侵入される側の国家の「国民」が既得権益国家に強い愛着を示し、この侵入に対する抵抗に参加してくるなどの特殊な場合においてのみ、「国民」への攻撃は限定的に行われるのであって、一般的には現実として、そのようなことが行われる必然性が全く考えられません。従って、無差別絨毯爆撃や原爆投下が世界中で行われたあの第二次世界大戦は、戦争としては極めて特殊なものだったと言えるわけです。

ですから、さらに、既得権益国家側がこの侵入国家に対抗しようとする時(防衛)の手段のひとつとしても、軍事力が必要になってくることになります。すなわち防衛とは、「他国の侵略から自国民を守る」ということなどではなく、ある非武装生産国家に対する自分の既得権を他の武装国家から守るということでしかなかったのです。生産する国民は、土地と共に、支配者にとっては財産以外の何者でもないのです。それは、侵入者にとっても全く同じです。それどころか、その侵入の動機のひとつですらあります。「この国は我々国民のものである」という私達が普通に何の疑問もなく行っている言い方は、この場合、ほとんど意味のない言い方になることがわかるはずです。

さらには、地球上の様々な領域をそれぞれに支配している非生産武装国家の集まり(国際社会)においても、その集まり全体の方向性を決める時の発言力の背景として、軍事力が意識されることでしょう。そもそも軍事力のない国家には、この集まりに加わり、発言力をたとえ少しであっても持つことすら許されないのです。

註:ここで私は国家という言葉を、人間集団による一種の系統的で組織的な継続的行為を表す言葉として用いています。この意味での国家は、組織性の緩い国家と組織性の極めて緊密な国家に分けられ、通常は後者が、軍事力を多くの手段のひとつとして保有し、前者を支配することになります。メルカトル図上で国境線に括られる形で表現された領域内に、ある程度の共通性を持った多くの人間がお互いに協力し合って生きる状態という通常の国家観は、今の考察には有効でないので放棄しています。ここで私が採用している国家観からこの列島での国家の状態を記述すれば、この列島では複数の武装国家が、一定の関係を互いに結んで共存しながら、幾つかの非武装生産国家を支配しているといった感じになります。また、被支配非武装生産国家という意味では、企業体連合も国家なのです。

私の研究では、人類の歴史上、国際社会がこのような暴力による搾取の関係を基本としていなかったことなど、本質的な意味では一度もなかったと考えています。ただ、ここでは、この考え方の是非は留保しておいて、現在の日本がどんな意味での国家であるかに問題を集約しなければなりません。

一般的に現在の日本は、被支配非武装生産国家と考えられています(アメリカと同盟を結んだ一種の独立国というもっと一般的な捉え方は最早、私の頭にチラリとも浮かんで来ません)。工業の点では、極めて優秀な生産国家であると言われています。しかし、農業生産の点では、質量ともに極めて優秀な潜在力を持っているにも拘らず、支配国家であるアメリカの意向に沿ってその能力の発揮を大幅に抑制された状態にあると言われます。天然資源については、重要なものがほとんどなく、常に大部分を輸入に頼らなければならなくなっているとされます。

ところで、民が勤勉で忍耐強く、農業生産が盛んで天然資源も豊かな国が工業生産にもその力を発揮した場合、いざとなった時に、非常に強い国になってしまう可能性があります。このような国なら、平時からプロの武装集団を小規模な形でも抱え訓練してさえいれば、戦時に突入しそうになった時に、それを短期間で、その優秀さをほぼ損なうことなく、大規模な軍団にまで拡大することが可能なのです。

註:そもそも、平時においても変わらず戦時と同じような大規模な軍団を維持していくのは、富の浪費以外の何物でもないばかりか、生産せざる生活に染まり切った厄介な一大勢力としてそれが機能し始め、多くの弊害を生み出してしまいかねないわけですから、必ずしも好ましい方策とは言えないのです。

ですから、生産せざる武装国家が生産する非武装国家をその支配下に入れようとする時は、それぞれの生産手段を別々の国に割り当て、ひとつの国に生産手段が集中するのを回避しようとするでしょう。その上で、各国間の貿易を主導コントロールしつつも、各国間の結び付きが緊密になりすぎてひとつの国家のようになってしまわないよう、紛争も適度な頻度で起こるよう演出することになるでしょう。

このように考えると、被支配非武装生産国としての日本は、現在、他の幾つかの被支配非武装生産国家との組み合わせの中で主に工業生産を割り当てられた国となっているようです。我々一般の国民はこの被支配非武装生産国家としての日本国の一員なのです。例えば、何処かの企業に就職して生活するとは、この被支配非武装生産国家の国民として支配を受け入れて生活するということを意味しているのです。

ところが、よく考えてみると、事はそう単純ではありません。軍事力を持たない単なる被支配生産国家であるなら、どうしてこの日本国は、国際社会において、武装国家しか加わることのできないはずの中枢グループの一員でいるのでしょうか?「核兵器も持っていない」のにです。この中枢グループの中での発言力の相対的な弱さということは、ある程度は言えるかもしれませんが、この中枢グループに加わることの許されない他の多くの国々に比べて発言力は、遥かに強いのではないでしょうか?とするとこれは、何故なのでしょうか?アメリカ軍の基地が各地にあって守ってもらっているからでしょうか?ところが、アメリカ軍の基地があるのは、この日本だけではなく、韓国やアフガニスタンなど、他にも結構あるのです。

参考:アメリカ軍の配置されている国や地域

米国本土 172万人
イラク 15万人
ドイツ 10万人
ハワイ 7万人
日本 7万人
韓国 6万人
アラスカ 3万人
イタリア 2万人
プエルトリコ 2万人
英国 2万人
アフガン 1万人

1万人以下:スペイン、バーレン、アイスランド、トルコ、ベルギー、ポルトガル、オランダ、キューバ、グアム、北マリアナ、サモア、ギリシャ、シンガポール、グリーンランド、マーシャル、ペルー、エジプト、インドネシア、パナマ、オマーン、ノルウェー

ということは、日本国が国際社会において単独ではないにしろ比較的強い発言力を持っている理由として、アメリカ軍に守ってもらっていることを上げるわけにはいかないのです。経済大国だからというのも、理由としては余りにも弱すぎます。何故なら、軍事力を背景にしないと国際社会で発言力を発揮できないどころか、中枢グループの一員にすらなれないというのが、ここでは大前提として確認されているからです。従って、その理由として上げられるのはただひとつ、日本が実際はもう既に武装国家であるということしか考えられません。

実は、マスコミや学校教育を通して形作られてきた日本像とは違う、支配武装非生産国家としての日本が歴然として存在しているのです。よく見ると、被支配非武装生産国家としての姿に重なるようにして、支配武装非生産国家としての姿もちゃんと見えているのです。例えば自衛隊は、あらゆる観点から見て適度な規模をした、極めて強大な軍隊です。平和憲法があるからと言っても、今の日本に他国を侵略する必然性など全くありませんが、逆に、他国から侵略を受けそうになった時には一瞬にして、どこの国の軍隊にも引けを取らない、他国の軍隊と本質的に何の違いもない、紛れのない軍隊となり得るのです。もし今、仮に、中国や韓国、北朝鮮、ロシアの内の何処かに侵略されても、アメリカ軍の助けなどなくても、極めて効果的に撃退できるのではないでしょうか?先制攻撃も実際は、全く躊躇なく行われるはずです。その際にそれを、平和憲法に照らして糾弾すると言ったって、実際に誰がどういう手続きで糾弾できるというのでしょうか?全くあり得ない話です。平和憲法など別の目的で設けられているだけであって、自衛隊が戦時に軍隊としてその能力を発揮するのに何かの妨げにもなるはずがないのです。

アメリカ軍の基地の存在は、どう考えたらいいのでしょうか?それは、ひょっとしたら、日本を外敵から守るためにアメリカの助けを借りているといった性質のものだけではなく、自衛隊を軍事力として所有している支配武装非生産国家としての「日本」と並存する形で、もうひとつ別の支配武装非生産国家が、この列島に分布しているだけのことなのではないでしょうか?兵数24万人に対して7万人ですから、制圧もそれ程難しくないでしょう。恐らく自衛隊には、そのシミュレーションもちゃんとあるのではないでしょうか?

自衛隊員は平和ボケのせいで兵士の戦闘能力が比較的弱いからということがよく言われます。しかし、それも本当でしょうか?誰が何を根拠にそう言っているのでしょうか?私の聞いている話では、武士道精神を受け継いだ極めて優秀な精鋭部隊が幾つかちゃんとあって、戦後も、報道がされないだけで何回も、実際に敵国との小さな戦闘を繰り返し、その度に撃退し続けているということです。

核兵器についても実は、持ち込ませないどころか、アメリカ軍が持っているものより遥かに高性能なものを自国でちゃんと製造し、配備しているのだという信憑性の高い情報があります。しかも、核兵器を遥かに凌駕するような最新の兵器も既に実用化され、配備されているという人すらいるのです。私も恐らくそれは、本当なのだろうと考えています。

確かに、我々が通常意識しているような被支配非武装生産国家としての日本もちゃんとあるし、我々は紛れもなくその国民です。にも拘らず、我々の意識から巧妙に隠されたところで日本は、紛れもなく、武装大国のひとつとなっているのです。つまり、ふたつの日本国があるのです。背後に隠れた日本国Aがアメリカ国Aの自領内における存在を一部認めながら、表にある日本国Bの非武装支配層を従属させ、日本国B全体を支配しているのです。日本国Aは軍事力を保有している以上、アメリカ国Aに単に従属しているということはできません。協力し合っているかあるいは逆に、日本国Aにアメリカ国Aが従属的に依存している可能性すら考えておく必要があるでしょう。日本国Bを直轄領とする日本国Aが君臨する下にアメリカ国Aや韓国A、中国A、東南アジア諸国Aなどが従属して、それぞれアメリカ国Bや韓国B、中国B、東南アジア諸国Bなどの統治を委任されているという構図が現実として成り立っている可能性が高いということです。日本国Aをかくも特別にしているものは何かというと、幾つかある中でまず思いつくのは、国民の自然な勤勉さや忍耐性、高い生産性です。

アメリカにはかつてプロテスタント風の勤勉があり、それが新興国としてのアメリカの勃興を支えていました。その勤勉もしかし、開拓すべき「無垢の大自然」がなくなり、豊かになったら消えてしまうくらいの強さしかない、根の浅い勤勉だったのです。

現在のアメリカは天然資源は比較的多く、農業生産も規模だけは大きいが、労働者一人ひとりに自然な勤勉さも、ましてやプロテスタント的勤勉さもなくなってしまっているために、工業全般においては自力で何も生産できないようになってしまっているようです。にも拘らず、大規模な常備軍が世界中に配備されている。この費用は、支配下にある各A国家群からの上納だけではなく、通貨発行権の独占をベースにした金融上の様々なトリックによる資金の捻出などで賄われているだけで、破綻の日は遅かれ早かれ必ずやってくるというのが一般的な見方となっています。

しかし、それは本当でしょうか?これらは全て、アメリカ国Aが一身に担ってやっていることなのでしょうか?ひょっとしてアメリカ国Aはダミーで、その本体はもっと上の次元にあるのではないか?その本体は日本国Aと限りなく一体なのではないか?国民一人ひとりの根っからの勤勉さや、忍耐性、生産性と、高度に集約された適度な規模の軍事力、さらには我々にはまだ窺い知ることもできないような特別な力を背景に、A国家群の中でも極めて特別な地位にある日本国A。その直轄領だからこそ、日本国Bの一見頼りなく見える表向きの政府も、その頼りなさとは裏腹に国際社会である程度の発言力を維持できているのではないか?その地位の特別さ故に表に現れることを自ら制限しなくてはならないので、実質のない議会と民主主義と政府と自衛隊を存続させ、代理として表で活動せしめているのではないか?議会や民主主義や政府や自衛隊がどこか情けなく見えるのも、そのくせ日本にある程度の発言力があり、日本経済も他国に比べて遥かに恵まれた状態にあるのは、通常は何とも理由の分かりにくい話ですが、今私が詳述したような日本観を導入すれば、少なくとも矛盾はなくなるのではないでしょうか?

この日本観は、確証はありませんが、心証は極めて高いのではないかと思っています。色んなことの辻褄があってくると思うのです。この観点から世の中の様々な事象を調査し、それらの事象を従来より深く認識するとともに、この観点の信憑性がどこまで維持できるか試験してみるというのが、私の立場です。

ここで、Blue Lagoon さんの質問に対する私の答えを纏めると、次のようになります。

(1)「日本国に軍事力は必要だ」という考えには、宗教的な理想としては、最も高い次元では、反対です。人殺しを決して許容しない部分を人間はどこかで、維持し続けていくのでなくてはならない。

(2)現実として日本は、もう既に軍事大国であり、世界的に非常に高い地位にあることを見逃してはならない。

(3)今度の自民党政権がそれにも拘らず「再軍備」と主張する時、そこにはもっと奥行きがあって言われている。その奥行きの中で、韓国や中国、北朝鮮、アメリカを巻き込んだ形での紛争が、国民の利益とは全く無関係なところで、支配層内部での力関係の再構築を動機として演出されようとしている。何処かが侵略しようとしているから国民と国民の財産を守るために、それに備えてということではなく(国民が財産を所有しているのではなく、実は、国民が何者かの財産である)、ある目的を叶えるために戦争が必要だからどこかの国が侵略しようとしつつあるという雰囲気を全方向に創り出して、戦争を起こそう。その際財産としての国民がある程度犠牲になっても仕方ない。このように目論む向きがある。このことをしっかりと認識しておくべきだ。

(4)この目論見に対して国民が諸手を挙げて賛成するのは、従って、ほとんど滑稽でしかない。しかし、反対して立ち上がるのも国民の分をはみ出すことで誰も幸せにはならないことだから、それにも乗りにくい。できるのは、現実をまざまざと詳細に認識して、溜息をつき、白い目を向けつつも、心を静めて祈り、自分の義務を黙々と果たし続けていくことだけだ。過酷な運命の中でどこまでも尊厳ある人間であり続けることだけだ。

これが Blue Lagoon さんのふたつ目の質問に対する、私の回答です。



不正選挙だとの主張に根拠はあるのか?

2012-12-22 02:30:09 | 政治
不正選挙だとの主張に根拠があるのか?

Blue Lagoon というペンネームの読者から、このような疑問が私に投げかけられました。これは、そのコメントの中で私に投げかけられた幾つかの疑問の内のひとつです。今回はまず、この疑問に答えてみることにします。

私は実は、このような疑問が出てくるのは至極当然のことだと考えています。「不正選挙である」と主張することで誰かの名誉と尊厳を、ひょっとしたら生命をも、脅かすことになりかねないのですから、「根拠くらいは出してもらわないと困る」と主張する人が出てくるのも当然だと思うのです。そしてRKも今、その「証拠」を確定しようと躍起になっている(あるいはその振りをしている)。

確かにそうなのですが、それにも拘らず、不正選挙を行なった側が、あるいはその一部が公式にそれを認め謝罪しない限り、「決定的な証拠」を揃えることなど絶対にできない。従って、この「決定的な証拠」を揃えられない点を捉えてRKと独立党を批判するのは間違いである。私はそのように言いたいのです。

そもそも「根拠」には、

(1)それひとつで誰も何も意義を唱えられない、「心証」も文句無しであるが故にかえって問題にすらならない「確証」

(2)多くの人にある程度は尤もらしいと感じさせる、ある程度の「心証」の伴った「証拠」

(3)この証拠に含まれる不完全性を補うために主張の主体によって行われる合理的な行動すなわち「人的保証」

が含まれています。それぞれをそれぞれに相応しい場面で使い分けなければ、話が混乱するようになっている訳です。「不正選挙だ」との主張を責める場合に何故「決定的な証拠」が揃えられない点を捉えて責めるべきではないのか、今述べたことを踏まえた上で、考えてみましょう。

投票用紙の1ヶ月保存義務と、請求された場合の開示義務ということがよく指摘されます。しかし、よく考えてみると、開示されたところで、請求した比較的少数の人間が全国の投票用紙を全て、所定期間内に肉眼で確認するのは不可能です。仮に百歩譲って、所定期間内で確認し通すのに十分な数の人が揃ったとしても、その人達の検証の正しさを客観的に立証することは不可能です。今度は、それ自体の不正の有無を問題にできるのです。また仮に、さらに百歩譲って、その人達の検証の正しさを客観的に立証することが可能であるとしても、もう既にすり替えられて焼却されてしまっていたりしたら、結局は何もできないはずです。この1ヶ月の間に、公表された結果に合わせた新しい不正投票用紙を準備することすらできない訳でもないのです。「筆跡が」などと瑣末なクレームを付けても、その鑑定には専門家の権威が必要となり、そのような専門家はまず間違いなく既得権益側にしかいない訳ですから、それも無駄でしょう。その他にも幾つか方法が考えられるでしょうが、それらはどれも、どう考えても、必ず証拠としては不十分なものになってしまいます。不正選挙を行った側が、あるいはその一部が、不正を自ら認めるのでない限り、不正の確証など絶対にできっこないのです。

開票と選挙結果の発表は、広い意味での歴史記述に当たります。ジャーナリズムを含む広い意味での歴史記述の場合、そもそもその対象が人間の思惑や目的、心情、感情となります。選挙の場合は、所謂「民意」や「国民の総意」が対象となるのです。即ち、物証や目撃者の証言記録、当事者の自白などが揃っていたところで、純粋自然科学のような客観性をもって他者に受諾を迫ることのできる「確証」とこれらを見做すことは出来ないのです。疑おうと思ったらどこまでも疑うことができるからです。ですから、「確たる証拠」がないことをもってその情報としての価値を云々するのは実は、この広い意味での歴史そのものの否定を意味することになり、そうなると、物語ることで人々の意志を纏め協力へと導くことそのものの可能性が奪われることになるわけです。この点を取り上げてRKを批判するのはやはり、好ましいこととは言えません。

「不正選挙だ」などといった歴史的事実の主張は、上に述べたような意味での「証拠」だけではなく、多くの読み手の心証や、主張の主体によるその主張に沿った責任ある継続的行動をも伴うのでない限り、保証されることなど絶対にありません。前者の根拠群に後者の根拠群が加わることによって総合的に「ほぼ99パーセントの真実」と認められたら、歴史記述の場合は「真実」とすることができるのです。ですからもし、その主張に、かの心証や人的保証が欠けていたりしたなら、その場合はそれを捉えて、その主張を批判することは可能でしょう。また、ついでに言うと、自説の訂正の際に謝罪がないことについても、他人の説をどこからの引用との明記のないまま、まるで自説であるかのように語る点についても、改めるべき過誤と言わざるを得ません。それは当然認めます。

しかし、「確たる証拠」がないことそのものを捉えて批判するのは、上に述べた理由から間違いとしなければならない。この点だけはどうか、Blue Lagoon さんも正しく理解して、自重して欲しいと思います。

では、例えば逆に「不正選挙ではなく正当な選挙だ」などという主張が広い意味での歴史記述として成立するのは、どんな場合なのでしょうか?ひとつは、書き手たる支配者と、読み手としての能力と権利を託された一部の被支配者との間に、十分な信頼関係が成立している場合だと私は考えます。書き手に対して読み手が「嘘をついたりすることは決してないだろう」と信頼を寄せていれば、歴史記述は歴史記述としてちゃんと成立するものなのです。

ところが今回の選挙は、その信頼関係が完全に揺らいだ状態で行われており、この意味では、発表された選挙結果は間違いなく「不正以外の何物でもない」と言うことが、実はできてしまうのです。選挙前から選挙中に渡って「不正選挙」との必ずしも小さ過ぎるとは言えない声が上がり続けているのを無視して今回の選挙は強行された。そうである以上「この選挙を管理した支配者側には、この選挙の結果を国民統合の契機として活かそうとする意志がなく、支配者としての資格や能力などなかったと言わざるを得ない」と判断されたり、「そのように開き直って見せる何らかの宜しくない意図があったに違いない」と詮索されたりしても、文句など決して言えない。これがその意味です。不正選挙の証明が不可能であるのと同じように不正選挙でないことの証明などそもそも不可能なのですから(ここでは最早その詳細な論述は省くことにします)、支配者側としては、「不正選挙」という声を必ずしも小さ過ぎるとは言えないレベルで発生させてしまった。あるいは、発生させたまま収拾することができなかった。これらのことを、それが意図的でないと言うなら大いに、反省すべきなのです。場合によっては、そのような声の大規模な広がりが確認された段階で直ぐに、「確たる証拠を」などと事柄の本質に合わないことを言って誤魔化したりせずに、自ら進んで再選挙を申し出てもいいくらいの話なのです。Blue Lagoon さんがこの既得権益側の立場にいらっしゃる方なら、Blue Lagoon さん自身にもそう行動する義務があります。あるいは、第三者の立場にいらっしゃる方なら、RKの落ち度を責めるだけではなく、既得権益側のこの落ち度をも同じ強さで責めない限り、公平にはなりません。

対して「不正選挙である」と攻める側も、もう既にRKに対して私が事前にしつこく忠告してきたように、この選挙に立候補者を立てた上で不正選挙の可能性自体を選挙の争点にすべきでした。そうやって不正を事前に防ぐことしか正当な途はなかったのです。これほど明確なことを何故かRKは実行しなかった。この時点でRKと独立党には、社会的存在意義が失われてしまっていたと言わざるを得ないのです。しかも「不正選挙だ」との主張を選挙後になって叫ぶのは、その声が大きくなればなるほど既得権益側との軋轢が強まることを意味するし、いずれの主張も上述したように、その客観的な確証など原理的には不可能で、この軋轢には意志と意志との非理性的な衝突にまでエスカレートする危険性すら含まれていることになる訳ですから、社会の一員としては何とも無責任極まりない行為と言わなければならないことになるでしょう。例えばもし仮に、RKと独立党の選挙後の主張が多くの国民や自衛隊員に認められ、その義憤を煽ってしまった場合、たとえそうであっても既得権益側にそれを容認する気が全くない場合、極論すると、反乱や武装蜂起などの流血の惨劇に繋がる可能性も全くないわけではないわけです。この場合、その流血の責任はRKと独立党員が背負わなければならなくなります。彼らはこの明確な事実にどう応えるつもりでいるのでしょうか?恐らくは、ここまで思い及んではいないはずです。ただ闇雲に、無思慮な義憤にかられて騒いでいるにすぎないのでしょう。その点は大いに断罪しなければなりません。ただし、幸いなことに、彼等の運動にそこまでの力はないようです。従って結局は、無視されたり、嘲笑されたり、迫害されたりして、RKも独立党も直ぐに消滅してしまうはずです。不幸なのは、RKの無責任な扇動に踊らされた一般の独立党員の方でしょう。

今回のRKと独立党に対する私の認識は以上です。どうか、私とRKの立場を混同しないようにしていただきたいと思います。私は確かに、今回の選挙は露骨な不正選挙であり、支配者と被支配者との関係が決定的に決裂してしまい、今後はこの上なく酷い政権運営が強行されていくことだろうと考えています。しかし、この期に及んで「証拠」収集などの無駄なことをして社会をわざわざこちら側から混乱させるべきではない。ここに及んで我々一般の国民にできる最善の行動は他にちゃんとある。ただし、不正選挙を強行するという暴挙に一旦は出た支配者が「不正選挙だ」との声の広がりを受けて考えを変え、自ら再選挙を申し出るような奇跡が起こったら、この上なく喜ばしい。このように主張している訳ですから、RKの主張とは全く内容が違っています。

ところで実は、ある一定の歴史記述が歴史記述として成立する条件としては、もうひとつ、新しい書き手たる新しい支配者が、大勢の被支配者との強い信頼関係を新しく獲得し、それを背景にこれまで違う歴史を書いてきた既得権益側を、策略や武力、財力などを使って追い込み、処断して、新しい支配体制に移行させる場合もまた考えることができます。所謂「革命」です。さらには、それとは全く正反対の「鎮圧」や「殲滅」もその条件としてあげることができるでしょう。いずれにしろ、今回の既得権益側の支配者としての不手際も、RKと独立党の無責任な運動も、実は、この革命などの危険性と表裏一体の極めて深刻な事態を招きかねない暴挙だったのです。

今回の既得権益側の不手際が意図的なもので、RKと独立党の無責任な運動すら彼らによって密かに準備され巧妙に維持コントロールされているものだったとしたら、そして私はこの可能性が非常に高いと見ているわけですが、その場合はそこに、かの見えざる巨大な支配者達の我々一般国民に対する、極めて過激な内容のメッセージを読み取る必要があるのではないでしょうか。これが現時点での私の、もうひとつの重要な認識となっています。バーチャルで埋め尽くされ過ぎた世界に覆い難い亀裂を生じさせ、我々が実は一種の家畜のような存在でしかなく、「民主主義」など元から茶番であり、国の運営に我々の出る幕など最初からこれっぽっちもないのだという、どうしようもないくらい生々しい現実を垣間見せることで、我々一般国民の、家畜としてすらあまりにも弛緩しすぎた精神に「適度な」刺激を与えようとしている。このように想像しているのです。

列島と半島の近現代は謎だらけ

2012-12-20 08:40:31 | 日本論と宗教論
戦前は、即ち、半島が日本の一部だった頃は、陸軍も海軍も、欧米の秘密結社の侵入を受けてはいても、それでも、それを良しとせず、苦々しく思いながら団結し、自分達も秘密結社化して、それらと戦おうとする人達がちゃんといたいたようです。そこには日本人だけではなく、半島人も加わっていた。その人達は、西郷隆盛を尊敬し、日本の武士道を重んじていたらしいのですが、その人達の意識の中では、半島人と列島人の同族意識があったようなのです。勿論、江戸時代以前の色んな時代に列島に入ってきた帰化人も、そこでは大きな役割を果たしていた。日本の武士道は、半島と列島の紐帯となり得るような本質を持ったもので、国粋主義だとか朝鮮人差別などとは全く無関係だったのです。彼らには、日本の本当の歴史が明確に分かっていた。武士道に国粋主義だとか朝鮮人差別のイメージが付きまとっているのは、戦後何者かによる意図的なイメージ操作があったからなのでしょう。

一方、欧米の秘密結社に飼い慣らされ、武士道精神を忘れて、脱亜入欧などという卑屈な精神に蝕まれた売国奴のネットワークも、列島人の間だけではなく半島人をも巻き込むような形で広がっていました。戦争が終わった時、アメリカCIAと取引してスパイとして生き残り、戦後も社会的に高い地位に就くことができた人達の中には、列島人風に名前を変えた半島人が沢山紛れていたのです。ヤクザの世界にも似たような変質が観察されました。面白いことに、この人たちの性は、文となっていることが多い。統一教会の文鮮明然り。笹川良一も、文堯というのが本名でした。

武士道精神を忘れず、アメリカCIAとの取引に応じられなかった人達の運命は、処刑されるか、野に下ろされるか、何れにしても悲惨なものだったようです。日本と半島から武士が抹殺されたのです。しかし、そんな中でも、そんな彼等の精神を受け継ぐ人達が秘密結社として潜伏して、今でも命脈を保っているという噂があります。しかも、列島だけではなく、半島においてもです。朴正煕大統領もその一人です。驚いたことに、あの金正日も、父親は金日成ではなく、畑中理(秦氏ですね)という名前の日本人で、そもそも北朝鮮そのものが旧帝国の所謂「残置国家」であると言うのです(ベトナムやフィリピンもだそうです)。北朝鮮と日本政府は根底の所ではひとつであり、横田恵さんの拉致も偶然ではない。あの拉致事件も、恵さんの血統の良さを見込んだ北朝鮮「王朝」が金正日の伴侶として迎え入れるために、日本の警察や自衛隊の保護の元で計画的に拉致し連れ去ったものであり、金正雲は恵さんの息子だと言うのです。この話をリチャードコシミズ氏のブログにコメントとして入れると、完全に無視されてしまいます。彼は、何故かは分かりませんが、北朝鮮はアメリカCIAの傀儡国家であると、従って、アメリカCIAに飼い慣らされた日本の政治家は皆北朝鮮と結びついていると、信じたいようなのです。北朝鮮と関わりのある人は誰であれ売国奴であると、単純化して考えたがっています。でも、どうやら事柄は、そう単純ではないようなのです。

一体何がどうなっているのか。もっともっと、ちゃんと調べなければなりません。

大きな木

2012-12-20 06:48:22 | 日本論と宗教論
数年前のことです。

私は大学院時代から予備校講師をしていて、朝一番から夜遅くまで、睡眠不足気味の中、ほぼ毎日働き詰めでした。それでも毎夜、最終電車を降りて駅の改札口を出ると、嵐山の自然が、そんな私を慰めてくれるのでした。

遠くの夜空には愛宕山のシルエット。季節によって少しずつ趣を変える山や公園の木々。他の所でならそれ程意識しない夜空も、ここでは何故か、やたらと輝いて見える。5月頃には公園の木の上にアオバズクの声。山にはホトトギス。晩秋には牡鹿が雌鹿を呼ばふ声。冬には北の方から流れてくる雪がちらほら。春には誰もいない闇の中に白く怪しく輝く桜。桜と言えば、夏の真っ盛りの頃、「一番の盛りの時が終わりの始まりなんだよ」と教えてくれているかのように、少しだけ紅葉し始める。ーー兎に角、駅から3分の道のりだけで、毎日、色んなことを感じ取ることができる所なのです。

そんなある夜、駅前の道の真ん中と言ってもいいような所にどーんと立っている大きな木が、毎日傍を通り過ぎているし、日頃はほとんど気にもしないでいるのに、この日は何故か気になるのです。泣きたいような感謝したいような、そんな変な気持ちです。思わず、「ここにこうやって存在していてくれてありがとう。本当に慰められているよ」と幹を撫でてあげたくなり、そっと手を伸ばす自分がいて、自分で自分が少し恥ずかしくなるのでした。

翌朝。この日は少し遅くに出ればいい日だったので、10時くらいに駅に向かいます。ところがこの日は、ふと見ると、駅前の様子がいつもと違います。何で?と思ってもっとよく見ると、何と、昨夜のあの木がないのです。切り株の周囲に落ち葉を掃き清めた跡。その後、駅前の整備が大規模に始まり、柵の付いた歩道が設置されたり、アオバズクのやって来る大木の足元も公園風に整備されてしまったのでした。その大規模整備の第一歩が、あの道の真ん中に立つ大きな木の伐採だったのです。

昨夜はあの木が僕に話しかけてきたんだ。さよならと話し掛けて来てくれたんだ。木もちゃんと心があって、僕のことを親しみをもって毎日静かに見つめてくれていたんだ。私にはその時、昨夜その木を撫でた時の自分の感情が、錯覚でも一方的な感傷でもなかったと、はっきりと分かったのでした。

そんなあの木を切ってしまうなどと、誰が決めたのか知らないけど、その人の心には、あの大きな木の声が聞こえなかったのだろう。どうしてだろう。そんなことも頭に浮かんできました。

考えてみたら、道の真ん中に交通の邪魔になるのにわざわざ大きな木が立っているという事実そのものが、私だけではなく、嵐山のこの駅前を歴代管理してきた人達の心にもちゃんと、その木の声が聞こえていたということを意味しているのではないでしょうか?何百年か経って今初めて、ひとり、この声の聞こえない、その木を見つめてきた歴代の多くの人々の気持ちの分からない、「異常な」心の人が管理責任者になって、暴挙を働いてしまったということなのではないでしょうか?今の日本の社会は、日本の長い歴史の中でも滅多にないような、人の心の荒んだ社会になっているということなのではないでしょうか?これまでは当たり前にあった何か凄く大切なものが、この世の中から失われようとしているのではないか?

私にはそのように感じられるのです。皆さんは、どう思われますか?


「不正選挙だあ?文句あるかあ?ああん?」

2012-12-17 14:42:55 | 政治
今回の選挙は、余りにも露骨な、なりふり構わぬ不正選挙になってしまいました。低投票率も、自民大勝も、現実無視の強引な情報操作であるようです。最早、多くの人間にばれているのも構わないといった感じで、厚顔無恥に強引に実行されました。「文句あるかあ?ああん?」といった感じです。

このことについてあの小沢さんも、何も発言しません。ということは完全に、彼もグルだったのです。誰一人、信じられる人などいなかったのです。

これに疑問を呈する有力者が、ロシアのプーチンをはじめとして、国外にすらひとりも出なかったら?その時は、紛れもなく、世界中がグルということになってしまいます。

「不正選挙だ」と騒ぐだけで何もしない自称「有力者」リチャードコシミズも、自覚無自覚に関わらず、恐らくはグルだったのです。彼等は自分達の本当の姿を今、何らかの理由で私達に、見せたかったのです。見えても何もできない無力さを私達に強く自覚させようとしていたのです。そのために、12年前からインターネットとリチャードコシミズを準備した。恐らくはこれが、真相です。

生きている間に、この日本で、こんな地獄を目撃することになるとは、思ってもいませんでした。

私の予備校での昨日の授業後には、選挙結果を受けて生徒に、次のように言っておきました。

「よく見ておきなさい。これが今の日本の本当の姿です。この上ないむき出しの形で見えてきました。これが15年後に、君達が戦わなければいけない相手なのです。経済破綻やら戦争危機、TPP参加や郵政民営化、憲法改正の強行など、これから世の中がどんどん騒がしくなっていくけど、そんな中で君達は、そんな喧騒を尻目に、ひたすら15年後のリベンジを誓い、心を鎮めて目の前の受験勉強に打ち込み続けて行って下さい。実力を蓄えることに全精力を注いで下さい」

生徒の目は、頼もし気に輝いていました。

彼等のために、この世の本当の仕組みをできるだけ正確に見極め、記述する。私達はこれに、全精力を注ぐ以外に道がありません。

RKは責任を取れ!

2012-12-17 13:20:09 | 政治
リチャードコシミズさんは、選挙前、「小沢さんと日本未来の党が多くの人間に熱烈に支持されています。これで日本が変わり、アメリカを追い出して、俺たちの時代が来ます」と叫んでいました。多分、本当のことだったのでしょう。なのに選挙が近づいてくると、「ただし、不正選挙が行われる可能性が高いので、皆で阻止しましょう」と言い出し、選挙後は「露骨な不正選挙だ。皆で追求しよう」と叫んでいます。

彼には私達に見えない長いトンネルの向こう側で行われている不正を見抜く力があります。それは認めましょう。でも、なら何故、トンネルの向こうに行き、向こう側で自説を広げて仲間を増やし、トンネルのこちら側と連携させて不正を止めるという、ごく当たり前の行動を取ろうとしなかったのでしょうか?知らなかったから?いえいえ、私が強く明確に、そのことを事前に伝えたのです。それに貸す耳がないどころか、私のことを工作員と決めつけ、辱めようとさえしました。そして、相も変わらずトンネルのこちら側の、多く見積もっても10000人くらいしか集まっていない極めて小規模な無力な群衆の中で、大きな声で叫んでいるに過ぎませんでした。

リチャードコシミズさんが選挙に出て、不正選挙の実態だとか、人工地震テロや原発事故偽装テロ、放射能汚染偽装テロだとかについて、トンネルの向こう側できちんと発言してさえいたら、少なくとも不正選挙は簡単に阻止できた、あるいは場合によったら、政界の極めて好ましい大変革が起こせるはずだったのです。しかも逆に、このチャンスを逃したら、選挙後にリチャードコシミズさんと独立党の立っている場所がなくなり、過酷な運命が待っていると、十分に予想できたのです。それにも関わらず、何もしなかった。これはどう見ても、極めて不可解なこととしかいいようがないではないですか!

馬鹿なのか?臆病なのか?それとも、ある時から向こうの人に買収されてしまい、今は、自分がこれまで培ってきた影響力の整理整頓しか頭にないのか?あるいは、インターネット上に出てきた12年前からそもそも、あちらの誘導で無自覚に踊らされていただけだったのか?いや、12年前からそもそも、あちらのエージェントとして活動してきただけだったのか?

この際、余計な詮索は無用です。結論はこうです。遠目だけは何らかの理由で怪しいほど異常に効くが、傲慢な自己膨張を自らコントロールする能力がなく、周囲に多大な迷惑をかけたままで何の意味もなく自ら滅びて行く単なる馬鹿。この上ない危険人物。これ以外にありません。

リチャードコシミズさん、速やかに消えなさい。世の中のために。

再掲載 民主主義を絶対に信じてはいけない

2012-12-17 10:28:31 | 政治
「皆が選挙に行かないと世の中はよくならない。行きさえすればよくなる。なのに、ほとんどの人が政治に無関心で、投票率が低い。あなた(飛鷹)がこのブログで述べているような事実が皆に伝われば投票率も上がるはず。まずは伝える努力をするべきだ。そのためにどういう方策が立つのか?」

このような質問を承りました。

歴史を正確に理解した場合、民主主義を標榜してなされた革命はひとつの例外もなく、王を中心とする各国の古来からの支配体制を弱体化させ、その上でその国を乗っ取るために、金融偽ユダヤ人が、周到な計画の元に演出していたことが明確となってきます。民衆が政治意識を高め民主主義を声高に唱えるようになる場合、そこには必ず外部の邪悪な秘密結社の陰険な企みが潜んでいるし、民衆には結局は悲惨な運命しか降りかかって来ないと考えておいた方がいいということです。

「何をバカなことを。そんなはずがないじゃないか」というのが、多くの人の反応でしょう。しかし、この人たちは皆、戦後の学校教育やマスコミの報道によって洗脳されてしまっているのです(学校教育もマスコミも、どちらも間違いなく、周到な陰謀によってコントロールされているものです)。今私が述べていることは、歴史が証明している紛れもない真実です。民衆はかくも容易に扇動できるのです。その方法論が何千年も前に既に、民衆を家畜化するための方法論として書物になり(『タルムード』というヘブル語で書かれた書物です)、ある特定の人たちによって密かに徹底的に研究し尽くされてすらいることなのです。

例えばあのヒットラーは、実際は金融偽ユダヤ人のロスチャイルド家の血筋で、ある隠された邪悪な目的実現のために選ばれて育成された後、巧妙な手法で作り上げられた権力者でした。その彼の政権は結果的に、当時のドイツ民衆の約90%(投票率はほぼ100%)という極めて高率の支持を集めて、まさに「民主的」に成立したのでした。その時、その後20年間のあの世界の悪夢が軌道に乗ったのです。おまけに、ヒトラーが死んだと思われていたのは間違いで、1990年代まで生きていたばかりか、彼の娘が現在のドイツ首相になり金融偽ユダヤ人の意向に沿ったドイツ支配を今でも担当しているというのです。さらにはアンネの日記も、ゴーストライターの名前まで正確に暴露されているほど明確なでっち上げでした。ヒットラーだけではありません。アメリカ独立革命も、フランス革命も、南北戦争も、ロシア革命も、戦後日本の学生運動も、最近のアラブ諸国における市民革命も、ついでに今盛んに報道されている反原発市民運動も、例を上げていったらキリがないくらい文字通り全てが、陰謀だったのです。

私たち自身も、似たようなことをつい最近、実際に経験したばかりです。2005年の郵政選挙の時に、何も知らない私たちは、金融偽ユダヤ人の飼い犬であるマスコミや評論家達の口車に載せられて大いに政治的関心を募らせ、「非常な確信」を持って投票所に足を運び、競い合うかのように投票しました(投票率は約70%)。しかし、今となってはあれも、日本国民の貴重な資産である345兆円にも上る郵便貯金と簡易保険の蓄積金を奪い取る目的で金融偽ユダヤ人がシナリオを描き、そのエージェントである小泉純一郎と竹中平蔵に命じて実行させた陰謀だったことが明らかになっています(亀井さんや平沼さん、綿貫さん、小林さんなどの志の高い議員達が、マスコミの誘導に乗って私たちが罵倒せんばかりの厳しい目を彼らに向ける中でも怯むことなく立ち向かってくれなかったら、とっくの昔に金融偽ユダヤ人達の思惑通りのことが起こっていたことでしょう。民主党政権ができて小沢さんや鳩山さんが中心になって動いている時には民営化見直しの動きが進むかに見えましたが、今度は小沢さんに対するマスコミや検察による露骨なまでのイメージ破壊工作が始まり、それに多くの一般国民がまたしても乗せられたせいで、さらには小沢さんが立候補した民主党代表選挙の際に時機を同じくして初めて導入された開票マシーンによる開票結果の不正操作や世論調査の捏造などもあったせいで、民主政権が金融偽ユダヤ人に飼いならされた菅や前原、枝野、野田などのスパイ議員達に完全に乗っ取られてしまい、現時点ではこのせっかくの郵政民営化見直しの努力も、台無しにされようとしています。詳しくはリチャードコシミズ氏のYouTube動画を観て下さい)。

ですからある意味、投票率は低くなっているのでなければならないのだし、民主主義に庶民が期待をかけるのは極めて危険なことだと言わなければならないのです。

よく考えてみるとこれは、あまりにも当たり前のことです。庶民には自分に課せられた仕事を十分にこなし、それによって家族を養うことに専念する義務があります。政治に責任を持って関わる時間的余裕も金銭的余裕もないのです。庶民とは力がないからこそ庶民なのであり、政治は力のあるものが専門的に請け負うものでしかないのです。デモクラシーとは「民衆の力」とか「民衆による支配」とかいった意味ですが、「力のないものの力あるいは支配」なんて、それ自体完全な矛盾でしょう。言葉自体がトリックであるに違いありません。

「ひとりひとりは力がなくても、大勢が集まって協力し合えば大きな力になるじゃないか」と言う人がいるかもしれませんが、0はいくら加算されても0のままというのは、あまりにも明らかな論理的帰結です。

百歩譲って全員がそれぞれ1くらいは力を持っているとしても、それを民主的な手法で迅速に、ひとつの場所でひとつの正しい方向に同時に、しかも継続的に統合し続けること自体、物理的に不可能です。「そんな時はお金を少しずつ持ち寄ればいいではないか」と仰るかもしれませんが、お金を集める立場の人はその立場についた瞬間、当人がいくらそうだと言い張ったところで、本当の意味での庶民とは言えなくなってしまいます。したがって、100パーセント純粋に権力との癒着に免疫があるとは言い切れないでしょう。またそのような市民団体には間違いなく、権力側のスパイが侵入し、主導権を握るようになっているのです。例えば辻元清美は、そうやって政治家になった在日朝鮮人のようです(在日の方々一般を在日であるが故に蔑んでいるのではなく、在日の中に悪魔に魂を売ってのし上がって行こうとする、人間性一般への裏切り者が大勢いると言っているにすぎません)。また、学生運動が終焉した時に運動の指導者だった人が行方不明になり、何十年後かにふとしたきっかけで連絡が取れて話を聞いてみると、ろくに働いてもいないのにアメリカやヨーロッパで大金持ちになり、悠々自適のセレブ生活を満喫していたなんて話、よく聞く話です。要するに、CIAに雇われて学生運動を扇動していた売国奴だったのです。泣くに泣けないのは、彼らを信じて貴重な青春を棒に振った多くの一般運動家達の方でしょう。

「選挙の時なら民衆の力を民主的な手法で迅速に、ひとつの場所でひとつの正しい方向に、継続的ではないにしろ同時に、統合することが可能ではないか」と指摘する人がいるでしょうが、マスコミや教育が金融偽ユダヤ人の蛇のような悪意によって完全に牛耳られている中では、インターネットがいかに普及しようとあの郵政選挙の時のように、意図的なプロパガンダに乗せられてしまうのが関の山です。「正しい方向に」など、とてもあり得ないことなのです。そのような仕組みに徹頭徹尾、仕上げられてしまっているのです。しかも最近では、最新開票マシーンの導入によって、開票結果の不正操作まで加わってしまいました。もし仮に、正義の候補者集団が全選挙区に立候補する中で多くの国民がマスコミの誘導にも拘らず彼らを支持し、彼らを大量に当選させたとしても(民主党によるあの政権交代の時のように?)、既得権益を持った人たちとの闘争の第一歩がごく限られた領域内で、見た目上はまるで全ての領域においてであるかのように装いながら始まるに過ぎずないのです。しかもこのささやかな第一歩すら、新政権への事前あるいは事後におけるスパイの潜入や政治家の買収、脅迫、暗殺(石井紘基さんの暗殺を思い出して下さい)、イメージ破壊工作、兵糧攻めなどの、あちら側の人達によるありとあらゆる手練手管によってあっという間にひっくり返されてしまうのです(彼らはこのような陰険な陰謀の何千年来のスペシャリストです。ひょっとしたらあの政権交代すらかなりの確率で、彼らの想定内の出来事だったのかもしれません)。

断言します。民主主義はトリックであり、危険な幻想です。民主主義への幻想があるからこそ、民衆は幸せになれないのです。議論の余地なく、絶対にそうです。

日本には未だに、王もいれば、王族や貴族もいて、それぞれが各公的団体や大企業などを現代版の「荘園」として所有し、極めて高度な武力や諜報機関すら保持しています。それによって維持される権力を行使して影の政府を運営し、日本国を支配しているのです。既得権益は我々に見えないところで社会の隅々にびっちりと根を張っています。と言うより、有史以来一度もそうでなかったことはないはずです。「民主国家日本」は完全な幻想なのです。したがって小沢さんがどんなに頑張っても、絶対に何も起こりません(何も起こらないことが分かっていても国民のためには頑張らないといけないと信じ、頑張っていてくれる小沢さんの姿から、ある種の隠れた高潔なメッセージを読み取るべきではあるかもしれません)。あるいはひょっとしたら、頑張って見せるのがあちら側から小沢さんに与えられた最後の指令であるとすら、考えておいた方がいいかもしれないのです(最近のベンジャミン=フルフォード氏の発言によれば、そういうことになってしまいます)。

私がこのブログで述べていることが世の多くの人に伝わるということは、今述べたような事実が世の多くの人に伝わり、投票率が下がることを意味するのです。もっと言うと、投票率を限りなくゼロにして我々の静かな抗議の意思表示とした方がいいとすら言えるかもしれません。このことだけはちゃんと、踏まえておいていただきたいと思います。

「それでは希望も何もないのではないか?ブログの記事を読むと何か前向きなことが書かれているようだが、それは間違いなのか?こんな悲惨な状況の中で何ができると考えているのか?」。このような疑問が湧いてくることでしょう。その通りです。民主主義とは全く異なるあるひとつの方策によって(本当の「民主主義」と言っていいかもしれません)、権力打倒などとは全く異なるある根本的な解決がもたらされると、私は考えています。詳しくは上に書いたことを踏まえた上でこのブログ内の各記事をもう一度よく読んでいただきたいと思いますが、ここでも簡単にまとめてみると、次のようになります。

1)ひとりひとりがそれぞれ「神」(呼び名は何でもいい。この現存在は、絶望しているのでない限り必ず、誰もがもう既に知っているはずである)と結びつくことで「一票」とは全く異なる極めて大きな力を、それぞれの持ち場を全く離れることなく獲得できる。人間には本来、それだけの能力がある。

2)その力は、外的には天皇を中心に統合され、現実に反映される。

3)強い者が弱い者を慈しみ、弱い者は慈しみ深い強者に敬意と忠誠を尽くす。これが、人間に唯一課せられた倫理である。

4)庶民ひとりひとりがそれぞれの時に行う小さな不正の数々が集積して大きな問題を生み出し、それが結果として支配層に大きな影響を与え、その振る舞いを「邪悪」なものに変える場合があるという恐ろしい真実を踏まえた上で、我々ひとりひとりがそれぞれの場所で常に極めて高い道徳性を発揮しなければならない(道徳性とは「神」との内的な結びつきの中で正しいと感じたことを、外的な事情に負けて曲げてしまうことが絶対にないようにする心の強さのことである)。どんなに「邪悪」な支配者も、全てを明確に認識した上で道徳性を完全に維持し続ける多くの庶民に対して、非道な陰謀を仕掛ける気にはなれない。あるいは仕掛ける気があっても、彼らの陰謀の仕組みの本質上悉く挫折してしまわざるを得ない(彼らの陰謀の基盤が、疑心暗鬼と恐怖心の蔓延による多くの庶民の道徳的腐敗となっているから)。彼らの邪気を抜き去ることが、このやり方なら十分に可能である。「庶民の力」とは、こういうものであるにちがいないと信じるべきである。

5)以上の全てを可能にするため、現実についての詳細で正確な知識を獲得し、できるだけ広く拡散しなければならない。真実を精確に知ることにはそれだけの大きな意義が秘められている。

6)「敵」を滅ぼし排除しようとするのではなく、日々の生活の中で、まさに自分の場所で弛まず辛抱強く善を積み重ねつつ、その善なる波紋を大きく広げることで最終的に「敵」に善なる影響を与えて、「敵」の邪悪な性格をのみ滅ぼし排除しようとするのでなければ、本当の問題解決にはならない。「敵」を滅ぼし排除しようとする人のメンタリティは、「敵」の陥っている魔境と同じ魔境に嵌まってしまったメンタリティに過ぎないからである。

7)お金を廃止し生産物を無料で分け合うコミュニティの可能性(スーパーに行けば好きな商品を必要なだけ無料で手に入れられる社会の可能性)と、お金のためではない純粋な社会奉仕としての職業の社会通念化の可能性を、洗脳し尽くされた狭い心から無下に馬鹿にしてしまうのではなく、心を根本から正した曇りのない目で本気で検討すべきである(お金があると、お金を蓄積して架空の空間を創り上げ、実体から遊離した価値の操作を通して財を増やして行こうとする、他者への奉仕の喜びという労働の最も本質的な要素を欠いた、もはや労働とは言えなくなった「労働」を生業として、社会の本来のあるべき秩序を破壊する輩が出てくることになってしまいます。お金は、人間の不必要な苦悩の根源なのです。現在は、お金の影響がすべての人の魂を汚染し切っているため、こんな簡単な理屈すら誰にも見えなくなってしまっています。最近偶々『北の国から』というドラマを観ましたが、人と人の繋がりや大自然にのみ基盤を置きお金の介在しない、そんな生活への人々の深い愛着と、そんな古き良き生活が貨幣経済によって破壊されて行く悲哀を描いた、優れたドラマでした。このドラマを観れば皆さんも、私の言わんとしていることが無理なく分かっていただけるのではないかと思います)。

詳しくは、このブログのこれまでの記事をご参照下さい。

最後に、これまた最近偶々『THRIVE』という映画を観ましたが、その中で述べられていることの大半が、極一部ではあるが非常に重要ないくつかの点を除いて(機会があれば詳述する必要があるでしょう。私の見解によれば、これらいくつかの相違点の故に、この映画も新手のトリックとなるべく仕掛けられたものにちがいありません)、今私が述べたことと完全に一致していました。高度な映像技術で制作された映画で分かりやすく、大筋を理解する上では皆さんにも、大いに参考になるのではと思いました。ぜひ、ご覧になって下さい。

http://m.thrivemovement.com/#watch