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BL小説・風のゆくえには~旅立ち10

2018年01月30日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 旅立ち

1993年2月


【慶視点】


 浩介と一切会わなくなってから、3週間以上たつ。
 2月からは自由登校なので、おれも学校にいかなくなった。登校日には行ったけれど、浩介は来ていなくて………

「なんか青白い顔して電車乗ってたの見たって、バスケ部の子が言ってたよ」

 浩介と同じクラスの篠原に言われて、ますます心配になってくる。
 浩介は、ずっと様子がおかしかった。浮き沈みが激しく、精神的に不安定で………

 明日は第一志望の大学の受験日。あいつ、大丈夫なんだろうか………


 落ち着かなくて、うちのリビングでソワソワと歩き回っていたら、

「そんなに心配なら電話してみればいいじゃないの。鬱陶しいなあ」

 妹の南に、はい、と電話の子機を渡されてしまい、う………と詰まる。

(お母さんが出たら嫌なんだよなあ………)

 頼むから浩介出てくれ~~と、思いながら、電話をしてみたら、

『桜井でございます』

 げ。
 案の定、お母さんだし………

 でも、切るわけにもいかず、

「あの………こんにちは。渋谷ですけど、浩介君………」
『渋谷君!?』
「え」

 いきなり叫ばれ、思わず受話器を離す。が、すぐに耳にあてた。なんだ?

「あ、はい。渋谷で………」
『今すぐうちに来て!』
「え?」

 おばさんの慌てた声にドキッとする。まさか浩介になにかあったのか!?

『渋谷君だったら浩介も開けてくれるかもしれない』
「開けて……?」

 なんの話だ………

 分からない。分からないけど。

「今すぐ行きます!」

 慌てて電話を切り、南に投げ渡して、そのまま外に飛び出した。


***

 出迎えてくれた浩介の母親は、これ以上ないほど真っ青で……倒れていないのが不思議なくらいだった。

「浩介ね………滑り止めの大学、ダメだったの」
「え………」

 ポツリと言われた言葉に愕然とする。

 そんなバカな………
 全然実力が出せていない模擬試験ですら、A判定がでていた大学なのに……

「それから、食事も全然取らないし、部屋も開けてくれないし、もう、どうしたらいいのか………」
「そんな……」

 浩介……大丈夫かよ……。

「お願いできるかしら? あなただったら浩介ももしかしたら……」

 おばさんはそれだけいうと、買い物に行ってくる、といって出ていってしまった。その後ろ姿に疲れが感じられる。

「……………」

 階段をのぼり、シンッとした廊下を進んで………一番奥の浩介の部屋の前で立ち止まった。中から音は聞こえてこない……。

(浩介………)

 軽くドアをノックする。

 一回、二回、三回。

 でも……返事がない。もう一度、もっと強くノックする。

 一回、二回、三回……

 物音一つしない。寝てるのか?

 もう一度………

 一回………と叩いたその時だった。

「うるさいっ」

 声と一緒にドアに何かがたたきつけられる音がした。

「な……っ」

 うるさい、だと? そんな言い方、初めて聞いた。それに、物を投げるなんて………っ

「こうすけっ!」

 叫ぶように呼んで、ドアを蹴りつけてやる。

「開けろっおれだっ」

 しばらく物音がなかったが……

「……………慶」

 静かにドアが開き、ふらりと浩介が現れた。青白い顔……

「……入るぞ」

 浩介を押し込めるように中に入り、ベッドの上に座らせて、おれもその横に腰を下ろす。

 シンッとした室内………床に散乱している参考書やプリント………

「お前……やせたな」
「そう……?」

 浩介の光のない目がおれを見つめる。

「大丈夫か? 倒れそうだぞ」
「うん……」

 やつれた顔。……違う人みたいだ。
 手を伸ばし、そっとその頬に触れる。

「浩介……」
 引き寄せると、浩介は静かにおれの肩に顔をうずめた。ゆっくり、ゆっくり背中をさすってやる。

 しばらくの沈黙の後………

「………あのね」

 つぶやくように浩介が話しだした。

「こないだまでできた問題ができなくなってて………昨日覚えてたこと今日は忘れてて……合格するって言われてた学校も落ちちゃって……」
「……………」
「おれ、もう試験受けたくない……」

 諦めの言葉………

 浩介……おれは何を言ってやればいいんだろう。何を言えばお前に響く? 何を……

 そんな中……

『入っ……た』

 ふっと、高1の時に、体育館で初めて見た浩介のことを思い出した。何度投げても入らないボールを延々と投げ続けていた浩介。偶然、入ったときに見せた笑顔……

「………浩介」

 おれはあの時の、諦めないお前の姿に惹かれて、それで友達になって………

 思い出せ。思い出せ、浩介。あの時のお前を。

「浩介」

 両頬を手で包み、コツンとオデコをぶつける。

「今、急に、高校に入って、お前を初めて見たときのこと思い出した」
「……………?」

 浩介がぼんやりとこちらに視線を向けた。

「初めて見たって………、体育館の入口で会ったときのこと?」
「いや、その2週間前」
「………え?」

 ふいっと焦点があった。

「2週間前………?」
「あー………、実はあの2週間前、おれ、お前が一人でシュート練習してるとこ、偶然見かけてて………」
「練習……? え、え、ええ!?」

 さっきまでの朦朧とした感じはどこへやら、浩介は「うわ……っ」と口に手を当てると、

「もしかして、ゴールにかすりもしないとこ見たってこと………?」
「おお。ホントかすりもしてなかったな。あまりにも下手すぎてビックリした」
「うわ………知らなかった。はずかしー……呆れたでしょ?」

 浩介はコテンとまたおれの肩に顔をうずめてきた。愛しいその頭を優しく撫でてやる。

「そんなことない。おれ、そんなお前のことをもう一度見たくて、二週間後にまた体育館に行ったんだからな」
「え?」
「だからおれたち会えたんだぞ?」
「…………え?」

 ゆっくりと体を起こし、まじまじとおれのことを見てきた浩介………

「もう一度見たいって……」

 浩介が戸惑ったように言う。

「どうして?」
「んー……」

 思い出す。あの時の、心臓を鷲掴みにされた感じ……

「おれ、あの頃夢中になれるものが何もなくて……」
「…………」
「だから、諦めないで頑張ってるお前のことが羨ましかったんだよ」
「…………」
「あの時のお前、ホント一生懸命だったよな」

 その愛しい頬を包み込む。
 
「だからおれは、お前が諦めないで挑戦し続けることができる奴だって、よーく知ってるぞ?」
「それは………」
「受験だって同じ」

 何かいいかけた浩介のオデコにごちんとオデコをぶつける。

「いいじゃねえか。浪人しようが、大学生になろうが。お前はお前、だろ? やるだけやってみろよ」
「でも」
「でも、じゃなくて」

 グリグリと頭を撫でまわして、もう一度オデコをぶつける。

「どんな結果になろうと、おれはどんな浩介だって……」

 一瞬、迷ったけれど、思い切って言ってやる。

「どんな浩介だって、大好き、だからさ」
「慶……」

 浩介、ビックリしたように目をぱちくりさせている。……って、こんなこと言うなんて、おれも自分でビックリだ。でもこれは緊急事態対応だっ!

「だから!」

 恥ずかし紛れに大声で言ってやる。

「だからあの何度シュートしても入らなくてもあきらめなかったお前を思い出せ」
「あ…………」

「おれはそんなお前を好きになったんだから」
「え………」

 ポカーン……としている浩介……

 ……………。

 なんだよ、この奇妙な沈黙……。気まずいだろ。
 せっかく恥ずかしいのを我慢して言ったのに、何なんだ、この間は。

「あー………」

 いたたまれなくて、何か言おうとしたところ………

「慶……すごい」
「は?」

 浩介がにっこりと笑った。いつも見せてくれる笑顔で。

「すごい。すごいよ。すごい。すごいな……」
「へ?」

 すごいって……なんだそりゃ。

「だから……慶はすごいっ」
「わわっ」

 いきなり抱きつかれた。

「すごいすごいすごいよ!」
「だから何なんだよ?」

 何がすごいんだ? わけがわからんっ。

(でも……元気になったな………)

 その様子にほっとする。
 浩介はすっかりいつもの調子でおれの頭や顔を撫でまわしていたけれど、「あれ?」と、ふと、気がついたように、

「そうだ慶。慶もすべり止めの学校の発表あったんだよね?どうだった?」
「ああ、あれか……」

 そんなことすっかり忘れてた。

「落ちたよ」
「ええっ?!」

 浩介、口をパクパクさせてる。なんかかわいい。

「な……落ちたって……」
「やっぱり会場の雰囲気にのまれたっていうか……頭真っ白になっちゃってさー」
「なっちゃってさーって慶……」
「別にいいだろ。本命が受かればいいんだよ。あれで受験会場の雰囲気も分かったし、本命はバッチリだ」
「それはそうだけど……」

 浩介はまじまじとおれの顔を見てつぶやいた。

「やっぱりすごいな慶は。強い」
「いや、ただ単に色々考えるのが面倒なだけだけどな」
「でも……すごい……」

 小さくいうと、浩介はまたおれに抱きついてきた。

「ありがとう……慶。大好き。大好き。大好き」

 すごい、と、大好き、の大安売りだ。

 3週間以上ぶりの浩介の声が、ぬくもりが、愛しくてたまらない。溢れる気持ちを抑えきれず、背中に回した手に力をいれ、耳元にささやいてみる。

「どのくらいだ?」
「え?」
「どのくらい、好き?」

 いうと、浩介は困ったようにうなってから、

「このくらい」

 さっきよりもきつく抱きしめてきた。

「それだけか?」
「……ううん。もっと大好き」

 ぎゅーっと抱きしめられ、おれはまたくり返す。

「それだけ?」
「ううん。もっと、もっと大好き……」

 そのまま、もつれあうようにベッドに倒れこむ。目の前に浩介の瞳………

「慶……いいの?」

 その言葉に、おれは静かにうなずいた。

 そして……。




------

お読みくださりありがとうございました!

上記、リアル高校生の時に書いた文章を元に書き直したため、それを尊重して、

そして……。

で終わってます。ベッドシーン書けない昔の私、なんて初々しいの!!

ということで。この続きを大人になってから書いております♥→『R18・君の瞳にうつる僕に』
2015年9月に書いたのですが、ネタバレになるためしばらく非公開にしておりました。
無事、ここまで辿りついたので公開にしました。

次回、最終回になります。
お時間ありましたらどうぞよろしくお願いいたします。

クリックしてくださった方、読みにきてくださった方、本当にありがとうございます!
おかげさまでここまで辿りつきました。感謝申し上げますっ。


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BL小説・風のゆくえには~旅立ち9-3

2018年01月26日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 旅立ち

***


 クリスマスイブ前日。付き合って一周年記念の夜。

 二人でプラプラと、車が行き交う大きな道路の歩道を歩く。手を繋ぎたいけれど、人通りは少ないとはいえ、さすがにそれは無理で……。でも、車の騒音で声が聞こえにくいことを理由に、くっついて歩く。幸せな時間。

「あ、スケートリンク!」

 大きな建物が見えてきたところで、慶が叫んだ。

「懐かしい! 小学生の時、ミニバスの連中と時々来てたんだよ」
「へえ……。おれ、スケートってやったことない……」

 このスケート場の建物、電車の中から見るよりも大きく感じる。おれはこうして、実際には見ていないものや触れていないものがたくさんあるんだろうな……

「じゃ、受験終わったら来ようぜ?」
「でもおれ、やったことないから……」
「教えてやる教えてやる」
「でも………」

 目に浮かぶ。全然滑れないおれに付きっきりの慶の姿……。本当は滑れる人と一緒に来た方が楽しめるのにって……

「すぐ滑れるようになるぞ」
「……おれ、運動神経悪いから無理だよ」

 そう小さく言ったところ、慶はニッと笑った。

「それはそれでいい」
「え」

 そして、さっとおれの正面に回りこんできて、

「こんな感じにさ」
「………っ」

 いきなりおれの手を掴んだ。ドキッとなる。

「慶……?」

 慶はいたずらそうに目を輝かせて、右手でおれの左手を、左手でおれの右手を掴んだまま、ゆっくり歩き出した。後ろ歩きなのに全然ぶれないのがさすが…… 

 慶がニコニコしたまま言う。

「転ばないようにこうやって手、繋いでてやるからな? スケートって手繋いでても、誰も変だって思わないからな~。公然と手繋げるぞ?」
「慶………」

 慶の笑顔……優しい瞳。胸が苦しい……

「慶は………おれと手、繋ぎたいって思ってくれてるの?」
「そりゃあ………」

 きゅっと繋いだ手に力がこもる。

「繋いで歩いてる奴ら、羨ましいっていつも思ってる」
「………」
「さっき、ラブホテル入っていったカップルもいいよなーって思った。男と女ってだけで誰にも気にされないもんな」
「………。おれ達って入っちゃダメなの?」

 手を握り返しながら言うと、慶は鼻に皺を寄せた。

「そりゃダメだろ。受付で呼び止められたりするんじゃね?」
「そっか……」

 車の騒音の中に、電車の音も混じる。まわりの人達から、おれ達はどう見られてるんだろう……

「なんか色々めんどくせえよな」
「うん………」

 慶は……おれといるとできないことばかりだ。
 ラブホテルにも入れない。普通には手も繋げない。プールで競争もできない。スケートも滑れない。

「慶……本当にいいの?」
「? 何が?」

 首をかしげた慶に真剣に問う。

「本当に、おれでいいの?」
「だから何が」
「何がって………」

 立ち止まって下を向く。この手の温もりは、おれなんかにはもったいない。あなたの輝きはおれには眩しすぎて……

「おれなんかが恋人じゃ、できないことたくさんあるでしょ? おれ、慶が嫌なんじゃないかっていつも……、え」

 ぎゅっと手を強く握られ、言葉をとめた。

「お前………」

 慶の切迫した声。

「嫌なのか?」
「え」

 見上げると、不安げな瞳がそこにあった。

「お前、おれと付き合ってること、嫌になった?」
「………えっ」

 そんなこと………っ

「おれ達、普通のカップルみたいなことできないもんな? 友達にも隠さないといけないし……」
「それは……」
「そういうの、嫌になったっていうのなら……」
「…………」
「…………」
「…………」

 慶……

 何を言うんだろう。

 嫌になんかもちろんなってないけど、もし、おれがここで「嫌」って言ったら……

 別れる、とか言うの?

 そう言われたら、おれは……


「浩介」
「………うん」


 慶はものすごく真剣な瞳でこちらを見返して……真剣に、言った。


「それは、我慢してくれ」


 …………。

 …………。

 …………。


「慶………」

 ふっと、体の力が抜けて、笑い出してしまう。

 我慢してくれって……。慶……

「お前っ何笑ってんだよっおれは真剣に……っ」
「だって………」

 怒りだした慶をぎゅううっと抱きしめる。
 
「おれ、我慢なんかしないよ。今までだって、みんなの前でも慶のこと大好きって言ってるし、抱きしめてるしっ」
「でも」
「ラブホテルは行けないけど、受験終わったら、旅行行くんだもんね? だからいいよねっ」
「…………。だな」
  
 ぽんぽんぽん、と背中を叩いてくれる慶。愛しい慶。

「慶は、我慢してるの?」
「まあ………、でも、おれはお前が一緒にいてくれるだけで満足だからなあ」
「慶………」

 大好きな慶。
 我慢してくれ、だって。一緒にいるだけで満足、だって。
 別れる、なんて選択肢、全然用意していない、揺るぎない、慶の気持ちが嬉しい。

「慶」
「ん」

 コツンとおでこを合わせてから再び歩きだす。

「そこ、駅だな。バスじゃなくて電車にするか」
「うん」

 歩道橋の階段をのぼりながら、「あ、そうだ」と慶が言った。

「卒業した後に、元2年10組でスキー行こうって話が出てるって溝部が言ってたぞ。指定校推薦組が色々調べてくれてるってさ。お前行ける?」
「行きたい!」

 それは嬉しい。去年のクラス、本当に楽しかった。何より慶が一緒にいてくれて……

「お前、スキーはしたことあんのか?」
「3回だけだから、あんまり自信ないけど一応……」
「そっかそっか。おれは毎年、京都のばあちゃんちに行くと、親戚みんなで行くことになるんだよ。今年はいけないけど」

 慶は、トントントンッと階段を軽やかに上っていくと、

「じゃ、卒業したら、元2年10組でスキー。それから……」
「!」

 振り向きざま、ちゅっとキスをくれた。

「二人で旅行、な?」
「………うん」

 慶と旅行。慶と旅行。
 それはただの旅行じゃなくて、ずっとずっと夢みていた慶と一つになる日がくるってことで……

「慶……」

 ああ、早く……早く、慶をこの手に抱きたい。



 その日の夜は、慶との旅行のあれこれを妄想して、3回も抜いてしまった。

(………まずいなあ)

 こんなことしている時間なんかないのに。でも、夜勉強しているとウズウズして集中できなくなって……。でも、これはさすがにストレス発散の限度を超えている気がする。


 冬休みに入り、慶と会えなくなって、余計にその現象はひどくなっていった。自分でも呆れる……。

 年末、どうしても慶に会いたくて、「運動不足解消のためのランニング」と称して家を出て、慶のうちに遊びに行った。
 ちょうど慶の家族はみんな出かけていて、慶だけだったので、部屋に上がらせてもらったんだけど……

「浩介っ」
「わわっ」

 部屋に入るなり、慶にニコニコで抱きつかれて……理性が吹っ飛んだ。

「……慶」

 その白い頬に触れ、キスをする。舌を割り入れて、絡めとり、貪るように唇を合わせる。……止まらない。

「こ……、ちょ、まて」
「待てない」

 ベッドに押し倒し、首元に顔を埋める。慶の首筋に唇をあてると、「あ」と小さく慶が声を漏らした。その途端、下半身に半端ない量の血液が流れていく。肌に直接触れたくて、強引にズボンからシャツを引っ張りだして、慶のほどよく筋肉のついたお腹に手をすべらせる。吸いつくみたいな滑らかな肌……

「慶……慶」
「浩介………」

 ぎゅううっと背中に回された手に力が入れられてから……

「ごめん」

 グッと力強く押し返された。

「もうすぐ、親帰ってくるから、これ以上は……」
「あ……ごめん」

 しまった。会うの久しぶりな上に、毎晩の妄想のせいで、いつもより歯止めがきかなくなってた。

 慶、呆れたかな……と心配して見返したんだけど、慶は頬に手を当てながらブツブツと、

「ああ、まずい。ニヤニヤがおさまんねえ。これ絶対、南にツッコまれる」
「え……」

 ニヤニヤって……

「慶……」
「お前、こういうの、反則。嬉し過ぎんだろっ」
「え………」

 嬉し過ぎ? 嬉し過ぎ? 嬉しいんだ?!

 そんなの嬉しすぎる!!

「慶~~っ」
「わ!ばか!だからやめろって!」

 そのあとは、あまり激しくないキスと、あまり刺激的過ぎないぎゅーっをたくさんたくさんして……それから帰途についた。

 慶………慶。おれの恋人、おれの親友。大好き。


 でも、そんな浮かれた気分は、正月に叩き壊された。

 正月、例年同様、母方の親戚がうちにきて………

 おれは受験生ということを理由に、挨拶だけして部屋に籠っていたけれど、親戚が帰ったあとの母の様子から、また色々と言われたということは想像に難くなかった。
 優秀な甥・姪達の自慢話をあれこれ聞かされ、不出来な息子のことを根掘り葉掘り聞かれたであろう母は、いつもよりもさらにピリピリしていて、

「浩介、大丈夫なのよね? 第一希望以外の大学なんて、絶対許さないわよ?」

 食事中にも吐き出される母の呪文に、追い詰められていく。

(ああ、慶に会いたい……)

 慶に会いたい。会って、抱きしめて、キスをして、それから、それから……

「!」

 はっとする。父の冷たい瞳………
 見えない壁が迫ってくるようだ………

 このままじゃダメだ。ダメだ。浮かれてる場合じゃない。


 でも………

「浩介! はよーっす」
「………慶」

 新学期、バスの中で会った慶は、記憶の中の慶よりもさらにキラキラ、キラキラしていて………

(キスしたい)

 抱きしめたい。その綺麗な瞳をおれの欲望で埋めて、それから、それから………

 でも、そんな時間ないのに。そんな時間は一切ないのに………



「来週から、学校休みます」

 1月下旬にそう決断を下したのは、誰に言われたからでもない。おれ自身が決めたことだ。2月からは3年生は自由登校になるので、欠席も10日ほどしかつかないし、今まで皆勤なので、出席率には全く問題ない、と担任の迫田先生も言ってくれた。

「受験が終わったら、会おうね」

 偶然、おれの第一志望と慶の第一志望の学校の試験日は同じだったので、その日の夜に会う約束をした。

 受験が終わるまでは、慶の温もりも、慶の瞳も、慶への欲望も、全部全部閉じ込めて、忘れるんだ。

 この受験だけは、絶対に絶対に失敗できないんだから。




------------

お読みくださりありがとうございました!
恋愛と受験の両立……難しいのは分かるけど、浩介さん、極端すぎます💦

ちなみに……付き合った記念日、1周年が、前回と今回。
2周年が、読切『R18・3つの約束』
3周年が、長編『自由への道』5-45-5
10周年が、長編『嘘の嘘の、嘘』20
11周年が、長編『閉じた翼』8
15周年が、長編『翼を広げて』後日談6
23周年が、読切『R18・聖夜に啼く』
25周年が、読切『インフルの日々』

ってなってました。結構あった。人に歴史あり、というか…
あ、それから、この時は「ラブホテルに行けない」と言っている二人ですが、この約4か月後にいくことになります♥(→読切『R18・受攻試行』

次回は火曜日に更新の予定です。よろしければどうぞお願いいたします。

クリックしてくださった方、読みにきてくださった方、本当にありがとうございます!
おかげさまでもうすぐ最終回。見届けていただけますと幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。



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BL小説・風のゆくえには~旅立ち9-2

2018年01月23日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 旅立ち

***


 1992年12月23日祝日

 慶とおれが付き合いはじめて1年目の記念日。

 でも、受験生であるおれに外出が許されるわけがなく……。そこでおれは、親の目を欺くために、2ヶ月前に手を打っておいた。『3日間集中特別講座』に申し込んだのだ。

 夏期講習に参加した予備校で、23日から3日間行われる講座。23日は17時終了なので、その後で慶と会う予定だ。母には、先生に質問したり自習室で勉強するから20時半頃帰宅する、と言ってある。

 疑いもなく、受講を許可してくれた母に対して罪悪感がないわけではない。……けれども、こうでもしなくては、外出できない。せめて、講義は一生懸命聞いて、お金の無駄にはならないようにして………

 17時の終了と同時に教室を飛び出した。

「慶!」
「おー、一番乗りだなお前」

 予備校の外で待ってくれていた慶が、あはは、と笑った。その笑顔が可愛くて愛しくて、ぎゅーっと抱きしめると、慶は珍しく怒らないでポンポンと背中を叩いてくれた。

「お疲れお疲れ。どうだった?」
「うん……。慶に早く会いたかった」

 素直な感想を言うと、慶は、「ばーか」と言って、照れたように笑ってくれた。



***


 
 ご飯は、一年前のクリスマスデートで行ったピザの食べ放題の店にした。おれは帰宅後、母の作った夕飯を食べなくてはならないので、ほどほどで止めておいたけれど、慶はあいかわらずものすごくたくさん食べて、

「腹ごなしにボーリングやりたい」

と、言い出した。ピザの店から徒歩5分弱のところにボーリング場があるのだ。

「でも今日って、祝日だし……」
「混んでるかな」

 言いながらも、この時間だし明日は平日だし、もしかしたら空いてるかも……なんて期待しながら行ってみたら、悪い予想通り大混雑していた。残念ながら、帰宅時間の決まっているおれのせいで、あきらめて帰ることになり……

「………ごめんね」
「いや、いいって。思いつきで言っただけなんだから」

 慶はそう言ってくれるけれど……

(慶、昨日は安倍とプールに行ったんだよな……)

 そう思ったらますます落ち込んできた。

(どうしておれはこうなんだろう。慶がやりたいって思ったこと一緒にできなくて……こんなんで『恋人』なんて言っていいのかな……)

 慶はどう思ってるんだろう。

 今日で丸一年……。慶はこんなおれで本当にいいのかな……。

 どんどんドツボにはまっていく………


 そんなおれの様子に気づいていないように、慶はパチンと手を叩くと、

「なあ、そしたらさ、ちょっと歩きたいから、バス通りずっと歩いていって、適当なところでバスに乗るってのはどうだ?」
「あ……うん」

 上の空のまま肯く。バスで帰ったことがないのであまりピンとこない。

「たぶん方向的にこっちの道なんだよな~」
「そうなんだ……」

 そのまま、ボーリング場の横道に入った慶の後をついていく。道も全然分からない。でも、慶もあまり分かっていないようでキョロキョロとしている。

「たぶんここ抜けて左……、あ」
「え? わ、ごめ……」

 慶がいきなり立ち止ったのでぶつかってしまった。何……と思ったら……

「…………え」
「あ…………」

 二人して、立ちすくんでしまった。

 目の前に現れたのは、イルミネーションに彩られた数軒のホテル。目立つパネルに書かれた【休憩】の文字……

 初めて見る風景に、落ち込んでいたことも吹っ飛んでしまった。

「ここって、もしかして……」
「わあ!」

 いきなり慶が耳を押さえて叫んだ。

「わ、わざとじゃないからなっ。さっさと通り抜けるぞっ」
「え……」

 下を向いたまま行こうとする慶の横で、おれは立ち止って看板をマジマジと見てしまった。

「休憩、2時間3500円から……。ねえ、これって、1人3500円なのかな? 2人7000円ってこと?」
「し、知るか!」
「中入って聞いてみようよ」
「アホかっ」

 腕を掴まれ、ずるずる引きずられる。

「あ、こっちは2時間3000円から。500円安い……」
「うるさいっ」

 慶、真っ赤だ。通りすがりのカップルがおれ達を見てクスクス笑いながらホテルの入り口を入っていく。

 ああ、いいなあ。2時間二人きりでいられるってことだよな……
 
「おれも行きたい……」
「ばかっ!あほっ!入れるわけねえだろ!」

 ぷりぷり怒っている慶。

「え………入れないの?」

 それは男同士だから? 高校生だから? ………両方かな………




------------

お読みくださりありがとうございました!

次回は金曜日に更新の予定です。よろしければどうぞお願いいたします。
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BL小説・風のゆくえには~旅立ち9-1

2018年01月19日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 旅立ち


【浩介視点】


『お前、先生になれ』

 慶がそう言いきってくれたのは、おれの誕生日の翌々日のことだった。

 おれの心の深淵から、色々なことを取り除いた純粋な「希望」だけを汲みあげてくれた慶………

 その瞳に背中を押されて、おれはその日の夜、父の書斎を訪れた。

「学校の先生に、なりたいです」

 勇気を出して言ったのだけれども………
 父は読んでいる本から目を離そうともせず、

「勝手にしろ」

 そう冷たく言って、部屋から出て行くよう手で追い払う仕草をしただけだった。

(ああ………この人、本当におれに興味ないんだな……)

 分かっていたけれど、あらためて気付かさせられる…… 

 やはり、弁護士になって跡継ぎにっていうのは母の希望であって、父にはそんなつもりなかったんだ……

 そんな思いが一瞬のうちに頭を駆け巡って、動きが止まってしまったけれど、

(あ、印鑑!)

 本来の目的を思い出して思考を切った。

「あのっ、これ、お願いしますっ」

 あわてて、進路希望調査書を父に差し出す。第3希望まで書く欄はあったけれど、おれが記入したのは第一希望のみ。

 父の母校の、教育学部。

 父がふいっと顔をあげ、初めておれのことを見た。
 冷たい目が怖い……。でも、頑張ってそらさないでいると、父は引き出しの中から、印鑑を取りだして、ボソッと言った。

「受かるのか?」
「あ……はい。一応、夏期講習の最後の模擬試験の偏差値だと合格圏内でした」 
「…………」

 模試を受けた時には違う学部を書いていたので、あとから教育学部の偏差値を調べてみたところ、充分合格圏内にいることが分かったのだ。

 父は調査書の保護者欄に印鑑を押して渡してくれると、再び、手で追い払う仕草をした。さっさと出て行け、ということだ。おれだって一秒でも早く逃げ出したい。

「ありがとうございました」

 頭を下げて書斎を出ると……

(………あああ)

 どっと体の力が抜けて、廊下にしゃがみこんでしまった。

(勝手にしろ………か)

 アッサリと許されたことに対する安心……と同じくらいに、虚しさ、みたいなものが心を占めている。おれの中にも、父に求められたいって気持ちはあったということだ。

 ………けれども。

(これでいいんだ)

 ぶんぶんと頭を振って、余計な感情を追い払う。これで父の跡は継がないことに許可はおりた。万々歳だ。

(次は、母だ)

 おそらく母は、ヒステリックに怒り狂うだろう。でも、母は父には逆らえない。父が印鑑を押したということは、母が何と言おうとこれで決定、と押し通せる。

「………よし」

 立ち上がり、あらためて進路希望調査書を見返す。

(第一志望、教育学部)

 おれはおれの人生を生きるんだ。



***



 9月末、体育祭も無事に終わり、文化祭準備が始まった。でも、おれのクラスは不参加と決まったので(3年生は自由参加なのだ)、何もすることがない。去年あれだけ毎日忙しく楽しく過ごしたことが夢のようだ。

 クラスには受験ムードが色濃く漂っていて、少し息苦しい。

 おれも受験生らしく、模擬試験を受けはじめたのだけれども………、10月はじめに受けた模試では、体調が悪くなり、途中で帰ることになってしまった。

「体調管理も受験対策の一つだよ?」

 試験会場の人にそう言われたけれど……別に初めから体調が悪かったわけではない。簡単に言ったら「緊張のしすぎ」。でも、それも普通の人の緊張とは少し違う気がした。

(慣れない場所と人のせいかな……)

 おれは小さい頃、「初めての場所」や「人が大勢集まった空間」が極端に苦手で、幼児教室などに行っても、中に入ることもできず、母にしがみついて決して離れようとしなかった、という話を、母から聞かされたことがある。

 三つ子の魂なんとやら、なのか、いまだに、慣れない場所は落ち着かない。

 夏休み終わりの模試は、1ヶ月通った予備校の教室で行われたから、A判定を取ることができたけれども、その後受けた他の会場の模試では、ことごとくB判定になってしまった。受験本番ではどうなってしまうのか………

(高校受験の時は大丈夫だったのに………)

 高校受験では、『憧れの渋谷慶に会う』という大目標があって、ものすごく集中していたし、運良く席が窓際の一番前だったのも幸いしたのかもしれない。

 でも模試は、見知らぬ教室で、ピリピリとした見知らぬ同年代の人達に囲まれて………。集中しようと思えば思うほど、周りの細かいこと……机の形、壁の色、黒板の種類、鉛筆の音、空気の匂い……ありとあらゆることが気になって、集中できなくなる。そして………

『受験に失敗したら、どうなってしまうんだろう』

 そんなマイナスの考えに囚われてしまう。

 おれが『弁護士ではなく学校の先生になりたい』ということを知った母は、案の定、怒りまくった末に、泣き落としにかかってきた。
 何日たってもグズグズと言い続ける母に、父の部下の庄司さんが、

『法学部出てなくても弁護士にはなれますから! とりあえず大学は浩介君の希望通りでいいんじゃないですか?』

と、取りなしてくれたお陰で、学部に関する母の攻撃はなくなったけれども……

『とにかくせめて、お父さんと同じ大学に行くのよ? お父さんをガッカリさせないで』

 呪文の内容はそう変わった。それで、余計に追い詰められている。

『これ以上、失望させたら………』

 数ヵ月前、慶と一緒に昔のアルバムを見ていて気がついたのだ。
 おれが生まれたばかりの頃は、母にも、あの父にさえも、笑顔があった。でも、その笑顔が無くなったのは、おそらく、おれの幼稚園受験の失敗のせいで………

『また、受験に失敗したら………』

 もう失敗しない。失敗できない。

 そう思えば思うほど、動悸が激しくなっていく。

(………慶。助けて)

 おれは必死に記憶の中の慶にしがみついて、何度も何度も深呼吸をする。そして、落ち着いたのを見計らって、問題を解く。でも、何かの拍子に、雑念が混じる。慶を思い出す。ひたすらその繰り返し……。こんなことでは良い結果なんか得られるわけがない。


***


 時間が惜しくて、自転車通学をやめた。
 うちからバス停までの徒歩時間と、バスに乗ってから慶と落ちあうまでの時間で、単語の復習、年号の記憶………と、とにかく必死だった。

 でも、そんなおれとは違い、慶はまったく変わらない。いつも、明るくて、爽やかで……。

 また模試で失敗した翌日、慶に甘えたくて触れたくて我慢できなくて、適当な理由をつけて、その温かい手をギューギュー握りながら登校していたら………、慶のクラスメートの安倍康彦が慶に声をかけてきた。

「明日の帰りさ、オレ塾ないから、プール行かね?」
「おー、いいな」

 ………………え。

 慶の即答に、がーん……となる。

(明日って、12月22日なのに………付き合って一周年記念日の前日なのに……)

 3年生になって、おれとはクラスが離れて、会える時間減ってるのに。安倍とは同じクラスでたくさん一緒にいられるのに。それなのに放課後まで遊ぶんだ………?

「浩介、お前も……」

 ついで、みたいな誘い……。黒い感情がますます渦巻いてくる。

 安倍は中学時代水泳部だったそうで、競争とかできて面白い、と以前言っていた。

(どうせおれは泳ぐの苦手だし。しかも受験生なんだからそんな時間ないし)

 明日も家庭教師がくる。遊びにいってる暇はない。

「おれはいいよ」

 繋いでいた手を離すと、繋がっていた心まで離れたような気がした。

「楽しんできて」
「え、あ」
「じゃ」

 背を向けて、歩き出す。

「浩介! おれ今日、アルバム委員の集まり……」
「うん。先帰ってるね」

 一瞬振り返って、ヒラヒラと手を振る。なんとか笑顔を作ったつもりだけど、上手く誤魔化せただろうか。この醜い独占欲を見られていないだろうか。




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お読みくださりありがとうございました!
長くなったので、分けることにしました。本当は年明けの話まで書きたかったけど、それは次回に……。
暗い真面目なお話にお付き合いくださいまして本当にありがとうございました!!

次回は火曜日に更新の予定です。よろしければどうぞお願いいたします。

クリックしてくださった方、読みにきてくださった方、本当にありがとうございます!
高校生活もあと少し……お見守りいただけますと有り難いです。どうぞよろしくお願いいたします。


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BL小説・風のゆくえには~旅立ち8

2018年01月16日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 旅立ち

1992年冬


【慶視点】

 10月の中頃、浩介が「バス通学にする」と言い出した。登下校の時間にも勉強したいのだそうだ。

 浩介の最寄りのバス停→おれの最寄りのバス停→高校前、という路線のバスは30分に1本しかないため、必ず同じバスに乗るんだけど、浩介は時々、勉強に集中しすぎていて、おれが乗ってきたことに気がつかないことがある。

 12月に入ってからは、その回数が更に増えたように思う。

「………浩介、着いたぞ?」
「え!? わ、慶っ。いつの間にっ。声かけてよ~~」
「いや……あまりにも集中してたから……」

 そんな会話をしながらバスを降りることも、もう何回目になるだろう……

「あーあ。せめてバスの中でだけでもイチャイチャしたかったのに……」
「あほか」

 ブツブツ言いながら横を歩く浩介に蹴りをいれてやる。そのついで、みたいにサラリと聞きたいことを聞く。

「昨日の模試、どうだった?」
「それは…………」

 浩介は言いかけてから………大きくため息をついた。

「………ごめん。聞かないで」
「……………そうか」

 背中をさすってやると、浩介はゴンっと頭をおれの頭にのせてきて、ボソッと言った。

「おれ、模試ってホント苦手」
「………………」

 浩介は模試で実力を発揮できないことに悩んでいる。学校の成績は相変わらず良いし、模試の問題も、帰ってきてから見直すと全問正解することができるのに……

「なんか……初めての場所って緊張しちゃうんだよね……」

 夏期講習の最後に行われた模試は、1ヶ月通った教室で受けたので、実力がきちんと出せて、あの難関校でA判定を取っている。
 でも、その後は、個人申し込みであちらこちらの模試を受けているため、その度に会場が違うのでダメなのだそうだ。おれにしてみれば、教室なんてどこも一緒だと思うんだけど、浩介的には全然違う、らしい。目に見える景色や、空気とか匂いとか、まわりにいる人の雰囲気とか、まるで違うので、心が落ち着かない、と言う。

「まあ……模試はしょせん模試だからな。そういうのに慣れるために受けてると思えばいいんじゃね? 今のうちにいっぱい受けて本番で緊張しないようになれば」
「うん……」

 浩介は下を向いたまま歩いていたけれど、校門の近くまできたところで、ふいっと自然な感じにおれの手を取った。

「あーあ。こうやって慶と手繋いでたら絶対大丈夫なのになー」
「あほかっ」

 朝っぱらから、学校の前で何してんだっ。

 払ったけれど、「えー、いいじゃん」と、今度は両手で掴まれた。

「手繋いで登校しよーよ。公認カップルって感じでよくない?」
「なんだそりゃ」

 浩介、受験勉強のし過ぎで、「変」に拍車がかかってる……

「お前、大丈夫か?」
「だから大丈夫じゃないんだって」
「…………だな」

 そうとう精神的に来てるな……

「だから……なんだっけ? なんとかパワー? ちょうだい」
「あー……ハンドパワーな?」
「そうそうそれそれ」
「別におれパワーないけどな……」

 しょうがないので、右手を掴まれているのを放置して歩いていたら、

「うわ……。何、手繋いで歩いてんだよ?」

 横から声をかけられた。同じクラスの安倍康彦。通称ヤスがあきれ顔でこちらをみている。見られても浩介は離す気はないらしく、シレッと「おはよー」とか言っているので、おれも肩をすくめてヤスに言う。

「ハンドパワー、だってさ」
「は?」

 そりゃ「は?」だよな……

「まあ、気にするな」
「あ………そう」

 ヤスは首をかしげながらも、「あ、そうだ」と手を叩いた。

「明日の帰りさ、オレ塾ないから、プール行かね?」
「おー、いいな」

 ヤスとは高1の頃から時々、学校から徒歩15分のところにある区営プールに一緒に泳ぎにいっている。ヤスは中学時代水泳部だったそうで、そこそこ早いので、競争とかできて面白いのだ。

「浩介、お前も……」
「おれはいいよ」

 おれが振り仰いだのと同時に、浩介がスッと手を離した。

「楽しんできて」
「え、あ」
「じゃ」

 浩介は、ふいっと背を向けて、昇降口に入っていってしまって……

(……?)

 クラスが違うため、靴箱の場所も離れているので、ここで別れるのは別に不自然ではないんだけど、なんか………

「浩介! おれ今日、アルバム委員の集まり……」
「うん。先帰ってるね」

 一瞬振り返って、ヒラヒラと手を振った浩介は、ニコニコしてるけど目は笑ってなくて……

(浩介……?)

 やっぱり、変、だよな……。
 今日も明日も一緒に帰れないから拗ねたのかな……

 そう思ったけれど、

(まあ……明後日は『付き合って1周年記念日』で一緒に出掛ける約束してるし、そこでフォローすればいいか)

 なんて軽く考えていたのが間違えだった。
 浩介はこの後、どんどん不安定になっていって、新学期からはスキンシップ率が極端に減り、1月後半からは学校にも来なくなってしまった。




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お読みくださりありがとうございました!
次回は病みMAXの浩介視点。金曜日に更新予定です。よろしければどうぞお願いいたします。

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今後ともお見守りいただけますと幸いです。どうぞよろしくお願いいたします。


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