韓流ドラマ『オクニョ』の第29話に、Amazon Prime Videoで無料で見れますが、今回のパンデミック詐欺を予告或いは警告するような物語が入っています。皆さんもご覧になったら如何でしょうか?
飽く迄も自然状態に於いてという限定付きではありますが、現代の国際社会は、国と国との戦争など起こりにくい構造になっています。各国の生産活動が、勿論兵器の製造も含めて、他国の健全な生産活動を前提して初めて成り立つといったような具合になってしまっているからです。国相互の底辺に於ける結び付きの深さが昔とは比較にならないくらい大きくなっている。その状況はまるで、国境など最早存在していないかのようでもあります。特に中国にとっての日本、アメリカにとっての日本、北朝鮮にとっての日本の意義は、余りにも大きなものになっている。このことからも、自然状態に於いてそれらの国が日本を、攻めてくることなどほぼないことが分かります。
ところで、次のような主張を最近、インターネット上のあるブログで見つけました。
「国連では、従って現在の国際法では、個別的自衛権と集団的自衛権、集団安全保障が認められている。五大国の合意があれば、国家が集団になってある国を、仮にその国がこちら側に対して武力行使に打って出てきていない段階に於いてさえ、攻め込むことができる。これが集団安全保障。それに対して、五大国の合意が成立しない中でも、ある国がこちら側に攻め込んできた場合に限って、自衛としてその国に対する武力行使が認められる。この自衛としての武力行使には個別に行う自衛だけではなく、関係の深い幾つかの国が協力し合って行う自衛も存在する。これが個別的自衛権と集団的自衛権である。現在の国際法では、要するに国家の武力行使は国連によって、以上のような厳しい統制を受けて管理されているのだ。」
「ところがである。更に、それとは別に、或る余計なものが付随してしまっている。それが敵国条項である。ドイツや日本などの旧枢軸国に対しては、以上のような国連による武力行使管理の埒外に置くという内容の取り決めのことである。これらの国に限っては、これらの国に対して仮にどこかの国が突然の軍事行動を仕掛けても、それを国連として問題にすることはない。五大国の合意がない場合でも、これらの国に対しては、必ずしも自衛権の行使とは言い切れないこちら側からの積極的な攻撃が、個別的にも集団的にも可能である。これが敵国条項なのである。」
「日本国はこの敵国条項の対象国であり、ということは即ち、この日本国にはどの国であろうとも、国際法による制約を一切受けることなく、比較的自由に攻め込むことができることになっている訳だ。これが正に現実なのだ。実は、今回の安保法制定の動きは、現在の国際法におけるこの敵国条項の対象から近い将来日本国を除外して貰う為の動きに過ぎず、それ以上の意味は特にないのだ。逆に、これが実現しないと近い将来、日本は必ず、窮地に置かれる筈だ。従って、今回の安保法制定は、その第一歩としては、極めて望ましいものと言うべきである。これを批判してはならない」
このような主張です。
この主張を聞いて皆さんはどう思われますか?成る程そうだったのか。それなら安保法も仕方がないだろう。このように感ぜられるのでしょうか?
しかしこの主張は、現在の国際情勢とはかなり異なる約70年前の第二次世界大戦直後の国際情勢をベースに整えられた国際法の枠内でしか表現されない、極めて限定された形での「現実」を伝えているに過ぎないのです。
既述の如く、現在の国際情勢は、日本の繁栄が他の多くの国の繁栄の基盤といった具合になってしまっているのです。そして、現状がそのようなものになっているのは実は、決して偶然ではない。というのも、平和憲法と自衛隊の存在の元で、日本国が国防上の、戦争行為以外の実質的で有効な措置を幾重にも、ありとあらゆる方面、局面で絶えず、施し続けてきたからに他ならないからです。何とも意外な話ですが、これは紛れもない事実です。
こんな状況でありながら、それでも戦争が起こると言われるのは一体どういうことなのでしょうか?安保法を巡る論議の際には多くの人が、いずれの立場の人も、戦争が近い将来起こり得るという想定を無意識の内に無批判に受け入れているようにすら見受けられます。ところがそれは違うのです。戦争が起こりそうだから、安倍を始めとする人々が何とも親切なことに、日本国の国防は非常に脆弱だとの分析を行ってくれた。その分析の元、予想される巨大な批判をものともせずに勇気を振り絞って安保法の制定に邁進してくれた。...ということでは、これは絶対にないのです。
それは実はこういうことです。戦争を起こしたいから戦争が起こりそうだという想念を先ず一般に普及させよう。その為には安保法制定の動きを見せて論議を沸騰させる。そうすれば戦争のことが少なくとも、国民一般の意識には上ってくる。こうなってしまえばもう大丈夫。国民一般の意識を戦争容認の方に傾ける手段など幾らでもある。何せ、マスコミを始めとする情報機関は全てこちらの側の完璧な管制下にあるのだから。これらの手段を用いて情報を制限し、国民一般の判断力を無意識レベルで鈍らせてしまった上で、表面上は親切と愛国心を装いながら巧妙に、戦争容認への雰囲気を煽動しよう。...これが正に実態なのです。
繰り返しますが、日本を取り巻く現在の国際状況は戦争など、自然状態では絶対起こらないようなものになっています。こんな状況の中でありながら戦争が起こるとしたら、それは最早、国際関係上の力学の変化に基づいて自然に発生したなどととは、決して言えない筈なのです。即ち、何か別の特別な力が働いたに違いない。
国家と国家と国家の背後には、実は、いかなる国家をも超越した超国家的支配勢力が幾つか存在しているのです。それら超国家的支配勢力の内、国際関係上の力学の変化とは全く無関係なところで今、戦争を起こさない限り苦境に陥ってしまうと自らのことを危惧する勢力があるのです。その勢力が、綿密な長期計画の元でその計画の実行に動き始めた。戦争が起こるとしたら、その結果以外の何物でもない。
そう言えば、現在の「戦争」はどれも最早、国家とは異なる集団のテロ以外のものとは殆ど言えなくなってしまっています。これについて異議のある人はいないことでしょう。その理由も実は今私が述べたことの内にあると言えないでしょうか?つまり、国と国がなかなか戦争できない状況にある。が、どうしても戦争を起こしたい。だから、国家とは無関係なグループにテロを続発させるしか方法がない。こういうことなのではないでしょうか?
戦争を起こそうとしているこの勢力がこの日本国で不正選挙を行い、安倍自民党に無理やり政権を担当させました。安倍はこの勢力の謂わばエージェントです。この勢力のエージェントは政界だけではなくマスコミにもインターネット上にも沢山配置され、目下のところ盛んに戦争気分を煽動して一般化しようと躍起になっている最中と指摘できます。
必然的な文脈が現状では全く見られないにも拘らず安倍政権が今になって何故か急に安保法制定の動きを始めたのも、その動きを支持するために青山やら桜井やらがあちこちで中国脅威論を吹聴して回っているのも、更には、インターネット上に嫌韓嫌中などといった、以前だったら「何と下品な」と言って誰にも見向きもされなかった筈の明らかな偏見をテーマにしたプロパガンダ活動を盛んに行う連中が雨後の筍の如くうじゃうじゃ出てきているのも、戦争を起こさないとまずい状況にあるかのいち支配勢力の思惑がそれらの背後でそれらを動かしているが故のことだったのです。
彼らがその煽動の際によく「敵国が攻めてきた時に現状では国防上、非常にまずい状況にある」と言います。この認識は一見整合的にできていて、妥当のように感ぜられます。が、実は飽くまでも情報不足の中での整合性、妥当性に過ぎないのです。そういった意味での典型的ながら非常に危険なプロパガンダなのです。その奥に隠された本当の意図は平たく言うと、我々庶民平民からのより効率的な短期収奪の合法化であり、我々庶民平民の間引きと数の削減であり、国民と国民と国民の横の繋がりの分断としてのナショナリズムの台頭なのです。これら以外の何物でもない。戦争とはそういうものなのです。それはただ、多くの普通の人々の目には見えにくくなっているだけです。
そんな意図を背景にした危険なプロパガンダに、整合的で妥当な感じがするからと安易に飛びつく人達の何と多いことか。これは、第二次世界大戦時に当時の日本国民が陥ったのと全く同じ過ちに、その子孫である私達が再びまんまと陥ってしまうことを意味しているのです。本当にこれでいいのでしょうか?
更に悪いことには、普通の庶民平民でしかないのに、そんなプロパガンダの見かけ上の整合性、妥当性に安易に乗っかって「安保法賛成」と叫びながら激昂して「護憲派はバカだ。左翼だ。非国民だ」などと敵意を剥き出しにする人々すらいます。この輩に至っては、ですから、ありとあらゆる角度から見てとんでもない愚か者と言わざるを得ません。
今こそ我々庶民平民が本当の知性を発揮すべき時なのです。抑も本当の知性とは、学校教育に限定されない領域に思索の範囲を大きく広げ、自分で情報を集めて、それらを自分の体験とも十分に照らし合わせながら分析し、総合できる能力のことです。それなのに、自分のことを高学歴と自惚れつつ、そのような意味での本来の知性のことには思いも寄らないでいる所謂「なんちゃって知識層」に、どうやら今述べたような類の輩が多いようです。通常ならそんな中途半端な輩には発言の場所など与えられない筈です。が、今はインターネットの時代になってしまっています。インターネットでは何故か、まるで当然であるかのように、そんな輩にも発言権が与えられている。我々庶民平民が今問題としなければいけないのは、何よりも先ず、このような輩の存在なのではないでしょうか?
抑も、私達日本の庶民平民は、明治維新以前はまだ所謂「国民」ではありませんでした。誰かの所有物である土地にそこで生産活動を担う労働力として暮らし、その誰かに所有される存在でしかありませんでした。所謂「村人」でしかなかった。その自己意識は常に村落の共同体との繋がりの中でしか成立し得ないものだった。
ある時そこに、世界規模の大きな変化の潮流がやってきた。土地とそこから生産される農産物とその商取引きをそれ迄、権力の基盤にしていた支配層が、その基盤を工業生産と金融に逐次切り替えていき、国家体制もひとつの日本国として纏めて近代化していかざるを得ないそんな時代の到来のことである。この潮流の中で「村人」達もそれ迄の共同体との紐帯を断ち切って個として独立し、国民かつ労働者、及び、兵士としての適性を得るための教育も施され、文字通り心身ともに根本から改造され始めるに至った。改造された上で大挙をなして村落を離れ、次から次へと都市に殺到し始めた。この流れは拡大生産、拡大消費を前提とするもので、生産と消費の拡大が止まるまで極限まで続いていった。
ある時、いつかは止まる運命にあったこの拡大が実際に止まる時が来た。その時、バラバラの個として極限まで孤立させられていた我々国民は必然的に、個としての本質を維持したまま、拡大期には状況が許していなかった共同体を、以前のムラ社会のものとは全く異なる形で形成していくことを志向し始めることになった。そんな我々国民の前に、そのような志向性の存在を見越したかのように、インターネットがもたらされた。
このインターネットには、この我々国民の現在の志向性に対して、陰陽両面の意義があるのではないでしょうか?ひとつには、我々国民のこの志向性が多様なムーブメントとなって無秩序な動きをし始めるのを仮想空間内に完全に閉じ込め、それらが現実世界にムーブメントの場を移すのを予め抑制し、現在の秩序に余りにも急激な変化が生じるのを防ぐこと。もうひとつは、この志向性そのものは容認し、国家全体の新しい発展の為に現実世界で積極的な役割を果たし得る幾つかの共同体を選択、観察、支援、育成、保護していくこと。これら二つの意義です。
戦争反対の立場なのに明らさまな詭弁に安易に引っかかってしまい結果として安保法賛成になっている人達にしろ、戦争反対だが容認止むを得ずとして安保法賛成になっている人達にしろ、嫌韓嫌中の扇動に乗ってミリタリー趣味や戦争気分が昂じた結果何にも考えずに何となく安保法賛成になっている人達にしろ、安保法に対してインターネット上で賛成の声を上げて「護憲派」を罵倒している人達は、自分達一人ひとりの声が集積してひとつのムーブメントとなりつつある今、それが上に述べたような「国家の新しい発展」に本当の意味で有益なものにはなり得ないことを考えなければなりません。そんなあなた達の姿には私達だけではなく、私達全員に明確な意図を持ってインターネットを与えた「彼等」からの冷徹な視線も注がれている。このことを重々覚悟しておかなければなりません。
さて、最後に、平和憲法と自衛隊の関係について若干のことを説明しておかなければならないと思います。
この論文の中で私は、平和憲法と自衛隊の存在がベースになって、日本を巻き込む国家同士の戦争が起こりにくい現在のような好ましい状況が形成されたのだと述べました。それを耳にした時に「平和憲法では武力も武力の行使も認められていないのに、平和憲法と自衛隊の存在がだなんて、極めて矛盾したことを述べているのでは?」と感ぜられた方も少なからずいるはずです。その方々には、日本国憲法第九条の、次のような最も一般的な日本語訳をもう一度読んでいただきたいと思います。
1. 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2. 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
ここでは決して「武力による威嚇又は武力の行使は、永久にこれを放棄する」とか「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを保持しない」とは実は、書かれていないのです。このことに十分注意してください。それぞれ
「武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」
とか
「前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」
といった具合に「国際紛争を解決する手段としては」とか「前項の目的を達するため」といった条件付きで書かれているのです。
これら条件が付くと付かないとでは、全く意味が違ってくるのです。このことがよく理解できない人の為に、以下に簡単な例を挙げてみます。例えば、好きで付き合いたいとずっと思い続けていた女の子に勇気を出してやっと「好きです。僕と付き合ってください」と告白した青年のことを考えてみて下さい。この青年にこの女の子が次のような返事をしたとします。つまり「あなたのことは友達として本当に心から愛しています」という返事です。「あなたのことは本当に心から愛しています」ではなく「あなたのことは友達として本当に心から愛しています」です。
この返事を聞いた若者は歓喜の表情を浮かべるでしょうか?それとも、落胆の表情を浮かべるのでしょうか?その答えは明らかでしょう。即ち、こうでしょう。「あなたのことは友達として本当に心から愛しています」と聞いた瞬間に、この若者は「けど、それはそれ以上の愛ではないし、男性として愛している訳ではないの。ごめんなさい」という内容を言外に読み取り、激しく落胆の表情を見せる。こうなるのが当然ではないでしょうか?「友達として」が付くのと付かないのとでは、このように、天と地程の違いが出てくるのです。このことは誰の目にも明らかです。
憲法第九条の場合も全く同じです。「武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」とか「前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」となっているのです。この表現を読んだ時も直ちに、上に挙げた例と同じように、
「けど、国際紛争を解決するという目的以外の目的でなら、例えば、自衛のためとか、抑も国際紛争に巻き込まれることを予防するためとか、仮に国際紛争に巻き込まれても相手国が日本国に攻めてくる気など絶対に起こさないようにするためとか、こういった目的の為なら、武力による威嚇又は武力の行使といえども、それをいつでも行う。陸海空その他の戦力の保持も然り。また、交戦権の容認も然り」
という内容を言外に読み取り、それに沿った国造りに励むのがまともな精神を持った人間の行うべきことでしょう。そして、戦後の日本国は実際、紛れもなくそのようにしてきたのです。現在の日本の国際的地位の確立に平和憲法と自衛隊の存在がベースを与えたと私が述べるのも、以上のようなことを念頭に置いてのことです。
そう言えば、一部の人間から「敵国」として盛んに喧伝されている北朝鮮や中国の「反日勢力」ですら、もし彼らが本当に「反日勢力」なら「平和憲法と自衛隊は矛盾している」などと抗議の声を上げてきても良い筈なのに、それをこれまで全く上げてきていない。つまり、上に私が説明したようなことは「敵国」の「反日勢力」ですら日本国攻撃のネタに出来ないくらい、誰の目にも明らかなことだということなのです。
このような誰の目にも明らかなことが今、桜井やら青山やらによって捻じ曲げられ、マスコミでは彼らの発言が盛んに報道される。そして、このような誰の目にも明らかなことの捻じ曲げのことを、誰の目にも明らかなことの捻じ曲げだと、視聴者の殆ど全員が全く気付かずにいるのです。私の目にはこれは、本当に奇異に感ぜられて仕方がありません。
マスコミに於ける捻じ曲げや誤魔化しは、憲法第九条解釈に及ぶだけではありません。例えば、次のような主張が盛んになされ、視聴者の多くがその捻じ曲げや誤魔化しに気づいていない。即ち、
「自衛隊は本来、日本国が敵国に攻められた時にちゃんと防衛する目的で創設され、運営されてきた。ところが、これまでの法体系では、敵国に攻められた時に備えて創設され、運営されてきた筈のこの自衛隊が活動を、完全な非合理と言い切っていい程度に極端に制限されてきた、或いは、全く保障されていなかったので、日本国に敵国が実際に攻め込んできた時でも、その本来の役割を絶対に果たせないようになっていた。今回の安保法ではこの点が根本的に改善された。これで日本国は、敵国に攻められても大丈夫な国になった。従って、他国から攻められる危険性も劇的に減った」
という主張のことです。このどこが捻じ曲げや誤魔化しなのか?
第一に指摘できるのは、自衛隊創設の目的が意図的に限定されていることです。先ほども述べましたが、自衛隊創設の目的は敵国から攻められた時の自衛だけではありませんでした。その他にも、抑も国際紛争に巻き込まれることを予防するためとか、仮に国際紛争に巻き込まれても相手国が日本国に攻めてくる気など絶対に起こさないようにするためとか、もっと重要で、もっと高度な目的があったのです。それを先ず「敵が攻めてきたのに戦わないなんてバカがいるものか」などと極めて当たり前のことをわざわざ申し立てることによって、視聴者の頭の中で自衛隊の存在価値が、低次元に限定されるよう誘導している。結果、現実とは全く異なり、中国や北朝鮮が今にも日本国に攻めてくるかのような不安を、無意識に刷り込もうとしている訳です。
実際は、先ほどから何度も述べているように、それとは真逆で、単なる攻め込まれた時の自衛以上の遥かに高度な防衛策が長期に渡って継続的に実行され、その結果、自然状態ではこの日本国には攻めてくる敵国など全くない極めて理想的な状況が生まれていたのです。煽動を担当する者たちの中には、現状についての精確な言及を意図的に回避しながらこのような至極真っ当な現状分析を「日本人の言霊信仰に由来する単なる希望的観測」などと揶揄する者すらいます。が、現状を具に的確に分析すれば、そのような揶揄こそ単なるレッテル貼りに過ぎないことが分かる筈です。より高度な防衛に成功し、だからこそ経済的にもこの上なく繁栄している日本国の国防を何でわざわざ、単なる攻められた時の防衛に低く限定しようとするのか?不審極まるとは正にこのようなことを言うのです。
第二に指摘できるのは、攻めてきた時に困らないようにしておけばそれで恰も、抑も国際紛争に巻き込まれることを予防するためとか、仮に国際紛争に巻き込まれても相手国が日本国に攻めてくる気を絶対に起こさないようにするためとかいった、もっと重要でもっと高度な目的が、その現実性を増したかのように強弁している点です。これらもっと重要で、もっと高度な目的は、これこそ日本国憲法序文で表明された確固たる認識の内容のことですが、そんな低次元のことで成り立つのではありません。今ここで具に系統的に説明する訳にはいかないくらい多面的で長期的な努力を必要とするものなのです。そしてそれは、この戦後の日本ではこれ迄、平和憲法と自衛隊の存在の元、長期に渡って継続的に、我々国民ひとりひとりの日常生活に於ける無心の努力をもその不可欠の要素として含む形で、この上ないくらい完璧に実現されていたのです。上の強弁は、これらのことに国民が、気づいてしまわないようにとの意図で行われているとしか思えません。
マスコミに於ける捻じ曲げや誤魔化しとしては更に、次のような主張も挙げることができます。即ち、
「安保法では初めて、集団的自衛権が明記された。自衛或いは抑止が、日本単独のものではなく、他の幾つかの国との協同で行われるものとなった。これで日本国の国防はより効率的でより強力なものとなった。これ迄は自衛隊と米軍が協同で日本国の国防を担当しているかのように語られていたが、それは実は錯覚で、日米安全保障条約が存在してはいても、いざとなった時に本当に米軍が動いて日本国を助けてくれるか曖昧だった。今回はその曖昧さが完全に払拭された」
という主張のことです。
しかし、ある分数の分母に5を掛けながら分子にも5以上の数を掛けてしまうなら、その分数の大きさは、減るどころか増えてしまうのです。それと全く同じことが、上の主張に対しては先ず指摘できます。
確かに、日本一国にのみ関わる事件に対してなら、その数がどれ程増そうが、日本単独でことに当たるよりも米国と協同でことに当たった方が能率がいいのは確かです。しかし、協同する国の数が増えれば、日本がその安全に責任を持たなければならない国の数もその分増える訳で、単純計算ではそれがかの減少分を相殺してしまうことになります。要するに、何の増減もないのです。ただ、この協同態勢に入る日本以外の国、特に米国の性格を考慮に入れると、日本が関与しなければならない武力衝突の増え方たるや、尋常な増え方ではないであろうことは誰の目にも明らかです。
「その場合は、前線には出ず後方支援に回るのですから」と言っても無駄です。例えば、米国と中国の武力衝突に於いて、中国の敵国である米軍の重要な後方支援を行う日本は中国にとって正に、前線で戦う米国と全く同程度に敵なのです。従って、必ず攻撃してくるに違いありません。その上、自衛隊が活動を想定する範囲は、これまでは日本とその周辺だけだったのが、米国が集団的自衛のパートナーである限り、限りなく地球表面の全域に及んでしまうのです。こう考えると、日本国が国防に掛けるエネルギーは、これまでの限りなく理想に近い効率性をかなぐり捨てて、とんでもない混乱の中に押しやられたと言わざるを得ないでしょう。
青山や桜井や勝谷が、日頃どんなに良い人で信頼のある人でも、面白い人でも、非常に優秀で馴染みがあっても、彼等が口に出してくる詭弁に乗ってはいけないのです。いざという時に指令を出して詭弁を吐かせても、国民が簡単に騙されてその詭弁に乗ってしまうよう、青山や桜井や勝谷は、遥か以前から、良い人、信頼ある人、面白い人、非常に優秀で馴染みがある人として、用意周到に育てられてきた、ただのマスコミ上のキャラクターに過ぎません。私も彼等のことはある意味では好きです。ただ、それだからと言って、彼等の詭弁に乗る気など全くしない。詭弁は詭弁でしかないのです。
ところで、次のような主張を最近、インターネット上のあるブログで見つけました。
「国連では、従って現在の国際法では、個別的自衛権と集団的自衛権、集団安全保障が認められている。五大国の合意があれば、国家が集団になってある国を、仮にその国がこちら側に対して武力行使に打って出てきていない段階に於いてさえ、攻め込むことができる。これが集団安全保障。それに対して、五大国の合意が成立しない中でも、ある国がこちら側に攻め込んできた場合に限って、自衛としてその国に対する武力行使が認められる。この自衛としての武力行使には個別に行う自衛だけではなく、関係の深い幾つかの国が協力し合って行う自衛も存在する。これが個別的自衛権と集団的自衛権である。現在の国際法では、要するに国家の武力行使は国連によって、以上のような厳しい統制を受けて管理されているのだ。」
「ところがである。更に、それとは別に、或る余計なものが付随してしまっている。それが敵国条項である。ドイツや日本などの旧枢軸国に対しては、以上のような国連による武力行使管理の埒外に置くという内容の取り決めのことである。これらの国に限っては、これらの国に対して仮にどこかの国が突然の軍事行動を仕掛けても、それを国連として問題にすることはない。五大国の合意がない場合でも、これらの国に対しては、必ずしも自衛権の行使とは言い切れないこちら側からの積極的な攻撃が、個別的にも集団的にも可能である。これが敵国条項なのである。」
「日本国はこの敵国条項の対象国であり、ということは即ち、この日本国にはどの国であろうとも、国際法による制約を一切受けることなく、比較的自由に攻め込むことができることになっている訳だ。これが正に現実なのだ。実は、今回の安保法制定の動きは、現在の国際法におけるこの敵国条項の対象から近い将来日本国を除外して貰う為の動きに過ぎず、それ以上の意味は特にないのだ。逆に、これが実現しないと近い将来、日本は必ず、窮地に置かれる筈だ。従って、今回の安保法制定は、その第一歩としては、極めて望ましいものと言うべきである。これを批判してはならない」
このような主張です。
この主張を聞いて皆さんはどう思われますか?成る程そうだったのか。それなら安保法も仕方がないだろう。このように感ぜられるのでしょうか?
しかしこの主張は、現在の国際情勢とはかなり異なる約70年前の第二次世界大戦直後の国際情勢をベースに整えられた国際法の枠内でしか表現されない、極めて限定された形での「現実」を伝えているに過ぎないのです。
既述の如く、現在の国際情勢は、日本の繁栄が他の多くの国の繁栄の基盤といった具合になってしまっているのです。そして、現状がそのようなものになっているのは実は、決して偶然ではない。というのも、平和憲法と自衛隊の存在の元で、日本国が国防上の、戦争行為以外の実質的で有効な措置を幾重にも、ありとあらゆる方面、局面で絶えず、施し続けてきたからに他ならないからです。何とも意外な話ですが、これは紛れもない事実です。
こんな状況でありながら、それでも戦争が起こると言われるのは一体どういうことなのでしょうか?安保法を巡る論議の際には多くの人が、いずれの立場の人も、戦争が近い将来起こり得るという想定を無意識の内に無批判に受け入れているようにすら見受けられます。ところがそれは違うのです。戦争が起こりそうだから、安倍を始めとする人々が何とも親切なことに、日本国の国防は非常に脆弱だとの分析を行ってくれた。その分析の元、予想される巨大な批判をものともせずに勇気を振り絞って安保法の制定に邁進してくれた。...ということでは、これは絶対にないのです。
それは実はこういうことです。戦争を起こしたいから戦争が起こりそうだという想念を先ず一般に普及させよう。その為には安保法制定の動きを見せて論議を沸騰させる。そうすれば戦争のことが少なくとも、国民一般の意識には上ってくる。こうなってしまえばもう大丈夫。国民一般の意識を戦争容認の方に傾ける手段など幾らでもある。何せ、マスコミを始めとする情報機関は全てこちらの側の完璧な管制下にあるのだから。これらの手段を用いて情報を制限し、国民一般の判断力を無意識レベルで鈍らせてしまった上で、表面上は親切と愛国心を装いながら巧妙に、戦争容認への雰囲気を煽動しよう。...これが正に実態なのです。
繰り返しますが、日本を取り巻く現在の国際状況は戦争など、自然状態では絶対起こらないようなものになっています。こんな状況の中でありながら戦争が起こるとしたら、それは最早、国際関係上の力学の変化に基づいて自然に発生したなどととは、決して言えない筈なのです。即ち、何か別の特別な力が働いたに違いない。
国家と国家と国家の背後には、実は、いかなる国家をも超越した超国家的支配勢力が幾つか存在しているのです。それら超国家的支配勢力の内、国際関係上の力学の変化とは全く無関係なところで今、戦争を起こさない限り苦境に陥ってしまうと自らのことを危惧する勢力があるのです。その勢力が、綿密な長期計画の元でその計画の実行に動き始めた。戦争が起こるとしたら、その結果以外の何物でもない。
そう言えば、現在の「戦争」はどれも最早、国家とは異なる集団のテロ以外のものとは殆ど言えなくなってしまっています。これについて異議のある人はいないことでしょう。その理由も実は今私が述べたことの内にあると言えないでしょうか?つまり、国と国がなかなか戦争できない状況にある。が、どうしても戦争を起こしたい。だから、国家とは無関係なグループにテロを続発させるしか方法がない。こういうことなのではないでしょうか?
戦争を起こそうとしているこの勢力がこの日本国で不正選挙を行い、安倍自民党に無理やり政権を担当させました。安倍はこの勢力の謂わばエージェントです。この勢力のエージェントは政界だけではなくマスコミにもインターネット上にも沢山配置され、目下のところ盛んに戦争気分を煽動して一般化しようと躍起になっている最中と指摘できます。
必然的な文脈が現状では全く見られないにも拘らず安倍政権が今になって何故か急に安保法制定の動きを始めたのも、その動きを支持するために青山やら桜井やらがあちこちで中国脅威論を吹聴して回っているのも、更には、インターネット上に嫌韓嫌中などといった、以前だったら「何と下品な」と言って誰にも見向きもされなかった筈の明らかな偏見をテーマにしたプロパガンダ活動を盛んに行う連中が雨後の筍の如くうじゃうじゃ出てきているのも、戦争を起こさないとまずい状況にあるかのいち支配勢力の思惑がそれらの背後でそれらを動かしているが故のことだったのです。
彼らがその煽動の際によく「敵国が攻めてきた時に現状では国防上、非常にまずい状況にある」と言います。この認識は一見整合的にできていて、妥当のように感ぜられます。が、実は飽くまでも情報不足の中での整合性、妥当性に過ぎないのです。そういった意味での典型的ながら非常に危険なプロパガンダなのです。その奥に隠された本当の意図は平たく言うと、我々庶民平民からのより効率的な短期収奪の合法化であり、我々庶民平民の間引きと数の削減であり、国民と国民と国民の横の繋がりの分断としてのナショナリズムの台頭なのです。これら以外の何物でもない。戦争とはそういうものなのです。それはただ、多くの普通の人々の目には見えにくくなっているだけです。
そんな意図を背景にした危険なプロパガンダに、整合的で妥当な感じがするからと安易に飛びつく人達の何と多いことか。これは、第二次世界大戦時に当時の日本国民が陥ったのと全く同じ過ちに、その子孫である私達が再びまんまと陥ってしまうことを意味しているのです。本当にこれでいいのでしょうか?
更に悪いことには、普通の庶民平民でしかないのに、そんなプロパガンダの見かけ上の整合性、妥当性に安易に乗っかって「安保法賛成」と叫びながら激昂して「護憲派はバカだ。左翼だ。非国民だ」などと敵意を剥き出しにする人々すらいます。この輩に至っては、ですから、ありとあらゆる角度から見てとんでもない愚か者と言わざるを得ません。
今こそ我々庶民平民が本当の知性を発揮すべき時なのです。抑も本当の知性とは、学校教育に限定されない領域に思索の範囲を大きく広げ、自分で情報を集めて、それらを自分の体験とも十分に照らし合わせながら分析し、総合できる能力のことです。それなのに、自分のことを高学歴と自惚れつつ、そのような意味での本来の知性のことには思いも寄らないでいる所謂「なんちゃって知識層」に、どうやら今述べたような類の輩が多いようです。通常ならそんな中途半端な輩には発言の場所など与えられない筈です。が、今はインターネットの時代になってしまっています。インターネットでは何故か、まるで当然であるかのように、そんな輩にも発言権が与えられている。我々庶民平民が今問題としなければいけないのは、何よりも先ず、このような輩の存在なのではないでしょうか?
抑も、私達日本の庶民平民は、明治維新以前はまだ所謂「国民」ではありませんでした。誰かの所有物である土地にそこで生産活動を担う労働力として暮らし、その誰かに所有される存在でしかありませんでした。所謂「村人」でしかなかった。その自己意識は常に村落の共同体との繋がりの中でしか成立し得ないものだった。
ある時そこに、世界規模の大きな変化の潮流がやってきた。土地とそこから生産される農産物とその商取引きをそれ迄、権力の基盤にしていた支配層が、その基盤を工業生産と金融に逐次切り替えていき、国家体制もひとつの日本国として纏めて近代化していかざるを得ないそんな時代の到来のことである。この潮流の中で「村人」達もそれ迄の共同体との紐帯を断ち切って個として独立し、国民かつ労働者、及び、兵士としての適性を得るための教育も施され、文字通り心身ともに根本から改造され始めるに至った。改造された上で大挙をなして村落を離れ、次から次へと都市に殺到し始めた。この流れは拡大生産、拡大消費を前提とするもので、生産と消費の拡大が止まるまで極限まで続いていった。
ある時、いつかは止まる運命にあったこの拡大が実際に止まる時が来た。その時、バラバラの個として極限まで孤立させられていた我々国民は必然的に、個としての本質を維持したまま、拡大期には状況が許していなかった共同体を、以前のムラ社会のものとは全く異なる形で形成していくことを志向し始めることになった。そんな我々国民の前に、そのような志向性の存在を見越したかのように、インターネットがもたらされた。
このインターネットには、この我々国民の現在の志向性に対して、陰陽両面の意義があるのではないでしょうか?ひとつには、我々国民のこの志向性が多様なムーブメントとなって無秩序な動きをし始めるのを仮想空間内に完全に閉じ込め、それらが現実世界にムーブメントの場を移すのを予め抑制し、現在の秩序に余りにも急激な変化が生じるのを防ぐこと。もうひとつは、この志向性そのものは容認し、国家全体の新しい発展の為に現実世界で積極的な役割を果たし得る幾つかの共同体を選択、観察、支援、育成、保護していくこと。これら二つの意義です。
戦争反対の立場なのに明らさまな詭弁に安易に引っかかってしまい結果として安保法賛成になっている人達にしろ、戦争反対だが容認止むを得ずとして安保法賛成になっている人達にしろ、嫌韓嫌中の扇動に乗ってミリタリー趣味や戦争気分が昂じた結果何にも考えずに何となく安保法賛成になっている人達にしろ、安保法に対してインターネット上で賛成の声を上げて「護憲派」を罵倒している人達は、自分達一人ひとりの声が集積してひとつのムーブメントとなりつつある今、それが上に述べたような「国家の新しい発展」に本当の意味で有益なものにはなり得ないことを考えなければなりません。そんなあなた達の姿には私達だけではなく、私達全員に明確な意図を持ってインターネットを与えた「彼等」からの冷徹な視線も注がれている。このことを重々覚悟しておかなければなりません。
さて、最後に、平和憲法と自衛隊の関係について若干のことを説明しておかなければならないと思います。
この論文の中で私は、平和憲法と自衛隊の存在がベースになって、日本を巻き込む国家同士の戦争が起こりにくい現在のような好ましい状況が形成されたのだと述べました。それを耳にした時に「平和憲法では武力も武力の行使も認められていないのに、平和憲法と自衛隊の存在がだなんて、極めて矛盾したことを述べているのでは?」と感ぜられた方も少なからずいるはずです。その方々には、日本国憲法第九条の、次のような最も一般的な日本語訳をもう一度読んでいただきたいと思います。
1. 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2. 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
ここでは決して「武力による威嚇又は武力の行使は、永久にこれを放棄する」とか「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを保持しない」とは実は、書かれていないのです。このことに十分注意してください。それぞれ
「武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」
とか
「前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」
といった具合に「国際紛争を解決する手段としては」とか「前項の目的を達するため」といった条件付きで書かれているのです。
これら条件が付くと付かないとでは、全く意味が違ってくるのです。このことがよく理解できない人の為に、以下に簡単な例を挙げてみます。例えば、好きで付き合いたいとずっと思い続けていた女の子に勇気を出してやっと「好きです。僕と付き合ってください」と告白した青年のことを考えてみて下さい。この青年にこの女の子が次のような返事をしたとします。つまり「あなたのことは友達として本当に心から愛しています」という返事です。「あなたのことは本当に心から愛しています」ではなく「あなたのことは友達として本当に心から愛しています」です。
この返事を聞いた若者は歓喜の表情を浮かべるでしょうか?それとも、落胆の表情を浮かべるのでしょうか?その答えは明らかでしょう。即ち、こうでしょう。「あなたのことは友達として本当に心から愛しています」と聞いた瞬間に、この若者は「けど、それはそれ以上の愛ではないし、男性として愛している訳ではないの。ごめんなさい」という内容を言外に読み取り、激しく落胆の表情を見せる。こうなるのが当然ではないでしょうか?「友達として」が付くのと付かないのとでは、このように、天と地程の違いが出てくるのです。このことは誰の目にも明らかです。
憲法第九条の場合も全く同じです。「武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」とか「前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」となっているのです。この表現を読んだ時も直ちに、上に挙げた例と同じように、
「けど、国際紛争を解決するという目的以外の目的でなら、例えば、自衛のためとか、抑も国際紛争に巻き込まれることを予防するためとか、仮に国際紛争に巻き込まれても相手国が日本国に攻めてくる気など絶対に起こさないようにするためとか、こういった目的の為なら、武力による威嚇又は武力の行使といえども、それをいつでも行う。陸海空その他の戦力の保持も然り。また、交戦権の容認も然り」
という内容を言外に読み取り、それに沿った国造りに励むのがまともな精神を持った人間の行うべきことでしょう。そして、戦後の日本国は実際、紛れもなくそのようにしてきたのです。現在の日本の国際的地位の確立に平和憲法と自衛隊の存在がベースを与えたと私が述べるのも、以上のようなことを念頭に置いてのことです。
そう言えば、一部の人間から「敵国」として盛んに喧伝されている北朝鮮や中国の「反日勢力」ですら、もし彼らが本当に「反日勢力」なら「平和憲法と自衛隊は矛盾している」などと抗議の声を上げてきても良い筈なのに、それをこれまで全く上げてきていない。つまり、上に私が説明したようなことは「敵国」の「反日勢力」ですら日本国攻撃のネタに出来ないくらい、誰の目にも明らかなことだということなのです。
このような誰の目にも明らかなことが今、桜井やら青山やらによって捻じ曲げられ、マスコミでは彼らの発言が盛んに報道される。そして、このような誰の目にも明らかなことの捻じ曲げのことを、誰の目にも明らかなことの捻じ曲げだと、視聴者の殆ど全員が全く気付かずにいるのです。私の目にはこれは、本当に奇異に感ぜられて仕方がありません。
マスコミに於ける捻じ曲げや誤魔化しは、憲法第九条解釈に及ぶだけではありません。例えば、次のような主張が盛んになされ、視聴者の多くがその捻じ曲げや誤魔化しに気づいていない。即ち、
「自衛隊は本来、日本国が敵国に攻められた時にちゃんと防衛する目的で創設され、運営されてきた。ところが、これまでの法体系では、敵国に攻められた時に備えて創設され、運営されてきた筈のこの自衛隊が活動を、完全な非合理と言い切っていい程度に極端に制限されてきた、或いは、全く保障されていなかったので、日本国に敵国が実際に攻め込んできた時でも、その本来の役割を絶対に果たせないようになっていた。今回の安保法ではこの点が根本的に改善された。これで日本国は、敵国に攻められても大丈夫な国になった。従って、他国から攻められる危険性も劇的に減った」
という主張のことです。このどこが捻じ曲げや誤魔化しなのか?
第一に指摘できるのは、自衛隊創設の目的が意図的に限定されていることです。先ほども述べましたが、自衛隊創設の目的は敵国から攻められた時の自衛だけではありませんでした。その他にも、抑も国際紛争に巻き込まれることを予防するためとか、仮に国際紛争に巻き込まれても相手国が日本国に攻めてくる気など絶対に起こさないようにするためとか、もっと重要で、もっと高度な目的があったのです。それを先ず「敵が攻めてきたのに戦わないなんてバカがいるものか」などと極めて当たり前のことをわざわざ申し立てることによって、視聴者の頭の中で自衛隊の存在価値が、低次元に限定されるよう誘導している。結果、現実とは全く異なり、中国や北朝鮮が今にも日本国に攻めてくるかのような不安を、無意識に刷り込もうとしている訳です。
実際は、先ほどから何度も述べているように、それとは真逆で、単なる攻め込まれた時の自衛以上の遥かに高度な防衛策が長期に渡って継続的に実行され、その結果、自然状態ではこの日本国には攻めてくる敵国など全くない極めて理想的な状況が生まれていたのです。煽動を担当する者たちの中には、現状についての精確な言及を意図的に回避しながらこのような至極真っ当な現状分析を「日本人の言霊信仰に由来する単なる希望的観測」などと揶揄する者すらいます。が、現状を具に的確に分析すれば、そのような揶揄こそ単なるレッテル貼りに過ぎないことが分かる筈です。より高度な防衛に成功し、だからこそ経済的にもこの上なく繁栄している日本国の国防を何でわざわざ、単なる攻められた時の防衛に低く限定しようとするのか?不審極まるとは正にこのようなことを言うのです。
第二に指摘できるのは、攻めてきた時に困らないようにしておけばそれで恰も、抑も国際紛争に巻き込まれることを予防するためとか、仮に国際紛争に巻き込まれても相手国が日本国に攻めてくる気を絶対に起こさないようにするためとかいった、もっと重要でもっと高度な目的が、その現実性を増したかのように強弁している点です。これらもっと重要で、もっと高度な目的は、これこそ日本国憲法序文で表明された確固たる認識の内容のことですが、そんな低次元のことで成り立つのではありません。今ここで具に系統的に説明する訳にはいかないくらい多面的で長期的な努力を必要とするものなのです。そしてそれは、この戦後の日本ではこれ迄、平和憲法と自衛隊の存在の元、長期に渡って継続的に、我々国民ひとりひとりの日常生活に於ける無心の努力をもその不可欠の要素として含む形で、この上ないくらい完璧に実現されていたのです。上の強弁は、これらのことに国民が、気づいてしまわないようにとの意図で行われているとしか思えません。
マスコミに於ける捻じ曲げや誤魔化しとしては更に、次のような主張も挙げることができます。即ち、
「安保法では初めて、集団的自衛権が明記された。自衛或いは抑止が、日本単独のものではなく、他の幾つかの国との協同で行われるものとなった。これで日本国の国防はより効率的でより強力なものとなった。これ迄は自衛隊と米軍が協同で日本国の国防を担当しているかのように語られていたが、それは実は錯覚で、日米安全保障条約が存在してはいても、いざとなった時に本当に米軍が動いて日本国を助けてくれるか曖昧だった。今回はその曖昧さが完全に払拭された」
という主張のことです。
しかし、ある分数の分母に5を掛けながら分子にも5以上の数を掛けてしまうなら、その分数の大きさは、減るどころか増えてしまうのです。それと全く同じことが、上の主張に対しては先ず指摘できます。
確かに、日本一国にのみ関わる事件に対してなら、その数がどれ程増そうが、日本単独でことに当たるよりも米国と協同でことに当たった方が能率がいいのは確かです。しかし、協同する国の数が増えれば、日本がその安全に責任を持たなければならない国の数もその分増える訳で、単純計算ではそれがかの減少分を相殺してしまうことになります。要するに、何の増減もないのです。ただ、この協同態勢に入る日本以外の国、特に米国の性格を考慮に入れると、日本が関与しなければならない武力衝突の増え方たるや、尋常な増え方ではないであろうことは誰の目にも明らかです。
「その場合は、前線には出ず後方支援に回るのですから」と言っても無駄です。例えば、米国と中国の武力衝突に於いて、中国の敵国である米軍の重要な後方支援を行う日本は中国にとって正に、前線で戦う米国と全く同程度に敵なのです。従って、必ず攻撃してくるに違いありません。その上、自衛隊が活動を想定する範囲は、これまでは日本とその周辺だけだったのが、米国が集団的自衛のパートナーである限り、限りなく地球表面の全域に及んでしまうのです。こう考えると、日本国が国防に掛けるエネルギーは、これまでの限りなく理想に近い効率性をかなぐり捨てて、とんでもない混乱の中に押しやられたと言わざるを得ないでしょう。
青山や桜井や勝谷が、日頃どんなに良い人で信頼のある人でも、面白い人でも、非常に優秀で馴染みがあっても、彼等が口に出してくる詭弁に乗ってはいけないのです。いざという時に指令を出して詭弁を吐かせても、国民が簡単に騙されてその詭弁に乗ってしまうよう、青山や桜井や勝谷は、遥か以前から、良い人、信頼ある人、面白い人、非常に優秀で馴染みがある人として、用意周到に育てられてきた、ただのマスコミ上のキャラクターに過ぎません。私も彼等のことはある意味では好きです。ただ、それだからと言って、彼等の詭弁に乗る気など全くしない。詭弁は詭弁でしかないのです。
ウィスキーボンボンさんのコメントへの回答を記事として上げます。
以下引用。
>ただ、得てして社会的役割が終了した後に知名度がさらに上がり影響力がより強まることは往々にしてあると思いますので、その時、変な方向に社会を誘導しすぎないか心配ではあります。
知名度が高まるだけでは、民主主義と庶民の本質上、何の勢力にもなり得ません。裏社会の支配層の内の何れかと結びついて初めて実質的な一大勢力となり、何らかの再構築の主役となれるのです。無からの創造など、政治にはない。あるのは、既成の勢力構成の再編成のみ。これが真実だからです。私が見るところ、RKと独立党には裏社会の支配層の内の何れかとの結託が維持されていると主張できるような要素など、内外の幾つかの理由から、なくなってしまっています。従って、RKと独立党が一大勢力として影響力を実質的に振るうことは最早、余程のことがない限り、絶対にあり得ません。その上、幕引きのシナリオがもう既に、動き出しているとすら考えられます。RKの自覚の如何に拘らず、これは、RK自身が選択した結末以外の何物でもありません。
ところで、多くの秘密を暴露しながら最も重要な部分では隠蔽の態度を崩すことがなく、そうすることで生計を立てているもののことを、RKは「寸止め」と揶揄していますが、私から言わせれば暴露には、当事者の自覚の中でそれがどれ程究極的なものと捉えられていようが必ず、いついかなる瞬間も、本質的には隠蔽の側面が伴って来ざるを得ない訳で、RKのものも実際そうなってしまっていると言わなければならないでしょう。これが、私達の共通の認識でした。例えば彼が、自分では究極的暴露のつもりで「アメリカが......」などと叫べば叫ぶ程、そのことによって、その更なる奥の真実が隠されてしまうことに、私達は気づいていますよね?ましてや彼は、自分の言説から必然的に導き出される行動を全て、回避してしまっている訳です。そうしないと自分の気に入っている今の生活と、自分と自分の家族や仲間に注がれる世間の視線のあり様とが崩されてしまうと恐れているからです。しかしながら、これこそつまり、彼が揶揄するところの「寸止め」そのものではないでしょうか?「寸止め」はRKがしばしば指摘するように「魂を売り渡す」ことで成り立つ訳では決してないのです。使命のために死ぬ覚悟ができていないことの結果として、その人の魂の姿そのままの現れとして、それぞれに特有の形で出現してくる現象なのです。RKの寸止めは確かに、青山などをはじめとする多くの売国奴のものとは違っています。が、それでも、寸止めであることに何の変わりもないでしょう。「寸止め」を回避するには、これまでの自説を常に改変して、徐々にでも自分が真実に接近しつつあることのメルクマールとして提示し続けると同時に、それぞれの段階でそれぞれの段階に相応しい行動を、恐れることなく、妥協することなく、果敢に取り続けていくしかありません。この批判はRKだけではなく、これからはまさに、私達の内のそれぞれに、ほんの少しのズレもなく降りかかってくることでしょう。
>私はRKをどこかの反ユダヤ的要素を持つ裏社会のエージェントだと思っていた時期もあったのですが、どうも違うような気もしてきました。どうも個人事業であるように思えてきます。
ある勢力の海に浮かんだ小舟のような個人事業のひとつで、特別に選び出されることでここまで大きくなったものでしょう。それが、次の段階に進むか、それともここで収束するか、の選択に迫られた時に、RK自身の意志で後者が選択され、そのことで、ある勢力による情報提供などの後援が断ち切られてしまったのでしょう。そしてその状況の中で、RK自身の手で穏便な幕引きの努力がなされている最中ということなのでしょう。だから、「決戦」と言いながら、支持すべき政党として自らが勧める国民の生活からの立候補者数が何故か余りにも少なくなってしまっているという重大な事実についてはアナウンスがなかったり、「これまでとは違う新しい段階の情報拡散法」と言いながら、雑誌や新聞に掲載されたことを自慢するだけで、自ら立候補して政見放送などの権利を得れば遥かに効果的に、しかも正当な形で情報拡散できるにも拘らず、それは避けてしまうのです。「できることは全てやったが、私にやれるのはここまででした。体調が悪いこともあり、残念ですが、私自身はここで撤退するしか途がなくなってしまいました。後は、何処かのもっと若くて元気な誰かに委ねることにしたいと思います。勿論、ブログ上での論評だけは、これまでと変わらず続けさせていただきますが」などという理屈づけの布石でしかないのだろうと、私は思います。
>私はこれからの3年間を本当に恐れています。裏社会はある程度RKの言説が世間に広がるのを容認している一方で選挙には不正すら行使する必要がない万全の体制を取ってきました。しかし、世間に認知が広がれば、それこそ裏社会にルーツを持たないまともな政党が一つ作られるだけで、一気に政権がひっくり返る要素が社会に存在することになります。国民から支持を受けるまともな政策と胡散臭さのない人格、不正選挙への警戒がセットになれば、日本はあっという間に裏社会の手を離れ出す可能性さえ秘めてしまいました。裏社会は自らが追い詰められている状況を自覚しているのでなりふり構わない手を次々打ってくる可能性があり、3年後は今よりもっと手も足もでない状況に追い詰められている可能性があると思っています。それがとても怖いです。裏社会の過剰反応の結果、天災、テロ、戦争、疫病の蔓延と戒厳令のようなものが本当に怖いです。
所謂民主主義にはそのような可能性は含まれていないと思います。そもそも、社会の混乱で庶民に災難が降りかかるのは、そのことで裏社会の支配層のいずれかが大きな利益を受けるが故に、その支配層によってシナリオが描かれ、実行される時か、ご指摘のような庶民からなる所謂新勢力が外国の既成勢力のいずれかを選び、その援助を受けることで、外国勢力の侵入という事態を招く時に、限られるでしょう。今は、前者の危機が迫っているのは明らかです。この場合の「敵」は、幾つかある古来からの支配層の内、欧米の悪魔崇拝金融偽ユダヤ勢力と結託した、朝鮮王朝とも戦前に合体した、古代からのあらゆる時代の半島渡来秘密結社を構成要素とする、そんな支配層であることが分かってきています。しかしこの前者の危機なら、TPP調印にしろ、徴兵制導入にしろ、戦争の誘発にしろ、テロや疫病の発生にしろ、戒厳令発令にしろ、「庶民」ひとりひとりがその庶民性を脱ぎ捨て、恐怖を振り払って、正しい認識に基づきながらそれぞれの持ち場、それぞれの局面で互いに支え合いつつ、ありとあらゆる意味での積極的な neglect を行っていきさえすればいいのです。そうすれば、かの支配者とて何もできず、その内、支配層内部での自動的な構造変革が起こって駆逐されてしまうことでしょう。ポイントは、我々の先祖の歴史をはじめとする多くの分野での情報操作からの脱却と正しい認識の獲得、縦横の繫がり(信頼と敬意の輪)、恐怖の克服(内的な絶対的信仰)になるはずだと、私は信じています。これはまさに、ガンジーのやり方そのものです。
註:ガンジーは若い時にエリート法律家としてイギリスに留学しているのですが、恐らくはそこで邪悪な秘密結社の内実を知り、深い思索の元でそれへの対処法を認識したのだと考えられます。外面的には植民地支配への最も有効な対抗法でしたが、その内実は、邪悪な秘密結社への最も有効な対抗法として意識されていたに違いありません。
>飛鷹満さんは次の30年とおっしゃっていますが、30年という数字は何かあるのですか?
私は予言には関与しません。古来からの秘密結社が数字の操作を神聖視しているのは重々承知していますし、それを理解する上で数字の操作にある一定の視線を向けることは勿論ありますが、自分の思索の中核にそれを意識的に位置付けることについては、それは自分の本性とは異なっていると感じています。「次の30年」とは、文字通り the next generation の意味です。
>アジアの明るい未来を担う勢力とありますが、どんな勢力ですか?
今は海底に沈んでしまっているが、所謂「スンダ陸棚」に5万年前から高度な文明を育ませつつ、ユーラシア全体の海陸両方の移動経路をその経路として定期的かつ組織的に移動し、活動していた世界最古の秘密結社が、約12000年前の50メートルにも及ぶ急激な海進(所謂「大洪水」)によるスンダ陸棚海没の後、メコン川上流域にその文明拠点を移した。その後次第に、そこから東西にその文明が波及していった。ところが、5000年くらい前に中央アジアで何らかの理由から、邪悪な悪魔崇拝の秘密結社が、かの人類最古の正統な秘密結社から分離して、従来の西方文明を次から次へと東方に追い出し、そこに代わりに略奪的な文明を新たに打ち立てて行くという現象が見られるようになった。この西方から東方への文明移動の流れは、従来の文明を破壊されることなく維持していたメコン上流域から雲南、揚子江上流域、中流域、下流域、東南アジア、台湾、琉球、列島へと至る地域とその周辺に西方とは全く異なる歴史を生成させた。ただ、かの邪悪な秘密結社の侵入も、より後の時代には行われた。近代におけるヨーロッパによる非ヨーロッパ世界の植民地化は、その延長上にある歴史的な現象として解釈できる。......このような大きな枠組みの世界史を今構想している際中ですが、この構想の中で、メコン上流域から雲南、揚子江流域、台湾、琉球、列島といった領域に、実は今でも、人類最古の正統な秘密結社との繫がりを維持し、西方由来の邪悪な秘密結社への変わらぬ対抗意識の元、脈々とその力を継承し続ける世俗勢力が存在していると想定しているのです。その勢力は日本史の中では○○や○○として語られることもある訳ですが、今でも人知れず存在しているものと考えられます。現在の裏社会についての情報拡散現象の大元は、恐らくは、この勢力であり、RKの情報もここから流されていたものでしょう。詳しくは今後の記事で書いて行くつもりですが、大まかにいうと以上のように考えています。
>武力蜂起は必要になるとお考えですか?
武力は道具として所持する必要があります。ただ、実際には決して使用することはなく、武力を何の躊躇もなく使う邪悪な勢力を高度な策略の中で武装解除へと追い込む際の道具として使うに留めなくてはなりません。一般には知られていない最先端の武器は、このためにのみ開発されていると思います。そして実際に、世界中をこれまで牛耳ってきた邪悪な勢力を、現在、かなりのところまで追い詰めることに成功しているのだと考えます。
>戦争はほぼ間違いなく起こると思います。それも場合によっては単純な日中戦争ではないような気もしております。具体的にどんな戦争かはさっぱり想像もつきませんが。日米戦争?これが怖いですが可能性はどうでしょうか?
戦争への期待がこの世の何処かで極限にまで高まっているのは事実だと思います。ウイスキーボンボンさんの不安はそれを敏感に感じ取ってのことだと思います。ただそれには、上に述べたような、ガンジーが実践して教えてくれたようなちゃんとした対処法があること。その期待の高まりそのものが、これもまた上に述べたような善なる勢力からの激しい圧力によって当の邪悪な勢力が追い詰められ悲鳴を上げている表れに過ぎないとも言えること。これらのことから、実は、全く心配していません。万一、戦争が実際に起こってしまい、自分自身と家族がそれに巻き込まれることになっても、全く怖くありません。恐怖のない心で、何処までも、殺されても、neglect を続けます。そして、多くの人が同じようなやり方で同時に対処できさえしたら、戦争など、何の苦労もなく回避できると感じています。オプティミズムは人間の義務であると言いますが、私は更に進んで、人間の究極の武器と言っておきたいと思います。
>ロシアのプーチンは反ユダヤということになっていますが、飛鷹満さんはどのようにお考えですか?私としましては、今のところ「微妙」としかいいようがないのですが・・・
微妙ですね。ですから、期待などしません。進むべき途は他の所に、歴然と刻まれています。
>同様に、中国共産党に関して、敵は上海閥のみであるということになっておりますが、この点、どうお考えですか?
これについては、勿論そのまま鵜呑みにはしませんが、ほぼ正しいのではないかと思います。中国の一部を取り除けば、中国は本来の中国に戻り、非常に気持ちのいい仲間になると信じています。今の中国を牛耳っているのはどいつも間違いなく、中国人ではありませんね。
以下引用。
>ただ、得てして社会的役割が終了した後に知名度がさらに上がり影響力がより強まることは往々にしてあると思いますので、その時、変な方向に社会を誘導しすぎないか心配ではあります。
知名度が高まるだけでは、民主主義と庶民の本質上、何の勢力にもなり得ません。裏社会の支配層の内の何れかと結びついて初めて実質的な一大勢力となり、何らかの再構築の主役となれるのです。無からの創造など、政治にはない。あるのは、既成の勢力構成の再編成のみ。これが真実だからです。私が見るところ、RKと独立党には裏社会の支配層の内の何れかとの結託が維持されていると主張できるような要素など、内外の幾つかの理由から、なくなってしまっています。従って、RKと独立党が一大勢力として影響力を実質的に振るうことは最早、余程のことがない限り、絶対にあり得ません。その上、幕引きのシナリオがもう既に、動き出しているとすら考えられます。RKの自覚の如何に拘らず、これは、RK自身が選択した結末以外の何物でもありません。
ところで、多くの秘密を暴露しながら最も重要な部分では隠蔽の態度を崩すことがなく、そうすることで生計を立てているもののことを、RKは「寸止め」と揶揄していますが、私から言わせれば暴露には、当事者の自覚の中でそれがどれ程究極的なものと捉えられていようが必ず、いついかなる瞬間も、本質的には隠蔽の側面が伴って来ざるを得ない訳で、RKのものも実際そうなってしまっていると言わなければならないでしょう。これが、私達の共通の認識でした。例えば彼が、自分では究極的暴露のつもりで「アメリカが......」などと叫べば叫ぶ程、そのことによって、その更なる奥の真実が隠されてしまうことに、私達は気づいていますよね?ましてや彼は、自分の言説から必然的に導き出される行動を全て、回避してしまっている訳です。そうしないと自分の気に入っている今の生活と、自分と自分の家族や仲間に注がれる世間の視線のあり様とが崩されてしまうと恐れているからです。しかしながら、これこそつまり、彼が揶揄するところの「寸止め」そのものではないでしょうか?「寸止め」はRKがしばしば指摘するように「魂を売り渡す」ことで成り立つ訳では決してないのです。使命のために死ぬ覚悟ができていないことの結果として、その人の魂の姿そのままの現れとして、それぞれに特有の形で出現してくる現象なのです。RKの寸止めは確かに、青山などをはじめとする多くの売国奴のものとは違っています。が、それでも、寸止めであることに何の変わりもないでしょう。「寸止め」を回避するには、これまでの自説を常に改変して、徐々にでも自分が真実に接近しつつあることのメルクマールとして提示し続けると同時に、それぞれの段階でそれぞれの段階に相応しい行動を、恐れることなく、妥協することなく、果敢に取り続けていくしかありません。この批判はRKだけではなく、これからはまさに、私達の内のそれぞれに、ほんの少しのズレもなく降りかかってくることでしょう。
>私はRKをどこかの反ユダヤ的要素を持つ裏社会のエージェントだと思っていた時期もあったのですが、どうも違うような気もしてきました。どうも個人事業であるように思えてきます。
ある勢力の海に浮かんだ小舟のような個人事業のひとつで、特別に選び出されることでここまで大きくなったものでしょう。それが、次の段階に進むか、それともここで収束するか、の選択に迫られた時に、RK自身の意志で後者が選択され、そのことで、ある勢力による情報提供などの後援が断ち切られてしまったのでしょう。そしてその状況の中で、RK自身の手で穏便な幕引きの努力がなされている最中ということなのでしょう。だから、「決戦」と言いながら、支持すべき政党として自らが勧める国民の生活からの立候補者数が何故か余りにも少なくなってしまっているという重大な事実についてはアナウンスがなかったり、「これまでとは違う新しい段階の情報拡散法」と言いながら、雑誌や新聞に掲載されたことを自慢するだけで、自ら立候補して政見放送などの権利を得れば遥かに効果的に、しかも正当な形で情報拡散できるにも拘らず、それは避けてしまうのです。「できることは全てやったが、私にやれるのはここまででした。体調が悪いこともあり、残念ですが、私自身はここで撤退するしか途がなくなってしまいました。後は、何処かのもっと若くて元気な誰かに委ねることにしたいと思います。勿論、ブログ上での論評だけは、これまでと変わらず続けさせていただきますが」などという理屈づけの布石でしかないのだろうと、私は思います。
>私はこれからの3年間を本当に恐れています。裏社会はある程度RKの言説が世間に広がるのを容認している一方で選挙には不正すら行使する必要がない万全の体制を取ってきました。しかし、世間に認知が広がれば、それこそ裏社会にルーツを持たないまともな政党が一つ作られるだけで、一気に政権がひっくり返る要素が社会に存在することになります。国民から支持を受けるまともな政策と胡散臭さのない人格、不正選挙への警戒がセットになれば、日本はあっという間に裏社会の手を離れ出す可能性さえ秘めてしまいました。裏社会は自らが追い詰められている状況を自覚しているのでなりふり構わない手を次々打ってくる可能性があり、3年後は今よりもっと手も足もでない状況に追い詰められている可能性があると思っています。それがとても怖いです。裏社会の過剰反応の結果、天災、テロ、戦争、疫病の蔓延と戒厳令のようなものが本当に怖いです。
所謂民主主義にはそのような可能性は含まれていないと思います。そもそも、社会の混乱で庶民に災難が降りかかるのは、そのことで裏社会の支配層のいずれかが大きな利益を受けるが故に、その支配層によってシナリオが描かれ、実行される時か、ご指摘のような庶民からなる所謂新勢力が外国の既成勢力のいずれかを選び、その援助を受けることで、外国勢力の侵入という事態を招く時に、限られるでしょう。今は、前者の危機が迫っているのは明らかです。この場合の「敵」は、幾つかある古来からの支配層の内、欧米の悪魔崇拝金融偽ユダヤ勢力と結託した、朝鮮王朝とも戦前に合体した、古代からのあらゆる時代の半島渡来秘密結社を構成要素とする、そんな支配層であることが分かってきています。しかしこの前者の危機なら、TPP調印にしろ、徴兵制導入にしろ、戦争の誘発にしろ、テロや疫病の発生にしろ、戒厳令発令にしろ、「庶民」ひとりひとりがその庶民性を脱ぎ捨て、恐怖を振り払って、正しい認識に基づきながらそれぞれの持ち場、それぞれの局面で互いに支え合いつつ、ありとあらゆる意味での積極的な neglect を行っていきさえすればいいのです。そうすれば、かの支配者とて何もできず、その内、支配層内部での自動的な構造変革が起こって駆逐されてしまうことでしょう。ポイントは、我々の先祖の歴史をはじめとする多くの分野での情報操作からの脱却と正しい認識の獲得、縦横の繫がり(信頼と敬意の輪)、恐怖の克服(内的な絶対的信仰)になるはずだと、私は信じています。これはまさに、ガンジーのやり方そのものです。
註:ガンジーは若い時にエリート法律家としてイギリスに留学しているのですが、恐らくはそこで邪悪な秘密結社の内実を知り、深い思索の元でそれへの対処法を認識したのだと考えられます。外面的には植民地支配への最も有効な対抗法でしたが、その内実は、邪悪な秘密結社への最も有効な対抗法として意識されていたに違いありません。
>飛鷹満さんは次の30年とおっしゃっていますが、30年という数字は何かあるのですか?
私は予言には関与しません。古来からの秘密結社が数字の操作を神聖視しているのは重々承知していますし、それを理解する上で数字の操作にある一定の視線を向けることは勿論ありますが、自分の思索の中核にそれを意識的に位置付けることについては、それは自分の本性とは異なっていると感じています。「次の30年」とは、文字通り the next generation の意味です。
>アジアの明るい未来を担う勢力とありますが、どんな勢力ですか?
今は海底に沈んでしまっているが、所謂「スンダ陸棚」に5万年前から高度な文明を育ませつつ、ユーラシア全体の海陸両方の移動経路をその経路として定期的かつ組織的に移動し、活動していた世界最古の秘密結社が、約12000年前の50メートルにも及ぶ急激な海進(所謂「大洪水」)によるスンダ陸棚海没の後、メコン川上流域にその文明拠点を移した。その後次第に、そこから東西にその文明が波及していった。ところが、5000年くらい前に中央アジアで何らかの理由から、邪悪な悪魔崇拝の秘密結社が、かの人類最古の正統な秘密結社から分離して、従来の西方文明を次から次へと東方に追い出し、そこに代わりに略奪的な文明を新たに打ち立てて行くという現象が見られるようになった。この西方から東方への文明移動の流れは、従来の文明を破壊されることなく維持していたメコン上流域から雲南、揚子江上流域、中流域、下流域、東南アジア、台湾、琉球、列島へと至る地域とその周辺に西方とは全く異なる歴史を生成させた。ただ、かの邪悪な秘密結社の侵入も、より後の時代には行われた。近代におけるヨーロッパによる非ヨーロッパ世界の植民地化は、その延長上にある歴史的な現象として解釈できる。......このような大きな枠組みの世界史を今構想している際中ですが、この構想の中で、メコン上流域から雲南、揚子江流域、台湾、琉球、列島といった領域に、実は今でも、人類最古の正統な秘密結社との繫がりを維持し、西方由来の邪悪な秘密結社への変わらぬ対抗意識の元、脈々とその力を継承し続ける世俗勢力が存在していると想定しているのです。その勢力は日本史の中では○○や○○として語られることもある訳ですが、今でも人知れず存在しているものと考えられます。現在の裏社会についての情報拡散現象の大元は、恐らくは、この勢力であり、RKの情報もここから流されていたものでしょう。詳しくは今後の記事で書いて行くつもりですが、大まかにいうと以上のように考えています。
>武力蜂起は必要になるとお考えですか?
武力は道具として所持する必要があります。ただ、実際には決して使用することはなく、武力を何の躊躇もなく使う邪悪な勢力を高度な策略の中で武装解除へと追い込む際の道具として使うに留めなくてはなりません。一般には知られていない最先端の武器は、このためにのみ開発されていると思います。そして実際に、世界中をこれまで牛耳ってきた邪悪な勢力を、現在、かなりのところまで追い詰めることに成功しているのだと考えます。
>戦争はほぼ間違いなく起こると思います。それも場合によっては単純な日中戦争ではないような気もしております。具体的にどんな戦争かはさっぱり想像もつきませんが。日米戦争?これが怖いですが可能性はどうでしょうか?
戦争への期待がこの世の何処かで極限にまで高まっているのは事実だと思います。ウイスキーボンボンさんの不安はそれを敏感に感じ取ってのことだと思います。ただそれには、上に述べたような、ガンジーが実践して教えてくれたようなちゃんとした対処法があること。その期待の高まりそのものが、これもまた上に述べたような善なる勢力からの激しい圧力によって当の邪悪な勢力が追い詰められ悲鳴を上げている表れに過ぎないとも言えること。これらのことから、実は、全く心配していません。万一、戦争が実際に起こってしまい、自分自身と家族がそれに巻き込まれることになっても、全く怖くありません。恐怖のない心で、何処までも、殺されても、neglect を続けます。そして、多くの人が同じようなやり方で同時に対処できさえしたら、戦争など、何の苦労もなく回避できると感じています。オプティミズムは人間の義務であると言いますが、私は更に進んで、人間の究極の武器と言っておきたいと思います。
>ロシアのプーチンは反ユダヤということになっていますが、飛鷹満さんはどのようにお考えですか?私としましては、今のところ「微妙」としかいいようがないのですが・・・
微妙ですね。ですから、期待などしません。進むべき途は他の所に、歴然と刻まれています。
>同様に、中国共産党に関して、敵は上海閥のみであるということになっておりますが、この点、どうお考えですか?
これについては、勿論そのまま鵜呑みにはしませんが、ほぼ正しいのではないかと思います。中国の一部を取り除けば、中国は本来の中国に戻り、非常に気持ちのいい仲間になると信じています。今の中国を牛耳っているのはどいつも間違いなく、中国人ではありませんね。
ウイスキーボンボンさんのコメントへの回答を記事として上げます。
以下引用。
コメントありがとうございます。早速、回答させていただきます、
>さて、私の質問の件ですが、ご察しの通り、RKについてです。ただし私は「良い」変化とは必ずしも捉えることができないでいます。もちろん、RKが具体的な行動を始めたことは良い変化と言ってよいかもしれませんが、私の理解では、実質的に無意味な変化と感じています。
RKの記事自体には、ブログの閲覧者数維持を目的とした複数回の更新がほぼ毎日あるにも拘らず、この1年間は全く、何の目新しい内容もありません。彼のブログを開いては題名だけを見て中身を見ない、ましてやコメントを詳しくチェックなどしないということが続いていました。完全な閉塞状態。この間の選挙の時に私が予言した通りの情況。
そんな時に突然「私にも思うところがあり」などと発言したかと思うと、今回の一連の具体的な行動が始まりました。観察しているとやはり、独立党からの候補者の擁立はありません。勿論、RKの立候補もありません。ですから、どの行動も実質的な意味は初めから全くない訳で、せいぜい立候補しないことの穴埋めの意味しかないことばかりです。要するに、どの行動もRKの excuse でしかないという訳です。RKが自分の活動の限界を明確に悟った。袋小路に入った活動を休止に持っていく前の、休止に向けたストーリー創りを始めた。これが私の第一印象でした。明確に役割の終わったひとつの偉大な活動の無意味な延長がこれでやっと終わる。このような意味で、私はそれを好意的に捉えていました。彼の元には結局、弁護士も政治活動家も、支配層のどの一角も、更には自衛隊のどの部隊も引き寄せられず、彼の活動が如何なる意味での勢力にもなることはなかった。彼が残したのは、これまでは想像もしなかった社会の奥行きの広さへの展望とそれに伴うそれぞれの感慨のみ。こういうことなのだと。
ひょっとしたらこれこそが日本とアジアの明るい未来を担う勢力なのではないかと私が最近認識しつつある、ある勢力からのアクセスがあったのかと感じる場面も一時期はあったのですが、観ているとどうやら、彼らからも見放された感じが否めなくなってきているようです。恐らくは、余りの事の重大さにRK自身が二の足を踏んだのでしょう。何せRKがやりたいのは、情報拡散という名目の知名度向上であって、武力蜂起を伴った断固たる社会改革などと言われても、震え上がるしかなかったのではないでしょうか?しかし、よく考えると、怒りを感じて本気で変えたいと願うなら、本当はそのような類の展開しかないはずなのです。
彼は「敵はアメリカ」なる主張から絶対に離れることがありません。敵がアメリカではなくもっと得体のしれない次元の高いものだと十分に分かっていながらです。私も含めて恐らくは何人かの人が彼の元にそのような趣旨のメッセージを送ってきたはずですが、彼がそれらをコメント欄から悉く隠蔽し続けてきたことひとつを取っても、それは明らかでしょう。一部は記事として取り上げて「頭が悪いから分かりましぇーん」などとふざけてすらいました。それはそうでしょう。そんなことを認めてしまったら、これまでの自分の活動の整合性が損なわれるのですから。そんなことは、哲学者や思想家ならむしろ喜んで受け入れるところでしょうが、何せ彼は民衆扇動家なのです。そんな人が真実の更なる追求などといった新しいスタイルを打ち出すなどできるはずがありません。そうするには、認識がまだ浅い時に余りにも大規模にはしゃぎすぎてしまったという訳です。
>一連の引用コメント
成る程。素晴らしい分析です。私のこのブログの読者の方々もきっとそう感じられるのではないでしょうか?ぜひ皆さんにも読んでいただきたいものです。
RKが突然収束の動きを始めたのは何でだろうと思っていましたが、ひょっとしたら、ウイスキーボンボンさんの粘り強いコメントの影響もあるのかもしれませんね。謎が解けた気がします。もしそうなら、それだけで、非常に大きな仕事をなさったと思いますよ。
私は、彼の今回の一連の行動で彼の活動の平穏な終焉を予感し、ある意味喜んでいただけですが、小沢さんのそのような露骨な自民党勝利誘導の動きも見えていたのですね。勉強になりました。これで小沢さんのことも見極めがほぼ立ちました。後は我々が、長期展望の元、彼らとは違う認識、違う手法で運動していくしかないでしょう。彼らに向けた批判は、今後は全て我々に返ってきます。つまりは、次の30年の始まりなのです。
ただし、戦争だけは、その動きが見えたら直ちに、この身を捨ててでも反対の意思表明をしなくてはいけないと思っています。自分が今このように言い切れるようになっている点だけは、RKをはじめとする多くの先達の活動のお陰というべきではないでしょうか?戦争は全て、金融や武器製造販売を生業とするある者達が、自らの利益の為に、見えない所で画策するもの以外の何物でもない。人間に戦争への本能があるという「学説」も実は彼等が情報操作の一環として我々に押し付けたいい加減なもので、人間の本質に戦争への本能など微塵も含まれていない。......これは彼等から私達が教えられた余りにも重大な真実です。感謝するしかありません。
>あるいは、全く違う世の中になっていて、コシミズさんの話を多くの人が知っていても大勢に影響なしという状況を作られているかもしれません。
その通りです。ただし、多くの人が同時に同じ場所で同じことを認識していることの影響力は、認めないといけないでしょう。
>思うに、そもそもコシミズさんに小沢さんを支持させ、生活の党の勝利に希望を託させること自体がトラップだった可能性もあります(コシミズさんに限りませんが)。
即ち、認識の広がりは認めるが、それが巨大な集団による過激で具体的な活動になることは防ぐべし。そのためには......との、ある恐るべき者達の意志が仕掛けたトラップということです。RKもそれに自ら自覚的に掛かり、責任を平穏に回避しようとしています。
>今はコシミズさんが武市半平太で小沢さんが山内容堂でないことを祈るばかりです。あるいは、大変恐縮ですが、コシミズさんが容堂でこの掲示板に出入りしている人達が半平太である可能性もないわけではないと思い始めています(申し訳ありません、私の勘違いであることを祈るばかりです)。疑心暗鬼です。
RKは途中で事の重大さに、はたと気づいたのです。間違いありません。自分が自分の知らないところで武市半平太になりつつあることに恐れおののくとともに、自分が自分の知らないところで、多くの罪なき有志に対する山内容堂にもなっていたことに気づいて恥じ入っているに違いないのです。
>生活の党が候補者を12人しか立てないことでとりあえずの勝負がついてしまった今、本当にすべきことは地方選挙の結果に一喜一憂したお祭り騒ぎでもなく、分かりきったマスコミの世論操作をあげつらいまくることでもなく、今後3年間は影響力を持てないことがはっきりした生活の党の応援で走り回ることでもなく、過去4~5年間のコシミズさんと独立党の行動内容とその成果、取り巻いていた状況を冷静に見つめて整理し直すことだと思うのですが。
>なぜ生活の党は12人しか候補をたてなかったのか、このことに焦点を絞って徹底的に考え、整理していくことが、今後の一番重要な行動指針につながると思うのですが。
全くその通りです。多くの方に読んでいただきたい、鋭い指摘です。
>小沢さんは、RKは、はたして本当に一般的な日本の庶民の味方なのか?小沢さんは12人しか候補をたてない、RKは生活の党の候補が12人となった後で具体的な行動(実質的に選挙に対する影響力ゼロの行動)を開始した。これは、わざと自民勝利の大勢に影響を与えないためにやっているのではないか?
まさにその通りでしょう。ただし、私は実は最近、この「庶民」の意味をもっと深く理解しないといけないのではないかと考え始めています。認識した個人が認識に従って生活を一変させるには、恐怖を振り払う必要があります。恐怖を振り払い、危険を顧みず、自らのなすべきことを自らの持ち場で、妥協せずに断固として実行し続ける個人は最早「庶民」などとは呼べない神々しい存在です。支配者が10年ほど前から、今後の40年のことを深く鋭く見越して情報を拡散し「庶民」の庶民からの脱皮を促した可能性が高い。こう思えてならないのです。「邪悪な」支配層の邪悪さの本質にももっと正確に迫る必要があるようです。
以下引用。
コメントありがとうございます。早速、回答させていただきます、
>さて、私の質問の件ですが、ご察しの通り、RKについてです。ただし私は「良い」変化とは必ずしも捉えることができないでいます。もちろん、RKが具体的な行動を始めたことは良い変化と言ってよいかもしれませんが、私の理解では、実質的に無意味な変化と感じています。
RKの記事自体には、ブログの閲覧者数維持を目的とした複数回の更新がほぼ毎日あるにも拘らず、この1年間は全く、何の目新しい内容もありません。彼のブログを開いては題名だけを見て中身を見ない、ましてやコメントを詳しくチェックなどしないということが続いていました。完全な閉塞状態。この間の選挙の時に私が予言した通りの情況。
そんな時に突然「私にも思うところがあり」などと発言したかと思うと、今回の一連の具体的な行動が始まりました。観察しているとやはり、独立党からの候補者の擁立はありません。勿論、RKの立候補もありません。ですから、どの行動も実質的な意味は初めから全くない訳で、せいぜい立候補しないことの穴埋めの意味しかないことばかりです。要するに、どの行動もRKの excuse でしかないという訳です。RKが自分の活動の限界を明確に悟った。袋小路に入った活動を休止に持っていく前の、休止に向けたストーリー創りを始めた。これが私の第一印象でした。明確に役割の終わったひとつの偉大な活動の無意味な延長がこれでやっと終わる。このような意味で、私はそれを好意的に捉えていました。彼の元には結局、弁護士も政治活動家も、支配層のどの一角も、更には自衛隊のどの部隊も引き寄せられず、彼の活動が如何なる意味での勢力にもなることはなかった。彼が残したのは、これまでは想像もしなかった社会の奥行きの広さへの展望とそれに伴うそれぞれの感慨のみ。こういうことなのだと。
ひょっとしたらこれこそが日本とアジアの明るい未来を担う勢力なのではないかと私が最近認識しつつある、ある勢力からのアクセスがあったのかと感じる場面も一時期はあったのですが、観ているとどうやら、彼らからも見放された感じが否めなくなってきているようです。恐らくは、余りの事の重大さにRK自身が二の足を踏んだのでしょう。何せRKがやりたいのは、情報拡散という名目の知名度向上であって、武力蜂起を伴った断固たる社会改革などと言われても、震え上がるしかなかったのではないでしょうか?しかし、よく考えると、怒りを感じて本気で変えたいと願うなら、本当はそのような類の展開しかないはずなのです。
彼は「敵はアメリカ」なる主張から絶対に離れることがありません。敵がアメリカではなくもっと得体のしれない次元の高いものだと十分に分かっていながらです。私も含めて恐らくは何人かの人が彼の元にそのような趣旨のメッセージを送ってきたはずですが、彼がそれらをコメント欄から悉く隠蔽し続けてきたことひとつを取っても、それは明らかでしょう。一部は記事として取り上げて「頭が悪いから分かりましぇーん」などとふざけてすらいました。それはそうでしょう。そんなことを認めてしまったら、これまでの自分の活動の整合性が損なわれるのですから。そんなことは、哲学者や思想家ならむしろ喜んで受け入れるところでしょうが、何せ彼は民衆扇動家なのです。そんな人が真実の更なる追求などといった新しいスタイルを打ち出すなどできるはずがありません。そうするには、認識がまだ浅い時に余りにも大規模にはしゃぎすぎてしまったという訳です。
>一連の引用コメント
成る程。素晴らしい分析です。私のこのブログの読者の方々もきっとそう感じられるのではないでしょうか?ぜひ皆さんにも読んでいただきたいものです。
RKが突然収束の動きを始めたのは何でだろうと思っていましたが、ひょっとしたら、ウイスキーボンボンさんの粘り強いコメントの影響もあるのかもしれませんね。謎が解けた気がします。もしそうなら、それだけで、非常に大きな仕事をなさったと思いますよ。
私は、彼の今回の一連の行動で彼の活動の平穏な終焉を予感し、ある意味喜んでいただけですが、小沢さんのそのような露骨な自民党勝利誘導の動きも見えていたのですね。勉強になりました。これで小沢さんのことも見極めがほぼ立ちました。後は我々が、長期展望の元、彼らとは違う認識、違う手法で運動していくしかないでしょう。彼らに向けた批判は、今後は全て我々に返ってきます。つまりは、次の30年の始まりなのです。
ただし、戦争だけは、その動きが見えたら直ちに、この身を捨ててでも反対の意思表明をしなくてはいけないと思っています。自分が今このように言い切れるようになっている点だけは、RKをはじめとする多くの先達の活動のお陰というべきではないでしょうか?戦争は全て、金融や武器製造販売を生業とするある者達が、自らの利益の為に、見えない所で画策するもの以外の何物でもない。人間に戦争への本能があるという「学説」も実は彼等が情報操作の一環として我々に押し付けたいい加減なもので、人間の本質に戦争への本能など微塵も含まれていない。......これは彼等から私達が教えられた余りにも重大な真実です。感謝するしかありません。
>あるいは、全く違う世の中になっていて、コシミズさんの話を多くの人が知っていても大勢に影響なしという状況を作られているかもしれません。
その通りです。ただし、多くの人が同時に同じ場所で同じことを認識していることの影響力は、認めないといけないでしょう。
>思うに、そもそもコシミズさんに小沢さんを支持させ、生活の党の勝利に希望を託させること自体がトラップだった可能性もあります(コシミズさんに限りませんが)。
即ち、認識の広がりは認めるが、それが巨大な集団による過激で具体的な活動になることは防ぐべし。そのためには......との、ある恐るべき者達の意志が仕掛けたトラップということです。RKもそれに自ら自覚的に掛かり、責任を平穏に回避しようとしています。
>今はコシミズさんが武市半平太で小沢さんが山内容堂でないことを祈るばかりです。あるいは、大変恐縮ですが、コシミズさんが容堂でこの掲示板に出入りしている人達が半平太である可能性もないわけではないと思い始めています(申し訳ありません、私の勘違いであることを祈るばかりです)。疑心暗鬼です。
RKは途中で事の重大さに、はたと気づいたのです。間違いありません。自分が自分の知らないところで武市半平太になりつつあることに恐れおののくとともに、自分が自分の知らないところで、多くの罪なき有志に対する山内容堂にもなっていたことに気づいて恥じ入っているに違いないのです。
>生活の党が候補者を12人しか立てないことでとりあえずの勝負がついてしまった今、本当にすべきことは地方選挙の結果に一喜一憂したお祭り騒ぎでもなく、分かりきったマスコミの世論操作をあげつらいまくることでもなく、今後3年間は影響力を持てないことがはっきりした生活の党の応援で走り回ることでもなく、過去4~5年間のコシミズさんと独立党の行動内容とその成果、取り巻いていた状況を冷静に見つめて整理し直すことだと思うのですが。
>なぜ生活の党は12人しか候補をたてなかったのか、このことに焦点を絞って徹底的に考え、整理していくことが、今後の一番重要な行動指針につながると思うのですが。
全くその通りです。多くの方に読んでいただきたい、鋭い指摘です。
>小沢さんは、RKは、はたして本当に一般的な日本の庶民の味方なのか?小沢さんは12人しか候補をたてない、RKは生活の党の候補が12人となった後で具体的な行動(実質的に選挙に対する影響力ゼロの行動)を開始した。これは、わざと自民勝利の大勢に影響を与えないためにやっているのではないか?
まさにその通りでしょう。ただし、私は実は最近、この「庶民」の意味をもっと深く理解しないといけないのではないかと考え始めています。認識した個人が認識に従って生活を一変させるには、恐怖を振り払う必要があります。恐怖を振り払い、危険を顧みず、自らのなすべきことを自らの持ち場で、妥協せずに断固として実行し続ける個人は最早「庶民」などとは呼べない神々しい存在です。支配者が10年ほど前から、今後の40年のことを深く鋭く見越して情報を拡散し「庶民」の庶民からの脱皮を促した可能性が高い。こう思えてならないのです。「邪悪な」支配層の邪悪さの本質にももっと正確に迫る必要があるようです。
YouTube内のビデオブログ『在日韓国人が語る犯罪国家韓国』のコメント欄に
「国境線が引かれたのは20世紀になってから。現在のような国家領域の意識もなかった。どこどこ村の何々さんが日本国民になったのも20世紀になってから。国境線なんてなくても、昔はほぼ、ちゃんと揉めずにいましたよ」
というコメントを入れたところ、musters9 というペンネームの方が幾つかの指摘をして下さいました。以下は、それに対する私の回答です。皆さんにもぜひ、読んでいただきたいと思います。
以下引用。
>IOC(国際司法裁判所)ができる前は、もっと悲惨な争いがあったようです。「国境線が引かれたのが20世紀になってから」に該当するのは1953年7月27日休戦になった朝鮮半島だけではないでしょうか?昔から多くの国に国境線と国境紛争はあったはずですが?
ヨーロッパや、ヨーロッパ以外でもヨーロッパが大規模に関与してきた地域には確かに、国境の明確化への強い意志が「昔から」観察されましたね(「北方蛮族」と南方の「文明圏」との間の国境は更に昔から)。東アジアでは19世紀中盤以降に、それが少しずつ出てきました(清とロシアの間のものが最古でしょう)。「20世紀になって人類が進化した」と言う場合、東アジアの国際関係では必ずしもそうとは言えないというのが私の趣旨でした。曖昧なものは曖昧なままで残す知恵が必要だということです。
現在、竹島を巡って漁業などに実質的な問題が幾つか絡んでくるようですが、それらについては関係筋が個別に粛々と争えばいいのであって、国民全体で、国民のプライドをかけて争う必要など全くないと思うのです。島根の条例はある程度は頷けますが、韓国の反日教育は異常としか言いようがありません。それをムキになって取り上げて見せ、問題意識を広げようとする、マスコミの「日本人」も異常です。政府や軍(自衛隊は紛れもない優秀な軍隊です)など、関係筋は飽くまでも然るべき厳格な態度を貫くべきですが、それをいちいち国民全体に広げる必要はないはずです。国民は、自分の場所で自分の職務に精を出す義務がある以上は、そのような問題には、本来は、関係も能力も資格もない訳ですから、口出しなど控えておくべきなのです(知る必要と権利はあります)。口出しする能力や資格があるのは、自国政府の失政や怠慢に対してのみでしょう。反日や反韓の広まりには、何者かによる極めて作為的な操作を感じます。
>「自分たちは日本の侮辱をしているのです。『親日罪』とはちがうのですよ」とアピールするために、そうすることで自分の身の安全を守るために『日本の大震災をお祝いします』という横断幕を出したというのが真相のようです。マスコミに流れた写真ではその韓国人の顔にモザイクがかけられていますが、顔にモザイクをかけなければいけないような行動をさせているのが『親日罪』なら、かの事件の罪は韓国政府にあるということになるでしょう。
親日罪の設定は、韓国人民による日本人民への攻撃というよりは、韓国政府による韓国人民への虐待と言うべきです。間違った信条で不幸になるのは、間違った信条を刷り込まれた人自身だからです。私達は、事の必然的な成り行きを冷静に観察し、警戒しておきさえすればいいだけです。
親日罪が韓国政府によって無造作に設定されたこと。それに対する日本政府の強い抗議行動がないこと。これらはまた、韓国人民の中に親日の大規模な蠢きがあること。日韓政府の間にそんな暴挙を働いても壊れないくらいに強い結託があること。これらのことを明確に示しています。日韓両政府は裏では実は一体であり、ある組織の利益のために、ある組織の意向に沿って、ある組織が組み立てた計画に従って、日韓両国民の間に今、互いへの嫌悪感を広げようとしているに違いありません。また、韓国で反日を煽っているのは全教連など韓国内の親北朝鮮人脈であるとの情報もあります。つまり、日本政府と韓国政府ばかりか、北朝鮮政府にも密かな連携があるということです。三者は、裏では一体なのです。単純な国家観では最早、この状況を正確に理解することはできません。
引用以上。
「国境線が引かれたのは20世紀になってから。現在のような国家領域の意識もなかった。どこどこ村の何々さんが日本国民になったのも20世紀になってから。国境線なんてなくても、昔はほぼ、ちゃんと揉めずにいましたよ」
というコメントを入れたところ、musters9 というペンネームの方が幾つかの指摘をして下さいました。以下は、それに対する私の回答です。皆さんにもぜひ、読んでいただきたいと思います。
以下引用。
>IOC(国際司法裁判所)ができる前は、もっと悲惨な争いがあったようです。「国境線が引かれたのが20世紀になってから」に該当するのは1953年7月27日休戦になった朝鮮半島だけではないでしょうか?昔から多くの国に国境線と国境紛争はあったはずですが?
ヨーロッパや、ヨーロッパ以外でもヨーロッパが大規模に関与してきた地域には確かに、国境の明確化への強い意志が「昔から」観察されましたね(「北方蛮族」と南方の「文明圏」との間の国境は更に昔から)。東アジアでは19世紀中盤以降に、それが少しずつ出てきました(清とロシアの間のものが最古でしょう)。「20世紀になって人類が進化した」と言う場合、東アジアの国際関係では必ずしもそうとは言えないというのが私の趣旨でした。曖昧なものは曖昧なままで残す知恵が必要だということです。
現在、竹島を巡って漁業などに実質的な問題が幾つか絡んでくるようですが、それらについては関係筋が個別に粛々と争えばいいのであって、国民全体で、国民のプライドをかけて争う必要など全くないと思うのです。島根の条例はある程度は頷けますが、韓国の反日教育は異常としか言いようがありません。それをムキになって取り上げて見せ、問題意識を広げようとする、マスコミの「日本人」も異常です。政府や軍(自衛隊は紛れもない優秀な軍隊です)など、関係筋は飽くまでも然るべき厳格な態度を貫くべきですが、それをいちいち国民全体に広げる必要はないはずです。国民は、自分の場所で自分の職務に精を出す義務がある以上は、そのような問題には、本来は、関係も能力も資格もない訳ですから、口出しなど控えておくべきなのです(知る必要と権利はあります)。口出しする能力や資格があるのは、自国政府の失政や怠慢に対してのみでしょう。反日や反韓の広まりには、何者かによる極めて作為的な操作を感じます。
>「自分たちは日本の侮辱をしているのです。『親日罪』とはちがうのですよ」とアピールするために、そうすることで自分の身の安全を守るために『日本の大震災をお祝いします』という横断幕を出したというのが真相のようです。マスコミに流れた写真ではその韓国人の顔にモザイクがかけられていますが、顔にモザイクをかけなければいけないような行動をさせているのが『親日罪』なら、かの事件の罪は韓国政府にあるということになるでしょう。
親日罪の設定は、韓国人民による日本人民への攻撃というよりは、韓国政府による韓国人民への虐待と言うべきです。間違った信条で不幸になるのは、間違った信条を刷り込まれた人自身だからです。私達は、事の必然的な成り行きを冷静に観察し、警戒しておきさえすればいいだけです。
親日罪が韓国政府によって無造作に設定されたこと。それに対する日本政府の強い抗議行動がないこと。これらはまた、韓国人民の中に親日の大規模な蠢きがあること。日韓政府の間にそんな暴挙を働いても壊れないくらいに強い結託があること。これらのことを明確に示しています。日韓両政府は裏では実は一体であり、ある組織の利益のために、ある組織の意向に沿って、ある組織が組み立てた計画に従って、日韓両国民の間に今、互いへの嫌悪感を広げようとしているに違いありません。また、韓国で反日を煽っているのは全教連など韓国内の親北朝鮮人脈であるとの情報もあります。つまり、日本政府と韓国政府ばかりか、北朝鮮政府にも密かな連携があるということです。三者は、裏では一体なのです。単純な国家観では最早、この状況を正確に理解することはできません。
引用以上。
YouTube内のビデオブログ『在日韓国人が語る犯罪国家韓国』のコメント欄で何人かの方と嫌韓について対話をした際に、私に批判の矛先を向けられた日本人女性がおられました。きっと実り多いものになるという直感もあり、その方のコメントに丁寧な回答をさせていただきました。以下はその引用です。皆さんにもぜひ、読んでいただきたいと思います。
以下引用。
>飛鷹満氏、あなたは日本人ですか。私にはそのようには見えません…。これまでの内容に、日本人へのいたわりや理解は全く見受けられませんでした。
とんでもない。日本人を虐げている者共に激しい憤りを持って活動しているものです。「日本人」や「日本人を虐げている者共」、「韓国人」についての認識が、あなたのものより広く深いだけです。
>しかし韓国人への称賛は、常軌を逸しているレベルの印象です。可愛そうな被害者は韓国人?あなたは正気ですか。
「韓国人」と一括りに曖昧に語られている者達の内の、本物の立派な韓国人への賞賛です。よくお読みください。
>…かつて多くの日本人婦女が強姦され、虐殺されました。竹島では漁民らが殺されました。
これは韓国人に化けた悪魔の仕業で、韓国人民の仕業ではありません。
>毎年、在日の犯罪によって多くの被害者が出ています。
この在日を自らの同族と認知し、日本に招き入れて保護している、日本人に化けた悪魔がいます。それ故の、在日の悪行の連続なのです。犯罪を犯した在日の本名を伏せ、日本名でしか報道しないマスコミの中枢が、今私が言っているような、日本人に化けた悪魔によって牛耳られていることも、これで明白でしょう?
>特権に庇護され、日本人以上の高い割合で生保を貪る在日が居る一方で、自国民は餓死者まで出してきました。
従って、日本人に化けた悪魔が行政の中枢も牛耳っていることが分かるでしょう?
>世界一物価の高い国で働き、血税を納め、在日を扶養する日本人達。
在日だけではなく、韓国にも、戦後一貫して、毎年、我々の血税から何百億円もの資金を流しているという、歴とした事実もあります。これは単なる「在日の仕業」ではなく、日本人に化けて日本の行政の中枢を牛耳っている悪魔、韓国人に化けて韓国政府の中枢を牛耳っている悪魔と同族の悪魔、の仕業なのです。
>そして、お国と同胞(家族)の為に命を捨てながら、参拝もされない靖国に眠る英霊。…彼らは可哀想ではないのですか。
可哀想です。私の親族も大勢、その中に含まれています。私は京都嵐山の松尾大社によく参拝しますが、いつも、日本人の覚醒と解放を祈っています。
>いまだ韓国から攻められ続けて、震災の際には「震災お祝い…」等と、愚弄される日本国を不憫だとは感じないのですか。
それは特に思いません。誰がどう見ても、そのようなことをする「韓国」の異常性しか見えず、その意味で日本国には全く不利益はないからです。
>3・11のあの日、私は被災をしました。身内も亡くなりました。あの垂れ幕を見たときの気持ちが想像できますか。
逆なでされたお気持ちはよく、お察し申し上げます。彼等は、病気なのですよ。
>…何十年も昔の歴史より、目の当たりにしている現実こそが大切です。何故なら、人間は今に生きているからです。自身が目撃者として、今ある問題に向き合うべきではありませんか。
それは間違えていますよ。古代からの歴史を正しく認識している場合としていない場合では、今見えている現実の見え方、それに対する対処の仕方に、極めて大きな差が出てくるのです。ちゃんとした歴史を知らないと、先祖が昔、聖なる場所として信仰の対象としていた、今の日本人にとっても極めて重要な意味を持つはずの場所で立ちションベンをするなどという暴挙を、大袈裟でも何でもなく、働くことにもなりかねないのです。実際、伊勢神宮に、休日の人出が多い時などに参拝して見てください。あの尊き拝殿の前で酔っ払いが口を開けて、参拝ではなく観光している姿が見られますから。歴史を「科学的」に「客観的」に認識し表現することは、歴史は科学以上のものですから、原理上不可能ですが、だからと言って、正しい歴史が不可能かつ不必要になるわけではありません。正しい歴史を知らないのは本当に、恐ろしいことなのです。自戒も込めて、強く警告させていただきます。
>…日本人が罵倒?
あなたのなさっていることは、心情はよく分かりますが、Stephan Seo 氏が「韓国人」の立場からなさっておることと全く同じで、有害だと申し上げているのです。嫌韓は反日の、文字通りの「合わせ鏡」なのですよ。
>あなたに日本人の心はえていません。
だとしたら、先輩の忠告として真摯に受け止め、今後も更に、日本人として己を磨き続けて行きたいと思います。
>日本人は平和な生活を壊され、迷惑を被っている事に憤っているのです。
憤りの表現は、正当だと思います。しかし、絶対に、罵倒はいけません。相手と同じレベルに下がってはいけません。
>多くの方は、もう韓国(人)と関わりたくないと思っています…。
それがベストの選択です。
>日本から離れて欲しいのです。
韓国人にではなく、韓国人と日本人に化けた悪魔にですよ。
>…危険な侵入者を排除するのは、どの国でもあり得る事です。韓国が逆の立場でもそうするでしょう。
繰り返します。韓国人にではなく、韓国人と日本人に化けた悪魔にですよ。
>あなたも日本に心がないなら、どうか日本人の名前など使わないで下さい…。
紛れもない日本人なのです。私ほど日本を愛しているものはいないと言えるよう、日々精進もしております。
引用以上。
以下引用。
>飛鷹満氏、あなたは日本人ですか。私にはそのようには見えません…。これまでの内容に、日本人へのいたわりや理解は全く見受けられませんでした。
とんでもない。日本人を虐げている者共に激しい憤りを持って活動しているものです。「日本人」や「日本人を虐げている者共」、「韓国人」についての認識が、あなたのものより広く深いだけです。
>しかし韓国人への称賛は、常軌を逸しているレベルの印象です。可愛そうな被害者は韓国人?あなたは正気ですか。
「韓国人」と一括りに曖昧に語られている者達の内の、本物の立派な韓国人への賞賛です。よくお読みください。
>…かつて多くの日本人婦女が強姦され、虐殺されました。竹島では漁民らが殺されました。
これは韓国人に化けた悪魔の仕業で、韓国人民の仕業ではありません。
>毎年、在日の犯罪によって多くの被害者が出ています。
この在日を自らの同族と認知し、日本に招き入れて保護している、日本人に化けた悪魔がいます。それ故の、在日の悪行の連続なのです。犯罪を犯した在日の本名を伏せ、日本名でしか報道しないマスコミの中枢が、今私が言っているような、日本人に化けた悪魔によって牛耳られていることも、これで明白でしょう?
>特権に庇護され、日本人以上の高い割合で生保を貪る在日が居る一方で、自国民は餓死者まで出してきました。
従って、日本人に化けた悪魔が行政の中枢も牛耳っていることが分かるでしょう?
>世界一物価の高い国で働き、血税を納め、在日を扶養する日本人達。
在日だけではなく、韓国にも、戦後一貫して、毎年、我々の血税から何百億円もの資金を流しているという、歴とした事実もあります。これは単なる「在日の仕業」ではなく、日本人に化けて日本の行政の中枢を牛耳っている悪魔、韓国人に化けて韓国政府の中枢を牛耳っている悪魔と同族の悪魔、の仕業なのです。
>そして、お国と同胞(家族)の為に命を捨てながら、参拝もされない靖国に眠る英霊。…彼らは可哀想ではないのですか。
可哀想です。私の親族も大勢、その中に含まれています。私は京都嵐山の松尾大社によく参拝しますが、いつも、日本人の覚醒と解放を祈っています。
>いまだ韓国から攻められ続けて、震災の際には「震災お祝い…」等と、愚弄される日本国を不憫だとは感じないのですか。
それは特に思いません。誰がどう見ても、そのようなことをする「韓国」の異常性しか見えず、その意味で日本国には全く不利益はないからです。
>3・11のあの日、私は被災をしました。身内も亡くなりました。あの垂れ幕を見たときの気持ちが想像できますか。
逆なでされたお気持ちはよく、お察し申し上げます。彼等は、病気なのですよ。
>…何十年も昔の歴史より、目の当たりにしている現実こそが大切です。何故なら、人間は今に生きているからです。自身が目撃者として、今ある問題に向き合うべきではありませんか。
それは間違えていますよ。古代からの歴史を正しく認識している場合としていない場合では、今見えている現実の見え方、それに対する対処の仕方に、極めて大きな差が出てくるのです。ちゃんとした歴史を知らないと、先祖が昔、聖なる場所として信仰の対象としていた、今の日本人にとっても極めて重要な意味を持つはずの場所で立ちションベンをするなどという暴挙を、大袈裟でも何でもなく、働くことにもなりかねないのです。実際、伊勢神宮に、休日の人出が多い時などに参拝して見てください。あの尊き拝殿の前で酔っ払いが口を開けて、参拝ではなく観光している姿が見られますから。歴史を「科学的」に「客観的」に認識し表現することは、歴史は科学以上のものですから、原理上不可能ですが、だからと言って、正しい歴史が不可能かつ不必要になるわけではありません。正しい歴史を知らないのは本当に、恐ろしいことなのです。自戒も込めて、強く警告させていただきます。
>…日本人が罵倒?
あなたのなさっていることは、心情はよく分かりますが、Stephan Seo 氏が「韓国人」の立場からなさっておることと全く同じで、有害だと申し上げているのです。嫌韓は反日の、文字通りの「合わせ鏡」なのですよ。
>あなたに日本人の心はえていません。
だとしたら、先輩の忠告として真摯に受け止め、今後も更に、日本人として己を磨き続けて行きたいと思います。
>日本人は平和な生活を壊され、迷惑を被っている事に憤っているのです。
憤りの表現は、正当だと思います。しかし、絶対に、罵倒はいけません。相手と同じレベルに下がってはいけません。
>多くの方は、もう韓国(人)と関わりたくないと思っています…。
それがベストの選択です。
>日本から離れて欲しいのです。
韓国人にではなく、韓国人と日本人に化けた悪魔にですよ。
>…危険な侵入者を排除するのは、どの国でもあり得る事です。韓国が逆の立場でもそうするでしょう。
繰り返します。韓国人にではなく、韓国人と日本人に化けた悪魔にですよ。
>あなたも日本に心がないなら、どうか日本人の名前など使わないで下さい…。
紛れもない日本人なのです。私ほど日本を愛しているものはいないと言えるよう、日々精進もしております。
引用以上。
日本の公立中学校にかの邪悪な種族がどのような形で巣食い、学校を牛耳っているかについての私の発言を受けて、EVIL TANGUE さんが下さったコメント。
以下引用。
全ての学校に貴方の定義があてはまるわけではないですよね?その言い方ですと、全国の学校で用務員(現在は校務員と呼ばれてますが)さんが影で牛耳ってるような印象を与えてしまいそうですので・・・
引用以上。
この方はかなり、理知的な方とお見受けしました。このコメントに対する私の回答。
以下引用(註:大幅に加筆・修正)。
確かにそうですね。しかし、ある特定の条件を揃えた地域の、ほとんど全ての学校です。例えば、ガラス破り事件が起こった時などに、用務員室とある特定の教師の担当教室の窓だけが破られないなどといったことがあるはずです。これは、学校を牛耳っている、かの邪悪な種族に属する「裏の校長」が、自分の同族で子飼いの「不良生徒」に指令を出してやらせている常套手段なのだそうなのです。そうすることで、ガラスを破られた教師達の立場が地に落ち、自分の仲間の教師達が担当する教室だけは窓が破られなかったことを盾にすることができる。そして、ある懸案を巡る綱引きを、自分の派閥の有利になるよう動かすことができる。自派に対立している派閥の普通の教師達など、この類の知恵を働かせないと生きていけない世界に元から生活している訳ではないし、善意とか良識とかを無条件に信じてしまっていることで、それが常に行動を強く縛ってしまうようにもなっている訳だから、自分が仕掛けるこの類の策略には、たとえ事情がある程度は見えたとしても、相応しい時に相応しい行動を臨機応変に素早くとることなど決して、できるはずがないのだ。・・・このような心底悪どい計算を働かせている訳です。これですら、彼等が先祖から4000年間、連綿と受け継いできた陰謀術のごく初歩にすぎないようです。どうかよく、観察なさってください。
世間を騒がすいじめ事件の本質は、誰も口が避けても何も言わないでしょうが、実は、かの邪悪な種族の暗躍だったのです。この民主主義の現代に何を大袈裟な、などとお感じになられる方もいらっしゃるかもしれませんが、この類の悪の存在に無感覚な大人がまんまと計略に嵌ってじっと我慢している間に、我慢する術をまだ知らない純粋な心の子供達が実は、まともに苦悩し、被害に遭い続けているという訳です。
引用以上。
これに対するEVIL TANGUE さんのコメント。
以下引用。
「ある特定の条件を揃えた」ですか。私は埼玉に住んでいるのですが、埼玉は日教組の加入率も低く、アカと呼ばれる先生が少ない傾向にあります。あなたの言われる氏族とは、日教組とは関係無いものでしょうか?ちなみに私は、教員ではございません。
引用以上。
これに対する私の回答。
以下引用(註:大幅に加筆・修正)。
私たちはこの氏族を「新羅系秦氏」と呼んでいます。所謂新羅からは、ありとあらゆる時代にこの氏族が侵入してきています。日教組も含めたありとあらゆる組織に入り込んでいるはずです。いじめやガラス破りが頻繁に起こっている学校が地元にあるようでしたら、この氏族の陰の暗躍の可能性を考えていいはずです。市役所の職員採用や生活保護支給の状況も重要な目印になります。
この氏族が拠点としている地域の条件は、ここでは明言しないほうがいいかもしれません。ただ、皆さんが念頭に思い浮かべられる条件よりはまだ、遥かに複雑な内実を持った条件になっているようです。また、東日本と西日本では、ある程度の並行関係を取りながらも、若干のニュアンスがあるかもしれません。
宝永年間の大災害の時に全国の大名から巨額の災害義援金を集めておきながらそのほとんどすべてを着服した幕府の高級官僚たちは、間違いなくこれでしょう。更には、ドラマ『必殺仕事人』シリーズは一貫して、このテーマを取り扱っていると思います。あれは、単なる娯楽ではありません。「広島と長崎に原爆を落としても構わない。その代わり・・・」などと言って、アメリカと陰で取引した人物もそれでしょう。
遠い時代のことなら、比較的気楽に指摘できます。
実は、ある意味、北朝鮮も韓国も、戦前から一貫してずっと「日本」であるという、極めて信憑性の高い情報もあるのです。「畑中理」と「横田めぐみ」をキーワードに、あれこれ調べてみてください。
引用以上。
すると、ここで、あの韓国の方がやっと、コメントを入れて下さいました。
以下引用(註:一部修正)。
今まであなた方がやり取りした対話を用心深くモニターしました。全く理解することができないのは、そして、韓国人の常識としても決して容認できないのは、韓国人があたかも、邪悪で破廉恥な人種であるかのように、あなた達日本人が日本人同士でやり取りしていること、そうすることで韓国と韓国人を侮辱していることです。韓国人の大多数が無礼で嘘つきで非常に邪悪な民族だとあなた達が決めつけているのが信じられません。そんなことが日本人同士で語られていることに我慢がなりません。 人間には誰だって、長所も短所もあります。 得意なことも不得意なこともあります。 他国の人間についてその欠点や短所を、このような公開の場所でわざわざ論うのは、無益なことではありませんか?
日本人だって、あなた方自身は正直だと言っているようですが、本当に全員がそうですか?そもそも「日本人は全員が臆病者の嘘つきであるように見える」などと私達韓国人が会話しているのを耳にしたら、これについてあなた方日本人は、どうお感じになられますか?正確でない事実を真実であるかのように吹聴しながら他国に対する陰湿な攻撃を行うのですか?何のために韓国人を憎悪するのですか?「韓国人の正体」と言っていますが、それは一体何だと言うのですか? あなた方ごときが韓国について、一体どれくらい知っていると言うのですか? 韓国人のアイデンティティなんて、韓国人ですら分からないのです。それを何で、日本人が知っているんですか?寄ってたかって非難して蔑み、私達が苦しむのを楽しんでいるのですか?
本当に韓日友好を言うのならば、あなた方がこのビデオブログに(或いは「あなた方がこの記事に」の意味か?)付けているテーマから変更して欲しいと思います。私は貿易業に携わっています。日本、中国、台湾、香港、シンガポール、ヨーロッパ、米国の方々と取引しています。貿易をしながら、多くの人々に会って話をしています。 彼等はほとんどが、お互いに尊重し合い、理解しようと努力しています。ヒューマニズムと言えば、余りにも高尚なことに聞こえるかもしれませんが、実際はそんな高尚なことなどではなくて、人間が生きていく上ではどうしても、基本的なベースとしなくてはならないことなのだと、私は感じています。ここにコメントを入れて韓国人についてあれこれと、あることないことを述べ立てている皆さんは、この当然の基本が欠落していると思います。どうか改めて下さい。
正確でない事柄を真実のように崇拝する人がいます。また、スポーツ競技でのラフプレーやマナー違反によって、自国についての良くないイメージをわざわざ自分から発信している愚か者もいます。更には、他の国についての悪い感情を公の場で臆面もなく表現する、今のあなた方のような間抜けもいます。 外国について肯定的に見るより、否定的に見る方がいいとでも思っているのでしょうか?悪く見ようとすれば、どんなものでも悪く見えてくるものです。日韓が互いにそのような愚かなことをしていても、何にもならないではないですか?韓国と日本がお互いの歴史観を一致させることができたら、多くの問題が解消するはずです。だから、一刻も早くそうしなければならないと思います。しかし、日韓両国の歴史観がこのように大きく食い違っている責任は、明らかに、韓国ではなく日本の方にあるのですよ。まずは、あなた達から態度を改めてください。
皆さんが話す日本のアイデンティティとは何ですか? 韓国のことをヒョモハヌンゴッポとか、ヒョモハゲにしようとする意図が透けて見えて来ます。ユダヤ人ホロコーストが起こった淵源と同じ類のものではないですか?ユダヤ人はドイツ人よりケチだ。ドイツ人が苦しんでいるのはユダヤ人のせいだなどと被害意識を持つようになっていたから、最終的に600万人を虐殺してしまったのではなかったのですか?そう言えば、日本でももう既に、1930年代の関東大地震の時に、朝鮮人が井戸に毒薬を入れたなどとデマを広めて、約5万人の朝鮮人を惨殺したなどということが起こっています。あなた方は今、これらと同じように、ユトゥブが非常に悪く糊塗された話をなさっています。韓国人としては、聞いていて非常に不快なのです。人間としての最小限の品格を持って話して欲しいと思います。
引用以上。
これに対する私の回答。
以下引用。
Stephan Seo さんへ。よく読んでください。私は韓国人を尊重しています。心配もしていますよ。日本人から韓国人民への罵倒も止めようとしています。貴方が韓国人民をいじめる階級の人間なら完全に私の敵ですが。
あなたの言わんとしていることは、一般的にはある程度、同意しなければならないようなことだとは思います。しかし、相手の主張も正確に捉えないままで、間違えていると一方的に決めつける、そんな態度が、私たちから見たら「韓国人」の悪徳の典型例に見えるのです。所謂「上から目線」なのですよ。東洋では、初対面の人には、兎に角控えめに、謙遜して接するものです。ヨーロッパごときの、たかがヒューマニズムよりも遥かに立派な、東洋古来の道徳性に戻ってくださいな。目つきや空気感で相手のことを理解し、大袈裟にならないように優しく接する。これこそ、かの邪悪な種族には絶対に真似できない、東洋古来の仁の道ですよ。
引用以上。
EVIL TANGUE さんも Stephan Seo さんのコメントに次のような問いを投げかけます。
以下引用。
その5万人という数字はどこから出てくるんですか?関東大震災の死亡・行方不明者は全体で約10万5千人ですよ。その大半が韓国人だというのですか?そういった根拠の無い数字で世界に主張するからこっちは頭にくるんですよ。
引用以上。
このような「歴史的事実」を争う論争にはもう、辟易してしまいますよね。私の主張は言はば、このような低い次元の争いなど直ぐにやめてしまおうというものなのですが、全く分かってもらえていないようです。再び、私のコメント。
以下引用。
「韓国のことを愛している在日韓国人です。韓国のために日本の皆さんにはぜひ、韓国人のどうしようもない悪徳を激しく責めていただきたい。それで彼らも目を覚ますでしょう。これは韓国のためになります」と激しく主張している在日韓国人に「責めるのも、場合によっては悪くはないが、『韓国人』をもっと明確に規定してから責めないと、ひどい間違いを犯すことになる」。私が私の記事に付けた『愛国的嫌韓を強調する在日韓国人へ』というタイトルはそのような意味です。ちゃんと理解していますか?それとも、ワザと分からない振りをしておられるのでしょうか?もしそうなら、この議論はここで、お終いです。
ヒトラーがユダヤ人で、つい最近まで生きていたことや、ユダヤ人の毒ガスによる大量殺害など物理的に不可能なこと。戦前と戦後でユダヤ人の総人口がほとんど変わらないと当のイスラエル政府が記録として残しているのが確認されること。アンネの日記の「原本」がアンネ本人とは違う、名前も特定されているアメリカ人ライターの筆跡になっていて、しかも、アンネの時代には発明も、ましてや普及もしていなかったボールペンで書かれていること。これらのことを、インターネットの時代ですからあなたも、本当は存知なのではないですか?ご自分の政府が日本について述べていることを、私たち日本人がではなく、韓国人であるあるあなたが、一度方法的に懐疑して、ひょっとしたら騙されているのではないかとチェックしてみてください。なぜなら、それを私たちがやっても、あなたがたはプロパガンダとしか思わないでしょうから。日本では、政府が認可する教科書に書かれていることなど、もはや誰も信じていないくらい、その作業が進んでいるのですよ。
そもそも、相手を責める時は、確認に確認を重ねた事実認識に基づいて行うべきです。しかも、日本人なら、たとえ確認に確認を重ねた事実認識があっても、余程のことがない限り、相手を責める材料に使ったりはしないのです。なぜなら、美しくないし、何も生み出さないことが本能的に分かっているからです。ただ沈黙して、どこまでも人間的な、精神的な眼差しで静かに相手の目を見つめるだけです。これが私たち日本人のアイデンティティです。伝統的には「清明心」とか「清く明るい心」と呼んでいます。中国の方が日本人に韓国人には気をつけろと警告されることが確かにあるのですが、いくら強く警告されようと、日本人は韓国人に対して飽くまでも今述べたように振る舞い続けようとするはずです。日本人には、この清明心は、それがない限り、たとえ生き残っても生きている実感が湧いてこない。それくらい大切な理念なのですよ。関東大震災の時に朝鮮の方が何人亡くなられたのかは、それを確定することがあなたの人生にとって本当に不可欠なことだと言うのなら、他でもないあなたが、韓国政府の発表を鵜呑みにしないで、あらゆる角度から調査してください。その上で、あなたの責任で、本当に正しい数字を判断してください。それでも、しかし、その判断が決定するのはあなたの人生であり、私たちの人生とは全く関係ないことは覚えておいてください。なぜなら、私達はその作業に何ら意味を見出せないからです。それに応える義務など、私たちにはないのです。つまり、歴史にはある意味、議論なんてありえないということなのです。
人間には不思議な力があって、自ら思念したことを客観的な事物として実現することができるようになっています。多くの人間がある対象について長い時間、同じ思念を強く抱くと、その対象がその本質をたやすく変えてしまい、思念されたものそのものになってしまうのです。韓国人の国際的な評判の悪さの高まりは、あの実力も美貌もずば抜けているキムヨナ選手ですら(あんな美人は滅多にいないと個人的には感じています)公衆の面前でつい意地汚い振る舞いをしてしまうくらいの強い影響力をもっているのです。逆に言うと、そんなマイナスの強い影響力の下でもあれほどの演技ができるキムヨナ選手の人格の高さやハートの強さ、実力は、とんでもないレベルにあるといってもいいのかもしれません。世界中がプラスの強い思念を送る中で演技できたら、彼女の場合、どんな感動的な演技をしてくれるか分かったものではありません。でも、私の周囲の人で彼女を悪く言わない人は一人もいない。「顔に意地悪さが出ている。あなたは騙されているのだ」と言われます。そして、その感性も実は、あながち間違いではない。これは典型的な悪循環なのです。打ち破るには特別な術が必要です。議論なんて、問題解決の方法としては、下の下なのです。
引用以上。
これに対する rivy imay さんのコメント。
以下引用。
飛鷹満氏、あなたは日本人ですか。私にはそのようには見えません…。これまでの内容に、日本人へのいたわりや理解は全く見受けられませんでした。しかし韓国人への称賛は、常軌を逸しているレベルの印象です。可愛そうな被害者は韓国人?あなたは正気ですか。…かつて多くの日本人婦女が強姦され、虐殺されました。竹島では漁民らが殺されました。毎年、在日の犯罪によって多くの被害者が出ています。特権に庇護され、日本人以上の高い割合で生保を貪る在日が居る一方で、自国民は餓死者まで出してきました。世界一物価の高い国で働き、血税を納め、在日を扶養する日本人達。そして、お国と同胞(家族)の為に命を捨てながら、参拝もされない靖国に眠る英霊。…彼らは可哀想ではないのですか。
いまだ韓国から攻められ続けて、震災の際には「震災お祝い…」等と、愚弄される日本国を不憫だとは感じないのですか。3・11のあの日、私は被災をしました。身内も亡くなりました。あの垂れ幕を見たときの気持ちが想像できますか。…何十年も昔の歴史より、目の当たりにしている現実こそが大切です。何故なら、人間は今に生きているからです。自身が目撃者として、今ある問題に向き合うべきではありませんか。…日本人が罵倒?あなたに日本人の心はえていません。日本人は平和な生活を壊され、迷惑を被っている事に憤っているのです。多くの方は、もう韓国(人)と関わりたくないと思っています…。日本から離れて欲しいのです。…危険な侵入者を排除するのは、どの国でもあり得る事です。韓国が逆の立場でもそうするでしょう。あなたも日本に心がないなら、どうか日本人の名前など使わないで下さい…。
震災後のオリンピックの際に、ドイツのサポーターが大きな日の丸の国旗を広げて、選手達は黙とうを捧げて下さいました。台湾からは多額の義捐金を頂戴し、さらにWBCでは親睦を深め、仏国は毎年、日本の文化を称賛する企画を開き…これらは一部ではありますが、私の観て来た現実であり、真実でした。…そして、同じくあのオリンピックで、韓国は「震災お祝い…」という垂れ幕を掲げました。世界中の人々が目撃したのです。…昔の日本や日本人を責める事で、現在の自国や同胞の行いは見ずに済むものでしょうか。少なくとも、現代の日本人はむしろ被害者です。侮辱され、犯罪に巻き込まれ、血税を蝕まれ、非常に迷惑をしています…。あなたが被害者と称する韓国は、ベトナムで多くの方を強姦、惨殺しました。米国以上の残忍さで…。しかしベトナムは静かに、自立の道を歩んで来ました。一方、中国はチベットをいまだ苦しめています。…あなたはこの矛盾を理解できますか。
引用以上。
これに対する私の回答。
以下引用。
日本人が「ある者達」によって韓国人に負けず劣らず搾取されている現実に気づくと、おっしゃるような見解が出てきます。「ある者達」は、韓国人になりすまして悪いことをしたり、日本人になりすまして悪いことをしたり、とんでもない奴らなのです。日本人をレイプしたり、殺したりしているのは、韓国人民ではなく、韓国人民になりすました邪悪な一族だと思います。
私が主張しているのは、次の5点。(1)日本人民の驚異的な忍耐力と謙遜を韓国人民は見習え。日本人民にクレームをつけるのは間違いだ。(2)日本人民も戦うべき相手を間違えて韓国人民を罵倒しないように気をつけよ。日韓は本来同族であるから、哀れにも病気に罹ってしまっている韓国人民を病人として憐れむべきだ。(3)韓国人民の中に少数だが存在している立派な人間をちゃんと認知し、彼等と手を組め。(4)真っ当な方向ではどこまでも怠惰で無能なくせに、日本人民が忍耐強く慎ましやかであることをいいことに在日や金融偽ユダヤと手を組んで一族で利益を漁り続け、日本社会の閉塞感の根源になっている邪悪な一族の存在を決して見逃すな。(5)この邪悪な一族のせいで逼塞させられているにも拘らず何処かで捲土重来を期して耐えている日本人民の本来の正当な指導者。日本人民が邪悪な一族の存在を見逃すことなく把握し、その手足を縛ることは、この日本本来の正当な指導者達の強力な後押しをし、日本社会の閉塞状況を打ち破ることにも繋がる。これが我々の義務である。・・・以上です。
Stephan Seo さんにも「社会的異端児」と罵られ、それ故彼のことを韓国にいる邪悪な一族かもしれないと勘ぐっていますが、私のような主張をする者に同時に「日本人ではないだろう」と言ってその立場を奪うのを「蝙蝠退治作戦」と呼びます。邪悪な一族の仕掛けてきそうな常套手段です。そんなことは折り込み済みです。
私は薩摩出身の日本人であり、平頼盛の末裔です。母方は鮫島で藤原氏です。ただし、薩摩が日本でないというなら、私が日本人であるという主張も怪しくはなりますが(笑)。この場で唯一本名で弁論している者でもあります。また、あなたや Stephan Seo 氏、このビデオブログの製作者が、邪悪な氏族でないことを祈ってもいます。Evil Tangue さんが有能な上に極めて心やさしき、常識的な日本人民であられるであろうことは、これまでの遣り取りではっきりと分かります。私の主張を的確に把握し、明らかなミスを間髪入れずに正しく指摘して下さいました。Stephan Seo 氏やあなたの発言には、意図的かそうでないのか分かりませんが、私の主張の曲解が見られます。邪悪な氏族でないなら直ちに、改めていただきたいと思います。謝罪する必要はありませんよ(笑)。
We Japanese people want to avoid disputing as to what is historically true. It is because it is impossible to make a clear decision as to such a question. When constructing a kind of history for ourselves, we have nothing but what we hear or read. We lack any sort of direct experience. It is whether something peaceful will occur to as many persons as possible or not by taking a certain conclusion as a truth that we think more important than any other thing.
You should give up such an attitude that no one takes as peaceful. Cast it away to feed stupid greedy fellows who are to be purged from both Korea and Japan in the near future. Don't hurt yourself and your family and friends by sticking to it any more.
Good bye. I will not respond to your message in vain any longer.
引用以上。
日韓問題については、日頃から話は聞いていましたが、今回は思いがけず、こうして雰囲気を直接体験することができました。懇切丁寧に本質的な提案を差し上げたつもりですが、嫌韓の日本人も反日の韓国人も、まるで争い合うのが本望であるかのように、聞く耳を持っていないことが分かりました。それでも、私達の遣り取りを客観的に眺めながら何事かを感じ取られた方もきっと、いらっしゃったことでしょう。そう考えると、強ち無駄だったとは言い切れないのかもしれません。
以下引用。
全ての学校に貴方の定義があてはまるわけではないですよね?その言い方ですと、全国の学校で用務員(現在は校務員と呼ばれてますが)さんが影で牛耳ってるような印象を与えてしまいそうですので・・・
引用以上。
この方はかなり、理知的な方とお見受けしました。このコメントに対する私の回答。
以下引用(註:大幅に加筆・修正)。
確かにそうですね。しかし、ある特定の条件を揃えた地域の、ほとんど全ての学校です。例えば、ガラス破り事件が起こった時などに、用務員室とある特定の教師の担当教室の窓だけが破られないなどといったことがあるはずです。これは、学校を牛耳っている、かの邪悪な種族に属する「裏の校長」が、自分の同族で子飼いの「不良生徒」に指令を出してやらせている常套手段なのだそうなのです。そうすることで、ガラスを破られた教師達の立場が地に落ち、自分の仲間の教師達が担当する教室だけは窓が破られなかったことを盾にすることができる。そして、ある懸案を巡る綱引きを、自分の派閥の有利になるよう動かすことができる。自派に対立している派閥の普通の教師達など、この類の知恵を働かせないと生きていけない世界に元から生活している訳ではないし、善意とか良識とかを無条件に信じてしまっていることで、それが常に行動を強く縛ってしまうようにもなっている訳だから、自分が仕掛けるこの類の策略には、たとえ事情がある程度は見えたとしても、相応しい時に相応しい行動を臨機応変に素早くとることなど決して、できるはずがないのだ。・・・このような心底悪どい計算を働かせている訳です。これですら、彼等が先祖から4000年間、連綿と受け継いできた陰謀術のごく初歩にすぎないようです。どうかよく、観察なさってください。
世間を騒がすいじめ事件の本質は、誰も口が避けても何も言わないでしょうが、実は、かの邪悪な種族の暗躍だったのです。この民主主義の現代に何を大袈裟な、などとお感じになられる方もいらっしゃるかもしれませんが、この類の悪の存在に無感覚な大人がまんまと計略に嵌ってじっと我慢している間に、我慢する術をまだ知らない純粋な心の子供達が実は、まともに苦悩し、被害に遭い続けているという訳です。
引用以上。
これに対するEVIL TANGUE さんのコメント。
以下引用。
「ある特定の条件を揃えた」ですか。私は埼玉に住んでいるのですが、埼玉は日教組の加入率も低く、アカと呼ばれる先生が少ない傾向にあります。あなたの言われる氏族とは、日教組とは関係無いものでしょうか?ちなみに私は、教員ではございません。
引用以上。
これに対する私の回答。
以下引用(註:大幅に加筆・修正)。
私たちはこの氏族を「新羅系秦氏」と呼んでいます。所謂新羅からは、ありとあらゆる時代にこの氏族が侵入してきています。日教組も含めたありとあらゆる組織に入り込んでいるはずです。いじめやガラス破りが頻繁に起こっている学校が地元にあるようでしたら、この氏族の陰の暗躍の可能性を考えていいはずです。市役所の職員採用や生活保護支給の状況も重要な目印になります。
この氏族が拠点としている地域の条件は、ここでは明言しないほうがいいかもしれません。ただ、皆さんが念頭に思い浮かべられる条件よりはまだ、遥かに複雑な内実を持った条件になっているようです。また、東日本と西日本では、ある程度の並行関係を取りながらも、若干のニュアンスがあるかもしれません。
宝永年間の大災害の時に全国の大名から巨額の災害義援金を集めておきながらそのほとんどすべてを着服した幕府の高級官僚たちは、間違いなくこれでしょう。更には、ドラマ『必殺仕事人』シリーズは一貫して、このテーマを取り扱っていると思います。あれは、単なる娯楽ではありません。「広島と長崎に原爆を落としても構わない。その代わり・・・」などと言って、アメリカと陰で取引した人物もそれでしょう。
遠い時代のことなら、比較的気楽に指摘できます。
実は、ある意味、北朝鮮も韓国も、戦前から一貫してずっと「日本」であるという、極めて信憑性の高い情報もあるのです。「畑中理」と「横田めぐみ」をキーワードに、あれこれ調べてみてください。
引用以上。
すると、ここで、あの韓国の方がやっと、コメントを入れて下さいました。
以下引用(註:一部修正)。
今まであなた方がやり取りした対話を用心深くモニターしました。全く理解することができないのは、そして、韓国人の常識としても決して容認できないのは、韓国人があたかも、邪悪で破廉恥な人種であるかのように、あなた達日本人が日本人同士でやり取りしていること、そうすることで韓国と韓国人を侮辱していることです。韓国人の大多数が無礼で嘘つきで非常に邪悪な民族だとあなた達が決めつけているのが信じられません。そんなことが日本人同士で語られていることに我慢がなりません。 人間には誰だって、長所も短所もあります。 得意なことも不得意なこともあります。 他国の人間についてその欠点や短所を、このような公開の場所でわざわざ論うのは、無益なことではありませんか?
日本人だって、あなた方自身は正直だと言っているようですが、本当に全員がそうですか?そもそも「日本人は全員が臆病者の嘘つきであるように見える」などと私達韓国人が会話しているのを耳にしたら、これについてあなた方日本人は、どうお感じになられますか?正確でない事実を真実であるかのように吹聴しながら他国に対する陰湿な攻撃を行うのですか?何のために韓国人を憎悪するのですか?「韓国人の正体」と言っていますが、それは一体何だと言うのですか? あなた方ごときが韓国について、一体どれくらい知っていると言うのですか? 韓国人のアイデンティティなんて、韓国人ですら分からないのです。それを何で、日本人が知っているんですか?寄ってたかって非難して蔑み、私達が苦しむのを楽しんでいるのですか?
本当に韓日友好を言うのならば、あなた方がこのビデオブログに(或いは「あなた方がこの記事に」の意味か?)付けているテーマから変更して欲しいと思います。私は貿易業に携わっています。日本、中国、台湾、香港、シンガポール、ヨーロッパ、米国の方々と取引しています。貿易をしながら、多くの人々に会って話をしています。 彼等はほとんどが、お互いに尊重し合い、理解しようと努力しています。ヒューマニズムと言えば、余りにも高尚なことに聞こえるかもしれませんが、実際はそんな高尚なことなどではなくて、人間が生きていく上ではどうしても、基本的なベースとしなくてはならないことなのだと、私は感じています。ここにコメントを入れて韓国人についてあれこれと、あることないことを述べ立てている皆さんは、この当然の基本が欠落していると思います。どうか改めて下さい。
正確でない事柄を真実のように崇拝する人がいます。また、スポーツ競技でのラフプレーやマナー違反によって、自国についての良くないイメージをわざわざ自分から発信している愚か者もいます。更には、他の国についての悪い感情を公の場で臆面もなく表現する、今のあなた方のような間抜けもいます。 外国について肯定的に見るより、否定的に見る方がいいとでも思っているのでしょうか?悪く見ようとすれば、どんなものでも悪く見えてくるものです。日韓が互いにそのような愚かなことをしていても、何にもならないではないですか?韓国と日本がお互いの歴史観を一致させることができたら、多くの問題が解消するはずです。だから、一刻も早くそうしなければならないと思います。しかし、日韓両国の歴史観がこのように大きく食い違っている責任は、明らかに、韓国ではなく日本の方にあるのですよ。まずは、あなた達から態度を改めてください。
皆さんが話す日本のアイデンティティとは何ですか? 韓国のことをヒョモハヌンゴッポとか、ヒョモハゲにしようとする意図が透けて見えて来ます。ユダヤ人ホロコーストが起こった淵源と同じ類のものではないですか?ユダヤ人はドイツ人よりケチだ。ドイツ人が苦しんでいるのはユダヤ人のせいだなどと被害意識を持つようになっていたから、最終的に600万人を虐殺してしまったのではなかったのですか?そう言えば、日本でももう既に、1930年代の関東大地震の時に、朝鮮人が井戸に毒薬を入れたなどとデマを広めて、約5万人の朝鮮人を惨殺したなどということが起こっています。あなた方は今、これらと同じように、ユトゥブが非常に悪く糊塗された話をなさっています。韓国人としては、聞いていて非常に不快なのです。人間としての最小限の品格を持って話して欲しいと思います。
引用以上。
これに対する私の回答。
以下引用。
Stephan Seo さんへ。よく読んでください。私は韓国人を尊重しています。心配もしていますよ。日本人から韓国人民への罵倒も止めようとしています。貴方が韓国人民をいじめる階級の人間なら完全に私の敵ですが。
あなたの言わんとしていることは、一般的にはある程度、同意しなければならないようなことだとは思います。しかし、相手の主張も正確に捉えないままで、間違えていると一方的に決めつける、そんな態度が、私たちから見たら「韓国人」の悪徳の典型例に見えるのです。所謂「上から目線」なのですよ。東洋では、初対面の人には、兎に角控えめに、謙遜して接するものです。ヨーロッパごときの、たかがヒューマニズムよりも遥かに立派な、東洋古来の道徳性に戻ってくださいな。目つきや空気感で相手のことを理解し、大袈裟にならないように優しく接する。これこそ、かの邪悪な種族には絶対に真似できない、東洋古来の仁の道ですよ。
引用以上。
EVIL TANGUE さんも Stephan Seo さんのコメントに次のような問いを投げかけます。
以下引用。
その5万人という数字はどこから出てくるんですか?関東大震災の死亡・行方不明者は全体で約10万5千人ですよ。その大半が韓国人だというのですか?そういった根拠の無い数字で世界に主張するからこっちは頭にくるんですよ。
引用以上。
このような「歴史的事実」を争う論争にはもう、辟易してしまいますよね。私の主張は言はば、このような低い次元の争いなど直ぐにやめてしまおうというものなのですが、全く分かってもらえていないようです。再び、私のコメント。
以下引用。
「韓国のことを愛している在日韓国人です。韓国のために日本の皆さんにはぜひ、韓国人のどうしようもない悪徳を激しく責めていただきたい。それで彼らも目を覚ますでしょう。これは韓国のためになります」と激しく主張している在日韓国人に「責めるのも、場合によっては悪くはないが、『韓国人』をもっと明確に規定してから責めないと、ひどい間違いを犯すことになる」。私が私の記事に付けた『愛国的嫌韓を強調する在日韓国人へ』というタイトルはそのような意味です。ちゃんと理解していますか?それとも、ワザと分からない振りをしておられるのでしょうか?もしそうなら、この議論はここで、お終いです。
ヒトラーがユダヤ人で、つい最近まで生きていたことや、ユダヤ人の毒ガスによる大量殺害など物理的に不可能なこと。戦前と戦後でユダヤ人の総人口がほとんど変わらないと当のイスラエル政府が記録として残しているのが確認されること。アンネの日記の「原本」がアンネ本人とは違う、名前も特定されているアメリカ人ライターの筆跡になっていて、しかも、アンネの時代には発明も、ましてや普及もしていなかったボールペンで書かれていること。これらのことを、インターネットの時代ですからあなたも、本当は存知なのではないですか?ご自分の政府が日本について述べていることを、私たち日本人がではなく、韓国人であるあるあなたが、一度方法的に懐疑して、ひょっとしたら騙されているのではないかとチェックしてみてください。なぜなら、それを私たちがやっても、あなたがたはプロパガンダとしか思わないでしょうから。日本では、政府が認可する教科書に書かれていることなど、もはや誰も信じていないくらい、その作業が進んでいるのですよ。
そもそも、相手を責める時は、確認に確認を重ねた事実認識に基づいて行うべきです。しかも、日本人なら、たとえ確認に確認を重ねた事実認識があっても、余程のことがない限り、相手を責める材料に使ったりはしないのです。なぜなら、美しくないし、何も生み出さないことが本能的に分かっているからです。ただ沈黙して、どこまでも人間的な、精神的な眼差しで静かに相手の目を見つめるだけです。これが私たち日本人のアイデンティティです。伝統的には「清明心」とか「清く明るい心」と呼んでいます。中国の方が日本人に韓国人には気をつけろと警告されることが確かにあるのですが、いくら強く警告されようと、日本人は韓国人に対して飽くまでも今述べたように振る舞い続けようとするはずです。日本人には、この清明心は、それがない限り、たとえ生き残っても生きている実感が湧いてこない。それくらい大切な理念なのですよ。関東大震災の時に朝鮮の方が何人亡くなられたのかは、それを確定することがあなたの人生にとって本当に不可欠なことだと言うのなら、他でもないあなたが、韓国政府の発表を鵜呑みにしないで、あらゆる角度から調査してください。その上で、あなたの責任で、本当に正しい数字を判断してください。それでも、しかし、その判断が決定するのはあなたの人生であり、私たちの人生とは全く関係ないことは覚えておいてください。なぜなら、私達はその作業に何ら意味を見出せないからです。それに応える義務など、私たちにはないのです。つまり、歴史にはある意味、議論なんてありえないということなのです。
人間には不思議な力があって、自ら思念したことを客観的な事物として実現することができるようになっています。多くの人間がある対象について長い時間、同じ思念を強く抱くと、その対象がその本質をたやすく変えてしまい、思念されたものそのものになってしまうのです。韓国人の国際的な評判の悪さの高まりは、あの実力も美貌もずば抜けているキムヨナ選手ですら(あんな美人は滅多にいないと個人的には感じています)公衆の面前でつい意地汚い振る舞いをしてしまうくらいの強い影響力をもっているのです。逆に言うと、そんなマイナスの強い影響力の下でもあれほどの演技ができるキムヨナ選手の人格の高さやハートの強さ、実力は、とんでもないレベルにあるといってもいいのかもしれません。世界中がプラスの強い思念を送る中で演技できたら、彼女の場合、どんな感動的な演技をしてくれるか分かったものではありません。でも、私の周囲の人で彼女を悪く言わない人は一人もいない。「顔に意地悪さが出ている。あなたは騙されているのだ」と言われます。そして、その感性も実は、あながち間違いではない。これは典型的な悪循環なのです。打ち破るには特別な術が必要です。議論なんて、問題解決の方法としては、下の下なのです。
引用以上。
これに対する rivy imay さんのコメント。
以下引用。
飛鷹満氏、あなたは日本人ですか。私にはそのようには見えません…。これまでの内容に、日本人へのいたわりや理解は全く見受けられませんでした。しかし韓国人への称賛は、常軌を逸しているレベルの印象です。可愛そうな被害者は韓国人?あなたは正気ですか。…かつて多くの日本人婦女が強姦され、虐殺されました。竹島では漁民らが殺されました。毎年、在日の犯罪によって多くの被害者が出ています。特権に庇護され、日本人以上の高い割合で生保を貪る在日が居る一方で、自国民は餓死者まで出してきました。世界一物価の高い国で働き、血税を納め、在日を扶養する日本人達。そして、お国と同胞(家族)の為に命を捨てながら、参拝もされない靖国に眠る英霊。…彼らは可哀想ではないのですか。
いまだ韓国から攻められ続けて、震災の際には「震災お祝い…」等と、愚弄される日本国を不憫だとは感じないのですか。3・11のあの日、私は被災をしました。身内も亡くなりました。あの垂れ幕を見たときの気持ちが想像できますか。…何十年も昔の歴史より、目の当たりにしている現実こそが大切です。何故なら、人間は今に生きているからです。自身が目撃者として、今ある問題に向き合うべきではありませんか。…日本人が罵倒?あなたに日本人の心はえていません。日本人は平和な生活を壊され、迷惑を被っている事に憤っているのです。多くの方は、もう韓国(人)と関わりたくないと思っています…。日本から離れて欲しいのです。…危険な侵入者を排除するのは、どの国でもあり得る事です。韓国が逆の立場でもそうするでしょう。あなたも日本に心がないなら、どうか日本人の名前など使わないで下さい…。
震災後のオリンピックの際に、ドイツのサポーターが大きな日の丸の国旗を広げて、選手達は黙とうを捧げて下さいました。台湾からは多額の義捐金を頂戴し、さらにWBCでは親睦を深め、仏国は毎年、日本の文化を称賛する企画を開き…これらは一部ではありますが、私の観て来た現実であり、真実でした。…そして、同じくあのオリンピックで、韓国は「震災お祝い…」という垂れ幕を掲げました。世界中の人々が目撃したのです。…昔の日本や日本人を責める事で、現在の自国や同胞の行いは見ずに済むものでしょうか。少なくとも、現代の日本人はむしろ被害者です。侮辱され、犯罪に巻き込まれ、血税を蝕まれ、非常に迷惑をしています…。あなたが被害者と称する韓国は、ベトナムで多くの方を強姦、惨殺しました。米国以上の残忍さで…。しかしベトナムは静かに、自立の道を歩んで来ました。一方、中国はチベットをいまだ苦しめています。…あなたはこの矛盾を理解できますか。
引用以上。
これに対する私の回答。
以下引用。
日本人が「ある者達」によって韓国人に負けず劣らず搾取されている現実に気づくと、おっしゃるような見解が出てきます。「ある者達」は、韓国人になりすまして悪いことをしたり、日本人になりすまして悪いことをしたり、とんでもない奴らなのです。日本人をレイプしたり、殺したりしているのは、韓国人民ではなく、韓国人民になりすました邪悪な一族だと思います。
私が主張しているのは、次の5点。(1)日本人民の驚異的な忍耐力と謙遜を韓国人民は見習え。日本人民にクレームをつけるのは間違いだ。(2)日本人民も戦うべき相手を間違えて韓国人民を罵倒しないように気をつけよ。日韓は本来同族であるから、哀れにも病気に罹ってしまっている韓国人民を病人として憐れむべきだ。(3)韓国人民の中に少数だが存在している立派な人間をちゃんと認知し、彼等と手を組め。(4)真っ当な方向ではどこまでも怠惰で無能なくせに、日本人民が忍耐強く慎ましやかであることをいいことに在日や金融偽ユダヤと手を組んで一族で利益を漁り続け、日本社会の閉塞感の根源になっている邪悪な一族の存在を決して見逃すな。(5)この邪悪な一族のせいで逼塞させられているにも拘らず何処かで捲土重来を期して耐えている日本人民の本来の正当な指導者。日本人民が邪悪な一族の存在を見逃すことなく把握し、その手足を縛ることは、この日本本来の正当な指導者達の強力な後押しをし、日本社会の閉塞状況を打ち破ることにも繋がる。これが我々の義務である。・・・以上です。
Stephan Seo さんにも「社会的異端児」と罵られ、それ故彼のことを韓国にいる邪悪な一族かもしれないと勘ぐっていますが、私のような主張をする者に同時に「日本人ではないだろう」と言ってその立場を奪うのを「蝙蝠退治作戦」と呼びます。邪悪な一族の仕掛けてきそうな常套手段です。そんなことは折り込み済みです。
私は薩摩出身の日本人であり、平頼盛の末裔です。母方は鮫島で藤原氏です。ただし、薩摩が日本でないというなら、私が日本人であるという主張も怪しくはなりますが(笑)。この場で唯一本名で弁論している者でもあります。また、あなたや Stephan Seo 氏、このビデオブログの製作者が、邪悪な氏族でないことを祈ってもいます。Evil Tangue さんが有能な上に極めて心やさしき、常識的な日本人民であられるであろうことは、これまでの遣り取りではっきりと分かります。私の主張を的確に把握し、明らかなミスを間髪入れずに正しく指摘して下さいました。Stephan Seo 氏やあなたの発言には、意図的かそうでないのか分かりませんが、私の主張の曲解が見られます。邪悪な氏族でないなら直ちに、改めていただきたいと思います。謝罪する必要はありませんよ(笑)。
We Japanese people want to avoid disputing as to what is historically true. It is because it is impossible to make a clear decision as to such a question. When constructing a kind of history for ourselves, we have nothing but what we hear or read. We lack any sort of direct experience. It is whether something peaceful will occur to as many persons as possible or not by taking a certain conclusion as a truth that we think more important than any other thing.
You should give up such an attitude that no one takes as peaceful. Cast it away to feed stupid greedy fellows who are to be purged from both Korea and Japan in the near future. Don't hurt yourself and your family and friends by sticking to it any more.
Good bye. I will not respond to your message in vain any longer.
引用以上。
日韓問題については、日頃から話は聞いていましたが、今回は思いがけず、こうして雰囲気を直接体験することができました。懇切丁寧に本質的な提案を差し上げたつもりですが、嫌韓の日本人も反日の韓国人も、まるで争い合うのが本望であるかのように、聞く耳を持っていないことが分かりました。それでも、私達の遣り取りを客観的に眺めながら何事かを感じ取られた方もきっと、いらっしゃったことでしょう。そう考えると、強ち無駄だったとは言い切れないのかもしれません。
私が YouTube 内の『在日韓国人が語る犯罪国家韓国』というタイトルのビデオブログ記事に、この私のブログ内でも『愛国的嫌韓を強調する在日韓国人へ』というタイトルで記事として上げたコメントを入れたところ、Stephan Seo というペンネームの韓国人から私のコメントに、次のような意見が寄せられました。それをきっかけに始まったやり取りがなかなか面白いので、皆さんにも読んでいただきたいと思います(註:以下をお読みになる前に『愛国的嫌韓を強調する在日韓国人へ』をお読みになってください)。
以下引用(註:読みにくいところは一部、私が修正を加えています)。
あなたもまた他の人と同じで、やっぱり、日本人らしい捏造と操作を行っていると思います。あなたの言っていることは、実際の韓国とは全く関係のないことです。まるで小説のようですよ(註:現在の韓国人の国際的評判が著しく悪くなってしまっているのは、韓国ではかなりの長期間に渡って、支配層による民衆いじめが余りにもあからさまに行われてきたせいだという私の主張への反論か?あるいは、現在の韓国人の国際的評判が著しく悪くなってしまっているということそのものを否定しようとしているのか?)。あなたの正体は何でしょうか?右翼でしょうか?そうでなければ、社会的異端なのではないですか?
引用以上。
これに対して EVIL TANGUE というペンネームの日本人が、次のような、なかなか頭のいい、面白い切り返しをされています。
以下引用(註:一部修正)。
ちゃんと飛鷹満さんのブログ読んできた?「『韓国人』の国際的な評判の悪さ」。ここテストに出るからちゃんと復習しとけー。あと「現在のかなり高い知性」は、引っ掛け問題だからなー。そこは「低い」が正解だ!韓国人はほぼ100%、そこで間違えるからちゃんと覚えとくよーに。
引用以上。
辛辣ですが、なかなか頭がいいですよね。
私の Stephan Seo さんへの返信。
以下引用。
Stephan Seo さんへ。私のコメントに返信を下さったのでしょうか?もしそうだとしたら、もっと具体的に記述していただかないと、どうお返事していいのか分かりません。また、私のブログで、この同じコメントをさらに詳しく書き直した記事を「愛国的嫌韓を強調する在日韓国人へ」と題して上げております。それを読んでいただければ、私の趣旨がもっとはっきりと分かるのではないかと思います。アジアはどこの国もある共通の邪悪な集団に牛耳られ、争い合うように焚き付けられています。そんな扇動に乗ってはいけませんよ。
引用以上。
それに対する Stephan Seo さんの返信。
以下引用(註:一部修正)。
あなたとなら、真剣に論議することができそうです。日本語が下手ですが、とにかく、一旦韓国語で書き上げたものを翻訳してコメントします。あなたのブログの記事『愛国的嫌韓を強調する在日韓国人へ』を読みました。このタイトルは、できたら削除していただきたいと思います(註:愛国的嫌韓を強調する在日韓国人を批判している記事と気づかずに、私が嫌韓を強調していると勘違いしたのか?)。日本人たちが日本だけではなく、韓国にまでわざわざ出向いてきて韓国をいじめするためのレトリックと見えます。あなたがもしジェントルマンなら、ご自分の記事にこんなタイトルをつけてはいけないと思います。不正確な事実をサシルインニャング言うが過去の韓国人が当ぎり苦痛よりどれで正当化することができません(註:この最後の文は、修正も不可能なくらい意味不明である)。
引用以上。
言語の障壁を感じた私の英語による回答。
以下引用。
I am eager to make friends with Korean people and other Asian people. As I have been revealing and studying the concealed true history of ancient East Asian countries, including Korea, Japan, China, Mongol, Manchu, and many other countries, I now claim that we Asians share the same origin in a real sense, not in an ideal one. We Asians are all more or less derived from that famous Jacob, an ancient righteous person that were selected and celebrated by God. But people of an evil clan, from that notorious Essau, have frequently stolen into our societies and been confusing and abusing us behind among or replacing our original rulers for hundreds of years. They are now cooperating with European wealthy evil clans that are also derived from that Essau or Nimrod and engaged mainly in finance. They are mixed in with, or depressing, our proper leaders of each country in Asia, of course of Korea. We should go hand in hand with each other and respect each other to resist and beat away them as our common enemies. We should not hate and curse each other.
As far as I know, 百済近尚古王 abdicated the throne to his successor, came to 倭国, got the throne over 倭国, and later was named 応神天皇 in an ancient book of Japanese history.
高句麗広開土王(好太王)abdicated the throne to his son, came to 倭国, got the throne over 倭国, and later was named 仁徳天皇 in an ancient book of Japanese history.
鉄勒可汗達道 was staying in 高句麗, had the throne over 百済 as 法王 for a while, gave the throne to his fellow, came to 倭国, got the throne over 倭国, and later was named 聖徳太子 in an ancient book of Japanese history.
高句麗大莫利支淵蓋蘇文, a son of 達道, gave the throne to his fellow, came to 倭国, got the throne over 倭国, made 倭国 reborn as 日本国, later was named 天武天皇 in an ancient book of Japanese history.
I can offer very many other examples suggesting that Japan and Korea were one in early years, not only in the era of 日韓併合.
引用以上。
これに対する Stephan Seo さんの回答は、残念ながらまだ、届いていません。これを機会に彼と仲良くなれたらいいなと思いますが、どうなるでしょうか?
この私のコメントに対する aikobin というペンネームの日本人が下さったコメント。
以下引用。
人種など関係ない。仲良くすればいい。3代以上続いている東京人より。
引用以上。
これに対する私の回答。
以下引用。
aikobinさんへ。本来なら仰るとおりです。しかし、韓国と日本に密かに盤踞して両国に様々な不幸をもたらしてきた種族は、悪魔崇拝の、一筋縄ではいかない、とんでもない奴らです。誰であれ仲良くすればいいという我々の一般的な善意を利用して、そこにつけ込んできます。誰でもと言う前に、まず家族。次に友人や仲間。地域社会。同国人。隣国人。世界中といった具合に、具体的な平和を実現しておかないと、彼らの罠にはまります。彼らだけは大いに警戒しつつ、後回しにしなければなりません。
日韓は、ためらいながら言ってしまいますが、国境なしでもいいくらいの同族です。琉球と日本の近さにも負けないくらいの近さではないでしょうか?ついでに満州もです。曖昧でもちゃんと平和にやっていた国境線だったのに、それを明確なものに変え、両国民の意識に互いへの嫌悪感が燃え広がるよう、自分たちの利益のために画策している邪悪な種族が、日韓両国に跨って、互いに密かに申し合わせながら存在しているのです。
そもそも、仲のいい隣人同士は、互いの境界線については、大まかなことはきちんと管理しながら、細かいことは、互いに見ないことにするものです。隣家の植木の枝が少々こちら側にかぶさってきたところで、目くじらを立てる必要などないはずなのです。
また、念のために言っておかなくてはいけませんが、国際的に評判の悪い「韓国人」とは、韓国の支配層に紛れ込んだ偽韓国人による数世代にも渡る虐待を受け続けたために、本来の韓国人の美徳を忘却させられた「韓国人」のことです。本来の韓国人は立派な人達なのです。例えば、日本の東京に留学に来ていた時に、駅のホームから誤って線路に落ちてしまった酔っぱらいを、周囲の多くの日本人が手をこまねいて傍観している中で、自分の身の危険も顧みずに線路に飛び込んで助け出そうとし、痛ましくも命を落とした韓国人のエリートがいらっしゃいました。「韓国人」の悪口を言う時は、例えば彼のことを、少しでも思い出してあげてください。
引用以上。
この私のコメントに対する何人かの方々の反応。
以下引用。
rivy imay
一人の韓国人の善行が現実なら、その何十倍も何百倍もの数の韓国人が 日本人の命を奪うような犯罪を犯して来たのも現実です。 「とにかく仲良く…」そのように言う方ほど、日本人には対しては 非情であるように思われてなりません(註:私はこのようには言っていない)。 日本人の不安や憤り、拒絶感・・・。その心と、それに到った事情を、どこまで理解しているのでしょう。
幾つかの国で既に、コリアン排訴のデモや規制措置が起きています。 日本だけが我慢を続けて甘んじなければならない理由は、何ですか?何故、遠ざけてはならないのですか?(註:私は「能力の限界を感じる際は遠ざけて然るべし」と発言している)悪口?悪い行いを悪い、危険な民族を危険と言うのがいけないのでしょうか?(註:私は「そのように日本人に警告を発することは何の問題もないが、韓国人に対してそのような罵りを行うのは、本質から外れている上に、ある意味で危険ですらある」と言っている)
rivy imay
先のコメについて捕捉なのですが、犯罪については在日の韓国人の事です。私は在日特権のような優待制度やそれに伴う問題も無視できないと考えています。在特会等の訴えに耳を貸そうとしない人々が、日本人と云う事にも、そのような方々が日本人を代弁しているような光景にも、疑問が湧きます。過去ならともかく、現在進行形の問題が存在する以上は「とにかく仲良く…」という云い方で済ますことは、許されないと思います。
rivy imay
私の周辺では、静かにですが、反韓感情が浸透して来ています。かつて、仕事で様々な国の方と交流があったのですが、 中国人の友人から、日本人は優しいが騙されやすい、と忠告を受けました。 韓国人とは仲が悪く、彼らは韓国人を嘘つきと言い、警戒していました。 中国人でさえも警戒する民族。日本人はさらに警戒すべきではありませんか?そのような意識が乏しかった事も、今日の日本の惨状に繋がった理由なのではないでしょうか?
世界的に見れば、特定民族を拒む傾向は決して、異常な事ではないと思います。 自衛を目的とする自然な現象です。ですから、それをなくそうと考えるなら、相手に危険や害がないという事を証明しなければなりません。警戒を解かない人々を責めるより(註:私は責めていない。「大いに警戒しつつ、罵り合いを避けよう」と言っている)、警戒されている方々にその事実を伝え、改善の必要性を説いて下さい。
EVIL TANGUE
私を含め多くの日本人は、その留学生の勇気ある行動に感動し、また深く心に刻んでると思いますよ。現にその時のニュースを思い出しました。確か、そのニュースを見て私は、その酔っぱらいに対して怒りを覚えた気がします。私にとって韓国からの留学生と酔っぱらいは何ら関係のない人間です。でも、感動し、彼の遺族に何かできないか、その時は少し考えました。
私達の先人も韓国の独立の為に命を懸けて戦い、多くの犠牲を出ましたが、今その先人達は、恩恵を受けた当事者であるはずの韓国人に、どう言われてますか?日本で起きた事故において...
引用以上。
これに対する私の回答。
以下引用。
了解です。隣人の悪については大いに警戒すべきです。大学時代に私も、留学生に間違われるくらい留学生たちと一緒にいましたが、韓国だけがとにかく、評判が悪かった。これも事実です。ただ、海外で韓国の評判を落とすような行為に走る韓国人は、どんなに多数であっても、あくまでも被害者で、可哀想な人達であること。日本人が、彼等からの被害を警戒するのは構わないけど、罵り合いに巻き込まれたりしたら、事態がよくなるどころか酷くなってしまうこと。少数だが善良な韓国人もいること。これらのことを指摘しております。蛇のように賢く警戒しつつも、目に見える行動では、相手の善意を刺激するような行動に終始しておくべきだと思います。『火垂るの墓』で、幼い兄妹に辛くあたり、結果的に死に至らしめた農家の女性ことを思い出して下さい。追い詰められたら日本人でも、そこまで悪徳に染まってしまうのです。かと言って、彼女のことを面と向かって責める気持ちには、誰もならないでしょう。ただ、不条理な現実を嘆き、この幼い兄妹のためにさめざめと泣くだけでしょう。海外で評判が悪いのにそれを恥じることのできない韓国人は、追い詰められ、病気になった隣人のようなものです。その原因が、私が先述したようなものだということを、いくら深く認識してもしすぎることはないと思います。
韓国人民をいじめて、国民規模であそこまで酷い性格になるところにまで追い詰めた一族と同じ一族が、日本にもいます。例えば、大津いじめ偽装殺人事件の犯人たちの家系。この間の不正選挙を全国規模で行った、末端にまで広がった大規模な人脈。これらもそうです。あれはアメリカ金融偽ユダヤと在日似非右翼だけの仕業ではありません。彼らと同族の「日本人」もまた、その大きな一端を担っています。私たち一人ひとりの知り合いのうちの少なからざる数の人がそれであるかもしれない。まさに、そんな話なのです。
韓国ではそれと同じ種族による国民いじめが、遥かにあからさまに遥かに長期間、行われ続けて来たのでしょう。日本にとって、韓国のことは言はば、他山の石です。悪魔のマークである五芒星を胸に付けて威張り、国民に対する理不尽な脅迫を組織的に行っていた戦時中の愛国婦人会のように、いつ突然牙をむきだしてくるか分かったものではありません。
最近では、千葉県柏市の風魔一族末裔による、最高裁人脈や創価学会などによる、極悪非道の報告もあります。一例としては、看護婦が般若のような顔で、睡眠中の患者の上に馬乗りになりながら首を締め、殺して、自分が属する組織に多額の保険金を引き入れようとした現場が偶々目撃され、すんでのところで止められた時に、その看護婦には何のお咎めもなかったというではないですか。裁判所、検察、病院、生命保険会社、警察、地方自治体、マスコミに、彼らの人脈が深く広く浸透していないとできない話です。被害者の筆舌に尽くしがたい恐怖と怒り、絶望感、脱力感を想像してください。
韓国ではこれに類するような極悪非道が、支配層によって、もっとあからさまに、もっと長い間、行われてきたと推察します。だから国民規模で、あれほどに酷く、性格が歪んでしまっている。こう理解してあげるべきです。罵り合いに巻き込まれるのではなく、そんな韓国人民を同族として憐れみ、自分たちも、韓国人に対する用心とは全く別の、日本国内にいるある邪悪な種族に対する用心もする。できたら、善意の韓国人民とも協力し合う。これが正解なのではないでしょうか?
もうひとつ例を上げておきましょう。地元の公立中学校で一番偉いのは、誰でしょうか?校長先生でしょうか?いいえ、用務員室にいるおじさんと、ろくに勉強もしないのに、もう既に市役所などに就職の決まっている生徒の父兄、それに、何故かずっと転勤せずにひとつの学校に留まり続けている教師です。何故かは、みなさんでよく考えてください。これも例のあの邪悪な氏族です。日本人は韓国人よりも諦めが早くて、おとなしかったから、虐待もあからさまにはされなかっただけです。実は見えないところで相変わらず、虐待され続けているにも拘らずです。韓国人の先祖は、これに立ち向かって負けたから、子孫が露骨に、あまりにも長いこと虐待され続けて、結果的に、虐待される側も国民全体で、全く自覚のないうちに、今のようなイケズな性格になってしまっているのです。結果は異なっても、問題の本質は、日韓で全く同じなのです。イケズな性格の韓国人は被害者ですから、大いに警戒しつつも、憐れんで差し上げるべきです。
引用以上。
以下引用(註:読みにくいところは一部、私が修正を加えています)。
あなたもまた他の人と同じで、やっぱり、日本人らしい捏造と操作を行っていると思います。あなたの言っていることは、実際の韓国とは全く関係のないことです。まるで小説のようですよ(註:現在の韓国人の国際的評判が著しく悪くなってしまっているのは、韓国ではかなりの長期間に渡って、支配層による民衆いじめが余りにもあからさまに行われてきたせいだという私の主張への反論か?あるいは、現在の韓国人の国際的評判が著しく悪くなってしまっているということそのものを否定しようとしているのか?)。あなたの正体は何でしょうか?右翼でしょうか?そうでなければ、社会的異端なのではないですか?
引用以上。
これに対して EVIL TANGUE というペンネームの日本人が、次のような、なかなか頭のいい、面白い切り返しをされています。
以下引用(註:一部修正)。
ちゃんと飛鷹満さんのブログ読んできた?「『韓国人』の国際的な評判の悪さ」。ここテストに出るからちゃんと復習しとけー。あと「現在のかなり高い知性」は、引っ掛け問題だからなー。そこは「低い」が正解だ!韓国人はほぼ100%、そこで間違えるからちゃんと覚えとくよーに。
引用以上。
辛辣ですが、なかなか頭がいいですよね。
私の Stephan Seo さんへの返信。
以下引用。
Stephan Seo さんへ。私のコメントに返信を下さったのでしょうか?もしそうだとしたら、もっと具体的に記述していただかないと、どうお返事していいのか分かりません。また、私のブログで、この同じコメントをさらに詳しく書き直した記事を「愛国的嫌韓を強調する在日韓国人へ」と題して上げております。それを読んでいただければ、私の趣旨がもっとはっきりと分かるのではないかと思います。アジアはどこの国もある共通の邪悪な集団に牛耳られ、争い合うように焚き付けられています。そんな扇動に乗ってはいけませんよ。
引用以上。
それに対する Stephan Seo さんの返信。
以下引用(註:一部修正)。
あなたとなら、真剣に論議することができそうです。日本語が下手ですが、とにかく、一旦韓国語で書き上げたものを翻訳してコメントします。あなたのブログの記事『愛国的嫌韓を強調する在日韓国人へ』を読みました。このタイトルは、できたら削除していただきたいと思います(註:愛国的嫌韓を強調する在日韓国人を批判している記事と気づかずに、私が嫌韓を強調していると勘違いしたのか?)。日本人たちが日本だけではなく、韓国にまでわざわざ出向いてきて韓国をいじめするためのレトリックと見えます。あなたがもしジェントルマンなら、ご自分の記事にこんなタイトルをつけてはいけないと思います。不正確な事実をサシルインニャング言うが過去の韓国人が当ぎり苦痛よりどれで正当化することができません(註:この最後の文は、修正も不可能なくらい意味不明である)。
引用以上。
言語の障壁を感じた私の英語による回答。
以下引用。
I am eager to make friends with Korean people and other Asian people. As I have been revealing and studying the concealed true history of ancient East Asian countries, including Korea, Japan, China, Mongol, Manchu, and many other countries, I now claim that we Asians share the same origin in a real sense, not in an ideal one. We Asians are all more or less derived from that famous Jacob, an ancient righteous person that were selected and celebrated by God. But people of an evil clan, from that notorious Essau, have frequently stolen into our societies and been confusing and abusing us behind among or replacing our original rulers for hundreds of years. They are now cooperating with European wealthy evil clans that are also derived from that Essau or Nimrod and engaged mainly in finance. They are mixed in with, or depressing, our proper leaders of each country in Asia, of course of Korea. We should go hand in hand with each other and respect each other to resist and beat away them as our common enemies. We should not hate and curse each other.
As far as I know, 百済近尚古王 abdicated the throne to his successor, came to 倭国, got the throne over 倭国, and later was named 応神天皇 in an ancient book of Japanese history.
高句麗広開土王(好太王)abdicated the throne to his son, came to 倭国, got the throne over 倭国, and later was named 仁徳天皇 in an ancient book of Japanese history.
鉄勒可汗達道 was staying in 高句麗, had the throne over 百済 as 法王 for a while, gave the throne to his fellow, came to 倭国, got the throne over 倭国, and later was named 聖徳太子 in an ancient book of Japanese history.
高句麗大莫利支淵蓋蘇文, a son of 達道, gave the throne to his fellow, came to 倭国, got the throne over 倭国, made 倭国 reborn as 日本国, later was named 天武天皇 in an ancient book of Japanese history.
I can offer very many other examples suggesting that Japan and Korea were one in early years, not only in the era of 日韓併合.
引用以上。
これに対する Stephan Seo さんの回答は、残念ながらまだ、届いていません。これを機会に彼と仲良くなれたらいいなと思いますが、どうなるでしょうか?
この私のコメントに対する aikobin というペンネームの日本人が下さったコメント。
以下引用。
人種など関係ない。仲良くすればいい。3代以上続いている東京人より。
引用以上。
これに対する私の回答。
以下引用。
aikobinさんへ。本来なら仰るとおりです。しかし、韓国と日本に密かに盤踞して両国に様々な不幸をもたらしてきた種族は、悪魔崇拝の、一筋縄ではいかない、とんでもない奴らです。誰であれ仲良くすればいいという我々の一般的な善意を利用して、そこにつけ込んできます。誰でもと言う前に、まず家族。次に友人や仲間。地域社会。同国人。隣国人。世界中といった具合に、具体的な平和を実現しておかないと、彼らの罠にはまります。彼らだけは大いに警戒しつつ、後回しにしなければなりません。
日韓は、ためらいながら言ってしまいますが、国境なしでもいいくらいの同族です。琉球と日本の近さにも負けないくらいの近さではないでしょうか?ついでに満州もです。曖昧でもちゃんと平和にやっていた国境線だったのに、それを明確なものに変え、両国民の意識に互いへの嫌悪感が燃え広がるよう、自分たちの利益のために画策している邪悪な種族が、日韓両国に跨って、互いに密かに申し合わせながら存在しているのです。
そもそも、仲のいい隣人同士は、互いの境界線については、大まかなことはきちんと管理しながら、細かいことは、互いに見ないことにするものです。隣家の植木の枝が少々こちら側にかぶさってきたところで、目くじらを立てる必要などないはずなのです。
また、念のために言っておかなくてはいけませんが、国際的に評判の悪い「韓国人」とは、韓国の支配層に紛れ込んだ偽韓国人による数世代にも渡る虐待を受け続けたために、本来の韓国人の美徳を忘却させられた「韓国人」のことです。本来の韓国人は立派な人達なのです。例えば、日本の東京に留学に来ていた時に、駅のホームから誤って線路に落ちてしまった酔っぱらいを、周囲の多くの日本人が手をこまねいて傍観している中で、自分の身の危険も顧みずに線路に飛び込んで助け出そうとし、痛ましくも命を落とした韓国人のエリートがいらっしゃいました。「韓国人」の悪口を言う時は、例えば彼のことを、少しでも思い出してあげてください。
引用以上。
この私のコメントに対する何人かの方々の反応。
以下引用。
rivy imay
一人の韓国人の善行が現実なら、その何十倍も何百倍もの数の韓国人が 日本人の命を奪うような犯罪を犯して来たのも現実です。 「とにかく仲良く…」そのように言う方ほど、日本人には対しては 非情であるように思われてなりません(註:私はこのようには言っていない)。 日本人の不安や憤り、拒絶感・・・。その心と、それに到った事情を、どこまで理解しているのでしょう。
幾つかの国で既に、コリアン排訴のデモや規制措置が起きています。 日本だけが我慢を続けて甘んじなければならない理由は、何ですか?何故、遠ざけてはならないのですか?(註:私は「能力の限界を感じる際は遠ざけて然るべし」と発言している)悪口?悪い行いを悪い、危険な民族を危険と言うのがいけないのでしょうか?(註:私は「そのように日本人に警告を発することは何の問題もないが、韓国人に対してそのような罵りを行うのは、本質から外れている上に、ある意味で危険ですらある」と言っている)
rivy imay
先のコメについて捕捉なのですが、犯罪については在日の韓国人の事です。私は在日特権のような優待制度やそれに伴う問題も無視できないと考えています。在特会等の訴えに耳を貸そうとしない人々が、日本人と云う事にも、そのような方々が日本人を代弁しているような光景にも、疑問が湧きます。過去ならともかく、現在進行形の問題が存在する以上は「とにかく仲良く…」という云い方で済ますことは、許されないと思います。
rivy imay
私の周辺では、静かにですが、反韓感情が浸透して来ています。かつて、仕事で様々な国の方と交流があったのですが、 中国人の友人から、日本人は優しいが騙されやすい、と忠告を受けました。 韓国人とは仲が悪く、彼らは韓国人を嘘つきと言い、警戒していました。 中国人でさえも警戒する民族。日本人はさらに警戒すべきではありませんか?そのような意識が乏しかった事も、今日の日本の惨状に繋がった理由なのではないでしょうか?
世界的に見れば、特定民族を拒む傾向は決して、異常な事ではないと思います。 自衛を目的とする自然な現象です。ですから、それをなくそうと考えるなら、相手に危険や害がないという事を証明しなければなりません。警戒を解かない人々を責めるより(註:私は責めていない。「大いに警戒しつつ、罵り合いを避けよう」と言っている)、警戒されている方々にその事実を伝え、改善の必要性を説いて下さい。
EVIL TANGUE
私を含め多くの日本人は、その留学生の勇気ある行動に感動し、また深く心に刻んでると思いますよ。現にその時のニュースを思い出しました。確か、そのニュースを見て私は、その酔っぱらいに対して怒りを覚えた気がします。私にとって韓国からの留学生と酔っぱらいは何ら関係のない人間です。でも、感動し、彼の遺族に何かできないか、その時は少し考えました。
私達の先人も韓国の独立の為に命を懸けて戦い、多くの犠牲を出ましたが、今その先人達は、恩恵を受けた当事者であるはずの韓国人に、どう言われてますか?日本で起きた事故において...
引用以上。
これに対する私の回答。
以下引用。
了解です。隣人の悪については大いに警戒すべきです。大学時代に私も、留学生に間違われるくらい留学生たちと一緒にいましたが、韓国だけがとにかく、評判が悪かった。これも事実です。ただ、海外で韓国の評判を落とすような行為に走る韓国人は、どんなに多数であっても、あくまでも被害者で、可哀想な人達であること。日本人が、彼等からの被害を警戒するのは構わないけど、罵り合いに巻き込まれたりしたら、事態がよくなるどころか酷くなってしまうこと。少数だが善良な韓国人もいること。これらのことを指摘しております。蛇のように賢く警戒しつつも、目に見える行動では、相手の善意を刺激するような行動に終始しておくべきだと思います。『火垂るの墓』で、幼い兄妹に辛くあたり、結果的に死に至らしめた農家の女性ことを思い出して下さい。追い詰められたら日本人でも、そこまで悪徳に染まってしまうのです。かと言って、彼女のことを面と向かって責める気持ちには、誰もならないでしょう。ただ、不条理な現実を嘆き、この幼い兄妹のためにさめざめと泣くだけでしょう。海外で評判が悪いのにそれを恥じることのできない韓国人は、追い詰められ、病気になった隣人のようなものです。その原因が、私が先述したようなものだということを、いくら深く認識してもしすぎることはないと思います。
韓国人民をいじめて、国民規模であそこまで酷い性格になるところにまで追い詰めた一族と同じ一族が、日本にもいます。例えば、大津いじめ偽装殺人事件の犯人たちの家系。この間の不正選挙を全国規模で行った、末端にまで広がった大規模な人脈。これらもそうです。あれはアメリカ金融偽ユダヤと在日似非右翼だけの仕業ではありません。彼らと同族の「日本人」もまた、その大きな一端を担っています。私たち一人ひとりの知り合いのうちの少なからざる数の人がそれであるかもしれない。まさに、そんな話なのです。
韓国ではそれと同じ種族による国民いじめが、遥かにあからさまに遥かに長期間、行われ続けて来たのでしょう。日本にとって、韓国のことは言はば、他山の石です。悪魔のマークである五芒星を胸に付けて威張り、国民に対する理不尽な脅迫を組織的に行っていた戦時中の愛国婦人会のように、いつ突然牙をむきだしてくるか分かったものではありません。
最近では、千葉県柏市の風魔一族末裔による、最高裁人脈や創価学会などによる、極悪非道の報告もあります。一例としては、看護婦が般若のような顔で、睡眠中の患者の上に馬乗りになりながら首を締め、殺して、自分が属する組織に多額の保険金を引き入れようとした現場が偶々目撃され、すんでのところで止められた時に、その看護婦には何のお咎めもなかったというではないですか。裁判所、検察、病院、生命保険会社、警察、地方自治体、マスコミに、彼らの人脈が深く広く浸透していないとできない話です。被害者の筆舌に尽くしがたい恐怖と怒り、絶望感、脱力感を想像してください。
韓国ではこれに類するような極悪非道が、支配層によって、もっとあからさまに、もっと長い間、行われてきたと推察します。だから国民規模で、あれほどに酷く、性格が歪んでしまっている。こう理解してあげるべきです。罵り合いに巻き込まれるのではなく、そんな韓国人民を同族として憐れみ、自分たちも、韓国人に対する用心とは全く別の、日本国内にいるある邪悪な種族に対する用心もする。できたら、善意の韓国人民とも協力し合う。これが正解なのではないでしょうか?
もうひとつ例を上げておきましょう。地元の公立中学校で一番偉いのは、誰でしょうか?校長先生でしょうか?いいえ、用務員室にいるおじさんと、ろくに勉強もしないのに、もう既に市役所などに就職の決まっている生徒の父兄、それに、何故かずっと転勤せずにひとつの学校に留まり続けている教師です。何故かは、みなさんでよく考えてください。これも例のあの邪悪な氏族です。日本人は韓国人よりも諦めが早くて、おとなしかったから、虐待もあからさまにはされなかっただけです。実は見えないところで相変わらず、虐待され続けているにも拘らずです。韓国人の先祖は、これに立ち向かって負けたから、子孫が露骨に、あまりにも長いこと虐待され続けて、結果的に、虐待される側も国民全体で、全く自覚のないうちに、今のようなイケズな性格になってしまっているのです。結果は異なっても、問題の本質は、日韓で全く同じなのです。イケズな性格の韓国人は被害者ですから、大いに警戒しつつも、憐れんで差し上げるべきです。
引用以上。
「華夏」がかつて、これほど力を持ったことは一度もありません。ほとんど常に、北方騎馬民族に支配されるか、圧迫されて南方に小さく固まっているか、どちらかでしかなかったのです。終戦時には、共産党軍も国民党軍も嫌われ者の弱い軍隊で、中国を統一する力も資格もなかったはずです(当時「中原に鹿を追う」資格があった唯一の勢力は、実は、ここではその詳細は伏せておきますが、ありとあらゆる意味で日本だったのです)。「中国」にも、ソ連やアメリカと同じく、欧米金融偽ユダヤの手が入ったのではないでしょうか?
南京大虐殺は捏造だと盛んに騒がれているし、まず間違いなくその通りなのですが、それを捏造したと言われる日本の朝日新聞政治部(本多勝一をはじめとする)と「中国」共産党の背後には、極めて明確に、アメリカの影が見えます。なのに、何故誰も、何も言わないのでしょう?
殷も周も、秦も漢も、越も斉も魯も、魏も呉も蜀漢も、唐や宋や明も、歴代の王朝が全て半島や列島に流れて来た時とは違って、本当の「夏華」は、清王朝や漢人結社が東南アジアや日本に密かに拠点を移してしまった時には、中原からは跡形もなく消えてしまったのではないでしょうか?現代「中国」なんて本質的に、中国なのでしょうか?
隋も唐も、元も、清も、北方遊牧騎馬民族由来の王朝だったからこそ、チベットやモンゴル、中央アジア諸族、満州と共同体を形成し、広大な「領土」を維持できた。これは、圧政や収奪など全くなかったからこそできたこと。従って、チベットやモンゴル、中央アジア諸族、満州に圧政を加えているにも拘らず清の時のように広大な「領土」を維持できている、そんな現代「中国」は、本当は中国ではない。近代的世界秩序の中で、何者かによって偽装されたものでしかない。こういうことなのではないでしょうか?
客家(ハッカ)とは何者でしょうか?青幇(チンパン)や紅幇(カオパン)の正体は?上のように考えたら、これらの疑問にも、朧げながら答えが透けて見えてくるのではないでしょうか?
チベットを弾圧している主体は、正確には何者なのでしょうか?それを見定めないことには、いくら騒いでも無駄でしょう。
「中国」が日本全国の不動産をあれこれと買い漁っているようですが、その場合の「中国」って、どこのどの「中国」なのでしょうか?その「中国」に、それで何ができるというのでしょう?何が目的でしょうか?日本と日本国民に、具体的にどんな不利益がありますか?
古来「中国」との結びつきで列島内での勢力を維持してきた、かつては例えば、関東巨大古墳群や海人諸族、平将門、平家、北条氏、南朝、細川氏として歴史上に姿を表していた、列島内の例のあの派閥は今、一体何処で、何をしているのでしょうか?
「中国」軍は「日本軍」と戦争しても、勝てないのではないでしょうか?
アメリカ建国そのものに「中国」の何れかの勢力がかなり深く関与していたというのは本当でしょうか?アメリカ、即ちフリーメーソンの中枢に、18世紀の段階でもう既に「中国」が深く関与していたというのは、何とも信憑性が高い話ではないですか?そう言えばザビエルは、日本滞在後、中国に渡って当地で亡くなったのではなかったですか?
「中国」は近い将来に幾つかの国家に分断されるというのは、本当でしょうか?現代「中国」は、恐らくは、チベットとモンゴル、満州、中央アジア諸族、朝鮮、日本、台湾、江南、それに漢の、連帯を伴った一斉蜂起によって一瞬で崩壊する。そんな時が近く、やってくるのではないのか?その時中国から大慌てでチョロチョロと逃げ出してくる連中の姿と正体と次の行き先には、大いに注目しておかなければならないでしょう。
チベットの窮状をあのモンゴルは何故、今このように放置しているのでしょうか?また、チベット亡命政府の存在の意味は何なのでしょう?チベットがかつて、ユーラシア世界で果たしていた役割とは、カトリックのヨーロッパにおけるそれとよく対比して語られますが、具体的にはどんなものだったのでしょうか?日本に誰が何故、密教や禅を取り入れたのでしょうか?
・・・調べなければならないことだらけです。
南京大虐殺は捏造だと盛んに騒がれているし、まず間違いなくその通りなのですが、それを捏造したと言われる日本の朝日新聞政治部(本多勝一をはじめとする)と「中国」共産党の背後には、極めて明確に、アメリカの影が見えます。なのに、何故誰も、何も言わないのでしょう?
殷も周も、秦も漢も、越も斉も魯も、魏も呉も蜀漢も、唐や宋や明も、歴代の王朝が全て半島や列島に流れて来た時とは違って、本当の「夏華」は、清王朝や漢人結社が東南アジアや日本に密かに拠点を移してしまった時には、中原からは跡形もなく消えてしまったのではないでしょうか?現代「中国」なんて本質的に、中国なのでしょうか?
隋も唐も、元も、清も、北方遊牧騎馬民族由来の王朝だったからこそ、チベットやモンゴル、中央アジア諸族、満州と共同体を形成し、広大な「領土」を維持できた。これは、圧政や収奪など全くなかったからこそできたこと。従って、チベットやモンゴル、中央アジア諸族、満州に圧政を加えているにも拘らず清の時のように広大な「領土」を維持できている、そんな現代「中国」は、本当は中国ではない。近代的世界秩序の中で、何者かによって偽装されたものでしかない。こういうことなのではないでしょうか?
客家(ハッカ)とは何者でしょうか?青幇(チンパン)や紅幇(カオパン)の正体は?上のように考えたら、これらの疑問にも、朧げながら答えが透けて見えてくるのではないでしょうか?
チベットを弾圧している主体は、正確には何者なのでしょうか?それを見定めないことには、いくら騒いでも無駄でしょう。
「中国」が日本全国の不動産をあれこれと買い漁っているようですが、その場合の「中国」って、どこのどの「中国」なのでしょうか?その「中国」に、それで何ができるというのでしょう?何が目的でしょうか?日本と日本国民に、具体的にどんな不利益がありますか?
古来「中国」との結びつきで列島内での勢力を維持してきた、かつては例えば、関東巨大古墳群や海人諸族、平将門、平家、北条氏、南朝、細川氏として歴史上に姿を表していた、列島内の例のあの派閥は今、一体何処で、何をしているのでしょうか?
「中国」軍は「日本軍」と戦争しても、勝てないのではないでしょうか?
アメリカ建国そのものに「中国」の何れかの勢力がかなり深く関与していたというのは本当でしょうか?アメリカ、即ちフリーメーソンの中枢に、18世紀の段階でもう既に「中国」が深く関与していたというのは、何とも信憑性が高い話ではないですか?そう言えばザビエルは、日本滞在後、中国に渡って当地で亡くなったのではなかったですか?
「中国」は近い将来に幾つかの国家に分断されるというのは、本当でしょうか?現代「中国」は、恐らくは、チベットとモンゴル、満州、中央アジア諸族、朝鮮、日本、台湾、江南、それに漢の、連帯を伴った一斉蜂起によって一瞬で崩壊する。そんな時が近く、やってくるのではないのか?その時中国から大慌てでチョロチョロと逃げ出してくる連中の姿と正体と次の行き先には、大いに注目しておかなければならないでしょう。
チベットの窮状をあのモンゴルは何故、今このように放置しているのでしょうか?また、チベット亡命政府の存在の意味は何なのでしょう?チベットがかつて、ユーラシア世界で果たしていた役割とは、カトリックのヨーロッパにおけるそれとよく対比して語られますが、具体的にはどんなものだったのでしょうか?日本に誰が何故、密教や禅を取り入れたのでしょうか?
・・・調べなければならないことだらけです。
YouTube で面白いビデオブログを見つけました。日本人に対して、韓国への愛国心に基づいて方法的に極端な嫌韓を強く勧める、そんな在日韓国人のブログです。『在日韓国人が語る犯罪国家韓国』という表題のビデオブログがそれです。以下はそのブログに対して私が入れたコメント。皆さんにもぜひ、読んでいただきたいと思います。
以下引用。
言動や態度の酷い人と関わってその人をよい方向に導こうとする時、その人がその過程で自分にどんな害を及ぼそうとも、こちらが怒りをコントロールできなくなってしまっては、当の目的そのものが損なわれることになります。それでは自己矛盾に陥ってしまいます。相手をよくするどころか、自分まで相手と同じような悪に陥ってしまうことになるからです。この目的は要するに相手の心を変えるということを意味する訳ですが、そんなことはそもそも、極めてハードルの高い厳しい目的なのです。ですから、このことについて自分の能力の限界を感じる時は、状況を具に観察しつつも、自分からは飽くまでも関与しないでおく方がいいだろうという判断にもなる訳です。逆に、この極めて高尚な目的の実現に思い切って身を投じようと決意した人は、たとえその努力の過程で当の相手に殺されることになったとしても、こちらとしては決して文句を言うことができないという具合に、覚悟を固めることになります。
「韓国人」に対して「日本人」は本能的に、以上の二つのうちのどちらかの構えを取るはずです。例えば、征韓論の時の西郷隆文の姿勢は、後者の典型例であったと言えるでしょう。これら二つ以外の、例えば激しい嫌韓を仰々しく表明することや、相手の非を激しく責めて罰を与え反省を促すことなどは、「日本人」のメンタリティの中にはないはずです。あるように見えるのは、そのような扇動に乗って喚き立てることで目立つこと以外の何もしていない、実際は全く無関係な複雑な裏事情を動機として背後に隠し持っている、しかも、ある特定の勢力の意志を受けて自ら偽装された極少数の職業的「愛国日本人」だけなのです。彼らが日本人でも大多数でもないのは、今となっては最早、常識中の常識でしょう。
上に述べたようなあるべき二つの構えに内包された価値については「韓国人」の中にも当然、十分に理解できている人が極小規模ながら存在しているはずです。韓流ドラマと言えば「洗脳」などと喚き立てる人がいますが、それは物語というものの深みを洞察する能力の欠落から来る誤解です。韓流ドラマの多くには、マキャベリズムや根源悪、政治的駆け引きへの深い理解から、今述べたような純粋で積極的な人間関係構築の努力に内包される大いなる価値の明確な把握まで、実に多くの見るべき内容が驚くほど巧みに込められているのです。このことは、例えば『善徳女王』や『朱蒙』などのドラマを観ていただけさえすれば、どんな人でも、大抵の場合は容易に理解していただけるのではないかと思います。これほど質の高いドラマが滅多にあるものではありません。これ程のドラマを創って見せられている限り、少なくともこの人達だけは、たとえ「韓国人」であっても、嫌悪の対象にならないどころかむしろ、大いなる尊敬の対象と見做すべきなのだと思います(ドラマ『善徳女王』で美室役を演じている女優さんの美しさ、女優としての質の高さには特に、驚愕するものがあります)。
悪徳は勿論「韓国人」に限らず「日本人」をも含む人間一般に普遍的に見られるものです。問題はそれが、ちゃんと統制されているかどうかなのです。そんな悪徳が「韓国人」の場合、他には類を見ないくらい極端に露骨に表現されやすいことが、多くの国で、多くの人によって盛んに糾弾されている現状がある訳です。そして、実際にそうなのだろうと私も、実体験から思うわけです。しかしながら「韓国人」がそうなりやすいのには、それなりのちゃんとした理由があるとも思うのです。それは、韓国社会内での階級差別が、韓国の支配者の統治技術の稚拙さから極限まで露骨に、むき出しになってしまっているせいだと思うのです。厳しい階級差別の元で虐げられていることを何世代にも渡って強く自覚し続けてきた時に人間が、人間を人間として素朴に信用できるはずがないのです。そんな自覚的被差別階級の規模が韓国では極端に大きくなっている。その人たちの振る舞いが「韓国人」一般の振る舞いの典型と受け取られてしまうくらいの大きな規模になっている。これこそが実情なのです。
厳しい階級差別は、実は日本でも根深く存在しています。被差別への階級差別は勿論、自らのことを「一億総中流」の一員と自覚している我々一般の「国民」に対しても、厳しい階級差別は紛れもなく存在しているのです。支配階級がただ、その厳しい現実を「国民」に対して極めて巧妙に隠蔽してあげられているにすぎません。西南戦争や終戦の時に貴族や武士が静かに忽然と消えたことになってはいますが、そんな非現実的なことを一般の庶民は、疑うことのできない「現実」として上手に刷り込まれているにすぎないのです。韓国の両班(リャンバン)にあたる貴族階級や武士階級が姿を変えて、この日本にも今だにちゃんと存続しているにも拘らずそうなのです。従って「日本人」には、一部の特殊な自覚的「被差別民」を除いて、自分たちが階級差別によって虐げられているという実感や観念そのものがありません。そのため、人間の本質の一部である悪徳を、他者に対して露骨に表現せざるを得なくなるところにまで心理的に追い込まれる機会が、それほど多くならずに済んでいるだけなのです。
それに対して韓国では、日本で特殊な例外と見做されている自覚的被差別民が、「国民」と言ってもいいような大きな広がりを持って存在している。日本の「国民」に対応する善良で温和な人達の規模が韓国では極端に小さくなってしまっている。この違いはひとえに、支配階級の統治技術の巧拙による社会構造上のものであり、決して「先天的な民族的特徴の差異」などではない。従って「韓国人」の国際的な評判の悪さも、やりようによってはいつでも全面的に改善できるような、そんな性格のものに過ぎない。こういうことなのです。
韓国の統治者も階級差別を、まず初めに「国民」の目から、上手に隠蔽してあげる必要があるでしょう。これは、階級差別を実際になくすよう務めるべきという話とは全く別次元の話です。もっと平たく言うと、「自分が上だ」と配下の人間に自慢して見せてしまいがちな自制心の弱さを階級全体で自覚し、克服すべきだということです(「韓国人」と直接会話した経験がある人なら納得していただけると思いますが、彼らの印象の内で最も一般的なものは高慢なのではないでしょうか?)。上にいる人は、常に姿を隠しておくか、あるいは、やむを得ず人前に出る時などは「私ごときがこのような分不相応な地位に立たせていただいております」などと、謙虚な姿勢を見せておくのが何よりも大切だということです。韓国の支配階級が現在のかなり高い知性を、今述べたようなより高次の、最高級のものにまで磨いて高める必要があるということです。
引用以上。
以下引用。
言動や態度の酷い人と関わってその人をよい方向に導こうとする時、その人がその過程で自分にどんな害を及ぼそうとも、こちらが怒りをコントロールできなくなってしまっては、当の目的そのものが損なわれることになります。それでは自己矛盾に陥ってしまいます。相手をよくするどころか、自分まで相手と同じような悪に陥ってしまうことになるからです。この目的は要するに相手の心を変えるということを意味する訳ですが、そんなことはそもそも、極めてハードルの高い厳しい目的なのです。ですから、このことについて自分の能力の限界を感じる時は、状況を具に観察しつつも、自分からは飽くまでも関与しないでおく方がいいだろうという判断にもなる訳です。逆に、この極めて高尚な目的の実現に思い切って身を投じようと決意した人は、たとえその努力の過程で当の相手に殺されることになったとしても、こちらとしては決して文句を言うことができないという具合に、覚悟を固めることになります。
「韓国人」に対して「日本人」は本能的に、以上の二つのうちのどちらかの構えを取るはずです。例えば、征韓論の時の西郷隆文の姿勢は、後者の典型例であったと言えるでしょう。これら二つ以外の、例えば激しい嫌韓を仰々しく表明することや、相手の非を激しく責めて罰を与え反省を促すことなどは、「日本人」のメンタリティの中にはないはずです。あるように見えるのは、そのような扇動に乗って喚き立てることで目立つこと以外の何もしていない、実際は全く無関係な複雑な裏事情を動機として背後に隠し持っている、しかも、ある特定の勢力の意志を受けて自ら偽装された極少数の職業的「愛国日本人」だけなのです。彼らが日本人でも大多数でもないのは、今となっては最早、常識中の常識でしょう。
上に述べたようなあるべき二つの構えに内包された価値については「韓国人」の中にも当然、十分に理解できている人が極小規模ながら存在しているはずです。韓流ドラマと言えば「洗脳」などと喚き立てる人がいますが、それは物語というものの深みを洞察する能力の欠落から来る誤解です。韓流ドラマの多くには、マキャベリズムや根源悪、政治的駆け引きへの深い理解から、今述べたような純粋で積極的な人間関係構築の努力に内包される大いなる価値の明確な把握まで、実に多くの見るべき内容が驚くほど巧みに込められているのです。このことは、例えば『善徳女王』や『朱蒙』などのドラマを観ていただけさえすれば、どんな人でも、大抵の場合は容易に理解していただけるのではないかと思います。これほど質の高いドラマが滅多にあるものではありません。これ程のドラマを創って見せられている限り、少なくともこの人達だけは、たとえ「韓国人」であっても、嫌悪の対象にならないどころかむしろ、大いなる尊敬の対象と見做すべきなのだと思います(ドラマ『善徳女王』で美室役を演じている女優さんの美しさ、女優としての質の高さには特に、驚愕するものがあります)。
悪徳は勿論「韓国人」に限らず「日本人」をも含む人間一般に普遍的に見られるものです。問題はそれが、ちゃんと統制されているかどうかなのです。そんな悪徳が「韓国人」の場合、他には類を見ないくらい極端に露骨に表現されやすいことが、多くの国で、多くの人によって盛んに糾弾されている現状がある訳です。そして、実際にそうなのだろうと私も、実体験から思うわけです。しかしながら「韓国人」がそうなりやすいのには、それなりのちゃんとした理由があるとも思うのです。それは、韓国社会内での階級差別が、韓国の支配者の統治技術の稚拙さから極限まで露骨に、むき出しになってしまっているせいだと思うのです。厳しい階級差別の元で虐げられていることを何世代にも渡って強く自覚し続けてきた時に人間が、人間を人間として素朴に信用できるはずがないのです。そんな自覚的被差別階級の規模が韓国では極端に大きくなっている。その人たちの振る舞いが「韓国人」一般の振る舞いの典型と受け取られてしまうくらいの大きな規模になっている。これこそが実情なのです。
厳しい階級差別は、実は日本でも根深く存在しています。被差別への階級差別は勿論、自らのことを「一億総中流」の一員と自覚している我々一般の「国民」に対しても、厳しい階級差別は紛れもなく存在しているのです。支配階級がただ、その厳しい現実を「国民」に対して極めて巧妙に隠蔽してあげられているにすぎません。西南戦争や終戦の時に貴族や武士が静かに忽然と消えたことになってはいますが、そんな非現実的なことを一般の庶民は、疑うことのできない「現実」として上手に刷り込まれているにすぎないのです。韓国の両班(リャンバン)にあたる貴族階級や武士階級が姿を変えて、この日本にも今だにちゃんと存続しているにも拘らずそうなのです。従って「日本人」には、一部の特殊な自覚的「被差別民」を除いて、自分たちが階級差別によって虐げられているという実感や観念そのものがありません。そのため、人間の本質の一部である悪徳を、他者に対して露骨に表現せざるを得なくなるところにまで心理的に追い込まれる機会が、それほど多くならずに済んでいるだけなのです。
それに対して韓国では、日本で特殊な例外と見做されている自覚的被差別民が、「国民」と言ってもいいような大きな広がりを持って存在している。日本の「国民」に対応する善良で温和な人達の規模が韓国では極端に小さくなってしまっている。この違いはひとえに、支配階級の統治技術の巧拙による社会構造上のものであり、決して「先天的な民族的特徴の差異」などではない。従って「韓国人」の国際的な評判の悪さも、やりようによってはいつでも全面的に改善できるような、そんな性格のものに過ぎない。こういうことなのです。
韓国の統治者も階級差別を、まず初めに「国民」の目から、上手に隠蔽してあげる必要があるでしょう。これは、階級差別を実際になくすよう務めるべきという話とは全く別次元の話です。もっと平たく言うと、「自分が上だ」と配下の人間に自慢して見せてしまいがちな自制心の弱さを階級全体で自覚し、克服すべきだということです(「韓国人」と直接会話した経験がある人なら納得していただけると思いますが、彼らの印象の内で最も一般的なものは高慢なのではないでしょうか?)。上にいる人は、常に姿を隠しておくか、あるいは、やむを得ず人前に出る時などは「私ごときがこのような分不相応な地位に立たせていただいております」などと、謙虚な姿勢を見せておくのが何よりも大切だということです。韓国の支配階級が現在のかなり高い知性を、今述べたようなより高次の、最高級のものにまで磨いて高める必要があるということです。
引用以上。
RKに中丸さんから年賀状が来たと言って、RKがはしゃいでいる。写真の添付を最近覚えて濫用しているのに、この年賀状の文面は添付しませんね。多分「貴方はこれまでよく頑張りましたし、私もそれを好意を持って拝見してまいりました。しかし、そろそろ幕引きです。貴方からはもう何も起こりませんよ。どうかこのことをご自覚なさって、ご自分とご自分のお仲間のために、上手な幕引きをお考えください」とでも書いてあったのでしょう。でもこれをRKが嬉しそうに記事に上げているのは何故?彼の底の浅さが見えるようではありませんか?
コメントを承認する権利を振り回して大衆のメンタリティをあからさまにコントロールする姿が、気持ち悪くて仕方がありません。見るにつけて、権力というものは、持つべきものが持つべきなのだと、つくづく思います。RKは何よりもまず、この邪悪な振る舞いの報いを受けなくてはならなくなるでしょう。
RKについて幾つかコメントをいただいたので、ついつい、こうして繰り返し見解を述べていますが、そろそろ吐き気を我慢できなくなってきました。そもそもRKと独立党には、余程の奇跡が起こらない限り、未来はありません。最早相手にする価値はないのです。RKを卒業された方は「マヨの本音」でも読んで下さい。リハビリにはなります。ただし、RKのことでもお分かりになったように、どんなに優れた言説にも批判精神なしで近づいてはいけないものです。このことは、お忘れなく。例えば、自分でもブログを立ち上げて、何処かのブログ記事や書物を読んだ感想からでも、日々書いてみたらどうでしょうか?
酷い災いがRKと独立党の人々に降りかかる可能性もあって心配ではありますが、あれだけ気持ちが悪いと、心配するのもバカらしくなってきます。黙想。
RKについて幾つかコメントをいただいたので、ついつい、こうして繰り返し見解を述べていますが、そろそろ吐き気を我慢できなくなってきました。そもそもRKと独立党には、余程の奇跡が起こらない限り、未来はありません。最早相手にする価値はないのです。RKを卒業された方は「マヨの本音」でも読んで下さい。リハビリにはなります。ただし、RKのことでもお分かりになったように、どんなに優れた言説にも批判精神なしで近づいてはいけないものです。このことは、お忘れなく。例えば、自分でもブログを立ち上げて、何処かのブログ記事や書物を読んだ感想からでも、日々書いてみたらどうでしょうか?
酷い災いがRKと独立党の人々に降りかかる可能性もあって心配ではありますが、あれだけ気持ちが悪いと、心配するのもバカらしくなってきます。黙想。
「不正選挙についてRKがまず訴訟を起こせ。そうすれば大きな波が起こる」。
「私が訴訟を起こしても、司法界もグルだらけだから振り回されて終わるだけ。やりたいことがやれなくなるよ。それに私がやらなくても誰かがやるよ。なるようになるさあ。そんなこと言うのはエセ右翼だよ」。
「ふーん。なにそれ?何も訴訟を起こして勝てとは言ってないよ。波を起こせと言っているだけだろ。逆に君が起こさないと誰も起こさない可能性があると言っている。君が今やっていることはそれくらい責任のあることだろ。今さら何ビビってんの?『司法界もグルだらけだから』と言うけど、そんな中で君が訴訟を起こすのはダメで、他の人が訴訟を起こすのはいいということ?それはどう見ても、論理矛盾でしょう。
ひょっとして、波を起こすのは、君にとって、やりたいことではないのかな?そもそもやるべきことですらあると思うのだが。
適当な騒ぎ立てで人を集め、エセ右翼との口汚い罵り合いで集団の質と規模を抑え、この問題に有力者が注目して波が起こるようなことがないように調整するのが君の仕事だったりして。君も最近、そのことにふと気づいたりしたんじゃない?道理で殺されないよね。本質を見抜かれ、無意識をコントロールされた上で泳がされてたんだよね。情報もあの何人かの知り合いがタイミング良くくれたよね。おかしいと思わなかったかい?『八百万の神』改め『ご先祖様』が君のことを、そうやって利用しているだけだったのに。護ってもらってる感まで与えられちゃって。それにしても、いい加減な神様だよなあ。あっちは宗教のプロ。君の世界観がそんなんだから、付け込まれたんだよ。
そもそも、君の言う『やりたいこと』って何?何でいつまでも表明しない?『リベンジの策はそのうち表明するから』って言ってたよね。ひょっとして、Tシャツやポスターのことだったの?えーっ?!そうじゃなくても、グズグズしているから、日本未来の党も解党しちゃうよ。どうするの?
ひょっとして、やりたいことって、日本全国の講演先の女とエッチして廻ること?今狙いを定めてるのが大阪の19歳?いや、確かに可愛いけど。まさかね。そこまで下品ではないよね。ひょっとしたら君の周りの人が職をなくしたり、場合によっては死んだりするような、重大な活動をやっているんだもんね。まさかねえ。
これまでは、泳がされて利用されてきた中、それでも凛々しく、まあまあいい仕事してきたんだから、自分の限界に当たった今、これまでのやり方とは違う、後継者のことも考えた、潮時に相応しい行動に切り替えなさいよ。
君の言う独立党が少年探偵団レベルのものでなく、ちゃんとした党なら、信頼できる部下がいるだろうから、その人に任せて、独立党名義で訴訟してもいいんじゃないか?そもそも、独立党の党員数は何人?
君に今だにプロの弁護士など有能な味方ができないのは、君の説が当たらずも遠からずのレベルで中途半端なのに、やたらと事事しく動いているからというのもあるんじゃないかなあ?多くの普通の人にまあまあの人気があるのを見ても分かるように、君の説はあくまでも入門編。これ以上は無理なんじゃないかなあ。
もう終わりにと言いながらついつい意見してしまうなあ。いかんいかん」。
以上、思いっきり上から目線にしてみました。すみません。
「私が訴訟を起こしても、司法界もグルだらけだから振り回されて終わるだけ。やりたいことがやれなくなるよ。それに私がやらなくても誰かがやるよ。なるようになるさあ。そんなこと言うのはエセ右翼だよ」。
「ふーん。なにそれ?何も訴訟を起こして勝てとは言ってないよ。波を起こせと言っているだけだろ。逆に君が起こさないと誰も起こさない可能性があると言っている。君が今やっていることはそれくらい責任のあることだろ。今さら何ビビってんの?『司法界もグルだらけだから』と言うけど、そんな中で君が訴訟を起こすのはダメで、他の人が訴訟を起こすのはいいということ?それはどう見ても、論理矛盾でしょう。
ひょっとして、波を起こすのは、君にとって、やりたいことではないのかな?そもそもやるべきことですらあると思うのだが。
適当な騒ぎ立てで人を集め、エセ右翼との口汚い罵り合いで集団の質と規模を抑え、この問題に有力者が注目して波が起こるようなことがないように調整するのが君の仕事だったりして。君も最近、そのことにふと気づいたりしたんじゃない?道理で殺されないよね。本質を見抜かれ、無意識をコントロールされた上で泳がされてたんだよね。情報もあの何人かの知り合いがタイミング良くくれたよね。おかしいと思わなかったかい?『八百万の神』改め『ご先祖様』が君のことを、そうやって利用しているだけだったのに。護ってもらってる感まで与えられちゃって。それにしても、いい加減な神様だよなあ。あっちは宗教のプロ。君の世界観がそんなんだから、付け込まれたんだよ。
そもそも、君の言う『やりたいこと』って何?何でいつまでも表明しない?『リベンジの策はそのうち表明するから』って言ってたよね。ひょっとして、Tシャツやポスターのことだったの?えーっ?!そうじゃなくても、グズグズしているから、日本未来の党も解党しちゃうよ。どうするの?
ひょっとして、やりたいことって、日本全国の講演先の女とエッチして廻ること?今狙いを定めてるのが大阪の19歳?いや、確かに可愛いけど。まさかね。そこまで下品ではないよね。ひょっとしたら君の周りの人が職をなくしたり、場合によっては死んだりするような、重大な活動をやっているんだもんね。まさかねえ。
これまでは、泳がされて利用されてきた中、それでも凛々しく、まあまあいい仕事してきたんだから、自分の限界に当たった今、これまでのやり方とは違う、後継者のことも考えた、潮時に相応しい行動に切り替えなさいよ。
君の言う独立党が少年探偵団レベルのものでなく、ちゃんとした党なら、信頼できる部下がいるだろうから、その人に任せて、独立党名義で訴訟してもいいんじゃないか?そもそも、独立党の党員数は何人?
君に今だにプロの弁護士など有能な味方ができないのは、君の説が当たらずも遠からずのレベルで中途半端なのに、やたらと事事しく動いているからというのもあるんじゃないかなあ?多くの普通の人にまあまあの人気があるのを見ても分かるように、君の説はあくまでも入門編。これ以上は無理なんじゃないかなあ。
もう終わりにと言いながらついつい意見してしまうなあ。いかんいかん」。
以上、思いっきり上から目線にしてみました。すみません。
ウィスキーボンボンさんからのコメントの前半部に対する返信です、
>こちらのブログを知ったのは一月程前にRKブログでこちらのブログが紹介された時です。その時からなんとなく気になってはいました。以前からRKがブログで吊るし上げる人の中には、もちろんあからさまに変な人(彼らが言うところのエセ右翼)もいたと思いますが、そうじゃない投稿も一定数あったと思っています。ですのでその時から少し疑問は持っていましたし、それゆえにこちらのブログが気になっていたという感じです。
一ヶ月ほど前の選挙直前に、RKに選挙に出るように勧めようと決意し、ほぼ予想通りに吊るし上げに遭い、その直後から私のブログ内で整理をつける記事を書いてきたのですが、その時もずっと、ウィスキーボンボンさんと同じような眼差しで私とRKのことを見つめていらっしゃる方がおられるであろうことは、重々承知しておりました。日本未来の党解党のニュースを見た時も、やはりなという感じでした。RKは「これも小沢さんの計算のうちで、小沢さんと周囲の国士たちにとってはいいことだ」と即座にコメントしていました。そこまで小沢さんとの一心同体振りを強調するなら何故、今だに、小沢さんや亀井さんとの繋がりが構築できないのでしょうか?「日々影響力の高まっている独立党」が何故、今だに、単なる外野のままなのでしょうか?「私は小沢さんを、民主党政権を運営し始めて以来の一連の行動を見て国士と感じるようになった。もし小沢さんが、私が応援するようになる以前のようなおかしな動きを始めたら、直ぐにまた躊躇することなく激しい批判を始めます」と言っていますが、選挙直前に、幾つかの重大な問題をクリアできず、どんな相手かもはっきりしない日本未来の党に合併した時も、選挙後それほど時間も経たないうちに「不正選挙」との声すら上げずに飄々と日本未来の党の解党の話を出すことも、RKにはおかしな動きには見えないようですね。
エセ右翼の下品なコメントに自分も下品な言葉で対抗して見せることには、その場合は黙殺するのが本当なのですが、かなり熱心です。ブログ記事のネタがない時などは、それで埋めている感もあります。ネタがなく暇な時は、本来なら、取り巻きと戦略会議を開き、小沢氏に会談を申し込むなどのなし得る行動のリストを作って、ひとつひとつ実行していき、その概要をブログで伝えるという感じに展開して欲しかったですよね。
>私も昨日まで独立党掲示板に色々と書き込みをしていた者です。ですが、昨日の未来の党分党のニュースを見て、急に小沢さんに対して疑問を持ち始めました。その結果、RKに対しても疑問を持ち始めました。
そのような人が沢山出て当然だと思います。問題は、それを受けて自分の気持ちをどう整理させるべきかですね。
>私は、選挙後の今の段階で小沢さんが何も動かないことが不思議でなりません。
「マヨの本音」に入った日本未来の党の内部関係者からのリーク情報によると、「小沢さんは選挙中も何故か飄々と脱力していて、いつもの気魄が感じられず、ああこれはダメだなと思った」そうですよ。選挙のプロとも評判の高かったあの小沢さんが、ここ一番と言ったところで、こうだったわけです。インターネット上での支持率の高さも知っていたでしょうに。これは何を意味しているのでしょう?
>もし小沢さんが本当にユダヤから日本の独立を考えているのであれば、今声をあげることになんらデメリットはないはずなんです(むしろ動かない方のデメリットの方が大きい)。「不正選挙」という言葉を用いる必要は必ずしもなく、ただ「選挙結果に対する疑問」や「報道された投票率に対する疑問」の声を上げるだけでもいいと思います。大手メディアは一切報道しないでしょうが、ツイッターで自ら発信してもいいはずです。あるいは、街頭演説をして、選挙結果に対する疑問を表明してもいいと思います。
このような短期の展開ではなく、長期の展望を持って事に臨んでいる可能性も無い訳ではないでしょうが、仮にその場合であっても、国民の圧倒的な支持のある小沢さんですらこれ程慎重にならざるを得ない、巨大な相手なのだということになってしまいます。RKの言うような「没落寸前で焦りまくった人達が今回新たに緊急に行った不正」ではないでしょう。金融偽ユダヤの没落が本当なら、これ程に大規模な不正ができる力など彼等にはないはずです。日本全国の地方自治体の隅々にまでエージェントを予め十分に送り込んでおける権力は、存在しているとしたらやはり、日本の従来からの支配層なのではないでしょうか?明治以来一貫して多少は行ってきたことを、今回はやや露骨に行わざるを得なかっただけなのではないでしょうか?「敵」は金融偽ユダヤではなかったと思います。本当は「敵」という言い方も正確ではない可能性すらあると感じ始めています。明治以来の外国勢力と日本の支配層の結びつきの意味を、RKの説では完全には説明しきれないと私は思います。もっと多角的に調査する必要があります。
因みにベンジャミン=フルフォード氏は、11月24日の講演で、「小沢の二大政党制導入が金融偽ユダヤの陰謀でした。今回の金融偽ユダヤの没落の結果として、今度の選挙は自民党が勝ち、安部が総理になります。本来の派閥政治が外国勢力の侵入を防ぐいい方法だったのです。これからはそれに戻ります」と発言しています。RKとは真っ向から対立する見解ですね。
>次回の選挙で勝とうと本気で思っているなら、次回以降は紙の投票用紙やボールペン、集計ソフト禁止等、不正をできない選挙システムにするべきだという提案をしていく必要がありますが、この提案をするには、現在の選挙システム(ユポ紙に鉛筆を使う等)の問題点を世間に訴えなければなりません。そしてそのためには今の段階で声を上げ、行動を始めるのが一番効果が高いはずです(鉄は熱いうちに打ての言葉通りに)。にもかかわらず一切そういう行動を取らないのは不自然・不合理極まりない。
まさにその通りです。小沢さんは勿論、RKなら、今回の選挙前にもそれができたし、するべきでした。RKが立候補して政見放送や街頭演説でそれらの問題を訴えることだけが、他の何よりも有効で唯一正当な途だったと思います。そんなことは逆にいろんな理由から小沢さんにはできなかったのですから、改革者としての小沢さんの強力なアシストに、あるいは裏切り者の大物エージェントとしての小沢さんの効果的な化けの皮はがしに、さらには、政界の大規模な色分けや再編成に、もっと言えば、潜伏している日本の善なる権力者の何十年か振りの胎動に、繋がった筈なのです。社会の隅々が大きく揺れ動いたことでしょう。残念ながらRKは、それを阻む、私達には見えない巨大な何かを見ていました。間違いなく。自分が知らないうちにおかれてしまっている地位のあまりの重大さに、それまでもある程度は重大だと自惚れていたでしょうが、それを遥かに超える重大さに、この夏くらいにふと気付いて、かなりビビってしまっている気がします。平穏無事に活動を終えられるなら今すぐにでも喜んで終えるのにといった心境なのではないでしょうか?「勝利宣言」や「独立宣言」は、本当は「この辺でもうやめたい」の意味ではないかと思います。
>それをしないのは、もうあきらめてるのか、あるいはそこには触れるなという密約でもあるのか、あるいは訴訟期限である来月半ばまでは黙っていろということなのか、黙っていないと命を狙われるということなのか、詳しいことはわかりませんが、いずれにしても、力不足は明白だと思いました。実際、昨日、自由党時代の政権公約を小沢さんのHPで見ましたが、経済政策には「自由主義経済」と書かれています。小泉旋風吹き荒れる中で、小泉さんと同じことを言っているということは、マスコミ報道以上の経済知識を持っていないか、あるいは単に権力が欲しいだけなのか、いずれにしても日本を救うには力量不足だと思い、冷めてしまいました。
田中角栄さんをはじめとする多くの政治家とは違い、彼はまだ暗殺されていませんね。あの絶頂期の、情況を熟知して周到に動いていたケネディすら暗殺した集団が小沢さんを、ましてやRKを殺せないはずがないと思いますが。RKの説明では、極めて用意周到な上に日本古来の八百万の神に(最近は私の指摘を読んでか読まずか「ご先祖様」に変更しています)守られているからということでした。本当でしょうか?宗教の全てをバカにしているはずだったのに?
>また、未来の党が内紛から分党して議員が一人になってしまえば、未来の党の落選議員は訴訟に訴えることをためらうはずです。未来の党に対する世間の目も冷たくなりますから、余計に不正追求の勢いや力は弱まります。訴訟期限までまだ20日近くある時点で、早々と内紛を起こし、森議員はツイッターに嘉田さんの批判を書き、亀井さんはマスコミに党の一体化がないと言うのは、わざわざ世間に未来の党がダメな政党であると印象づけて、落選議員の訴訟行動を抑制し、世間の不正追求の矛先を鈍らせるためにやったのではないかとさえ思います。
小沢さんを信じて民主党を離党した多くの元議員までグルだったということはないですよね?グルじゃなかったら、被害者ですね。正直者が馬鹿を見る現実を今更ながら味わっていることでしょう。こんな彼らに小沢さんは、心の底から震え立つような長期展望を語ってあげられているでしょうか?彼らの小沢さんに対する態度の変遷や彼等の今後の身の振り方は見ものです。色んなことが分かるのではないでしょうか?責任を追求することもなくシラけて、小沢さんを見捨て、小沢さんをはじめとする多くの人達が引退や転身などを口にし始めて雲散霧消してしまったら、小沢エージェント説が確定してしまいます。そして私は、その可能性が高いと思います。民主主義は絶対に信じてはいけないのです。
>最終的には分党でも構わないと思いますが、少なくとも訴訟期限である来月半ばまでは、分党せず嘉田代表の人事案を受け入れておいても良かったと思います。今分党するのは不正追求運動に水を指すこと以外の何物でもないからです。従って、昨日から、わざと今の段階で分党したんじゃないかと疑ってしまっています。だとすれば、未来の党の人々も、(完全にではないにしても)あちら側と言えると思います。
嘉田さんの背後には間違いなく、金融偽ユダヤとは違う何者かがいます。私達は「新羅系秦氏」と呼んでいます。新幹線の新駅建設反対で知事になった後は、あっという間にその人たちに取り込まれてしまったのではないでしょうか?一見民主主義の勝利のように見える出来事も、その何者か達にとっては、計算の内なのだと思います。彼等の組織内で新陳代謝がうまくいかない時に、このような案件を捻り上げて、巧妙に処理するのではないでしょうか?隠れた実力者には兎に角、何でもできるのでしょう。
そもそも、彼等支配層が善である時にのみ国民は、幸せになるのであり、民衆には民衆であるが故に民衆自身の幸せに、政治(統治)という形で責任を持って関われるはずがないのです。民主主義は完全にバーチャルですよ。民衆にできるのは、彼等支配層が自らの内に溜まったアカを新陳代謝しようと動く時に邪魔をしないことくらいではないでしょうか?そうでなかったら、現実を全てまざまざと認識した上で白い目だけは向けつつ、心静かに黙々と自分の義務を果たし続けることだけでしょう。文字通り何も、できはしないはずなのです。ただ、祈ることはできます。大勢の人間のひとつになった祈りの力は馬鹿にできないですよ。馬鹿にできないから支配者は、自らの姿を隠す必要に迫られるのではないでしょうか?「陰謀」の動機はそこにあるようです。
>昨日から小沢さんが行動を起こさないのがおかしいと考えるようになったのと同時に、RKが行動を起こさないのもおかしいと感じるようになりました。選挙後、RKは自身のブログを多くの人が手軽に覚醒するためのツールと言っていました。それは確かにそうでしょう。ですが、彼の本当の目的が、「多くの日本人の覚醒とそれによる日本独立」であるならば、行動しない方がよほどおかしいと思います。おっしゃる通り選挙に出るべきですし、それこそ可能な限り様々な選挙に立候補して、街頭演説や政見放送で一人でも多くの覚醒者を増やそうと努力した方が彼のブログや動画のアクセス数増加につながるからです。初めから当選を目的とせず、一人でも多くの国民の覚醒を目的とするならば、大手メディアが扱ってくれないにしても、表に出ていこうとする姿勢と行動は維持し続けるのが自然で合理的な行動だと思います。馬鹿にされても、攻撃されても泥だらけになって闘い続ける姿勢や、敵に対しても覚醒して欲しいという思いを表現する優しさをしっかりと体現できれば、それこそ今の段階でもっと覚醒者が増えていると思いますし、独立党を離れる人も減っているはずです(飛鷹満さんもRK支持を続けているはずですし)。さらに、多くの有識者(有名な人でなくてもいくらでも有識者はいるので)を巻き込み、少しづつでも組織を作って具体的な活動(例えば、派遣社員を対象にした集会)を積極的にしていけば、活動資金ももっと集まり、はるかに大きなムーブメントになっている可能性も十分にあります。
その通りです。彼はそれにある時ふと気付いて、ビクついているのです。
>それを一切せずにこれまで通りブログと講演会のみで、あとはTシャツやポスター掲示・ビラまきということであれば、やっぱりおかしいと思わざるをえません。訴訟期限までの期間で世間が選挙結果におかしいと思っている「今」行動できないのは本当に変だと思います。あとになればなるほど行動は難しく、その結果参院選も同様の結果に終わることは目に見えているわけですし。
それでも観ていると、光る点が二つだけありました。「アンプリンタ」なるものの存在の暴露と、鹿児島の独立党員による鹿児島市内の公安への訪問、詰問です。後者の場合、成果はほとんどないでしょうが、それでも、この方の心意気を感じてすごく感動しました。薩摩にはそういう気質があるのです。それにしてもRKの責任は、一歩間違うと大勢の人間の生死に関わってくるような重大な性質のものです。彼は一体、どうするつもりなのでしょうか?
>おっしゃる通り、裏社会の力を見せつけられた形ですね。あきらめムードが漂います。
私の場合、違う意味で全く諦めていませんよ。詳しくは、「民主主義を絶対に信じてはいけない」をお読みください。心の底から清く明るく自分の義務に打ち込むことと祈ることの重要性について述べています。
>私はRKには裏社会から与えられた役割があるのだと思います。「ネットで情報は流すが、行動はしない」。これが彼に許された活動範囲で、その効果は多分、世間に裏社会の力を見せつけること、普通の人を諦めさせること、具体的行動を起こさせないこと、裏社会を追求する勢力の団結を阻むこと、あたりなのかなと思います。
その可能性は十分ありです。RKが別人に変装して私のブログにみっつのコメントを入れたことがあるのですが(多分そうだと思います。今はブログの雰囲気が悪くならないように非公開にしています。やや狂気を感じさせる文面です)、それを分析すると彼は、彼が日頃述べている裏社会とは違う裏社会の怖さを熟知している様子でした。彼が諏訪の高句麗系の血筋で、華僑の支援を金銭面も情報面も受けているという推定は、多分、当たっていると踏んでいます。北朝鮮が実は日本の秘密結社の残置国家だというコメントだけは、何時入れても絶対に、削除しますよ。表の見解では、CIAによって支援された工作国家の側面しか言いません。CIAの存在そのものに日本の秘密結社が大きく関わっているという有力情報を、彼が知らないはずないでしょう?何があっても敵は金融偽ユダヤだけというのが彼の基本スタンスです。世界はそんなに単純でしょうか?
>あるいは飛鷹満さんのおっしゃる通り、裏社会には時折自分たちの存在を世間に知らせたい気分になる時があるようなので、そのための道具なのかもしれません。だとしたら、RKは裏社会のオモチャかもしれません(RKすら気づかないようにRKに情報をくれてやってるのかもしれません)。
多分、それが本当だと思います。支配層の奥の奥には、大勢の人間の思考の基盤をコントロールできる、こんな言い方をすると思わず引いてしまわれる方もいらっしゃるでしょうが、一種の「超能力者」がいます。それをベースに様々な形而下的な手法を体型的に効果的に使っているのだと思います。
私の師匠曰く、「彼等を絶対に甘く見るな。やるなら死ぬ覚悟で、自分達も秘密結社を組織して、武力も大いに動員して一気にやるのでないといけない。権力者や自衛隊の一部を自分の側につけないと何も始まらない。ひたすら天の道を歩け。全ては後からついてくる。死を恐るな。この世だけが人の生きる世ではない」と。
>長々と私の思っていることを書いてしまいました。申し訳ございませんでした。お読みいただきありがとうございました。
私だけではなく、RKに関わりながら不安に思っておられる多くの方に、一条の光をもたらすような熱い思いのこもったいい文章だと思いました。本当にありがとうございました。多少自分の論旨が整わなくても、是が非でも可能な限り丁寧に返信しなくてはならないと思いました。
最後に、RKの至らなさに話題が集中しましたが、彼が一種の義人であり、我々にとって恩人のひとりだったことも忘れないようにしなくてはいけません。また、独立党の人々に災いが降りかからないように、災いを避けられるように、場合によっては奇跡が起こって、彼等の活躍でこの社会が迅速に改革されるように、祈ることも忘れてはいけません。
コメントの後半に対する返信は、次の記事に回したいと思います。
>こちらのブログを知ったのは一月程前にRKブログでこちらのブログが紹介された時です。その時からなんとなく気になってはいました。以前からRKがブログで吊るし上げる人の中には、もちろんあからさまに変な人(彼らが言うところのエセ右翼)もいたと思いますが、そうじゃない投稿も一定数あったと思っています。ですのでその時から少し疑問は持っていましたし、それゆえにこちらのブログが気になっていたという感じです。
一ヶ月ほど前の選挙直前に、RKに選挙に出るように勧めようと決意し、ほぼ予想通りに吊るし上げに遭い、その直後から私のブログ内で整理をつける記事を書いてきたのですが、その時もずっと、ウィスキーボンボンさんと同じような眼差しで私とRKのことを見つめていらっしゃる方がおられるであろうことは、重々承知しておりました。日本未来の党解党のニュースを見た時も、やはりなという感じでした。RKは「これも小沢さんの計算のうちで、小沢さんと周囲の国士たちにとってはいいことだ」と即座にコメントしていました。そこまで小沢さんとの一心同体振りを強調するなら何故、今だに、小沢さんや亀井さんとの繋がりが構築できないのでしょうか?「日々影響力の高まっている独立党」が何故、今だに、単なる外野のままなのでしょうか?「私は小沢さんを、民主党政権を運営し始めて以来の一連の行動を見て国士と感じるようになった。もし小沢さんが、私が応援するようになる以前のようなおかしな動きを始めたら、直ぐにまた躊躇することなく激しい批判を始めます」と言っていますが、選挙直前に、幾つかの重大な問題をクリアできず、どんな相手かもはっきりしない日本未来の党に合併した時も、選挙後それほど時間も経たないうちに「不正選挙」との声すら上げずに飄々と日本未来の党の解党の話を出すことも、RKにはおかしな動きには見えないようですね。
エセ右翼の下品なコメントに自分も下品な言葉で対抗して見せることには、その場合は黙殺するのが本当なのですが、かなり熱心です。ブログ記事のネタがない時などは、それで埋めている感もあります。ネタがなく暇な時は、本来なら、取り巻きと戦略会議を開き、小沢氏に会談を申し込むなどのなし得る行動のリストを作って、ひとつひとつ実行していき、その概要をブログで伝えるという感じに展開して欲しかったですよね。
>私も昨日まで独立党掲示板に色々と書き込みをしていた者です。ですが、昨日の未来の党分党のニュースを見て、急に小沢さんに対して疑問を持ち始めました。その結果、RKに対しても疑問を持ち始めました。
そのような人が沢山出て当然だと思います。問題は、それを受けて自分の気持ちをどう整理させるべきかですね。
>私は、選挙後の今の段階で小沢さんが何も動かないことが不思議でなりません。
「マヨの本音」に入った日本未来の党の内部関係者からのリーク情報によると、「小沢さんは選挙中も何故か飄々と脱力していて、いつもの気魄が感じられず、ああこれはダメだなと思った」そうですよ。選挙のプロとも評判の高かったあの小沢さんが、ここ一番と言ったところで、こうだったわけです。インターネット上での支持率の高さも知っていたでしょうに。これは何を意味しているのでしょう?
>もし小沢さんが本当にユダヤから日本の独立を考えているのであれば、今声をあげることになんらデメリットはないはずなんです(むしろ動かない方のデメリットの方が大きい)。「不正選挙」という言葉を用いる必要は必ずしもなく、ただ「選挙結果に対する疑問」や「報道された投票率に対する疑問」の声を上げるだけでもいいと思います。大手メディアは一切報道しないでしょうが、ツイッターで自ら発信してもいいはずです。あるいは、街頭演説をして、選挙結果に対する疑問を表明してもいいと思います。
このような短期の展開ではなく、長期の展望を持って事に臨んでいる可能性も無い訳ではないでしょうが、仮にその場合であっても、国民の圧倒的な支持のある小沢さんですらこれ程慎重にならざるを得ない、巨大な相手なのだということになってしまいます。RKの言うような「没落寸前で焦りまくった人達が今回新たに緊急に行った不正」ではないでしょう。金融偽ユダヤの没落が本当なら、これ程に大規模な不正ができる力など彼等にはないはずです。日本全国の地方自治体の隅々にまでエージェントを予め十分に送り込んでおける権力は、存在しているとしたらやはり、日本の従来からの支配層なのではないでしょうか?明治以来一貫して多少は行ってきたことを、今回はやや露骨に行わざるを得なかっただけなのではないでしょうか?「敵」は金融偽ユダヤではなかったと思います。本当は「敵」という言い方も正確ではない可能性すらあると感じ始めています。明治以来の外国勢力と日本の支配層の結びつきの意味を、RKの説では完全には説明しきれないと私は思います。もっと多角的に調査する必要があります。
因みにベンジャミン=フルフォード氏は、11月24日の講演で、「小沢の二大政党制導入が金融偽ユダヤの陰謀でした。今回の金融偽ユダヤの没落の結果として、今度の選挙は自民党が勝ち、安部が総理になります。本来の派閥政治が外国勢力の侵入を防ぐいい方法だったのです。これからはそれに戻ります」と発言しています。RKとは真っ向から対立する見解ですね。
>次回の選挙で勝とうと本気で思っているなら、次回以降は紙の投票用紙やボールペン、集計ソフト禁止等、不正をできない選挙システムにするべきだという提案をしていく必要がありますが、この提案をするには、現在の選挙システム(ユポ紙に鉛筆を使う等)の問題点を世間に訴えなければなりません。そしてそのためには今の段階で声を上げ、行動を始めるのが一番効果が高いはずです(鉄は熱いうちに打ての言葉通りに)。にもかかわらず一切そういう行動を取らないのは不自然・不合理極まりない。
まさにその通りです。小沢さんは勿論、RKなら、今回の選挙前にもそれができたし、するべきでした。RKが立候補して政見放送や街頭演説でそれらの問題を訴えることだけが、他の何よりも有効で唯一正当な途だったと思います。そんなことは逆にいろんな理由から小沢さんにはできなかったのですから、改革者としての小沢さんの強力なアシストに、あるいは裏切り者の大物エージェントとしての小沢さんの効果的な化けの皮はがしに、さらには、政界の大規模な色分けや再編成に、もっと言えば、潜伏している日本の善なる権力者の何十年か振りの胎動に、繋がった筈なのです。社会の隅々が大きく揺れ動いたことでしょう。残念ながらRKは、それを阻む、私達には見えない巨大な何かを見ていました。間違いなく。自分が知らないうちにおかれてしまっている地位のあまりの重大さに、それまでもある程度は重大だと自惚れていたでしょうが、それを遥かに超える重大さに、この夏くらいにふと気付いて、かなりビビってしまっている気がします。平穏無事に活動を終えられるなら今すぐにでも喜んで終えるのにといった心境なのではないでしょうか?「勝利宣言」や「独立宣言」は、本当は「この辺でもうやめたい」の意味ではないかと思います。
>それをしないのは、もうあきらめてるのか、あるいはそこには触れるなという密約でもあるのか、あるいは訴訟期限である来月半ばまでは黙っていろということなのか、黙っていないと命を狙われるということなのか、詳しいことはわかりませんが、いずれにしても、力不足は明白だと思いました。実際、昨日、自由党時代の政権公約を小沢さんのHPで見ましたが、経済政策には「自由主義経済」と書かれています。小泉旋風吹き荒れる中で、小泉さんと同じことを言っているということは、マスコミ報道以上の経済知識を持っていないか、あるいは単に権力が欲しいだけなのか、いずれにしても日本を救うには力量不足だと思い、冷めてしまいました。
田中角栄さんをはじめとする多くの政治家とは違い、彼はまだ暗殺されていませんね。あの絶頂期の、情況を熟知して周到に動いていたケネディすら暗殺した集団が小沢さんを、ましてやRKを殺せないはずがないと思いますが。RKの説明では、極めて用意周到な上に日本古来の八百万の神に(最近は私の指摘を読んでか読まずか「ご先祖様」に変更しています)守られているからということでした。本当でしょうか?宗教の全てをバカにしているはずだったのに?
>また、未来の党が内紛から分党して議員が一人になってしまえば、未来の党の落選議員は訴訟に訴えることをためらうはずです。未来の党に対する世間の目も冷たくなりますから、余計に不正追求の勢いや力は弱まります。訴訟期限までまだ20日近くある時点で、早々と内紛を起こし、森議員はツイッターに嘉田さんの批判を書き、亀井さんはマスコミに党の一体化がないと言うのは、わざわざ世間に未来の党がダメな政党であると印象づけて、落選議員の訴訟行動を抑制し、世間の不正追求の矛先を鈍らせるためにやったのではないかとさえ思います。
小沢さんを信じて民主党を離党した多くの元議員までグルだったということはないですよね?グルじゃなかったら、被害者ですね。正直者が馬鹿を見る現実を今更ながら味わっていることでしょう。こんな彼らに小沢さんは、心の底から震え立つような長期展望を語ってあげられているでしょうか?彼らの小沢さんに対する態度の変遷や彼等の今後の身の振り方は見ものです。色んなことが分かるのではないでしょうか?責任を追求することもなくシラけて、小沢さんを見捨て、小沢さんをはじめとする多くの人達が引退や転身などを口にし始めて雲散霧消してしまったら、小沢エージェント説が確定してしまいます。そして私は、その可能性が高いと思います。民主主義は絶対に信じてはいけないのです。
>最終的には分党でも構わないと思いますが、少なくとも訴訟期限である来月半ばまでは、分党せず嘉田代表の人事案を受け入れておいても良かったと思います。今分党するのは不正追求運動に水を指すこと以外の何物でもないからです。従って、昨日から、わざと今の段階で分党したんじゃないかと疑ってしまっています。だとすれば、未来の党の人々も、(完全にではないにしても)あちら側と言えると思います。
嘉田さんの背後には間違いなく、金融偽ユダヤとは違う何者かがいます。私達は「新羅系秦氏」と呼んでいます。新幹線の新駅建設反対で知事になった後は、あっという間にその人たちに取り込まれてしまったのではないでしょうか?一見民主主義の勝利のように見える出来事も、その何者か達にとっては、計算の内なのだと思います。彼等の組織内で新陳代謝がうまくいかない時に、このような案件を捻り上げて、巧妙に処理するのではないでしょうか?隠れた実力者には兎に角、何でもできるのでしょう。
そもそも、彼等支配層が善である時にのみ国民は、幸せになるのであり、民衆には民衆であるが故に民衆自身の幸せに、政治(統治)という形で責任を持って関われるはずがないのです。民主主義は完全にバーチャルですよ。民衆にできるのは、彼等支配層が自らの内に溜まったアカを新陳代謝しようと動く時に邪魔をしないことくらいではないでしょうか?そうでなかったら、現実を全てまざまざと認識した上で白い目だけは向けつつ、心静かに黙々と自分の義務を果たし続けることだけでしょう。文字通り何も、できはしないはずなのです。ただ、祈ることはできます。大勢の人間のひとつになった祈りの力は馬鹿にできないですよ。馬鹿にできないから支配者は、自らの姿を隠す必要に迫られるのではないでしょうか?「陰謀」の動機はそこにあるようです。
>昨日から小沢さんが行動を起こさないのがおかしいと考えるようになったのと同時に、RKが行動を起こさないのもおかしいと感じるようになりました。選挙後、RKは自身のブログを多くの人が手軽に覚醒するためのツールと言っていました。それは確かにそうでしょう。ですが、彼の本当の目的が、「多くの日本人の覚醒とそれによる日本独立」であるならば、行動しない方がよほどおかしいと思います。おっしゃる通り選挙に出るべきですし、それこそ可能な限り様々な選挙に立候補して、街頭演説や政見放送で一人でも多くの覚醒者を増やそうと努力した方が彼のブログや動画のアクセス数増加につながるからです。初めから当選を目的とせず、一人でも多くの国民の覚醒を目的とするならば、大手メディアが扱ってくれないにしても、表に出ていこうとする姿勢と行動は維持し続けるのが自然で合理的な行動だと思います。馬鹿にされても、攻撃されても泥だらけになって闘い続ける姿勢や、敵に対しても覚醒して欲しいという思いを表現する優しさをしっかりと体現できれば、それこそ今の段階でもっと覚醒者が増えていると思いますし、独立党を離れる人も減っているはずです(飛鷹満さんもRK支持を続けているはずですし)。さらに、多くの有識者(有名な人でなくてもいくらでも有識者はいるので)を巻き込み、少しづつでも組織を作って具体的な活動(例えば、派遣社員を対象にした集会)を積極的にしていけば、活動資金ももっと集まり、はるかに大きなムーブメントになっている可能性も十分にあります。
その通りです。彼はそれにある時ふと気付いて、ビクついているのです。
>それを一切せずにこれまで通りブログと講演会のみで、あとはTシャツやポスター掲示・ビラまきということであれば、やっぱりおかしいと思わざるをえません。訴訟期限までの期間で世間が選挙結果におかしいと思っている「今」行動できないのは本当に変だと思います。あとになればなるほど行動は難しく、その結果参院選も同様の結果に終わることは目に見えているわけですし。
それでも観ていると、光る点が二つだけありました。「アンプリンタ」なるものの存在の暴露と、鹿児島の独立党員による鹿児島市内の公安への訪問、詰問です。後者の場合、成果はほとんどないでしょうが、それでも、この方の心意気を感じてすごく感動しました。薩摩にはそういう気質があるのです。それにしてもRKの責任は、一歩間違うと大勢の人間の生死に関わってくるような重大な性質のものです。彼は一体、どうするつもりなのでしょうか?
>おっしゃる通り、裏社会の力を見せつけられた形ですね。あきらめムードが漂います。
私の場合、違う意味で全く諦めていませんよ。詳しくは、「民主主義を絶対に信じてはいけない」をお読みください。心の底から清く明るく自分の義務に打ち込むことと祈ることの重要性について述べています。
>私はRKには裏社会から与えられた役割があるのだと思います。「ネットで情報は流すが、行動はしない」。これが彼に許された活動範囲で、その効果は多分、世間に裏社会の力を見せつけること、普通の人を諦めさせること、具体的行動を起こさせないこと、裏社会を追求する勢力の団結を阻むこと、あたりなのかなと思います。
その可能性は十分ありです。RKが別人に変装して私のブログにみっつのコメントを入れたことがあるのですが(多分そうだと思います。今はブログの雰囲気が悪くならないように非公開にしています。やや狂気を感じさせる文面です)、それを分析すると彼は、彼が日頃述べている裏社会とは違う裏社会の怖さを熟知している様子でした。彼が諏訪の高句麗系の血筋で、華僑の支援を金銭面も情報面も受けているという推定は、多分、当たっていると踏んでいます。北朝鮮が実は日本の秘密結社の残置国家だというコメントだけは、何時入れても絶対に、削除しますよ。表の見解では、CIAによって支援された工作国家の側面しか言いません。CIAの存在そのものに日本の秘密結社が大きく関わっているという有力情報を、彼が知らないはずないでしょう?何があっても敵は金融偽ユダヤだけというのが彼の基本スタンスです。世界はそんなに単純でしょうか?
>あるいは飛鷹満さんのおっしゃる通り、裏社会には時折自分たちの存在を世間に知らせたい気分になる時があるようなので、そのための道具なのかもしれません。だとしたら、RKは裏社会のオモチャかもしれません(RKすら気づかないようにRKに情報をくれてやってるのかもしれません)。
多分、それが本当だと思います。支配層の奥の奥には、大勢の人間の思考の基盤をコントロールできる、こんな言い方をすると思わず引いてしまわれる方もいらっしゃるでしょうが、一種の「超能力者」がいます。それをベースに様々な形而下的な手法を体型的に効果的に使っているのだと思います。
私の師匠曰く、「彼等を絶対に甘く見るな。やるなら死ぬ覚悟で、自分達も秘密結社を組織して、武力も大いに動員して一気にやるのでないといけない。権力者や自衛隊の一部を自分の側につけないと何も始まらない。ひたすら天の道を歩け。全ては後からついてくる。死を恐るな。この世だけが人の生きる世ではない」と。
>長々と私の思っていることを書いてしまいました。申し訳ございませんでした。お読みいただきありがとうございました。
私だけではなく、RKに関わりながら不安に思っておられる多くの方に、一条の光をもたらすような熱い思いのこもったいい文章だと思いました。本当にありがとうございました。多少自分の論旨が整わなくても、是が非でも可能な限り丁寧に返信しなくてはならないと思いました。
最後に、RKの至らなさに話題が集中しましたが、彼が一種の義人であり、我々にとって恩人のひとりだったことも忘れないようにしなくてはいけません。また、独立党の人々に災いが降りかからないように、災いを避けられるように、場合によっては奇跡が起こって、彼等の活躍でこの社会が迅速に改革されるように、祈ることも忘れてはいけません。
コメントの後半に対する返信は、次の記事に回したいと思います。
RKについてのコメントがこれまでにふたつ入りました。皆さんにも読んでいただきたいと思います。
以下引用
初めてコメントします。
私も昨日まで独立党掲示板に色々と書き込みをしていた者です。ですが、昨日の未来の党分党のニュースを見て、急に小沢さんに対して疑問を持ち始めました。その結果、RKに対しても疑問を持ち始めました。
こちらのブログを知ったのは一月程前にRKブログでこちらのブログが紹介された時です。その時からなんとなく気になってはいました。以前からRKがブログで吊るし上げる人の中には、もちろんあからさまに変な人(彼らが言うところのエセ右翼)もいたと思いますが、そうじゃない投稿も一定数あったと思っています。ですのでその時から少し疑問は持っていましたし、それゆえにこちらのブログが気になっていたという感じです。
前置きが長くなりましたので本題に入らせて頂きます。
私は、選挙後の今の段階で小沢さんが何も動かないことが不思議でなりません。もし小沢さんが本当にユダヤから日本の独立を考えているのであれば、今声をあげることになんらデメリットはないはずなんです(むしろ動かない方のデメリットの方が大きい)。「不正選挙」という言葉を用いる必要は必ずしもなく、ただ「選挙結果に対する疑問」や「報道された投票率に対する疑問」の声を上げるだけでもいいと思います。大手メディアは一切報道しないでしょうが、ツイッターで自ら発信してもいいはずです。あるいは、街頭演説をして、選挙結果に対する疑問を表明してもいいと思います。次回の選挙で勝とうと本気で思っているなら、次回以降は紙の投票用紙やボールペン、集計ソフト禁止等、不正をできない選挙システムにするべきだという提案をしていく必要がありますが、この提案をするには、現在の選挙システム(ユポ紙に鉛筆を使う等)の問題点を世間に訴えなければなりません。そしてそのためには今の段階で声を上げ、行動を始めるのが一番効果が高いはずです(鉄は熱いうちに打ての言葉通りに)。にもかかわらず一切そういう行動を取らないのは不自然・不合理極まりない。それをしないのは、もうあきらめてるのか、あるいはそこには触れるなという密約でもあるのか、あるいは訴訟期限である来月半ばまでは黙っていろということなのか、黙っていないと命を狙われるということなのか、詳しいことはわかりませんが、いずれにしても、力不足は明白だと思いました。実際、昨日、自由党時代の政権公約を小沢さんのHPで見ましたが、経済政策には「自由主義経済」と書かれています。小泉旋風吹き荒れる中で、小泉さんと同じことを言っているということは、マスコミ報道以上の経済知識を持っていないか、あるいは単に権力が欲しいだけなのか、いずれにしても日本を救うには力量不足だと思い、冷めてしまいました。
また、未来の党が内紛から分党して議員が一人になってしまえば、未来の党の落選議員は訴訟に訴えることをためらうはずです。未来の党に対する世間の目も冷たくなりますから、余計に不正追求の勢いや力は弱まります。訴訟期限までまだ20日近くある時点で、早々と内紛を起こし、森議員はツイッターに嘉田さんの批判を書き、亀井さんはマスコミに党の一体化がないと言うのは、わざわざ世間に未来の党がダメな政党であると印象づけて、落選議員の訴訟行動を抑制し、世間の不正追求の矛先を鈍らせるためにやったのではないかとさえ思います。最終的には分党でも構わないと思いますが、少なくとも訴訟期限である来月半ばまでは、分党せず嘉田代表の人事案を受け入れておいても良かったと思います。今分党するのは不正追求運動に水を指すこと以外の何物でもないからです。従って、昨日から、わざと今の段階で分党したんじゃないかと疑ってしまっています。だとすれば、未来の党の人々も、(完全にではないにしても)あちら側と言えると思います。
昨日から小沢さんが行動を起こさないのがおかしいと考えるようになったのと同時に、RKが行動を起こさないのもおかしいと感じるようになりました。選挙後、RKは自身のブログを多くの人が手軽に覚醒するためのツールと言っていました。それは確かにそうでしょう。ですが、彼の本当の目的が、「多くの日本人の覚醒とそれによる日本独立」であるならば、行動しない方がよほどおかしいと思います。おっしゃる通り選挙に出るべきですし、それこそ可能な限り様々な選挙に立候補して、街頭演説や政見放送で一人でも多くの覚醒者を増やそうと努力した方が彼のブログや動画のアクセス数増加につながるからです。初めから当選を目的とせず、一人でも多くの国民の覚醒を目的とするならば、大手メディアが扱ってくれないにしても、表に出ていこうとする姿勢と行動は維持し続けるのが自然で合理的な行動だと思います。馬鹿にされても、攻撃されても泥だらけになって闘い続ける姿勢や、敵に対しても覚醒して欲しいという思いを表現する優しさをしっかりと体現できれば、それこそ今の段階でもっと覚醒者が増えていると思いますし、独立党を離れる人も減っているはずです(飛鷹満さんもRK支持を続けているはずですし)。さらに、多くの有識者(有名な人でなくてもいくらでも有識者はいるので)を巻き込み、少しづつでも組織を作って具体的な活動(例えば、派遣社員を対象にした集会)を積極的にしていけば、活動資金ももっと集まり、はるかに大きなムーブメントになっている可能性も十分にあります。それを一切せずにこれまで通りブログと講演会のみで、あとはTシャツやポスター掲示・ビラまきということであれば、やっぱりおかしいと思わざる負えません。訴訟期限までの期間で世間が選挙結果におかしいと思っている「今」行動できないのは本当に変だと思います。あとになればなるほど行動は難しく、その結果参院選も同様の結果に終わることは目に見えているわけですし。おっしゃる通り、裏社会の力を見せつけられた形ですね。あきらめムードが漂います。
私はRKには裏社会から与えられた役割があるのだと思います。「ネットで情報は流すが、行動はしない」。これが彼に許された活動範囲で、その効果は多分、世間に裏社会の力を見せつけること、普通の人を諦めさせること、具体的行動を起こさせないこと、裏社会を追求する勢力の団結を阻むこと、あたりなのかなと思います。あるいは飛鷹満さんのおっしゃる通り、裏社会には時折自分たちの存在を世間に知らせたい気分になる時があるようなので、そのための道具なのかもしれません。だとしたら、RKは裏社会のオモチャかもしれません(RKすら気づかないようにRKに情報をくれてやってるのかもしれません)。
長々と私の思っていることを書いてしまいました。申し訳ございませんでした。お読みいただきありがとうございました。
最後に、よろしければ下記の点に関して、飛鷹満さんのご見識をお教えください;
(1)検察が小沢さんを訴えたのは、RKの言う通り、小沢さんを縛るためだったということでしょうか?あの一連の出来事についてどのようなご意見をお持ちですか?
(2)太田龍さん、ベンジャミンさん、植草一秀さん、苫小牧さん、等々色々な人がおられますが、だれも具体的な行動は起こしません。これは皆さんRKと同じということでしょうか?ご意見をお聞かせください。
(3)小沢さんは今回の選挙で嘉田さんを担ぎ出して未来の党を作り、戦いました。これは、純粋に選挙に勝つための戦略だったと考える方が自然ですか?あるいは負けを前提にして、取った戦略だったのでしょうか(つまりRKの言うように、不正が行われる前提で直前に未来の党を作ったのか)?ご意見をお聞かせください
今後も、質問等、させて頂きたく思っております。
お忙しい中大変恐縮ですが、何卒ご見識をお分けいただきますようお願い申し上げます。
by ウイスキーボンボンさん
引用以上。
このコメントについては、これから詳細に分析を加えて、私の見解を可能な限り論述してみたいと思います。しばらく時間をください。
私の返信以前に、まずは一足先に、皆さんにご紹介しておかなければと思いました。ひょっとしたら、RKさんも読んでいるかもわかりません。私よりも先にウィスキーボンボンさんにご意見のある方は、コメントをいれて差し上げてください。
ウィスキーボンボンさん、コメントしていただいて、感謝しております。
以下引用
初めてコメントします。
私も昨日まで独立党掲示板に色々と書き込みをしていた者です。ですが、昨日の未来の党分党のニュースを見て、急に小沢さんに対して疑問を持ち始めました。その結果、RKに対しても疑問を持ち始めました。
こちらのブログを知ったのは一月程前にRKブログでこちらのブログが紹介された時です。その時からなんとなく気になってはいました。以前からRKがブログで吊るし上げる人の中には、もちろんあからさまに変な人(彼らが言うところのエセ右翼)もいたと思いますが、そうじゃない投稿も一定数あったと思っています。ですのでその時から少し疑問は持っていましたし、それゆえにこちらのブログが気になっていたという感じです。
前置きが長くなりましたので本題に入らせて頂きます。
私は、選挙後の今の段階で小沢さんが何も動かないことが不思議でなりません。もし小沢さんが本当にユダヤから日本の独立を考えているのであれば、今声をあげることになんらデメリットはないはずなんです(むしろ動かない方のデメリットの方が大きい)。「不正選挙」という言葉を用いる必要は必ずしもなく、ただ「選挙結果に対する疑問」や「報道された投票率に対する疑問」の声を上げるだけでもいいと思います。大手メディアは一切報道しないでしょうが、ツイッターで自ら発信してもいいはずです。あるいは、街頭演説をして、選挙結果に対する疑問を表明してもいいと思います。次回の選挙で勝とうと本気で思っているなら、次回以降は紙の投票用紙やボールペン、集計ソフト禁止等、不正をできない選挙システムにするべきだという提案をしていく必要がありますが、この提案をするには、現在の選挙システム(ユポ紙に鉛筆を使う等)の問題点を世間に訴えなければなりません。そしてそのためには今の段階で声を上げ、行動を始めるのが一番効果が高いはずです(鉄は熱いうちに打ての言葉通りに)。にもかかわらず一切そういう行動を取らないのは不自然・不合理極まりない。それをしないのは、もうあきらめてるのか、あるいはそこには触れるなという密約でもあるのか、あるいは訴訟期限である来月半ばまでは黙っていろということなのか、黙っていないと命を狙われるということなのか、詳しいことはわかりませんが、いずれにしても、力不足は明白だと思いました。実際、昨日、自由党時代の政権公約を小沢さんのHPで見ましたが、経済政策には「自由主義経済」と書かれています。小泉旋風吹き荒れる中で、小泉さんと同じことを言っているということは、マスコミ報道以上の経済知識を持っていないか、あるいは単に権力が欲しいだけなのか、いずれにしても日本を救うには力量不足だと思い、冷めてしまいました。
また、未来の党が内紛から分党して議員が一人になってしまえば、未来の党の落選議員は訴訟に訴えることをためらうはずです。未来の党に対する世間の目も冷たくなりますから、余計に不正追求の勢いや力は弱まります。訴訟期限までまだ20日近くある時点で、早々と内紛を起こし、森議員はツイッターに嘉田さんの批判を書き、亀井さんはマスコミに党の一体化がないと言うのは、わざわざ世間に未来の党がダメな政党であると印象づけて、落選議員の訴訟行動を抑制し、世間の不正追求の矛先を鈍らせるためにやったのではないかとさえ思います。最終的には分党でも構わないと思いますが、少なくとも訴訟期限である来月半ばまでは、分党せず嘉田代表の人事案を受け入れておいても良かったと思います。今分党するのは不正追求運動に水を指すこと以外の何物でもないからです。従って、昨日から、わざと今の段階で分党したんじゃないかと疑ってしまっています。だとすれば、未来の党の人々も、(完全にではないにしても)あちら側と言えると思います。
昨日から小沢さんが行動を起こさないのがおかしいと考えるようになったのと同時に、RKが行動を起こさないのもおかしいと感じるようになりました。選挙後、RKは自身のブログを多くの人が手軽に覚醒するためのツールと言っていました。それは確かにそうでしょう。ですが、彼の本当の目的が、「多くの日本人の覚醒とそれによる日本独立」であるならば、行動しない方がよほどおかしいと思います。おっしゃる通り選挙に出るべきですし、それこそ可能な限り様々な選挙に立候補して、街頭演説や政見放送で一人でも多くの覚醒者を増やそうと努力した方が彼のブログや動画のアクセス数増加につながるからです。初めから当選を目的とせず、一人でも多くの国民の覚醒を目的とするならば、大手メディアが扱ってくれないにしても、表に出ていこうとする姿勢と行動は維持し続けるのが自然で合理的な行動だと思います。馬鹿にされても、攻撃されても泥だらけになって闘い続ける姿勢や、敵に対しても覚醒して欲しいという思いを表現する優しさをしっかりと体現できれば、それこそ今の段階でもっと覚醒者が増えていると思いますし、独立党を離れる人も減っているはずです(飛鷹満さんもRK支持を続けているはずですし)。さらに、多くの有識者(有名な人でなくてもいくらでも有識者はいるので)を巻き込み、少しづつでも組織を作って具体的な活動(例えば、派遣社員を対象にした集会)を積極的にしていけば、活動資金ももっと集まり、はるかに大きなムーブメントになっている可能性も十分にあります。それを一切せずにこれまで通りブログと講演会のみで、あとはTシャツやポスター掲示・ビラまきということであれば、やっぱりおかしいと思わざる負えません。訴訟期限までの期間で世間が選挙結果におかしいと思っている「今」行動できないのは本当に変だと思います。あとになればなるほど行動は難しく、その結果参院選も同様の結果に終わることは目に見えているわけですし。おっしゃる通り、裏社会の力を見せつけられた形ですね。あきらめムードが漂います。
私はRKには裏社会から与えられた役割があるのだと思います。「ネットで情報は流すが、行動はしない」。これが彼に許された活動範囲で、その効果は多分、世間に裏社会の力を見せつけること、普通の人を諦めさせること、具体的行動を起こさせないこと、裏社会を追求する勢力の団結を阻むこと、あたりなのかなと思います。あるいは飛鷹満さんのおっしゃる通り、裏社会には時折自分たちの存在を世間に知らせたい気分になる時があるようなので、そのための道具なのかもしれません。だとしたら、RKは裏社会のオモチャかもしれません(RKすら気づかないようにRKに情報をくれてやってるのかもしれません)。
長々と私の思っていることを書いてしまいました。申し訳ございませんでした。お読みいただきありがとうございました。
最後に、よろしければ下記の点に関して、飛鷹満さんのご見識をお教えください;
(1)検察が小沢さんを訴えたのは、RKの言う通り、小沢さんを縛るためだったということでしょうか?あの一連の出来事についてどのようなご意見をお持ちですか?
(2)太田龍さん、ベンジャミンさん、植草一秀さん、苫小牧さん、等々色々な人がおられますが、だれも具体的な行動は起こしません。これは皆さんRKと同じということでしょうか?ご意見をお聞かせください。
(3)小沢さんは今回の選挙で嘉田さんを担ぎ出して未来の党を作り、戦いました。これは、純粋に選挙に勝つための戦略だったと考える方が自然ですか?あるいは負けを前提にして、取った戦略だったのでしょうか(つまりRKの言うように、不正が行われる前提で直前に未来の党を作ったのか)?ご意見をお聞かせください
今後も、質問等、させて頂きたく思っております。
お忙しい中大変恐縮ですが、何卒ご見識をお分けいただきますようお願い申し上げます。
by ウイスキーボンボンさん
引用以上。
このコメントについては、これから詳細に分析を加えて、私の見解を可能な限り論述してみたいと思います。しばらく時間をください。
私の返信以前に、まずは一足先に、皆さんにご紹介しておかなければと思いました。ひょっとしたら、RKさんも読んでいるかもわかりません。私よりも先にウィスキーボンボンさんにご意見のある方は、コメントをいれて差し上げてください。
ウィスキーボンボンさん、コメントしていただいて、感謝しております。