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風のゆくえには~ あいじょうのかたち3(慶視点)

2015年05月30日 07時26分25秒 | BL小説・風のゆくえには~ 愛情のかたち

 母に癌の疑いがある

と、妹の南から連絡があったのは、11月下旬にさしかかるころだった。

「お母さんにはお兄ちゃんには知らせるなって言われたんだけど、お姉ちゃんとも相談して、やっぱりお兄ちゃんに聞くのが一番かな、と思って」

 今、母が通っている病院の評判をききたい、という。
 近所やネット上での評判はいいけれど本当に大丈夫か心配。同業者だったら本当のことを知ってるんじゃないかと思って、と。

 日本の医師仲間とは時々は連絡を取り合っていた。そんな中でも一番密に連絡を取っていて一番信用できるのが、峰先生だ。おれより一回り年上で、娘さんが二人いる。数年前に親戚の病院にうつり、昨年からは院長職についているらしい。地域密着型の病院で居心地は抜群、だそうだ。

 峰先生に聞いたところ、評判通りのきちんとした病院であり、母の主治医も信頼できる医師なので、安心して任せたらいい、といわれて、胸をなでおろした。

 お礼をいって、スカイプを切ろうとしたところ、ちょっと待て、と止められた。

「お前、こっちに帰ってくる気はまったくないのか?」

 何を唐突に……。言葉を詰まらせたおれに、峰先生がたたみかけた。

「帰ってこられるんだったら、うちで働かないか?」

 峰先生の病院の小児科の医師が退職を希望しているらしい。ご主人が北海道へ転勤になり、それに着いていきたい、と言っているそうだ。
 次の医師が決まるまではいてくれると言っているけれど、次がなかなか決まらなくて困っている。
 日本語が不自由な患者さんも多いため、日常会話程度の英語が話せるというのが条件の一つらしく、お前だったら大丈夫だろ、と……。

「あとな。お前を口説くためにいうわけじゃないけど」

と、峰先生は前置きをして口調をあらためた。

 自分の子供にめったに会えないっていうのは寂しいもんだと思うぞ?
 お前の母親ってことは70くらいだろ? 癌であってもなくても、このまま外国暮らしを続けるんじゃ、あと何回会えるかどうかってことになるぞ?
 そろそろ帰ってきてやったらどうなんだ?

「…………」
 ずっと目を背けてきた話を、真正面から切りこまれてしまった。

 スカイプを切ったあと、椅子に座ったまま動けなくなったおれの横に、そっと浩介が座った。
 そして………

「慶」

 切ないほど、泣きたくなるような愛おしさをこめた声でおれを呼んだ。

「日本に、帰ろう」
「……………」

 浩介をふり仰ぐ。ここが事務所の中でなければ、その手をぎゅっと握りしめているところだ。

「でも……」
「8年もおれのわがままに付き合わせてごめんね」
「わがままって、そんな……おれは」

 浩介が静かに首をふる。

「ちょうどいい機会だよ。ここの地域からの撤退の話も出てることだし、タイミング的には今を置いてないよ」
「浩介………」

 浩介の優しい瞳。本心かどうか分からない。分からないけれど、この浩介の優しさを無視して帰国をやめたら、おれ達はずっとギクシャクしてしまう。長い付き合いなのでそのくらいのことは分かる。

「……ありがとう」
「うん」

 にっこりと笑う浩介。
 それからの浩介の行動は早かった。撤退のタイミングの調整、日本での住居の確保、チケットの手配、おれが自分の引継ぎでいっぱいいっぱいになっている中、帰国に関することはすべて処理してくれた。


 帰国後の就職先、峰先生の病院を考えたいところだけれども、その前に、先生に言っておかなくてはならないことがあった。浩介のことだ。

 峰先生は、浩介の存在を女だと信じて疑っていない。おれもあえて否定せずにきていた。日本にいたころは浩介とは別々に住んでいたので、それでもよかったけれど、帰国後はもちろん一緒に住むつもりだ。このまま峰先生にも隠し通すのはマズイだろう。
 病院も客商売だ。患者さんにどこでどう伝わるかもわからない。そんなおれを雇ってくれるのかどうか……。


「………マジか」
 電話先での峰先生の第一声はそれだった。絶句、という感じの無言が続く。
 この無言はキツイ……。今回はスカイプではないのでどんな表情で黙っているのかも分からない。
 耐えかねて、

「病院側に迷惑がかかるようなことになったら申し訳ないので、今回のお話は……、先生?」

 自ら辞退の言葉を口にしようとした、が、先生がいきなりゲラゲラと笑いだしたので言葉をとめた。

「先生? どうし……」
「なーるーほーどーなー! 納得納得」
 峰先生はなぜか笑い続けている。

「何が納得……」
「いやーさー、お前の彼女、完璧だっただろ? お前が忙しくても文句も言わずメシ作って待っててくれて、約束すっぽかしても怒らなくて、仕事に理解があって……、ってそんな女いるのかよ!って思ってたけど、男だったんだなー! だったら納得! あーすっきりした」
「すっきりって……」

 今度はこっちが絶句する番だ。

「ずっと不思議だったんだよ。なんか裏があるんじゃねえかって思ったりな」

 峰先生、楽しそうだ。

「そうか~男か~なるほどな~。そういうオチだったか」
「あのー…」
「まあ、気にすんな。とは言っても、やっぱり初めからカミングアウトするのは冒険すぎるから、とりあえずは黙っておいてくれや」
「え」

 じゃあ…雇ってくれると…?

「できれば年内に引き継ぎをしたい。帰ってこられるか?」
「あの……いいんですか?」
「何が?」

 何がって……。

「オレはお前が患者さん一人一人とちゃんと向き合える医者だってことは良く知ってるからな。それに、そっちに行ってからも取り残されないようにすっげー勉強してることも知ってる」
「先生……」
「それになにより」

 峰先生がニヤリと笑った顔が思い浮かぶ。

「お前、顔がいいからな。ゲイかどうかなんて大した問題じゃない。イケメンかそうでないかが問題だ」
「はあ……」
「駅近くに新しくクリニックができてなあ。人が流れていっている感が否めないんだよ今。イケメン先生投入でそこらへん呼び戻したい」
「…………」
「そういうわけで、よろしくな」
「…………。よろしくお願いします」

 いいのだろうか……という不安はあるけれど、お言葉に甘えさせてもらうことにした。
 浩介は、不登校の子供を支援しているフリースクールに就職先が決まった。大学時代のバイト先の関連施設で、以前から誘われていたらしい。

 
 母は精密検査の結果、乳癌ということが判明した。手術は年明けになる。幸い、早期の発見であり、進行も遅いタイプのため、完治がのぞめるという。
 本人はいたって元気で、おれが帰ってくることを手放しで喜んでくれた。


 日本には、クリスマス前に帰国した。
 浩介の友人のあかねさんのマンションを貸してもらえることになったのだが、あかねさん達の引っ越しが正月明けになるため、それまではおれは実家に、浩介はホテル暮らしをすることにした。

 浩介とご両親との確執は根深い。帰国したことも隠すつもりらしい。このことに関しては浩介も話したがらないので、おれは口出ししないことにしている。おれにできることは、つらそうな浩介に寄り添うことだけだ。


 大晦日前日の朝、浩介がホテルに泊まっていることを母に話したところ、
「なんでもっと早く言わないの! そういうことなら浩介君もうちに泊まればいいでしょ!」
と、怒られた。そう言われるとは1ミクロンも思っていなかったから驚いた。そして……嬉しかった。


 その日のうちに、浩介にはホテルを引き払わせた。
 浩介がホテルの乾燥のせいで喉をおかしくしていたので、とても助かる。そして正直いって、ホテル代の出費は痛かったので有り難い。


 良い天気で暖かかったので客用布団もふかふかに干すことができた。
 元・椿姉の部屋は、父の油絵のアトリエになっていて、元・南の部屋は、多趣味な母の物置部屋と化していたため(我が両親ながら、楽しそうな老後で結構なことだ)、狭いけれどおれの部屋に布団を引いた。

 おれの部屋だけ、ベッドも机もそのままになっている。やはり長男のおれには帰ってきてもらいたかった、ということなのだろうか、と申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
 が、母には「単に面倒だからそのままになってるだけで意味はない」といわれ、ホッとしたような、それは本心なのか?と問いただしたくなるような……。


「慶のご両親は本当に良い人たちだよね」

 浩介が暗闇の中でぽつんとつぶやいた。父の晩酌に付き合わされて飲んだ酒がまだ抜けていない感じの浩介。
 予想以上に好意的に迎えてくれたうちの両親に、かなり戸惑っていたようだが……。

「ごめんなーうちの親、人懐っこいというかなんというか……」
「ううん。すごく嬉しかった」

 寂しげに微笑んだ顔。見えなくても見える。お前が今、どんな顔してるかなんて。

「……浩介」
 不安にかられて、ベッドを抜け出し、浩介の布団の中にもぐりこんだ。一週間ぶりの浩介のぬくもり。

「お前………本当に日本に帰ってきて良かったのか?」
「………大丈夫だよ」

 浩介の手が優しく頬をなでてくれる。
 本当は、大丈夫じゃないだろう。でも………何も言えない。

「今日、すごーく嬉しかったなあ。認めてもらえた感じがしてさあ」
「………そうだな」

 酔いがまわって余計に眠くなっているのだろう。呂律がまわっていない。

「こんな風に慶の家に泊まる日がくるなんて、想像もできなかったなあ……」
「ホントにな」

 コツンとおでこを合わせる。ぎゅっと手を絡ませる。

「もう寝ろ。……おやすみ」
「うん。おやすみ……」

 懐かしい実家の匂いと、愛おしい浩介の存在を感じながら、おれもすぐに心地よい眠りに包まれた。



 翌朝起きたら、隣に寝ていたはずの浩介がいない。

「………浩介?」
 指先が冷える。一瞬不安になったが、浩介の荷物が目に入ってホッとする。

「……もう起きたのか?」
 ずいぶん早いな……と思いながら階下に降りていくと……

「えっトースターで焼くんですか?」
「だって朝からフライパンで焼くなんて洗い物も増えて面倒でしょ?」
「確かに。なるほど~」

 なんだか盛り上がっている声。台所をのぞくと……

「………お前、何やってんの?」
 母と浩介が台所に一緒に立っている。長ネギを切っている浩介……。

「何やってるって、朝食作る手伝いしてくれてるんじゃないの。浩介君、お料理できるのね。今日のおせち作りも手伝ってもらうことにしたから」
「…………そうなのか?」

 浩介がコックリと肯く。その横で母が真面目な顔で続けた。

「昨日、お父さんと一緒にお酒飲んでるのを見て、あーうちに3人目の婿がきたんだわーって思ってたけど」
「婿って」
「でも、違うわね」

 違う?

 浩介も手を止めて母を見る。顔がこわばっている。

 違うって……それは否定の言葉? せっかく受け入れてもらえたと思ったのに……。

「お母……」
「婿じゃなくて、嫁だわね」
「え」

 味噌汁の味見をして、うんうん肯いている母。

 ………嫁?

 浩介と顔を見合わせる。

「こうして一緒にお料理できるなんて、お嫁さんがきたみたいで嬉しいわあと思ってね。おせちも去年も一昨年も面倒だから作らなかったのよ。椿も南も自分の家のことで手一杯で、こっちに手伝いにくるわけでもないしね」
「………」
「でも今年は慶がいるから作ろうと思ってたの。浩介君が手伝ってくれるなら助かるわ」
「………」

 目をパチパチさせているおれ達を見て、母が「あらっ」と口に手を当てた。

「あらごめんなさい。男の人に向かって嫁はないわよね」
「あ、いえいえ、いいんです。いいんです」

 浩介が包丁片手にぶんぶん首を振る。

「嫁って言われたほうがしっくりくるので」
「なにを……っ」
「え、そうなの?」

 母はなんだか嬉しそうに笑った。

「あら~そう~。ほら、慶って女顔じゃない? 背も低いし。だから慶が女の子って扱いなのかと……」
「ちょっとお母さん?!」

 何を言い出すかと思えば!
 おれが会話をやめさせる前に、浩介があっさりと言う。

「いえ、慶さんの方が男らしいので。どっちかというと亭主関白的な……」
「え~そうなの~」
「誰が亭主関白だっ」

 言うと、「ほら、そういうところが」と浩介が笑った。……楽しそうだ。

「長ネギ切れました」
「そしたらね、ホイルひいて……ホイルそこの引き出し」
「はい」

 母と浩介が朝食作りをしている姿をぼんやりと眺める。

 結婚もできないし、孫も見せてやれないけど。
 せめて、嫁(というと語弊があるが)と一緒に料理をする、という経験をさせてあげられて良かった……のかもしれない。

「孝行のしたい時分に親はなし」

 なんて、ことわざを思い出す。せっかく日本に帰ってきたのだから、ちょくちょく顔をだすようにしよう、と思う。

 そして……

(浩介は……ご両親とこのままで本当にいいんだろうか……?)

 その言葉はまだ口に出すことができない。



-----------------------------------------------


慶パート終了~。

自分が高校生の時にはおそらく思いつけなかったであろうネタ。
老いた両親と向き合うということ。

「風のゆくえには~翼をひろげて」という話を高校生の時に書きました。
実年齢より上の、慶たち20後半から30前半。
浩介がアフリカに3年間行ってしまうけど、その後、二人揃って東南アジアにいく、という一見ハッピーエンドな話。

昨年からわけあって、このブログに延々と昔のネタを書き綴ってみて……

全然ハッピーエンドじゃないじゃん。逃げてるだけじゃん浩介。
本当にいいの? 今向かい合わなかったら、手遅れになるよ?

と、思ったのは、自分が歳を取ったからだと思います。
高校生の時は、良かった良かった。これで2人一緒に幸せに暮らせる……なんて思っていました。

とはいえ、私もまだ40歳(そう「まだ」40歳!)
もしかしたら、これから10年20年たったら、また書ける話ができるのかもしれないですね。

次回、浩介パート。


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風のゆくえには~ あいじょうのかたち2(樹理亜視点)

2015年05月28日 11時22分19秒 | BL小説・風のゆくえには~ 愛情のかたち

 まるで映画でもみている感じ。
 まわりで起きていることは全部スクリーンの向こうのこと。
 自分が生きてるのかも、もうこの世にいないのかも、全然わからない。

 そんなとき、あたしはちょっと自分を傷つけてみる。
 切った先から鮮やかな赤い血が流れてくるのを見ると、安心する。
 あたしは生きてる。あたしの血は赤くてキレイ。あたしは生きてる……。


「目黒さん?! ……誰か先生呼んで!」
 ぼんやりとしたスクリーンの向こうで、看護師さんが叫んでる。
 ああ、ここって病院の待合室だったっけ………

「外村先生は?!」
「今、手術中で……」

 音量大きすぎ。うるさい。女の人のギャアギャアした声ってホントうるさい。

「院長? 西田です。今……」
 ガサツで口が悪い看護師がどこかに電話してる。

「戸田先生じゃ無理です。使い物になんない……え? 渋谷先生? 小児の? はあ……分かりました」

 西田サンは電話を乱暴に切ると、

「ヨーコちゃん、小児の渋谷先生、大至急呼び出して」
「え? 渋谷先生って、あの渋谷先生ですか?」
「院長が、渋谷先生なら処置できるって言ってる。急いで」

 バタバタバタ、バタバタバタ、みんな忙しそう……

 意識を失う寸前、口の悪い西田サンがあたしの手をおさえながら言ったのを覚えてる。

「目黒さん、すっごいイケメンがあなたを助けてくれるよ。だから頑張って」


***


 目覚めると、真っ白い部屋の中にいた。
 大きな窓から差し込んできてるのは、夕日なのか朝日なのか……

「目黒さん?」
 枕元から、なんだか心地の良い声……。

 そちらを向いて……思わず息をのんだ。

(天使……)

 天使だ、と思った。窓からの光を背にうけて光輝いている。
 完璧に整った中性的な顔立ち。包み込むような優しい瞳。白衣を身にまとった天使。

「あたし………死んだの?」

 天使のお迎えだ、と思った。
 でも天使は、優しく微笑んで首を横に振った。

「生きてるよ? ほら、温かい……」
「…………」

 包帯でまかれてる左手を、そっと包んでくれる天使。

「ホントだ……生きてる……」

 天使の手……ちゃんと感じられる。スクリーンの中じゃない。ここにある。

「目黒さん、もう死のうとなんてしちゃだめだよ?」
「え」

 せっかくの天使との空間に、ガサツな声が割り込んできた。西田サンだ。
 あたし、首をかしげる。

「あたし、死のうとなんてしてないけどー?」
「はあ? 何言ってんの? あんなに深く切ったら死んじゃうでしょ。だいたいあんな大きなカッター、いつも持ち歩いてるわけ?」
「カッター……ああ、うん。護身用」

 そうだ……待合室で呼ばれるの待ってたら、どうしても切りたくなって、それで……

「死のうとしてないって、じゃ何で……」
「生きているのかどうか、確かめたくなった?」
「!」

 とげとげした西田サンの声をかき消す、涼やかな声。
 天使、あたしの心の中を読んだの?

「確かめたくって……って」
 西田サンの呆気にとられた顔の横で、天使が寂しげに瞳を伏せた。

「こんな方法で確かめなくても大丈夫だよ。大丈夫。君はちゃんと生きてる」
「え………」
「今度確かめたくなったら、胸に手を当ててみて。鼓動が伝ってくるよ」
「…………」

 言われるまま、胸に手を当てる。わずかに伝わってくる鼓動。

「君が生きている証。大丈夫。君は生きてる……生きてる」
「…………」

 天使の優しい声。
 温かい。温かい気持ちが流れ込んでくる。
 知らない間に涙がボロボロと流れ落ちていた。天使はそれを優しく拭ってくれた。

**


 天使の名前は「渋谷先生」らしい。

 でも次の日、病室にきてくれたのは渋谷先生じゃなかった。
 外村とかいうコワイおじさん先生が傷口を見て、「きれいに縫えてる」って感心してた。
 渋谷先生のこと聞きたかったけど、こわくてツッコめなかった……。
 そのまま退院してしまったから、渋谷先生のことは分からないままで……

 一週間後、抜糸をしにいったんだけど、それも残念ながらコワイ外村先生だった。
 看護師さんに聞いてみたら、渋谷先生は小児科の先生だと言われた。そういえばあの時そんな会話をしていたような……。
 小児科では診察を口実に会いに行くことはできない。今度来た時には見張ってみようと思う。


 と、いうことで、その10日後。

 小児科近くの喫茶スペースで、昼休み前から見張ってみた。
 午前の診察は12時までのはずで、午後の診察は14時からだというのに、小児科は大盛況で13時半を過ぎても診察は終わらなかった。もう、午後からの診察を待っている親子連れもいるし、このまま昼休みとらないで午後の診察になっちゃうのかな……と諦めかけた、13時50分。

「あ~いいな~渋谷先生、愛妻弁当~」
「10分じゃ、味わうこともできないですね~せっかく作ってくれた奥さんかわいそ~」
「じゃ、ごめん。すぐ戻る」

 看護師たちの冷やかす声に苦笑しながら左手をあげた渋谷先生。その薬指には……指輪。

 うそ……。この前はしてなかったのに……。結婚したってこと?

 渋谷先生は急ぎ足で喫茶スペースを横切ろうとして……

「あれ? 目黒さん?」
「!!!」

 声かけてくれた!! 名前! 覚えててくれた!!!

「診察?」
「あ……はい! はい。経過観察、みたいなー?」
「そっか」
「外村先生が、きれいに縫えてるって褒めてましたー」
「それは良かった」

 ニッコリとした渋谷先生。鼻血もののまぶしい笑顔。

「先生は……これからご飯?」
「あ、そうそう。ごめん、2時までに戻らないとだから急いでて」
「愛妻弁当、見てみたいなー」
「え?」
「ここで食べればいいじゃないですかー」
「うーん……ここで弁当広げるのはちょっと……ごめんね。じゃ、お大事にね」

 爽やかな笑顔で去っていく。天使だ……。

 でも……天使が愛妻弁当? 愛妻って何? 愛する妻? 天使に妻? ありえなくない?

「愛妻……見てみたい」

 よし。見に行こう。
 そうと決まったら話は早い。速攻で家に帰って、変身セットを用意する。
 黒縁の眼鏡。ピンクの頭がすっぽり隠れる帽子。めったに履かないパンツ。絶対に私だって分からない。
 駅にいって、ICカードにお金をたくさんいれてきた。先生がどんなに遠くから通っていてもこれで大丈夫。

 寒さに耐えながら、職員玄関の見える路地で待ち続け……ようやく渋谷先生が出てきたのは8時を過ぎていた。お腹空いた……。

 渋谷先生は、黒のコートに鮮やかなオレンジのマフラーをしていた。白衣とは全然雰囲気が違って、これまたかっこよすぎる。目立つので、尾行しても見失うことはなかった。
 先生が降りた駅は、急行は止まらないけど、小さくもなく、すごく大きいわけでもない駅。改札を出た目の前にスーパーがある。

 先生が歩いていくのを、つかず離れず追いかける。追いかけていたところで……

「けーいくーん」
 後ろから、よく通るきれいな女の人の声がして、びっくりして振り返った。その先にいたのは、

「え」
 ぎょっとしてしまうくらいの美人。その美人が颯爽と先生のところに駆け寄っていく。手にしているのは、駅前のスーパーの袋。牛乳が入っているのが見える。

「あれが……愛妻?」
 美人は先生にスーパーの袋の中身を見せて何か話している。先生、楽しそうに笑ってる……。
 そして、自然な感じにその袋を先生が受け取って持ち、二人は並んで歩いていく。

「背……高い」
 美人は先生より少し背が高くて、スラッとしている。
 「美男美女カップル」という言葉がぴったりと当てはまる2人。すれ違う人も二人をジロジロとみている。気持ちは分かる。一人ずつでも充分美しいのに、二人そろうと、オーラがハンパない。

「ずるい……」
 尾行する気が失せて、二人の後姿を見送る。
 すごい美人で、声もきれいで、背も高くて、高そうなコート着てて、その上、超イケメンの優しいお医者さんが旦那って、どんだけ恵まれてるの? 世の中不公平すぎない? おかしいでしょ?

「…………」

 あたしが勝っているところといったら……若さ、くらいかな。
 あの女はたぶん、30代。先生と同じくらいの年齢とみた。

 でも、若さはすごい武器だ、とママちゃんも言っていた。
 あたし、頑張る。頑張って振り向かせる。あの女から先生を奪ってやる。



--------------------


樹理亜パート終了。

上記の美人妻は、浩介の友人のあかねさんです。
若く見えるけど、実際は慶と浩介と同じ歳。今年41です。

あかね:「今から遊びに行くー」
浩介:「じゃ、牛乳買ってきて」
あかね:「えー」
浩介:「プリン買っていいから」

と、いうことでした。で、

あかね:「牛乳買ってきてって頼まれたの。お駄賃はプリンってことで」
慶:「お駄賃って(笑)」
あかね:「子供のおつかいみたいよね~」
慶:「すみません(笑)ありがとうございます。あ、おれ持ちます」

と、いうことでした。

慶はあかねに対しては、ほぼ敬語です。
同じ大学の一年先輩(慶は一浪してるので)だったのと、バイト先の常連だったのを引きずっているのだと思います。

医者の慶くん、大人でよそいきな感じでなんかくすぐったいなー。
ホントは口悪いくせにね。

次は慶パート。
こんな感じに、一回ずつで順々に視点変えていきたい。


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風のゆくえには~ あいじょうのかたち1(浩介視点)

2015年05月26日 09時30分56秒 | BL小説・風のゆくえには~ 愛情のかたち

「それが、天使みたいなお医者さんだったのー!」

 職員室の扉を開けた途端、飛び込んできた甲高い声に足を止めた。
 声の主は、職員室の端にある応接スペースにいる女の子。ピンクの髪の毛が揺れている。

「歳は30前半くらいかなあ。キラキラしてて芸能人みたいなのー」
「へえ。そんなイケメンのお医者さんなら診てもらいたいわねえ」

 話し相手である圭子先生がニコニコと肯いている。

(天使みたいな医者……)

 うちにも天使みたいな医者がいるので、ついつい反応してしまったけれど、30前半というなら違うだろう。うちの天使はあと3ヶ月で41だ。

 関係ないな……と思いながら自分のデスクにつき、次の時間の用意をはじめたところで、また手を止めてしまった。

「名字が駅名でね、あたしの名字と同じ路線なの! 次の次の駅。運命感じちゃった~」
「30前半ってご結婚とかされてないのかしらね」
「んー指輪してなかったからたぶん。今度行った時に聞いてみる!」

 名字が駅名? うちの天使の名字、思いっきり駅名なんだけど……。まさかな……。

 そのピンク頭の子は、ひとしきりはしゃいで騒いで帰って行った。小柄で小動物チックな子だった。ひらひらのたくさんついたスカートが揺れていた。
 カップを片づけている圭子先生に尋ねてみる。

「今の子は……?」
「ああ、浩介先生は初めてでしたっけ?」

 みんなのお母さん、と呼ばれている圭子先生が、その癒しスマイルで答えてくれる。

「去年までうちに通っていた子でね。時々遊びにくるのよ」
「あの……名前は?」

 若干どきどきしながら聞く。圭子先生ニコニコのまま、

「じゅりあちゃん。樹木の樹に理科の理に亜細亜の亜、で樹理亜ちゃん。目黒樹理亜ちゃんよ」
「………目黒」

 目黒……確か、山手線と目蒲線……じゃない、今は目黒線か。あと南北線と三田線だったかな……。
 山手線だとすると、外回り……目黒の次は恵比寿、次は、渋谷。……うちの天使の名前は、渋谷慶。

(まさかね……)

 ないない、と思いながらも不安になってきた。帰ったら速攻で確認しよう。


***


「目黒樹理亜? ……ああ、ピンクの頭の子?」
「………………」

 …………げ。

「ホントに慶だったんだ……」
「あ? 何? お前、知り合い?」
「あー……去年うちの学校通ってた子らしくて、今日遊びにきてて」
「ふーん?」

 再びパソコンの画面に目を戻す慶。

「慶、診察したんでしょ? あの子、子供じゃないのに、なんで?」

 慶は日本を離れてからの約8年間は必要にかられて色々やっていたけれど、日本にいた時はもともと小児科を専門にしていた。先月末帰国して、今月から働きはじめた病院では、また小児科配属になったと聞いている。でも、あの樹理亜って子、19歳らしいんだけど……。

「たまたま診られる人間で手空いてたのがおれしかいなくてな。その子がどうかしたのか?」
「てんしのようなおいしゃさまにうんめいをかんじているそうです」
「はあ?」

 棒読みで言うと、慶が、意味わかんねーと肩をすくめた。この人は昔っから本当に自覚がない。自分がどれだけ人目を惹く容姿をしているのかとか、女どもにこぞって狙われてるのかとか、分かってない。

「30前半、とか言ってたよ。ホント、慶って若く見られるよね」
「うるせえ。ほっとけ」

 慶は若くみられることを気にしている。なめられてしまうそうだ。そして昔っから慶の言葉使いが悪いのは、女顔なのを気にしているせいだと思う。こんなに恵まれた容姿をしていながら不満があるなんて贅沢な話だ。

 慶はブツブツ言いながらまたマウスをカチカチさせはじめた。
 なんだろう? 仕事だったら、たいてい資料やメモするものがまわりに散らばっているのに、何もない、ということは仕事ではないらしい。ただパソコンをみているだけなんて珍しい。

「さっきから何見てるの?」
「あー……」

 後ろから覗き込むと、いきなり左手を掴まれた。今さらながらドキッとしてしまう。

「な、なに……」
「やっぱ、お前の方が指でかいよな……」

 ぐりぐりと左手の薬指を握られる。な、なに……?

「………え。指輪……?」
「ああ」

 慶が再びマウスに手を戻した。カチカチカチと選んでは消している画面には……

「結婚……指輪……」

 シルバーの結婚指輪がいくつもいくつも並べられている。

「ピンキリでどれがいいんだか全然わかんねえ。でもずっと身に着けるものだし、あんま安いのもな」
「え……慶……これ」
「お前、どれがいい?」
「え、え、ええ?!」

 思わず、飛びのいてしまう。

「な、なに? なに? どういうこと?!」
「どういうことって……お前、いらねえ? ならおれだけ買うか……」
「ちょ、ちょっと待って。おかしいでしょそれ」

 なんなんだっっ。

「指輪? 指輪買うの? そ、それは………」

 指輪? 結婚? プロポーズ? え? 何、何、何?!

 頭が混乱してあたふたしていると、慶が眉をよせた。

「なんでそんなに動揺してんだ?」
「動揺て……そりゃ突然そんなこと言われたら……なんでいきなり……」
「ああ」

 軽く肩をすくめる慶。

「峰先生に指輪しろ、っていわれてさ」
「…………へ?」

 峰先生、というのは、慶が日本を離れる前までいた病院の先輩で、今勤めている病院の院長先生だ。親戚の病院を継いだらしい。

「なんか知んねえけど、おれが結婚してるのかどうか聞かれること多いらしくて、答えるの面倒くせえから指輪でもしとけって」
「あ………そういうこと」

 拍子抜けだ。あ、いや、別に特別な意味があると思ったわけでは……

 しばらく妙な沈黙が流れる。

 そんな中で、慶が再び、マウスをカチカチさせながら、ポツリといった。

「まあ、それで……お前とお揃いの指輪つけるのもいいかもな……とか思って」
「………慶」

 うわああ……そ、それは……
 感動のあまり何も言えない。

 慶は画面を見つめたまま、言葉を継いだ。

「お前が嫌なら別に……」
「嫌なわけないでしょっ」

 あわてて後ろからぎゅうううっと抱きしめる。

「ごめん。嬉しすぎて言葉が出なかった」
「嬉しい?」

 腕にぐりぐりとあごを押しつけてくる慶。かわいすぎる。

「そりゃ嬉しいよー結婚指輪だよ?お揃いだよ?嬉しすぎるよー」
「………そっか」

 慶が安心したように息をつく。もう、かわいすぎる。

「なんかあまりにも動揺してるから、嫌なのかと思った」
「嫌じゃない嫌じゃないっ。むしろ慶のほうがそういうの嫌がるかと思ってたのに」
「なんで。別に嫌じゃねえよ。それにおれもこれで色々聞かれることが減るなら一石二鳥だ」

 ……やっぱり色々聞かれてるんだな……。

 見えない敵どもにムカついていると、慶が画面をみながら、んー…と唸った。

「やっぱりこういうのは女性の方が詳しいんだろうな」
「そうだねえ……」
「お前、あかねさんに聞いてみてくんね?」
「あかね?」

 あかねというのは、おれが腹を割って話せる唯一の友人で、今おれたちが住んでいるマンションを貸してくれている大家でもある。
 以前は慶の前では「あかねサン」「浩介先生」と呼び合うようにして、頻繁に会っていることも何となく隠していた。でも、慶と日本を離れて一緒に住むようになったある日、慶に「遠慮するのはやめてくれ」と言われ、それ以来、諸々隠すのはやめることにしたのだ。

「あかねさん、こういうの詳しそうじゃん」
「うん。今電話する!」
「いや、飯食ってからでも…」
「待てなーい。今すぐ電話する」

 速攻であかねに問い合わせると、さすがというかなんというか、銀座の宝飾店で働いている友人がいるので、そこでよければ紹介する、と言われた。

「店頭で説明するの色々面倒でしょ? すぐに奥に通してもらえるよう頼んでおくから」

 こういうことがあるから、ホントあかねには頭が上がらない……。


 さっそく翌日、仕事帰りの慶と待ち合わせして店を訪れた。疎いおれでも名前は聞いたことのある有名な店。

 あかねの友人の坂本さんという女性は、あかねに似た感じのスレンダー美人だった。
 すぐに奥に案内してくれ、そこでパンフレットと実物を見せてくれながら検討開始。
 割引してくれるというので、予定の予算で少々高めのものを購入することができた。

 サイズを測ってもらったら、おれの方が2号大きくて、慶はムッとしていた。慶の小さいコンプレックスはまだまだ健在。いくつになっても気になるものは気になるらしい。

 せっかくなので刻印もいれてもらうことにした。仕上がりは2週間後になるという。

「出会った記念日でも、付き合った記念日でも、指輪を作った日、ということで今日でも?」

 坂本さんに提案され、うーんと唸るおれ達。

 出会った記念日、というのは難しい。きちんと出会ったのは高1の5月なんだけれども、小学生の時にも会っているので、正確には高1の5月は出会った記念日にならない。
 そうなるとやっぱり、付き合った記念日、が妥当だろう。

『1991・12・23 K to K』

 坂本さんが、おれが書類に書いた文字をみて「91年!?」と驚きの声をあげた。

「すごい。お二人、お付き合いはじめて、もう24年目なんですね」
「………」

 言われて思わず顔を見合わせる。

「干支が二周回るのか……」
「干支って」

 慶の変な発想にクスクス笑いながら、坂本さんが書類の処理のため席を外した。
 その隙に。

「………慶」
「ん」

 小さく呼ぶと、慶が左手でパンフレットをめくりながら、右手はテーブルの下のおれの左手とつないでくれた。こういうところが、長い付き合いだなあと思う瞬間だ。言わなくても、してほしいことをすぐに分かってくれる。
 慶の右手に自分の右手も重ね、両手で包み込む。

「干支、三周目も四周目も五周目もずっとずっと一緒にいようね?」
「……何をいまさら。当たり前だろ」

 あきれたように言う慶。当たり前、だって。嬉しくなる。

「指輪、楽しみだね」
「ああ」

 指輪。お揃いの指輪。
 この人はおれのものです。おれはこの人のものです。と証明するもの。
 指輪をするなんて、40年の人生の中で初めてのことだ。


------------------------



以上、浩介視点でお送りしました。
浩介は8年9か月ほど、慶は8年3ヶ月ほど、東南アジアのとある国におりましたが、
わけあって、年末に日本に帰ってきました。そのわけはおいおい。

今回の「あいじょうのかたち」が、「風のゆくえには」の時系列的最終作品になると思われる。なんだか寂しい。
まあ穴埋め的にそれ以前の話を書くけど。

次回はピンク頭の樹理ちゃん視点のお話です。


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(BL小説)風のゆくえには~R18・受攻試行/浩介視点

2015年05月13日 10時27分23秒 | BL小説・風のゆくえには~ R18・読切

BLのR18です。大丈夫な方だけどうぞ。


基本情報。

渋谷慶:浪人1年目。身長164cm。中性的で美しい容姿だけど性格は男らしい。
桜井浩介:大学1年。身長176cm。見た目ごくごく普通。優しそう。

前回の「風のゆくえには~R18・受攻試行」の浩介視点。

3回目の挿入挑戦、の話。
前2回はうまくできず、手でしておしまい、だった二人。
3回目の今回は……ってお話しです。

慶は前回書いた通り、特に何も思わずことにいたっておりますが、
浩介は内心ぐるぐる回ってます。彼、実は内面病んでる子なので。



--------------------------



『風のゆくえには~R18・受攻試行/浩介視点』



「とりあえず、バック? 後背位っての?」
「慶の顔見ないと勃たないから無理」
「………なんだそりゃ」
「やっぱり、正常位」
「だから前にそれでダメだっただろ」
「あー……」
「まあ、今回は時間もあるからゆっくり試してみるか」

 慶ってやっぱり理系頭だな、と思う。
 初めてラブホテルにきたおれ達。
 これから愛の営み?をするはずなのにムードも何もない。何かの実験のような様相を呈してきた。

 ジェル状のものをぬってくれているその手も真剣そのもので、愛撫とはほど遠い。患部を治療する医者のような……。ああ、慶は医学部目指してるから、その例えはちょうどいいのかもしれない。

 そんなことを冷静に思いながらも、全然萎えていないおれは相当変だ。自覚はある。
 でも、何も身に着けていない慶の均整のとれた体、白い滑らかな肌、そのきれいな顔を見ていたら、何を考えていようと体は正直に反応してしまう。

「よし。いいぞ。やってみよう」
「…………」

 ホントにムードも何もない……。

「痛かったらやめるから言って?」
「それ言ってたらいつまでたってもできねーだろ。痛いっていってもやめるな」
「…………わかった」

 緊張した様子の慶の足をぐっと押し広げる。慶は体が柔らかい。

「入れるよ?」

 言うと、慶がうなずいた。前にしたときはすぐに痛そうな顔をしたから、その時点でやめてしまった。でも今回は……

「…………」
 ゆっくりと押し入れると、慶がビクッと震えた。手がシーツを握りしめている。
 やっぱり……相当痛いんじゃないだろうか。

「………慶」
 やめようか、と言おうとしたところ、

「浩介」
 慶がとがめるような目をした。そうだ。今回は痛いといってもやめるなって言われたんだった。

「大丈夫だから……ちゃんと……っ」
 言わせる前に、ぐっと身を乗り出す。なかば無理やり押し入れる。慶、ごめん。

 狭い道を強引にこじ開ける。ありえない締め付けに頭が沸騰したように熱くなってくる。

「はい……った」

 うそだろ……。なんだこれ……。
 慶の温かい体内がおれを強くとらえて離さない。今まで一度だって感じたことのない快感。
 抑えきれず、ゆっくりと動かす。いってしまいそうになる快感が押し寄せてくる。

「……慶。やばいよ、これ……」
「……なにが?」
「気持ちよすぎる」

 ちょっと笑った慶。愛おしい……。
 今、慶の存在を強く強く感じる。

「つながってる……」
「うん……」

 慶が手を伸ばしてくれる。その手をぎゅっと繋ぐ。

 ああ……なんて、きれいなんだろう。

 いつもいつも思う。
 慶は美しい。整っている容姿はもちろんのこと、その強い意志をもった瞳は他の誰とも違う。

「……………」
 そして、おれはいつも不安になる。
 なんでこんな人がおれなんかを選んでくれるんだろう。どうしてこんなことをしてくれるんだろう。

 突き上げるたびに、慶の手に力がこもる。普通の顔をしているけれど、痛さのために手が反応してしまっているのだろう。

「……………」
 おそらく、おれに心配かけないために平気な顔をするようにしているのに違いない。違いないのに……。

 やっぱりおれは頭がおかしい。

 もっと激しく突き上げて、慶のその綺麗な顔を苦痛で歪めてやりたい、と思ってしまう。
 慶の頭の中をおれで埋めつくして、おれのことしか考えられないようにしてやりたい。おれから与えられる痛みで、おれのことだけを、おれのことだけを、おれのことだけを……っ

「!」
 はっと我に返った。
 思いきり奥まで突き上げたときに、慶の眉がピクリと寄ったのだ。わずかに見せた苦痛の表情。

 おれは何てことを………

「………浩介?」
 いきなりやめたおれに、慶が不思議そうな顔を向けている。

「どうした?」
「あー……うん」

 顔を見られたくなくて、枕元まで這っていきジェルの容器をとってくる。
 そして、慶のものに塗りはじめた。

「え、なに? なんだよ?」
「このままだといっちゃいそうだから」

 大嘘をつく。本当のことなんてバレるわけにはいかない。

「今度は慶の番」
「……別にいってからでもいいのに」
「いいからいいから」

 優しく慶のものを包み込む。次第に大きくなっていく。慶が吐息をもらす。

(ああ、こっちの方が健全でいいな)

 思わず笑ってしまいそうになる。痛みなんかじゃなくて、快楽でいっぱいにさせればいいんだ。おれの手で慶が気持ちよさそうな表情を見せてくれる。嬉しくなってくる。


「じゃ、しよ?」

 でも、あいにくおれの体が硬すぎて正常位はできず、バックですることになったんだけど……

「……っっ」

 この異物感といったら、筆舌に尽くしがたかった。
 後背位でよかった、と思った。慶、よくあんな普通の顔してられたな。とてもじゃないけど、平気な演技なんてできない。顔を布団にうずめ、なんとかこらえていたところで、急に異物感がなくなった。慶がいきなり抜いたのだ。

「どうしたの?」
 振り返ると、慶はうーん……といってペタンとすわりこんだ。すっかり萎えている。
 なんだろう。おれのせい………?

「いや……なんかちょっと……」
 不安になったところで、慶が肩をすくめていった。

「犬の交尾、思い出しちゃってな」
「犬の交尾………って」

 ……確かに。バックの体勢って、犬の交尾と同じだ。
 そう思ったらおかしくて、ゲラゲラ笑いだしてしまった。慶も笑いだす。

「だって、犬の交尾っぽいだろー?」
「確かにね~~ちょっと動物的だよね」
「だろ? 鏡見なかったら気がつかなかったんだけどなー」
「なんで鏡なんてあるんだろうね?」

 鏡に映る姿をみる。裸の二人。慶はやっぱり美しい。おれはやっぱり何の特徴もとりえもない。

「んーーー風呂でも入るか」
「………そうだね。せっかく大きいお風呂だもんね」

 慶がぴょんとベットから飛び降りる。
 慶は……このままでいいのかな。全然中途半端だ。

「慶、お風呂で続きする?」
「あーおれ、パス。もういいや。つか、無理。絶対思い出して勃たねー」

 振り返った慶はひらひらと手をふっている。うーん…。

「それはバックがでしょ? 普通にすればいいじゃん」
「お前、無理じゃん」
「えー大丈夫だよー」
「大丈夫じゃねーよ。そんなん言うならこれから毎日柔軟でもしとけ」
「う……分かった」
 
 ぐっと詰まっていうと、慶はなぜか、いたずらそうにニッと笑い……

「やっぱ続き、しようぜ?」
「え」

 いきなりこちらに足を振り上げ、肩のあたりを蹴ってきた。突然のことにバランスを崩して後ろに倒れる。

「次、騎乗位な」
「え」

 慶がまたがってくる。
 えーっと、騎乗位……騎乗位って、なんだっけ……
 すばやく頭を巡らせ、騎乗位を思い出したら、むくむくと起き上がってきた。
 受け側が上にのってするってことだ。

 でも、慶にまたあんな痛さを味あわせてしまうなんて……

「でも、慶……」
「でももくそもねーって言っただろ」

 起き上がろうとしたところ、再度肩のあたりを蹴られて押さえつけられた。

 ゆっくりゆっくりと、慶が下りてくる。

「あ………」
 先が入り、思わず声が出てしまう。
 そのまま慶が奥まで迎えてくれる。締め付けられる。ものすごい快感……。

「慶……」
 下から見上げる慶の顔。色っぽい……。
 慶の手が伸びてきて、手を絡ませてくれる。

「浩介」
 慶の優しい声。
 それだけで、もういってしまいそうになる。

 慶はめったに「好き」とかそういうことを言ってくれない。言ってくれないけれど、名前を呼んでくれる声で、おれをまっすぐ見てくれる瞳で、愛を感じることができる。そして今、おれを受け入れてくれている温かいところから、繋いだ手から、溢れるほどの愛を実感できている。涙が出そうになる。

「慶……ありがと」
「何が」

 不思議そうな顔をした慶。

「何もかもが」

 そう。何もかも。慶がいるからおれは生きていける。慶がいるから壊れずにいられる。

「変なやつ」
「………ごめん」

 言うと、慶が笑った。ああ、こんなに満たされることなんてあるだろうか。

「そのままゆっくり起きあがってこい。ゆっくりな」
「んー……?」

 なんだかよく分からないけれど、言われたまま起き上がる。途中でずれて抜けかけたところを慶がぐっと腰を寄せて入れ直した。……痛そう。

「慶、痛くない……」

 の? と、言いかけたところを、慶の唇に優しく包まれた。

「!」
 電流が走るみたいになって、ビクッとなる。
 
「ああ……」
 体の中も、手の先も、唇も、すべてが慶で埋め尽くされていく。なんて幸福感……。

「なんか……幸せすぎて死にそう」

 思わずつぶやくと、ごちんと頭をぶつけられた。

「あほか。これでいちいち死んでたら、いくつ命あっても足んねーだろ」
「………慶」

 慶がニッとしていう。

「これからいくらでも、何回でも何十回でも何百回でもやれるんだからさ」

 そして、再び、深く深く唇を重ねてくれる。
 ああ、慶……。やっぱり、幸せすぎて死にそうだよ。

「また、来ような?」
「うん……」

 幸せな約束……。
 二人でいられるなら他には何もいらない。


--------------------------



と、いうことで。浩介パートも終わりー。
元セリフがあったので、そんなに時間かからず書きおわれた。
浩介パートで書きたかったことは、綺麗な顔を苦痛で歪めてやりたいっていう黒浩介と、好きっていってくれないけど、愛が伝わってくるってくだりでした。

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(BL小説)風のゆくえには~R18・受攻試行/慶視点

2015年05月12日 10時17分55秒 | BL小説・風のゆくえには~ R18・読切

単なるやおいです。やまなし・おちなし・いみなしです。自己満足です。
BLのR18です。大丈夫な方だけどうぞ。


基本情報。

渋谷慶:浪人1年目。身長164cm。中性的で美しい容姿だけど性格は男らしい。
桜井浩介:大学1年。身長176cm。見た目ごくごく普通。優しそう。

この2人、1回目は高校2年生のバレンタイン頃。2回目は高校3年の卒業間近。
なんですけど、二回ともびみょーーーな感じに終わってるんですね。

いや、そうでしょ。初めて同士がそんなサクサク上手にできるわけないでしょ?
結局うまく挿入できず、手でしておしまいですよ。(←身も蓋もない^^;)

と、いうことで。「R18・受攻試行」お送りします。慶視点です。浩介視点もそのうち書く。たぶん。



--------------------------


『風のゆくえには~R18・受攻試行/慶視点』


 ラブホテルに行こう、と浩介が言いだした。

 何でも、大学で同じ講義を取っている奴で、人妻と付き合っている奴がいて、そいつの話によると、そこのラブホテルは誰にも会わずに出入りできるので安心だという。新しくて綺麗だけれど、他のホテルよりも若干高めで、しかも駅から離れているからか、わりと空いていることが多いらしい。

 でも、そこのホテルに行こうとしたら、その道中でそいつに会っちゃうんじゃねーの?というと、そいつは平日の昼間にしか行かないから、そこを外せば大丈夫、とのこと。人妻だからその時間でしか行けないらしい。

 しかし。浪人中のおれ……。
 しかも医学部予備校は普通の予備校よりも授業料も高く……。自主的に小遣い減額を申し出たため、現在財政的に非常に厳しい状況にある。

 そんなおれの財布状況を知っている浩介、「おれ、バイトはじめたから全額出せる」と……。
 それもなんだかなーって感じだったんだけど、結局、今年は浩介の言葉に甘えることにして、来年おれも大学生になったら(なれたら?!)、おれがおごり返すってことで話はついた。


 と、いうことで、初ラブホテル……。
 本当に大丈夫か心配だったので、一応、おれは男女兼用な感じのパーカーを着て、フードもかぶって、浩介の腕にしっかりしがみついて下を向いて入ってみた。
 ……本当に大丈夫だった。
 ホテルの入口を入ると、でかでかと各部屋の写真の載ったパネルがあって、そこから部屋を選んでボタンを押したらカードが出てきた。それがカギ代わりになっているらしい。それを部屋のドアに差し込んだら入室できて、入ったら自動でドアが閉まった。出るときにそこの横の自動販売機みたいな機械にお金を入れないと鍵が開かないしくみになっているようだ。

「すごい。本当に誰にも会わなかったな……」
「でも嬉しかった~♪」

 語尾に♪がついている浩介。

「嬉しいって?」
「だって、慶と腕組んで歩いたことなんてないじゃん♪」
「……そういやそうだな」

 でも今は春だからパーカーでいいけど、夏暑くなったら無理だな。そうしたら帽子とかかな。でも、顔よりもむしろ体のラインが出ないような服を着ないとってことだよな……。

 おれがブツブツブツブツいっていたら、
「ごめんね。慶ばっかり」
 後ろから、むぎゅーっと抱きしめられた。顔が熱くなる。そうだ。これから……

「なあ……ホントにやんの?」
「どっちでもいいよ?」
「え」

 振り返ると、にこりとした浩介。

「おれはこうやって、人目を気にせずベタベタできれば充分♪」
「………。今まで散々人前でも抱きついたりしてきたじゃんお前」
「でもさすがにキスはしてないよ?」

 すばやく頬にキスされ、思わず笑ってしまう。

「確かにな」
「でしょ?」

 手を差し出され、きゅっと手をつなぐ。それだけでも充分嬉しい。

「ちょっと探検しようよ」
 浩介に促され、手を繋いだまま広い室内を見て回る。確かに新しくて綺麗。大きなベットの横の壁にはなぜか大きな鏡。枕元のこれは……ラジオ? あと時計?目覚まし? 冷蔵庫の中には横向きにジュースやお酒。これは有料。でも無料で飲める紅茶とお茶のセットもある。
 洗面台も広めでキレイ。ちゃんとドライヤーとか歯磨きのセットとかもある。普通のホテルと変わらない。お風呂も……

「広っ!」
 二人で入っても余裕の湯船。ああ、大きな鏡があるから余計に広く見えるのか……。

「………すげえな」
「ねえ……」

 ひとしきり感心したあと、ベッドの部屋に戻ってきた。ベッドの端に二人で腰かける。

「布団ふかふか。新しいんだね」
「だな」
「おれ、ここでゴロゴロしてるだけでもいいなー」

 えいっと浩介がベッドの真ん中に寝っ転がった。おれもその横にコロンと寝そべってみる。
 真横に浩介の顔。ニコニコしてる。手が伸びてきて、髪を弄ばれる。愛おしくて胸がぎゅうっとなる。

 ふと、前にやろうとした時のことを思い出して、思わずつぶやいた。

「前二回の敗因は、やっぱり時間的な問題が大きいと思うんだよな……」
「敗因って……」

 浩介が苦笑いする。

「おれはすっごく気持ち良かったけど」
「あー……まー……そうだけど」

 色々思いだしたら、恥ずかしくなってきた。
 結局するのは諦めて、お互いを手でしたんだけど、自分でするのと違って新鮮で……。されながら、へえ浩介っていつもこうやってるんだ?とか思ったりして……って、何言ってんだおれ!
 とにかく! やっぱり、できなかった以上、上手くいかなかった感は否めないわけで。

「高2の時も、急に家族が帰ってきたらどうしようってのが頭の片隅にあったし、こないだもやっぱり、お前の母さんがいつ買い物から戻ってくるかって思ったら……なあ?」
「うん。ホテルにきて大正解~。何の気兼ねもなくこうやってベタベタしていられるなんて夢みたい」

 手を絡ませてつなぐ。体を寄せ、足も絡ませる。そっと唇を合わせる。
 浩介がため息まじりに息をついた。自身を落ち着かせようとしているのが分かる。
 これはやっぱり……。

「………なあ。やっぱりせっかくだからやってみねえ?」
「………え」

 大きく瞬きをする浩介。その頬を軽くなでてやる。

「とりあえず、お前先な?」
「でも」
「こんなガッチガチになっておいて、でももくそもねえだろ」

 ベルトを外してやろうとする手に浩介の手が重なった。

「慶……」
 引き寄せられ、強く強く抱きしめられた。


**


「とりあえず、バック? 後背位っての?」
「慶の顔見ないと勃たないから無理」
「………なんだそりゃ」
「やっぱり、正常位」
「だから前にそれでダメだっただろ」
「あー……」
「まあ、今回は時間もあるからゆっくり試してみるか」
「うんうん」

 だんだん、何かの実験みたいな感じになってきてる……。
 スムーズに挿入できるためのジェル状のものを浩介にぬってやる。冷静に話してるのに萎えてない。
 うーん……こんなのが入るのか? ……ホントに? 動悸が激しくなってきた……。

「痛かったらやめるから言って?」
「それ言ってたらいつまでたってもできねーだろ。痛いっていってもやめるな」
「…………わかった」

 ぐっと足を押し広げられ……浩介のものがあてがわれた。
 緊張がはしる。
 前はほんのすこし先が入っただけで、おれが痛そうな顔をしたから、それ以上続けられなかったのだ。同じ轍は踏まない。なるべく普通の顔をする。

「入れるよ?」
「………」

 こっくりうなずく。大きく息をはき、体の力をぬく。大丈夫大丈夫大丈夫……。

「!」
 思わずビクッとなる。体の中に入ってくる熱いもの……。シーツを握りしめ、違和感に耐える。

「………慶」
「浩介?」

 浩介、なんだかものすごい真面目な顔をしている。
 心配かけないように、なるべく普通の顔で促す。 

「大丈夫だから……ちゃんと……っ」
 叫びそうになり、歯を食いしばった。体の真ん中が熱くなってくる。入ってくる。入ってくる、浩介が……。

「こ………」
「はい……った」
「………っ」

 吐息のような浩介の声。
 ゆっくり、ゆっくりと、遠慮がちに揺れる。そのたびにズズズ、ズズズと体の中で音がしている気がする。

「……慶。やばいよ、これ……」
「……なにが?」
「気持ちよすぎる」
「………うん」

 正直、おれは違和感しかないし、体は、もうやめてくれと訴えている。
 でも………

「つながってる……」
「うん……」

 手を伸ばし、浩介の手と絡めて繋ぐ。
 おれ達は今、つながっている……。

 気持ちよすぎる、と言った言葉とは裏腹に、浩介は眉間にシワをよせたまま、腰を動かしている。突かれるたびに痛さでビクッとなる。
 そうして幾度かのピストン運動が繰り返されたが……

「………え?」
 いきなり違和感がなくなった。

「浩介?」
 いったわけでもないのに、抜いてしまった浩介。
 萎えたわけでもない。元気なままだ。なのに、どうして??

「どうした?」
「あー……うん」

 おもむろに、浩介はジェルを手に取ると、おれのものに塗りはじめた。

「え、なに? なんだよ?」
「このままだといっちゃいそうだから。今度は慶の番」
「……別にいってからでもいいのに」
「いいからいいから」

 優しく優しく触れられ、大きくなっていく。不思議な感じ。ジェルのぬるぬるもあって気持ちがいい……。
 浩介は妙に嬉しそうな顔をして言った。

「じゃ、しよ? やっぱり正常位?」
「……無理じゃね?」
「え?」

 きょとんとする浩介。

「どうして?」
「お前、さっきおれがしてた格好、してみ?」
「うん………、ててててっ」

 やっぱりな……。これは体が柔らかくないとできないな、とさっき思ったんだ。

「お前、体固いからな……」
「いや、大丈夫。大丈夫だから……」
「大丈夫じゃねえだろ。入れる入れない以前の問題だ」
「うう……じゃあ……後背位」
「んー……」

 後背位……四つん這いのところを後ろからってことだ。
 なんだか冷静になってきていて、萎えそうなところ、頭を切り替える。
 さっきの繋がっていた感を思い出す。そう。おれたちは一つになっていた。

「じゃあ……」
「うん」

 四つん這いになった浩介の後ろに立ち、挿入を試みる。
 先だけ入った時点で、浩介の身がビクッと震えた。下を向いているから表情はみえない。

「痛かったら言えよ?」
「それじゃ、いつまでたってもできないって、慶が言った……っ」

 言葉にかぶせるように押し入れる。自分のものがぎゅううっと握られていくような感覚。

「うわ……」
 確かに……今まで経験したことのない快感。すごい引き締まり……。
 ゆっくりと腰をふる。刺激され、快楽に支配されそうになる。

 ……が。

 いや……横の鏡を見たのがまずかった。
 鏡に映った自分たちの姿が目に入り……

「犬の交尾みてえだな……」

 思わず口にだして言ってしまったら、もう無理だった。
 途端に、しゅううんっと萎えてしまい……続行不可能。浩介から引き抜いた。浩介が不思議そうに振り返る。

「どうしたの?」
「いや……なんかちょっと……犬の交尾、思い出しちゃってな」
「犬の交尾って」

 浩介が呆気にとられた顔をしてから……ゲラゲラ笑いだした。
 おれもつられて笑いだしてしまう。

「だって、犬の交尾っぽいだろー?」
「確かにね~~ちょっと動物的だよね」
「だろ? 鏡見なかったら気がつかなかったんだけどなー」
「なんで鏡なんてあるんだろうね?」

 ふと、二人で鏡に映る自分たちをみる。裸の二人。冷静になってしまう。

「んーーー風呂でも入るか」
「そうだね。せっかく大きいお風呂だもんね」

 ぴょんとベットから飛び降りる。

「慶、お風呂で続きする?」
「あーおれ、パス。もういいや。つか、無理。絶対思い出して勃たねー」

 振り返って手を振ると、浩介が眉を寄せた。

「それはバックがでしょ? 普通にすればいいじゃん」
「お前、無理じゃん」
「えー大丈夫だよー」
「大丈夫じゃねーよ。そんなん言うならこれから毎日柔軟でもしとけ」
「う……分かった」

 しょぼんとする浩介。なんかかわいい。愛おしさがつのって、やりたくなってきた。

「やっぱ続き、しようぜ?」
「え」

 まだベッドに座ったままだった浩介の肩口を蹴り、寝っ転がらせる。

「次、騎乗位な」
「え」

 有無を言わさずまたがると、途端に浩介のものが復活してきた。

「でも、慶……」
「でももくそもねーって言っただろ」

 戸惑ったような浩介を押さえつけ、覚悟を決めて、挿入を試みる。
 ゆっくりゆっくり……

「あ………」
 浩介がビクッと震える。痛さをこらえてそのまま腰をおろし……、入り……きった。

「慶……」
 一段と浩介のものがおれの中で大きくなる。
 正直……さっきよりも……痛い。

 でも………

「浩介………」
 手を絡ませ、大好きなその名を呼ぶ。

 痛くて動かせない。
 これが痛くなくなる日なんてくるんだろうか、と甚だ疑問だけれども……
 けれども、一つになっているという充実感で満たされている。
 浩介がなぜか泣きそうな顔で言った。

「慶……ありがと」
「何が」
「何もかもが」

 なんだそりゃ。

「変なやつ」
「ごめん」

 繋がったまま笑い合う。こんなに満たされることなんてあるだろうか。

「そのままゆっくり起きあがってこい。ゆっくりな」
「んー……」

 そろそろと起き上がらせると、案の定、抜けかけた。ギリギリで入れ直す。

「慶、痛くない……」
 言いかけた浩介の唇に唇を合わせる。浩介が震える。

「ああ……」
 繋いだ浩介の手がぎゅっとしまった。

「なんか……幸せすぎて死にそう」
「あほか。これでいちいち死んでたら、いくつ命あっても足んねーだろ」

 あほな発言に、ごちんと頭をぶつけてやると、浩介が泣きそうな顔で笑った。

「………慶」
「これからいくらでも、何回でも何十回でも何百回でもやれるんだからさ」

 愛おしさがあふれてくる。再度、深く深く唇を重ねる。

「また、来ような?」
「うん……」

 これからいくらでも続く幸せ。
 二人でいられるなら他には何もいらない。


--------------------------



と、いうことで。慶パート終わり。

なんか長くなった……。
なかなか始めてくれないんだもん。
早くはじめなさいよ……とちょっと焦りました。

慶パートで書きたかったのは「犬の交尾みてえだな」でした。
次は浩介パート。
上記の話の浩介視点。なんか暗そうだなあ……。
時間かかりそう。


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