創作小説屋

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風のゆくえには~たずさえて9(山崎視点)

2016年07月22日 07時21分00秒 | 風のゆくえには~たずさえて


2015年12月26日(土)


 目黒樹理亜の勤めている女性専用のバーは、偶数月の最終土曜日だけ、男性のカップルも入店が認められているそうだ。『ミックスデー』というらしい。

 樹理亜の主治医である戸田さんが樹理亜のことを心配していたので、そのミックスデーを利用して樹理亜の様子を見に行こうと思いつき、

(男二人だったらいいんだよな?)

と、軽い気持ちで、高校の同級生の桜井を都内の喫茶店に呼び出し、「一緒に行ってくれないか」と頼んだところ…………


「無理無理無理無理!そんなの慶にバレたら殺されちゃうよ!」

と、すごい勢いで断られた……。

 桜井浩介と渋谷慶は、オレの高校時代の同級生だ。同性でありながらかれこれ24年も恋人関係である二人……

「殺されるってそんな……」
「ホントだって! あの人怒らせると本当に怖いんだって!」

 ブルブルと震えている桜井……

「なんで怒るんだ? オレと二人で出かけたことなんて前にも……」
「違う違う!」

 桜井がぶんぶん首を振った。

「あそこはカップルじゃなきゃ入れないでしょ。ってことは、カップルのふりをするってことでしょ」
「まあ、そういうことになるのか……」
「無理無理無理。ああ見えて、慶ってホントに嫉妬深いんだよ。山崎だってタダじゃすまないよ」

 おそろしい……と震える桜井……

 んー……それじゃあ……と考えて、「あ、そうだ」と思い付く。発想の転換だ。

「じゃ、逆に渋谷に頼めばいいのか。渋谷の仕事が終わったら………」
「えーーーー!」

 人の言葉を遮って、今度はパタパタと手を振る桜井。

「やだやだ!絶対やだ! 慶と山崎がカップルのふりするなんで絶対やだからね!」
「……………」

 こいつら………
 ラブラブ過ぎる二人のラブラブ具合を舐めていた………

「じゃあどうしろと……」
「溝部でも誘ったら?」
「やだよ」

 色々説明するのが面倒くさい。

「あ、じゃあ、店に行かないで、目黒さんに会えばいいじゃん」
「まあ、そうなんだけど……」

 連絡先知らない……

 言うと、桜井は「おれ知ってるー」とラインを打ちはじめてくれた。

(桜井………変わったよな……)

 高校の時はひたすら『大人しい』という印象があった。今も騒がしいというわけではないけど………『明るくなった』というのが一番あてはまるかもしれない。半年前、10年以上ぶりに同窓会で再会したときも思ったけれど、その時よりもさらに、着ていた鎧を脱いだような……身軽な感じ。

「そういえば、23日、誰かとデートだったんだよね? お店結局どうした?」
「あー、その節はアリガトウゴザイマシタ……」

 ラインを打ち終わった桜井に深々と頭を下げる。

 23日の夜、事情があって戸田さんと飲みに行くことになり、8歳年下の都会で働く女性を連れて行くお店なんて知らないオレは、桜井に相談したのだ。すると、桜井はすぐに3件の店を紹介してくれた。相手が戸田さんだとは何となく言わなかった。

「結局、ワインバーにしたよ」
「あー、あそこ雰囲気いいよね」
「うん……」

 そうなのだ。雰囲気もいいし、客層もいいし、料理もワインも文句のつけどころなかった。
 彼女も「昔一度来たことがある」と言いつつも、リニューアルされてからは来たことないから新鮮、と言って、初めは喜んでくれていた風だったのに……

『ごめんなさい。帰ります』

 途中から様子がおかしくなり、急に、引き留める間もなく帰ってしまったのだ。

(オレ、何か変なこと言ったかな……)

 思いだしても思いだしても分からない……。
 戸田さんからは翌日、お礼と突然帰ってしまったことへのお詫びのラインがきたけれども、帰ってしまったことの理由は書かれていなかった。

(なんだったんだろう……)

 3日過ぎたけれどもモヤモヤしたままだ。ただずっと、あの時の真っ青な顔をした戸田さんの顔がチラついて離れない。かといって、用事もないのに、連絡できるほど親しくもない。

 実は、それで樹理亜の様子を見に行こうと思った、というところもある。もちろん、心配だからという気持ちは大前提としてあるけれども、戸田さんへの連絡に、樹理亜の様子の報告、という理由付けが欲しかった、というのもあるわけで……


「あ、返事きた」

 桜井の声に我に返る。が、

「目黒さん、今、戸田先生のクリニックにいるって」
「え?!」

 その言葉に飛び上がってしまった。

「と、戸田さん?」
「うん。戸田先生、土曜日はこの近くのクリニックで診療してるんだよ」
「え? あ、え? あ、そうなんだ……」

 動揺を隠しきれないオレの様子に、はて? と桜井が首を傾げた。

「どうかした?」
「いや……いや、なにも?」
「あ、それでね……」
「……え」

 差し出されたスマホの画面を見て息を飲んでしまう。

『病院の外にストーカーがいて帰れないから迎えにきてー!』
 
 ガクガクブルブルと下に書かれたウサギのスタンプと一緒に送られているので、冗談だか本気だか分からない感じになっているけれども……たぶん本気だ。ストーカー……あの男のことだろう。

「行こう!」

 即座に立ち上がる。
 戸田さんの件はとりあえず横に置いておいて。今はとにかく樹理亜が心配だ。

(…………いかん)

 そう思いながらも、これで戸田さんにも会える、ということに少し喜んでしまっている自分がいる。戒めるために、ゴンッと両こめかみをゲンコツでたたくと、

「だ、大丈夫? 山崎……」

 桜井にビックリした顔で見られてしまった。

 いや、色々、大丈夫じゃない。



---------------

お読みくださりありがとうございました!

実はこの「たずさえて」を書くにあたり、一番はじめに私の頭に再生されたのは、冒頭の「そんなの慶にバレたら殺されちゃうよ!」だったのでしたー(*^-^)

山崎に紹介したワインバーは、浩介は慶に連れて行ってもらって知ったお店なのでした。そして、慶がその店を知ったのは、前に勤めていた病院の忘年会がきっかけで……その忘年会の幹事が峰先生だった、なんて覚えているわけないよねー……な感じの必然というか偶然というか。

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風のゆくえには~たずさえて8(菜美子視点)

2016年07月20日 07時21分00秒 | 風のゆくえには~たずさえて

2015年12月3日(木)


 2週間ぶりにみた目黒樹理亜は、ひどい顔をしていた。リストカットを繰り返していた頃に戻ってしまったような表情……。せっかくここ数ヵ月、通院回数も薬の量も減っていたのに……

「樹理ちゃん。なにがあったの?」
「…………」

 樹理亜は蒼白な顔をしたまま首を振ると、苦しそうに言葉を吐き出した。

「壁に囲まれて苦しくて息ができない……」
「…………」
「慶先生に会いたい。慶先生に会ったら壁なくなるから……」

 それだけ絞り出すように言うと、胸を押さえて下を向いてしまった。

「…………西田さん」

 情報通の看護師、西田さんを振り返ると、西田さんはわずかに眉を寄せて、

「今日は小児科、研修会なんですよ。もう出てるはずです」
「そうですか……」

 タイミング悪いな。午前中なら診察あったから病院にいたのに……

「でも」
 西田さんは樹理亜の肩をガシッと掴んで、自分の方を向かせると、

「駅まで走って行ってみる? もしかしたら間に合うかも」
「え」

 樹理亜は目を見開き、うん、うんうん、とうなずいた。西田さんはニッと笑うと、

「戸田先生、いいですよねー?」
「あ……はい」

 苦笑してしまう。我が道を行く西田さんには誰も逆らえない。

 まあ、元々、樹理亜は突然来たため予約と予約の間に無理矢理ねじ込んだので、時間もないのだ。西田さんの提案に乗ってみよう。

「渋谷先生に会えても会えなくても、戻ってきてくださいね」
「はい。じゃ、行こっ」
「…………ん」

 西田さんに連れられて出ていく樹理亜の後ろ姿に不安を覚える。いったい何があったんだろう………。



 その後、一人の患者さんの診療が終わってから、再び樹理亜が診察室に入ってきた。

(…………良かった)
 先ほどよりもずいぶん落ち着いていた。どうやら会えたらしい。

「見てこれー慶先生がくれたのー」

 見せてくれたのは、オレンジ色ののど飴。くまのかわいいパッケージ。

「浩介先生のお気に入りの飴なんだってー。慶先生が今日研修会で発表があるっていったらお守りがわりにくれたんだってー。2個あるから1個お裾分けだってー」
「そっか」

 あいかわらず仲が良い渋谷先生と桜井氏。同性のため結婚はできない二人だけれども、新婚さんのようにラブラブで、それでいて熟年夫婦のような雰囲気も醸し出している。

「それで、樹理ちゃん。壁は……」
「こっぱみじんこ」

 それをいうなら「木っ端微塵」。というツッコミは横に置いておく。

「それは良かった」
「でもねーそのあとねー怖かったんだよー。どうしようー」
「怖かった?」

 聞き返すと、樹理亜はシーっというように指を口元に当てた。

「あいつ……いたの」
「あいつ?」

 コクコクとうなずく樹理亜。

「あいつ、しつこいの。もうヤダ。ヤダヤダヤダヤダヤダ…………」
「あいつ……」

 もしかして……

「こないだ新宿で会った男の人?」
「うん……」
「あの人、いったいなんなの?」
「うんー……」

 樹理亜は大きく大きく息をつくと、再び口元に人差し指を立てた。

「戸田ちゃんだから言うけどー………」
「うん」
「お客さん、だった人」

 お客さん? キャバクラの?
 聞くと、樹理亜は困ったように鼻にシワを寄せた。

「まーそうなんだけどー、それだけじゃなくてー……あの……ウ……」
「あ、うん。分かった」

 みなまで言わさず言葉をかぶせた。彼女にとって消したい過去だ。言葉にさせたくない。

 売り……売春。しかも母親に強要されての行為。これは良いことだと刷り込まれて、知らずに身を削っていた過去……

 迂闊だった。言わせずに察するべきだった。ただ……言い訳をさせてもらうなら、女の子を違法に買うような男には見えなかったのだ。恰幅も良く、見栄えもいい。女に不自由しているようにはとても………

「偶然なのか、後つけてきたのか分かんないけどー超怖くないー?」
「………怖いね」

 本当にいたかどうかは分からない。幻覚かもしれない。でも、それは問題ではない。樹理亜に見えたということが問題なのだ。

「7時までには帰らないとバイトの時間に間に合わないよー」
「そうだよね……。んー………送っていきたいけど……」

 今日は7時半まで予約でうまっている。それに女一人着いていったところで、どれだけの抑止力になるのか……。

 やはり誰か頼りになる男の人にお願いするべきだ。でも、誰に……

 一番はじめに浮かんだのは、当然、ヒロ兄。この病院の院長。でも、院長も今日は会議があるから無理だ。

 あと、頼りになって信用できる人………

「うーん…………」

 頼りになる人……頼りに…………

「…………あ」

 ふっと浮かんだ。
 意外にも力強く、頼りになると思えた背中。少しの躊躇もなく、私と樹理亜を後ろに庇ってくれた背中……

「……山崎さん」
「え?」

 キョトンと、聞き返した樹理亜の腕をたたく。

「山崎さんに連絡してみよっか」
「あ、そっか。こないだも追っ払ってくれたもんね!」
「ね」

 今、5時半。定時は過ぎたはず。
 『至急でお願いしたいことがあります。電話しても大丈夫ですか』とラインを送ると、すぐに電話がかかってきた。事情を説明すると、山崎さんは聞き返すこともなく、『一時間以内に迎えにいきます』と言ってくれた。

(暇なのかな……)

 なんて失礼なことを考えながらも、対応の良さに満足する。このレスポンスの早さは好感度高い。仕事が出来る男って感じがする。



 夜8時過ぎ。山崎さんと待ち合わせをした。送らせるだけ送らせて、何もお礼もせずに帰らせるのは申し訳ないと思ったからだ。

「一応、目を配ってみたのですが、例の男は見当たりませんでした」
「そうですか………」

 お店は、1テーブルずつ仕切られている和食屋を選んだ。何となく、山崎さんには和室が似合う。

「しばらく、樹理ちゃんの勤め先のバーの前にもいたのですが……」
「あ、でもあそこ」
「そうなんです」

 苦笑気味に山崎さんはうなずいた。

「女性専用のバーなんですよね。『オジサン、まさか樹理に何かしようってんじゃないよね?』って、女の子たちに囲まれてしまって、あわてて退散してきました」
「……あらら」

 その様子を想像して笑ってしまう。

「すみません、変なことお願いして……」
「いえ、いいんです。実は私も戸田さんにお願いしたいことがあって、ご連絡しないと、と思ってたんです」
「お願い?」

 首をかしげると、山崎さんはふいっと視線をこちらにやった。

「……っ」

 ギクッとしてしまう。この人、時々、すごく瞳の奥が深く深く光るときがある……。
 でも、そんなことおくびにも出さず、にっこりと見つめ返す。

「なんでしょう?」

 すると、山崎さん、なぜかシドロモドロになり……ようやくボソッと言った。

「あの……今月の23日ってご予定空いてらっしゃいますか?」
「23日?」

 祝日。
 クリスマスイブ前日………

(…………え!? クリスマスイブイブ!?)

 気がついて、ドキッとする。

(え、ちょっと待って。イブイブの誘いってこと? え、え、え……)

「あ、ご無理ならいいんです。断ってください。午後一番から夜までお願いしたかったので………」
「あ………えと……」

 動揺を抑えるために、手帳を取りだす。空いていることは分かっているけれど、もったいつけて「うーん……」なんて言いながら、

「えーと、夜っていうのは何時……」
「9時には終わると思います。6時半開場、7時開演ですので……」
「………………」

 開場?開演? 何かのコンサート? でも、午後一からって……?

「戸田さんに司会をお願いしたいって、色々な人から言われてまして……でも、一応全部断ってるんですけど、実行委員長だけは断っても断ってもしつこくて………」
「…………」

 実行委員長………ああ、あの押しの強いオバサンというか、おばあちゃんね………。って!!

(…………そういうことか)

 焦った自分がものすごく恥ずかしくなってきた。

 先月、山崎さんの勤める区役所共催の音楽祭の司会を引き受けたのだ。終了後、確かに色々な人から、今度うちの演奏会の司会を……って声をかけられたけど、皆さん社交辞令ではなく本気だったらしい……

「実行委員長のいる団体、今度が30周年記念の演奏会らしくて、それで……」
「………………」

 一生懸命説明する山崎さんの様子に、なんかどうでもよくなってきた…………

「あー……いいですよ」
「え!? ホントですか!?」
「…………」

 かなり投げやりに答えたにも関わらず、山崎さんは、パッと表情を明るくして、深々と頭を下げてきた。

「すみません。助かります。あの人、おそらく来年も実行委員長やるので、機嫌損ねると色々面倒で……」
「…………」

 なんか………すごく、どうでもいい。どうでもいい……はずなのに、ものすごいイライラしてきた。

「あのー……」
「はい?」

 安心したように、お茶をすすりはじめた山崎さんを上目遣いで見つめる。

「その代わり、条件があります」
「え、あ、はい」

 神妙な顔をした山崎さん。この真面目な顔を崩してやりたい。

「その演奏会終わった後、飲みに連れていってください」
「あ、ええ、それはもちろん……」

 なんだそんなことか、とキョトンとした顔に追撃する。

「ちゃんと素敵なところに連れていってくださいね?」
「え?」

 そして、人差し指を口元にあて、にーっこりと笑ってやる。

「この日、クリスマスイブイブですから」
「………………あ」

 山崎さんの頬がみるみるうちに赤くなっていく。

(…………勝った)

 心の中でガッツポーズをしている私は、相当に性格が悪いのかもしれない。




---------------

お読みくださりありがとうございました!
戸田ちゃん、イブイブは午後一からリハーサルで、夜本番です。よろしくね~(^_^;)

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風のゆくえには~たずさえて7(山崎視点)

2016年07月18日 07時21分00秒 | 風のゆくえには~たずさえて

2015年11月19日(木)


 待ち合わせ時間15分前の新宿駅西口改札。

「…………あれ?」

 今日の待ち合わせメンバーの一人、目黒樹理亜が、50代くらいの中年男性と話している………いや、話してるというより、揉めてる?

(父親? ………にしては様子が変だな)

 高そうなスーツ、高そうな靴、高そうな時計が目につく。威圧感のあるギョロリとした瞳……
 掴まれた手を必死に剥がそうとしている樹理亜……

「樹理ちゃん?」
「……あ」

 近づいて声をかけると、樹理亜は、しまった、みたいな表情をして、それからその中年男性を再び見上げた。

「あの、待ち合わせ相手きたのでー、ホントにもう、離して。ホントにもう、無理」
「…………」

 中年男性は、樹理亜・掴んだ手・オレ、と視線を移すと、

「あんたいくらで契約した? 俺はその3倍だす」
「は?」

 契約?
 男の高飛車な言い方に首を傾げる。と、

「だから違うんだってば!」
 勢いよく樹理亜が腕を振り払い、ようやく手がほどけた。

「この……っ」
「ちょ、ちょっと……っ」

 男がカッとしたように樹理亜に掴みかかろうとするのに、慌てて仲裁に入る。

「何なんですか? 女の子相手にいい大人がそんな……」
「なんだとっ」
「……っ」

 胸ぐらをつかまれ、息が詰まる……っ

(わー……なんなんだよ……)

 一瞬、たじろいだものの、冷静に様子を見る。周りの人達もチラチラ振り返っている。改札の近くなので駅員もいる。そんなに馬鹿そうな男ではない。これ以上の暴力はないだろう。

「あの……こちらが先約なので、お引き取り願えますか?」

 目をしっかり合わせて淡々と言う。

「こちらは5人で約束しています。残りの3人ももう来ますけど」
「5人? それは……」

 男が驚いたように何か言いかけたところで、

「山崎さん、樹理ちゃん?」

 涼やかな声が聞こえてきた。戸田さんだ。あいかわらずの完璧なメイクと清楚なスーツ姿。自分の職場の女性陣と違って、都会で働く女性、という雰囲気。

「どうかしました?」
「あ、いや……」

 男の手が緩んだ隙に、一歩離れて樹理亜と戸田さんを後ろに庇う。

「お引き取り、願えますか?」
「…………」

 先ほどのセリフをもう一度言うと、男はようやく諦めたように息をつき、

「樹理亜、いつでも連絡待ってるから」

 そう言い残して去っていった。

 なんだったんだ………?

 オレはもちろん、戸田さんもキョトンとして、樹理亜を振り返ると、

「わー山崎さんありがとーすごーい!いがーい!かっこよかったよー」

 バシバシこちらを叩いてきた。わざとらしい明るさ……。

「すごい慣れてる感じだったー山崎さんって実は修羅場切り抜けてる人ー?」
「いや、まあ、区役所って色んな人がくるからね」

 あんなのは慣れっこだ。それより……

「それより、樹理ちゃん、今の……」
「お願い!」

 パンっと手を合わせた樹理亜。

「今の人のこと、慶先生には言わないで」
「…………」
「…………」

 思わず戸田さんを見ると、眉を寄せた戸田さんと目が合った。「どう思います?」と問いかけているような目に、少し肩をすくめてから、樹理亜に向き直る。

「今の人、何だったの? 契約、とか言ってたけど……」
「あー…………」

 樹理亜は可愛らしく首をかしげると、

「仕事? みたいな?」
「仕事? モデルとかそういう感じ?」

 樹理亜は目のパッチリした美少女なのだ。二十歳になったばかりだけれども、背が低めで童顔なせいか、女子高生と言っても通用する可愛らしさだ。

 樹理亜はうんうんと勢いよくうなずき、

「あー、そうそう。そんな感じー。だから二人とも、慶先生には……」
「…………。分かったけど……」
「気を付けてよ?」

 戸田さんと口々に言うと、樹理亜はにこーっとして、

「ありがとー!」

 えいっと、オレと戸田さんの間に入って、腕を組んできた。あいかわらず人懐っこい子だ………


 樹理亜とは、2週間ほど前にはじめて会った。

 11月3日。オレが実務責任者を務める区の音楽祭が開催された。

 昨年まで司会をしていた同僚が産休に入ることになり、後任を探している、という話を知り合いの結婚祝いの会でしたところ、

「菜美子できますよー。ずっと放送委員やってて、集会の司会とか毎回やってましたよー」

と、戸田さんのお友達に教えてもらった。無理を承知でお願いすると、戸田さんははじめは渋ったものの、その祝いの会のメンバーにもやるようにのせられ、引き受けてくれることになったのだ。

 聞き取りやすくて良い声をしている、と思っていた戸田さんの声は、予想以上にマイクを通すとさらに聞き取りやすく、音楽祭実行委員の気難しいお年寄りメンバーにも大好評だった。

 音楽祭終了後、「後日お礼をさせてほしい。渋谷と桜井を誘って4人で飲みに行きませんか?」と話していたところ、

「えー!慶先生と飲み! あたしも行きたーい!」

 ひょいっと戸田さんの後ろから顔を覗かせたのが樹理亜だった。この日、戸田さんが司会をすることを聞いて応援しにきた、ということだった。樹理亜は渋谷のファンなのだそうだ。


「きゃー! 慶先生ー!」

 待ち合わせ時間ピッタリに、渋谷と桜井が連れ立ってやってきた。あいかわらずのキラキライケメン渋谷と、背高めの桜井のコンビはかなり目立つ。

 樹理亜が奇声と共に跳ねるように渋谷のところに行き、さっきオレと戸田さんにしたように腕を組もうとしたところ、

「…………」
 無言で桜井がその間に割って入り、樹理亜をシッシッと追い払う仕草をした。
 さ、桜井、子供相手に大人げない……。

「ちょっと浩介先生! ひどい!」
「ひどくない。慶に気やすく触らないで」
「なによー浩介先生には関係ないでしょー」
「関係あるよ。未来永劫、慶はおれのものだからね。おれの許可なく触れないの」
「じゃ、許可ちょうだい!」
「やだ」
「ケチ!」

 わあわあケンカをはじめた二人……。渋谷は慣れっこのようで、二人の様子には気にも止めずに、戸田さんとオレに手をあげると、

「お待たせしました。行きましょうか」
「………おお」
「はい」

 戸田さんも苦笑している。歩き出したおれ達に気がついて、桜井と樹理亜も慌てて着いてきたけれど、引き続き渋谷の横を争って揉めている。

(なんか………楽しそうだな)

 桜井のあんな様子はじめてみた。いつも桜井は大人しく隅っこの方で微笑んでいる印象があるので、ちょっとびっくりだ。


 店に着いても、二人は終始そんな感じだったけれども、唯一、写真を見せてもらった時だけ違った。
 写真というのは、ちょうど音楽祭の日に、渋谷と桜井がフォトウェディングというのをしたらしく………

「わあ……すごいー綺麗ー」

 ため息をついた樹理亜の横で、オレも思わずため息をついてしまった。

 見せてくれたのは、渋谷と桜井とその両親の計6人で撮られた写真。

 中央で椅子に座っている和服姿の母親達。その後ろに寄り添うように立っている白いタキシードの渋谷とグレーのタキシードの桜井。その隣にモーニングを着たそれぞれの父親……。
 桜井の父親が若干固い表情なものの、幸せそうな雰囲気の伝わってくる……胸にぐっとくる写真だ。

「おめでとうございます」

 にっこりとして言った戸田さんに、渋谷と桜井が深々と頭を下げている。詳しくは知らないけれど、この写真を撮るまでには波瀾万丈あったらしい……

「他にないのー?」
「ない」

 渋谷がバッサリと言った横で、桜井がニコニコと、

「ホントはすごいのがあるんだけど、慶が恥ずかしいから見せたくないって言ってー」
「浩介、余計なこと言うな」
「えー見たーい!」
「見せたーい!」
「絶対ダメだからなっ」
「えー……」

 幸せそうな二人と幸せそうな写真を見ていて、やっぱり結婚っていいのかもなあ……と思ってしまう。
 オレの母にも、二人の母親のように幸せそうに笑ってほしい……


 その後、酒の回った桜井が、樹理亜に自慢するためにスマホに落としてあった他の写真を見せはじめ、それに気がついた渋谷にボコられて、その様子がおかしくて、戸田さんと二人でゲラゲラ笑ってしまった。なかなか楽しい飲み会だった。



---------------

お読みくださりありがとうございました!
「あいじょうのかたち」最終回から約2週間後のお話でした。

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風のゆくえには~たずさえて6(菜美子視点)

2016年07月16日 07時21分00秒 | 風のゆくえには~たずさえて


2015年10月9日(金)



(失敗したなあ……)

 今朝から何度目かのため息をつく。

『これが私の愛の形です。彼女や奥さんとしてそばにいられなくても、仕事上のパートナーとしてそばにいられればいい』

 昨日の夜、酔っていたとはいえ、同僚の渋谷先生とその恋人であり私の患者でもある桜井氏に、こんな臭いセリフを吐いてしまった。
 ヒロ兄への思いは誰にも言わない、と心に決めていたのに……

 だいたいあの二人が目の毒なんだ。
 同性という壁、両親との確執、その他諸々すべて受け止めて、揺るぎない愛を貫く二人……

(羨ましい……)

 そう思わない人がいるだろうか? 
 だからこそ、張り合うように、ヒロ兄への思いをぶちまけてしまった気がする……


 そして間の悪いことに、今日これから、山崎さんに会うことになっている。

 山崎さんは渋谷先生達の同級生で、合コンで知りあっただけの間柄なんだけれども、おそらく、私のヒロ兄への思いに気が付いている。観察力のある人なので、用心しなくてはならない。

(ああ、気が重い……)

 でも今日は、結婚祝いの会。全然行く気しないのだけれども、行かなくては僻んでいると思われそうで、それはそれで腹が立つから我慢して行くお祝いの会。

 今から2か月前、山崎さんと溝部さんと私と私の友人明日香、それプラス4人の合計8人でバーベキューに行ったのだが、そこで知り合った溝部さんの同僚と、私と明日香の中学時代からの友人が、結婚を前提に交際をはじめたそうなのだ。

 出会って二週間後に付き合いはじめて、今はもう式場の見学までしているらしい。

『ちょっと展開早すぎじゃないー?』

 と、明日香は言っていたけれど、そんなことは全然ない。結婚は勢いとタイミングだ。長く付き合って結婚すればいい、というものでもない。短いからこその利点もたくさんある。押さえるべきポイントの相性さえ良ければ、結婚までの期間は問題ではない。……と、結婚していない私が言うのも何だけど、これは心療内科医として様々な夫婦と接した上で出した結論だ。

(でも、まだ結婚の日にちも決まってないのに、お祝いの会するっていうのはどうなのよ、溝部さん……)

 溝部さんが、バーベキューにいった8人でのお祝い会を企画したのだ。
 まあ、溝部さんはそれを餌に集まりたいだけなのだろう。おそらく溝部さんの狙いは明日香。明日香もまんざらでもなさそうなので、上手くいってほしい。

(いってくれないと困る……)

 溝部さん……少し、ヒロ兄と似ているところがあるのだ。バーベキューの時も、思わず重ねてしまった瞬間が何度かあり、目で追いたくなるのを自制していた。今まで何人の男と『ヒロ兄に似ている』という理由で付き合って、速攻で別れることになったか……。いい加減、学習しなくてはならない。


 なんてブツブツ思いながら、待ち合せ時間までの暇潰しに寄った本屋で、

「……あ」
「あ」

 バッタリと山崎さんに会ってしまった……
 あとちょっとタイミングがずれていたら、気が付かないフリができたのに、こうもバッチリ目が合ってしまったら無視もできない……

「……少し早く着いてしまって」
「私もです」

 苦笑気味に山崎さんはうなずくと、持っていた本……『日本の名勝百選』を棚にしまった。

「ご旅行のご予定でも?」
「いえ。写真を見て、行った『つもり』になっていたところです」
「…………」

 本屋で行った『つもり』………。面白いな。

「あ、そういえば山崎さんって鉄道研究部だったっておっしゃってましたよね」
「ええ、まあ……」
「電車でご旅行、よくされるんですか?」
「そう………ですね」

 何だか話しにくそうなのは何故なんだろう。そういえば、バーベキューの時もヒロ兄の話題を避けるために、ギクシャクしちゃったんだよな……。

(まさか……)

 今、ヒロ兄のこと、聞こうとしてないよね……?
 まさかとは思うけれど、用心のため余計なことを言われる前に矢継ぎ早に話を続ける。

「先日テレビで鉄道ファンの特集みたんですけど」
「はい」
「撮り鉄、とか、乗り鉄、とか、色々あるんですよね? 山崎さんは何ですか?」
「…………」

 山崎さん、なぜか3秒ほど無言で私を見つめたあと、「あ」と我に返り、しどろもどろに答えはじめた。

「……えーと、あえて言うなら、乗り鉄………あ、でも、小中学校時代は、時刻表中心でした」
「時刻表?」
「時刻表を見ながら、旅行に行ったつもりになるんです。ここで乗り換えて、お昼はここの駅弁買って……とか」
「架空旅行……」
「はい」

 照れたように山崎さんがうなずいた。何だか可愛らしい。

「架空なんだから、贅沢してもいいのに、特急料金がもったいなくて、ひたすら普通列車を乗り継いだりして……」

 少し笑ってから、山崎さんはふっと視線を遠くにやった。

「そうやって電車を乗り継いでいくと、いくらでも遠くに行けるんですよ」
「遠く?」
「ええ。自分の知らない場所………知っている人のいない場所」
「…………」

 切ない色の瞳。以前、渋谷先生と桜井氏のことを『24年も同じ気持ちでいられるなんて奇跡』と言った時と同じ色の瞳だ……

 でも、小さく息をつき、こちらを向いた時には、また元の淡々とした様子に戻っていた。

「それが楽しくて、自己紹介の愛読書の欄に時刻表って書くくらい時刻表読むの好きでした」
「…………」

(知っている人のいない場所……)

 『自分の知らない場所』は、いい。でも、『知っている人のいない場所』は……。小学生、中学生の時に、そんなことを思うなんて……

(……あ、しまった)

 うっかり心の奥を覗いてしまった。はじめて会った時にも探ろうとしてしまった奥深さはこれだったのか……

(まずいな……)

 こうなると、職業病的に気になってしまうのだ。合コン相手を観察対象にするのは本意ではない。しかも山崎さんは、数分間の視線だけで、私のヒロ兄への想いを見破った人。一筋縄ではいかない気がする。

「ああ、すみません、もう時間ですよね? 行きますか?」
「あ……はい」

 山崎さんの後ろを歩きながら、大きく息を吐き、気持ちを落ち着かせる。思いの外、動揺している私。

 でも、そう思いながらも、一度入ってしまったスイッチはなかなか切れない。

(……山崎卓也、41歳。区役所勤務。母親と二人暮らし。10歳年下の弟は、昨年結婚……)

 この人……見た目通りの人ではない。平平凡凡な容姿の下に暗い影の部分がある。細いロープの上を歩いているような危うさ……

(よく今まで壊れなかったな……)

 壊れずにいられたのは、何か大きな心の支えがあるからなのだろう……と、分析をはじめたところで、

「戸田さん?」
「あ、はい。はいはい」

 きょとん、とした山崎さんに声をかけられ、慌てて追い付く。

(まあ、今後もそんなに会うわけでもないし……)

 今日のこの時間くらい観察してもいいだろう。どうせ今日の集まりには、お目当ての人がいる訳でもない。ヒロ兄似の溝部さんに目がいかないようにするためにも、ちょうど良いかもしれない。

「弟さんご結婚されてるっておっしゃってましたけど、今、どこにお住まいなんですか?」

 観察対象として情報収集されているとも知らず、山崎さんが真面目に答えてくれる。

「ああ、近所なんです。歩いて20分くらい………あ、渋谷の実家の近くなんですよ」
「え、山崎さんと渋谷先生ってそんな近所にお住まいだったんですか?」
「ええ。でも、学区が違うので、小中は違ったんですけどね」
「あ、そうなんですね……、え?」

 いきなり立ち止まられて、今度はこちらがきょとんとしてしまう。
 再び無言でこちらを見つめてくる山崎さん……さっきといい、なんなんだ?

「あの……?」
「あ………すみません」

 ふっと山崎さんが笑った。

「戸田さん、すごく聞き取りやすくて良い声してますよね」
「…………は?」

 何の話?

「いや………すごく良いな、と思って……」
「………………」

 なんだそれは。

 人の頭の中身をハテナでいっぱいにしてから、山崎さんは再び歩きはじめてしまった。

「…………」

 なんだか………ホントに……よくわからない人だ………


 


---------------

お読みくださりありがとうございました!

「あいじょうのかたち39」の翌日の話になります。
この「あいじょうのかたち39」で、慶と浩介と菜美子の3人で「愛の形」について話しをするシーンがありまして……
今、自分で読み返してみたら、慶と浩介がリア充過ぎてツラくなってきました。山崎頑張ろう!^^;

ちなみに、山崎君の上記発言、声フェチ…………ではありません。
現在、音楽祭の司会選考をしている最中のため、ついつい声に注目してしまっただけなのでした。
そんな感じで次回もどうぞよろしくお願いいたします!!

そしてそして。クリックしてくださった方、見に来てくださった方、本当に本当にありがとうございます!
有り難すぎて、、、画面に向かって拝んでおります。
よろしければ、また次回も宜しくお願いいたします!

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風のゆくえには~たずさえて5(山崎視点)

2016年07月14日 07時21分00秒 | 風のゆくえには~たずさえて


2015年9月15日(火)


 仕事帰り、駅前のスーパーに行ったら、バッタリと高校の同級生の渋谷慶に出くわした。
 あいかわらずの超イケメン。スーパーの背景が似合わなくて浮いている。通り過ぎる人が、ぎょっとしたように振り返る気持ちがよく分かる……。

「おー、山崎! いいところで会った。米売場ってどこか知ってるかー?」

 中性的で神秘的な外見を裏切る言葉遣いと人懐っこさもあいかわらず。

「渋谷、里帰り?」

 売場を移動しながら訊ねる。オレのうちと渋谷の実家は最寄り駅が同じなのだ。学区が違うから小中学校は違ったので、高校で同じクラスになってから気がついた。

「里帰りって、なんだそりゃ」
「いやもう、結婚してるみたいなもんじゃん、二人」
「あーまー、そうか」

 渋谷が嬉しそうに頬をかいた。こういう単純なところ、昔から変わってないな……。

 渋谷は同級生の桜井浩介と都内で二人暮らしをしている。同性なので結婚はできない。でも、そんなことは関係ないくらい、二人は長年連れ添った夫婦(夫夫?)のように仲が良い。
 おかしなもので、二人は結婚していないのに、二人を見ていたら「結婚もいいかもな」なんて思ってしまう瞬間がある。……まあ、予定はまったくないんだけど。

「お、米あった! サンキュー」
「いや。何? 実家持ってくの?」
「そうそう」

 渋谷はうーん……と米を選びながら、言葉を続けた。

「浩介のお父さんが怪我して入院してなー」
「え?」

 怪我?

「退院したんだけど、定期的に病院行かないといけなくてさ。今日おれ休みだから車で送迎したんだよ」
「え」
「で、せっかくこっちまで来たから、実家にも顔出そうと思って連絡したら、米買ってきてって言われて………、んー、どっちがいいかな……」
「…………」

 桜井のお父さんの送迎を、渋谷が? それって………

「すごいな」
「あ?」

 しゃがみこんで米袋を見比べていた渋谷がこちらを見上げた。

「何が?」
「相手の両親の世話なんてなかなかできないだろ」
「え? 何で?」
「何でって………」


 ふっとよみがえる10年ほど前の記憶……

『卓也はお母さんと私、どっちが大事なの?』
『今後一切、お母さんと関わらないって約束するなら結婚してあげる』

 当時、オレには一つ年上の彼女がいた。
 結婚してほしいと言ったことは一度もないのだけれど、年齢のせいか、周囲から結婚するものだと決めつけられ、そのまま流されるように結婚話を進められていた。

 そんな中での、オレの母を拒絶する彼女の言葉………

 彼女がどうしてそこまで母を嫌ったのかはまったく分からない。何しろ、一度だけ、ほんの10分会っただけなのだ。母もオレと同じでごくごく大人しい人間だし、何か彼女を怒らせるようなことを言った覚えもない。

 おそらく、母に彼女のセリフを聞かせたら、母はオレと縁を切ってもかまわないと言ってくれただろう。
 でも、女手一つで息子二人を育ててくれた母を蔑ろにするなんて、できるわけがない。

 結局、オレは彼女と別れた。

 そして………
 彼女と別れて心底ホッとした自分に気がついた。やはりオレは、結婚なんてしたくなかったのだ。

 よほどの奇跡の愛でない限り、愛には終わりがある。それなのに、結婚という契約に縛りつけられ、一生を共にする。もしくは、オレの両親のように結局別々の道を歩く選択をする。どちらを選んでも、傷つくだけだ。それを乗り越えられると思えるほどには、オレは彼女を愛していなかった。

 彼女とは同じ職場だったのでかなり気まずかったけれど、一年経たないうちに彼女は他の男と結婚するため寿退職した。言葉は悪いが、助かった、と思った。

 それから10年……
 
 薄情だけれども、今まで彼女のことを思い出すことはほとんどなかった。それなのに最近になって、時々脳裏に影がちらつくようになってしまった。

 それどころか、二十代前半に付き合っていた二つ下の彼女のことも、ふいに思い出すことがある。
 その彼女とも、「弟が大学を卒業するまでは結婚できない」と言ったことをきっかけにギクシャクしてしまい、結局別れたのだ。結婚の2文字はオレにとって鬼門でしかない。

 にもかかわらず、最近、結婚について考えてしまうのは、確実に渋谷と桜井のせいだ。昔の彼女たちのことを思い出すのもこいつらのせいだ。

 思わずため息をついてから、渋谷を見下ろす。
 
「昔付き合ってた彼女が、オレの親と関わり持つの嫌がってたし、そういう話よく聞くからさ」
「ふーん?」

 渋谷は軽々と米袋を持って立ち上がると、首をかしげた。

「意味わかんねえな? 彼氏の親なのに?」
「あー……だな」
「ホント、女は意味わかんねー。その点、男はいいぞ? 考えてることだいたい分かるからな」

 おどけたように言う渋谷に笑ってしまう。

「男同士だって渋谷達みたいに続くのは奇跡だと思うよ」
「奇跡、な」

 ふっと渋谷が笑った。

「『好きな人に好きって思ってもらえるのって奇跡みたいなこと』」
「………え」

 聞き覚えのありすぎるセリフ。オレが高校生のときに言った言葉、渋谷、覚えてたのか。

「お前、自分で言ったの、覚えてるか?」
「……ああ」

 あの頃……小学校一年生の弟に、両親の離婚の理由を聞かれ、そう答えたのだ。
 弟は誰に聞いたのか、両親の離婚が自分が生まれてすぐのことだったと知り、「ボクが生まれたせいなの?」と言ってきた。だから、そうではない、と全力で否定した上で、

「お父さんはお母さんのことを好きじゃなくなったから出て行ったんだよ。好きな人に好きって思ってもらえるのって奇跡なんだよ。奇跡っていうのはなかなか起きないんだよ」

と、答えた。それで弟が納得したのかは分からないが、自分のせいという勘違いだけは解くことができたようだった。

 その弟も昨年結婚した。授かり婚だったので、母や相手のご両親には相当絞られたけれども、それでも、子供をキッカケに結婚に踏み切れたのだから、それはそれで良かったのかもしれない。弟には幸せになってほしい。結婚が幸せの終着点かどうかは甚だ疑問ではあるけれど……


「奇跡みたいなことって、おれも……おれ達も、そう思ってるよ」

 すっと、渋谷は目を伏せ、抱えている米袋をぎゅっと抱きしめた。まるでそれが桜井であるかのように。

「でも、奇跡は起こるし、奇跡は続く」
「………」

「奇跡は起こせるし、奇跡は続けられる」
「………」

「……なんてな」

 渋谷はちょっと照れたように笑うと、

「じゃーサンキューなー。助かったー。また遊びにこいよ?」

と、そそくさとすぐ近くのレジに並びにいってしまった。

 その後ろ姿を見ていて思う。おそらく二人は、オレの知らない色々な苦悩や困難を乗り越えてきたのだろう。それでも一緒にいることを選んだ二人……

 渋谷の愛に満ちた瞳に、ふっと先月見た瞳が重なる。

(………同じだな)

 合コンで知りあった戸田さん。
 戸田さんは先日、駅まで送ってきてくれた男性のことを、今の渋谷みたいな瞳で見送っていた。桜井が渋谷を見る瞳、と思ったけれど、逆も同じだ。今の渋谷も桜井を思って同じ瞳をしていた。

 戸田さんとは、なんとなく気まずくて、それから必要事項以外話さなかった。………余計なことを言ってしまった。おそらく、不倫、とか、そういう人には言えない関係なのだろう。

(まあ、いいんだけど)

 オレには関係のないことだ。

(でも………ちょっと羨ましい)

 障害を乗り越えてでも愛を貫こうとする相手に出会えた戸田さんが。渋谷が、桜井が。オレは今まで、そんな相手に出会ったことがない。





---------------

お読みくださりありがとうございました!

慶が出てくるとやっぱり画面が華やぐ……
この頃ちょうど、浩介が両親との長年の確執を乗り越えはじめた頃でして、慶の言う「奇跡」は、もちろん自分達のことでもありますが、浩介と浩介の両親とのことも指していたのでした。

こんな真面目な話、誰得? いいの。私が読みたいからいいの。とブツブツ言っている毎日です。
そんな中、クリックしてくださった方、見に来てくださった方、本当に本当にありがとうございます! 背中押していただいてます。
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