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(BL小説)風のゆくえには~R18・脳内変換推奨

2016年06月28日 18時00分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ R18・読切

高校2年生のクリスマス前日から晴れて恋人同士となった慶と浩介。
それから1年9ヶ月。ちゃんとエッチするのは8回目、の二人の話。

渋谷慶……浪人生。身長164センチ。中性的で美しい容姿。でも性格は男らしい。
桜井浩介……大学一年生。身長176センチ。外面明るく、内面病んでる。慶の親友兼恋人。




------------------

『風のゆくえには~脳内変換推奨』




 ラブホテルに持ち込んだ弁当を食べて、お茶も飲んで、トイレにいって戻ってきたところで……

(………げ)

 なぜか、テレビでAVがかかっていた。画面の中では今まさにコトがはじまったばかりのようだ。社長室風の部屋のソファーに押し倒された社長秘書?が、タイトスカートをめくられ、社長風親父に下着を剥ぎ取られるところが映っている。よく見えないけれど、なんとなく美人な雰囲気のある女優だ。

 ソファーに座った浩介、真面目ーな顔をしてテレビを見ている……

「……何みてんだお前?」
「うん……」

 浩介、上の空だ。とりあえず隣に座る。
 そんな中、女優の喘ぎ声がはじまり、いたたまれなくなってきた。かといって見てるのに消すのもなあ……と思って消すに消せない。

(もしかして、はじめてみる、とか……?)

 おれは中学の頃、部活の先輩の家とかで上映会があったので、何本か見たことはある。でも、多少興奮はするものの、何というか……遠い世界の話、って感じで現実味を持つことができなかった。今思うと、やっぱり自分の性の対象は女性ではなかったってことなんだろうなって感じだけど……

(浩介……)

 元々浩介は男が好きだったわけではない。おれを好きになってくれる前は、女子バスケ部の先輩に片思いしていたくらいだ。女にだって興味はあるはず……

(………)

 真剣な様子の浩介……。血の気が引いてくる。
 浩介が本当は女を抱いてみたいと思っていたって何の不思議もない……

 ドッドッドッと自分の心臓の音が耳に響いてくる。どうしよう……どうしよう……

(!)

 一際大きい喘ぎ声に驚いて、背けていた目を画面に移し……

「………っ」

 耐えられなくて、テーブルの上にあったリモコンを取り、電源を消した。手が、震える……
 だって、だって……この女優……恍惚の表情を浮かべていた女……

(……美幸さん)

 美幸さんに、似ていた。浩介が好きだった女……


「あー見てたのにー」
「!」

 浩介が呑気な声で文句をいって、リモコンをおれから取ろうとしたので、とっさにリモコンを後ろのベットの方に投げつけた。ベッドからバウンドして下に落ちたらしく、ガタンッと大きな音がしたがそんなの知ったことではない。

「慶?」
「………っ」

 ぎゅうっと浩介の首に手を回し抱きつく。

「慶? どうしたの? もしかして嫌だった?」
「………」

 強がって首を振ると、浩介は腰に手を回して、キュッと抱きしめてくれた。けど……。……どう思ってるんだろう。おれは女みたいに柔らかくない。抱きしめても……

「慶ってこういうの見ない? あ、でもこないだAVかよーとか言ってたよね」
「……中学の時、バスケ部の先輩の家で見たりした」
「あはは。おれも高1の時バスケ部の先輩の家ではじめて見たー」

 楽しそうに言う浩介……

(そのときどう思った? 女抱いてみたいって思った? 今も思ってる?)

 聞きたいけど……聞けない。

 そのままジッとしていたら、 

「あ、じゃあ、慶、ちょっといい?」
「え?」

 浩介がおれを剥がして立ち上がった。そして、

「えーと……」
「わっ」

 いきなり座っているおれの右足首を掴んで引っ張りあげた。な、なんだなんだ?!

「それで、肩に……」
「こ、浩介?」

 真面目な顔をしておれの足をあーでもないこーでもないと引っ張ってくる浩介……いったい何を……

「お前、何やって……」
「え、だから、さっきのビデオの体勢」
「……は?」

 浩介は、んーーと唸ると「やっぱりよく分かんないなあ……」と言って、おれから手を離した。ぽかーんとしてしまう。

「さっきのビデオの体勢……?」
「うん。こう、足を肩に担ぐみたいにしてたでしょ? あれどうやってんのかなあと思って」
「え……」
「もしあれで慶が気持ち良くなるんだったらやってみようかと思ったけど、やっぱり体勢的にキツイ感じがするんだよねえ。どう思う?」
「どう思うって……」

 どう思うって……

「お前、一生懸命みてたのって、それ……」
「あ、うん。でも、結局よく分かんなかった」

 でも、でも……

「でも、お前、初めからすげー真剣に……」
「初め? あ、うん。どうやったらあんなスムーズに洋服脱がせられるのかなあと思って。おれいつもモタモタしててかっこ悪いからさ」
「………」
「でもやっぱりそれもよく分かんなかったや。んー難しいねえ」
「………浩介っ」

 バカっっ!バカバカバカバカバカバカっ

 たまらなくなって、立っている浩介に飛びつくみたいに抱きついた。

「わわわっ慶?!」

 びっくりした声をあげたことにも構わず、体をグイグイおして、ベッドまで連れて行き押し倒す。ぎゅうううっと抱きついていると、浩介がちょっと笑いながらおれの頭をなでてくれた。

「どうしたの?」
「……どうもしない」
「あ、わかった」

 並んで寝そべる体勢に変えて、ちゅっとキスを落としてくれてから、こつんとおでこを合わせてくれる。

「刺激受けて早くやりたくなっちゃった?」
「…………ちげーよ」

 なに呑気なこと言ってんだ。ばか。って言葉は飲み込んで、おでこをグリグリ押し返す。

「お前があんまり真面目に見てるから、ああいう女が好みなのかなーとか思っただけだ」

 美幸さんのことは思いださせたくなくて、名前は出さないで言う。

「結構美人だったし」
「あ、そうなの? 全然顔見てなかった」
「………」

 見てなかったって……

「………。たぶん好みだったと思うぞ」

 我ながら自虐的だと思いながら言うと、浩介は「でもさあ……」といいながら、すりすりすりすりおれの頬をなで回してから首をかしげた。

「慶に似てるAV女優なんて、いたらすっごい人気になってて、こんなとこで無料で見れるわけなくない?」
「………は?」

 おれに似てる?

「何の話だ?」
「え、だから慶に似てたんでしょ?」
「は? 似てねーよ」

 何を言ってるんだこいつは。
 頭の中ハテナハテナのまま、眉を寄せると、浩介も同じように眉を寄せた。

「じゃあ、好みじゃないじゃん」
「は?」

 え?

 浩介、「意味わかんないんだけど」と首をかしげて、おれの鼻筋を人差し指でツーッと辿ってきた。

「前も言ったでしょ? おれの好みは慶だよ? なのに似てなかったら好みじゃないじゃん」

 何言ってるの? と言う浩介……

「あ………」

 おれは………おれは。

「こーすけ……」
「ん?」
「お前……」

 言いかけたところで、鼻筋を辿ってきた指が唇を割って入ってきた。背筋に快感が走る。歯を撫でられ舌に触れられた時点で、我慢できなくてその指をしゃぶると、

「んんん……慶っ」

 自分から仕掛けてきたくせに、浩介が戸惑ったように身もだえた。

「慶、色っぽい……」
「…………」

 浩介を上目遣いで見ながら指をしゃぶり続け、ベルトに手をかける。すでに大きくなりはじめていた浩介のものを取りだし、ゆっくりと扱きはじめると、浩介が慌てたようにおれの口から手を引き抜いた。   

「慶、もう、無理……っ」
「? 何が?」

 掴んだまま、浩介を見上げる。浩介の唇……欲しい。その思いのまま、軽く唇を合わせると、手の中のものが反応して更に大きくなった。……かわいい。

「ああ、もう、慶、無理だって……」
「何が」

 もう一度言う浩介の顎に、首筋に唇でふれる。すると、浩介が大きくため息をついた。

「あ、もう、ほんとに無理……」
「だから何が」
「視覚的に……」

 視覚的?

「おれ、慶のこと見てるだけでイク自信ある……」
「……なんだそりゃ」
「だって、見てるだけでもう……」

 浩介のものがおれの手の中でビクビクと成長していく。

「慶……」
「………」

 重ねられる唇。

「浩介……」

 こんなに素直な反応を見せてくれているのに、それでも不安になってしまうのは、美幸さんの影がちらついてしまうからだ。どうしても、どうしても不安が消えない……

「慶?」
「うん……」

 おれの不安がうつったのか、浩介までも不安そうな瞳になり、手の中のものも勢いがなくなってしまった。

「慶……」
 コツンとおでこを合わせて、浩介が心配そうに言う。

「ごめんね。おれ変? 呆れちゃった?」
「……違う」

 そんなことあるわけがない。

「じゃあ、どうしたの?」
「………ただ」

 浩介の唇にそっと唇を重ねる。伝ってくる愛しさ……

「お前が女とやりたくなったんじゃないかって心配になっただけだ」
「……なにそれ」
「だってすっげー真面目にAV見てたから……」
「だからそれは体位の研究で……」

 うん。分かってる。分かってるよ。でも……

「慶……」
「ん」

 再び唇を重ねる。大好きな浩介……

「おれ……慶としかできないよ?」
「………」

 浩介が真面目な顔で言ってくる。

「AV見ても勃たないし」
「え」

 勃たない?

「慶の顔と体に脳内変換すれば勃つのかなあ? って思って変換してみるんだけど、やっぱり見てる最中は無理なんだよね。見終わってからあらためて頭の中で色々修正かけてからじゃないと……」
「え、え、え?」

 何の話だ? って……

「あの……お前って、AV、そんなに見……」
「あ、うん。西崎の部屋でグループ発表の打ち合わせすると必ず最後は見させられるから」
「…………」

 西崎というのは浩介の大学の同級生で、人妻と不倫をしていて、浩介に色々と下ネタ情報を流してくる奴で……

「でも、西崎の好きな女優さんのシリーズって、どれもたいして変わり映えないんだよ」
「…………」
「だから今日のは見ててちょっと面白かった」
「…………」

 なんか色々ツッコミどころ満載なセリフの数々だ……

「慶? って、あ! もしかして怒ってる?!」

 おれが黙っていたら、浩介は慌てたように起き上がり、脱げかかっていた下着とズボンをさっと履き直して、ベッドの上で正座になった。

「あー、西崎に怒られるから言うなって言われてたの忘れてた」
「…………」
「あの………ごめんなさい……」

 深々と頭を下げてくる浩介………
 なんだそりゃ……

「何がごめん、だ?」
「えーと………、なんだろう?」
「あほかっ」

 おれも起き上がり、正座をする。

「別に怒ってねーし。つーか、色々謎が解けた」
「謎?」

 キョトンとした浩介にこっくりとうなずく。
 そう、今まで不思議に思っていたんだ。回を重ねるごとに、色々なことを仕掛けてきたり、上手くなってきたりしている浩介。何かしら情報があるんだとは薄々思っていたけれど、そういうことだったのか……

 例えば、今日のこれだって……

「あ、ちょ、慶……っ」

 戸惑った浩介に構わず、浩介の手を取り、指にしゃぶりつく。指の股を舌で強く舐めあげると、浩介が、我慢できない、というようにおれを抱きすくめ、首筋に顔をうずめながら押し倒してきた。

「慶……っ」
 耳元で聞こえる浩介の興奮したような声に、思わず笑ってしまう。

「お前、指舐めさせるのもビデオで見たんだろー?」
「…………」

 ピタッと動作が止まった浩介……
 図星、だな。

「あははははっやっぱりなー」
「笑わないでよっ」
「だってお前……」
「もう意地悪っ」

 笑い続けていたら、浩介が起き上がり、ぷーっと頬を膨らませたまま、おれのシャツのボタンを外しはじめた。

「じゃあ今日はたくさん慶の顔と体見る」
「は?」
「それで脳内変換の参考にする」

 すーっと肩をなでられゾクゾクしてしまう。

「……するなよ」
「何を?」
「脳内変換。するな」
「どうして?」
「どうしてって……」

 キスをせがむように顎をあげると、ちゅっと唇が下りてきた。微笑む浩介がかわいくてたまらない。

「変換しなくても、おれとやればいいだろ」
「それは、ビデオ見ちゃダメって話?」
「いや? ビデオ見て、情報仕入れるのはいいけど、その場で女優におれを当てはめるなって言ってんだよ」
「うん。でも……」
「………っ」

 浩介の手が、おれのズボンを引き下ろし、優しく包み込んでくれる。

「おれ、女優さんを慶に変換するばっかりじゃないよ。逆に参考にしたりもするよ」
「参考?」
「どう触ってるのかなあとか、どう舐めてるのかなあ、とか」
「………っ」

 浩介が素早く体をずらし、おれのものを口に含みはじめた。

「こないだ見たのはね」
「わ、浩、ちょ……っ」
「こうやって先の方だけ……」
「んん……っ」

 快楽に体が支配され、腰のあたりがビクビクっとなる。

「気持ちいい?」
「ん……っ、お前、にも、同じこと、してやる」
「うん!」

 にこーっと浩介が笑った。

「やっぱり男同士っていいよねー」
「んん?」
「どこが気持ちいいとか分かるじゃん」
「あ……んんっ」

 呑気な言い方とは裏腹に、手と舌と唇で激しく責め立ててくる浩介。

「慶……慶、だから、たくさん、しようね?」
「ん……あ、こう、もう、イク……っ」
「ん。いいよ」
「だからイクって……っ離せ……っ」
「やだ」

 拒否され、そのまま扱かれ、舌を絡めて吸い続けられ……

「……んんんっ、あぁっ」

 我慢できずに浩介の口内に吐きだすと、浩介は満足したように喉を鳴らして飲みこみ、丁寧に丁寧に舌で舐めとってきた。その様子が恥ずかしくていたたまれなくて、わあわあと悪態をついてしまう。

「バカっ飲むなよ恥ずかしいっAVかよっ」
「だから、AVでやってたんだって」

 笑いながら浩介が言う。

「でも、慶は飲まないでね?」
「ああ?」
「慶は……こっちで飲んで?」
「!」

 スルリと後ろをまさぐられて、のけぞってしまう。

「変態っ」
「ごめん」

 クスクスクスクス笑う浩介。
 ああ、もう、いいよ。もう、なんでもいい。

「……浩介」
「慶」

 ぎゅううっと抱きつくと、ぎゅううっと抱きしめ返してくれる。

「さっきの、やる」
「わ……慶……っ」

 優しく包み込み、先の方だけしゃぶると浩介が震えた。

「慶……」
「……ん」
「気持ち良すぎる」
「……ん」
「想像以上どころの騒ぎじゃない……」
「……ばーか」

 なんでもいい。浩介が全部をおれに変換してくれるんだったら、それでいい。

 


---------------

お読みくださりありがとうございました!

前回、同窓会後の話を……と予告させていただいていたのですが、一回では絶対に書き終わらない構成になりそうなため、書くことを躊躇してしまい……
そんな中、ふと上記の話が下りてきてしまったため、先に書いてしまいました。

勉強家で真面目な浩介は、ビデオとか見て体位の研究とかしてるに違いない!って話から^^;
そしてこの頃の慶は、自分が1年以上片思いしてたこととか、浩介が女性を好きだったこととか、そういうコンプレックスからまだまだ抜けきれない時期なのでした。ちょっとかわいい慶。

次回こそは、現在の話…かも。もしお時間ございましたら、どうぞよろしくお願いいたします!!

そしてそして。更新していないのにも関わらず、見に来てくださった方、クリックしてくださった方、本当に本当にありがとうございます!感謝感謝感謝でございます。よろしければ、また次回も宜しくお願いいたします!

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(BL小説)風のゆくえには~同窓会…でもその前に

2016年06月24日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 短編読切

前半若干の性描写がありますが、R指定するほどじゃないと判断したため、短編カテゴリーに入れました。
この程度なら大丈夫ですよね? 大丈夫じゃないです?^^;



<登場人物・あらすじ>

渋谷慶……研修医一年目。身長164センチ。中性的で美しい容姿。でも性格は男らしい。
桜井浩介……高校教師4年目。身長177センチ。外面明るく、内面病んでる。慶の親友兼恋人。


高校2年生のクリスマス前日から晴れて恋人同士となった慶と浩介。

それから8年4か月。
慶は4月から社員寮で一人暮らしをはじめ、浩介は以前から住んでいるアパートで一人暮らしを続けている。
2000年4月下旬の日曜日、高2の時の同窓会に二人で出席することになり……





------------------


『風のゆくえには~同窓会…でもその前に』(浩介視点)




「お帰りなさいませ」

 玄関で三つ指ついて出迎えると、慶は一瞬呆気にとられた顔をして、それからゲラゲラ笑いはじめた。

「お前、何やってんだよー」
「新婚さんゴッコ」

 真面目に答えて、慶のカバンを受けとる。今日は日曜日だけれど、慶は仕事だったので、合鍵で中に入って掃除をしながら待っていたのだ。
 
「お仕事お疲れ様でございます。お風呂になさいますか? ご飯になさいますか? それとも……」
「……って、こら」
「ぐえっ」

 抱き寄せようとしたところ、容赦なく足で腹のあたりを押しかえされた。

「ひどいー暴力亭主ー」
「あほか」

 慶は呆れたように言うと洗面台に手を洗いに行ってしまった。

「もーノリ悪いなー」
「ノってどうすんだよ。もう行く時間だろ」
「まだ30分あるよ」
「30分しか、だ」

 今日は高校2年生の時のクラス会がある。
 前回は『全員ハタチになった記念同窓会』だった。あれから5年……

「今年は結婚する人多いらしいよ。ミレニアム婚ってやつ」
「ふーん?」

 着替えるためにクローゼットの前に立った慶の後ろで、ぶつぶつ言い続ける。

「それに影響されて、慶にちょっかい出す女子が多そうでやだなー」
「なんだそりゃ」
「だって前回だってさ……」

 そう。前回は、慶があまりにも女子にまとわりつかれていることにムカついて、途中でトイレに連れ込んだんだよな………

「今回もそんなことになったら……」
「ならねーよ」
「なるよ絶対」
「ならねーよ。うるせーな」

 ばさりとシャツを脱いだ慶。惜しげもなくさらけ出された鍛えぬかれた完璧な背中……
 我慢できなくて、つーっと指で辿ると、慶がのけぞった。

「ちょっ、浩……っ」
「ん?」
「なにして……っ」
「トイレですることになる前にしておこうかと」
「ばかお前っ」

 文句を聞き流して、肩から腰にかけて唇を這わせていく。

「時間……っ」
「じゃ、しないから。抜くだけ。ね?」
「ね、じゃねーよ変態……っ」

 悪態をつきながらも抵抗の手の力は極々弱め。本気で嫌な時は本気で蹴ってくるので、これはオッケーということだ。

(やった♪)

 体の位置を入れかえて、キスをしながらベッドに押し倒す。耳から首をたどり、鎖骨に歯を立てて吸い付く。

「んんっ、ばかお前、そんな強くしたら跡が……っ」
「うん。わざと。マーキングしてるの」
「ばか、やめろって」
「やめなーい」

 しつこく吸い付きながら、ズボンを脱がすと、ぴょこんと慶のものが飛び出てきた。

(やめろ、なんて言いながらこの状態……)

 ああ、ホント、可愛すぎる。

「慶、可愛い」
「うるせーばか」

 真っ赤になった慶。なんでこんなにいつまでも可愛いんだろう。ずっとずっと変わらない。

「可愛い可愛い可愛すぎるっ」
「だからうるせーって……、んんんっ」

 舌を絡めるキスをしながら、扱きはじめると、合間の息が甘いものに変わっていく。
 ああ、たまらない………

「浩介……」
「……っ」

 ふいに慶の細い指が、半分だけファスナーを開けておれのものを取りだしたので、息が止まりそうになってしまった。亀頭を指で撫でられ焦ってしまう。このままじゃ……っ

「慶、待って……っ。汚れちゃう……っ」
「知ったこっちゃねえなあ」
「わーっ意地悪ーっ」

 大袈裟に文句を言うと、慶が笑って一端手を離した。その隙に慌ててズボンを脱ぐ。なんとか汚れてない。ギリギリセーフだ。

「上も脱げよ。汚れるぞ?」
「うん」

 笑いまじりの言葉に素直にうなずいてワイシャツも脱ぐ。

「浩介」
「ん」

 おいで、というように手を広げてくれた慶をぎゅうっと抱きしめる。素肌の触れ合いが気持ちいい。

「慶……大好き」
 慶の首筋に顔を埋めながら、再び印をつける。

(同窓会で変な虫が寄ってこないように……)

 慶はおれのもの。慶はおれのもの。
 呪文を唱えながら跡をつける……


***


 同窓会の会場であるイタリアンレストランには、時間ギリギリに到着した。店を貸し切りにしての立食パーティー形式らしい。明るい店内には懐かしい顔ぶれがわんさかいる。

「きゃー渋谷くーん」
「お医者さんになったんでしょー?」
「え、あ、まあ……」

 案の定、着いた早々に慶が女子達に連れ去られてしまった。

(やっぱりじゃん……)

 はああああ……と大きくため息をついたところで、

「桜井!おせーよ!」
「わ、溝部。久しぶり」

 変わらない大きな声。卒業後も何度か会ってはいるけれど、最後に会ったのはもう一年以上も前だ。

「久しぶり」
「山崎」

 あいかわらず控え目な感じで、山崎が溝部の後ろから顔を出した。

 なんだかみんな、社会人の雰囲気になったな……

「一年ぶりだよな」
「なかなかこういう機会がないと集まれないよね」

 3人でうんうんうなずいていたところ、

「酔っぱらう前に会費払ってくれ」
「委員長!」

 ビックリするくらい変わっていない委員長が名簿を片手にやってきた。

「委員長、幹事ありがとうね」
「いや。やるって約束したからな」

 お金を渡しながら言うと、あっさりと何でもないことのように委員長に言われた。こういうところも委員長らしい。変わってない。

「渋谷は……」
「代田さん達に連れ去られた」

 ムッとして答えると、委員長は「ああ……」とうなずき、

「代田達、さっきまで渋谷はいつ来るんだってうるさかったもんなあ。じゃああとで……」
「ダメダメダメダメ!」

 溝部が「冗談じゃねーよ!」と、がなりたてた。

「桜井、お前、渋谷のとこいって、金払いにこいってここに連れてこいよ」
「あ、うん」

 それはもう。言われなくても行くつもりだった。けれども。

「それで渋谷を餌に女子を集めるんだ」
「は?」
「代田達じゃなくて……」

 溝部の視線の先には、鈴木さんと小松さん。溝部、まだ鈴木さんのこと気になるのか……。

 溝部はバシバシと山崎の腕を叩くと、

「なあ、山崎。お前もあの彼女と別れたんだろ? 次行こうぜ次」
「え」

 あっさりと言う溝部の言葉に驚いてしまう。

「山崎、別れちゃったの? 職場の同僚の子だったよね?」

 一年前の記憶を呼び起こして山崎を振り返ると、山崎は苦笑ぎみに首を振った。

「オレ、しばらく女はいいよ……」
「なにいってんだよ! 失恋の傷を癒すには新しい恋! それ一番! だからさっさと渋谷連れてこい桜井!」
「んーなんか色々変だけど、まあいいか……」

 クラスの派手目グループだった代田さん達よりは、真面目グループだった鈴木さん小松さんの方がマシだしな……

 そんなことを考えながら、すれ違う懐かしい面々に挨拶しつつ、代田さん達に取り囲まれている慶の元にいき、

「慶」
 とんとんっと肩を叩いて振り向かせると、慶はあきらかに「しまった」って顔になった。

(ほら、だから言ったでしょっ)
(しょうがねーだろー)

 そんな会話を目でしてから、代田さん達にも聞こえる大きい声で言う。

「会費先払いだって。あっちで集金してるよ」
「あ、悪い。すぐ行く」
「えー行っちゃうのー?」
「ごめん、また」

 代田さん達五人に手をふり、そそくさとその場を離れる。

「……慶?」

 その直後に、慶がおれの腰に手を回してきた。人目があるのに珍しい。びっくりして慶をみると、気マズイという顔で慶がこちらを見上げていた。

「……なあ、浩介」
「別に怒ってないよ」

 ポンポンと頭をなでると、ホッとしたように慶が笑った。

「良かった。また便所に連れこまれちゃたまんねーからな」
「んんん? 連れこんで欲しい?」
「バカ言うなっ」
「えー」

 イーッとした慶の耳元にすっと顔を近づけて、低くささやく。

「しよっか?」
「………」

 途端に慶がドバっと赤面した。可愛い!! ……と、

「痛い痛い痛いっ」
 腰に回された手がグーに変わってグリグリ押してくるから、たまらず悲鳴をあげた。

「暴力亭主!暴力亭主!」
「うるせー!変なこと言うからだっ」

 わあわあ言いながら溝部達のところにたどり着くと、輪の中に溝部、山崎、委員長の他に、バスケ部だった斉藤も加わっていた。

「お前らあいかわらずイチャついてるな」
「そんなんだから彼女できねーんだよ」
「うるせーほっとけ」

 昔と変わらないやりとりが勃発しそうになったところで、

「だから二人も合コンのつもりで来てよ」

 はい、と斉藤にニコニコとハガキを渡された。綺麗な花の枠で彩られた往復ハガキ……

「結婚……?」
「披露パーティー?」

 文面を読んで「え!?」と二人で叫んでしまう。

「斉藤、結婚するの!?」
「うわっマジかっ! おれ直接の友達で初めて!!」
「おれもおれも!」

 わ~と言うと、横にいた委員長が真面目な顔をして訂正してきた。

「いや、さっきも言ったけど、うちのクラス、もうすでに既婚者3人いるからな」
「え!?誰!?」

 思わずキョロキョロしてしまう。その視界の端に、仏頂面の溝部……。

(溝部……?)

 あ、まさか………

「もしかして、鈴木さん?」
「ああ、正解」

 うわ、溝部、かわいそうに……
 そんなこと知らない委員長が淡々と続ける。

「それと井上と吉田。井上は旦那さんの転勤で北海道に住んでるから欠席。吉田は子供が生まれたばかりだから欠席」
「こ、子供……っっ」

 考えてみたら、みんな今年26歳になるんだ。当然といえば当然……

「ミレニアムベビーだな」
「おお、いいな。ミレニアムベビー」

 食いついた斉藤に溝部がボソボソと言う。

「お前だってミレニアム婚じゃねーかよ。流行りに乗りやがって……」
「流行りに乗ったつもりはないけどな」

 斉藤が苦笑気味に言う。

「付き合って5年だし、彼女今年で29だし、まあケジメってやつだよ」
「へええええ……」

 昔からなんでもそつなくこなしていた印象のある斉藤。結婚までもトントン拍子にすすめるんだなあ。なんだか急に大人びて見える……

「おめでとう、斉藤」
「おめでとう」

 おれと慶が交互に言うと、斉藤は照れたように「ありがとう」と小さく言った。その幸せそうな微笑みが羨ましくて、慶を盗み見ると、慶もおれのことを見てくれていて……

「慶、おれ達も幸せになろうね」

 我慢できずに人目も気にせず言うと、慶は一瞬詰まってから、

「そうだな」
 こっくりとうなずき、言葉を継いだ。 

「幸せになろうな」
「え」

 こんな人前で言ってくれるなんて……っ

「慶~~~~っ」
「うわっやめろっ」

 ギューギュー抱きしめて、「バカやめろ」と押しのけられたりしていたところ、

「よし!」
「わっ」

 いきなり溝部が大きな声で叫んだので二人で固まってしまった。

「な、なに?」
「そうだな! オレ達も幸せになろう!」
「はい?」

 なんだなんだ?

「委員長! 今フリーな子って誰だ?!」
「フリーかどうかは知らんが……」

 委員長は名簿を見返しながら、ふむ、と肯くと、

「逆に、新井、柏倉の2人は近々結婚するらしい」
「くそーっどいつもこいつもミレニアム婚かよっ」

 溝部がブツブツ言いながら「えーと、えーと……」と見渡していると、

「委員長~、ごめん、今着いたー会費払うー」
「あ、渋谷くんだ!」
「わあ桜井くん。懐かしー」

 わらわらわらと、女子達が集まりはじめた。

「え、何何? 斉藤君結婚するの?」
「きゃーおめでとーいいなー!」
「ねえねえ渋谷君は? そういう予定あるの?」
「医学部卒業したんでしょ? どこの病院に勤めてるの?」

 女子達の黄色い声。あいかわらずだ。あっという間に慶が取り囲まれてしまった。高校時代と変わらない。
 懐かしさにクラクラしそうになったところで、後ろからつんつんとつつかれた。溝部だ。

「桜井。お前何とかしろ」
「何とかって……」

 何とかできるならおれだって何とかしたい。慶はおれのものなのに、みんな図々しすぎるんだ。

(おれのものなのに。おれのものなのに……って、そうだ)

 いいこと思いついた。

「慶、ジャケット脱ごっか。暑くなってきたでしょ」
「え?」

 女子と話している慶から強制的にジャケットを剥ぐ。そして第一ボタンだけ開いていたシャツのボタンをすばやくあと二つ外し、鎖骨が見えるまではだけさせると、慶の美しい白い肌につけられた赤い印が、明るい照明の下でくっきりと映しだされた。

「………あ」
 慶の目の前にいた後藤さんがサッと顔を赤らめ、隣の女子にコソコソと耳打ちをし始めた。

「え、何?」
「あの……」

 それが伝染していき、微妙な空気が流れはじめたところで、慶に「飲み物取りに行こう」と誘ってその場を離れた。
 その途端、

「見た見た?! あれってさあ……」
「ちょっとちょっと、溝部君!」
「ねえ、渋谷君って……」

 きゃあああっとさっきと違う黄色い声があがって盛り上がり始めている。溝部が嬉しそうに女子と話しているのを、飲み物がもらえるカウンターの場所から見ながら、慶が首を傾げた。

「あいつら何盛り上がってんだ?」
「さあ? なんだろうね?」

 一緒に首をかしげながらも内心冷や冷やだ。

 これ、慶に知られたら確実に蹴り飛ばされる……


 その後もおれは慶の横にぴったりくっついて慶をガードしていたため、女子には鬱陶しがられたけれど、知ったことではない。



「じゃあ、次は斉藤の結婚式の二次会で!」
「またなー」

 懐かしい面々に手を振って、慶と二人で終電に乗りこむ。今日はこのまま慶の部屋に泊まりにいく約束なのだ。

「ケジメ、かあ……斉藤らしいというかなんというか」
「だね」

 二人でうんうん肯き合う。終電はほどよく混んでいて密着していても不自然じゃないから嬉しい。

「慶……」
「ん?」

 混雑に紛れて、慶の腰に回した手にぐっと力をこめる。

「おれ達も幸せになろうね?」
「………」

 ちょっと笑って、慶がこつんとおれの肩に額をくっつけてくれた。

 ああ。幸せだ……。こんな日がずっと続けばいい。ずっと、ずっと。 
 

 




---------------


お読みくださりありがとうございました!

ちなみに、前回の同窓会のお話は『R18・同窓会にて』になります。
そして、直近の同窓会が『カミングアウト・同窓会編』になります。

次回はその直近の同窓会の後の話を書けたらいいなあと思っております。もしお時間ございましたら、どうぞよろしくお願いいたします!!


更新していないのにも関わらず、見に来てくださった方、クリックしてくださった方、本当に本当にありがとうございます!
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(BL小説)風のゆくえには~王子の王子(渡辺恵視点)

2016年06月21日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 短編読切

<登場人物・あらすじ>

渋谷慶……医学部5年。身長164センチ。中性的で美しい容姿。でも性格は男らしい。
桜井浩介……高校教師2年目。身長177センチ。外面明るく、内面病んでる。慶の親友兼恋人。

渡辺恵……医学部5年。身長155センチ。慶と同じ実習グループの一人。あだ名はナベちゃん。本読み切りの主人公。


高校2年生のクリスマス前日から晴れて恋人同士となった慶と浩介。
それから7年。浩介が就職して、慶の大学の近くにアパートを借りているため、現在は半同棲状態。
カミングアウトはしていないため、まわりには仲の良い親友と言っている。

今回は慶に憧れている渡辺恵(本作初登場)の視点でお送りします。
ナベちゃんに、慶と近づける千載一遇のチャンスがやってきた!けれども……というお話。



------------------


『風のゆくえには~王子の王子』(渡辺恵視点)




 東大卒エリート官僚だった両親が、突然農業に目覚めて、縁もゆかりもない田舎で農業をはじめたのは、私が3歳の時、らしい。

 それ以来、田舎暮らしをしながら両親から英才教育を受けた私は、村一番の優秀な子供としてみんなにチヤホヤされながら育った。
 井の中の蛙かと思いきや、浪人当たり前の偏差値の高い医学部に現役合格できたんだから、大海知ってたんだなー大海もたいしたことないなー……と、都会生活を馬鹿にしてたのだけれども。

(………すみませんでした!!)

 彼を初めて見た時、思わず、声に出して謝りそうになってしまった。
 村で一番かっこよかった悟志君なんて足元どころか地球の反対側にも及ばない美少年。こんな人が地球上に存在してるなんて!

「渋谷慶です。よろしくおねがいします」

 にっこりと笑ったその笑顔に、その場にいた女子は全員魂持って行かれてしまった。

(美しすぎる……)

 みんなは陰で『天使』と呼んでいたけれど、私は『王子』だと思った。漫画に出てくるような王子様……。

 現在、その王子と同じ実習班になった私は、みんなの羨望の眼差しを一身に受けている。男子4人女子2人の班なのだが、もう一人の女子は女捨ててる山田さん。だから敵ではない。でもとても良い子で、彼女も渋谷君のことを『王子』と呼んでいる。

 王子はその見た目を裏切らず、優しくて明るくて、それでいて男らしくてリーダーシップもとれて、スポーツもできて、背が低めということを除けば、まさに完璧王子だった。
 男女問わず友達も多いけれど、特定な彼女はいないため、ひっきりなしに色んな女子からアプローチをかけられている。でも、

「好きな人がいるので」

 そういって、王子は毎回誘いを断っている。あまりにもなびかないから「男が好きなんじゃないの?」なんて意地悪なことをいう人もいたけれど、王子はそんな噂、どこ吹く風。絶対に一対一の誘いに乗ってくることはない。どれだけその「好きな人」に操立ててるんだ。

 だから、実習班が一緒の私は、他の面々よりも一歩も二歩も王子と距離の近い女子である。
 でもそれなのに、なかなか二人きりで個人的な話をする機会もなく、もどかしく思っていたある日……千載一遇のチャンスが巡ってきた。

 月曜の夕方。
 忘れ物をして取りに戻ったところを、先生に捕まって遅くなり、内心文句タラタラで校舎を出ようとした時のことだった。

「………?」

 出入口近くにある柱の後ろのベンチに人の気配を感じて、何の気なしにのぞきこんでみて…………

(王子!)

 ビックリして叫びそうになってしまった。
 王子がカバンを枕にして寝てる……

(うわ……寝顔、超可愛い……)

 こんなチャンスなかなかない。その綺麗な顔を近くで拝もうと、そーっと近づいていったところ………

(あれ)

 様子がおかしいことにすぐ気がついた。顔がずいぶん赤い……息も苦しそう……

「渋谷君?」

 小さく声をかけると、王子がうっすらと目をあけた。うるうるした目にキューンとなって、こっちの心拍数がはね上がってしまう。でも、そんな場合ではない。これは確実に高熱がある。

「だ、大丈夫?」
「…………」

 僅かにうなずいた王子……辛そう。可哀想……。

 それなのに、むくむくむくと悪魔の囁きが大きくなってきてしまった。

(これ、チャンスじゃない?)

 王子のうちは横浜と聞いている。こんな調子では帰ることは不可能だ。
 その点、私はここから徒歩圏内で独り暮らし中。こ、これはお持ち帰りしろということでは……っっ!

 ドキドキする胸を落ち着け、王子の耳元に顔を近づけてささやいてみる。

「渋谷君……、私、この近くで独り暮らししてるの」
「…………」
「よければうちに……」

 おいでよ、という前に、ブルブルブルと着信を知らせる音が聞こえてきた。

(なんだよ……っ)

と思ったら、王子の手元の携帯の音だった。王子は画面をみてから、私に視線を動かし、小さな声で言った。

「………ナベちゃん」
「な、なに?」

 せっかく『恵』って可愛い名前があるのに、あだ名が『ナベちゃん』ということには納得いっていない。でもまあ、もう一人の女子の山田さんは『山田さん』だから、それよりは親近感あって良い気がする。

 というのは、置いておいて。

 王子は私に携帯を差し出すと、再び小さな小さな声で言った。

「ごめん、出てもらってもいい?」
「え!?」
「それで、ここ連れてきて……」
「??」

 連れてくる? 何を?

 分からないまま、朦朧としている王子から電話を受けとる。画面には『桜井浩介』と表示されている。

(友達?)

 頭ハテナのまま、電話を取ってみると、電話の向こうから耳に響く優しい声が聞こえてきた。

『慶? 大丈夫?』
「………!」

 うわ……っ、なんて愛情こもった声!

『慶?』

 慶、だって。ビックリ……
 王子は『慶君』は何とかOKだけど、『慶』と呼びつけで呼ばれることはものすごく嫌がるらしいので、誰も『慶』と呼ぶ人はいない。一年生の時、お調子者の男子が飲み会の席でふざけてしつこく呼び続けたところ、「マジで死ぬかと思った」という目に合わされたというのは、有名な話で……

『慶、今どこに……』
「あ」

 電話の向こうの問いかけで我にかえって、慌てて返事をする。

「あ、あの、私、渋谷君と同じ班の渡辺……」
『…………え』

 名乗ると、一瞬の間のあと、『桜井浩介』の声のトーンが上がった。

『電話出られないくらい具合悪いんですか!?』
「え、あの……」
『今、どこにいますか? 僕は門を入って一つ目の校舎を過ぎるあたり……』

 タッタッタ、と走っている音も聞こえてくる。

「そうしたら、そこそのまま通り過ぎて……」

 道順をいいながら、入口近くに出てみると、電話をかけながら走ってくる人影が目に入った。背の高い細身の男の人……なんとなく見たことあるようなないような……

 手を上げて合図をすると、その人は携帯を切って、ものすごい勢いで走ってきた。

「あ、こっち……」

 王子の寝ているベンチの方を指差すと、彼は一瞬だけ私に会釈をして、そのままの勢いで校舎の中に飛びこんでいってしまった。

(早っ)

 突風のようだ。
 慌てて私も中に入ると……

(う……、うわ……)

 見ちゃいけないものな気がして、目を反らそうと思ったけれど、あまりもの美しさに視線が縫いつけられてしまった。

(何これ……白雪姫? 眠りの森の美女?)

 そうツッコミたくなる光景……
 王子の白皙の頬を大切そうに包んでいる『桜井浩介』の手が、『桜井浩介』の目線が……

「お前の手、冷たくて気持ちいい……」

 そう言う王子のふわっとした笑顔が………今まで一度もみたことのない甘えきったような瞳が……

(はうう………二人お似合い過ぎ……)

 …………って。

 ちょっと待て!

「あの!」

 我に返って二人に声をかける。

 いかんいかん。危うく禁断の妄想をしてしまうところだった。
 違う違う。今こそ王子と近づくチャンスなのだ。この千載一遇のチャンス、逃すものか!

「私、ここから歩いて帰れるとこに住んでるんです。よければ渋谷君うちに……」
「あ、大丈夫です」

 がっついて言いかけたのを、『桜井浩介』にあっさり遮られた。

「僕のうちもここからすぐなので。すみません、ありがとうございました」
「え」

 有無を言わさぬ口調の桜井浩介。
 さっさと私に背を向けると、

「慶、ちょっとだけ起きられる? おんぶするから」
「ん………」

 慣れた感じで王子の体を起こして座らせ、その前にしゃがみこんだ。王子もなんの躊躇もなく、その背中にきゅっとしがみつく。

「荷物これだけ?」
「ん」

 軽々とおんぶする桜井浩介。くてっとした王子が桜井浩介の肩に頭を預けている。か、可愛い……っっ

「あ、あのあのあのっ」

 こんなおいしいチャンス二度とこない! このまま帰してなるものか!!

「荷物、私持ちます!」
「え」

 なかば強引に桜井浩介から彼自身のカバンと王子のカバンを奪い去る。 

「はい! 行きましょう!」
「え、でも」

 桜井浩介は渋ったけれども、王子に何か言われて、 

「じゃあ、すみません。お願いします……」

 不承不承、というのを隠しもせずこちらに軽く頭を下げると、おんぶもものともせず、スタスタと歩きだした。

 慌てて後を追いかけながら、内心ガッツポーズをする。

 よし。看病には女手必要だよね! どうせ男の独り暮らしなんて散らかってるだろうから、お片付けからはじめないと。ここは女らしさを見せつけるチャンス~~~~



 ……………と、思ったのに。

 桜井浩介の住むアパートは、見た目は古くさくて階段も狭くてボロい感じなのに、リフォームしたのか部屋の中はとても綺麗だった。6畳程度のフローリングの1Kの部屋は掃除が行き届いていてどこも散らかっていない。下手すると私の部屋の方が汚い……。

「着替えさせるので出てもらえますか?」
「あ……」

 桜井浩介、言い方冷たい……
 ベッドに下ろされた王子は本格的に朦朧とした様子で座っている。

「あの、私に何か出来ること……」
「…………。じゃあ、これ、濡らして電子レンジで30秒お願いします」

 タオルを渡されついでに廊下と部屋の境目のドアを閉められた。

(蒸しタオルってことね……)

 指示通りタオルを濡らしながら、今部屋の中で王子が着替えていると思うとドキドキしてきた。

(着替えって……桜井浩介の服を着せるってことだよね………デカイでしょ)

 それをダボッと着てる王子………か、可愛すぎるだろっ絶対可愛い!
 なんて妄想を繰り広げていたら、

「終わりました」
「おわっ」

 扉が開いて桜井浩介が出てきた。同時に電子レンジも終わった音がした。

「ありがとうございます」
 桜井浩介は素っ気なく言うと、電子レンジからタオルを取りだし、また王子の元へ………

(あれ?)
 ぽけらーと座っている王子……部屋着みたいな長袖Tシャツとジャージのズボンを着てるけど…………

(………ジャストサイズだ)

 これ絶対、王子の部屋着だ……なんでここにあるんだ?
 頭の中ハテナになりながら見ていると、桜井浩介は手際よく、王子の顔を拭き、手を拭き、足まで拭き、

「ポカリスエット買ってくるから眠ってて?」
 これでもか、というくらい甘やかした声で言いながら、王子を寝かせて布団をかけている。

「浩介」
 行きかけた桜井浩介を王子が小さく呼び止めた。

「ナベちゃんに……」

 え? 私?
 ドキッとして見てみると、桜井浩介が王子の口元に耳を寄せて何か聞いている。そしてうなずいてから、くしゃくしゃと王子の頭を撫でた。

「ついでに送っていくね」
「…………」

 ついで。
 ポカリ買うのが目的で、送るのがついでですか。はーそうですか。桜井浩介、いちいちトゲがあるな……

 それに反して、王子は朦朧とした様子にも関わらず、優しい瞳を私に向けると、

「ナベちゃん、ありがとね……」
「あ、ううん。全然!」

 はうう。やっぱり王子は王子だ……
 うっとりしそうになったところ、王子が小さく続けた。

「それで、ごめん、頼みがあるんだけど……」
「何何!? ……え?」

 おもむろに桜井浩介が机の引き出しを開け、レポートを取り出し、私に渡してきた。名前……渋谷慶。王子のだ。なぜこの部屋の机の引き出しに入ってたんだ?

「それ、提出期限明日だよね。ごめん、出しておいてくれる?」
「う、うん……」

 頭ハテナハテナのまま王子の言葉にうなずく。

 その後、さっさと部屋を追い出されたわけだけれども、出ていく前にサッとチェックしてみたら、食器棚にマグカップが2つ、洗面台に歯ブラシが2つあった。

 これってまさか………この狭い部屋で二人で暮らしてるってこと???


**


「大通りまで送ります」

 桜井浩介はそういってスタスタ歩きだした。歩くの早すぎる! っていうか、何なんだ! この敵意剥き出し! いい加減腹立ってきた。

「あの、すみません!」
「……何ですか?」

 眉を寄せた桜井浩介にビシッと指差してやる。

「歩くの早すぎ! 女の子の歩幅に合わせてください!」
「ああ……すみません」

 全然悪く思ってないように肩をすくめた桜井浩介。ムカつくー!

「桜井さん、彼女いないでしょ?」
「は?」
「女の子と歩くの慣れてたら、女の子のコンパス、女の子のペース、わかるはずでしょ? こんなスタスタ……」
「ああ」

 桜井浩介、鼻で笑った。

「すみません、彼女、身長174センチあって、むしろ僕より歩くの速いもので」
「………………」

 か、彼女いるのかよっ。ってことは、あのマグカップと歯ブラシは彼女のかっ。
 ああ、余計にムカつく。ムカつくムカつくムカつくー!!
 なんで王子はこんな性格悪い奴と友達なんだ?!

「あのー」
 ムカついて口も聞きたくなかったけれど、好奇心の方が勝った。

「渋谷君と桜井さんは何の知り合いで……」
「高校時代からの『親友』です」

 ペースをゆるめて歩きだした桜井浩介が『親友』という言葉を強めて言う。親友。はーそうですか……じゃあ教えてもらおうじゃないの。

「じゃ、ご存じですよね?」
「何を?」
「渋谷君の『好きな人』」
「……え?」

 ピタッと立ち止まった桜井浩介。

「好きな……人?」
「まさか知らないんですか?」

 それでよく『親友』なんて言えるな! 思わず勝ち誇ったように言ってしまう。

「高校の同級生だって、渋谷君言ってましたよ? 桜井さんもご存じの方じゃないんですか?」 
「え……」

 固まった桜井浩介に構わず続ける。

「高1の時からずっと好きで、今も変わらず想ってるけど、今の関係を壊したくないから恋人にはならないって……」
「…………」

「すごい一途ですよね。渋谷君。その彼女がうらやまし~ってみんなで言ってるんです」
「あ……そう……なんだ」

(なんだ?)

 桜井浩介、口に手を当てて、へえ……と言いながら……

(にやにやしてる……気持ち悪っ)

 まるでその相手が自分であるかのように……。
 ああ、でも、この人、彼女いるんだから、そういう趣味ではないはず。ってことは、このにやにやは。

「もしかして、やっぱり知ってる人?」
「あ……、うん。まあ……」

 やっぱりな。
 にやにやを必死で抑えようとしている桜井浩介に畳みかける。

「どんな人なんですか?」
「どんなって……普通の人だよ」
「普通?」

 あの王子に想われている子が普通とは思えないんだけど……

 でも、桜井浩介は軽く手を振ると、

「本当にただの普通の人。なんでずっと好きなのか、おれも不思議でたまらないんだよね」
「へえ……」

 なんだ? 桜井浩介、口調が変わった。さっきまでの刺々しさはどこにいった?

「あのー」
「え?」

 ちょっと笑顔にさえなっている桜井浩介に疑問をぶつけてみる。

「桜井さん、さっきまでと全然態度違うのは何でですか?」
「え!? あ………」

 今度は「しまった」って感じに口元に手を当てた桜井浩介。

「ああ………すみません。つい癖、というか……」
「癖?」

 態度悪くするのが癖?

「彼、女の子に付きまとわれること多くて。なので、昔から追い払える虫はおれが追い払って………あ」

 はっと言葉を止めた桜井浩介。でも遅い。

「なるほど。私も虫認定されたわけだ」
「………はい」

 桜井浩介、素直に認めて「すみません」と言った。なんか面白い人だ。

「で? 私はまだ虫ですか?」
「それはあなた次第です」

 また冷たい口調と真面目な顔に戻ると、桜井浩介はアッサリと言った。

「今後、彼に色目を使うようなことがあったら、容赦なく虫扱いです」
「…………」

 変な人……

「彼を守ることが僕の使命なので」
「はあ……」

 いたって真剣な顔で言った桜井浩介……
 守ることが使命?? ってことは……

(王子の王子……か)

 桜井浩介は王子の王子ということらしい。


**


 3日後、渋谷王子が元気溌剌復活して登校してきた。

「ナベちゃん、ありがとうね」

 いつもと変わらぬ王子スマイル。

「それで………」
 小さく手招きされた。
 わわわっこんなこと初めて!
 赤くなった顔を見られないように、両頬を手で覆って近づくと、王子は少し眉を寄せて言った。

「ごめん。あいつ変なこといってたでしょ?」
「え、あ、うん」

 桜井浩介のことだ。

「虫の話?」
「そうそう。ごめんね。ほんと失礼だよね。代わりに蹴っておいたから」
「蹴って……」

 想像して笑ってしまうと、王子も困ったように笑った。

「あいつ、昔からああなんだよ。変なことばっか言ってて……」
「あー、そうだねえ。言ってたねえ。『彼を守ることが僕の使命』、とかね?」
「え!?」

 王子、ビックリ眼。

「あいつそんなこと言ってた?」
「うん」
「………なんだそりゃ」

 あちゃーと頭を抱えた王子は、いまだかつてみたことないほど真っ赤で……
 かわいい……。からかいたくなってきた。

「なんか、桜井さんって、渋谷君の王子様みたいだね」
「え?! あー……」

 王子は否定も肯定もせず、あーとかうーとかいいながら席に向かっていってしまった。途中、机にぶつかったりして、明らかに動揺している。

(まさか、本当に噂どおり……)

 王子の想い人は男……桜井浩介なんじゃないだろうか。
 部屋着やレポートを置きっ放しにするくらい、しょっちゅう行ってるぽいし…。
 あ、でも、桜井浩介には身長174センチの彼女がいるらしいしなあ。
 でも、渋谷君のことを守ることが僕の使命って……

「うーん……わからん」

 いくら考えても答えはでない。でも、2つ分かったことがある。
 まず、渋谷慶王子はいつでもどんな時でもカッコいいし優しいということ。

 そして……


「げー……」

 放課後、思わず、非難の声を上げてしまった。
 校門の前、桜井浩介が立っているのを発見……

「誰だろ? あの人。ナベちゃん、知ってる?」
「あーうん」

 山田さんの質問に軽く肯く。

「あの人はあれよ。あれ」
「あれ?」
「渋谷君の……」

 言いかけたところで、真横を風が通り抜けた。渋谷王子だ。
 王子は病み上がりとは思えないすごい速さで桜井浩介の元に走って行き、

「浩介っ」
「うわっ」

 桜井浩介が悲鳴をあげるほどの勢いで体当たりした。そして、そのまま背中とか腕とかバシバシ叩いている。なんだろう。この光景……

「渋谷君……犬みたいだね」
「あ……なるほど」

 山田さんにポツリと言われ、納得する。
 そうだ。飼い主に久しぶりにあった犬みたいだ。ジャレ回ってる、みたいな。

「お友達?」
「うん。そうらしい」
「へ~~仲良いんだね」
「………だね」

 そう。分かったことのもう一つは、『二人はとにかくものすごく仲が良い』ってことだ。

「渋谷君の王子様らしいよ」
「へえっ」

 山田さんの目がきらーんと光った。

「王子の王子?」
「そうそう」
「そりゃおいしい」

 そんな私達の批評を知るはずもない、王子と王子の王子は、じゃれ合いながら歩いていってしまった。

 せっかく王子とお近づきになれるチャンスと思ったけれど、距離は少しも縮まらなかったな……。
 でも、みんなが知らない秘密を一つ知ることができた。


 渋谷君には、王子みたいな親友がいる。





---------------


お読みくださりありがとうございました!

病気になった慶を迎えにくる浩介、というの妄想していて、誰視点で書こうかと迷っていたら、ポンッと飛び出してきたのがナベちゃんでした。元々、慶と実習同じ班の女子二人はこんな子……という下地はあったので、書けて嬉しかったです。なんのオチも盛り上がりもなく、ダラダラと9000字超え……すみません…。
ちなみに174センチの彼女とは、浩介の友人で恋人のフリをしてくれているあかねさんのことです。
そして、ナベちゃん、一年生の時に慶のバイト先に来ていた浩介のことを何度か見ているはずなのですが、浩介が当時と髪型も雰囲気も変わってしまったため、「見たことあるようなないような」止まりで思いだすことはできませんでした。

今回は慶・大学5年生の時の話でした。
一覧表で、一年につき2つ以上になるよう埋めていっております。
よって6年生は『1999年7の月』『正しいゴムのつけ方』の2つがあるため、パス。
なので次回は、研修医一年目、かなあ。
でもその前に、現在の話にしようかなあ……と考え中でございます。
また一週間後を目安に更新できたら、と思っております。もしお時間ございましたら、どうぞよろしくお願いいたします!!


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ホントに……何というか……有り難いのと申し訳ないのとで身が震えます。本当にありがとうございます!よろしければまた次回も宜しくお願いいたします。

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(BL小説)風のゆくえには~一歩後をゆく

2016年06月13日 15時00分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 短編読切


<登場人物・あらすじ>

渋谷慶……大学4年。身長164センチ。中性的で美しい容姿。でも性格は男らしい。
桜井浩介……就職一年目。身長177センチ。外面明るく、内面病んでる。慶の親友兼恋人。


高校2年生のクリスマス前日から晴れて恋人同士となった慶と浩介。
それから、5年半。浩介が就職して、慶の大学の近くにアパートを借りたため、現在は半同棲状態。幸せいっぱいラブラブな朝に、突然の来訪者が……


------------------


『風のゆくえには~一歩後をゆく』




 インターフォンの音にぼんやりと目を覚ました。隣で寝ている浩介も眠そうに目をこすりながら、枕元の時計に手を伸ばしている。

「こんな朝っぱらから誰だよ……」
「朝って言っても、もう10時半だよ」

 慶は寝てて、とおでこにキスをくれてから、浩介がモゾモゾとベッドから抜け出していく。

「んー……」

 足がダルい……腹に引き寄せて丸くなるといくぶんかマシになった気がする。

 今日は久しぶりに、二人とも予定のない日曜日。
 と、いうことで、昨晩は羽目を外して、思う存分、お互いを貪り尽くした。

(足の開き過ぎだな……くそー最近柔軟サボってたからかな……前はこんぐらいじゃどうにもならなかったのに……)

 声も枯れ気味だ。隣はまだ空き部屋だというからついつい遠慮なく喘いで……

(いやいやいやいやっ朝っぱらから何言ってんだ、おれっ)

 一人で赤くなりながら、浩介が玄関を開ける音を聞いていたのだが………

「きゃー! 桜井くーん!」
「!?」

 女!? 反射的にガバッと起き上がる。

「もー、ここ入口わかりにくーい! グルグル回っちゃったよー」
「え、ちょ、なんで……」
「お邪魔していい? いいよね? 独り暮らしなんでしょ?」
「いや、あの……っ」

 なんだ?なんだ?なんだ? そんなに親しいのか? 単に図々しい女なのか?

「なによー散らかってるのー? 気にしないよ!」
「いや、そうじゃなくて……っ」
「え、まさか、彼女がきてるとか!?」
「あの、話なら外で聞くから……っ」

 気になる……、というか、ムカツク!! なんなんだ。誰なんだ。どんな女なんだ。
 我慢できず、ベッドからおりて、そおっと玄関の方に顔を覗かせると………

「あ」
「あれ!? え、うそ!」

 目ざとくおれのことに気がついたその女が、おれを指差し、でかい声で叫んだ。

「きゃああ! 渋谷くーん!」
「………荻野」

 中学・高校と同じ学校だった荻野夏希が、当時と変わらないニッコニコの笑顔でこちらに向かって手を振っていた……。



 荻野夏希。中学も高校もバスケ部。いつも明るくサバサバしているのはいいんだけど、ちょっと強引なところが難点な女子、という風に記憶している。

 ショートカットだった黒髪は肩に着く長さの栗色になっているし、化粧もかなり濃いし、なぜか紺のスーツを着ているし、高校時代とは外見が全然違うけれども、笑顔だけはまったく変わっていないので、一目見てわかった。ただ、声をずいぶん甲高く出していたので声だけでは気がつけなかったのだ。


「二人、相変わらず仲良いんだねー」

 浩介が入れたコーヒーを飲みながら、荻野がにこにこと言う。

「一緒に暮らしてるわけではないんだよね?」
「あー、大学近いから、遅くなった時とかしょっちゅう泊まらせてもらってる」
「医学部大変そうだもんねー」

 荻野、話しているうちに声のトーンも戻ってきた。

「いやー、寝起きの渋谷君を見られるなんて、超ラッキー。みんなに自慢しよーっと」
「なんだそりゃ」

 意味がわからん。

「そりゃ貴重ですよ! いつもシャキッとしてる渋谷君が、なんか気だるげで、寝起きで声枯れもしてて、ダラダラの部屋着で、そのうえその寝癖!おいしいわ~」
「…………」

 気だるげなことと声枯れについては突っ込まないでくれ………

「こんな突然くるんだもん…」
 浩介が言いながら、今朝のために昨日買ってきておいたパン屋のパンと、夕飯の残りのシチューをテーブルに出してくれた。

「荻野さん、本当に何もいらない?」
「うん。コーヒーだけで十分でございます………って、でも、朝から美味しそう! こりゃ、渋谷君がいつくわけだ」

 荻野はフムフムとうなずくと、

「でも渋谷君、桜井君に彼女できたらちゃんと遠慮してあげなよ?」
「うるせーほっとけ」

 そんなのできたら許さねえ。
 心の中で思いながらムッとしていたら、浩介がおれの頭を撫でて、にっこりと言った。

「おれは彼女なんか作らないから安心していつでも泊まりにきてね?」
「………」

 荻野の前でどう返すか一瞬迷ったけれども、あくまで冗談ぽく明るく返事する。

「おお。絶対だなー。絶対作んなよー」
「うん」

 二人でニコニコで拳を合わせていると、

「うん、じゃないでしょっ」
 荻野が「何言ってるの!」とおれ達の間に割って入ってきた。

「桜井君の将来設計どうなってるのよ! 仕事のこととか、結婚のこととか、ちゃんと考えてるの?」
「考えてるよ」

 浩介はハッキリと言いきると、

「結婚はしない」

 何でもないことのように宣言した。

「それから、生涯現役教師でいること希望」
「結婚はしない。出世はしたくないってこと?」
「うん」

 浩介……そんなこと考えてたんだ……
 浩介が揺るぎのない瞳で荻野のことを見据えると、荻野がふっと息を吐いた。

「桜井君、本当にちゃんと考えてるんだね」
「うん」

 浩介の横顔が妙に大人びて見える……

 浩介が就職してから3ヶ月たつ。
 おれは浪人もしたし、大学も6年あるので、社会に出るのは浩介より3年遅い。この3ヶ月で、置いていかれた気持ちを感じていたけれど、今の発言で確定された気がする。

 浩介は確実におれより先を歩いてる。おれより先を見ている……
 浩介が離れて行ってしまうような不安にかられて、胸をぎゅっと押さえつけた。……のだが、

「じゃ! そんな桜井君にオススメはこちら!」
「え」

 明るい甲高い声に暗い思考が打ち破られた。見ると、荻野がカバンから書類みたいなものを取り出しはじめていて、浩介はなぜか苦笑いしていて………なんなんだ??

「将来、子供に頼らない、出世したくないってことなら、やっぱり今から貯めておかないとね!」
「…………保険?」
「そう! 残す人がいないなら、死亡保障は抑えていいと思うのよ。それで……」
「え?え?え?」

 なんだなんだなんだ??

「荻野、お前何やってんの?」
「何って………あ、申し遅れました。わたくし、○○生命の荻野と申します」
「…………」

 テーブルに出された名刺には、有名な生命保険会社の会社名と荻野の名前が………

「あのー……」
「もしかして、桜井君は知ってた?」

 イタズラそうな笑みを浮かべた荻野に、浩介が苦笑の表情でうなずいた。

「うん。こないだのバスケ部のOB会でちょっとウワサ聞いた……」
「あーやっぱりウワサになってたかー。くそーだからみんな会ってくれないんだなー」
「…………」

 ああ、それで浩介、さっき玄関先で「話は外で聞く」っていってたのか……

「みんな何て言ってた?」
「しつこく勧誘されるとか、職場に押しかけられるとか」
「ひどっ。みんなひどいなー。そこまでしてないよー」

 あははと荻野が笑う。笑いごとか?

「いや、お前実際、今、朝っぱらから押しかけてんじゃねーかよ」
「えーそんな朝っぱらからじゃないでしょ? もう10時半だよ?」
「朝っぱらだよっ! おれ達まだ寝てたのにっ」

「えーだらしないなあ。なにー? 昨日遅かったの? 何してたの?」
「何って………」

 言えるか!

「そもそもお前、何でここの住所知ってんだよ?」
「バスケ部OB名簿~♪」
「…………」

 悪びれもせず言う荻野に怒るより呆れるより………なんか笑えてきてしまった。

「荻野って短大だったよな? ってことは」
「うん。入社3年目でーす」
「なるほどなあ」

 どうりで慣れてるというか……

「なにがなるほど?」
「なんか様になってる。お前、こういう仕事合ってんじゃね?」
「へっへー。でしょー?」

 荻野は得意げだ。

「いやー、就職全然決まんなくて、もう何でもいい!って生保入ったんだけどさー、これ天職だったね。一緒に入った子、ほとんど辞めちゃったけど、私はやめないよ! 皆様の夢を応援することがワタクシの喜びでございます」
「…………」
「…………」

 浩介と顔を見合わせ、吹き出してしまう。強引で明るくて前向きな荻野らしい。

「うん。天職だね」

 浩介もにこにこと言う。

「今、おれが結婚しない、出世したくないって言っても、えー?とか言わないでくれたのちょっと嬉しかった」
「言わないよー」

 荻野は手を振って、冊子を浩介に差し出した。

「価値観なんて人それぞれだもん。私はそれを手助けしたいわけよ」
「どんな価値観でも?」
「もちろん」
「じゃあ……」

 ふっと、浩介の表情が固くなり、数秒の間のあと、真剣な目を荻野に向けた。

「じゃあ、おれの保険金の受取、慶にするって………できる?」
「え」

 浩介、何を……

 荻野は目を瞬かせたけれども、すぐに当然のことのようにうなずいた。

「もちろん。できます」
「そう……」

 浩介はコクンとうなずくと、荻野が開いたページを読みはじめた。その無表情な横顔からは何を考えているのか読み取ることはできない……



 荻野はそれから、浩介にひとしきり保険のプランの説明をし、浩介の勤め先である私立高校のことも根掘り葉掘り聞いてから、「お客さんと約束があるから~」と、来たとき同様、勝手に帰っていった。浩介の学校で営業展開する気満々だ。浩介に迷惑をかけないといいけれど……。


「荻野さん、すっかり営業の人だね」
「だな」

 浩介が洗い物をしながら楽しそうに言う。
 おれも洗い物手伝うと言ったんだけど、

「立ってるのつらそうだからいいよ」

と、言われてしまい、お言葉に甘えておとなしく座っていることにした。

 ぼけーっと浩介の横姿を見ながら、先ほどの会話を思い出す……。

 結婚はしない
 生涯現役教師
 保険金の受取、慶に……

 そんなこと考えていたなんて……
 もう成人してるから当たり前なんだけど……

(大人だな……)
 そう思う。浩介、急に大人になってしまった。それに比べておれはまだまだ子供で……

(なんか………)
 浩介が遠くに行ってしまうようで……その横顔もなんだか大人びていて、おれの知っている浩介じゃなくなるようで……こわい。

 その思いのまま、のそのそと浩介の近くまで四つん這いで進み、足元に座り込むと、浩介がクスクス笑った。

「慶、猫みたい」
「んー」

 うなずきながら、浩介の左足を抱え込んで頬を寄せると、浩介がますます笑った。

「どうしたの?」
「うん……」

 こうして掴まっていないと、置いていかれそうで……。お前が先に先に進んでいってしまいそうで……。

「もうちょっと待っててね。もうすぐ終わるから」
「ん」

 シンク下の戸に背と頭を預け、足を掴んだまま、浩介の顔を見上げる。洗い物をする水の音、食器の重なりあう音だけが響いている。

(………こんな日が続けばいい)

 考えられる将来は、それが精一杯だ。医師になるための道は進んでいるものの、まだその将来は想像できない。

 でも、ただ、こうして、浩介と一緒に何でもない日々を過ごしているということだけは想像できる……

「慶?」
 洗い物が終わったらしい浩介が、掛けてあるタオルで手を拭いてから首をかしげた。

「どうしたの?」
「うん……」

 手招きすると、浩介もおれの隣に並んで座った。廊下に沿う形であるキッチンの前。その狭さが心地いい。手を繋いでコンッと浩介の肩にもたれかかる。
 
「お前……色々考えてんだな」
「そう……だね」

 声まで急に大人びたような気がして、不安になってくる。その思いのままポツポツと告げる。

「おれ、なんか子供だなあと思ってさ。お前どんどん先に行っちゃって、置いていかれる気がして……ちょっと寂しいっていうか……」
「え、そうなの?」

 浩介がビックリしたようにこちらを振り返った。

「おれが慶より先に行ってる?」
「行ってるだろ。先に大人になっちゃってさ」
「え、そうかな」
「そうだよ。自分の稼ぎで生活してるし」
「でも……」
「大人だよ、大人。それに比べておれはまだ学生だからさ」
「それはそうだけど……」

 浩介はなぜか、しばらく息を詰めて……それからホオッと吐きだした。

「そっかあ……」

 そして嬉しそうにつぶやいた。

「おれ、慶の先を行ってるのかあ……」
「………何で嬉しそうなんだよ」

 ギュウギュウと握っていた手に力をこめると、浩介は「あ、ごめん」と小さく笑った。

「おれ、ずっと慶の後ろ歩いてきて……それで高2の終わり頃からちょっとは横歩けるようになったかなって思ってたんだけど……」
「…………」
「そんなおれが前を歩いてるなんて……」

 浩介はおれの額と目じりに唇を落としてから、やわらかく笑った。

「でもどうせ3年したら並ばれちゃうね」
「並ばねえだろ。ずっと社会人の先輩だろ」
「業種違うから先輩も後輩もないでしょ」

 ムッとして言い返したら、浩介はしばらくくすくす笑っていたけれども、

「慶」
 何を思ったのか突然ふっと表情をあらためた。

「なんだよ」
 真剣な声にドキッとする。
 浩介はなぜか正座になると、両手でぎゅうっとおれの手を握って言った。

「おれ……頑張るから」

 浩介の強い意志のこめられた声。

「だから、3年の間だけでも先歩かせて」
「………」
「慶のこと守れるようになるために頑張るから」
「………」

 なんだそりゃ。先を歩く、はともかく、守るって? 言ってることがよく分からない……。

 分からないまま、思わず浩介の真剣な瞳にうなずいてしまうと、浩介はホッとしたような表情になって立ち上がった。

「飲み物入れるね? 何がいい? お茶? 紅茶? オレンジジュースもあるよ」
「………」

 何か釈然としない。守るってなんなんだ。
 そして、先を歩く、という言葉に肯きながらも、やっぱり先に行かれすぎるのも嫌だな、と思っている自分がいることに気が付いた。

「浩介……」

 そうだな……先に行かれるのが嫌ならば……

「慶?」
 首をかしげた浩介の手を掴んで立ち上がり、ごんっと肩に額をぶつける。

「慶? どうした……」
「コーヒー」
「え」

 きょとんと聞き返した浩介の肩にぐりぐりと頭突きする。

「コーヒー飲む」
「え……慶、コーヒー飲めないでしょ?」
「……。飲めるようになる」

 コーヒーは大人の飲み物。飲んだら背が伸びなくなる、と親に言われて、小さい頃からずっと避けていた。そして、中学の時に一度飲んだら苦くてとても飲めたものじゃなかったので、それ以来、口にしたことはない。だから高校生の時からコーヒーを飲んでいた浩介を大人舌だなーと思っていたけれど……

「浩介」
 浩介の腕を掴んでぎゅーっと握りしめる。

「やっぱり先を歩かれたら困る。寂しくなる」
「え」
「だから、遅れないように追いかける。だからコーヒーも飲めるようになる」

 コーヒーが飲めるようになったって追いつけるわけじゃないけれど、少しでも子供じみたことから卒業したい。

「だから、一歩だけ先を歩いててくれ」
「慶……」

 浩介の腕が伸びてきて、強く抱きしめられた。居心地の良い腕……。

「じゃ、薄めに入れるね?」
「ん」

 耳元に響く大好きな声。

「砂糖とミルクたくさんいれようか?」
「子供扱いすんなよ」

 むっと口を尖らせると、笑いながら軽く唇を合わされた。

「でも、慶、コーヒー飲めるようになっても、おれのことたくさん頼ってね?」
「…………」

 もう一度、唇がおりてくる。

「おれ、強くなるから。ずっと慶と一緒にいられるために強くなるから」
「………ん」

 愛おしい唇の感触を味わいながらおれも心に誓う。

 おれもお前とずっとずっと一緒にいたい。
 だから、遅れないでついて行く。お前の一歩後ろを。




---------------

お読みくださりありがとうございました!
すみません。やっぱりダラダラした話になってしまいました。スマホでちょこちょこ書くからなのかなあ……って、パソコンの頃からそうですか?すみません^^;

でも、このエピソードは前から書きたかった話だったので書かせていただきました。
3年だけ先に社会人になったことで、浩介、少し自信がつくんです。

そして……実はこの時期、桜井家では、浩介の父方の祖母が浩介の両親と同居することになり、浩介の母親は姑の介護がはじまって、息子のことに100%の情熱を注ぐことができなくなってたんです。
なので、大学生の慶と半同棲していたこの三年間は、浩介にとって初めて手に入れた安息の日々であり、ようやくブラウン管の中に入ってしまう症状も完治してくれた時期なのでした。
(その後、慶が就職して忙しくなり、その上、姑が他界したことにより母が再び浩介に執着しはじめるため、浩介が壊れていくわけですが……)

今回は、バスケ部で一緒だった荻野さんに出てきてもらいました。荻野さん、あいかわらず強引で前向きです。生保レディ似合ってます。
彼女はこの後結婚して一度退職しますが、最近、子供の手が離れたので生保レディに復活して、またバリバリ働いております。


更新していないのにも関わらず、見に来てくださった方、クリックしてくださった方、本当に本当にありがとうございました!今もマイページを見て拝んでいたところでございます。
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(BL小説)風のゆくえには~恋人がいる人は合コンに参加してはいけません

2016年06月07日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 短編読切
<登場人物・あらすじ>

桜井浩介……大学3年。身長177センチ。外面明るく、内面病んでる。慶の親友兼恋人。

渋谷慶……大学2年。身長164センチ。中性的で美しい容姿。でも性格は男らしい。


高校2年生のクリスマス前日から晴れて恋人同士となった慶と浩介。
慶は一年の浪人生活の後、無事に医大生になった。2年生になってからは、忙しくてなかなか自由に時間が取れない日々を送っている。
浩介は慶と会えない寂しさをバイトとサークル活動で紛らせていた。
そんなある日、二人は高校の同級生から合コンに誘われて……

今から20年ほど前の3月。慶が大学2年、浩介が大学3年、の終わりごろのお話。
慶はまだ携帯を持っておらず、浩介は携帯じゃなくてPHSを使用しています。




------------------


『風のゆくえには~恋人がいる人は合コンに参加してはいけません』




〈浩介視点〉


(そういえば……高校時代にも、強引に話を決められて、無理矢理ナンパをさせられそうになったことがあったなあ………)

 なんて、高校2年生の夏休みの思い出に浸りそうになったところで、

「なにボーッとしてんの! 次、桜井だよ!」
「………あ」

 篠原の声に、強制的に現実に戻された。

 ここは新宿にある居酒屋の一角。おれの左隣には高校のバスケ部のチームメイトだった篠原が座っていて、右隣にはおれの大切な親友兼恋人の慶がいる。

 で。……えーと、なんだっけ………

「あ、えーと……桜井浩介、です………」
「それだけかよっ」

 速攻でつっこんできたのは、慶の隣に座っている溝部。溝部と慶とおれは高2の時のクラスメイト。篠原と溝部は高1の時同じクラスだったらしい。

「………何言えばいいんだっけ?」

 思わず篠原の方を向くと、

「あいかわらず口下手君だなー桜井は! 代わりにオレが紹介してあげる!」

 篠原が嬉々としておれの紹介をはじめてくれた。大学名、学部、高校時代はバスケ部だったこと、篠原と桜井で「しのさくら」とセットで呼ばれていたこと……

 向かいに座っている女の子四人はそれをニコニコと聞いている……けれども、視線は時々、どうしても篠原でもなく、おれでもなく、おれの右隣にいる慶に向いてしまっている。

(ま、気持ちは分かる……)

 見たくもなるだろう。こんなに完璧に整った顔なんてそうそう間近で見る機会はない。

(まあ、おれは間近で見るどころか、あんなことやこんなことまでしてるけどね……)

 なんて思ってにやけそうになったところで、篠原によるおれの紹介は終わった。

「じゃ、次、渋谷!」

 はいっと促された慶………

「………渋谷、です」

 ボソッと言っただけで、口をつぐんでしまった。でも女の子たちは肘でつつきあったりして、顔を赤らめている。不機嫌そのものな態度ですら、「クールでカッコイイ」になるんだろう。顔がいいと得だ……。

 でも、幹事の篠原は、さすがにまずいと思ったようで、

「あーごめんね~、渋谷、昨日も一昨日もろくに寝てないんだって。だから……」
「えーたいへーん! 何してたの? バイト? サークル?」
「……………」

 食いついてきた女子の声など聞こえていないように、慶はおれをふりあおぐと、

「……………」

 何か言いたげに、じっとこちらを見てから、また正面を向いた。女子と話す気はない、と言いたげな慶の態度……。篠原が慌てたように紹介をはじめる。

「渋谷はね、○大学の医学部の2年生で、水泳部で……」

 必死な篠原が気の毒になってきた……。

 こんな態度になるなら、断ればよかったのに……と思いかけて、違う違う、と首をふる。

(ごめんね。おれのために……)

 慶の無表情な横顔をみながら、心の中で詫びる。
 そう。慶が来たくもないこの『合コン』に参加することになったのは、おれのせいなのだ……。




〈慶視点〉


『オレの狙いのアイちゃんは、渋谷の前の席の子だから。渋谷は何も話さないで、無愛想に座っててくれ』

と、隣の席の溝部にコソッと頼まれたこともあって黙って座っていたけれど、そうでなくても話す気になれなかった。

「…………」

 浩介の斜め前の席の女がムカつく……。なに浩介のこと上目遣いで見てんだよ。

 ああ、やっぱり合コンなんてくるんじゃなかった。でも浩介のためだから我慢しろ、おれ……。


 2週間前……
 浩介のPHSに篠原から連絡があった。たまたま近くにいたので会うことにしてみたら、篠原だけでなく、溝部もいて………

「頼む! 合コンに出てくれ!」

と、二人に拝まれた。二人は学部は違うけれども同じ大学で、同じサークルに入っているらしい。

「…………」
「…………」

 浩介と一瞬顔を見合わせ、

「無理」
「やだ」

 同時に即答する。おれ達が付き合っていることは結局言えていないので、こういう誘いがくるのはしょうがない。断るしかない。でも、篠原と溝部はしつこく食い下がってきた。

「さっちゃんが、卒業アルバムの渋谷の写真みて、渋谷がくるなら合コンしてもいいって言ってくれたんだよー」
「それで、さっちゃんが、アイちゃん誘ってくれるっていうから!」
「……なんだそりゃ」

 さっちゃん?アイちゃん?知らんがな。

 肩をすくめると、篠原が畳み掛けてきた。

「ねー二人ともいい加減、彼女くらい作りなよ。特に桜井! 渋谷はほっといても女が寄ってくるからいいけど、桜井はこういう機会にのらないとホントに一生彼女できないよ!」

 そりゃ結構なことだ。一生できなくていい。

 内心を隠して黙っていると、篠原がポンポンと浩介の腕を叩いた。

「それにさー、桜井ってもうすぐ教育実習行くんだよね? 楽しい大学生活を夢見ている現役高校生に、合コンの話の一つや二つできた方がいいと思うよー?」
「そ、それは………」

 浩介がぐっと詰まっている。
 確かに、経験談として必要……?

(いやいやいやいや)

 篠原は昔から口がうまい。昔も何だかんだと乗せられてしまった記憶が………

 篠原の畳み掛けはまだまだ続く。

「だから、今回渋谷がダメっていっても、桜井のことは、彼女ができるまで誘ってあげるからね。今回も……」
「は?」

 なんだと?

「ちょっと待て」

 篠原の前に手を差し出し止める。

「今回断ってもまた誘う気か?」
「もちろん」
「……………」

 それはそれで鬱陶しい……
 彼女ができるまでって…………

「あ」
「え?」

 振り向いた浩介の腕をバシバシ叩く。
 そうだ。肝心なことを忘れていた。

「浩介、お前、彼女いるじゃん」
「え? あ………」

 浩介もはっとしたように口に手を当てた。

「そうだった。おれ、彼女いるんだった……」
「はああああ??」

 篠原と溝部が呆れたように叫んだ。

「ウソつくんじゃねーよっ」
「ウソじゃないって」

 いや、ウソなんだけど、でも本当だ。
 一年以上前になるが、浩介の母親がおれ達を別れさせようと色々と問題行動を起こしたことがあった。その対策として現在は、おれ達は別れたことにして、浩介の友人の木村あかねさんに浩介の恋人役をしてもらっているのだ。

「ホントにいるんだよ。すごい美人の彼女が」
「いること忘れてるような人は彼女とはいいません!」
「もう別れてるんじゃねーの? それかはじめから付き合ってないか」
「そんな架空の彼女じゃなくて、本物の彼女作ろうよ!」

 篠原と溝部がわーわー騒ぎたて……

 浩介も浩介で、教育実習に行った時に……というのが引っ掛かっているらしく、断る言葉が弱まってきていて………

「よし。わかった」
 バシッと浩介の腕を叩く。

「行くか」
「え? いいの?」
「しょうがねえだろ」

 おれの知らないところで行かれるよりはマシだ。一度だけ、どんなもんか行ってみよう。


 ……と、思ったけれども……。
 実際に浩介が女に上目遣いで話しかけられているのを見たら腸煮えくり返ってしょうがなくなってしまった。平静を保つために、浩介の方は見ないようにして、隣の席の溝部と、その前に座っているさっちゃんとアイちゃんの四人で話していたのだけれども……

「あ、ナナちゃんのあれ、始まりそう……」

 女子二人がクスクス小さく笑いだしたので、何のことかと二人の視線の先を見ると、浩介の隣の席に座った女が自分の大きめのカバンの中をごそごそと探っていた。

 開始から二時間近くたって、料理もあらかた食べ終わり、みんな飲みに移行している。先ほど、篠原と篠原の前の席の女(ナナコとかいう、浩介をやたら上目遣いで見ていた女だ。男にすり寄るような仕草や喋り方で余計にムカつく)が席を交換したため、その女が浩介の隣になっていた。

「あれって?」
 さっちゃんに聞くと、さっちゃんは「言っていいのかな~」と言いながらも、酔いが回っているせいか、軽く口を滑らせた。

「ナナちゃんってすごい積極的で、狙った獲物は逃さないっていうかー」

 なんだと?

「桜井君みたいな真面目そうな男子、好きだよね、ナナちゃん」

 アイちゃんもクスクス笑いながら、浩介とナナコに目をやっている。

「でね、携帯番号教えてくれない男子を攻略する必殺技があって……」
「『ごめーん、携帯がカバンの中で迷子になっちゃったー。鳴らしてもらってもいい?』ってねー」

 ねー?と女子二人がうなずきあっている。
 なるほど、それで鳴らしてもらえば、相手の携帯番号が自分の携帯に表示されるというわけか。

「なるほどー……」

と、溝部と一緒に感心してしまってから、はっとする。感心している場合じゃない!

(こ、浩介!?)

 振り返ると、ちょうど浩介が自分のカバンからPHSを取り出したところで………

「ちょーっと待ったーーー!」
「え?」

 思わず叫んで、浩介の手からPHSを奪い取る。

「慶?」
「あ………」

 浩介含め、きょとんとした一同。でもそんなことには構ってられない。

『ナナちゃんってすごい積極的で、狙った獲物は逃さないっていうかー』

 先ほどのさっちゃんの声が頭の中でリピートされる。冗談じゃない。捕まえられてたまるかっ。

「慶? どうした……」
「ごめん。ピッチ貸して。至急で電話かけたいところがある」
「あ、うん。いいよ?」

 肯いた浩介の頭を軽く撫で、ぽかんとしているナナコを一睨みしてから店の外に向かう。

「冗談じゃねえ……」

 あんな害虫、とっとと追っ払ってやる!!




〈浩介視点〉


 どうしたんだろう。慶……

「桜井くん? どうかした?」
「あ、ううん……」

 おれの隣の席の町田菜々子さんが小首をかしげて聞いてくるのに、首を振る。でも、その後の返答も上の空になってしまった。電話をしに出ていった慶がいくら待っても帰ってこないのだ。何かあったのだろうか……。

「ねえねえ、桜井君、この後時間ある?」
「え」

 町田さんにつんつんと腕をつつかれ我に返る。

「桜井くん? 時間……」
「あ、うん、二次会行くって言ってたよね?」
「そうそう。でも……」

 町田さんがすっとこちらに身を寄せて耳打ちしてきた。

「二人で消えちゃわない?」
「え?」

 消える? ってどういう意味?

 きょとん、と町田さんを見返した……その時だった。


「………痛っ!いたたたたっ」

 いきなり後ろから左耳を引っ張られて悲鳴をあげてしまう。

 何、何、何……!?

 びっくりして振り返るとそこには………

「なーにーをーしてるのかしら? 浩介センセー?」
「あ……あかねっ」

 ど派手な美女がおれの耳をつかんだまま立っていて……

(……慶)

 その後ろで、慶がおれに向かって、イーッと鼻に皺をよせていた。


**


 その後はもう……あかねの一人舞台だった。ただでさえ目立つのに、派手なメイクと衣装のせいで、余計に人目を集めていて、他のテーブルのお客さんも、突然の美女登場に何だ何だとチラチラ視線を送っている。
 あかねはわざとのように(いや、わざとだ絶対)、ものすごい魅力的な笑顔を浮かべながら、

「ごめんなさいね。お邪魔して。でも恋人がいる人は合コン参加しちゃだめよねー?」
「あ、いや、その……」

 なかなかお目にかかれないレベルの美人を目の前に、篠原も溝部もワタワタしてしまっている。

「ほら、浩介センセー、帰るわよ?」
「あ、え」
「何か文句ある?」
「………」

 高飛車に言われ、ぐっと詰まっていると、あかねが慶を振り返った。

「慶君にも連帯責任とってもらうからね?」
「はい。すみませんでした、あかねさん。浩介のこと誘っちゃって」

 慶が神妙な顔で両手を合わせて謝っている。どうやら話はできているようだ。

 それならば……

「ごめん。篠原、溝部。おれ達……」
「え?! あ、うん」
「あ、うんうん」

 二人は雰囲気に飲まれながらコクコク肯くと、おれ達に手を振ってくれた。
 女の子達にも一応挨拶をしていると、

「ほら、もう行くわよ? 慶君も!」
「痛い痛い痛いって!」

 再び耳を引っ張られながら、出口に向かって歩きだす。その後ろで慶が「ごめんねー」とみんなに言っている声が聞こえてきた。

 慶……声が元気だ……。


**

 
「ばっかじゃないの!?」

 居酒屋の入っていたビルから出た途端、あかねにキレられた。慶がその横でうんうんうなずいている……。

「あんたみたいな女慣れしてない奴が合コンなんて、百年早いっての!」
「でも、おれ別に何も……」

 いいかけたところで、慶にグリグリ背中を押された。

「お前、あの女になんか耳元でこそこそ話されてたけど、何言われた?」
「あーえーと……」

 さっきの町田さんのセリフを思い出す。

「えーと、『二人で消えちゃわない?』って」
「はあ?」

 慶の頬がピクピクしてる……。でも、意味がわからなくて首を傾げる。

「消えるって何だろうね? 帰るってことかな?」
「…………」
「…………」
「…………痛っ」

 いきなり慶に蹴られ、あかねにどつかれた。
 な、なんなんだ!?

「お前、隙がありすぎなんだよ!」
「あんた、ホントに合コン禁止。女と二人きりになること禁止!」

 慶にもう一度蹴られ、あかねには指を突きつけられる。

「あんたねえ、慶君が知らせてくれて私が来なかったら、確実にあの女の子の餌食になってたわよ? あの手の子は怖いよ? 付きまとわれて噂流されて、気がついたら付き合ってることにされるよ?」
「え………」

 そ、そうかな……全然そんな風には見えなかったけど……

「あんたまさか携帯番号とか教えてないわよね?」
「あ、うん。聞かれてないよ?」

 言うと、慶が苦虫潰したような表情で、

「『携帯がカバンの中で迷子になっちゃったから、鳴らしてくれる?』とか頼まれなかったか?」
「え」

 まるで聞いていたかのようなセリフにびっくりする。

「慶、聞いてたの?」
「…………」
「…………」

 慶とあかねが顔を見合わせ、はああああっとわざとらしいため息をついた。なんなんだ、いったい……。

「で、まさか鳴らしたの?」
「ううん。その直前に慶が貸してって持っていっちゃったから……」
「そう。それは良かったわね」

 良かった? 何がなんだか意味がわからない……

「とにかく」
 あかねに再び指で突き刺される。

「これ、貸しだからね。報告書5回で手を打ってあげる」
「う………」

 あかねとは同じボランティアサークルに参加している。毎回グループ活動の後に報告書の提出があるのだ。

「あーもーほんっとバカ。慶君たいへーん」
「ですよねー?」

 こうしてなぜか二人して散々おれのことをバカ呼ばわりした挙げ句、

「私、バイト戻るわ。じゃあね」

 あかねは颯爽と走っていってしまった。
 あかねはこの近くのバーでアルバイトをしている。慶から電話を受け、バイト先から走ってここまで来てくれたらしい。どうりでいつもより化粧も濃くて、服装も派手だったわけだ……。

「………慶?」

 あかねを見送った後、慶が無言でふいっと歩きだしてしまった。その後ろを慌てて追いかける。

「慶……」

 慶、機嫌悪そう……。
 無言に耐えかねて何か言おうと口を開きかけたところ、慶が突然、くるっと振り返って、真面目な顔をして言った。

「『恋人がいる人は合コンに参加してはいけません』」
「………はい?」

 何?

「教育実習で高校生に聞かれたらそう言っとけ」
「え、あ………うん、うんうん」

 コクコクうなずくと、慶はまた大きくため息をついてから歩きだした。

「おれ、お前のことホント心配。絶対変な女に引っ掛かりそう……」
「そ、そんなことは……」

 心配してくれるのは嬉しいんだけど、なんか嫉妬とかじゃなくて、バカ扱いされてる感じで素直に喜べない……。あ、でも!

「慶、自己紹介の時、無愛想だったのは、おれのこと心配してくれてたから?」

 期待をこめて聞いたら、あっさり「いや?」と否定された。

「溝部に愛想悪くしろって頼まれてたから」
「…………あっそ」

 ムっとしてしまう。
 なんだか色々納得いかない………

 どうせ慶は無愛想にしてたって女の子からチヤホヤされるんだから関係ないじゃないか。しかもその後はなんか楽しそうに話してたし……
 おれだって同じように話してただけなのに、何でおれだけ怒られなくちゃいけないんだ。
 どうせおれは、女友達も多い慶と違って、全然女の子に慣れてないけど、でも前よりはずっと………

「浩介」
「…………なに」

 呼ばれて、ムッとした顔のまま立ち止まると、

「…………え?」

 いきなり手を掴まれてドキッとする。こんな人目のあるところで、慶が触れてくるなんて………

 そのまま引っ張られ、電気の消えているビルの柱の脇に連れていかれた。慶がビルを背にしているので、のぞきこまれない限り、通行人からはおれの背に隠されて慶の顔は見えないだろう。そうでないと、困る。

(こんな顔……誰にも見せたくない)

 慶……唇をかみしめて、泣きそうな目をしていて……このまま襲いたくなる可愛さだ。

「慶?」
「ごめん。嘘ついた」
「……え」

 こんっと慶のおでこがおれの胸につけられた。慶がそのままポツポツと言う。

「溝部に頼まれたのは本当だけど、そうじゃなくても不機嫌だったおれ」
「え……」
「あの、ナナコって女がお前のこと上目遣いで見てるのが気に食わなかったから」
「上目遣い?」

 あれを上目遣いというのか?
 慶はそのままブツブツ続ける。

「案の定だよな。お前に電話かけさせて携帯番号知ろうとしたり」
「え」
「消えちゃわない?って、誘ってきたり」
「えーと……」

 意味が分からなくて返事ができないでいると、慶が顔をあげ、ムッとして言った。

「消えるっていうのは、2人だけでどこか行くって意味だよ」
「え? えええっ、あ……そうなんだ……」

 おれ、誘われてたんだ……気がつかなかった……

「あの女、お前みたいなのがタイプなんだってさ」
「えええっ」

 そ、そんな人がこの世の中にいるわけないじゃん……

 言うと、「アホかっ」と思いきり蹴られた。

「お前、自覚持てよ。一流大学現役で合格してて、教師目指してて、真面目で優しくて背が高くて……って、今後、相当狙われるぞ? つか、今まで何もなかったのが不思議なくらいだ。本当に今まで、サークルとかで誘われたりしてねえのか?」
「あるわけないじゃんっ。それにサークルでは、あかねサンと付き合ってるって思われてるし……」

 よく一緒に行動しているせいか、サークル内では勝手に公認カップルのような扱いになっているのだ。
 慶がホッとしたようにため息をついた。

「ああ、ホントにあかねさんには感謝だな。お前、就職しても職場で彼女いるって宣言しとけよ?」
「う……うん」
「ああ、その前に、教育実習か。今時の女子高生はおれらのころと違って凄いことになってるからな。お前食われるなよ」
「食……っ」

 何を言うんだ!!
 でも、慶は真面目な顔をしたままだ。

「合コンも、もうこりごりだ。一回行ったからもういいだろ?」
「う、うん」
「あーおれも油断しすぎた、お前を合コンなんかに連れて行くんじゃなかった」
「…………」

 慶、目が三角になってる……

「そんなに……心配?」
「当たり前だろ」

 ぷうっとふくれた慶が可愛すぎる。さっきのバカにしたみたいな心配じゃなくて、嫉妬心から心配してくれてる顔……。

「慶も、もう行かないでね?」
「当たり前だ。『恋人がいる人は合コンに参加してはいけません』!」
「うん………」

 コツン、と額と額を合わせる。

「恋人っておれのこと?」
「当たり前だろ」
「うん」

 ちゅっと軽くキスをすると、慶がくすぐったそうに笑ってから、もう一度、せがむように顔を上げてきた。

「今日帰らなくて大丈夫か?」
「うん!」
「久しぶりに……」
「うん」

 このまま朝まで一緒にいよう。
 大好きな恋人と一緒に。


***


 次の日、篠原にお詫びの電話をしたところ、飲み直ししよう、と誘われた。
 あいにく慶はアルバイトでこられなかったので、篠原と溝部の三人で飲むことになったのだけども……

「あのあかねって人、彼女じゃないでしょ?」
「え」

 ズバリ、篠原に言われて否定も肯定もできないでいると、

「女王様と下僕、でしょ?」
「え」

 じょ、女王様? 下僕?

「桜井がそういう趣味だったとはねーなるほどねー」
「あ……あの」

 そ、それはどういう……
 ハテナハテナのおれを置いて、篠原は一人で納得している。

「もうお前らのことは二度と誘わねーから」
「え」

 溝部は溝部で会った時からムッとしたままだ。

「ご、ごめん……あれから……」
「アイちゃんもさっちゃんも、『渋谷君かっこよかったー』しか言わねーし。会わせるんじゃなかった」
「そ……そうなんだ」

 ムッとした溝部とは対照的に、篠原はニコニコだ。

「おれは、エミちゃんといい感じだけどね! だから桜井には感謝感謝だよーあれから桜井の話で相当もりあがったから!」
「あ、そうなんだ」
「ナナコちゃんは帰っちゃったけどね。女王様出現が相当ショックだったみたいだよ」
「………」

 町田さんには悪いことをしてしまった。……なんて言ったら慶に怒られるから言えないけど。

「桜井、教育実習、白高でやるんでしょ? 懐かしいね」
「うん」

 実習先は母校である白浜高校で受け入れてもらえて、もうすでに準備もはじまっている。

「今時女子高生に食われないようにね」
「……うん」

 慶にも同じこと言われた。そんなにおれ、頼りないだろうか……そんなに今時女子高校生、こわいんだろうか……

「大学生活楽しいってみんなに教えてあげてね。受験勉強頑張れるように」
「うん」

 篠原が機嫌良く言うのにコクリとうなずく。

「あーいいなあ。おれ高校生戻りてえ」
「……うん」

 溝部が吐き出すように言うのにも、コクリとうなずく。
 高校生活……慶と友達になって、親友になって、恋人になって。クラスの仲間ができて。部活の仲間ができて。文化祭も修学旅行も本当に楽しかった。
 
「ああ、そうだ。それで一つ、教えてあげなよ?」

 篠原がニッとして、おれの肩を叩いて言う。

「『恋人がいる人は合コンに参加してはいけません』、ね?」
「………うん」

 素直に肯く。それ大事。大切な人を傷つけてはいけません。

 今時高校生はおれ達とは違うっていうけれど、でもきっと、たくさんの素敵な思い出を作っている最中であることは変わらないだろう。そして、将来への夢と希望と不安を抱いていることも変わらないだろう。そんな彼らの手助けを少しでもできたらいいな、と思う。

「頑張ってね」
「頑張れよ?」

 そう言ってくれる高校時代の仲間二人に大きく肯く。

「うん。頑張る」

 おれは、先生になる。





---------------

お読みくださりありがとうございました!
って、長い!
すみません……スマホで書いているもので何字なのか把握できてなかったのですが、書き終わってパソコンで見てみたら、10000字超えてた。
なのにこの内容の薄さ!!ヒドイ!
す、すみません……次回こそはもっとコンパクトに……


ちなみに……
篠原君は実は由緒正しい家柄の次男坊です。
現在、小学校一年生の女の子と幼稚園の年少の男の子のパパ。奥さん専業主婦。
とある大手チェーンレストランの本社にお勤めです。あいかわらず女の子大好きで、あちこちの支店に顔出しては可愛い女の子チェック欠かしません(でも飲みには行くけど、浮気はしないよ)。

溝部君はまだ独身。有名メーカーの研究所にお勤めです。彼は高学歴高収入で性格も明るいイイ人なんですけど縁がなくて……。そろそろ良い人見つけてあげたいです。


こんな感じで、慶と浩介の時間の穴埋めをしつつ、他の登場人物たちと絡ませていけたらいいなあと思っております。次回もどうぞよろしくお願いいたします。


そしてそして。更新していないのにも関わらず、見に来てくださった方、クリックしてくださった方、本当に本当にありがとうございます!
本当に有り難いです…画面に向かって拝んでおります。皆様お優しい……
こんな調子の日常ブログですが、よろしければ今後ともどうぞよろしくお願いいたします。


今週木曜日午後から土曜の夜まで旅に出ます。
大勢の人と一緒のため携帯を触る時間はないと思われます。
次回の話は決まっているので、その次の話をいつの時代にするか旅先で考えてこようと思います。

本当に本当にありがとうございました!

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コメント (8)
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