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BL小説・風のゆくえには〜記念日デート2023(後編)

2023年12月05日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 短編読切
【慶視点】

 11月3日は「初めてキスをした記念日」だ。あれは高校2年生の文化祭の後夜祭のことだった。

 あれから30年以上経った今日。
 浩介と一緒に地域の祭りの手伝いをしたことで気持ちが高揚していた。その上、学生時代に何度も訪れた、みなとみらい地区をふらついていたら、なおのこと昔の感覚が蘇ってきて……

(あー、手、繋ぎたい)

 浩介側の右手がウズウズする。でもまさかこんな人混みで繋ぐわけにはいかず、我慢して横を歩く。

 ランドマークタワーの中を抜けて、桜木町駅方面に向かう。動く歩道の横の通路を、観覧車方向の夜景を見ながらゆっくり歩く。と、

「あ、始まった」

 観覧車のライトアップが変わりはじめたところで、浩介が立ち止まった。

 毎時0分から15分ごとに観覧車のイルミネーションショーが行われるのだ。ぐるぐると光が動いて綺麗で面白い。

「写真撮りたいからちょっと待ってくれる?」
「おお」

 スマホを観覧車側に向けた浩介。何回かシャッターを押したようだけれども………

「? どうした?」

 スマホを下ろし、何か……思い詰めたような表情になった。

「浩介?」
「…………」

 浩介は、スマホを持ったまま、両手で胸のあたりを抑えて、見ていて分かるくらい大きく息を吸った。そしてゆっくりと吐いて………

「…………」

 発作、か?

 久しぶりだ。

 浩介は以前は、過換気症候群の発作を起こすことがあった。ここ数年は出ていないと認識していたのだが……

「浩介」

 驚かせないよう、できる限り落ち着いた声で呼びかけ、そっと背中に手を当てる。

(何がトリガーだ?)

 横顔を見上げながら考える。

 おれと同様に、浩介も学生時代に戻ったような感覚になっていたのだとしたら……

 ぐるぐると思いを巡らそうとしたところで、

「………ごめん、もう、大丈夫」
「え」

 あっさりと言って浩介が振り返った。多少、顔色が悪い気はするけれど、呼吸は整っている。

「行こう?」
「……おお」

 何事もなかったかのように歩きだした浩介。
 そのまま無言で、エスカレーターで下までおりていき、少し歩いたところで立ち止まった。

「ええと……、あっちだと思う」
「…………。そうか」

 浩介が左方向を指さした。事前に行きたい店をリサーチしてあったのだ。
 このまま、店に向かってもいいのだけれども………

「…………」
「…………」
「…………」
「…………」

 何も言わず、じっと見上げていたら、浩介がふっと笑った。そして、降参、というように手をあげると、

「あの………ちょっと、思い出しちゃって……」

 ゆっくりとあげていた手が下がり、おれの右肘あたりを掴んできた。学生時代にも時々、こんなことがあった気がする。

 浩介がうつむいたまま言葉を継いだ。

「……昔ね、うちのハハオヤ、おれたちのデートの後をつけてきたことあったんだよ」
「……そうか」

 浩介の母親は相当な過干渉だったのだ。今でこそ、適切な距離で付き合えているけれど、以前はそのことで浩介はずっと悩んでいた。

「観覧車見てたら、そんなこととか、色々……フラッシュバックっていうか……」
「…………」
「……でも」

 ふっと浩介が顔をあげた。優しい瞳に、今更ながらドキッとする。

「おれには慶との思い出があるから大丈夫」
「…………」

 浩介がにっこりと笑った。

「苦しくなる記憶も、慶との思い出で隠れていくから」
「…………」
「だから…………大丈夫」
「…………」

 切なくなるような、笑顔。

 おれは……本当の意味で、浩介の苦しみを理解することはできないのだろう。

 今も喉元まで、

『でも、今のお母さんは干渉してこないだろ』
『今は良い関係を築けてるじゃないか』
『今、発作が起こらなかったのは、そのおかげなんじゃないのか?』
『その苦しい思い出を、今のお母さんとの新しい思い出で塗り変えられないのか?』

 ……そんな言葉が上がってきている。
 でも、それは決して言ってはいけない。そんな簡単なことなら、こんなに苦しむことはない。これは、ただのおれの願望でしかない。

 昔の苦しい思い出を消すことはできない、と、昔、先輩医師に聞いたことがある。だから楽しい思い出でたくさんにして、辛い記憶を少しでも薄めたいけれど………

(おれは……お前のために何ができる?)

 おれは……おれは。

「浩介」

 ぎゅっと、浩介の腕を掴む。

「…………。愛してるよ」

 するり、と出てきた言葉。
 今日は「愛してる記念日」でもあるので、シラフで言う約束をしてはいるけれど、その約束とは別に、今、心から言いたいと思った。

「え、慶?」
「…………」

 戸惑った様子の浩介の頬を、グリグリと撫でてやる。

「愛してる愛してる愛してる」
「わ、慶……っ」

 おれにできること……できることは……

「これからは観覧車みたら、おれのことだけ思い出せ!」

 おれにできることは、ただひたすらに、お前を愛すること。それだけだ。

「愛してるよ……浩介」
「…………慶」

 ふにゃり、と顔を崩した浩介。グリグリしていた手を上から掴まれる。

「………ありがと、慶」
「…………」
「大好き」

 すっと、その愛しい瞳が近づいてくる。
 大好きな、大好きな、浩介………

 って!

「何しようとしてんだよ!」

 とっさに手を引き抜き、おでこを思い切り押してやる。

 危ない危ない。雰囲気に流されるところだった。
 道路端の目立たないところとはいえ、かなりの人通りだ。

「こんな往来で!」
「えーごめんごめん」

 浩介が、あははと笑った。

「無意識デス」
「アホかっ……って!」

 さっきとまったく同じやり取りに、おれも笑い出してしまう。

 こうして笑っていればいい。おれとお前と二人で。それだけでいい。今はまだ。

「行くか」
「うん」

 本当は手を繋ぎたいけれど、それはさすがに我慢して。

「あー、焼き肉、楽しみだなー」
「だからー!夜景の見えるロマンティックなレストランなんだって!それも楽しみにしてって!」
「分かった分かった」
「もーせっかくの記念日なんだからね?」
「あ、そうだったそうだった」
「忘れてたの!?」
「まさか」

 忘れるわけがない。
 せっかくの記念日、楽しもう。




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お読みくださりありがとうございました!

マスクに関して。二人、電車の中とかではしてますが、外を歩くときは外してます。いちいちそれを書くのも……と思って割愛しました。
きっと何年も経って読み返した時に「あー、あのときは…」って思うんでしょうね……

余談なのですが……
知り合い(慶たちと同年代)で、仲がとても良い御夫婦がいるのですが……
その御夫婦、高校2年生から付き合いはじめて、そのままずっと付き合ってて、そのまま結婚して今に至るんですって!
最近それを知って、なんかすごく嬉しくなっちゃって。
慶たちも高校2年生から付き合ってますが、あいも変わらず仲良しです!

ということで……
いい加減、長い話も書きたいなーと思いつつ、今にいたりますが、予定は何もたっておりません……

読みに来てくださった方、ランキングクリックしてくださった方、本当にありがとうございます!また今度……


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「風のゆくえには」シリーズ目次1(1989年~2014年) → こちら
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コメント (4)
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