その一方で、メーカーなど一般企業は、1980年代くらいになると、湯水のように海外勤務に社員を送り出していました。
その一方で、メーカーなど一般企業は、1980年代くらいになると、湯水のように海外勤務に社員を送り出していました。
『幸せ社会の編成原理』のブログ連載は前回で終わりました。
3月4日に開始しましたので、のべ一ヶ月半余の連載でした。
最終回として、これを楽に読む方法をお伝えします。
+++
ブログを開いた時には、いくつかの記事が巻物のように連なっています。
だが、個々の記事を単独で表示することが出来ます。
任意の記事のタイトルをクリックすると、その記事だけが単独で現れます。
単独表示の記事の下に、クリックによって「前の記事」にいったり、「次の記事」にいったり出来る記号が
出ています。
これを用いて、ページをめくるように読むことが出来ます。
+++
① 連載の最初の回は、3月4日です。
② これを出すには、まず、右側の欄をみてください。
③ そのなかの「月別表示」項目の内、2012年2月をクリックすると、
(巻物の)最上部に2月の最後の記事が現れます。
(そのタイトルをクリックすると、単独記事になります)
④ その下方にある、「次の記事への項目」をクリックしますと、3月4日の最初の回の記事が現れます。
⑤ 以後、順に読んでいって下さい。
⑥ もちろん、途中の回を単独で出して、前後好きな方向に読むことも出来ます。
+++
~ご愛読を感謝します。
筆者はこれを読みやすい紙の書物にする努力を始めます。
電子書籍化も考えます。
平行して『聖句吟味会の手引き書』のような吟味会テキストの作成に入ります。
この連載が、扇動書で終わってしまわないために。
聖句の持つ精神土壌改変力に戻ります。
この力のいくつかを筆者は要素としてVol.141にひとつひとつ前記しました。
だがこういう考察はつまるところは理屈です。そして理屈の筋道は基本的に様々にたてられるものです。
そういうものは、確固とした歴史事実にはかなわない。
これがやってきたら、妥当しない理論は道を譲るべきものとなります。
本書はその事実を追ってきました。歴史は~
1. 人間の社会集団が一体となって活動するには管理階層方式をとる必要がある。
2. だがそうすれば、個々人の精神と知性ははまるで魔術にかかっていくがごとくに劣化し、みんなで悲劇に陥っていく。
3. そういう避けられない罠から、人間を回復し救い出すのは、そこに併存する自由思考空間である。
4. だが管理階層組織のうちには、自由思考空間を撲滅しようとする動物的本能が常時働いている。
5. その組織からの圧迫、迫害に耐えて「考える空間」を造るだけの精神的推進力を人間に与えるのは、聖句吟味活動である。
~という事実を秘めていました。本書はそれを明かしてきました。
今それを知って、聖句吟味に踏み出すか、あるいは、別の方法を探るかは、日本人個々人の選択です。
本書を「著者の聖句吟味会宣伝」と穿つのもいいでしょう。
「宗教の教典は怖い」としりごみするのも結構でしょう。
「日本には日本独自の道がある」と探し始める、これまた結構。
何でも結構、好きなようにしたらいい。それは読者の選択です。
だが批判だけしてなにもしないのは避けることを期待します。
逃げ道をふさぐつもりはありませんが、もう「責任を持った選択」をすべき時に思います。
+++
そしてこれだけは忘れないようにしたいと筆者は願っています。
人間集団は、自然なままでは管理階層システムとともに閉塞状態に陥り、自己崩壊していきます。
それを回避する道が見えない中で生きるのがいかに悲惨なことか。
それは闇の中でどちらに進んだらいいかわからないで歩いている状態です。
その道が歴史の中に示されたのです。
道の一端が宗教の領域に踏み込んでいようがいなかろうが~とにかく示されたのです。
この「歴史の恵み」への感謝は忘れないようにしたい。
それを祈って本書を閉じることにします。
(完)
聖句吟味活動が懸案問題を直接解決してしまう力をもう一つ上げておきましょう。
この活動は1980年代以降、日本の若者に蔓延してきた無気力状態の根を絶つことも出来ます。
人間の無気力の心理的な源は、自価意識(自分という存在に感じる価値の意識)の希薄さにあります。
そして自価意識は、自分という存在の、存在意識のうえに乗っかっています。
なぜかというと、価値というものは存在に付加されるものだからです。存在がなくなれば、価値も消滅します。
その存在意識が人間には慢性的に希薄なのです。存在の根拠がわからないからです。
人は気がついた時には存在してしまっている。
そして「自分がなぜ存在するか」を疑問に思いますが、これへの納得できる答がなかなか得られないのです。
教科書にはなにかの無機物質から単純な有機物が出来、それが進化して人間は出来た、
というような話が書いてあります。
だがこの説明では、ではもとの無機物質はどうして存在したのかという疑問が残ります。
それも何か別のものからできたと言っても、ではその何かはどうして・・・と疑問は続きます。
+++
人間が存在する理由への疑問に論理的で明快な答を与えられるのは、それを存在せしめた(創造した)存在を
前提に据える時だけです。
すると「万物をつくった創造神に創られたから」という明確な答えを得ることが出来るのです。
そしてこの創造神の思想を論理的に完全な形でもっているのは聖書の世界観だけです。
それを部分的に取り入れたパロディは沢山ありますが。
聖句吟味をすると、その体系的な思想を詳細に知ることが出来る。
知るだけでいいのです。知れば人は時とともにそれに馴染んでいきます。
馴染めば知らず知らずにそれを用いて考えもしますので、自己存在の根拠意識は濃くなっていきます。
それに従って自価意識も知らず知らずのうちに強化されていきます。
+++
創造神の概念がないと人はただ「自分が存在する」というところから思考を進めるしかなくなります。
すると自分の存在根拠の意識が希薄になり、自価意識もまた薄くなります。
この心理の別名が虚無感です。
そうした虚無感は、もともと日本にはありました。
だけどそれはそれは貧しい時代には正面から人の心を襲わなかった。
日々食べられるようにするのに一生懸命で、自分がなぜ存在しているか、などを長時間思っている余裕が
なかったからです。
飢えは拷問のような苦しみなのです。
ところが飽食の時代に入ると、その疑問をまともに反芻できてしまいます。
すると虚無感は何倍にもなって人を襲うようになるのです。
+++
日本の、とりわけナイーブな若者の多くが深い虚無感に襲われるようになって、もう三十年余が経っています。
多くの若者たちが生きる意欲を持てなくさせられ、精神の活力を失い、傷つきやすくなって
引きこもるようになっています。そうなった青少年が日本で百万人を超えたといわれてすでに久しいです。
幸いにも引きこもりまでにはいかずに社会組織で働いている人にも、弱い自価意識で生きている人は多いです。
こういう心理にある人間は上司が一寸圧力をかけたら容易に隷従します。
するとそれが前述した組織劣化にもつながっていきます。
これらの動向が、聖句吟味活動によって打開されていくのです。
自己存在の根拠意識が濃くなり、自価意識が根底から強化されることによって打開されていくのです。
聖句吟味活動は、精神土壌を自由思考土壌に改変するだけではありません。
現代日本の重大問題を直接打開してしまう力も持っています。
最後にこれについて若干述べて本書を終えましょう。
明治維新以来、日本は西欧の科学知識を輸入し続けてきています。
維新を契機に、日本は東洋(中国)の学問から西洋の学問科学に知識の輸入元を切り替えた。
その方向自体は間違っていませんでした。
おかげで国家の近代化を他のアジア諸国に先んじて進めることが出来ました。
だがその知識の根底は今も未消化のままなのです。
+++
それにはやむを得ない事情がありました。
明治維新を契機に入ってきたキリスト教活動は教理主義によるものだけだったのです。
聖書は邦訳されましたが、翻訳したヘボンとその協力者たちもみな教理主義教会
(長老派とオランダ改革派でともにカルバンの教理主義思想にたつ教会)からの宣教師でした。
そこで彼らは日本で始めた教会で、聖書を抱えながらも自己の教団教理に沿った宣教をしました
(彼らは聖句主義を知らなかった)。
北海道の札幌農学校では、クラークが聖句主義スモールグループを指導して高い成果を上げていましたが、
地方の小さな点のままで広がりませんでした。
西洋の学問・知識は聖句の精神土壌から花開いています。
だからこの土壌の理解なくして知識の根の把握は出来ません。
それには聖句そのものを吟味解読することがやはり必要なのです。
それは礼拝に出て教理主義の説教を聞き、賛美歌など教会音楽ムードに浸っているだけではつかめない。
だが日本人はキリスト教活動とはそういう礼拝のようなものだと思ってきました。
そんなわけで日本人は西欧科学の根底がわからずじまいできているのです。
この状況は、社会科学をも含めて、すべての科学分野に残存しています。
<「和魂洋才!」は悲鳴>
知識の根がわからないままで続けている内に、日本人は悲鳴をあげました。「和魂洋才!」の声がそれです。
それは「西洋の学問科学は学ぶが、日本固有の精神を土台にしていただく」という主旨の思想ですが、
思想と言うより幼稚なスローガンであり、よくいえば」開き直り、悪くいえばストレスによる悲鳴でした。
科学知識や技術を、その精神土壌の理解なくして十全に応用していくことなど出来るはずがありません。
多少は出来ても、底の浅い援用になる。
第二次大戦で日本がゼロ式戦闘機、ゼロ戦を発明し大きな戦果を上げたら、米国はこれに対応する戦闘機を
開発しました。日本はそれに対抗する機種を作れなかった。オリジナリティが続かなかったのです。
その類のことが作戦面でも重なって太平洋戦争は敗戦に終わりました。
それは日本近代史の様々な面で生じた科学知識の消化不全の結果でした。
こうした積年の消化不全も聖句吟味活動は、いとも容易に打開してしまうのです。
また、不思議に見えますが、知識の根まで理解すると、もうそれは輸入知識でなく「自分の知識」になります。
するとそれは独自なアイデアを産み出し続けます。
これは真の知識習得をするための鍵でもあります。
「聖書は宗教の教典で、宗教は危険だ」という抵抗もあるでしょう。
その思いの中身は「宗教は人を狂信に駆り立て、狂った行動に導いていく」ということでしょう。
確かに宗教はそうした事件を数多く引き起こしてきました。
だがよくみると、そのケースはみな教理主義でもって行う通常方式の宗教(conventional religion)
によるものです。
+++
キリスト教に限らず教理主義では信徒にプロの僧侶が教典の要約(教理)を与えます。
信徒には「考えさせないで」先に画一的な答えを与える。
だから結果的に信徒はその鵜呑みだけをすることになります。
前述のようにこの方式では、霊的感動が不足します。その不足を様々なイベント、儀式演出で補填します。
演出の贅を尽くしてこれを行う。ところがこれらがある信徒には単純な教えの刷り込み効果を発揮します。
その結果、与えられた単純な思想を絶対の真理と早々と盲信する信徒ができあがる。
狂信はそういう、与えられた単純な教えに精神世界を閉じ込められたときに発生する心理事象です。
これに至った人間が有害危険な行動をする。
それをみて人々は「宗教は非理性的で頭の悪い者がするもの」と思うことになるわけです。
+++
聖句主義方式はそれとは真逆なものです。
そこでは信ずるところも個々人の自由な聖句解読にゆだねられます。
プロの解読だけをほしがる人がもしいたなら、そういう姿勢を戒め、自分流の解読を蓄積するように勧める。
こうして「考える宗教」に導くのです。
よくみるとこれは学問科学的な方法です。前述のスモールグループ活動事例をみてもそれは明らかでしょう。
聖句吟味活動はむしろ学問活動に重なる点が多いのです。
違いといえば科学より認識対象の領域が広くなっている(霊界にまで及ぶ)ことくらいです。
個々人はスモールグループで自由に聖句吟味をし、解読には様々な道筋が成り立つことや、
世界には無限の認識課題があることを体験しつづけます。
すると単純な思想を真理だと安易に盲信する境地には行きたくても行かれなくなります。
聖句吟味スモールグループ活動では狂信に陥る可能性は存在しない。
のみならずそれは狂信への防波堤にもなるのです。
では、隷従気質の土壌を耕して自由思考土壌に改変する道はあるか。
これは途方に暮れるような難問なのですが、歴史がその答えを秘めていてくれました。
我々はそれを明るみに出してきたのでした。
隷従気質の土壌であっても、それを耕して自由思考土壌に改変する力を持つもの、それは聖句でした。
特にスモールグループで行う聖句吟味が自由思考精神を根底から醸成していく強い力を持っていました。
宗教の領域のものであろうがなかろうが、とにかく道があるのを知ることが出来た我々は幸いだと思います。
聖句の持つ比類なき意識土壌改変力はいろいろあげられます。
人は皆「自分はなぜ存在するか」「どう生きたらいいか」「死んだらどうなるのか」
「世界はどうなっているのか、どうなっていくか」などの疑問を抱いています。
聖句はこれら、人間誰しもが心の底に抱く疑問すべてに対応する内容を含んでいるので、
多くの人に対応できる汎用力とでもいうべき力を備えています。
また、歴史の部で見てきたように、真理に至る夢を与え、人の真理希求心を蘇生させる力もある。
さらに、物語を無限の時間・空間で展開しているので、人の意識空間を広げる力も持っています。
<聖句は全人類の資産>
聖句吟味と聞くと、我が国では当面いろんな抵抗が出るかもしれません。
間違いなく出る一つは「聖書は西洋の宗教の教典」であって日本には合わないという類の反論でしょう。
だがよくみるとそれは全くの誤認であることがわかります。
聖書は西洋人に固有の文化遺産ではない。
これは中東のイスラエルで出来たもので、西欧人はそれを伝えられた人々なのです。
旧約聖書、新約聖書ともにそうです。
かといってユダヤ人のものでもありません。
啓示メッセージの受け皿がイスラエル民族であったというだけのことで、メッセージ自体は
全人類に向けられたものなのです。
イエスの「地の果てまで宣べ伝えよ」という命令はそれを裏付けています。
聖書は人間すべてが活かすべくつくられた情報集、全人類に与えられた遺産なのです。
稲盛方式もトヨタ方式も、前回に見たように日本では普及しません。
ではどうすべきか?
答は「先に自由思考の精神土壌を耕し作る」ことです。
土壌が良ければこれら二方式のような強烈なものでなくても普及はなります。
また土壌から自由思考空間を求めるエネルギーが蒸発してくれば、
それに応じた様々な空間ができあがっていくでしょう。
<種まきのたとえ>
鍵が意識土壌にあることは、イエスの次の教えが示唆してくれています。
(「マタイによる福音書、13章3~23節)
彼は自分の言葉を種まきの種にたとえて、それが普及するための条件を次のように述べています。
(括弧内はその真意)
「種をまく人が種まきに出かけた。巻いている時道ばたに落ちた種があった。すると鳥が来て食べてしまった。
(言葉を聞いても悟らないでいると、悪いものが来てその人の心に蒔かれたものを奪っていってしまう)」
「別の種が土の薄い岩地に落ちた。土が深くなかったので、すぐに芽を出した。
しかし、日が上ると、焼けて、根がないために枯れてしまった。
(言葉を聞くとすぐに喜んで受け入れるが、自分の内に根がないため、困難や迫害が起きるとすぐに捨ててしまう)」
「別の種はいばらの中に落ちたが、いばらが伸びてふさいでしまった。
(この世の心づかいと富の惑わしとが言葉の成長をふさいでしまう)」
「別の種は良い地に落ちて、あるものは百倍、あるものは六十倍、あるものは三十倍の実を結んだ。
(ことばが悟る心に入ると何倍にも成長する)」
+++
イエスの言葉は、彼の地域・時代で立ち消えになることなく、今日全世界に広まっています。
それだけの「存在力」とでもいうべき力を備えているのでしょう。
右の聖句は、それが広まる前の時点で弟子たちに語られたものです。
イエスから出るような力ある言葉でさえ、普及するには良き土壌が必要になる。
この喩えは、土壌がそれほどに思想波及の決定力をもつことを示唆しているように思われます。
さすれば自由思考空間が普及するかどうかも、そういう精神土壌が培われているかどうかによって
決まっていくはず、となります。
トヨタの自由思考空間もまた、発明家の並外れた自由思考精神が隷従土壌にハンマーで
打ち込まれたことによって出来ています。
こういうと奇異に思われるかも知れません。
トヨタ方式の創始者、大野耐一はそんな発明家ではないのでは、と。
たしかにそうです。だがこの精神の源はトヨタグループ創業者豊田佐吉の生き様にあります。
ここでは多くを語れませんが、明治維新の年に誕生した彼の、幼少時から死ぬ直前まで続いた
創意工夫と発明に捧げた生涯は感動的です。
途中の成功でなした財に安住することなく、物欲を離れて発明第一に生きて死んだ。
この姿に触れたら、この人を好きにならずに済む人間は少ないのではないかと思います。
トヨタ社の中枢を担う幹部は伝統的にみな佐吉を愛し佐吉精神を深く理解した人物ばかりです。
余談ですが、豊田一族もそういう佐吉に心を打たれた人々の集団です。
それ故この一族はみな佐吉の姿に心を浄化されていて、権力争いなど起こしようがないのです。
<ミニ佐吉を造る>
トヨタの工場長だった大野耐一も佐吉をこよなく愛する一人でした。
人は他者を深く敬愛するとその分身のようになっていきます。大野もそうでした。
彼は自分の工場の従業員を全員、ミニ佐吉にしようとしたのです。
愛する佐吉のように創意工夫に生きる人物に、生産現場において一人一人を育て上げようと
奮闘努力した。その結果がトヨタQCサークルだったのです。
大野が現場に注いだ精魂は次のエピソードにもうかがえます。
一人の社員にある仕事を、明日までにやってこいと命じた。
翌日、要求通りの製品をもってきた社員を大野は叱りつけました。
言われたとおりの仕事で、「おまえの創意は何処にも入っていないではないか!」と。
叱られる従業員も大変ですが、このように根気よく一人一人に自由思考をたたき込んでいった
大野のエネルギーも常人離れしています。
隷従気質の濃い精神土壌の国ではそこまでやらねばならないのです。
大野はほとんど戦いの日々を送りました。
こうして造られていった精神も含めたら、トヨタ方式は外部者が簡単に模倣吸収できるものでは
ないことがわかります。
<共有するは佐吉愛>
トヨタ方式も、社内に多くの自由思考空間を形成しています。
その中の人間の任意連携が卓越していることが全社の一体性の鍵になります。
それにはやはりここでも、成員たちが共有する精神的なものがいるのです。
京セラの稲盛は、それに自らの世界観を供給することでもって応じました。
だが佐吉は(従って大野も)世界観を供給する人ではありませんでした。
ここで一般社員が共有するのは、幹部と同じ佐吉への尊敬と愛情です。
静岡県湖西市にある「豊田佐吉記念館」にはその精神が保存されています。
そこには佐吉の幼少時からの生活と生涯や、彼が木製の織機を工夫することからはじめ、
遂に英国の自動織機に勝る織機を作り上げるまで、改善していった製品たちが並べられています。
それにさらに夢の飛躍を遂げさすべく途中まで画期的な発明が進んでいて、
突然の死で中断した無念の仕掛品もあります。
トヨタ社に入社した社員は必ずここを訪れます。
その他、幹部たちは折ある毎に佐吉精神を一般社員に説いて回ります。
このようにして社員全員が佐吉精神を共有しているのです。
この側面を経営ジャーナリズムも経営学者もほとんど伝えていません。
だから豊田市にある同社を見学に来る企業人たちは現場で、その一見新興宗教風の雰囲気に
驚くことになります。
案内する広報担当者は「我々は三河の田舎宗教団体ですから・・・」と照れ隠し気味に
応じているようです。
+++
トヨタ方式全体の導入を希望する企業は国内に多いし、韓国にもあります。
いわゆる伝道師も少なからずいます。だが多くの試みが失敗に終わっている主要原因は、
精神模倣の困難さにあります。
そうしたなかで、トヨタ方式にはその中で編み出された部分的技術に、模倣可能なものもあります。
「ムダ取り」や「ジャストインタイム」手法などはそれです。
それをトヨタ方式と思っているのが世間の実情です。
+++
稲盛も大野(佐吉)も物事を自由吟味する精神が並外れて強烈な大才でした。
そういう人物が、企業という限定的な閉鎖空間の中で、ほとんど独占的な決定権を手中にして
実現したのが稲盛方式、トヨタ方式でした。
模倣による広域普及はありえないのです。
だったらどうしたらいいのか、日本は!
京セラもトヨタも日本においてだけでなく、世界的にも超優良会社です。
これらの事例を見るにつけ、筆者は
「人間集団の活力は、そこに形成される自由思考空間に比例する」
という觀を深くします。
国家についてみれば~
「国力はそこに許容される自由思考空間の大きさによって決まる」
~との印象すら抱きます。
そしてこの日本の優れた知的資産である京セラやトヨタの方式が多くの企業や
その他の組織機関によって模倣される事態を期待したくなります。
かく普及すれば聖句主義土壌のない日本でも幸せ社会に向けての力強い前進が起きるでしょう。
だがそれは難しいのです。この二大事例は非常に特殊なケースです。
これらはともに、隷従意識の濃い日本の土壌にハンマーでくさびを打ち込んで、
そこから四方八方に自由精神液を注射するという難事業の結果現れたものです。
並の才能とエネルギーで出来たものではありません。
<「精神」の体得が必須>
まずこれをなすには並外れて強靱な自由思考の精神、ものごとを自由に吟味する精神を
もっていなければなりません。
こういう人物の代表は発明家です。発明とは未知の領域に自由に創意を巡らす作業です。
また発明家の自由思考精神は何度失敗してもめげない、不屈の強さをもっています。
そして稲盛は発明家なのです。
彼は経営者としての側面が前面に出ていますが、発明の大才でもあります。
現時点においてすら京セラが特許をもっている発明品の八割は稲盛が発明したものです。
また現在では彼はすでに会長でもなく、名誉会長という文字通り名誉だけの会長で、
経営に関与する法的権限は保持していないのですが、それでも社内で発明される
新技術に関するすべての会議に稲盛は出席を要請されています。
この強靱な自由思考精神があるから、全くの素人状態から経理部長に経理知識を学び、
その知識を社員の自由思考空間実現に焦点を当てて簡素な損益計算書に再編成する
ということができています。
並の経営者には出来ないことです。
このできあがった「稲盛会計学」は模倣できるでしょう。
だが模倣は技術の外枠をなぞるだけでなく、そこに込められている作成者の精神を
吸収しないと完成しません。
でないと社内にシステムが一時的に出来あがって効力を発揮しても、長期的に持続することはない。
それだけでも稲盛方式の模倣吸収が容易でないことがわかります。
<世界観の共有も必要>
稲盛方式の場合、吸収すべきものがもう一つあります。世界観がそれです。
稲盛は会社を自由思考小集団に分けてしまいました。
これらの連携が効率よく行われることによって、京セラとしての一体性は保たれます。
聖句主義史で見てきたように、世界観は全体観となって個々の出来事の理解の仕方や
実践の仕方を決めていきます。
自由な状態で成員に効率的な連携が成り立つには、世界観の共有が必須条件なのです。
稲盛はその世界観も供給できたのです。彼は著書『哲学』などでそれを示しています。
「宇宙には善が成長すべしという創造主の意志が働いている」
「この世で善をなすという意識を持てば長期的には必ず成功する」
「その心を保つには魂を磨かねばならない」
「人生の究極目的はこの、魂を磨くことである」
~等々がその骨子として含まれています。
京セラのアメーバ方式は、この稲盛世界観の共有によって一体性を保っています。
だがこの理念の共有は、 京セラの成員ですらひと仕事です。
稲盛世界観は他にも多くの出版物に発表されていますので、習得機会は広く与えられていますが、
それでもやはり十分な習得には絶えざる努力が必要になっています。
社員は稲盛の世界理念をポケットに入るような小冊子にまとめた「京セラ手帳」を
常時身近において、折あるごとに読み直しています。
それでやっと京セラ内部では稲盛方式は機能しているのです。
<盛和会>
だから他の経営者が自社にそれを導入して生かすのは容易ではありません。
稲盛には彼の経営を学ぼうと集まった若手経営者から始まった「盛和塾」という
学びの会があります。
1983年の発足以来全国各地に広がり、2011年3月現在国内に54塾ある。
海外にも9塾(米国5塾、ブラジル3塾、中国1塾)あって、塾生総数が7000名を数えるという
大所帯です。
そのうちにはアメーバ方式の導入を試みる経営者もおおいのですが、十分な成功の報を
筆者は聞いたことがありません。おそらくないでしょう。
稲盛方式の日本での広範な普及は不可能なのです。
前回、稲盛の自由思考空間創設策を概説しました。
彼は京セラの成員に自由思考の可能な空間を提供すべく、
会社の大半の領域を簡素な独立採算の任意小集団に分割しました。
そしてそれらを階層管理システムの大枠の中で相互に任意連携させました。
これはまことに大胆にしてダイナミックな組織再編成でした。
だがそこまではしない状態で、通常の管理階層システムの中に自由思考空間を形成し、
その効果を発揮させている例もあります。
トヨタ社がそれです。この会社は社員が自由思考できる空間を労働時間の内と外の
両方に形成しています。
それにその効果を促進する方策(自由提案報奨制度)を組み合わせています。
<QCサークルという自由思考空間>
同社の自由思考空間の代表はQCサークル(品質コントロールサークル)です。
これはいまやトヨタ方式として広く知られるに至っていて、当時の工場長、
大野耐一によって考案創始されたものです。
基本的にはこれは数人から10人程度の従業員の自由思考スモールグループです。
それは工場の自動車製造現場で開始されました。
ここでは従業員個々人に言動の自由だけでなく、生産中にベルトコンベヤーを止める権限も
与えられています。
仕事中に欠陥品を見出すと、各人は即座にベルトコンベヤーを止めることができるのです。
誰かが問題を発見して止めるとします。
するとそのラインの従業員は各々少グループに分かれて原因を究明すべく自由討論を開始します。
そして改善案を作りだし実行するのです。
その際、各々のラインで出た改善案はそのまま実施されます。
現場によって改善案が異なってもそのまま実施させる。
だから同社の工場では同じ製品の生産においてもラインによって工程の細部が異なる
という事態も起きています。
自由思考小グループの探究をここまで尊重することによって、
従業員の知性活性化はさらに加速されています。
このQC活動は1980年代までは工場の生産現場のものでした。
だが1990年代以降、その原理が事務系統にも広げられ始めました。
その結果、2000年代に入ると活動は全社に及ぶに至っています。
<任意小グループを推奨>
この会社は自由思考スモールグループを別の面においても形成しています。
全社員に勤務時間外における任意小グループ活動を推奨・援助しているのです。
野球、サッカー、ゴルフなどのスポーツから囲碁、将棋、和歌、俳句などの趣味、
さらには出身県、出身校毎の交流会など、ありとあらゆる契機を用いて
自由小グループをつくらせている。
この効用は多面的です。
第一に、所属部課を超えた交流は会社の機能組織における人間関係の硬直性を和らげます。
これが社員の精神の活性を回復し、職場での仕事を活発にします。
第二に、こうした自由な会からは業務改善の飛躍的アイデアが出やすいです。
コンパなど職場の枠を超えた闊達な話し合いのなかで、
仕事場における問題点が話題になることがある。
そうした場からは、職場では生まれがたい改善アイデアがでることが多いのです。
<提案報償制度を組み合わせる>
同社ではさらに、こうした自由思考空間に全社的な提案制度を組み合わせています。
社員が思いついたときに会社に直接改善の提案ができるような設備を
全社的に整備しているのです。
これは自由思考、自由交流の中で生まれるアイデアが雲散霧消するのを防止する役割も
果たしています。
自由小グループでの会話から生まれ出るアイデアは愚痴披露に終わりやすい。
あるいはそれを提案として管理階層システムに乗せると、階層組織を登っていく過程で
立ち消えになったり、時には上司に握りつぶされることも起きえます。
そうしたことによって社員の自由発想意欲が殺がれないための方策にもそれはなっています。
さらにその意欲を促進するために報奨金制度もつくられています。
どんな提案も軽蔑しない姿勢が、全提案に与えられる最低限500円の報奨金で
表現されています。上限は10万円としています。
評価は各部署から派遣された代表で構成される評価委員会が行います。
提案は毎月平均1500件あります。会社はそのための予算を毎年計上しています。
トヨタ社では以上のような三つの制度を協働させ、
成員の自由思考の活力を増幅させるに成功しています。
その成果のいくつかが、いまやトヨタ方式として話題にされているわけです。
この章では、聖句主義土壌のない日本において、聖句主義「的」な自由思考空間が形成され
効力を発揮している事例を紹介し、かつ、それが日本で普及する可能性について考えてみます。
+++
バイブリシズム土壌は自由思考の土壌でもあります。
そして自由な思考は管理階層システムの中では不可能で、
それは自ずと任意連携空間を求めます。
ですから聖句主義土壌からは草木が芽を出すかのごとくに
任意連携システムが様々な形態でもって芽生えてくるのです。
前章でわれわれは米国という国家の中にその事例をみました。
翻って日本を見ますと、そのような土壌はありません。
むしろ歴史的に管理階層的な意識が非常に濃い土壌です。
だが、もしもその地において自由思考の空間が、強い力でもって作られたらどうなるか。
それはやはり英米で見られたような効果を上げるでしょう。
自由思考空間自体の効力はユニバーサルなのです。
そして日本にはそうした事態も生じています。それは企業という社会集団に優れて現れています。
セラミックメーカーから多角的に発展した京セラ社はその代表事例です。
+++
この企業では創業者稲盛和夫が試行錯誤を通して、ピラミッド体制の中に
複数の自由思考小集団を形成いたしました。
会社の前身は京都セラミックといいます。
これを創業した稲盛はファインセラミック新製品を次々に開発し商品化にも成功しました。
その結果企業規模は急速に拡大し、28名から始めた会社が5年もたたないうちに従業員が
100名。200名、300名へと増えていきました。
その間稲盛は,開発、製造から営業に至るまで陣頭指揮者として奮闘してきましたが、
さすがに身体がもたなくなった。
そこで権限委譲をして中間管理層を形成しましたが、彼にはピラミッド型組織を拡大するだけでは
解決しきれない問題が感じ取れました。彼は著書『アメーバ経営』(28~29頁)でこうのべています~
「従業員が100名のころまではひとりでやれたんだから、会社を小集団の組織に分けたらどうだろう。
100名を管理できるリーダーはまだいないかもしれないが、
20~30名の小集団を任せられるリーダーは育ってきている。
そういう人に小集団のリーダーを任せて管理してもらえればよいではないか」
~これが後に外部者からアメーバと呼ばれることになる自由思考小集団の始まりでした。
稲盛はこれを管理階層システムの中に形成する準備に着手しました。
その際彼は同時にこう考えました。
「どうせ会社を小集団に分けるなら、その組織を独立採算にできないだろうか。
会社をビジネスの単位になりうる最小の単位にまで分割し、その組織にそれぞれリーダーをおいて
まるで小さな町工場のように独立して採算を管理してもらえるように」
そこで稲盛は素人にもわかりやすい簡素な損益計算書を考案しました。
そしてこの簡易会計システムでもって小集団ごとに採算を把握させたのです。
彼はその成果を周期的に全社員の前で公表させました。
収益の高い集団に対しては全員で感謝の意を表するようにしました。
報賞はそれにとどめ、給与や昇進には反映させませんでした。
それでも社員の精神に創意と自発性が急上昇しました。
のみならず社員個々人にコスト意識、経営マインドが芽生えた。
さらにリーダーが育つようになった。稲盛はそう振り返っています。
<KDDIと日本航空への援用>
稲盛は後にこの方式でもって他の経営体をも活性化していきます。
後に日本電電公社(NTT)の通信事業独占に終止符を打ち、国際的にも異様に高い
通信料金を解消するという社会的課題が彼に課せられました。
これを受けて第二電電を創業した彼は、稲盛方式でもって、現在のKDDIに育て上げています。
最近では、経営破綻した日本航空の再建を依頼されて会長を引き受けました。
これもまたアメーバ方式でもってわずか一年間で大幅な黒字体質を実現し、
二年後には更生手続きを終結させています。
京セラはその他コピー機会社からホテルに至るまで経営不振に陥った企業を吸収し、
やはりこの稲盛方式でもって再建しています。
任意連携アソシエーションのことは通常公式のメディアで報道されることはありません。
だからフラタニティなどの情報も、通じている人の口コミでしか知られない。
その真実性については読者各氏の判断にゆだねるしかありません。
前回に出た資産家のアソシエーションについてはさらにそうです。
彼らは特に自分たちの社会貢献が知られるのを好みません。
彼らは「世の栄誉」はどうでもいいと思っているのです。
これにも聖句主義的文化の影響があるでしょう。
だからその情報も得にくいのですが、筆者が教会関係者からの口コミで得た一例を
記しておきましょう。
米国には自分の資産を独り占めして抱え込むことをしないで、他の資産家と任意に連携して
社会貢献に使おうという姿勢をもっている資産家がたくさんいます。
それを上空から見ると~
「国家などの公共財源と弾力的に組み合わさったような状態にみずからの資産をおいている」
~ということもできるのです。
彼らはときとして、国家や地方自治体の財源の任意連携システム部分のような働きを
自分たちの資産にさせます。
(寄付行為が税制面で手厚く報われるような制度も背景にあります)
この連携体のことがらは一般人には非常に知られがたいのですが、かつて大統領に就任した
レーガンがアメリカ精神の再活性化を志したときに、その一端が表面化したようです。
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彼はシカゴ学派の新自由主義経済学に経済政策思想を転換しようとして、
経済社会に従来にも増して市場を拡大しようとしました。
そのことは公式のメディアも大々的に報じたのですが、教会関係者によればレーガンは
もう一つのアメリカ再生策も打っています。
彼は国内のキリスト教会がアメリカの活性化機能を果たしてくれることも期待しました。
そのため、第二次大戦での戦勝に浮かれて「世的」になって戦後衰退の一途をたどってきた
国内のキリスト教会を復興しようとしました。
彼は全国の教会を財政面で支援することを望みましたが、政教分離国家では
それを政府が直接的に行うことはできません。
そこで全国の資産家のボランタリーアソシエーションに教会の財政援助を呼びかけました。
これに呼応して寄せられた寄付金は膨大だったといいます。
それは大教会から大学のキャンパス教会さらには地方の零細教会にまであまねく配給された。
その額は受けた教会が驚くほどだったと関係者は伝えています。
これで米国の教会は豊富に設備と人材を整え一気に活性化しました。
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その成果の一端を筆者は1990年代に一年間交換教授として滞在したミシガン州の
ある大学にみることができました。
昼休みの礼拝や夕方の礼拝のために大学の礼拝堂に出席する学生があふれていました。
礼拝堂は1000人近くの収容能力を持っていましたが、レーガン政権以前は出席する学生は
20名ほどだったといいます。
この大学にも教会活性資金は与えられていました。
学校の教会担当者はあるときその財政援助金を用いて、
若者宣教に優れた一人の牧師のスカウトに乗り出したといいます。
ところがその牧師は自分だけでなく賛美音楽を演奏する自らの音楽チームとセットで
雇用することを求めました。
大学はその条件を受け、従来の教会牧師を彼とそのチームに入れ替えました。
その結果大きな礼拝堂が超満員になり、それが90年代にも続いていると言うことでした。
こういう援助を資産家の任意連携体は全国的に行ったのでした。
それはレーガノミックス(シカゴ学派の新自由主義経済学を取り入れた経済政策)の
マイナス面をもカバーしました。
市場を急速に持ち込むと人の絆が切れて国民がバラバラになるという傾向が現れます。
活性化した教会は人々のその絆を強力に再生するのです。
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余談ですが、後年この型の経済政策を後の小泉政権は模倣することになります。
だが、この政権は人民の精神的連帯修復の手段を講じることなく市場化政策をおしすすめました。
その結果、急速に持ち込まれた「市場」が、一般労働者の人的絆を断ち切って
社会をバラバラにしてしまいました。
いったん絆の切れた社会の修復には時間がかかるものです。
それはその後の日本経済低迷の隠れた一因になっています。
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いずれにせよレーガンの打った政策はその後のアメリカを活性化しました。
それは資産家の任意連携体なくして実現しないことでした。
彼らが連携して形成する資産は国家の任意基金の役割をし、
国家財政をデュアルシステム化しています。
そしてそれは聖句主義的文化の貴重な一端なのです。
(10日、11日と所用のため、更新が少なくなるかも知れません)
聖句主義者が社会構造に与えた影響として第一にあげるべきは管理階層社会の中に
任意連携空間を創出したことでしょう。
それによって社会がデュアル化されていく。
彼らは国家の中の信教の領域を自由な任意連携空間にすることでもって、
まず二元社会を出現させました。そしてその空間を憲法によって保障しました。
この種の任意連携システムもまた社会に波及しています。
教育の話のついでにその領域を見ますと、大学の場にもそれは出現しています。
米国でも大学は管理階層方式を公的システムとして運営されています。
学校本部が管理階層ピラミッドの頂点に立って全体を統率しています。
学生はその中の一員としてシステムの中に組み込まれています。
だが彼らは同時に任意連携システムにも身をおけるようになっています。
男子学生のフラタニティー(fraternity)と、女子学生のソロリティ(sorority)がその組織です。
そこは政治問題や人生、日々の生活などあらゆるテーマについて彼らが自由に語り合える場です。
もし必要な学校施設や制度改善などを見出したら学校運営当局と交渉します。
学外においても社会に必要な施設や事業があると知ったら、仲間で連携して設計し、
企画書を造って資産家に説明し、必要資金をファンドレイジング(寄付集め)します。
資産家はそれに応えることが多いです。(寄付行為に対して十分に報いる税制もある)
そもそもこの任意連携組織は、愛国的な資産家たちが将来国家を担う若者に
自由な任意連携空間とそれを含んだデュアルシステムの有効性を体験させるために
創設を援助した気配が高いです。
今も彼らの活動は匿名の資産家のボランタリーアソシエーション(任意連携体)によって
資金的に支えられているようです。だからファンドレイジングには結構応じるのです。
支援者だけでなく、フラタニティ、ソロリティ自体も外部者にはなかなか識別しがたい連携体です。
キャンパスのカフェテリア(学生食堂のようなもの)で話し合っている二、三人の会話が
ソロリティーの交流だったりします。
彼らは電話で場所と日時を決めて出会い、情報交換や相談事をしたりしています。
それが外部者には非常にわかりにくい。
外国人留学生はその連携体をほとんどが知らないままで卒業していきます。
だが任意アソシエーションはいわば公式組織に対する裏組織ですから、
そのわかりにくいところに神髄があって、それでいいわけです。
HBSやサンデルの授業に見るように、聖句主義的教育手法はハーバードで
先駆的になされる傾向があるようです。
そしてそのことは、この大学がもつ濃厚な聖句主義土壌と関係があるように見られます。
この大学はバイブリシズムの神学校に始まっているのです。
組合派(会衆派)だったという説もありますが、表面上のことで実質は聖句主義の学校です。
歴史の部で見たように、大学が立地するボストンはピューリタン(清教徒)が強力に支配していました。
清教徒は教理主義者です。
ハーバードは教理主義の沼の中に咲いた聖句主義の蓮の花でした。
四面を対立思想に取り囲まれていると異質な思想は激しく燃え、純化するものでしょうか。
この学校で培われたバイブリシズム土壌は、米国の学校の中でも独特な濃度を持っています。
一つのエピソードがあります。
清教徒が支配するこの地の植民地政府は、子供を産んだらすぐに洗礼をほどこす幼児洗礼を
親に求めていました。
ところがこの学校の初代学長ヘンリー・ダンスター(Henry Dunster, 1580-1646)は
バイブリシストでした。英国国教会の清教徒僧侶から改宗した筋金入りの聖句主義者だった。
彼は生まれた子供の幼児洗礼を拒否しました。
ボストンの議会(司法権も持っていた)は彼を裁判にかけ、有罪宣告を下しました。
彼は訓告処分となってケンブリッジの地(大学がある)から追放されています。
それでも姿勢を変えない彼に議会がさらに追い打ちをかけようとしたときに、
ダンスターは世を去ったといいいます。
初代学長がバイブリシストであるのに、その神学校が組合派であるわけがありません。
おそらくその土壌が今でも聖句主義的な教育手法をすぐれて生むのでしょう。