鹿島春平太チャーチ

「唯一の真の神である創造主と御子イエスキリスト」この言葉を“知っていれば”「天国での永生」は保証です。

Vol.1 戦後日本とヘボン先生の邦訳聖書

2016年01月02日 | キリスト教の正しい学び方





2016年の正月になりました。
読者の皆様、新年おめでとうございます。

本日は1月2日です。
この時節は1つの契機にしか過ぎませんが、これから「キリスト教の正しい学び方」
という連載を始めようと思います。

表題は「正説キリスト教入門」にしようと思いましたが、なにか格式張りすぎた感じがしました。
それは副題に回ってもらって、「キリスト教の正しい学び方~正説キリスト教入門~」といったように考えることにしました。
 
連載と言っても、この現世で起きる事件や悲劇にも無関心でいられない筆者です。
時折(臨時版)を差し挟みながらの連載といたします。




<敗戦時には幼少時>


わたくしは第二次世界大戦の終戦時に、満4才を3ヶ月ほど超えた幼児でした。
それから多少成長してからでしょうか、幼少時より戦後日本の風潮を全身に感じながら暮らしました。

人間は、多かれ少なかれ根無し草感覚で人生を生きています。
だが、戦後日本の大人はその傾向がとびぬけて顕著でした。

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太平洋戦争、日中戦争、東南アジア戦線などすべてにおける敗戦で、日本人はそれまでとは逆に「我々は宗教(国家宗教)に騙されてきた」という思いを抱きました。

宗教には、見えないものを信じさせ、人を盲目にし、無反省に人を狂った道に突進させる面があります。

日本の大人は、突然、この面を強烈に自覚し、「・・・宗教はもうごめんだ!」となりました。

この決意が、パン種(イースト菌)となって、戦後日本人の胸の内のパンを膨らませました。
大人たちの心はそれでいっぱいになり、その結果、「今の見える世界」だけに意識を明確に限定して、生きていました。

「人はなぜ存在するか」「どこから来て死後どこに行くのか」などの話題を、本能的に恐怖し回避して暮らしていた。

まあ、それは食糧難で飢えた腹を満たすのに懸命な戦後日本人には、適合した姿勢だったかも知れません。

だが、そうすると意識は顕著に根無し草的になるのです。

筆者も、大人たちのそうした空気の中で幼少期を送り、成長しました。




<政治的に13才>

戦後日本を統治した占領軍総司令部(GHQ)長官のマッカーサーは、明治維新から敗戦までの日本を、こう認識していました~

「西欧文明を素早く学んで富国強兵に成功したにもかかわらず、その政治が独裁制に向かってしまった民族国家」~だと。

彼はこの民族に民主制の精神を根付かせるのが自分の使命、と考え、その姿勢の下に、「日本人は政治的に13才」との名言を発しました。

母国アメリカにキリスト教の宣教師を1500人送るよう要請もしました。

聖書の持つ広大な世界視野と長大な歴史観が、日本人の政治見識を育成するに必須と洞察してのことだったのでしょう。

+++

だが、戦後日本人にはキリスト教も、他宗教と異なることのない「宗教の一つ」でした。

見えない世界を持ち出して人をだまし、狂った道に誘導するものでしかなかった。

筆者もその思いに感染しつつ育ってきました。






<邦訳聖書は既にあった>

けれども、当時、日本には邦訳されたこの宗教の教典がすでにありました。

キリスト教の教典は聖書です。
後述しますが、それは旧約聖書と新約聖書とからなっています。

天才医師、ジェームズ・カーチス・ヘボン(James Curtis Hepburn)が、44才という、人生50年の当時としては老年で、宣教師として、幕末の1859年(安政6年)に来日しました。

ニューヨークでの医院を惜しみなく閉じて、日本人にも聖書を読め本にするという志を抱いて来日したのでした。

彼は72才まで全巻の邦訳に余生を捧げ、1887年(明治20年)に文語文聖書を完成・出版しました。

その後、東京白金の台地に明治学院を創設し、前々から横浜に造ってあった指路(しろ)教会の教会堂を全面改装した。

日本語聖書を完成した後、まるでやり残した仕事に気付いたように、天才的な実業能力でこの二つの事業を行い、1892年(明治25年)77才で祖国に帰りました。

戦後には、彼の作品を口語文にした『口語訳聖書』も造られました。

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ヘボン先生には、この書物の日本民族への貢献に関して期するところがありました。

だが、その仕事を受け継いだ日本人の後継者たちは、ヘボン先生の業績をフォローして生かすことは出来ませんでした。

先生の抱いた夢は今もほとんど実現しないままでいます。

かくいう筆者も、先生の創立された学院に40年間働きながら、先生の真意をつかみきることが出来ませんでした。

だが、在任中から、そのフォローを志し、ささやかな努力も続けてきました。

ヘボン先生が翻訳活動に注ぎ込まれたエネルギーに比べたら、筆者の努力など口に出すほどのものでもありませんが、ここにそのささやかなる成果の一端を記してみようと思います。


(「キリスト教の正しい学び方」 第1回 完)








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