鹿島春平太チャーチ

「唯一の真の神である創造主と御子イエスキリスト」この言葉を“知っていれば”「天国での永生」は保証です。

言葉の意味深さにはランクがある

2022年07月26日 | 永続確信のための聖書解読

 

 これまでに我々は「信じる」と「知る」を比較した。 

 

 「信じる」は一般人向けの言葉だが、その実体は「知る」と同じだった。 

 

 だが(両者のつまるところの意味は同じだが)「信じる」の “奥にある意味” を「知る」は持っていた。 

 

+++ 

 

 この考察体験から、筆者は一つの仮説的な知恵を得た。 

    (あくまでも経験則だから、蓋然性はあるが、聖句解読の助けになると思うので記しておく) 

 

 

<違うのは「奥義」の量> 

 

 たとえば、同じイエスの言葉でも、人間に向かって語っている言葉と、

   父なる創造主に向かって語っている言葉とでは、意味の奥深さが違うのだ。 

 

 奥深い意味を聖書では奥義(おくぎ)という。 

     (辞書には「おうぎ」とカナ表記されているが、筆者は「おくぎ」と読む) 

 

   前述のように「信じる」と「知る」は、言ってることは、つまるところは同じだった。 

      (「信じる」は間違いで、「知る」が正解、と言うわけではなかった) 

 

 だが、その「奥義性」とでもいうべきもののレベルは違う。 

   「知る」は、「より奥義的」なので、「信じる」よりも多くの説明が要るのだ。 

  

<奥義性のランク> 

 

 その体験から、筆者は聖書の中の言葉の奥義性に、ランクのようなものを見出している。 

    それを高い順に示してみると~ 

 

  ① 父なる創造主発の言葉。 

 

  ② 御子イエスが父なる創造主に向かって語る言葉。 

 

  ③ イエスが弟子その他の人間に語る言葉。 

 

  ④ 人間が手紙などで他の人間に語っている言葉。 

 

           ~となる。 

 

  この奥義性の順序を意識におくだけで、聖句解読の効率が飛躍するのを筆者は体験している。 

 

 次回から、各々の説明を試みよう。 

 

(続きます) 

 

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