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風のゆくえには~ あいじょうのかたち25(樹理亜視点)

2015年09月30日 09時44分25秒 | BL小説・風のゆくえには~ 愛情のかたち

 渋谷慶先生は、すごく綺麗な顔をしている。中性的で天使みたいな男の人だ。
 いつもは穏やかで優しいけど、怒るとこわい。ものすごくこわい。今日はそのことを再認識した。
 そして、恋人の桜井浩介先生のことをすごーく愛してるんだなあということも再認識した。

**

 毎週土曜日の午後一は、心療内科クリニックに行っている。
 いつも通り、クリニックの帰りに買い物をしてからマンションに戻ろうとした途中で、携帯に着信があったことに気がついた。

 確認して驚く。ものすごい着信数だ。相手は全部、慶先生。

「何……うわわっ」

 見てるそばから鳴りだしたので、驚いて取ると、

「目黒さん、いまどこにいる?」

 慶先生の切迫した声。

「マンションの入り口……え?」

 走ってくる音がして振り返ると、慶先生がすごい勢いでこちらに向かって走ってきていた。イケメンは何をやってもイケメンだ。かっこいいなあ……なんて呑気なことを思ったけれど、慶先生はそれどころじゃなかったらしい。怖い顔をしたまま、

「家入れて」
「えええ」

 力強く腕を掴まれ、引きづられるようにしてエレベーターに乗せられる。

「ど、どうしたの?」
「…………」

 あたしの質問には答えず、ギリギリと歯ぎしりをしている慶先生……。

 頭の中、ハテナだらけのまま、急いで鍵を開ける。

 慶先生は玄関を開けるとすぐに、ズカズカと中に入っていってしまった。猫のミミがビックリしたようにこちらに向かって走ってくる。

「ただいまミミー、慶先生……」

 言いかけたのと同時に、リビングからララの悲鳴が聞こえてきた。

「ララ?!」
 ビックリしてミミを抱き上げようとして気がつく。男物の靴が、もう一足……誰だろう。

 おそるおそるリビングをのぞき……

「????」

 ますます頭の中が?だらけになった。

 下着姿で突っ立っているララ。あいかわらずのガリガリが痛々しい。
 そして、ソファーで寝ている浩介先生……は、半裸状態。
 慶先生はそんな浩介先生の脈をとり、おでこに手を当てたりしている……。


「あのー……」
 
 これはどういう状況で……

「………なんなの、これは」
「!」

 あいかわらずの忍び足の陶子さんが、いつのまにあたしの後ろに立ってつぶやいたので、ビックリして振り返る。

 なんなのって、あたしが聞きたい。


「ララ、答えなさい。いったいどういうことなの」
「どういうことって……」

 ララが乾いた笑みを浮かべている。

「陶子さんが言ったんじゃないの。好きな人とエッチしなさいって。だからしてただけだよ」
「え?! ララ、浩介先生としたの?!」

 うそ! 浩介先生、浮気?!

 浩介先生、良く寝てる……こんだけまわりで話しても起きないってどんだけ図太いんだ。

「ララ、そんなウソは……」
「ウソじゃないもん」
「何を飲ませた?」
「!」

 慶先生が浩介先生の脱げていたシャツのボタンを閉め終わると、すっと立ち上がった。
 無表情にララを見下ろしている。イケメンの真顔……こわい。

 そして無表情のまま、何か薬の名前を羅列しはじめた。一つの名前の時にララが眉を寄せたのをみると、

「どのくらい飲ませた?」
「飲ませてないよっ」

 ギッと慶先生をにらむララ。

「浩介先生は疲れて寝てるだけ。だって、何回もしたんだもん!」

 げ。マジか。

 うわ~~とミミの頭をなでながら、これからはじまる修羅場に備えてそおっと退避する。

 ララが得意げに顎をあげて言葉を続けた。

「もう、浩介先生ったら激しくて~こんなに優しそうなのに、エッチの時になると……」
「どのくらいの量を飲ませたかって聞いてんだよ!」
「!」

 突然の慶先生の怒声に、私もララもビクッと跳ね上がってしまった。でも、ララは負けじと睨み返した。

「だから何も飲ませてないし。私が浩介先生とやったのが悔しくて認めたくないからってそんな……」
「んなホラ話、どうでもいい。質問に答えろ。量は? 何時に飲ませた?」
「だからっ」

 ララがヒステリックに叫ぶ。

「何も飲ませてないっただエッチしただけっそれだけ……っ」
「陶子さんっ」

 パチンっとララのほっぺが陶子さんに叩かれた。それからバスロープをバサッとかけられる。呆然としているララ……。

「ん………」
 このタイミングでようやく浩介先生が身じろぎをした。慶先生がはっとしたようにしゃがみ込み、浩介先生の頬に手をあて、覗き込む。

「浩介?」
「慶……」
 
 うっすらと瞳をあけた浩介先生。慶先生を認めるとふわっと笑い、両手を伸ばして慶先生を胸に引き寄せて……

「慶……大好き」

 つぶやくと、また、くかーと寝てしまった……。なんて幸せそうな寝顔……。

 こんな状況なのに、ホッコリしてしまう。ララはますます呆然としている。


 慶先生がそっと浩介先生の腕から抜け出てきて、ララを睨みつけた。

「1時くらいってとこか?」
「……だから、薬なんて飲ませてないっ。激しくしすぎて寝てるだけで……」
「激しく? 激しく何をしたんだ?」

 慶先生の体から怒りのオーラが立ち上っているのが見える……

「そんなの決まってるじゃない。セック……」
「こいつ勃った?」
「え?」

 ララもあたしも耳を疑った。何を言い出すの先生。

「何を……」
「勃たなかっただろ? 勃つわけねーよな」
「そんなこと……っ」

 ララがカッとなったように言い返す。

「どういう意味? 私が相手だとできないとでもいいたいわけ?」
「それもあるけど」

 慶先生、無表情のまま、とんでもないこと言いきった。

「こいつ、昨日倒れるまでやって、今朝も無理矢理抜いたから、まだ勃つわけねーんだよ。10代20代のころならまだしも、今はもう、んな元気ねーよ」
「……………」

 …………。
 先生たち、一体どういう性生活送ってるんですか……

「で、1時ごろか? 量は?1錠?」
「…………ララ」

 うつむいてしまったララを、陶子さんが促すと、

「そうだよ!」
 ララは叫んで自分の部屋に駆け込んでいってしまった……。

 シーンとした中で、ミミがようやく「みゃー」と鳴いた。空気を読める猫・ミミ。今まで鳴くのを我慢していたらしい。


「……ごめんなさいね」

 陶子さんが青ざめた顔で慶先生に頭をさげている。

「……あの、2つお願いがあります」

 慶先生、真面目な顔で陶子さんを振り返った。

「まず、こいつのこと、もうしばらくこのまま寝かせてもらいたいのと……」
「それはもちろん」
「あと、たぶん、彼女の携帯でも写真を撮られてると思うんです。データを削除してもらえますか」
「………なんてこと」

 陶子さんが力が抜けたようにその場にしゃがみこんだ。

「どうすればあの子………」
「陶子さん……?」

 今まで見たことのない弱々しい陶子さんの姿……。 一体全体、陶子さんとララってどんな関係なんだろう?


 その後、陶子さんは店の準備に行ってしまった。いつもはあたしも行くんだけれど、ララを見張っておいてほしいと頼まれたので、浩介先生が起きるまでは慶先生とお茶することになった。ちょっとラッキー。

「目黒さん、お願いがあるんだけど」
「なになに?」

 慶先生の憂いを帯びた目にキュンキュンなる。
 ワクワクしながら、そのお願いとやらを待っていたら、浩介先生の携帯電話を差し出された。

「写真のデータ確認してもらえるかな? もし写ってたら……」
「オッケー消す消す」

 データを呼び出してみたら、10枚ほどララが自撮りしたと思われる写真があった。裸の浩介先生がララにのしかかっている写真なんて、よく見れば不自然なんだけど、パッと見はドキッとしてしまう。浩介先生の腕枕にいるララの写真は、事後に見えなくもない。うーん。とても浩介先生にも慶先生にも見せられない……。

「削除、削除、削除……はい、終了。……と?」

 削除し終わって、浩介先生が撮ったらしい最新の写真が出てきたんだけど……

「うわーかわいい!」

 あまりの可愛さに悲鳴をあげてしまった。
 そこに写っていたのは、慶先生の寝顔。浩介先生の左手をギュッと握り占めて、口元に抱え込んでいる、無防備な寝顔。かわいすぎる!

「え? なに? ……げっ」
 覗き込んだ慶先生が、げっと声をあげる。

「なんだこれ。いつ撮ったんだよ……」
「んー、今朝の3時25分だって」
「………」

 頭を抱え込んだ慶先生。
 いいのかな、と思いながら、見ていって………笑ってしまった。

「なんか、すっごいいっぱいあるよ。慶先生の寝顔の写真」
「………あほだな」

 慶先生、顔、真っ赤。

「先生、愛されてるねえ」
「………」

 慶先生、頭をかきながら、寝ている浩介先生をちらっと見た。その視線の柔らかくて愛おしそうなこと!

「愛してるんだねえ……」

 かなわないなあ、と思う。
 早く私も、2人みたいに愛しあえる人と出会いたいなあ……


-------------

以上です。
お読みくださりありがとうございました!
浩介さん、隙ありすぎです。でも引きこもりの女の子に、カレー作ったの。どうしても食べにきて。樹理もいるから。って言われたら、行かないわけにはいかないでしょー。

そんな感じで。次は浩介視点。
次回もよろしければ、よろしくお願いいたします!

---

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風のゆくえには~ あいじょうのかたち24(慶視点)

2015年09月28日 22時30分49秒 | BL小説・風のゆくえには~ 愛情のかたち

 スポーツジムの帰り道、上弦の月を見上げながら、高校時代のことを思い出していた。

 高1の秋から一年以上、おれは浩介に片想いをしていた。あの時はどんな形であってもいいから、とにかく浩介と一緒にいたいと思っていた。

 当時のおれが今のおれをみたら何て言うだろう。きっと「ぜいたくだ!」と怒りだすだろうな。

 ずっと好きだった浩介から、こんなにも愛されて、求められて、一緒に暮らせているというのに、他のことで頭を悩ませているなんて。

 もっとシンプルに考えよう。おれの願いはなんだ? それは浩介と共に生きること。それ以外何もいらない。
 だったらもう、他のことはどうでもいいじゃないか。

 ………。

 とは言っても……。

 医師の仕事をまっとうしたいし、おれのせいで人に迷惑をかけるのは嫌だし………。
 
 でも、浩介と一緒にいることは譲れない。

 やっぱりぜいたくなんだろうな。


***


『性的指向と医師としての腕は関係ない。二度とそんな話をするな。馬鹿馬鹿しい』

 外科の外村先生がそうガツンと怒ってくれたそうで、病院内での表立っての批判めいた声は落ちついた。看護師軍団は、西田さんの誘導のおかげか、わりと好意的な対応をしてくれているので、仕事自体に支障がでることはない。

 ただ、患者さんの中で噂は流れはじめていて……

 正面切って、幼稚園生の女の子に「男なのに男を好きなんて変だから直したほうがいいよ」と言われた時には、さすがに凹んだ。その子のママは、あわてて娘の口をふさいで愛想笑いしてくれたけど……みんなそういうこと言ってるんだろうなあ……。

 これで患者さんの数が減っていったら……病院自体に変な噂をたてられたら……考えだしたらキリがない。

 病院で平気なフリを演じている反動で、一度病院を出るとドッと疲れが押し寄せてくる。

 家に帰れば浩介がいてくれて、心配してくれていることも、愛してくれていることも分かっているのに、不安になる。いや、不安というか……もっとちゃんと見てほしい、と思ってしまう。もっと愛してほしいと思ってしまう。

 今、浩介と一緒にいるために、おれはこれだけ大変な思いをしているんだから、その分を埋めるくらいちゃんと愛してほしい……なんて、ヒドイことを思ってしまう。

 こんなあさましい自分は嫌だと思うのだけれど、我慢できない。でも、そんなことを言って、浩介に嫌われたくない、なんて今さらなことを思って、ドツボにはまっていく……。


 でも、カミングアウトして約10日後。

 その抑えきれなくなった思いの一端を浩介にぶちまげて、いつもよりも激しく体を重ねたら……なんか吹っ切れた。

 もう、なるようになれ、だ。
 おれは別に悪いことは何もしていない。堂々としていればいいんだ。

 今さらだけど、そんなことを思った。


**


 そう吹っ切れた翌日、土曜日のこと。


「やっぱり、渋谷先生じゃないとダメだわー」

 本日最後の患者さん。小学校一年生の男の子と幼稚園の年中の女の子のママである藤木さんが明るく言ってくれた。大柄で迫力のあるママなんだけれども、子供も負けず劣らず大柄で腕白。毎回「先生聞いてよー」と愚痴からはじまるママなのだ。

 今回は、風邪治りかけの二人を連れてきた。
 なんでも、火曜日の朝に二人一緒に熱がでてしまい、火曜日はおれが休みでいないため、駅前のクリニックに行ったそうなのだ。でも、そこでは二人が代わる代わるにギャンギャン騒いだせいでロクな診察もできなかったそうで……

「渋谷先生は怒るときはビシッと怒ってくれるから、うちの子たちも大人しーく診察うけてくれるんだよね。やっぱ男の先生ってのはそういうところがいいよね」

 二カッと笑う藤木さん。そして、ケロッと言い放った。

「そのくせ、女みたいな気遣いができるってーのは、やっぱりゲイだからなの?」
「……っ」

 ブッと思いっきり吹き出してしまった。ここまではっきりと保護者の方から言われたのは初めてでビックリした。後ろに控えていた看護師の谷口さんも「えっ」と驚きの声をあげる。

「あれ、看護師さん、知らんかった? 渋谷先生ってゲイなんだよ。ねえ? 先生」
「は……はい」

 思わず肯く。藤木兄妹は「ゲイってなんずら?」「芸能人ってことずらよ」と、流行っているアニメの方言を使ってボソボソ言い合っている。

 藤木さんに声をひそめて聞いてみる。

「あの……その話、どこから……」
「みんな言ってるよ?」

 引き続き、ケロリとしていう藤木さん。みんなというのはどこまでのみんななんだろう……

「で、みんなで言ってたんよ。先生がこれだけ色々気を回せるのはゲイだからだったんだねーって」
「………」

 なんだかよくわからない世間一般のゲイの定義……

「あ、先生」
 ふいに藤木さんがおれの左手を指さして首を傾げた。

「指輪、最近してないって噂聞いてたけど、ホントにしてないんだね」
「あ……」

 実は『男の恋人がいる』と掲示板に書かれてから、指輪をするのをやめてしまっていた。

「先生、結婚してたけど離婚したってこと?」
「あ、いえ……違います」

 ここまで話すのもなんだけれども、この際だからぶっちゃげる。

「結婚はしてません。あの指輪は彼とお揃いで作ったもので……」
「なんでするのやめちゃったの? 別れたの?」
「別れてません!」

 思わず力強く否定すると、藤木さんがケタケタ笑いだした。

「じゃあ、すればいいじゃん。そんな力いっぱい『別れてません』って、先生かわいいね」
「………」

 うまく乗せられてしまった…。

「ねえ、その彼と付き合ってどのくらいになんの?」
「高校の時からなので、24年……」
「え?!」

 谷口さんも一緒になって「え?!」と言う。

「ちょっと待って。先生、いくつなの?」
「……41です」
「えーーーー!見えなーい! しかも高校からずっとって長っ! 純愛な感じでいいじゃーん!」

 うわーこの情報はみんなに流さないとーと藤木さんはブツブツ言いながら立ち上がった。

「それじゃ、先生。彼氏によろしくね」
「……はい。お大事に」
 
 もうここまで言われると笑うしかない。

 藤木さん親子がにぎやかに出て行くと、谷口さんがブツブツと言いはじめた。

「藤木さんは、上の子が〇〇小で、でも下の子は××幼稚園で、△△小に上の子がいる子が多いから……、今の話、来週中にはここら辺一体の幼稚園小学校のママ達に伝わりますよ」
「谷口さん、詳しいね」

 ビックリして言うと、谷口さんはちょっと肩をすくめた。

「インフルエンザとか嘔吐下痢とか学校幼稚園単位で流行りますから、どの子がどこに通ってるかはチェックするようにしてるんです」
「ああそうか。なるほど」

 こういうところ、看護師さんには本当に助けられている。

「こういう噂もインフルエンザとかと一緒ですもんね」
「確かに……」
「でも、いい傾向ですよ。藤木さんはボスママなので、そのボスママが良いといえば、みんな良いに傾きます」

 ボスママ? なんだそりゃ。

 首を傾げると、谷口さんは苦笑しながら言いきってくれた。

「気にしないでください。先生は今まで通り、患者さんに向き合っていてくれればいいんです」
「…………。ありがとう」

 数秒の間の後、頭を下げる。

 そうだ。今まで通り。おれは何も変わらない。今まで通りでいいんだ。


***


 診察が終わったら電話してほしい、と戸田先生からの伝言があったため、電話してみると、

「桜井さんの実家の住所を教えてください」

と、言われた。もしかしたら、昨日、浩介の母親がクリニックを訪れたかもしれないらしい。戸田先生ではない先生が担当をしたそうで、今朝のカンファレンスで戸田先生が気がついたそうだ。

 浩介の実家の住所の市区町村まで答えると「やっぱり!」と戸田先生がはしゃいだ声をあげた。ビンゴらしい。


「桜井さん、ゴールデンウィークに渋谷先生のご一家と一緒に、近くの大型商業施設に行きませんでした?」
「ああ……行きました」

 ゴールデンウィークは、おれが病院に出勤しなくてはならない日もあったので、結局3日しか休みはなかった。

 それなので、一日は家で延々とウダウダして過ごし、一日は、浩介の勤務する学校の卒業生である目黒樹理亜の家へ、飼い猫を見に行き(そこで知り合った、三好羅々という19歳の少女がやたらと浩介にラインを送ってくるので、ちょっとムカついている心の狭いおれ)……

 そして、もう一日は、おれの母と妹の南の娘の西子ちゃんと4人で、近所の大型商業施設に行った。この近くに浩介の実家があるので、浩介のご両親と鉢合わせしたらどうしよう、と思ったのだが、浩介が「うちの親がこんなところにくるわけないでしょ」と言うので、みんなで車で行ったのだが……。

「桜井さんのお母さん、そこで桜井さんのことをご覧になって、自分も息子と一緒に買い物をしたいって思ったそうです」
「……………」

 ぐっと胸が詰まる。そこで話しかけてこなかった浩介の母親の気持ちを思うと……。

「そうするためにはどうしたらいいかってご相談くださって」
「そうですか……」

 まずは一歩前進だ。きっとうまく行く日がくる……。

「これから桜井さんの予約の時間なので、そのことをご本人にもお伝えしようと思いますけど、よろしいですか?」
「それはもう、お任せします」


 戸田先生は信頼のできる心療内科医だ。

 先日も、浩介がずっと不安に思っていたらしいことを、あっさりと解決してくれた。その不安というのは、

 どうしておれが浩介を好きになったのか?

 そんなことは、好きになったんだから好きってだけでそれ以上でもそれ以下でもないのに、浩介はその理由を知りたかったらしく……。

 戸田先生は、おれの「保護欲」がかきたてられたからだ、と言って、浩介を納得させた。


 でも、実はあとから、戸田先生にコッソリ言われた。

「保護欲云々の話は、桜井さんを納得させるためのこじつけみたいなものなので、あまり気にしないでください」
「………」

 そうだったのか!とおれまで納得させられていたからビックリだ。

 でも、こじつけでもなんでも、これで浩介が落ちついたのは事実で、瞳の奥まで穏やかになった気がする。そして、逆にこのカミングアウト問題でおれがボロボロになっているところをずっと支えてくれていた。

 この調子なら、ご両親との確執も、解決の方向に進んでくれるのではないか、と期待してしまう。
 今日、浩介の母親も一歩踏み出してくれたという話を聞いて、浩介はどう思うのだろう。

 ………と、思っていたのだが。

 2時半過ぎ、先ほど話したばかりの戸田先生から電話がかかってきた。

「桜井さん、まだいらっしゃらないんですけど、何か聞いてませんか?」

 予約は2時……。生真面目な浩介が遅刻をするとは思えない。何かあったんだろうか。


「まさか、まだ寝てんじゃねえだろうな……」

 昨晩、浩介がギブアップするまでやり続け、今朝も無理矢理叩き起こして一発抜いてから、ヘロヘロの浩介をベッドの上に置き去りにして出勤してきたからな……

 なんて絶対に人には言えない話を飲み込んで、浩介の携帯にかけてみる。呼び出し音はするけれど出ない……。

「…………」

 電車の運行状況をチェックしたが、うちからクリニックの最寄り駅までの電車に遅延情報はない。

 何かあったんじゃないだろうな……


 土曜日の診察は午前中で終わったので、あとの仕事はどうにでもなる。早退して家に様子を見に戻りたい。立ち上がり、谷口さんに声をかけようとしたところで、


「………あ」

 着信。メールだ。相手は浩介。

(ったく、ビビらせんなよ……)

 メールを送れるような状態なら、体に異常はないってことだな?
 ホッとしてメールを開き……

「!!」

 我が目を疑った。目を一回つむってから、ゆっくり開ける。そしてもう一度画面を見る……


「なんだこれ……」

 題名も本文も何もない。あったのは添付の写真だけ。

 そこには、裸で抱き合う、浩介と三好羅々の姿があった。



-----------------



以上です。
お読みくださりありがとうございました!

前半は前2回の裏話的な感じで。
そして、慶が吹っ切れた激しく体を重ねた話は、「R18・嫉妬と苦痛と快楽と」でした。

次回は樹理亜視点でいこうかな、と。
また次回もよろしければ、お願いいたします。

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(BL小説)風のゆくえには~R18・嫉妬と苦痛と快楽と

2015年09月25日 15時11分32秒 | BL小説・風のゆくえには~ R18・読切

注:具体的性表現あります。大丈夫な方だけお願いします。

イチャイチャしてるところを書きたくて我慢できなくなったので、R18読切で書きました。
あいじょうのかたち作中の話です。
23で「月が綺麗ですね」なんてプラトニックな感じのこと書いた反動でしょうか。
「月が綺麗ですね」は、5月26日(火)の上弦の月の夜。今回は29日金曜日のお話。


登場人物

桜井浩介:フリースクール教師。身長177cm。ごくごく普通の容姿。先日、慶の愛情をようやく本当の意味で受け入れることができたところ。
渋谷慶:小児科医。身長164cm。誰もが振り返る美形。職場で男の恋人がいるとカミングアウトをしてから10日。現在、そのストレスで精神的にキツイ日々。





--------------



風のゆくえには~R18・嫉妬と苦痛と快楽と



『渋谷慶医師には男の恋人がいる』

と、2度も大手口コミ掲示板に書かれてしまい、職場でカミングアウトすることになった慶。

 あまり話してはくれないけれども、そのストレスは計り知れない。普段は外のストレスは家に持ち帰ってこない慶が、今回ばかりは帰ってきてからも、疲れたようにボーっとしていることが増えた。

 気分転換にスポーツジムに行く?と言いたいところだけれども、あいにく金曜日は定休日…。
 晩御飯も言葉少なにモソモソと食べていたし、一緒にしている洗い物も、心ここにあらずで……。これは早く休ませてあげたほうがよさそうだ。食器の片付けがあらかた終わったところで、声をかける。

「慶、あとはやっておくからいいよ? お風呂入ってくれば?」
「ん……さんきゅー……」

 ふらっと台所から出ていった慶。大丈夫かな……。

 肉じゃがの残りを皿に移して、ラップをかけて冷蔵庫に入れたところで、

「………慶?」
 風呂に行ったと思っていた慶が、いつのまに後ろに立っていた。おれのシャツの裾を掴んで、うつむいている。小さい子みたいでなんかすごく可愛い。

「どうしたの?」
「うん………」

 慶、うつむいたままだ。どうしたんだろう……?

「お風呂入らないの?」
「入る。入るけど……」

 慶は言いにくそうに、言葉をついだ。

「お前……おれが風呂入ってる間……携帯見る?」
「え?」

 携帯?

 なんの話だ? おれが慶の携帯を内緒でチェックするとかそういう話?

「見ないよ? どうして? 何? おれに見られると困るメールでもあるの?」

 茶化し気味に言ったのだけれど、慶はニコリともせずに、

「そうじゃなくて……、ああ、いい。何でもない」
「慶?」

 ふいっと行ってしまった。なんなんだろう?

 そのうち、シャワーの音が聞こえてきた。入ったようだ。何がいいたかったのか分からないけれども、とりあえず、ご飯の残りを小分けにして冷凍庫に入れて、炊飯器の内釜を洗い物の残りの水で浸す作業まで終わらせてから、リビングに戻る。


 リビングに戻ると、自分の携帯に着信を知らせるランプが付いていることに気が付いた。

 二週間ほど前、慶に『携帯を触ってる時間が増えた』と指摘されて以来、慶がいるときには携帯を見ないことにしている。それなので、今みたいに慶がお風呂に入っている間にまとめてチェックをして……

「……あ」

 携帯に手を伸ばしかけて気が付いた。

『おれが風呂入ってる間……携帯見る?』

 さっきの慶の言葉………

 おれが、おれの携帯を見るかどうかってことだったのか!

 おれのシャツ、慶が掴んでいたあたりが皺になっている。言いにくかったんだろうな。そうだよな……

(ごめん。ごめんね慶)


 速攻で風呂の前に行き、すりガラスをコンコンと叩く。

「慶?」
「………なんだ?」

 そっと戸を開けると、慶はもう湯船に浸かっていた。妙にシンとしている。

「おれも入っていい?」
「………え」

 目を見開いた慶。

「なにを……」
「すぐ入るから。上がらないでね?」
「…………」

 慶が何か言いたげに口を開きかけたけれど、言われる前に戸をしめる。

 どうして気がついてあげられなかったんだ。今、慶は普通の状態じゃない。偏見や好奇の目にさらされて神経をすり減らしている。

 誰のせいで? おれのせいで。おれと付き合ってるから。一緒に暮らしてるから。だから。

 でも、それはただ、おれ達が一緒にいたいからなだけで。それは譲れなくて。

 でも、それを許せない人達もいて、おかしなことだという人達もいて。

 だからこそ、おれは今、慶だけを見つめて、慶を唯一無二の愛で包むべきなんだ。

 まわりの人間になんと言われようと、おれと一緒にいることを選んでくれたことを後悔させないために。



 湯船の中、慶は引き続きボーっとしている。大急ぎで体を洗って、慶の背中と湯船の間に足を入れる。

「……狭い」
「いいからいいから」

 文句を言っている慶を無理矢理膝で押して少し前に行かせ、後ろに座る。勢いよくお湯が湯船からあふれでた。

「あーもったいない」
「いいのいいの」

 慶の引き締まった肢体を後ろから腿で挟み込み、腰に手を回しぎゅうっと抱きしめる。
 慶の背中に思いっきり、おれの大きくなったものが当たっているけれど、それはもうごめんなさいって感じで……。

「慶……」
「ん……」

 後ろから頬をすり寄せる。愛おしさがつのって耳元にささやく。

「大好きだよ」
「……知ってる」

 ぼそっという慶。そして、コンとおれの肩に頭を預けた。

「ダメだな、おれ。想像以上にキツイ」
「慶……」

 負けず嫌いの慶が弱音を吐くなんて………

「大丈夫……?」
「…………」

 しばらくの沈黙の後………ゆっくり慶がうなずいた。

「大丈夫。お前がいるから」
「………慶」

 ぎゅうっと慶を抱きしめる。

「うん。いるよ」
「ん」

 うなじに口づけると、慶がくすぐったそうに首をすくめた。かわいい。

 慶がまたポツリと言う。

「………おれさ」
「うん」
「今おれ、やっぱり変なんだよ。余裕がない。お前が他の奴と仲良くしてるのとか、本当にダメ。ムカついてしょうがない」
「うん」

 慶の指がおれの指に絡ませてつないできた。愛おしさが伝わってくる。
 慶がポツリポツリと続ける。

「おれと一緒にいるときは、おれのことだけ見てほしい」
「うん」
「おれのことだけ考えてほしい」
「うん」
「おれはお前のことしか考えてねえぞ?」

 拗ねたように言う慶。かわい過ぎる。

「お前はおれのもんだろ?」 
「うん」
「おれはお前のもんだしな」
「……うん」

 うなずきながらも、ちょっと笑ってしまい、慶が怒ったように振り返った。

「何笑ってんだよ」
「うん………慶がかわいすぎて」
「かわいくねえよ」
「かわいいよ」

 尖らせた唇に、軽く唇を合わせる。

「おれ、一緒にいないときも、慶のことしか考えてないよ?」
「だったら…………………、なんでもない」
「何?」
「なんでもない」
「けーいー?」

 水中で慶のものを探しだし、優しく掴む。柔らかかったものがすぐに硬くなっていく。慶がムッとして言う。

「触んな」
「言葉と体があってないよ?」
「うるせえ。もう上がる。ずっと入ってたからのぼせてきた」

 慶はザバッと音を立てて立ち上がり、湯船からでたが、

「慶?!」

 すぐにその場にしゃがみ込んでしまった。

「大丈夫?!」
「……あー……だからのぼせたんだって……」

 ジッと下を向いている慶……。

「なあ……」
「なに?」
「おれ、うるせえな」
「………うるさくないよ」

 いつもの慶と違いすぎて、痛々しい……。
 シャワーで上がり湯をかけてから、バスタオルで包み込む。慶はされるがままだ。

「慶?」

 おいで、というように両手を伸ばすと、慶がおれの首にしがみついてきた。そのまま横抱きにして、ベッドに移動する。

 リビングを通り過ぎるときに、おれの携帯をチラッとみた慶……。着信のランプがつきっぱなしだ。電源消しておけばよかったな……。

「携帯……」
 ベッドに下ろすと同時に、慶がボソッと言った。

「携帯、ランプついてた。見ていいぞ?」
「みないよ」

 耳から首筋にかけて唇を這わせると、慶がビクッと震えた。愛おしくてたまらなくなって、横に寝そべりぎゅうっと抱きしめる。

「慶……大好きだよ」
「………知ってる」

 さっきと同じことを言う慶。そしておでこをおれの肩口にぐりぐりと押しつけてくる。

「なあ……おれさっき変なこといったけど……別にいいからな? 携帯……」
「おれ、慶のことしか見てないから他のことなんて見ないよ」
「でも……」

 なおも何か言おうとする慶の唇をふさぐ。完璧な形をした唇が腫れてしまうほど強く吸い込む。舌を侵入させかき乱す。唾液が唇の端から流れでるのを、舌で舐めとると、慶が切なげに瞳を揺らして、再び唇を重ねてきた。掴まれた腕に爪が食い込んでくる。痛いけれど、求められていると感じられてゾクゾクする。

「こ……すけ」
「……ん?」

 キスの合間に慶がささやくように言う。

「はやく……」
「はやく、なに?」

 言わせたくてわざと分からないフリをする。いつもだったら「だからはやく入れろって言ってんだよっ」とかいって蹴られたりするのだけど……。慶、そうとう弱っている。いつもと反応が違う……。

 慶の腕がおれの背中に回され、強くしがみつかれた。頬と頬をすり寄せられる。

「慶?」
「………てほしい」

 かすれた声でささやかれた。

「え?」

 聞きかえしたおれの耳元で、慶が再びささやく。

「……痛く、してほしい。何も考えられなくなるくらい」
「!」

 驚いて慶の顔を見ようとしたけれど、見せたくないらしく、両腕で顔を隠してしまった。

「慶……」
「ごめん、おれ、変なこと言ってんな。忘れて……、っ!」

 そんなこと、言わせない。
 両足を押し開き、なんの準備もなく、慶の中に侵入する。

「う……ああっ」

 潤滑のものが何もない状態で無理やり押し込んだので、擦れ感が半端ない。
 相当痛かったのだろう。慶が悲鳴のような声をあげた。顔を隠していた腕が外れ、シーツを掴んでいる。

 苦痛に歪んだ慶の顔にそそられて、奥まで突き上げる。すべらない分擦られて、擦られて、痛さと快楽が混ぜ合わさる。

(たまんないな……)

 自分の中にSの気があることには大昔から気がついていた。なるべくそれを出さないように気をつけてきたのだけれど……
 四半世紀近くも経って、まさか公認でしてもいい日がくるとは。
 今まで妄想でとどめていたあれやこれやが現実に……

(いやいやいやいや……)

 突っ走りそうになる自分を何とか留める。そういうことじゃない。そういうことじゃないだろ……。

 涙目の慶の目じりにそっと口づける。

「慶、大好き」
「………知…ってる」

 今日三度目の「知ってる」。涙声の「知ってる」

 慶の膝が胸の横に着くまで足をおり、腰をあげさせる。腿を強く掴みながら奥まで突き下ろす。

「んんんっ」

 痛さのためか、顎があがり、白い喉があらわになっている。その喉に食いつきたくて前かがみになると、ずるっと抜けてしまった。

「あ……」

 慶の……訴えるような目。止めるな、と言いたげな、強い視線。ゾクゾクする。

 喉に唇を這わせながら体を押し、背中を向けさせる。背中をずっと辿っていくと、慶がビクビクっと震えた。慶の性感帯がどこにあるかなんて、もう知り尽くしている。

 慶のものも、もう糸が引いている。でも、触らない。わざと触らない。

 腰を抱き、膝を立てさせる。昔、慶がバックをしたときに「犬の交尾みたいだ」と言っていたけれど……犬の交尾、結構じゃないか。動物の本能だけで交わりたい。

「………んんっ」

 再び、今度は後ろから慶の中に侵入する。先走りが少しは潤滑の役目を果たしたのか、さっきよりは痛くない。けれども、

「………あ、く……ああっ」

 容赦なく突き上げると、慶が苦痛の声をあげた。でも、ものはもう大きくはち切れんばかりになっている。苦痛と快楽の狭間の慶の声が堪らない。

「あ……っ、あ……んんっ」
 手を伸ばし、乳首を指で挟むと、慶の体がビクンっと跳ね上がった。

「やめ……っ」
「やめない」

 上半身を密着させ、腰を振りながら、乳首を強めに弄び続ける。苦痛に耐える声と喘ぎ声が混ざりあっている。わざと何にも触れないようにしている慶のものから、先走りが滴り落ちる。

「こ……、もう……、頭おかしくなる……っ」
「ん……」

 慶の色っぽいかすれた声。たまらない……

「こう……っ、だから……っ」
「ん。どうしてほしい?」
「ば……ばかっ言わせんなっ」
「言って?」

 言うと慶は、くそーっ後で覚えてろよっみたいなことを小さく言ってから、恥ずかしそうに絞り出すように、言った。

「触って、ほしい……っ」
「ん」

 かわいいかわいい慶。
 ようやく、その大きく膨張したものを掴むと、途端に慶がのけぞった。

「あ………ああっ」
 数回スライドさせただけで、ビクビクビクッと震え、慶の乳白色のものが吐き出される。
 挿入したままの状態で、後ろからぎゅうっと抱きしめる。ああ、かわいすぎる……


「………」
 しばらくの沈黙のあと、慶は大きく大きく息を吐くと、

「…………くそおおおおっ」
 その可憐な容姿からは想像できない口調で叫び、勢いよくおれのものを引き抜いた。

「わわっ」
 いきなりのことでバランスを崩しかける。

「け、慶……っ」
「お前、調子に乗りすぎだっ」
「わわわっごめんっごめんなさいっごめ……っ」

 謝っている口をふさがれた。舌が侵入してきてかき回してくる。く……苦しいっ

「けい……っ」

 キスをしたまま、慶は器用におれのものを扱いてくる。おれが慶の性感帯を知り尽くしているのと同じで、慶もおれがどうしたら速攻でイってしまうのかよーく知っている……。

「………っ」

 歯を立てられ唇をかまれて、体中に電気が走る。もう、瞬殺だ。
 あっという間に、おれの中の熱いものが外に吐き出されてしまった。思わず、本気で文句を言ってしまう。

「早すぎるよっ。まだいきたくなかったのにっ」
「うるせーよっ」

 ガシッと蹴られた。……いつもの慶だ。

 慶はプリプリ怒りながら、汚れてもいいようにベッドの上に引いていたバスタオルをくしゃくしゃっと回収すると、

「もう一回、風呂入るぞっ」

 怒りながらさっさと行ってしまった。

「慶……」

 ……いつもの、慶だ。



「ねえ、慶」

 もう一度、今度は向い合わせに座って湯船に浸かったところで、思い出して聞いてみる。

「さっき、お風呂で何か言いかけたよね? あれなんだったの?」
「あー……何でもねえよ」

 ばちゃばちゃと水面をたたく慶。ジトーッと見つめ続けていたら、観念したように息をついた。

「あのな……」
「うん」
「ライン、やめてくれって言おうとした」

 慶……本当に嫌なんだな。そこまで嫉妬されるなんて……ちょっと嬉しい。
 顔がにやけてしまうのを隠せずにいると、慶が眉を寄せた。

「何ニヤニヤしてんだよ?」
「いや……なんか嬉しくて」
「……なんだそりゃ」

 慶はふっと息を吐くと、こちらに手を伸ばしてきた。絡めてつなぐ。

「でも、いい。やめなくていいからな」
「慶が嫌ならやめるよ? 全然やめるよ。速攻でやめるよ。なんの躊躇もなくやめるよ?」
「なんだそりゃ」

 慶はおかしそうに笑うと、ぎゅっぎゅっと手を握った。

「いいんだよ。気が変わった。おれもラインやる」
「え」

 やらないっていってたのに。

「なんかよく分かんねえから余計にイライラすんだよな。だったらおれもやってみる」
「慶……」

 でも……よく考えてみたら、慶は友達が多い。これであちこち繋がりはじめたら、おれの方がイライラすることになるんじゃないか?

「慶、やっぱりやめよう」
「なんだよ。人がせっかく」
「だめだめ。慶はおれのものだから、他の人と繋がらなくていいの」

 言うと、慶が首を傾げた。

「その繋がるとかいうのの意味がわかんねえ」
「分かんなくていいの。慶はおれとだけ繋がってればいいの」
「なんだそりゃ」

 クスクス笑いながら手をマッサージしてくれる慶。
 さっき一緒に入っていたときよりも、表情がずっと明るい。いつもの、慶だ。

「浩介……」
「ん?」

 慶の瞳がまっすぐにおれを見つめている。

「さんきゅーな。なんか……吹っ切れた」
「え………」

 瞬きをするおれの唇に、そっと慶の唇が重なる。

「おれ………もう大丈夫だから」
「…………」
「お前がいるから、おれは大丈夫だ」
「……うん」
「ずっと、ずっと、一緒にいような」
「うん」

 こっくりと肯く。慶。慶……。ずっと一緒にいよう。


「あ、でも、たまにはさー、弱気な慶もおいしいんだけど」
「は?」

 眉を寄せた慶にニッコリという。

「『痛くして』って、また言われたーい」
「…………」
「…………」
「…………」
「………痛っ」

 無言で蹴られた。

「そういえば、お前、さっき調子にのって色々言ってたよな」
「んー……慶が触ってほしいって……、痛い痛い痛いっ」

 狭い湯船の中で蹴ってくるから逃げ場がない。

「慶、本当に痛いってっ」
「うるせえ。……よし、もう一回やるぞ」
「え」
「お前、足腰立たなくしてやる。ほら、こい」
「け、慶……」

 慶様、元気になりすぎです……。

 まだまだ試練は続くのだろうけれど……でも、2人なら乗り越えられる、と信じたい。
 愛おしい慶を抱きしめて、おれは強く強く願う。

 どうか、誰にも何も言われず、二人で一緒にいられる日が来ますように。




-------------

以上です。

長っ!! 7610文字いってしまいました。
しかも、慶が普通の状態じゃなかったので、なかなか筆が進まず……
今週入ってからずっとちまちまちまちま書き足し書き足し、
後半のエッチするシーンからは一気に、今日午前中から用事の合間合間に書いておりました。
そして書き終わって……何やってんの私、と我に返ったところです。
ほんと、何やってんでしょう^^;

まあでも、慶が浮上してきてくれたので、次回本編の慶視点が書きやすくなったかも。
次回もまたよろしければお読みいただけると嬉しいです。

長々と読んでくださりありがとうございました!

そして、クリックしてくださった数人の方々、本当にありがとうございます!
皆様がいらっしゃらなければ、続き書くのやめていたかもしれません。
本当にありがとうございました!!

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風のゆくえには~ あいじょうのかたち23(浩介視点)

2015年09月21日 23時51分25秒 | BL小説・風のゆくえには~ 愛情のかたち

 今さら気がついたことなんだけれども……

 おれは慶を「抱いている」というより「抱かれている」と感じることの方が多い。

 物理的にいうとおれの方が『する側』なのでおかしな話なのかもしれない。でも、その最も物理的な話の時に、よく小説の描写である「貫く」という感覚よりも、「包み込まれていく」という感覚になることが多いのだ。

 「抱いている」とか「貫く」と感じる時もないことはないのだけれど、それはたいてい自分が一方的に攻撃的な気持ちになっている時であって、きちんと気持ちまで一つになっているときは、包み込まれていく、とかそんな風に感じる……

「……んだけど、慶はどう思う?」

 慶の完璧に整った顔を下から見上げながら聞くと、

「なに冷静に分析してんだよ」
 慶はムッとしたように言い、繋いでいる手にますますぎゅうっと力を入れ、

「んな面倒くせえこと考えられないようにしてやる」
「……っ」

 ほら、包み込まれていく。捕らえられていく………。

「慶……」
 もう、慶のことしか考えられない………。


***


 慶のおれを思ってくれる気持ちは『保護欲』からきている。おれは慶のその欲求を満たすことのできる存在だ、と、心療内科の戸田先生に指摘されて以来、おれは驚くほど心が軽くなった。

 おれは慶に必要とされている。
 おれは慶と一緒にいていいんだ。

 今までよりも、もっと慶のそばにいたい。一分一秒でも離れていたくない。そう強く願っていたのだけれど………


『渋谷慶医師には男の恋人がいる』

 そう慶の勤務先の病院にメールがきて、大手口コミサイトにも同様の内容が載せられてしまったのは、5月の連休明けのことだった。

 それ以来、なるべく外では一緒に行動するのを控えることにした。
 せっかく一緒のスポーツジムに入会したのに、ジムの中でも行きも帰りも別々………。

 残念だけど、しょうがない。

 実は、日本を離れていた間もこんな感じだった。同性愛を認めていない宗教が主流の国にいたことが多かったため、一緒に住んではいたけれど、共に行動することは必要最低限にとどめていたのだ。

 日本では少しは自由に行動できると思ったのに………。
 誰がこんな書き込みをしたのだろう。同棲していることまで書かれていたということは、近所の住民かもしれない。誰かがおれ達が一緒に住んでいることを不快に思っているということなのだろうか………。 


 二度目の書き込みがあったのは、その一週間後のことだった。
 隠しきれなくなった慶は、ついに職場でカミングアウトしたそうだ。

 大半は表向きは好意的に受け取ってくれたけれど、皆が皆そうだったわけではなく………。
 あからさまに避けてくる人、嫌みを言ってくる人、逆に「実は自分も……」とこっそり打ち明けてくる人、様々だそうだ。

 患者さんも今は表立って動きはないけれど、今後こなくなる人もいるだろう、と慶はいう。やはりどうあっても、生理的にだったり、宗教的にだったり、受け入れられない人は受け入れられない。それはもう覚悟の上のことだ。


 慶の病院での立場が気になり、慶の病院でも勤めている戸田先生に聞いてみたところ、

「院長と外村先生がはっきりと渋谷先生の味方してるので、今、何だかんだ言ってる人達もそのうち言わなくなると思いますよ」

と、言われた。戸田先生によると、


『院長は知ってたんですか? 知っていたのに皆に言わないなんて無責任です』

 そう文句を言ってきた一部の職員に対し、院長はケロリと、

『この病院はいつから従業員のプライベートまで公表しなくちゃいけなくなったんだ? それじゃ、誰々は女子高生大好きです、とか、誰々は二次元にしか興味ありません、とか全部公表しなくちゃなんねえなあ』

と、言ってその職員達を黙らせたそうだ。そして、

『渋谷を辞めさせたい奴は、渋谷くらい顔が良くて腕もいい小児科医を連れてこい。そしたら考えてやる。まあ、そんな奴は日本中探してもいやしねえけどな』

と断言したため、実は慶とデキてるんじゃないかという噂まで出てしまったらしい。(……ムカつく)

 その後、病院の重鎮である外村先生が、浮足立っている職員たちに対して、

『性的指向と医師としての腕は関係ない。二度とそんな話をするな。馬鹿馬鹿しい』

と一喝したため、表立って話をする人間はいなくなったそうだ。


「まあ、人のうわさも何とやら、です。渋谷先生には今までの実績がありますから大丈夫ですよ」

 楽観的に言う戸田先生。
 でも慶の心中を思うといたたまれない……。


***

 普段、休みである火曜日は朝からスポーツジムに行くことの多い慶だけれども、今日は仕事を持ち帰っていて行けなかったとかで、夕食後に出かけていった。
 おれもその一時間後に行くと、ちょうど慶が泳いでいる姿をみることができた。でも、お互い声もかけず目を合わせただけ。
 本当は一緒にジャグジーとか入りたいのにな。帰りも一緒にプラプラ散歩しながら帰れたらどんなに楽しいだろう。
 でも、用心に越したことはない。しょうがない……。

 慶が先に出ていったのを見届けてから、おれも帰る用意をする。ため息が出てしまう。

「…………あ」
 携帯を確認すると、ラインが数件入っていた。職場の先生と、それから三好羅々。

 羅々は勤め先の学校の卒業生・目黒樹理亜と同居している少女。先日知り合ったのだけれども、なぜかよくラインを送ってくる。引きこもり気味らしいので、外との会話を欲しているのかもしれない。送ってくる内容はいつもたいして意味のないものばかりなんだけれども……

『月が綺麗ですね』

 ウサギのスタンプと一緒に送られてきた一文……。

「……なんだかなあ」
 思わず一人ごちてしまう。

 おそらく何の意味もない(あったら困る)のだろう。無難に『おやすみ』と書かれた猫のスタンプを送信した。


 携帯をカバンにしまい外に出る。日中の暑さに反し、散歩したくなるような過ごしやすい気温。わずかに見える星。そして、上弦の月……。

「確かに綺麗だな……」

 この月を慶と一緒に見れたらどんなに嬉しいだろう。
 慶に『月が綺麗だね』って言ったらどんな顔をするだろうか。……知らないかな。

 『月が綺麗ですね』というのは、本好きの人間ならみな知っている話だと思う。夏目漱石が『I love you』を『月が綺麗ね』とでも訳しておけと言ったという話。それと一緒によく語られるのが、二葉亭四迷の『死んでもいい』。この感性の素晴らしさ、同じ日本人として誇らしい。

 そんなことを考えながら、帰り道を歩いていたのだが……

「………慶」
 マンションに向かう遊歩道の途中にあるベンチに、慶が座っていた。ぼんやりと空を眺めている。
 月の光に照らされた横顔……なんて、なんて綺麗なんだろう……。

 息を飲んで見つめていたら、ふっと慶がこちらをみた。

「……月が綺麗だな」
「…………え」

 ドキッとする。

「なんだよ?」
「いや…………」

 他意はなさそうだ。知らないのだろう。息を吐き出し、慶のその綺麗な瞳に微笑みかける。

「慶の横顔の方が綺麗だよ」
「なんだそりゃ」

 慶は笑い、再び空を見上げた。
 一人分のスペースを開けて、ベンチの横に座る。真隣には座れないもどかしさ………

(………ホント綺麗だな)

 横顔を盗み見てため息をついてしまう。まるで人形のようだ。
 触れたいけれど、触れられない。でも触れたい………。

「…………」

 手を前に伸ばす。慶の影の頬に自分の手の影をふれさせる。すると………

「………慶」

 影の慶の手も伸びてきて、影のおれの手に触れている。不思議と本当に触れられているみたいにくすぐったい………

「……懐かしいな」

 ポツリと慶が言う。

「何が?」
 聞き返すと、慶は苦笑い、といった表情を浮かべてうつむいた。

「高2の夏休みに写真部で合宿しただろ」
「うん」

 まだおれが慶に対する恋愛感情を自覚していないころだ。

「その時に夜、買い出しに行ったの覚えてるか?」
「うん」

 二人で近くの酒屋まで飲み物の調達に行かされた。

「その帰り道、こんな風に」

 影の慶の手がおれの影の手をつかむような仕草をした。

「お前にバレないようにコッソリ、影で手をつないでた」
「……え」

 それは……。
 びっくりして慶を振り返ると、慶はふわりと笑った。

「健気だろー? 何しろずっと片思いしてたからな」
「………慶」

 再び、影で手をつなぐ。

「こんな日がくるなんて、あの時は夢にも思わなかったなあ……」
「慶……」

 慶の柔らかい微笑み。慶の優しいささやき。
 体中が満たされていく。

 おれ……愛されてるんだ……。

(慶……慶)

 大好き。大好きだよ。

 そんな言葉ではとても表しきれない。
 愛おしさで、どうにかなってしまいそうだ。

(愛してる)

 そんな言葉でも足りなくて……

「浩介?」

 あまりにも凝視していたので、慶が不思議そうに首をかしげた。

「どうした?」
「あ………」

 愛してる。愛してるよ、慶。

 体中が愛で満たされて、破裂しそうだ。

 慶……慶。

「月が……」

 震える声で、告げる。それが精一杯の言葉。

「月が、綺麗だね」
「…………」

 ふいっと慶が立ち上がった。月を背に、こちらを見下ろしている。美しい人……。

「………浩介」
「うん」

 震える手を胸に握りしめて見上げると、慶がふっと笑った。

「おれはさ」
「うん」
「死んでもいい、なんて言わねえぞ?」
「!」

 目を瞠ったおれに、慶がいたずらそうに微笑んでいる。
 知ってたんだ!

「せっかく両想いになれたんだからな。死んでたらもったいねえ」
「慶……」

 慶がひょいとカバンを肩にかけた。

「さっさと帰るぞ? ここじゃなんもできやしねえ」
「え」
「月が綺麗、なんだろ? だったらやることやろーぜ」
「……………」

 この人、毎度毎度誘い方に問題があると思うのはおれだけですか?

 でも……いい。もう、なんでもいい。

「いくぞ?」
「……うん」

 愛おしい姿の少し後ろを歩く。
 影で手を繋いでみると、慶が振り返って、にっと笑った。

「月、本当に綺麗だな」
「うん。綺麗だね」

 この月に誓おう。おれは何があってもこの人と一緒に生きていく。



------------


以上でした。
お読みくださりありがとうございました!
いつかは書いてみたかった憧れの「月が綺麗ですね」ネタ、ついに書いてしまいましたー。

このあと、R18大丈夫な方は、「R18・嫉妬と苦痛と快楽と」に飛んでいただいてから、24に行っていただけると話が分かりやすいかもしれません。

次回は順番からいくと慶視点です。そろそろ掲示板書き込みの犯人とも対決しないとだし。どうしよう。
また次回よろしければよろしくお願いいたします。

---

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風のゆくえには~ あいじょうのかたち22(谷口さん視点)

2015年09月19日 08時48分12秒 | BL小説・風のゆくえには~ 愛情のかたち

今回は看護師谷口さん視点で。

------


 渋谷先生はキラキラしてる。芸能人のオーラってこんな感じなんじゃないだろうか。毎日のように見ているのに少しも慣れない。

 先生は、患者さんの前では穏やかで優しいんだけれども、裏ではものすごく冷静沈着で、指示も的確でかっこいい。着任して一週間とたたないうちに、うちの病院のアイドルになった。

 ただ、小児科付の看護師の中では「一人一人の患者に時間をかけ過ぎている。もっと回転よく診察してほしい」という否定的な意見もあった。そのせいで昼休みもつぶれるし残業も多くなるし、文句をいいたくなるのは分かる。

 それに対して渋谷先生は「すみません。善処します」と真摯に謝ってくれた。
 ………けれども、何も変わらなかった。なんとなく、この人、お姉さんか妹がいるんだろうな、と思った。女性の話を右から左にうまく流している感じが女の扱いに慣れているというかなんというか……。

 二週間も経つころには、誰も直接は文句を言わなくなった。渋谷先生のあの眩しい笑顔で「いつもありがとう」なんて言われたら、誰も文句は言えないってのもあるんだけど……。


 患者さんの中でも着実にファンは増えている。

 中でも印象的だったのは、ユカリちゃんのママ。
 ユカリちゃんは2歳になったばかりの女の子。少し病弱でしょっちゅう病院にきている。ママはものすごく心配性で、何から何まで質問攻めにするので、前の先生も看護師も辟易していた。でも、渋谷先生は違った。

 ユカリちゃんがいつものように風邪を引いて病院にやってきた時のこと。
 渋谷先生は、丁寧に今までの経緯を聞き、今までの薬の効き具合をきき、ママの怒涛の質問にも丁寧に答え、ようやく安心したママが帰ろうと立ち上がったところ、

「待ってください」
と、ユカリちゃんママを再び座らせ、

「ちょっと、失礼します」
 びっくりした顔のユカリちゃんママの頬を手で囲った。

「え」
「え?!」

 ユカリちゃんママが真っ赤になり、看護師2人がぎょっとしている中、渋谷先生はユカリちゃんママの目の下を引いてジッとのぞきこんだ。そして、

「口開けてください」
「は……はい」

 大人しく口をあけたユカリちゃんママの口の中を見ると、

「お母さんも熱ありますよ? 大丈夫ですか? 喉もそうとう赤いですよ」
「え………」

 ぽかんとしたユカリちゃんママ。

「今日、保険証お持ちですか? 受診されていった方が」
「あ……いえいえ」

 ユカリちゃんママがぶんぶん首をふった。

「まだ母乳あげてるから薬飲めないし、それに病院代払えません。ユカリは乳児医療あるからいいけど、私は……」
「そうですか……谷口さん」
「は、はい?」

 いきなり名前を呼ばれビックリして返事をすると、

「こないだくれたあののど飴、まだありますか?」
「は、はい」
「もらってもいいですか?」
「はい……」

 言われるまま、ごそごそと戸棚から取り出す後ろで先生の声が聞こえてくる。

「食欲もないんじゃないですか? うどん、うちにありますか?」
「あ……はい」
「それじゃ、今日のお昼はうどんにしましょう。薄めの味付けにして、うどんのスープも全部飲んでください」
「え……」
「それから、どんぶりにお湯と梅干いれて、ごくごく飲んでください」
「え」

 渋谷先生、飽きてきたユカリちゃんにシールを渡しながら、話を続ける。

「たくさん水分取って、汗をたくさんかいて、ユカリちゃんと一緒にたくさん寝てください。ユカリちゃんもお薬飲むのでよく寝てくれると思います」
「でも、旦那の夜ご飯が……」
「旦那様には、『39℃の熱があって手が震えて夕飯は作れない』って連絡してください」
「え?」

 ぽかんとしたユカリちゃんママに、渋谷先生はニッコリとほほ笑みかけた。

「男って、具体的な数字に弱いんですよ。漠然と具合が悪いっていってもピンとこないんですけど、39℃とか手が震えてるとかいうと、そりゃ大変だ!ってなりますから」
「あ………」
「あ、谷口さんありがとう」

 飴を差し出すと、先生はあの眩しい笑顔を浮かべた。

「はい。これどうぞ」
「え…………」

 キョトンとするユカリちゃんママに飴を手渡す渋谷先生。

「少しでも喉の痛みがやわらぎますように。ママが一番大変ですよね。一緒に乗り越えましょう」
「あ………」
「ユカリちゃんも、お薬ちゃんと飲んで、たくさん寝て、バイキンさんやっつけようね?」
「ん」

 恥ずかしそうにママの胸に顔を埋めたユカリちゃん。

「あ………ありがとうございます……」
 ユカリちゃんママはユカリちゃんをぎゅうっと抱きしめながら、深々と頭を下げた。


 この話は、あっという間に広がり(恐るべしママ友ネットワーク)、渋谷先生人気に拍車をかけた。

 その後もバレンタインでもたくさんチョコをもらったり、福祉祭では渋谷先生目当てのお客さんがたくさん来たり、とにかくその人気はとどまることを知らなかった。患者数も増えて毎日忙しいのに、先生は患者さんの前では少しも笑顔を絶やさない。この人、いったいどれだけ精神力強いんだろう。


 心療内科に通院中の女の子が院内で手首を切ってしまった際、その傷口をあっという間に完璧に縫合した、という話も看護師の間で人気が上がる要因となった。うるさい外科の外村先生が「上手く縫えてる」とほめたというのだから相当なものだ。

 芸能人みたいなオーラのキレイな顔で、医師としての腕も良くて、患者さんにも優しくて、スタッフにも気遣いができて、それでいて、怠惰が原因のミスには厳しくて(個人的に渋谷先生の最も良いところはここだと思う。優しいだけじゃなくて、締めるところはきちっと締めてくれる)。理想のお医者様だ。こんな完璧な人がこの世の中にいるもんなんだな、と感心するくらい完璧。完璧すぎて、疲れないのかな……と思っていた。

 でも、福祉祭の時に、私は渋谷先生の本当の顔を見てしまった。
 高校時代からの友人という男の人が大怪我をしてしまったときの渋谷先生……。先生があんなに焦るなんて。そして、実はあんなに言葉遣いが悪くて、蹴ったりするなんて。そして……あんなに愛おしそうな瞳をするなんて……。私達に見せている顔は、医師としての仮面なんだろう。

 これは私だけの秘密にしておこう。と思っていたんだけど……
 
「渋谷先生、実はゲイだって噂知ってる?」

 5月の連休が明けてしばらくしてから、そんな話が出回りはじめた。掲示板に書き込みがあったとかなんとか……
 先生が結婚しているとウソをついていたのが許せない、なんて話が出たので、思わず言ってしまった。

 先生は、自分が結婚しているなんて一度もいったことがない。
 相手はおそらく福祉祭の時に怪我をした高校の同級生という人。あの渋谷先生が動揺して、手の震えを止めるために自分の手首に噛みついたんですよ、と……。


 先生が勘違いされているのが許せなくて思わず言ってしまったのだけれど、あとからものすごく後悔した。
 案の定、この話も、あっという間に広がってしまい……週明け月曜日の夕方には看護師全員知っていたと思う。口コミ掲示板に再び書き込みがあったこともあり、みんなフワフワソワソワしながら渋谷先生に接していた気がする。


「渋谷先生……」
 その日の帰り道に待ち伏せをして、駅に向かう渋谷先生を呼び止めた。白衣を着ていない渋谷先生もすごくカッコいい。

「あれ? 谷口さん?」
 全然、何の構えもなくこちらをみてくれる先生……。なんだか申し訳ない。

「どうしたの?」
「あの………」

 怒られるのを覚悟で、福祉祭の時のことを皆に話してしまったことを告白し、謝罪すると、渋谷先生はキレイな瞳をパチパチとさせた。

「別に謝らなくても……本当の話だし」
「でも………」

 ……あれ?

 でも、と言いかけて、あれ? と思う。

 本当の話、というのは、手首を噛んだのが本当の話ってこと? それもあるけど、もしかして……

「あの……本当っていうのは……」
「うん。谷口さんの予想当たってるよ。あのとき怪我した奴がおれの……」
「…………」

 渋谷先生、言いかけてから、うーん……と唸った。

「なんか、彼氏っていうのいまいちピンとこないんだよなあ。恋人? なんかそれもなあ……。相方……違う」

 ブツブツ言いはじめた先生……

「パートナー……家族。ああ、家族ってのもいいかもなあ……」
「…………」
「あ、ごめん」

 はたと先生が我に返った。

「うん。まあ便宜上『恋人』ってことで」
「はい……」

 こうもハッキリ肯定してくれるとは……。渋谷先生は困ったように頬をかいている。

「みんなにもちゃんと言った方がいいのかなあとは思うんだけど……でも聞かれもしないのに言うのも変な話というか……不快に思う人もいるだろうし……」
「不快だなんてそんなこと思いませんよ」

 思わず言うと、渋谷先生は「ありがとう」とにっこり笑ってくれた。

「色々気をつかわせてごめんね」
「いえいえいえいえ、とんでもない!」
「今、おれのせいでみんな浮わついちゃってるよね。何とかしないと、とは思ってるんだけど……」
「じゃ、一つ案があります」

 言いかけた渋谷先生の横の電柱から、ひょいっと人影が現れた。

「に……西田さん」
 ビックリして私も渋谷先生も飛び上がってしまった。出てきたのは先輩看護師の西田さん。ものすごい噂好きで情報通なおばさん。どうやら西田さんも、渋谷先生を待ち伏せしていたようだ。

 西田さんがあの押しの強さ全開で渋谷先生に迫ってくる。

「また掲示板に載ったらしいですし、もう隠すのは限界だと思いますよ」
「………」
「渋谷先生は本当のことを言ってもいいって思ってるんですね?」
「はい……」

 こっくりと肯く渋谷先生。西田さんもうんうん肯き、

「それなら、明日、私が『渋谷先生に聞いたら、噂は本当だと言っていた』という話を流します」
「え……」
「でも、プライベートのことだし、あまり根掘り葉掘り聞くのもねえ……みたいな感じに」
「…………」
「明日先生お休みなので、おそらくこの話は一気に広がると思います。水曜日先生がいらしたら、誰かしらが『本当ですか?』と聞いてくるでしょう。そうしたら先生は肯けばいいだけです」
「でも……」

 戸惑ったように眉を寄せた渋谷先生に、西田さんが断言する。

「みんなが浮わついているのは、噂が本当かウソか確かめたいからですよ。本当だってわかればとりあえず落ち着きます。先生は多くは語らず、いつものあの眩しい笑顔でニッコリしてればいいんです」
「………」

 渋谷先生、助けを求めるように私を振り返った。いや、そんな顔で見られても……。でも、確かに西田さんの案は理にかなっている。

「えー…と、はい、私も西田さんの案に賛成です」
「そう……そっか……」

 渋谷先生は何度かうなずいてから、西田さんに頭を下げた。

「それじゃ……それでお願いします」
「お任せください」

 Vサインをする西田さん。本当に大丈夫なんだろうか……。不安になって渋谷先生を見ると、もっと不安そうな先生と目が合ってしまった……。


**

 翌日、西田さんが流した噂はビックリするほど早く病院中に行き渡った。

 そしてその翌日の昼休み……。
 看護師数人で渋谷先生を取り囲むことになった。私も素知らぬ顔でそのうちの一人として後方から様子を見守っていたのだけれど………

「本当ですか?」
 緊張した問いかけに、渋谷先生は、憂いを帯びた瞳を皆に向けた。

「今まで黙っていて申し訳ない。みんなに何て思われるか不安で言い出せなくて……」

 知っていた私ですら、きゅんっとなる真摯な瞳……。

 ……はい。終了。その場にいた全員、その破壊力全開の瞳にやられてしまった。


 そのあとはもう、みんなが渋谷先生の味方だった。否定的なことを言った男性職員の一人は、女性陣にボコボコにやり込められていた。

 でもこれは先生が今までにみんなの信頼を得てきた証拠だと思う。
 患者さんの中にも掲示板を見てしまった人はいて、噂になっていたようだけれども、それを理由で通院をやめた人はいないようだった。むしろその噂を聞いて、興味本位で病院を訪れ、渋谷先生のファンになって帰っていった親子もいるくらいだ。

 世の中には色々な考えの人がいるので、関係ないのに真偽のほどをしつこく確認してきたり、中傷の書き込みをしたり、中傷の文書を送ってきたりする人もいたようだけれども、院長や病院職員が過剰に反応せず受け流していたら、そのうちそれも止んだらしい。はじめの書き込みの犯人も結局分からず仕舞い。でも追及することはしないそうだ。


「谷口さん、ありがとうね」
 ある日、渋谷先生にあらためてお礼を言われた。

「いえいえ私は何も。それに先生にやめられたらみんな困りますから」
 そう言い返すと、渋谷先生はふわりと笑ってくれた。

 渋谷先生が結婚してようと男の恋人がいようとそんなことは関係ない。渋谷先生は、理想のお医者様。それだけのことだ。



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以上です。
看護師谷口さん視点でした。
谷口さんが考えるほど簡単にはいかない問題なので、当事者である慶は色々と大変です。
今回、イチャイチャもラブラブもなく物足りない回でしたが、いつか書きたかったお医者さんとしての慶の姿がかけて満足です。

慶が小児科医師を目指すキッカケになったのは、
高2の終わり、島袋先生という小児科医師との出会いでした。
なので、慶の医師として姿は、島袋先生そのものです。島袋先生の真似っこです。
「一緒に乗り越えましょう」は島袋先生がよく言っていたセリフでした。

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