創作小説屋

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風のゆくえには~たずさえて13-2(山崎視点)

2016年07月31日 07時21分00秒 | 風のゆくえには~たずさえて

***

 オレ達が渋谷の勤務する病院の最寄り駅に着いたところ、ちょうど渋谷が横断歩道の向こう側に立っていた。こちらに手を振ってきた渋谷の姿を見て、庄司先生がはしゃいだように手を叩いてウケている。

「浩介君! 確かにありゃ天使だな!」
「でしょ?!」

 満足そうにうなずいている桜井。ホント、親バカならぬ恋人バカ?

(ホント、幸せな奴だよな……)

 呆れながらも、ちょっと羨ましくなりながら、渋谷に手を挙げた……ところで、

「あ」
 その後ろに戸田さんの姿を見つけてドキッとしてしまう。今日は水曜日。病院の日じゃないはずなのに……

(気まずい……)

 昨日、戸田さんがストーカーへの恐怖からオレに抱きついてきたのに対し、オレはみっともなくワタワタしてしまい、戸田さんに大笑いされる、という事件(事件?)があり……。その後、無事に家に送り届けたものの、あの時のことを思いだすと顔から火が出るほど恥ずかしくて……。そのくせ、あの時に感じた戸田さんの柔らかい感触とかフワッとした匂いとかが頭の中で何度も勝手に再現されて、自分でも中学生か!とツッコミたくなっていて……。
 それもあって、今日は飲みたかったんだけど、まさか、その原因の張本人に会ってしまうとは……


「…………え?!」

 さらに……心臓が止まるかと思った。

 横から走ってきて、戸田さんと渋谷に話しかけた、かなり見栄えの良い中年男性……

(あの時の……)

 夏に戸田さんを駅まで迎えに行った時に、車で送ってきた男性だ。
 あの時の戸田さんの視線は忘れられない。愛しさと切なさの入り混じった、深い深い光……。
 彼女はこの人のことが好きなんだ、と確信できるような光だった。

 おそらく、不倫とか、人には隠さなくてはならない関係……

 だと、勝手に思っていたのだけれども。


「あ、峰先生だ」

 桜井の言葉に、ハッと振り返る。

「え? 誰?」
「峰先生。慶の病院の院長だよ」
「は?!」

 い、院長?!

「それで、戸田先生の、幼なじみっていうのかな。近所に住んでるお兄さん、らしいよ」
「……………」

 お兄さん……? なんだそれ……
 状況がつかめなくて、頭の中がハテナでいっぱいになっているところで、

「おーーー! 区役所君!」
「……っ」

 よく通る声。信号が青になり、その峰先生が手を振りながらこちらに向かって歩いてきている。
 区役所君って……確実にオレのことだよな……

「区役所君も一緒に飲みに行こう!」
「え……」
「ちょっと、院長! 失礼でしょ」

 困ったように、戸田さんが峰先生のあげた腕を下ろそうとして、逆の手で押し返されて「もうっ」とか怒っていて……

「…………」
 その入りこめない雰囲気に、胸がぎゅっと掴まれたようになったのは、たぶん気のせいじゃない。

 桜井は桜井で、嬉々として、庄司先生に渋谷を紹介している。庄司先生も何だか嬉しそうに渋谷に話かけていて……。そして、庄司先生に何か言われた渋谷が、桜井を蹴っていた。相変わらずだな………

 このお似合いの2カップルと、弁護士先生とオレ……。いったいどういう取り合わせだ。



***



 そうして奇妙な面子で始まった飲み会。
 医者が3人、教師1人、弁護士1人。オレ以外全員「先生」だ……。

 でも、小難しい話をするわけでもなく、ほぼ、峰先生と庄司先生のサッカー話で終わった。二人とも学生時代はサッカー部だったらしい。同年代の二人は妙に気が合って、初対面にも関わらず、帰る頃には旧知の仲のようになっていた(なんとなくノリも似ているこの2人)。

「区役所くーん、菜美子のこと送ってってやってー」

 へらへらと峰先生が言う。オレの本名を覚える気はないらしい。

「オレは庄司さんともう一軒行く!」
「行くぞ峰!」

 50代の二人は肩を組んで意味の分からない歌を歌いながら行ってしまった。

 おいおい、彼女を他の男に任せて自分は飲みに行くってどういうことだよ……

「じゃ、おれたちも帰るな」
「今日はありがとうね」

 渋谷と桜井もさっさと二人で寄り添っていってしまい……


「…………」
「…………」

 残されたオレと戸田さん、顔を見合わせて、思わず笑ってしまった。

「あの……送ります」
「あ………、はい。お願いします」

 一瞬の間のあと、戸田さんは肯いてくれた。………断られるかと思った。


 夜道を歩きながら、隣の戸田さんをチラチラ見てしまう。

 さっきの飲み会での戸田さん……
 峰先生が調子のいいことを言ったりするのを、呆れながら……しょうがないなあって顔をしながら見つめていた。幸せそうで、それでいて悲しそうな表情で………

 そして、峰先生の戸田さんへの視線は、いつもすごく温かくて……。すっかり見せつけられてしまった。

 その度に、グサグサと心臓に尖ったものが突き刺さっていたオレ。本当に何の罰ゲームだ……。


「峰先生と戸田さん、すごく仲いいんですね。お似合いです」

 気持ちを割りきろうと、わざとらしいくらい明るく言ったが、

「そう………ですか?」

 戸田さんはそう言ったきり、黙ってしまった。

(なんだ?まずかった?)

 気まずい沈黙………。
 耐えきれなくて何か言おうとしたところで、ようやく戸田さんがポツンと言った。

「17年」
「え?」

 何を言われたか分からず聞き返す。

「じゅう………?」
「17年、です。片想い歴17年」
「え…………」

 かた……おもい?

「気がついた時には、奴は結婚するところで」
「………」
「奴にとっては、私は妹でしかなくて」

 妹……?
 え……二人、付き合ってるんじゃないのか?
 峰先生のあの視線は妹を慈しむ温かさということなのか……?

 オレの疑問に答えるように、戸田さんが淡々と話してくれる。

「一度告白したこともあるんですけど、冗談だと思われて流されました」
「…………」

「奴のこと忘れようと、他の人と付き合ったりもしたんですけど、結局長続きしなくて」
「………」

 まっすぐ前を向いたままの戸田さん………

「私の想いはヒロ兄のところで留まったまま。それでそのままずるずる17年」

 17年……高校生の時から………

「たぶん私、一生このままなんでしょうね」
「…………」

 真摯な瞳……

「ずっと、この叶わない思いを抱えたまま生きていくんでしょうね」
「………」

 ふっと笑った戸田さん。

「…………」

 その横顔がとても綺麗でドキッとしてしまう。まるで絵画に描かれた慈愛に満ちた……

「…………天使」
「え?」

 思わず口に出してしまった。聞き返してきた戸田さんに真面目に答える。

「天使、ですよ」
「はい?」

 キョトンとした戸田さん。でも構わず続ける。

「飲みに行く前、桜井が渋谷のことを『天使』だっていってたんですよ」
「?」

 戸田さんが首を傾げた。こういう仕草もいちいち綺麗だ。

「オレは渋谷が天使っていうのには、イマイチ賛同できなくて。でも、そう言ったら桜井に『あれを天使と言わずに何を天使って言うんだ』って怒られました」
「まあ」

 少し笑った戸田さん。

 ああ………やっぱりそうだ。その笑顔は、やっぱりそうだ……

「でも、今なら桜井に答えられます」

 戸田さんのその深い愛情の瞳は……さみしげな微笑みは……

「戸田さんだって」
「え?」

 戸田さんをまっすぐに見つめる。

「戸田さんを天使だって」
「………え?」

「天使だって、答えます」
「…………」

 戸田さん、目をパチパチとさせて……
 それから、カーッと赤くなった。

「あ」

 ヤバイ。オレ今、何言った!?
 赤くなった戸田さんを見て、「すっごい臭いセリフ言った!」と気がついて、どうしようもなく恥ずかしくなってきた。

「すみませんっ、オレ、変なこと言って……っ」
「…………」
 
 でも、戸田さんは無言で下を向いたまま歩いていき……最後の曲がり角で立ち止まった。

「山崎さん……」
「……はい」

 何を言われるんだろう……
 覚悟したオレに戸田さんが言う。

「私、お付き合いする人は、鈍感な人って決めてるんです」
「鈍感な人?」

 なんだそれは。
 眉を寄せると、戸田さんがまた少し笑った。

「私の演技を見破らない人。私が本当はヒロ兄のことが好きって、気がつかない人。そうじゃないと、お互い辛いでしょう?」
「……………」

 それは………

 オレが何か言うよりも先に、戸田さんが深々と頭を下げた。

「送ってくださってありがとうございました」
「え……でも」

 うちまではあと数十メートルある。
 でも、戸田さんは首を振った。

「ごめんなさい」
「え……」
「山崎さんの天使になれなくてごめんなさい」

 それは……

「それから……昨日、迎えに来てくださったこと、とても嬉しかったです」
「…………」

「それに、『何なりとお申し付けください』って言ってくださったことも、すごく嬉しかった」
「…………」

「ありがとう、ございました」

 戸田さんはもう一度頭を下げて………そして、オレに背を向け、いってしまった。

「………………」

 オレは、その背中がマンションに入っていくのを見届けてから、回れ右をした。

 ……………。

 告白する前に振られてしまった……



***



 戸田さんとは、それから一度だけ正月に、バーベキューメンバーのラインのグループ内で「明けましておめでとう」を言い合ったのを最後に、1ヶ月半、まったく連絡を取らなかった。


 忘れなくてはならない。


 そう、思っていたけれど……

 バレンタイン前日の夜、突然、ラインが入った。


『何なりとお申し付けください、はまだ有効ですか?』

『高級チョコレートがあります』

『もし、まだ有効でしたら、食べにきてください』


 そんなの、まだ有効に決まってる。

 


--------------

お読みくださりありがとうございました!
本当は昨日ここまで載せるつもりでした。
次の菜美子視点は2つに分かれます。それは予定通りです。
次の次の話を書くためにここまで書いてきた、といっても過言ではありません。
でも本日終日外出、携帯触る時間皆無。明後日一日で書き終わるのか私?!^^;

クリックしてくださった方、見に来てくださった方、本当にありがとうございます!!
こんな真面目な話なのにすみません……と画面に向かって拝んでおります。
よろしければ、また次回も宜しくお願いいたします!


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風のゆくえには~たずさえて13-1(山崎視点)

2016年07月30日 07時21分00秒 | 風のゆくえには~たずさえて

2015年12月30日(水)


 3人、3人で向かい合わせの6人席。

 オレの隣に、イケメン渋谷慶。その隣に渋谷の恋人の桜井浩介。
 桜井の前に、弁護士の庄司先生。
 その隣に、渋谷の勤める病院の院長・峰先生。
 その隣……ようは、オレの前に戸田菜美子さん。

(これは何かの罰ゲームだろうか……)

 という考えが頭の中をよぎったあたり、やはりオレの中で、戸田さんの存在がかなり大きなものになっていると認めざるをえない。

 こんな奇妙な取り合わせで飲むことになった理由は、少し前の出来事に端を発している。


***


 目黒樹理亜20歳。
 桜井の勤め先の学校の卒業生であり、渋谷が怪我の処置をしたこともあり、オレの合コン相手の戸田菜美子さんの患者でもある女の子。

 現在、ストーカーに狙われている。

 込み入った事情があるようで、そこは聞かないことにしていた。でも、

「ストーカーの顔、おれも見たけど、遠目だったからよく分からなくて……。山崎は話したことあるんだよね?」

 だから付き合ってもらえる? と桜井から連絡があったのは昨日の夜のこと。
 先週の土曜日、桜井と渋谷で樹理亜の母親に会いにいき、そのストーカーが毎週水曜日に樹理亜母の経営するキャバクラに来店するという情報を聞きだしたらしい。

 渋谷はまだ仕事のため、桜井とオレとで向かった。
 そして現地で、庄司先生という、桜井の父親の弁護士事務所を継いだという弁護士さんと合流した。浅黒い肌でがっしりとした体格の庄司先生。その四角い顔は何だかとても頼りがいがある。

 挨拶もそこそこに店の中に入ったのだが、入った途端、吐き気がしてきてしまった。

(なんだこの店……)

 『ピンクピンクズ』という店の名の通り、店内はピンクで統一されている。ここまでくると毒々しい。
 樹理亜母はオレ達を見ると、嫌そうな顔を隠そうともせずに、店の女の子達に「客じゃないから何もしないでいい」と吐き捨てるように言って、店の奥に引っ込んでしまった。目が大きなところが樹理亜と似ている気もするけれど、雰囲気が全然違う。天真爛漫で明るい樹理亜とは対照的に、母親からはトゲトゲしいオーラしか出ていなかった。

(問題ありそうな母親だな……)

 樹理亜が心療内科に通院しているのも、あの母親が原因なんだろうか……


 その直後、本当にあの男がやってきた。オレの姿を見て慌てて店から出て行こうとしたのを、即座にドアの前に回りこみ阻止する。

「この人?」
「うん」

 桜井の問いに肯くと、庄司先生が男にツカツカと歩み寄った。

「少々お時間よろしいでしょうか?」

 ビーンと響く良い声。差し出された名刺を受け取った男は、観念したようにうなだれた。


 それから、話は驚くほど簡単に終わった。

『目黒樹理亜さんに対する付きまとい行為をやめてほしい。内容証明の用意もある。このまま続けるようなら自宅と会社に送付する』

 庄司先生がその旨を淡々と告げると、男は目をつむり、素直に小さく肯いた。それで終わりだった。


 でも、オレ達が席を立ったところで、男の未練がましいつぶやきが聞こえてきた。

「俺はただ、樹理亜の望むことをしてやりたかっただけだ。金ならいくらでも払ってやったのに……」
「………」

 聞いた途端、桜井がバッとすごい勢いで振り返った。

「樹理亜さんの望むことは、お金では買えません」
「は?」

 眉をしかめた男に、桜井が指を突きつける。

「彼女は自由への道を歩きだしている」

 小さいけれど、否とは言わせない迫力のある声。

「邪魔しないでください」

 強い意志を持った瞳に、男も、オレも飲まれてしまった。
 桜井の中にこんな一面があったなんて、全然知らなかった。


***


「本来は、警察に届けるべきなんだけどね」

 店を出てから庄司先生が苦笑気味に言った。

「なんか色々あるみたいだから……」
「すみません……」

 先ほどとは打って変わって、小さく小さくなりながら桜井が頭を下げている。
 庄司先生は、まあいいんだけど、と言ってから、オレのことをジッと見つめて、

「今日は浩介君の恋人に会えると思って楽しみにしてきたんだけど……」
「え」

 違います違います!と慌てて手を振ると、庄司先生、「だよね」と肯いた。

「浩介君の話とはずいぶん違うからおかしいなーと思ったんだよ」
「話?」
「ああ、天使とか王子とか……」
「…………」

 そりゃおかしいと思うわな。オレが天使や王子に見えるわけがない。
 庄司さんは軽く肩をすくめると、

「まあ、天使で王子な41歳なんてそうそういるわけが……」
「います!」

 桜井がムッとしたように話に入ってきた。

「いるんです。それが。ね、山崎もそう思うでしょ?」

 同意を求められ、あーまー、と肯く。

「天使はともかく、王子は王子かな……」
「えー天使じゃん!あれを天使といわずして何を天使というの?!」
「………」

 オレの中の天使はやっぱり女性だし……そもそも、渋谷が凶暴なことも知ってるし……。なんて言えない雰囲気。ホント、渋谷のことになると桜井は頭おかしくなるよな……

 桜井はムキになったように庄司先生につめよると、

「庄司さん、お時間大丈夫ですか? もしよければ今からうちの天使に会わせます!」
「おお。それは是非会ってみたい」

 庄司先生がニヤリと笑った。桜井は「期待しててください」と力強く言ってから、オレを振り返った。

「山崎もよければ一緒に」
「あーうん」

 飲みたい気分だったので、ちょうどいい。オレも二つ返事で肯いた。




--------------

お読みくださりありがとうございました!

まだ途中なのですが、とりあえず半分更新します。
携帯のgooブログの調子がおかしくて……記事一覧がなかなか開いてくれないのです。
パソコンではそんなことないんですけど……そんなこんなで書き終わらず……
ものすごく不本意ですが、今日はここまで。
明日続きをアップさせていただきます。

クリックしてくださった方、見に来てくださった方、本当にありがとうございます!!
画面二度見して倒れそうになりました。本当にありがとうございます!!
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風のゆくえには~たずさえて12(菜美子視点)

2016年07月28日 07時21分00秒 | 風のゆくえには~たずさえて

2015年12月29日(火)


『山崎さん、絶対、戸田ちゃんに気があるよねー』

 3日前、帰り際の樹理亜にコッソリ言われた言葉がフワフワと頭の上の方に浮かんできた。

『ずっと戸田ちゃんのことチラチラ見てたしさー、しかもさっき「戸田さんが樹理ちゃんのこと心配してるから、だから樹理ちゃんのことが心配」って言ったんだよー失礼しちゃうよねっ』

 失礼しちゃう、と言いながら、樹理亜の顔はニマニマしていた。

 中学生じゃあるまいし、そんなことで浮かれたりはしない。だいたい、そんな不確定なことを信じるのも馬鹿馬鹿しい。

 そう思いながらも、ちょっとそうなのかな、と思ってしまう自分もいる。
 山崎さんは、3日前もわざわざ一人でクリニックに戻ってきて、家まで送ってくれた。昨日も、一昨日も、夜に「大丈夫でしたか?」と短いながらも、本当に心配してくれてるんだろう、と思える誠実なラインをくれたりして……

 山崎さんは変な人だ。基本的には、一歩引いて接してくるのに、突然、あの見透かすような瞳でこちらに踏み込んでくることもある。わりと聞き上手で、あの落ちついた淡々とした声に促されると、自然と話が引きだされてしまう。こんな人、今まで私のまわりにはいなかった。そんな彼が私に気があるって……


「いやいやいやいやいやいやいや」

 思わず、声に出して否定してしまう。誰も残っていない静かなクリニックの廊下に自分の声が響いて笑える。

 もし、そうだったとしても、上手くいかないことは目に見えている。
 山崎さんは、私のヒロ兄への思いに気がついている。家まで送ってくれた際、意を決したように聞かれたのだ。

『あの時、突然帰ってしまったのは、もしかして、あの彼と何かあったんですか?』

 と。本当に鋭すぎる。

『まあ、そんなとこです』

 苦笑して肯くと、山崎さんは、それ以上は何も聞いてこなかった。
 だから、もう、これ以上の関係に進むことはありえない。それでいい。

 結局、ヒロ兄への想いを捨てられない私は、他の人と本気で恋愛することなんてできないのだ。


「…………あれ?」

 窓の外にふと目をやり、なぜか嫌な感覚にとらわれた。なんだろう……この違和感。

 今日は、ヒロ兄の病院での診療を終えたあと、クリニックに戻ってきた。明日から冬休みに入るため、今年のうちに片付けておきたい仕事をしたかったのだ。他の職員はみな最終日ということもあって上がりが早く、現在残っているのは私だけ。廊下の電気も最小限にしか付けていないので、薄暗くて少し怖い。

 そう思いながら外を見続け、違和感の理由に気が付いた。病院の入り口近くの路地に、車が停まっている。この付近はわりと駐禁の取り締まりが厳しいので、路上駐車する車は滅多にいないのだ。

「………まさか」

 自分の部屋に戻り、あわててデスクに張っておいたメモ紙を見る。
 樹理亜のストーカーの車の特徴とナンバー……山崎さんが教えてくれたものだ。ナンバーは見えなかったけれども、色と形はおそらく一致している。

「!」

 途端に血の気が引いた。

 こわい。

 山崎さんの胸倉を掴んでいた男の姿を思い出す。体格のよい、ギョロッとした目……

 こわい。こわい……どうしよう……


「……ヒロ兄」

 咄嗟に、ヒロ兄の携帯を鳴らす。

 ヒロ兄、ヒロ兄、助けて………


 長く、長く感じる、数回のコール音のあと、

『もしもし?』
「!」

 切ってしまおうかと思った。

『菜美子ちゃん?』
「………」

 電話の先の声は……敦子さん。ヒロ兄の奥さん。 

『ごめんね、峰君、ちょうど今、お風呂に入ったところで……』
「そう……ですか」

 敦子さんは今だに自分の旦那さんのことを私の前では『峰君』と呼ぶ。新婚時代の初々しさを忘れていません、というアピールに聞こえるのは、私の単なる僻みなんだろう。

『出てからかけ直しても大丈夫?』
「いえ……いいです。あの……仕事のことでちょっと聞きたいことがあっただけなので」

 仕事のこと。敦子さんにはけっして言うことのできない言葉をわざわざ選んで言う私。精一杯の抵抗だ。

『そう……じゃあ、電話があったこと伝えておくね』
「あ、いえ、結構です。すみませんでした」


 何か言われる前に、さっさと携帯を切る。

 ああ……、もう、どうでもいい……。

 窓の外を見ると、車は今だに停まっていた。駐禁で通報してやろうかとも思ったけれど、乗っているから無駄かと思ってやめておく。

 そこへ、ラインの通知が入った。

「……山崎さん」

 昨日と、一昨日と同じく、私が無事に家に帰れたかどうか心配してくれているメッセージが書かれている。
 今、まさに、ストーカーの車が停まっているかもしれないわけだけれども………。なんか本当にどうでもよくなってしまって、そのことには触れないことにした。

『仕事が残っているため、クリニックに戻りました。あと30分くらいで帰る予定です。ご心配ありがとうございます』

 そう無難に返すと、すぐに返事が返ってきた。

『遅くまでお疲れ様です。何かありましたら何なりとお申し付けください』

 ……………。

 何なりとお申し付けください、だって。

 …………変な人。

 少し明るい気持ちになりながら、仕事に戻る。
 こう言ってはなんだけれども、ストーカーの狙いは樹理亜なのだ。私のことは関係ない。もう診察時間も終わっているわけだし、そろそろ諦めて帰るだろう。

 ちょうど30分後、予定の処理を終わらせ、再び窓の外を見てみたところ、

「!」

 まだ、いる。

「どうして……?」

 まさか私に樹理亜のことを聞こうとしているとか……?

 そうだとしたら…………やっぱり、こわい。

「どうしよう………」

 爪をかんだところで携帯が鳴った。ディスプレイには……ヒロ兄!

「ヒロ兄!」

 ヒロ兄からの電話!! あわててとる。

『何かあったか?』
「……っ」

 大好きな響く声が耳に直接聞こえてきて、泣きそうになる。
 ああ、やっぱり、ヒロ兄は私のこと心配してくれてる。私のこと大事に思ってくれてる……

『菜美子?』
「あ……あの」

 安心できる声。大好きな声。
 迎えに来て………と、言いかけた。けれども。

『パーパー、まーだー?』

 後ろから聞こえてきた、ヒロ兄の下の娘の声。小学5年生の玲佳ちゃん……

『こら、パパ、お電話中よ。邪魔しちゃだめよ』

 敦子さんの楽しそうな声……

『菜美子?どうした?』

 ああ……ほら、知ってたのに……
 もう、この人の声も、手も、私のものじゃない。そんなこと分かってる。17年も前から分かってるのに……

「ごめんなさい。本当に大丈夫。おやすみなさい」
『え?菜美……』

 電話を切ってすぐに、携帯の電源も落とした。

 もう………疲れた。


***


 暗い中、クリニックの施錠を確認して回り、表玄関から外に出た。住宅街の中にあるので、夜9時を過ぎた今は人通りも少なくシンとしている。

(車………停まってない)

 どうでもいいと思いつつも、やっぱりホッとしてしまう自分に苦笑する。

 でも、どうせ私に何があったって、ヒロ兄には関係ない。いや、優しいヒロ兄は、妹代わりの私をすごく心配してくれるだろう。心配してくれる。家族の次くらいの重さで………。

(そんなこと……知ってる)

 泣きたくなる気持ちをこらえながら、駐車場の中を通り抜け、クリニックの敷地を出ようとしたところで………門柱の前の人影に気がついた。

 あれは………

「戸田さん」

 優しい、声。

「すみません、ご迷惑だとは思ったんですけど、やっぱり心配で……」

 …………山崎さん。

「携帯も繋がらなかったので……あ、もしかして、充電切れて……え」

 近づいていって、その胸に手を置き、コンッと肩に額をのせると、戸惑ったように山崎さんの声が裏返った。

「と、戸田さん?」
「…………」

 男の人の固い胸の感触。ああ、こんなに居心地いいんだったっけ……。すっかり忘れてた。
 今はもう何でもいい。温かいものに包まれていたい……。

 と、思ったんだけど。

 1分もしないうちに、笑いだしてしまった。

「や、山崎さん……」

 山崎さんは、自分の手をどうしたもんかと悩んだようで、下ろしていた腕を、一度私の腰のあたりまで上げかけ、また下ろし、そしてまた上げ、また下ろし、今度は頭をなでようとしてくれたのか上の方まであげて……、でも、結局、自分の頭を掻きはじめてしまったのだ。

「あ……すみません」

 街灯の下でも分かるくらい真っ赤になって謝っている山崎さんが可愛くて可愛くて……しばらく笑いが止まらなかった。




--------------

お読みくださりありがとうございました!

山崎卓也41歳。約10年ぶりのシチュエーション。久しぶりすぎて何をどうしたらいいのか^^;

クリックしてくださった方、見に来てくださった方、本当にありがとうございます!!
有り難い有り難いと拝んでおります。
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風のゆくえには~たずさえて11(山崎視点)

2016年07月26日 07時21分00秒 | 風のゆくえには~たずさえて

2015年12月26日(土)


 目黒樹理亜の通うクリニックの前の路地に、黒い車が停まっていた。国産の高級車。その運転席に、先日、樹理亜を連れて行こうとしていた男が、いた。

「あ」

 オレが反射的にそちらに向かって走り出すと、男は慌てたように車を発進させていってしまった。
 過ぎ去っていく車を見送りながら、

「品川……、な、の……」

 車のナンバーをスマホのメモ帳に書き込む。

「これで警察に……」

 一緒にいた桜井浩介を振りあおぐと、桜井は困ったように眉を寄せた。

「ごめん、警察はちょっと」
「なんで?」
「ちょっと………色々つっこまれると困ることがあって」
「困る?」
「うん……ちょっとね」

 桜井が歯切れ悪く言っていたところに、窓から様子を見ていたらしい樹理亜が「追い払ってくれてありがとー!」と叫びながら出てきたので、話はうやむやになってしまった。


***


「うわー、浩介先生、浮気?」

 まだ『準備中』の札のかかった樹理亜の勤めるバーに入るなり、モップがけをしている中学生くらいの男の子に声をかけられた。

「あのイケメン慶先生とは全然タイプ違うじゃーん」
「ちょっとやめてよ。ただの高校の同級生だよ」

 桜井が本気で嫌そうに鼻に皺を寄せている。
 桜井の恋人・渋谷慶も高校の同級生だ。同性ながらももう24年も恋人関係である二人は、いまだにおそろしくラブラブなのだ。

「あとで慶もくるからね。慶に変なこと言わないでよ?」
「げーくるのかーヤダなー」

 ブツブツいいながら、男の子はモップを洗いに行ってしまった。

 あらためて店内を見る。L字型のカウンター席に、広めのソファー席が一つと、立ち飲み用なのか、背の高いテーブルがいくつか。狭くもなく、かといってそんなに広くもない。地下だから窓はないけれど、圧迫感はない。清潔感のある居心地の良さそうな……まあ、『普通のバー』だな、と思った。が、

「浩介先生」
「!」

 低く落ちついた声と共に現れた女性にギョッとしてしまった。普通では絶対にお目にかかれない神秘的な美女。東洋のクレオパトラ、といった感じ。

「樹理がお世話になったそうで……」
「陶子さん」

 桜井が何でもないように、頭を下げているのをみて、感心してしまう。

(やっぱり、普段からあのイケメン渋谷と一緒にいるから、美形慣れしてるのか?)

 オレはとてもじゃないけど、こんな美女に話しかけられたりしたら……

「もしかして、山崎さん?」
「は、はい?!」

 ……………。声がヒックリ返ってしまった……。


***


 その美女『陶子さん』は、このバーのママだそうだ。
 先ほどモップがけをしていた中学生の男の子みたいな子は、最近アルバイトをはじめたという『ユウキ』という大学生。後から知ったのだけれど、体は女性で心は男性、なのだそうだ。樹理亜に片思いしているそうで、一方的に渋谷のことを敵視しているらしい。

「ごめんなさい、警察は……」

 オレが警察に通報した方が、という話をしたところ、陶子さんも桜井と同じように首を振った。

「ちょっと色々あって……」
「そうですか……」

 よく分からないけれど、立ち入らないほうがよさそうだ。
 大人たちが黙ってしまったところに、ユウキが割って入ってきた。

「あのさあ、なんで、樹理がその病院に行くってバレてんの?」
「え」

 それはどこかから尾行して……、と答えかけて、違う、と気がつく。
 樹理亜はここから電車で移動している。一方、あの男は車だった。行先を知らないかぎりあそこに現れることはできない。

「予約も何もしないで、ふら~って行ったんでしょ? それなのにおかしくない?」
「……確かに」
「樹理」

 ちょうど店に入ってきた樹理亜に、陶子さんが淡々と問いただす。

「今日、戸田先生のところに行くって、私以外の人に言った?」
「んーーー」

 樹理亜は頬に手を当て考えこんでから、「あ」と手を打った。

「ママちゃんに言ったー。今日何してるの?って電話きたから」
「…………」
「…………」

 桜井と陶子さんが顔を見合わせ……そして同時にため息をつきながら下を向いてしまった。

 なんだ? ママちゃんって誰?

 意味が分からず樹理亜を見返すと、樹理亜も、はて? と首をかしげている。

「何? 陶子さんも浩介先生も。どうかした?」
「………いや」
「なんでもないわ」

 二人とも何でもなくないように額を押さえている。

 オレには分からないことばかりだ。分からないけれど……何か入り組んだ事情があるということだけは分かった。
 そして、この場で本当に何も分かっていないのは、当事者であるはずの樹理亜自身だということも、分かった。

「……樹理。グラス磨いたんだけど、これで大丈夫か見てもらってもいい?」
「ん? うん、いいよー」

 ユウキが樹理亜に声をかけている。ユウキもまた、何か察するところがあったようだ。それでも何も言わず、寄り添おうとしているところに健気さを感じる。少し感心しながら若い二人の姿を眺めていたところ、

「山崎……頼みがあるんだけど」

 桜井が真面目な顔をして言ってきた。

「今から戸田先生のところに戻ってもらえる? 念のため、戸田先生のこと送ってあげてほしいんだけど」
「え」
「それから、今の話、伝えてもらえるかな。ちょっと、電話やメールでする話じゃないし……」
「あ……、うん……分かった」

 戸田さんとは、さっき樹理亜と桜井と一緒に診察室で会った時もなぜかギクシャクしてしまって、それが解消できないまま別れてしまった。

(もしかして………)

 これはチャンス? 一対一ならギクシャク解消できるかも……?

 と、そこまで考えてから、自身に「何言ってんだ」とツッコミを入れる。
 こんな大変な時に、そんな不謹慎なこと……。それに何より、オレ、戸田さんと関係を改善させる必要あるのか? 別に、戸田さんにどう思われようとも、オレには関係ない………

「………………」

 ………………。

 いや、改善はしたほうがいいよな。先月、戸田さんがしてくれた音楽祭の司会、すごく評判良かったから、またお願いするかもしれない。

 そうだ。改善するべきだ。
 あの司会は本当に素晴らしかった。あの聞き取りやすい声。それに何より、舞台監督の指示に即座に答えてくれる反応の良さ。1言えば10察する心使い。
 あのレベルの高さなのに、交通費に毛のはえたようなボランティア価格でも何も文句も言わず引き受けてくれて……

 音楽祭の時の、薄いグリーンのスーツもとても似合っていた。仕事の出来る女という感じ。
 そして、3日前の演奏会の司会の時の、シルバーのスーツも良かった。華やかなクリスマスコンサートの雰囲気に合っていて……

「………………」

 でも、その後に二人で行ったワインバーで、戸田さんは急に帰ってしまって……

(やっぱりオレが何かしたのかな……)

 でも、翌日お詫びのラインくれたし……
 でも、さっきもギクシャクしていたのは、確実にその余波だし……

(でも、ワインバーでのあの真っ青な表情………)

 どうしたんだろう………。
 もしかして、あの不倫相手と何かあったんだろうか……。
 なんだか胸がざわつく。今日はただ気まずい雰囲気だっただけだけど……

 でも、でも、でも…………

「山崎? 大丈夫?」

 考えこんでいたら、桜井に心配顔で見られてしまった。 
 
 いや、やっぱり、色々、大丈夫じゃない。




【おまけ】

(浩介視点)

 山崎と一緒に店を出て、慶との待ち合わせの駅に向かった。山崎にはすぐに戸田先生の元に行ってもらい、おれは改札前で慶を待つ。一緒に住むようになってからは、外で待ち合わせる、という機会が減ったので、新鮮でいい。

「…………あ」

 遠くからでも分かる、慶のオーラ。周りの人が時々振り返るから、それで余計に分かるのかもしれない。

「浩介!」

 おれの姿を見つけた慶がニコニコで手を上げ、人の波と共に改札を抜けて、こちらに向かって歩いてきてくれる。

「慶………」

 ああ………抱きしめたい。
 どうしてこの人はいつまでたってもこんなに可愛いんだろう。どうしてこんなに真っ直ぐおれを見てくれるんだろう。

「慶っ」
 我慢できなくて、近づいてきたその腕を掴み、引き寄せると、

「あほかっ往来で何してんだよっ」
「痛っ」

 速攻で蹴られた………
 人前ではつれないところも、いつまでたっても変わりません……


***


「慶先生ー、今日、浩介先生、他の男とイチャイチャしてたよー」
「ユウキ君っ」

 店に入るなり、ユウキにとんでもないことをいわれて焦ってしまう。
 でも、慶はあっさりと、

「あー、聞いてる。ありゃ高校の同級生だ」
「えーでもさー」

 慶にあっさりあしらわれたのが気に入らないらしく、ユウキは不満げだ。

「すんごい仲良さそうだったよ?」
「そりゃ付き合い長いからな」
「ふーん……」

 いつものカウンター席に座ったところで、ユウキが温かいおしぼりを渡してくれながら言う。

「慶先生さあ、そんな余裕かましてるとそのうち痛い目あうよ?」
「痛い目?」

 きょとん、と二人で見返すと、ユウキは口を尖らせたまま、

「浮気、とか」
「浮気ー?」

 ぷっと吹き出してしまう。

「ないない。あるわけない」
「そう言ってる人があやしいんだよー?」

 ユウキの口は尖ったままだ。

「慶先生、ホント知らないからねー?」
「何が」

 慶も苦笑したまま、ユウキを見返した、が、

「こういう人が、朝起きたら突然いなくなってたりするんだよ?」
「……っ」

 ピキッと固まってしまった。

 まずい。それはNGワードだ……

 でも、ユウキは気が付くことなく、メニューの表を差し出してから行ってしまった。こんな爆弾落としておいて……

「……慶?」

 慶はまだ固まっている。これはこのことについて何かツッコむべきなのか、それともスルーするべきなのか……

 慶は今だに、今から10年以上前、おれが突然、慶を置いて日本を離れたことを根に持っている。いや、根に持っている、という言い方はおかしいか……。
 その時のことを思いだすと、ストーンと穴の中に落ちていくような感覚に陥る、と前に言っていたことがある。もしかして今も、穴の中に落ちてしまっているんだろうか……

「慶?」
「………浩介」
「!」

 カウンターの上に置いていた左手をギュウッと握られた。慶は下を向いたまま、ポツンと言った。

「お前……いなくなる?」
「…………」

 握られた手を両手で包み込み、慶の顔をのぞきこむ。

「いなくならないよ?」
「………」
「ずっとずっと一緒にいるよ?」
「………」

 目をつむってしまった慶の目尻に唇を落とす。頬にも落とす。

「ずっと、一緒にいようね」
「…………ん」

 かわいいかわいい慶……
 「ずっと一緒に」は慶がよく言ってくれる言葉だ。慶は、「好き」とかそういう直接的な愛の言葉はめったに言ってくれないけど、「ずっと一緒に」とか「ずっとそばに」とかは、呪文のように言ってくれる。

 たぶん、慶自身が強く強く願ってくれている言葉……いとおしくてたまらない……

 コクッと小さくうなずいた慶の額に額を合わせ、そして………と思ったところで、

「あー!ラブラブーいいなー!」
「…………あ」

 甲高い声に我に返った。目黒樹理亜が、パタパタと両手を振っている。

「いーなーいーなーいーなー」
「………………」

 その後ろでニターッとしているユウキ。
 彼は樹理亜に片想いしている。わざとけしかけるようなことを言って、おれ達をイチャイチャさせ、それを樹理亜に見せたかったらしい……。

「あたしもラブラブしたーい!」
「だから樹理、ボクと……」
「ユウキはお友達だからダメだってー」

 前からよく見かける光景だけれども、前よりも少し、樹理亜の拒否感が薄くなってきた気が…………

「……浩介。何飲む?」
「あ、うん」

 わざとメニュー表を、慶の手に重ねて持つ。重なった手から温かい気持ちが伝わってくる。

「一緒のがいいな」
「ん」

 うなずいた慶の目尻に再び唇を落とす。

 ずっとずっと、一緒がいい。



--------------

お読みくださりありがとうございました!

山崎君、何しろ10年恋から離れていたので諸々ギコチナイですが、恋ってこんな風に相手のことが気になってしょうがなくなることから始まるのではないでしょうか。

そして【おまけ】。
浩介と慶のイチャイチャに飢えているもので我慢できず書いてしまいました。

それで、今回、この話を書いていたら、
「やっぱり次の長編は、離れ離れになるキッカケの話だよねー」
と、思いまして……。
それに伴い、2014年秋に書いた『翼を広げる前』という短編を一回下ろすことにしました。
たぶん、このエピソードは丸丸、その長編で使うことになると思うので……

でもその前に、山崎君です。頑張ってもらわねば!!


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風のゆくえには~たずさえて10(菜美子視点)

2016年07月24日 07時21分00秒 | 風のゆくえには~たずさえて

2015年12月26日(土)


 今日はクリニックの方に突然やってきた目黒樹理亜。でも前回、病院にきた時よりはずいぶんと元気だった。

「戸田ちゃん、なんか今日メイク濃くなーい? パンダ具合上がってるよー?」
「…………」

 そんな余計なことを言うくらいに、元気だった………


 樹理亜のことは予約と予約の間間で診ることにしたため、一度待合室に戻ってもらった。

 次の予約の方の診療を終えて、再び樹理亜を呼ぶ前に、化粧室で鏡をチェックする。

「…………パンダか」

 一昨日、病院でヒロ兄にも同じことを言われた。


 いつものように、ふらっと診察室にやってきたヒロ兄………

『戸田ー。今日、化粧に気合入ってるじゃねーか。デートかー?』
『院長、セクハラです』

 ムッとして答えると、ヒロ兄はまわりに誰もいないことを確認してから、すっとこちらに身を寄せた。

『おばさんから聞いたぞ。お前、昨日デートだったんだってな? ついに新しい男できたか?』
『……………』

 お母さん、余計なことを……

『もしかして今日もそいつとデートか? 今日がクリスマスイブだもんな?』
『…………』

 無視して手元のカルテに目を落としたところ、

『菜美子』
『………っ』

 顔をのぞきこまれ、カアッとなる。

『お前、そんな化粧しなくてもいいのに』
『…………』
『パンダみたいだぞ』
『……っ』

 バンッと思いっきり額をカルテで叩いてやると、ヒロ兄はケタケタ笑いながら出ていってしまった。


「……知ってる」

 パンダみたい。知ってる。
 でも、くるっとした目になりたい。くるくるっとした目になりたい。

「敦子さんみたいな目になりたい」

 鏡の自分の目に触れる。
 はじめて敦子さんに会った時のことを思い出す。

 駅近くにあるワインバー。当時の私には別世界だったおシャレなお店。

 高校の入学祝だといって連れてきてくれたのに、3人分のテーブルセッティングがされていて……

『わあっあなたが菜美子ちゃんね! 峰君から話聞いてる通り! かわいー!』
『…………』

 遅れてやってきた小柄な女性。くるくるした瞳……

 高校の同級生だったという2人。当時はほとんど話したこともなかったけれど、半年ほど前に再会してから意気投合して、付き合うことになったそうだ。
 ヒロ兄の彼女には何人か会ったことある。その中でも一番目がくりくりしてる。一番かわいい。一番明るい。童顔。30半ばには見えない。

 帰り際、化粧室に行ったところ、敦子さんが後から入ってきた。
 そして、そのくるくるした瞳で、鏡越しに言ったのだ。

『私、峰君と結婚するの』
『………え』

 振り向くと、敦子さんはニッコリと笑った。

『ごめんね』
『え?』

 ごめん? 何が? 聞き返すと、敦子さんはスーッと真顔になって、もう一度言った。

『ごめんね』
『………………』

 くるくるした瞳……

『もう、あなただけのヒロ兄じゃなくなるから』
『………』

 それは……

 私が固まって何も言えずにいると、敦子さんはまた、ニコッとして、私の頬に少し触れた。

『いいね。女子高生。お肌が綺麗』
『…………』
『峰君が言ってた通り。菜美子ちゃんってホントかわいい』
『…………』

『私も菜美子ちゃんのこと、妹だと思っていいかな?』

 くるくる……くるくるした目……
 コクリと肯くと、敦子さんは安心したような笑顔を浮かべた。


 化粧室から戻ると、ヒロ兄は組んでいた腕を解いて、ムッとして言った。

『おせーよ』
『ごめんなさーい。あのね……』

 敦子さんがヒロ兄に何か小声で言った。すると、ヒロ兄は目を見開き……

『!』

 ポンポンと敦子さんの頭を撫でた。
 その瞬間、ズキッと胸のあたりに痛みが走る……

『ヒロ兄……』

 笑ってる………愛おしそうな瞳で敦子さんを見てる……

『ヒロ兄』
 
 もうあなただけのヒロ兄じゃなくなるから。そう言った敦子さんの大きな瞳……

『ヒロ兄』

 ヒロ兄のその大きな手は、もう、私だけのものじゃない……

『………なーんだ』

 ふっと、笑ってしまう。
 こんなに胸が痛いのは……こんなに苦しいのは……

『私……』

 今さら気がついた。ずっと一緒だったから気がつかなかった。

『私……』

 ヒロ兄のこと、好きだったんだ……。



「あれから……17年?」

 3日前から、あの時見た映像が妙にくっきりと思いだされている。あのくるくるした瞳になりたくて、ついつい念入りに化粧してしまっている自分が嫌になる。

「せっかく記憶薄くなってたのになあ」

 鮮明になってしまったのは、確実に3日前にあのワインバーに行ってしまったことが原因だ。リニューアルもされていたし、大丈夫だと思ったのに……

(山崎さんに悪いことしちゃったな……)

 ヒロ兄とは真逆の、純朴な感じの山崎さん。あんなオシャレなバーなんて全然似合ってなくて。無理して予約してくれたんだろうに……


「先生、目黒さん、保護者の方も一緒でもいいかって」
「え」

 診察室に戻るなり看護師の柚希ちゃんに言われ、我に返る。

「保護者って? お母さん?」
「いえいえ。それがビックリなんですけどーあのー……」

「失礼しまーす!」

 言いかけた柚希ちゃんの言葉にかぶるようにドアが開き、樹理亜が顔をのぞかせた。

「入っていい?」
「………あ」

 いいという前に、さっさと診察室に入ってきた樹理亜。その後ろから「すみません…」と頭を下げながら入ってきたのは桜井氏。

 桜井氏は以前は毎週このクリニックに通っていたけれど、今は月に1度程度に落ちついている。柚希ちゃんは樹理亜と桜井氏が知り合いとは知らないので、それで「ビックリ」だったのだろう。

「桜井さん、今日はどうし……」

 言いかけて、言葉を止めてしまう。桜井氏の後ろから入ってきたのは……

「………山崎さん」

 居心地悪そうな表情をした山崎さんだった。




--------------

お読みくださりありがとうございました!

『あいじょうのかたち』の中で浩介が何度か「パンダみたい」と表現してましたが、
戸田ちゃんのパンダメイクにはそんな悲しい理由があったのでした。

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