【浩介視点】
4月28日は慶の誕生日だ。翌日が祝日なので、夜ゆっくりできるのが有り難い。
今年は久しぶりに外食を……と提案してみたけれど、「何時に帰れるか分からない」というので、外食は翌日に回すことにして。
当日夜は、慶のリクエストに応えて、ハヤシライスのオムライスにした。卵を大量に使った贅沢オムライスだ。
「おー!これこれ!」
これが食べたかったんだよ〜と嬉しそうに言う慶の言葉に、幸せと懐かしさで体中が満たされてくる。
『すげー!これが家で食えるなんて!』
今から四半世紀前。初めてこのオムライスを食卓に並べた時も、慶はそう言って喜んでくれた。
一人暮らしを始めた当初、おれは料理の手際も悪く、本当に簡単なことしかできなかった。就職したてで忙しく、改善策を考える余裕もなかったのだ。
対して慶は、子どもの頃から、仕事をしているお母さんの代わりにお姉さんと一緒に台所に立っていた経験もあり、高校生の時からお昼ご飯を自分で作っていたりしたので、手際よく、ご飯を作れた。
『焼きそば、カレー、野菜炒め、シチュー、の繰り返しだけどな』
と、慶は笑っていたけれど、それで充分だ。見習わないと、と思いながらも、なかなかできず、遊びに来た慶が、さっさとご飯を作ってくれる日々が続いていた。
そんな中で迎えた、おれが就職一年目の慶の誕生日は、慶が「前から気になってた」という、老舗の洋食屋に行った。そこで食べたのが絶品のハヤシライスのオムライス。
『こんな卵トロトロ、家じゃ作れねえよな〜』
と、慶は言ったけれど……おれは何度も食べたことがあった。母が作る料理のレパートリーに入っていたからだ。
(作り方、聞いてみる……?)
一瞬頭をよぎった考えを、いやいやいやいや!と速攻で打ち消す。
あの人に何かを習うなんて、一瞬でも嫌だ。絶対に嫌だ。
(でも……)
慶の嬉しそうな顔……。きっと、これを家で作ったら喜んでくれるんだろうな……。
…………。
…………。
聞きに行くことは絶対に嫌だからしないけれど……
(あの箱を……開けてみるか)
引っ越しをするときに、母に無理やり渡された箱があった。確かその中に料理の本が何冊か入っていたはず……
その夜、(慶のため、慶のため……)と自分を励まして、押し入れの奥から箱を引っ張りだした。期待通り、そこにはトロトロ卵のオムライスの作り方が掲載された料理本もあり………
「ホント、お前、料理上手だよな〜」
「え」
慶の明るい声に現実に引き戻された。
「おれの方が上手かったのに、あっという間に抜かされたもんな」
「そんなこと……」
ある、のかもしれない。それは、母が持たせてくれた数冊の料理本のおかげだということを、今なら正直に認められる。当時は認めたくなくて、一通り出来るようになったあとに、再び押し入れの奥にしまい込み、そして、日本を離れる際にすべて処分してしまった。
(あのとき読んだ本に助けられたのは事実だもんな……)
たぶん、母が厳選して選んでくれただろう料理本と家事の基礎が書かれた本の数々。おれの今の家事力の基礎を作り上げたのは、その本達だということに今更ながら気がつく。
(かなわないなあ……)
一人暮らしをすることが決まった後、料理を教えてくれようとした母の申し出を、忙しいから、と頑なに拒否したおれに対して、それならば、と本を持たせてくれた母。
そして……
「ほんっと旨い!」
「…………」
昔と変わらず、おれの料理を絶賛してくれる慶の笑顔。この顔が見たくて、料理を覚えたということも紛れもない事実だ。慶がいなかったら、ここまで料理に凝ることもなかっただろう。
「…………慶」
「ん?」
こちらを見上げた湖みたいな瞳。昔と変わらない柔らかい頬にそっと触れる。
「…………ご飯食べ終わったら、ケーキ食べようね?」
「おー」
昔と変わらない、おれを導いてくれる光。
この光があったら、どこまででも歩いていける。
「お誕生日、おめでとう」
慶がこの世に生まれてくれたこと、出会えたことに心から感謝をする。
そしてこれからも一緒に歩いていくことを心に誓う。
そんないつもの誕生日が過ぎていく。
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お読みくださりありがとうございました!
本当は誕生日翌日にあげたかったけれど一週間遅れ。しかも昨晩ちょっと書いて、残りは今朝6時半に起きて書いたので、読み返す間もなく、いつもにも増して低クオリティ。でももうこれ以上遅れたくない!ということで無理やり……
いつか書きたかった、「一人暮らしするってなったときに、浩介ママは料理とか教えてくれなかったの?」の話。
って、あ、もう20分になる!
とりあえず上げます。
こんなお話なのに、読んでくださった方、本当にありがとうございます!!
ランキングクリニックしてくださった方!いつも励ましていただいてます。本当にありがとうございます!