創作小説屋

創作小説置き場。BL・R18あるのでご注意を。

ベベアンの扉(20/22)

2006年11月29日 22時59分55秒 | ベベアンの扉(原稿用紙73枚)
 白い光が、ギュンッとこちらまで伸びてきたのを、すんででかわして走る。
 その後、幼い姉妹が追いかけてきたが、何とか先にロープの先を結んでおいた木を見つけることができた。このロープを辿っていけば、あちらに戻れるはずだ。
「緑澤君、がんばって走って!」
「山本さん、僕は・・・」
 泣きそうな顔をしながら緑澤君が首を横に振った。
「僕は、もう、いいんだよ。山本さん、一人で帰って」
「馬鹿なこといわないで。行くよ!」
 ロープに合図を送ってみる。・・・が。
「何よ・・・これ」
 スルスルとロープの先が手元まですぐに来てしまった。途中で切れている・・・。
「ロープは切ったよ」
 いつのまに姉妹が木の横に立っていた。
「帰らないで。一緒にいようよ。どうせあっちにいったって居場所ないんでしょ」
「だーかーらー!」
 何度この問答をしただろう。自分自身でも何度も何度も問いかけてきた。そして一つの答えを信じてきた。
「居場所は自分で作ればいい! 一生同じなんてことないのよ。あんたたちだってそうだよ。家に居場所がなかったのなら、学校の先生に相談するとか、近所の人に言ってみるとか、警察に行くとか、すればよかったじゃないのよ!」
「言ったもん」
 わあっと妹が泣き出した。
「隣のおばちゃんに言ったもん。でも誰も助けてくれなかったもん。ずーっとずっとあのままなんだよ。変わらないよ」
「私たちは、居場所をみつけたよ。それがここなの。ここは居心地がいいもの」
「・・・ごめん」
 こんな幼い子たちに酷なことを言ってしまった。確かに、まだ幼い子では最低限の保護を受けなければ、現状を打破するのは難しい。そう考えると、居場所はないまでも、衣食住を満たしてもらえていた私や緑澤君は幸せだ。この子達とは違う。でも、それでも私は行く。
「でも、私たちは行くよ。外の世界のほうが、嫌なこともたくさんあるけど、楽しいこともたくさんあるから」
『勝手に行けばいい』
 わあん、と頭上に『白い女の人』の声が響き渡った。
『でも達之は渡さない。ねえ、達之、あなたは帰りたくないものね? 私と一緒にいたほうが居心地がいいものね』
「ごめん、山本さん」
 やんわりと、掴んでいた手を振り払われた。
「僕、やっぱり自信がない。あそこでは居場所をみつけられない」
「緑澤君・・・」
 その時、遠くの方から声が聞こえてきた。
(たつゆきーーー)
(お兄ちゃーん! 七重さーん!)
 緑澤君のお母さんと和也の声だ。
「ほら、お母さんも弟もあなたのこと呼んでるよ! 帰ろうよ」
「・・・無理だよ」
 一瞬にして緑澤君の顔がこわばった。その緑澤君を白い光が包みはじめた。
「ごめんね、山本さん。せっかく来てくれたのに。本当にごめんね。でもありがとうね」
「緑澤君・・・」
「大好きな君に会えて、本当に嬉しかったよ」
「緑澤君・・・」
 光に抱きしめられるように、緑澤君が静かに目を閉じる。
 足の先の方の光がゆっくりと強くなり・・・そして・・・。
「ちょっと待て」
 ダメだ。無性に腹が立ってきた。
「自己完結してんじゃないわよ! こんなのが最後なんて許さないわよ!」
 光の中に手を突っ込んで、緑澤君を引きずり出した。
「何のために私が今まで頑張ってきたと思ってるの? あなたが好きになってくれた私になって、もう一度あなたに会うためだよ! あなたのおかげで友達もたくさんできたのよ。あなたのこと紹介する約束だってしてるんだから。こんなところでこもっている場合じゃないのよ」
 眼鏡の奥の瞳が驚いたままこちらを見返している。
「山本さん・・・」
「一緒に帰ろう。緑澤君。居場所がないっていうのなら・・・私があなたの居場所になるよ」
 思わず出た言葉だった。でも、本心だ。
「私があなたの居場所になる。だから・・・一緒に帰ろう」
「山本さん・・・」
 優しい瞳。六年前、私を助けてくれたときと同じ瞳。この瞳に会えなくなるなんて嫌だ。絶対に嫌だ。
「ね、帰ろう」
『ゆるさない!』
 グンッと光がまた強く緑澤君を取り囲む。
『達之は私が喰らう。喰らうんだよっ』
「冗談じゃない! 帰るのよ! 早く!」
 こちらに手を伸ばした緑澤君が勢いよく倒れた。足を光に捕らわれている!
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ベベアンの扉(19/22)

2006年11月28日 23時00分39秒 | ベベアンの扉(原稿用紙73枚)
 リンリンンリンリンリン・・・
 突然、軽やかな鈴の音が響き渡った。
「あ、白い女の人が来るよ」
 妹の方が嬉しそうに走り出した。その先に、扉が現れた。ここに来るときに現れた扉より少し小さい扉。
 ゆっくりとその扉が開き、人影が現れた。
 まぶしくて・・・見えない。
「七重ちゃん、ようやくきてくれたのね」
 優しい声。妹が抱き上げられた気配がする。でも白くまぶしくて、姿は見えない。
「あら? 和也君は?」
「和也君は家に帰りました。私と緑澤君も帰ります。あっちに待っている人がいるんです。ね、緑澤君?」
 振り返ったが・・・緑澤君がいない!
「緑澤君!?」
 緑澤君は白い光の方にフラフラと歩いていくところだった。『白い女の人』が迎えいれるように緑澤君に向かって手を伸ばしている気配がする。
「待って! 緑澤君!」
「七重ちゃんもおいでなさい。こちらに来たら楽になれるわよ。もうお父さんとお母さんの顔色を伺って生活することもなくなるのよ。お友達に気を使うこともないわ。お勉強だってしなくてもいい。こちらには気持ちいいことだけしかないのよ」
「・・・何よ、それ」
 ばかばかしい。
「私は親の顔色のために生きてるんじゃないし、友達にはそりゃ気は使うけど、それを上回る楽しい時間をすごせてるし、勉強だって、せっかく大学に合格したんだから、これからたくさんしたいわよ。時間が過ぎれば人は変わっていくのよ。居場所がないってグチグチしていた私はもういないの」
「そう・・・」
 ゾッとするほど声が冷ややかになった。
「じゃあ、あなたは勝手に帰ればいい。でも達之は私がもらうわ。これから達之は私の中で生き続けるの」
「は?」
 私の中で・・・?
「さあ、達之君、いらっしゃい。こちらの扉へ・・・ここに入れば、もう何も考えなくてすむようになるわよ」
 ゆっくりと緑澤君が扉の方へ向かっていく。
 ダメだ! いけない! 
「緑澤君! ダメ!」
 力一杯、緑澤君の腕を掴む。
「・・・山本さん」
 力無く緑澤君が笑う。ダメだ!ダメだ!
「行くよ! 帰るよ!! 走って!!」
 強引に腕を引っ張って、緑澤君を引きずるようにして、走り出した。 
コメント (2)
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ベベアンの扉(18/22)

2006年11月26日 22時26分12秒 | ベベアンの扉(原稿用紙73枚)
 振り返ると、十歳くらいの女の子と、五歳くらいの女の子が立っていた。
 二人ともぷつりと切りそろえられたおかっぱ頭をしていて、顔つきも妙に似通っていた。言われなくても姉妹だとわかる。
「どうして帰るなんていうの? 達之はここにいたがってるじゃないの。七重もここにいればいいじゃないの」
「あんた達・・・」
 私は怯まなかった。
「あんた達があの扉を作ったの?」
「違うよ。ここはずーっとずーっと前からある場所なの。私たちはここに逃げてきたの」
「逃げて・・・?」
 姉と思われる子が妹を抱き寄せて、つぶやくように続けた。
「私たちのお母さんは私たちのこと嫌いだったの。ご飯もあまり食べさせてもらえなかったし、お母さんのお友達がくると夜でも家から追い出されてたし・・・。追い出されているうちはよかったんだけど、そのうち一人のお友達が一緒に住むようになって・・・そうしたらその人、何かにつけて私たちのことぶったりけったりするようになって・・・お母さんも一緒になってぶつこともあったし・・・」
 幼児虐待。テレビのニュースで見たことはあったけど・・・本当にそんなことをする人がいるなんて・・・。
「もう家に帰りたくないって思いながら二人で歩いてたら、この扉が開いたの。この中では誰も私たちのこと邪魔にしない。この中にいればお腹もすかない。あそこにいたくない人はみんなこっちにくればいいんだよ」
「でも・・・」
 お母さん今頃反省して二人のこと探してるかもよ、とか、学校はどうするの、とか、お友達が心配してるかもよ、とかそんな綺麗事は言えない。確かに二人にとっては、ここのほうが居心地がいいのかもしれない。でも。
「私はあっちに友達がいるから帰る。緑澤君もお母さんと弟が待ってるから帰るわよ」
「そうなの?」
 姉の方がビックリしたように言った。
「七重は『居場所がない』ってずーっと前からずっとずっと言ってたじゃない。私たちずーっとここから見てたのよ」
「・・・え?」
「同じ気持ちが響きあったときにこの扉は開くの。七重もヒデ君と響きあったでしょ」
 それは小学生の時に見た、柿の木の上にいた高校生のこと? それじゃ、この子達はそのころからずっとここにいるっていうこと?
「そのヒデ君もまだここにいるの?」
「ううん。ヒデ君はもう行っちゃった」
「行ったってどこへ?」
「扉の向こう」
「それは帰ったってこと?」
「ううん。違う方の扉」
「違う方・・・?」
 なんだ? それは?
「そっちの扉にはね、白い女の人がいるの」
 白い・・・女?
「私たち、その女の人にお願いされて、時々家があった方の扉の様子をみて、同じ気持ちの人をこっちに呼んでいるのよ。七重のことも何回も呼びにいったでしょ?」
 あの『声』はそういうことだったのか。しかし・・・白い女の人って・・・?

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ベベアンの扉(17/22)

2006年11月25日 23時55分24秒 | ベベアンの扉(原稿用紙73枚)
 先に進んでみたけど、いつまでたっても人影は現れない。
 ずんずん進んでいったら、ロープの限界が来てしまった。しょうがないので、ロープを近くにあった木に巻き付けてから先に進む。
「緑澤くーん!」
 いつまで歩いても草原だけだ。その先に山もない。ひたすら草原だけ。動物もいない。花も咲いていない。ただひたすら、草。時々、木。
「と、思ったら、岩があった!」
 忽然とあらわれた岩に近寄ってみると・・・
「緑澤・・・君?」
 六年ぶりに見る緑澤君。元々痩せた男の子ではあったけど、眼鏡をかけていないせいかさらに輪をかけて痩せてみえる。と、いうかやつれてみえる。
 軽く揺さぶると、岩にもたれて目をつむっていた緑澤君が、ゆっくりと目を開けた。
「ああ・・・山本さん? なわけないか・・・幻覚かな・・・会いたい会いたいってずっと思ってたから、幻覚まで見えるようになっちゃったのかなあ・・・まあ、いいや。幻覚でも。すごいなあ・・・僕の幻覚。ちゃんと予想通り美人に育ってる。やっぱり僕の目に狂いはなかった。この子は将来きっと美人になるって思ったんだよねえ。中学の時はパッとしなかったけど、あと数年したらって・・・」
「・・・あの~」
 それは・・・褒められてるんだろうけど、微妙に素直に喜べない褒められ方だな。
「緑澤君? 大丈夫?」
「わあ、すごい。幻覚がしゃべった。でも予想としてはもう少し艶っぽい声になると思ったんだけどなあ。ちょっと色気が・・・」
 ムカ。
「色気がなくて悪かったわね! もういい加減に目を覚ましてよ!」
 グリグリグリと思いっきり、こめかみをげんこつで押してやったら、ようやく緑澤君の目の焦点があってきた。
「え、本物なの? 本当に本物の山本さんなの?」
「そうよ! 迎えにきたのよ!」
「え? え? 何で??」
 緑澤君は慌てたように、ポケットから眼鏡をだして装着した。たちまち中学のころと変わらない緑澤君になった。
「何でも何もないわよ。六年ぶりに会いに来たら、こんなところにいるんだもの。さ、帰ろう。お母さんも和也君も待ってるよ」
 たちまち緑澤君の表情が曇った。
「帰りたくないなあ・・・。母さんだって僕みたいな息子いなくなったほうがいいと思ってるだろうし・・・母さんには和也がいるから。和也だったら母さんの期待にそえる」
「ばっかじゃないの」
 本気で呆れた。
「緑澤君って、親の期待にそうためだけに生きてるの?」
「そういうわけじゃないけど・・・でも、あの家では居場所がなくて・・・でもここなら誰も僕を邪魔にしない。すごく居心地がいいんだよ」
「居心地がいいって・・・いったいここで何をしてるの? 一日中、こうやってボーーーーーーッとしてるの?」
「うん・・・まあ・・・そうかなあ」
 緑澤君が首をかしげながらいう。呆れた。本当に呆れた。
「ねえ、それで楽しい? それで満足?」
「うん・・・」
「ばっかじゃないの!」
 衝動にまかせて、緑澤君の頬をつねりあげた。緑澤君が驚いたようにこちらを見返す。
「目を覚ましなよ。中学の時、花火作ってみせてくれたあの緑澤君はどこにいっちゃったの? 先生にむかってエアガンぶつけて一緒に喜んだじゃないの。それも忘れちゃった?」
「・・・忘れてないよ」
 ポツリ、と緑澤君が言う。
「忘れるわけないじゃないか。山本さんと一緒に過ごしたあの時間だけが僕の支えだった。何があってもあの時のことを思い出して乗り越えてきた。でも・・・もう限界なんだよ」
「何が限界よ! 馬鹿なこと言ってないで早く・・・」
『帰らないで。ここにいて』
 あの『声』だ!

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ベベアンの扉(16/22)

2006年11月24日 23時35分40秒 | ベベアンの扉(原稿用紙73枚)
 金属が軋むような音がして、扉が開いた。
 すると突然、すごい勢いで体が扉の中に引きずり込まれた。
 扉の中はまぶしいほど真っ白だった。
 キラキラキラキラ・・・という鉄琴のような音が、あたり一面に広がっている。
「緑澤くーん」
 くーん、くーん・・・と声がこだまする。
「和也くーん」
 目が慣れてきたのか、周りが見えてきた。
 黄緑の草原が広がっていて、所々に木がはえている。テレビで見たモンゴルの草原っぽい感じ。でも空は青ではなく、真っ白く靄がかかっている。
 振り返ってみたが、扉は景色と一体化していて見あたらなかった。
 とりあえず一番近くの木に行ってみると、驚いたことに和也が木の根本に座り込んでいた。木に体を預けた状態で、ボーっと上のほうを見ている。
「和也君。大丈夫?」
 思い切り体を揺さぶると、和也はぼんやりとこちらに視線を向けた。
「ああ・・・七重さん。七重さんも来たの?」
「来たけど・・・ずっといるつもりはないわよ。一緒に帰ろうよ」
「なんで?」
 和也はうっすらと笑った。
「ここにいれば何も考えなくていいんだよ。家族のことも学校のことも、全部、ね」
「・・・あんたはそれでいいかもしれないけど、残されたお母さんはどうするのよ?」
 和也はゆっくりと頭をふった。
「母さんはお兄ちゃんさえいればいいんだよ。オレがいなくなったところでどうもならないよ」
「どうもなってるわよっ」
 イラッときた。
「あんたが消えたって言って、おばさん半狂乱になって家中探し回ったもんだから、あの小綺麗な家がメチャクチャになってたわよ。あんたも帰ったら片づけ手伝いなさいよ」
「・・・母さんが? ううん。それはオレをお兄ちゃんだと思ってたからでしょ。お兄ちゃんが消えたっていって探して・・・」
「だーかーらー違うの!」
 強引に腕を掴んでひっぱり起こした。
「本当はあんたが和也だってわかってて、わざと達之って呼んでたんだって。あんたのお母さん。でも、あんたが平気な顔してるから、あんたが自分に全然感心がないんだってショックを受けてたみたいよ。あんたも嫌なら嫌って言えばよかったじゃないの」
「だって・・・」
 和也は口をパクパクさせていたが、続きの言葉は出てこなかった。
「ちゃんと話し合いなさいよ。本当はまだまだお母さんに甘えたい年頃なんでしょ?」
「そんなことないよっ」
 赤くなった和也の目に精気が戻ってきた。
「よし。じゃあ、これを辿っていって」
 私は自分の体に巻いてきたロープの一本を和也に渡した。
 実はこの扉に入る前に、ロープを二本巻き付けてきたんだ。扉の向こうでおばさんが逆の端を机に巻き付けて待っているはずだ。
 ロープを引っ張って合図をすると、僅かながら引っ張り返された。ちゃんとまだつながっているようだ。
「ほら、これを辿ってお母さんの元に戻って」
「七重さんは?」
 心配げに聞いてきた和也に、私は力強くうなずきかけた。
「緑澤君をさがしてくるよ。必ず連れて帰るから、お母さんと一緒に待ってて」


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何とか11月中に復帰できましたっ。
更新していないのに見に来てくださっていた方々、本当にありがとうございますっ!
今後ともよろしくお願いいたします。
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