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気象庁発表よりも早く台風の進路がわかるサイト

2011-05-28 21:26:15 | 戯言

本日、2つめの記事です。

このところ仕事の忙しさに感けて更新をサボリ気味なので、今日は頑張っちゃいます。

 

ところで非常に強い台風2号が接近中ですね。

こちら(熊本)では未だ台風の直接的な影響はありませんが、台風が前線を刺激しているためか、朝からずっと雨が降り続いています。

 

今年の台風は、先に発生した1号から日本近海に接近、そして2号までも。。。

これまでのところ、発生した台風は100%日本近海にやって来ていることになりますね。

まだ5月だというのに。。。

こんなに早い時期に台風が接近するなんてまめ八の記憶にはありません。

地震に津波、それに時期尚早の大型台風。。。

一体、今年の日本はどうなっているんでしょうねぇ~。

 

さて、私事ながらまめ八は、九州に住んでいるという地理的な理由と、仕事上の必要性から、台風や集中豪雨の予報には日頃から人一倍注意しています。

どんな自然災害(勿論、人災でもそうなのですが。。。)でも、発生する前の情報収集が、被害を未然に防ぐ基本だと考えているからです。

 

そんなまめ八が、数年前から台風の進路予想に利用しているサイトがコチラ(←クリック)、“Joint Typhoon Warning Center”です。

ご存知の方も多いかもしれませんが、このサイトは、アメリカ海軍が西太平洋に展開するアメリカ海軍の艦船へ台風情報を提供するために独自出している予報で、日本の気象庁発表よりも早く台風の進路を知ることが出来ます。具体的に言えば、フィリピン付近に台風が位置している段階で、その台風が日本付近の何処を通過するのかが表示されます。また、コレまで利用してきた感想として、その進路予想も非常に正確です。

 

さて、その利用方法ですが、“Joint Typhoon Warning Center”を開き、アンダーラインが付いた項目の上から2番目にある TC Warning Graphicをクリックすれば台風の予想進路図が表示されます。

 

ただ、このサイトを利用する上で幾つかの注意点もあります。

まず、言うまでもないことですが、アメリカ海軍のサイトなので当然ブラウザは全て英語。。。

また、速度(KT)や距離、時間、風速なども日本の表示とは異なる事に注意が必要です。

さらに、台風の進路予報とはいえあくまでも軍事情報ですから、米海軍艦艇が当該水域で作戦行動を行っている場合や、アメリカの非友好国が安易に利用することがないように、時々繋がらなくなる時があります。

 

ただ、台風の進路予測をいち早く知りたい場合には非常に有効ですよ。

なお、日本近海に台風が接近した後は、気象庁の台風情報(←クリック)の方が正確で、解り易いことは言うまでもありません。

 

“備えあれば憂いなし”

これから台風シーズンを迎えますね。

いち早く台風の進路を把握して、対策を講じる際にお薦めのサイトですよ。


コメント

--------これより以下のコメントは、2013年5月30日以前に-----------
あなたのブログにコメント投稿されたものです。

宮ちゃんNO1 [2011年5月28日 23:00]
こんばんは~ 宮ちゃんで~す!

ホント・・・頑張りますネ~
なるほど・・・アメリカ海軍の天気予報デスね!
エリアに寄って使い分けすれば・・・より正確な情報が得らるって事・・・
いずれにしても・・・台風が今時接近するって
異常気象デスよね~

W650 [2011年5月29日 9:42]
おはようございます。
大変興味あるサイトのご紹介ありがとうございます。
見解の違いか、アメリカ海軍の予想と気象庁の予想では若干異なりますね。
まあ、目的が違うからなのかもしれませんが・・・。
こちらは昨夜からずっと雨が降り続いております。
そちらは今頃は再接近している時間帯でしょうか。
-.-; [2011年5月29日 14:07]
こんにちは、面白そうなサイトですね!
確かに5月に台風ってあんまりないですよね、被害が拡大しなければ
いいのですが・・・・。
今後の季節に役立ちそうです、活用してみたいと思います♪
EP82-SW20 [2011年5月29日 19:22]
こんばんは。
とりあえず台風は温帯低気圧になり、予断はまだ許されませんが明日の昼には関東地方は晴れ間が覗くそうです。
福島原発近辺の雨量が気になるところです(^^;)
まめ八 [2011年5月30日 10:59]
宮ちゃん、こんにちわ。
いつもコメントを頂き、有難うございます。
この米海軍の台風情報は、気象庁よりも早く日本近海での台風の予想進路を示してくれるので、仕事の予定変更や、台風対策にとても役立ちます。
ただ、日本近海に台風が到達してしまってからは気象庁発表の情報の方が正確なので、使い分けするといいかもしれません。
まめ八 [2011年5月30日 11:05]
W650さん、こんにちわ。
いつもコメントを頂き、有難うございます。
これから台風シーズンになりますから、仕事やレジャーの計画変更などを考える上では役に立つサイトではないでしょうか?
台風の方は、九州から離れたコースを通ったにも拘らず、予想以上に吹き返しの風が強かったですよ。これから梅雨の集中豪雨や台風などの自然災害のシーズンになりますが、東北地方の被害に追い討ちがかからない事を祈るばかりです。
まめ八 [2011年5月30日 11:11]
-.-;さん、こんにちわ。
いつもコメントを頂き、有難うございます。
このサイト、実際に使ってみると本当に便利ですよ。3号が発生した際に試してみて下さいね。
地震に津波、台風。。。今年の日本は自然災害の連続攻撃ですね。
原発事故の後処理などを見るにつけ、堕落してしまった日本人への天罰なのかなぁ~なんて考えてしまう事があります。
まめ八 [2011年5月30日 11:14]
EP82-SW20さん、こんにちわ。
いつもコメントを頂き、有難うございます。
こちらでは朝から台風一過の素晴らしい晴天が広がっています。また、台風が大陸からの冷たい空気を引き込んだみたいで、日差しは強いのですが涼しくて爽やかな天気です。
何もウィークデーにこんないい日和にならなくても。。。と天を仰いでおります。

戦車模型展示室 ~その14 M4A3(76)W

2011-05-28 18:57:32 | 模型について

2週間ぶりの休日なのに外は雨。。。

オマケに非常に強い台風2号が九州地方に接近中。。。

明日予定されていた子どもたちの運動会も延期になってしまいました。

それにしても、例年なら、今の季節、東南アジア方面に向かうはずの台風が、今年は1号、2号と立て続けに日本近海にまで北上してきました。まだ5月ですよ!

地震、津波に加えて、異常に早い時期の台風。。。このところの天変地異にちょっと不安を募らせているまめ八です。(原発の方は人災ですが、コチラの方も心配ですね。)

 

さて、久しぶりの戦車模型展示室。

今回は、第二次世界大戦のアメリカ軍主力戦車M4(通称シャーマン)です。

それではいつものように濃い実車解説から。。。

 

第二次世界大戦の勃発時、アメリカ陸軍は、地上戦における戦車の運用を重視しておらず、その保有数もヨーロッパ列強諸国に比べると少ないものでした。しかし、大戦初期にドイツ陸軍が、戦車を主力として諸兵科を連携させる新戦術“電撃戦”で大成功を収めると、軍上層部も戦車の重要性を認めることになりました。また、当時のアメリカは、中国や東南アジアで日本との関係が険悪化しており、早晩、日本と同盟関係にあったドイツとの開戦も予想されていました。

しかしながら、当時アメリカが保有していたM2中戦車は世界各国の主力戦車と比較して時代遅れも甚だしく、新型戦車の開発が急がれることになり、1941年4月から生産が始まったのがM3(通称リー)戦車でした。

ところが、このM3戦車は、大口径砲を搭載した全周回砲塔を備えた本格的な戦車の開発にアメリカの自動車メーカーが慣れていないという理由から、主砲の75㎜砲は車体右側に固定され、副砲の37㎜砲が旋回砲塔に搭載するという奇抜なスタイルであり、性能的にも様々な問題を抱えていました。

結局、M3戦車は次期主力戦車登場までの繋ぎとして北アフリカのイギリス軍に供与された他(イギリス軍仕様のM3戦車はグラントと呼ばれる)、レンドリースによってソヴィエト軍にも送られ、ドイツ軍戦車相手に“繋ぎ”としてはまぁまぁ善戦することになります。(ただ、前線でのロシア兵からは“七人兄弟の棺おけ”という有難くないニックネームを頂戴しています)

 

M3戦車の生産によって、戦車設計と生産のノウハウと自信を手に入れたアメリカが1942年から生産を開始したのがM4(通称シャーマン)戦車です。

M4戦車は、M3戦車の車体をベースに75㎜砲を搭載できる全周回の大型砲塔を備えたアメリカ軍初の近代的な戦車となり、当時激戦が続いていた北アフリカ戦線のエル・アラメインのイギリス軍に送られました。

戦場でのM4戦車は、ドイツ軍が長砲身75㎜砲を備えたⅣ号戦車を僅かしか装備しておらず、しかも補給不足によって消耗していたことなどもあって、戦況を挽回する重要な戦力として大活躍します。

ところが、M4戦車が単体としてドイツ軍の戦車を圧倒したのはこの時期が最初で最後となりました。

北アフリカ戦線末期の1943年になるとドイツ軍の主力は長砲身のⅣ号戦車となり、さらにティーガーⅠ型が戦場に現れるとM4戦車の受難の歴史が始まるのです。

1943年11月に始まるチュニジアの戦いでは、経験不足のアメリカ軍は百戦錬磨のドイツ軍によって赤子の手を捻るように一方的に撃破されてしまいます。チュニジア戦劈頭のカセリーヌ峠の戦いでは、百戦錬磨のドイツ戦車兵が乗る長砲身Ⅳ号戦車、88㎜砲、そしてティーガーⅠ型戦車によってM4戦車は文字通り射的場の的のように撃破されてしまうというワンサイドゲームが繰り広げられました。(この大敗北の報告を受けたルーズベルト米大統領が“我々のアメリカンボーイ達は戦争が出来るのかね?”と周囲に嘆きの言葉を漏らした事は有名なエピソードですね。)

結局、このチュニジアの戦いは、圧倒的な物量を誇る連合軍が、砲兵と航空攻撃によってドイツ軍戦車を圧倒し最終的には勝利を手中に収めます。

しかし、その後のシチリア戦、イタリア戦線においてもM4戦車はドイツ軍戦車に対して不利な戦いを強いられることになります。

こうした実戦での経験から、性能不足を補うためにM4戦車は逐次改良を受けていくことになります。

車長の視界を確保するためにペリスコープやキューポラを取り付けたり、防御力不足を補うために装甲が強化され、特に垂直な側面装甲板の弾薬庫が置かれた部位には増加装甲板が溶接止めされました。また、被弾した際に搭載した弾薬が誘爆することが多かったことから、弾薬庫を車体下部に移した上、弾薬庫を不凍液で浸して引火を防ぐ湿式弾薬庫が逐次採用されていきます。

また攻撃力の面での改良も必要でした。

M4が装備していた75㎜砲ではティーガーは勿論のこと、1943年からドイツ軍が主力戦車として投入してきたパンテル戦車にも歯が立ちませんでした。

これは、アメリカ軍上層部が対戦車戦闘は駆逐戦車や対戦車砲が受け持つもの、という古い考えを持っていたためですが、前線からの強い要望から、M18ヘルキャット駆逐戦車やM10駆逐戦車と同じ、対戦車攻撃力を増した52口径76.2 mm 戦車砲M1A2を装備したM4も生産されるようになりました。

 

しかし、こうした様々な改良にもかかわらず、なおM4戦車の性能不足は明らかでした。航空機用の星型エンジンを改良したエンジンを搭載していた結果、背が高くなってしまい、それ故に垂直で広くなってしまった側面装甲板は簡単に敵弾によって射貫されてしまいました。

また、ガソリンエンジンを使用していたことから敵弾を受けると松明のように燃え上がりやすいなどの問題も抱えていました。

さらに、75㎜砲は勿論、改良型の76㎜砲はタングステン硬芯の高速徹甲弾(HVAP)を使用すればドイツの88㎜砲並みの性能を示しましたが、大戦中にはこのHVAP弾の供給が遅れたことから、通常の徹甲弾が多く使用された事により本来の威力を発揮することが出来ずに、Ⅳ号戦車には何とか有効であったものの、パンテル戦車やティーガー戦車には全く歯が立ちませんでした。

 

このように性能的に劣るM4戦車が、強力なドイツ軍戦車に遭遇した場合には、一目散に逃げて無線で航空攻撃を要請するか、さもなければフォーメーションを組み、ドイツ戦車を取り囲んで集中射撃によって破壊するしか方法がなかったのです。(西部戦線で撃破されたパンテル戦車やティーガー戦車が弾痕だらけになっているのはこのためです)

その結果、M4戦車は、味方のアメリカ軍兵士からも“アヒルのように簡単にやれちまう”と嘲笑されたみたいです。

 

ただ、その機械的信頼性、生産性の良さ、メンテナンスが簡易であること、扱いやすさなどは、凝った設計のために生産性が悪く、神経質で機械的信頼性に乏しく、熟練した戦車兵と整備兵がいないとまともに稼動しなかったドイツ戦車よりも兵器としては上であるとする軍事評論家もいます。

ちなみに、1942~45年までのM4戦車の生産台数は5万輌!、ドイツが1935~45年まで生産したⅣ号戦車のそれは9000輌、パンテル戦車が1943~45年で6000輌、ティーガーⅠ型が1942~1944年で1300輌、ティーガーⅡ型が1944~45年で500輌弱ですから、M4戦車の生産性の高さと、アメリカ合衆国の工業生産力が圧倒的であったかがお解かりになると思います。

ちなみにM4戦車の名誉のために。。。M4戦車は、太平洋戦線では有効な対戦車兵器を持たなかった日本軍相手に文字通り無敵戦車として活躍したことを付け加えておきます。

 

M4戦車は、その最終生産型であるM4A3E8(シャーマン・イージーエイト)で完成を見ますが、M4A3E8は1950年に始まる朝鮮戦争で北朝鮮軍のT-34/85相手に善戦し、戦後も西側陣営の主力戦車として使用されています。

イスラエルなどは、中古のM4戦車をスクラップヤードから買い集め、独自の改良を施してアイ・シャーマン、スーパー・シャーマンとして近年まで使用していました。(現在も予備役としてストックされているそうです)

また、日本の陸上自衛隊でも国産の61式中戦車にとって変わられるまで主力戦車として使用されていました。

 

さて、解説が長くなりましたが、作品は、各形式があるM4戦車の中でも後期型に属する1944年6月から生産が始まったM4A3(76)Wをモデル化したドラゴン社のキットです。

 

 

このキット、単体で発売されていたM4A3(76)Wに、価格を抑えて、歩兵のフィギュアとエッチングパーツなどを追加した“バルジ仕様”としたお買い得パッケージなんです。

日ごろはドイツ物しか作らないまめ八も、思わず手が伸びて気が付いた時には箱を抱えてレジの前に並んでいたという、催眠術を使うキットでもあります。

 

 

アメリカ軍の事については詳しい知識を持ち合わせていないので、完全な素組みです。マーキングは、箱絵にも描かれている一番派手な“サンダーボルト号”にしました。このサンダーボルト号は、有名なバルジ(アルデンヌ)の戦いの際に撮られた実車の写真が残されています。

 

 

塗装は、いつものアクリルカラーを使用しています。

車体下部の泥汚れは、パステル粉をアクリル溶剤で溶いたものを塗りつけて、乾燥させた後、毛の短い筆と綿棒によって軽く落として再現しました。

 

 

このサンダーボルト号は、1944年12月にベルギーのアルデンヌ地方で始まったヒトラー最後の賭けである西部戦線におけるドイツ軍最後の攻勢“アルデンヌ攻勢”に使用された車輌です。

当時、アルデンヌ地方は相当な積雪があったみたいで、装軌車輌でも雪によって行動不能に陥るものがあったみたいです。その積雪対策として覆帯の外側にアタッチメントを装着して接地圧を下げる工夫がなされましたが、当時の写真によるとこのサンダーボルト号にもこのアタッチメントが装着されていました。

このキットでは、こうした点も見逃さずにきちんと再現してあります。

最近のドラゴン社のキットは、このキットに限らず、こうした細かい点まで手抜かりなくきちんと再現しており、小煩い考証派モデラーまで唸らせています。

本物のスケールモデルと言えるでしょう。

 

 

さて、当時(今でもですが。。。)、世界で最も高い科学力と巨大な自動車産業を有していたアメリカ合衆国が何故、M4戦車のような性能不足の戦車しで大戦を戦い続けたのか?という疑問を持たれた方もおられると思います。

そのことについて最後に少々述べてからこの記事を閉めたいと思います。

M4戦車の性能が、ドイツ軍の戦車に比べてあらゆる面で劣っていたことを、アメリカ軍の上層部は、大戦期間中の比較的早い時期に解っていたといわれています。そこで、強力なドイツ軍戦車に対抗できる戦車としてT-26(後のM26パーシング)の開発が命じられることになります。

T-26は1944年の中ごろには大量生産できる状況にまで計画は順調に進行していたのですが、アメリカ軍の上層部は、このT26の生産開始を、“戦車生産に混乱をきたす”という理由から認めず、M4戦車の生産が引き続き継続されていくことになったのです。

ところが、アルデンヌの戦いでアメリカ軍兵士の間に“ティーガー恐怖症”が蔓延し、それが新聞によってアメリカ国民に報道されると、慌てた軍上層部は、急遽、T-26戦車を前線に送ることを決定しました。

このT-26戦車は、実戦において、ドイツ軍のパンテル戦車と互角以上、ティーガー戦車に対しても何とか対抗できる性能であることが証明されて、ヨーロッパの戦いも終わりが近い1945年1月にM-26として正式採用されます。

そして1950年に始まる朝鮮戦争ではアメリカ軍の主力戦車として、またその後のアメリカ陸軍の主力戦車であるM26~M46~M47~M48~M60という系列の基本形となっていきます。

この高性能戦車M26が1944年の段階で大量生産が始められ、アメリカ軍の主力戦車になっていればどれだけ沢山の兵士の命が救われたかもしれません。

自分たちのノルマ達成と兵器産業との癒着?、そして判断ミスを隠蔽するために、大統領やアイゼンハウワーにまでM4戦車の性能を高く偽って報告し、自分たちの主張を正当化するためにもっともらしい理由をつけて正しい選択まで排除し続け、その結果、死ななくても良かった沢山の兵士たちを見殺しにしたた当時のアメリカ軍上層部の行動。。。

 

何処かの国の原発事故の関係者の言動に似ていると思いませんか?


コメント

--------これより以下のコメントは、2013年5月30日以前に-----------
あなたのブログにコメント投稿されたものです。

宮ちゃんNO1 [2011年5月28日 19:20]
こんばんは~ 宮ちゃんで~す!

イヤ~・・・久々に戦車の話題・・・
でも・・・今回はアメリカ・・・
詳しい内容は相変わらず判らないデスが・・・
ブログの最後・・・・
う~ん・・・何処にも有るんデスね~
個人のエゴによる被害者が・・・(涙)

EP82-SW20 [2011年5月28日 20:04]
こんばんは。
久々の戦車ですねぇ(^^)
パンフロでこいつに乗ると、Ⅳ号とは互角ですw
正面攻撃では運次第。
パンターあいてでは76.2mm砲で何とか砲塔を貫通できます(キューポラがポイントみたい)が、車体前面装甲は貫通不可。
75mm砲に至っては、ポカージュや家屋の影に隠れて側面を待ち伏せ攻撃しないと、生き残る道はありません(^^;)
しかし、2000mの距離からパンターの側面なら撃破出来ます。
これは気持ちが良い(笑)

ハイ、日本の原発。
安全委員会・保安院。
殆ど専門知識を持ちえていなかった人間たちが今まで甘い汁を吸っていた、いわば「税金泥棒」だったと言う事を、今回知らしめてくれましたね。

そして今の国会。
「アホの集まり」にしか思えません。
「国難」であるなんて真剣に考えていないと思います(--メ)。
おぺ [2011年5月29日 20:06]
こんばんは。
いつもながら素晴らしい塗装技術です。唸ってしまいます。装甲部分は決してキツいウェザリングではなく自然な質感があり、車体下部は程よいウェットな汚れがよく表現されていると思います。最後の写真のアングルからみるフロント部分の車内下部の雰囲気が特にいいですね~。

TSM [2011年5月29日 22:26]
まめ八さんの文章を拝読していて随分前、私が企画したイベントで「M-4は独軍戦車に比べて撃たれ弱いところがあったが数で圧倒した」と解説文を書いたのを思い出しました。
第二次大戦は総力戦、消耗戦であり兵員と兵器の供給量が損失量を上回れば耐えられるという冷徹な計算がアメリカにはあったワケですね。
まめ八 [2011年5月30日 9:52]
宮ちゃん、こんにちわ。
いつもコメントを頂き、有難うございます。
音楽ネタばかりではどうかと思い、久しぶりの模型ネタにしてみましたが、少々マニアック過ぎましたね。
このM4戦車にまつわるエピソードにしても、今回の原発事故処理にしても、結局は“他人の痛みはどれだけでも耐えられる”という人間のエゴがもたらしたものだと思います。
他人の痛みを本当に理解することは不可能なんでしょうが、理解しようという努力は出来る筈ですよね。他人の運命とか、命を左右するだけの権力を持つ立場にある人たちは、超えてはならない一線というものを常に自分の中に持っておく必要があると思います。
まめ八 [2011年5月30日 10:05]
EP82-SW20さん、こんにちわ。
いつもコメントを頂き、有難うございます。
久々の戦車ネタです。実戦では、M4とⅣ号戦車長砲身型がほぼ互角、パンテルの場合には76㎜砲タイプでも正面からでは歯が立たず、側面に回って至近距離から何とか撃破可能、ティーガーに関しては覆帯や足回り以外は全くのお手上げだったと言われています。パンフロの場合、設定がタングステン硬芯弾を使用した場合のデータを使用しているのでしょうね。
原発に関しては、日本という国が如何に末期状態であるのか、ということを図らずとも証明することになっていますよね。専門的な知識が不足している官僚・技術者、権力闘争に明け暮れる国会議員。。。歴史の書物を紐解けば、こういった国は必ず滅亡しています。歴史書を読みながら、“何故、国家が滅亡使用としている危機的状況の場面で、この時代の人たちは有効な対策を講じなかったのか?”と、若い頃は疑問に思っていましたが、今の日本の状況を見ていると、“ああ・・・こういうことなのね。”と、妙に納得しています。
まめ八 [2011年5月30日 10:41]
TSMさん、こんにちわ。
いつもコメントを頂きまして、有難うございます。
TSMさんは、そういった企画をされるお仕事に就かれているのですね。非常に興味深いお話です。
ご指摘のように、第二次世界大戦は文字通り総力戦、物量戦だったので、そこそこの性能を有した兵器を如何に大量に前線に送り出した方が勝つ!という戦いでした。アメリカのM4戦車も、ロシアのT-34も性能的にはドイツのパンテル、ティーガーには及ぶべくもなかったのですが、結局、数で押し切られてしまいました。パンテルもティーガーもMe262も、そして大和も武蔵も数には勝てなかったわけですね。
でも、その冷徹な勝利の方程式の陰には、性能の劣る兵器で戦わざるを得ない兵士がいたわけで、やはり戦争は恐ろしいと思います。
まめ八 [2011年5月30日 10:52]
おぺさん、こんにちわ。
いつもコメントを頂き、有難うございます。
また、過分なるお褒めの言葉を頂戴し、恐縮しております。
この作品は3年ほど前に完成させたもので、アメリカ軍戦車に関しての知識等を余り持ち合わせていないこともあって、素組みに説明書通りの塗装で仕上げてしまいました。基本色が暗色のオリーブドラブなのでウェザリングやドライブラシは控えめに施したのですが、うっすらと埃が積もった様子が再現できて良かったと思います。
足回りのパステルによるウェザリングは、やりすぎると汚くなるのでこちらも控えめに施したのが正解だったようです。
このキットで一番苦労したのは覆帯で、合いがきつかったので、組んでいて指先が痛くて、完成するまでに1週間位かかってしまいました。