創作小説屋

創作小説置き場。BL・R18あるのでご注意を。

(GL小説)風のゆくえには~光彩 目次・あらすじ

2015年04月30日 15時00分00秒 | GL小説・風のゆくえには~ 光彩
目次↓

光彩1-1(綾視点)
光彩1-2
光彩1-3
光彩2-1(あかね視点)
光彩2-2
光彩3-1(綾視点)
光彩3-2
光彩3-3
光彩3-4
光彩3-5
光彩4-1(あかね視点)
光彩4-2
光彩4-3
光彩4-4
光彩5-1(美咲視点)
光彩5-2
光彩5-3
光彩5-4
光彩5-5
光彩6-1(あかね視点)
光彩6-2
光彩6-3
光彩6-4
光彩6-5
光彩6-6
光彩7-1(綾視点)
光彩7-2
光彩7-3
光彩8(完)(あかね視点)


あらすじ↓

大学時代、恋人同士だった綾とあかね。
別れてから19年後。あかねが娘の担任として、綾の前に現れる…

恋愛とは?結婚とは?家族とは?そんな真面目なことを考えた大人のガールズラブ小説です。
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(GL小説)風のゆくえには~光彩8(完)

2015年04月30日 14時00分00秒 | GL小説・風のゆくえには~ 光彩
 綾さんと美咲の3人で暮らしはじめて2ヶ月が過ぎた。
 自分でも驚くほど、毎日が楽しくて仕方がない。心が自由だ。

 教師生活もそれなりに長いので子供のかわいさは存分に堪能してきたつもりだったけれども、生活を共にする子供……しかも愛する人の子供のかわいさは別物だった。
 もともと美咲のことは、綾さんの娘ということで贔屓目に見ていたところはあったけれど、今やもう「目に入れても痛くない」域を超えている。かわいくてしょうがないし、心配でしょうがない。この子の成長を綾さんと一緒に見守っていけるという幸せに感謝したい。

 と、いうことで。

「バレたら困るから絶対に見にきちゃダメだからね!」

 と、念を押されていたダンス大会……
 どうしても我慢できなかったため、変装してコッソリ見に行くことにした。
 午前中、演劇部の練習で学校に行っていたため、まずそこで茶髪のカツラを調達。ちょっとチャラい感じの髪型。それから、友人の桜井浩介から男物のトレンチコートとサングラスを借りた。

 浩介は年明けから、恋人の慶君と一緒に私のマンションに住んでいる。2人は長いこと海外で暮らしていたけれど、諸々の事情が重なり、帰国することになったのだ。

 学校に提出する書類に、美咲と同じ住所を書くわけにはいかないため、私の住所はマンションのままになっている。
 誰も住まない部屋は荒れるというからどうしようかなあ……と思っていたところ、タイミングよく浩介達が帰ってくるというので、2人に貸すことにしたのだ。浩介だったら気心もしれているので、私宛の郵便の受け取りもお願いしやすい。それに何より、神経質な二人のことなので綺麗に使ってくれることは確実で安心。

 今日は二人とも休みで何の予定もないというので、半ば無理やり二人にも付き合ってもらうことにした。男友達と一緒ならカモフラージュにもなるし、慶君はあいかわらず芸能人ばりの美青年なので、男装した私の浮き具合も軽減されるはず……。

 会場の市民ホールに着いたのは、美咲の所属するチームの発表の寸前だった。ギリギリセーフ!

 美咲のかわいさは、身内の欲目を除いても群を抜いていた。その証拠に、浩介に「どの子?」と聞かれ、「一番かわいい子」と答えたところ、浩介と慶君は迷いなく二人そろって、12人いるメンバーの中から美咲を指差した。素晴らしい。演劇部に本入部してくれなかったことが本当に悔やまれる……。

 最近、美咲は笑顔が柔らかくなったと思う。心が安定してきたのだろう。
 夏の初めにトイレで水をぶっかけた件も、先日鈴子にきちんと謝ったそうだ。今さらなんだけど、とちょっと気まずそうに報告してくれた。でも、運動会の衣装の件は、何か裏があるらしく、話してくれない。鈴子も気にしていないというのでこちらから掘り返すつもりはないが、そのうち話してくれることを待つことにする。
 美咲と鈴子は学校では接点を持とうとしないけれども、放課後は時々二人で会ったりしているようだ。おそらく、菜々美とさくらとはクラスが別れたら疎遠になるだろうけれど、鈴子とは生涯の友人になる予感がする。

「…………あ」
 思わず、眉間にしわが寄ってしまう。
 美咲達のステージが大成功のうちに終わり、ようやく落ち着いて綾さんを見つけようと会場を見渡したところ、私達がいる席よりも何段か前の方の席に、綾さん発見! やった!と、思ったのも束の間、元旦那が横に座っていることに気がついた。……ムカつく。

「ちょっと行ってくる」
 ボソッと言って立ち上がると、「ケンカしないでよ」と浩介に釘をさされた。ケンカふっかけそうな顔をしているらしい。そりゃ冷静でいられる自信はない。

 そーっと近づき、綾さんの後ろの席にコソッと座り、膝に肘をついてパンフレットを読んでいるふりで身を前にかがめて、聞き耳を思いっきりたててみる。二人はこちらに気づく様子もなく何か話している……。

「そうね……名古屋のおじさんからは、去年、健人の入学祝いに10万いただいてるから……」
「げ。10万ももらってたか?」
「そうよ。そういうの全部、ノートに書いてあるから。お祝い返しの内容も全部」
「あーそう……じゃあやっぱり出産祝い送らないとだめかあ。……めんどくせえなあ」
「そんな、せっかくの初孫なんだから……」

 …………。
 なんか………悔しい……。
 生活を共にしてきた家族の会話だ。私の知らない19年の綾さんの話。
 どーんと落ち込んでいたところ、ようやく話は終わったようで、綾さんの元旦那が、それじゃあ、と立ちかけた。でも思い出したようにまた座った。

「あの、オレ、正式に籍いれたから」
「あら、おめでとうございます」

 綾さんの明るい声。なぜか元旦那はガッカリしたように、

「お前さ……あ、いや、お前なんて言っちゃいけないな」
と、ふううっと大きくため息をついた。

「あのさ……綾」
「はい」

 なんだよ。と、こっちがキリキリしてしまう。

「お前……オレとの結婚生活……つらいだけだったか?」
「何言ってるの」

 綾さんがクスクス笑っている。ううう……。

「そんなことあるわけないじゃない。あなたと結婚したおかげで、健人と美咲に出会えて、私、とっても幸せだったわよ」
「………やっぱり子供たちのことだけだよな」
「え」
「お前さ……オレのこと、どう思ってた?」

 綾さん元旦那の真剣な声。

「オレのこと……少しでも好きだったか?」
「当たり前じゃない。そうじゃなかったら結婚なんてしなかったわ」

 う……。ぐさぐさと刺さってくるのを何とか耐えながら聞き耳をたて続ける。
 綾さん元旦那がなおも問いかける。

「どこが? どこが好きだった?」

 綾さん、間髪入れず、驚きの回答。

「顔」
「え?」

 私まで「え?」と聞きかえしそうになってしまった。顔?

「なんだって?」
「顔、よ。顔」
「え? そうなのか? え? 顔?」
「そうよ?」
「顔?」
「ええ」
「……………」

 綾さん元旦那。肩を震わせ笑いはじめた。

「そっか、そっかあ……。顔、か。そいつはいい」
「なんで笑ってるの? 何かおかしい?」
「いやいやいや………」

 綾さん元旦那、嬉しそうだ。

「じゃあ、少なくともオレは、その点ではお前の期待を裏切ってないわけだな」
「自慢の夫だったわよ? みんなに、綾の旦那さんカッコいいねって言われて」
「そうか……それは良かった」

 例えばここで、綾さんが「優しさ」とか「誠実さ」とか答えていたら、元旦那は「変わってしまってごめん」と謝るつもりだったのかもしれない。ところが「顔」と言われたら……、なんとも言いようがない。綾さん、そのことを踏まえて「顔」と答えたのだろうか……。いや、本気の答えな気もする……。

「なんか、母さんまで綾たちになついちゃったみたいだな」
「そうそう。季美子さん、そのうち本当にうちに住むんじゃないかしら」
「そうなったら悪いな。よろしく頼むな」

 綾さん元旦那が深々と頭を下げている。

「綾のおかげで、子供たちも良い子に育ってくれて……本当に感謝している」
「私は別に何も。子供たちが良い子なのは血統よ」
「血統?」

 綾さんはニッコリという。

「健人の、目的に向かって真っすぐ突き進む強さはあなたに似たのだし、美咲の、明るい社交的な性格は確実にあなた譲り。でも二人とも根本的なところが真面目なのは私の血筋ね」
「………そっか」

 綾さん元旦那……愛おしそうに綾さんを見ている。……胃が痛くなってきた。

「ありがとう、綾」
 元旦那が綾さんに手を差し出している。

「今後、話は母さんか子供たちを通すようにするよ。二人で話すのはこれで最後にする」
「ええ。そうね」
「幸せに」
「あなたも」

 綾さんがふわりとほほ笑み、手を握りかえした。………今、グーでパンチしたい。その手、離させたい。けど、我慢我慢……。

 綾さん元旦那が席を離れた。ステージではあまり上手じゃない子たちが一生懸命踊っている。その様子を綾さんはぼんやりとみている。

「…………」
 綾さんの隣に席を移る。いきなり隣に座られ、びっくりしたように綾さんがこちらを振り返り、「え」と目を瞠った。

「あか……」
「……………」

 綾さんの右手を両手で包み込み、ギューギューギューと握りしめる。

「………なにしてるの?」
「上書き」

 にぎにぎにぎにぎ。

「握手してたから、上書き」
「……見てたの?」
「見てたどころか、後ろで聞いてた。ごめん」
「そう……」

 綾さんはされるがままでいる。目線はステージに向けたままだ。

「綾さんって、面食いだったんだね。知らなかった」
「そう?」
「…………私の顔も、好き?」
「当たり前じゃないの」

 ぎゅっと握り返された手。柔らかい。温かい。

「だって、元々私、あかねの氷の姫の姿に一目ぼれしたのよ?」
「………え?」

 一目ぼれ?

「うん。氷の姫の衣装を試着してもらった時にね、すごい感動したの。私のデザインした衣装、あなたが着たら別のものみたいに光輝いて……。あの時がまさに一目ぼれの瞬間だったわ」
「え、そんなこと綾さん今まで……」
「言ったことないわね」
「だって、私がしつこく迫ったからしょうがなく付き合いはじめたんじゃ……」

 うふふ、と、綾さんが笑った。

「21年目の真実ってやつね」
「うそ……そんな……」

 そんな嬉しいこと、どうして今までいってくれなかったの!!

「そうね。どうしてかしらね」
「どうしてかしらねって……」
「それより」

 綾さんが表情をあらためた。

「なんなのその格好。どこの芸能人かホストかと思ったわよ」
「あー……」

 まあいいや。一目ぼれの件は今度ベッドの中でゆっくり追求しよう。
 
「すごいでしょ? これならバレないでしょ?」
「バレてはいないけど、目立つわよ…。そのかつらとサングラスとコート、買ったの?」
「ううん。かつらは演劇部が一昨年使ったやつ。サングラスとコートは浩介から借りた」
「浩介君?」

 ちょうどステージが終わり、休み時間に入るアナウンスがかかった。後ろを振り返り、浩介たちに手を振ると二人がこちらに歩いてきた。

「こんにちは」
「お久しぶりです」

 二人が頭を下げると、綾さんは口に手を当てた。

「浩介君にはこないだ会ったけど、慶君は20年以上ぶり……よね。あいかわらず天使健在なのね」

 そう。慶君はバイト先で「天使」とあだ名されていた。若干老けたものの、今も天使っぽいイケメンぶりだ。浩介はあいかわらずの平均値男だけど。

「でしょー。天使の横にいれば、私も目立たないかなあと思って」
「相乗効果で余計目立つと思うんですけどね」

 浩介が言うと、綾さんもうんうんと肯いた。
 そう言われてみると、まわりの人がチラチラとこちらを見ているような……

「ママッ」
 そこへ、たかたかたかっと美咲が走ってきた。白いフリルのスカートにGジャン。抜群に似合っている。

「美咲」
 両手を広げ、美咲を受け止めようとしたところ、美咲は私の前で急ブレーキをかけた。そしてマジマジと私を見上げ……

「あか……っ」
 叫びそうになり、ハッと口を押えた。

「ああ、そういうこと……。あかねママだったのね」
 小さくぽそぽそと美咲が言う。

「みんながね、芸能事務所の人が来てるって言ってる」
「芸能……事務所?」
「すごいイケメン2人とマネージャーみたいな人がきてるって、裏で噂になってるの」

 イケメン2人=私と慶君。マネージャー=浩介。だな。

「おれ、マネージャーかあ……」
 浩介と慶君、顔を見合わせ苦笑い。

「それで、今、ママと話してるから、美咲がスカウトされてるんじゃないかって」
「なるほどね……」

 みんな想像力豊かだ。

「残念ながら違うわよ。この2人は、ほら、前に話した、今マンション貸してる……」
「あ、海外から帰ってきたっていう、学校の先生とお医者さん?」

 美咲は二人にピョコンと頭を下げた。

「こんにちは。佐藤美咲です。いつもあかねママがお世話になっています」
「わーシッカリしてるね」

 浩介がニッコリとする。

「桜井浩介です。いつもお世話してます」
「何がお世話よっ。今は部屋貸してるんだから私の方が世話してるでしょっ」
「それはそれ。今日だって突然やってきて、人のクローゼット勝手に漁りはじめて……」

 ぐっと詰まる。確かに反論できない…。

「あ、この変装グッツは、先生が貸してくれたのね」
 美咲がポンと手を打つ。

「これなら確かにあかねママだってバレないよね。すごいね。あかねママ大変身だね」
「でしょ?! これならもう見に来てもいいでしょ?!」
「うん。いいよー」

 美咲はホッとしたようにうなずいた。

「あー良かった。これでもう勉強しないですむや」
「……え?」

 私の変装と美咲の勉強になんの関係が……

「え、美咲、そのために外部受けるって言ってたの?」
 綾さんの驚いたような声。話が読めない。

「何? どういうこと?」
「美咲、最近妙に勉強してたでしょ? あかねにはまだ言わないでって言われてたんだけど、外部の高校、受験するって言ってて……」
「どうして……」

 美咲はケロリとして言った。

「だって中等部と高等部は校舎も繋がってるし、美咲が来年中学卒業したって、あかねママとの関係バレるわけにはいかないでしょ? だから外部の高校にいけば、あかねママもステージ見に来られるようになるかなって思って。ここのダンス教室も中学までだから、高校からは別のところに移るしさ」
「え………」

 私のためにそんな……

「美咲だって、本当はあかねママに見にきてほしかったんだよ?」
「美咲……」

 えへ。と美咲が笑う。

「でも、今日来てもらえてよかった。美咲、上手だったでしょ?」
「うん。うん。すっごく上手だった!かわいかった!」

 思いがつのって、ぎゅううっと抱きしめる。美咲がふがふがともがく。

「ママ、苦しいって」
「うん……」

 涙が出そうになる。
 小学校の時、一度も演劇クラブの舞台を観に来てくれなかった母。本当は、見に来てほしかった。
 中学になって観に来てくれるようになったけれど、賞を取ろうが何しようが、終わってからダメだしばかりされた。見ていた時間が無駄だったと毎回言われた。本当は、褒めてほしかった。

 美咲。私、私がしてほしかったことを、あなたにしてあげたい。私が言ってほしかったこと、あなたに言いたい。

「美咲……ありがと。あなたは自慢の娘だわ」
「うんうん。分かった分かった」

 私の重い思いなんて露知らず、美咲は私の言葉を軽く受け流すと、

「これから審査発表だから、見ていってね。うち、絶対賞取ってるから!」
 
 元気に腕から抜け出て、駆けだしていった。
 空っぽになった腕に、そっと温かい手の感触。いつも支えてくれる優しい手……。

「綾さん……」
「まあ、内部であがるにしても、勉強は続けてほしいわよね」

 肩をすくめる綾さんはやっぱりお母さんだ。


 審査の結果、美咲達のグループは金賞をもらった。美咲がこちらに向かって大きく手をふっている。

 隣に座っていた浩介が小さく、私にだけ聞こえるようにいった。

「……幸せだね。あかね」
「………うん」

 小さくうなずく。うん。私、幸せだ……。


***


 3月14日。そう。約束の20年後の当日。

 美咲が変な気を使って、おばあちゃんと一緒にレディースプランでお泊りに行ってしまったため、綾さんと二人きりで過ごすことになった。
 何があるわけでもないのに、変な緊張感が漂う中で食事をし、食後、緊張をほぐそうと、健人さんが持ってきてくれた先日の美咲のダンス大会のビデオをみながらリビングでワインを飲んでいたら、まわりが早く、気がついたら寝ていた。アホだ……。


 カチャカチャと食器を洗う音で目を覚ました。もう夜はとっくに明けている。綾さんがかけてくれたであろう毛布にくるまれ、ソファーで眠りこけていた私……。
 綾さんの気配を感じながら、もう一度目をつむる。
 ああ、20年前の朝も、こんな感じだった……。

 洗い物が終わったらしい綾さん。気配が近づいてきた。
「………あかね」
 小さな声。頭をなでられる。ゆっくりゆっくりと。

「あかね……」
 綾さんの柔らかい髪が頬にかかる。優しいキス……。

 ああ、あの時と同じだ……
 あの時、このあとに綾さんが言ったんだ……『あかね……

「あかね……大好きよ」
「!」

 バチッと目を開けてしまった。今、言った!大好きよ。大好きよっていった!

「やっぱり起きてた」
 綾さんがおかしそうに笑っている。

「今、今、今、綾さん、大好きよっていったよね? ねえ、20年前……」
「そうよ。あの時も大好きよって言ったの」

 綾さんが軽く、もう一度キスしてくれる。

「やっとちゃんと言えた」
「わー嬉しい! 愛してるも嬉しいけど大好きも嬉しいね!」

 綾さんをソファーの上に引っ張りあげて、思いっきり抱きしめる。

「やっぱり『大好き』だったんだ? 大好きって今まで言ってくれたことなかったよね?」
「うん。なんとなくね……今日まで言うの待ってみたの。20年のケジメね」
「うん……」

 綾さんの腰を抱いて、その柔らかい髪に顔をうずめる。

「ねえ、綾さん……」
「なに?」
「私も……本当は昨日、聞こうと思ってたことがあるの。酔っぱらって寝ちゃって聞きそびれちゃった」
「うん」

 綾さんが優しく微笑みかけてくれる。その瞳を覗き込む。

「ねえ、綾さん……」

 20年前、20年後確かめにいく、と言った言葉。

「綾さん、今、幸せ?」
「………」

 綾さんは、大きく瞬きをしてから、ゆっくりうなずいた。

「幸せよ。あなたと一緒にいられるんだもの。幸せ過ぎるくらいよ」
「綾さん……」

 その大好きな手を包み込む。

「このまま時が止まればいいって感じ?」
「……ううん」

 綾さんが静かに首を横に振る。

「止まったら困るわ。だってこれから楽しいことたくさんあるんだもの。ね?」
「………うん」

 ぎゅっと抱きしめる。
 綾さん。私の綾さん。私の光。

 その白い頬を囲み、唇を寄せようとした……ところで。

「ただいまー! ごめーん、早く帰ってきすぎたー?!」
「おいしいパンを買ってきたのよー」

 美咲と美咲の祖母・季美子さんの元気な声が上から聞こえてきた。綾さんと顔を見合わせ、吹き出してしまう。

「おかえりなさーい」
「あっれ、何、ここで寝たの? 毛布がある」
「うん。酔っぱらってそのまま寝ちゃった」
「なによーロマンティックじゃないなーせっかく出かけてあげたのにー」

 美咲が階段を元気におりながら、ぶうぶう言っている。季美子さんは、とにかくそのおいしいパンとやらを早く見せたいらしい。

「綾さん綾さん、ほら、これ、前に一緒にテレビでみたあそこのパン屋さんよ」
「朝早く並ばないと買えないっていってたあそこの?」
「そうそう。みいちゃんと並んだのよー。早く食べましょっ」
「わあ。楽しみ」

 綾さんがてきぱきと朝食の用意をはじめてくれる。

 朝の光。白いお皿。おいしそうなパンの匂い。香しい珈琲の香り。

「いただきまーす」

 食卓を囲む家族の笑顔。

「あ、これ、2種類あるのね。みんなで半分こずつにしましょうか」
「うんうん。切って切ってー」

 おいしい物を分け合える幸せ。

「はい、あかねの分」
「……ありがと」

 愛する人がそばにいてくれる幸せ。微笑んでくれる幸せ。

 20年前には想像もできなかった20年後の幸せな世界。
 次の20年後も、きっと、幸せは続いている。光彩の中で。


<完>




--------------------





以上。終了です。長くなっちゃった。
ああ、寂しい。終わっちゃった。

あかねが実母につけられた心の傷は、綾さんと美咲が癒していってくれることでしょう。

ちなみに、20年前の別れの話はこれ→風のゆくえには~光彩4-1
そして、このまま時が止まってしまえばいい、と言っていた話はこれの終わりの方→風のゆくえには~光彩4-4


でした。時が止まってしまえばいい、という思いって切ないよね。
明日も明後日もくるのが楽しみっていう日常が二人のもとにもやってきました。


さて。浩介の方は……どうしますかね。
書くのはまだ早いかな。なので、しばらくお休みします。
たぶんまた我慢できなくなって落ちもなにもないR18話を書くかもですが。


あかねと綾さんに関しては、もう自分の中では完全に完結したので、続きをかくことはないと思います。(浩介の話のときに、あかねは登場しますが)

書くとしたら、日本で同性婚が認められるようになったとき、ですね。
上記の朝は、今年(2015年)の3月15日でした。彼女たちもリアルタイムで歳をとっていくので、おばあちゃんになってしまう前に書けたらいいなあ。

渋谷区では同性パートナーシップ条例が成立しましたが、あいにく二人は渋谷区住民ではないので関係ありません。
シェアハウスは東京にほど近い側の横浜市にあります。
美咲は父親の戸籍に入っているので、佐藤のままです。なので、三人とも名字が違うという……。

上記話の中で、入学祝いやら出産祝いの話が出てきますが……
結婚ってそうなんだよね。恋愛や同棲とは違うのがそこ。親戚付き合いとか絡んでくるの。
惚れたはれただけではやっていけない現実がそこにはあります。
きっと綾さんはしばらく佐藤家のそういうことの面倒みさせられると思う……。

季美子さんは近々本当に引っ越してきます。
その方が家賃負担してもらえるから、ラッキーといえばラッキー。
季美子さん、家事をやりたくない人なので、その分多く食費を払うことになりました。

あかねと綾の部屋は隣同士。季美子さんの部屋とは玄関トイレ洗面台を挟んでいるため結構離れており、美咲の部屋は一階です。
なので、あかねはたいてい休日前の夜はこっそりと綾の部屋に入り浸っています。

そんな感じで、二人は今、幸せに暮らしているし、これから先もずっと幸せに暮らしていると思います。
お幸せに!


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(GL小説)風のゆくえには~光彩7-3

2015年04月29日 10時31分57秒 | GL小説・風のゆくえには~ 光彩
 木の匂いと、朝日と、温かい腕と、優しい手の感触に包まれながら、目を覚ました。あかねの手がゆっくりゆっくりと私の頭をなでている。

「……あかね?」
「あ、おはよう。綾さん」

 こつん、とおでこを合わせる。あかねが目を細めてこちらを見ている。

「……おはよ。どうしたの?」
「んー。愛する人が自分の腕の中にいるという喜びをかみしめてるの」
「………変な子」
「そう?」

 言いながらも、あかねが首元にキスをしてくる。

「んん……今何時?」
「もうすぐ6時」
「え、6時?」

 あかねを押しのけ体を起こし、机の上の目覚まし時計を取る。5時55分。ああ、あと5分で鳴る。

「もう起きないと。6時に起きるつもりだったからちょうどよかった」
「えー、じゃ、あと5分あるよ? しよ?」
「何言ってんの。5分じゃ終わらないでしょ」
「努力します」
「なんの努力……っ」

 思わずのけぞる。あかねの唇が背中から腰にかけておりてきたのだ。どうしようもなく全身で感じてしまう。

「ん……、あかね……」
「ホント、綾さんって感度いいよね……」
「!」

 なにそれ。ムカッときた。腹立たしいままに、後ろから胸のあたりに伸ばされてきた手を、思いきりつねる。

「痛い痛い痛いってっ」

 悲鳴を挙げたあかねの頬をさらにつねりあげる。

「何、何怒って……」
「そういう、誰かと比べるような発言、やめてくれる?」
「……え、比べる?って?」

 きょとんとしたあかね。もう知らない。さっさと着替えはじめる。

「え、何、何? 分かんない。比べてなんかないよ?」
「比べたでしょっ」

 枕を掴んで投げつける。ちょっと待って、と言いながらあかねは枕を受け取り、

「えーと……私、何言った? えーと、綾さんの感度がいいって……」
「…………」
「……………それ?」
「…………」

 むっとしていると、強引に引っ張られベッドに座らさせられた。そっぽを向いている頬をあかねがつんつんとつついてくる。

「あーやーさん」
「………なによ」
「かわいいね」

 こめかみのあたりに軽いキス。

「かわいくない」
「かわいいよ?」
「誤魔化そうったって……」
「誤魔化してないよ」

 引き寄せられ、ぎゅううっと抱きしめられる。

「もう、他の人のことなんか忘れちゃった。綾さんのことしか覚えてないよ」
「……………」

 調子のいいこと言って……。
 でもこれで許してしまうのが惚れた弱みというやつなのか。
 大きくため息をついて、肩をすくめる。

「……もう、いいわ」
「じゃ、ね、綾さん。言って?」
「………」

 ニコニコのあかね。この「言って」は朝のお約束。飽きもせず、毎日のようにせがんでくる。

「…………あ」
「あ?」

 なんか悔しい。いいたくない。

「…………もう行く」
「え?! 綾さん?!」

 行こうとした手をつかまれた。振り返ると……泣きそうなあかねの瞳。ギョッとする。

「やだ、あかね。泣かなくても……」
「だって、綾さん怒ってる……」

 うるうるとした瞳。最近あかねはよく泣く。学生時代は一度も涙なんてみせたことなかったのに、家族になるって言ったあの日から、やたらと涙を流すようになった。私と二人きりのときにだけ見せる、幼い子供のようなあかね。かわいいかわいいあかね。きっと幼少時代に出すことのできなかった泣き虫のあかねの人格がようやく出てきたのだろう。いい傾向だと思う。
 私も私で枕を投げるくらいには感情をぶつけられるようになったのだから、お互いいい傾向なのかもしれない。

「もう怒ってないから。ね?」

 頭を引き寄せ、なでていると、あかねは私の胸に顔を埋めながらコクコク肯き、

「じゃあ、言って」
「…………あかね」

 その愛しい額に口づける。

「愛してるわ。あかね」
「うん」

 あかねが安心したように微笑む。こちらまで幸せになるような微笑み。愛おしい、と心の底から思う。
 あかねの額に再度口づけると、

「まだ寝てていいわよ? 部屋戻ったら?」
「んー綾さんは?」
「私はサンドイッチ作りがあるからもう起きるの」
「あ、そっか。今日、美咲のステージだもんね」

 美咲は、ステージ成功のゲン担ぎに、お弁当は必ずサンドイッチを持って行く。

「私も手伝う」
「そう? ありがと。じゃあお願い」

 木の匂いのする階段を降りていく。吹き抜けのリビング。大きな窓に雲間からの朝日。

 このシェアハウスは4部屋で構成されている。元々は普通の4LDKの広い一軒家だった家を、シェアハウスとして貸し出すようにリフォームしたらしい。斜面に沿う形で建っており、二階に広い玄関がある。

 玄関を入って左手に2部屋。手前をあかね、奥を私が借りている。玄関の右手に洗面台・トイレ・もう1部屋。こちらは健人用に借りている。廊下の手すりの向こうは吹き抜けのリビングだ。

 大きな階段の下には、隠し部屋のような1部屋。クの字をした変な形だし、入口も背が高い人はかがまないと入れない小さなドアの部屋なため、この部屋だけ賃料も少し安い。もしかしたら、元々は広めの物置だったのかもしれない。でも、美咲が一目見て気に入ったため、即決で美咲の部屋となった。

 広いリビングの続きにダイニング。あこがれのカウンターキッチン。かなり広いので3人で台所に立っても大丈夫なところがさらにいい。
 そして何よりいいのは、ログハウス調の建物で、木の匂いがすること。広い窓から太陽の光が燦々と降りそそいでくること。こんな贅沢なことはない。

 あかね名義のマンションに住むことは、自立できていないようで気が引ける……と感じていたことを、あかねは気が付いてくれていた。老後、二人だけになった時にはまたマンションに戻るかもしれないけれど、とりあえず、子供がいるうちは他で借りよう、ということになったのだ。

 名義の問題などで悩んでいたところ、あかねの知り合いの不動産屋さんから、シェアハウスを勧められた。シェアハウスならば、一緒の家に住みながらも、それぞれの部屋での契約になる。話し合いの結果、私と美咲の部屋を私が、あかねと健人用の部屋をあかねが契約することになった。
 初めての自分名義での住居。ようやく一人前になった気がする。


 サンドイッチというのは、前日に作っておくわけにはいかないから面倒だったりする。具材だけは前日に仕込んでおけるけれども、バターを塗って具材をはさんでカットする、という工程はどうしても当日になる。これが何気に手間がかかる。

 あかねにバター塗りをお願いして、朝食の準備とサンドイッチ作りを平行してやっていたところ、

「おはよー……」
 美咲が眠たげに目をこすりながら起きてきた。今日、本番だというのにずいぶんダルそうだ。

「大丈夫? 昨日遅くまで勉強してたでしょ?」
「うん。平気……。それより、ママ、髪の毛……は無理そうだね」

 美咲は言いかけたけれども、私が忙しそうにしているところをみて、あかねに目をうつした。

「あかねママでいいや。あかねママー髪の毛結ってー」
「美咲……。でいいや、とはなによ。でいいやとは」

 ちょうどすべてのパンにバターを塗り終わったあかねが、ぴんっと美咲のおでこをはじく。あかねと美咲はいつの間にか「美咲」「あかねママ」と呼び合うようになった。学校で間違えて呼んでいないか心配だ。

「最近、腕あげてきたでしょ? 今日は綾さんと遜色ない仕上がりにしてみせます!」
「ほんとにー? じゃあ、編み込みできる?」
「できるできる……たぶん」
「たぶんって言った!」

 二人がはしゃぎながらリビングで髪の毛を結いはじめたところに、パタパタとスリッパの音が響いてきた。

「もう綾さん、起こしてくれれば私も手伝うのにっ」
「おはようございます。季美子さん。じゃ、出来上がってるのからカットお願いします」

 季美子さん……夫の母は、昨晩もこちらに泊まった。しょっちゅう泊まりにきている。

 2月の夫の父の一周忌は、結局私が取り仕切った。これが最後のつもりで、すべて取り仕切り、以降の法事への引継ぎノートまで作成した。
 親戚一同には、夫と私が離婚したこと、近々夫が再婚することをこの場で発表した。新しい佐藤家の嫁は、この日来ていなかった。嫁業をやるのは真っ平ごめん、らしい。

「綾さんは、私の見込んだ通り、完璧な嫁だったわ」
 義母は法事の席でしみじみとつぶやいた。そう。考えてみたら、私が結婚した理由は、義母に気にいられたからだった。

「あなたにはお父さんのことも全部見てもらって……感謝してもしたりないわ。お父さんも、綾さんのこと本当の娘……いえ、お母さん、とでも思ってたみたいよね。お父さんが穏やかに逝くことができたのは綾さんのおかげ」
「やだ、お義母さん?」

 義母は何を思ったのか深々と私に頭をさげた。あわててやめさせようとすると、

「それなのに、充則がバカな真似を……本当にごめんなさい。三年も辛かったでしょう」
「お義母さん……」

 頭をあげた義母は寂しそうに微笑んだ。

「でも、バカな息子でも私にとっては息子は息子。支えていってやりたいと思うの」
「……はい」
「今度の嫁は手ごわそうだから、私のほうが追い出されちゃうかもしれないわね」
「そしたらうちに泊まりにおいでよ、おばあちゃん!」

 いつの間に私の後ろに美咲がいた。美咲はⅤサインをつくると、

「せっかくお兄ちゃんのために一部屋空けてあるのに、お兄ちゃん中島先輩のところに住んじゃって、こっちにくる気ないみたいだから、一部屋余ってるんだよ」
「え……でも」
「ええ。どうぞ。是非泊まりにいらしてください」

 80%くらい社交辞令での誘い文句だったけれど、義母は本当に泊まりにやってきた。新しいお嫁さんは相当手ごわいらしい。ストレスがたまってしょうがない!とプリプリしている。

 もう、お義母さんと呼ぶのもなんなので、「季美子さん」と呼ぶことになった。季美子さんは私のことは変わらず「綾さん」。そして、あかねのことはなぜか「あかねちゃん」と呼ぶ……。
 あかねと季美子さんはすっかり打ち解けて、季美子さんが泊まりに来た日は遅くまで一緒に飲んでいたりする。
 冗談でもなんでもなく、近い将来、本当に季美子さんが空き部屋に引っ越してくるような気がする……。


「あら……」
 あかねと美咲の声に、我に返った。

「大丈夫だよーコッソリ隠れてるから」
「ダーメ。今日は学校の子たちも来てるから絶対にばれるよ。あかねママ、自分のオーラ自覚しなよ」
「消す消す。オーラ消す」
「じゃあ、今消してみて。はい、消えてません。残念」
「なんでー!」

 まだやってる…。あかねが美咲のダンスを見に行きたいとずっと駄々をこねているのだ。

「もーママー。あかねママがしつこいー」
「あかね、今日は本当に無理よ。5月の駅前のフェスティバルだったら、偶然通りかかったってことで誤魔化せるからいいけど、今日のは市民ホールだから」
「えー5月までなんて待てない」

 ブツブツブツブツ……。あかねは眉間にシワを寄せている。

「せっかくのうちの子の晴れ舞台を見れないなんて……。やっぱり転職、本気で考えようかな……」
「バカなこと言ってないで。はい。みんな時間。遅れちゃうわよ」

 手を叩き、3人を玄関に送り出す。
 美咲は午前中リハーサルで、午後から本番。季美子さんは一度家に戻ってから、本番に間に合うように会場入りするという。私も持ち帰っている仕事を午前中にすませて、午後から見に行く予定。あかねは午前中、学校で演劇部の練習がある。

「あかねちゃん、健ちゃんがビデオ撮ってくれるから、それ楽しみにしてて」
「えー……生で見たいのに……」

 季美子さんの言葉にもあかねはブツブツと言い返している。美咲が楽しげに笑ってあかねの背中を叩いた。

「5月のは見にきていいから。ね。今日は我慢して」
「うー……」
 ようやくあかねが首を縦にふった。美咲もここまで見たい見たい言われて相当嬉しいようだ。いつもよりもさらに元気いっぱいに玄関を開けた。

「じゃ、ママ、あとでね!」
「うん。頑張ってね」
「綾さん、私はいつものように前の方で見てますからね」
「はい。あとで会場で」

 行ってきまーす!と、ようやく三人がにぎやかに出ていった。やれやれだ。

 ホッと一息ついたところで、再びドアが開いた。あかねだけがスルリと中に入ってくる。

「あかね? 忘れ物?」
「うん」
 いきなり手をつかまれ、引き寄せられる。ぎゅーぎゅーぎゅーと抱きしめられてから、

「行ってきます」
 頬に軽くキスされた。思わず笑ってしまう。これが忘れ物ね。

「行ってらっしゃい」
「うん。行ってきます」

 あかねの幸せそうな笑顔。心が温かくなる。笑顔にさせてあげられる自分が誇らしい。閉まったドアを見つめながら、ぐっとガッツポーズを作る。

 さっき、あかねは美咲のことを「うちの子」と言っていた。「うちの子」。そう。私たちは「うち」だ。
 私たち、ここまで来られた。
 20年前、あの悲しい別れをしたときには想像もできなかった。あの時の私は、諦めてばかり言い訳ばかりの勇気がない女の子だった。でも、今は違う。私はもう言い訳はしない。20年あったから、ここまで行きつくことができた、幸せの場所。

 これから先、もしかしたら心揺らぐようなことが起きるかもしれない。
 でも、私はもう、一番大切なことを見失うことはない。絶対に離さない。私の愛。私の光………。



--------------------------


綾さん視点の最後の回でした。
みんな幸せそう……。
でも、あかねがまだ若干不安定かな。でも母性愛あふれる綾さんならきっとその愛で包み込んでくれることでしょう。

次回、あかね視点。最終回です。
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(GL小説)風のゆくえには~光彩7-2

2015年04月28日 10時45分20秒 | GL小説・風のゆくえには~ 光彩
「公正証書を作ろうと思うの」

と、あかねが言いだした。私の「娘にならない?」に対する返答がこれだった。

「綾さんの申し出は本当にうれしいし、法的にも家族になれたらどんなに幸せかとも思う。でも、私は綾さんの娘になりたいわけではない。将来的に日本でも同性婚が認められるようになったら、その時は正式に家族になってほしい。それまでは我慢する」

 あかねもあかねで色々と考えていたようで、弁護士事務所でもらったという資料を見せてくれた。

 私も離婚による財産分与でそこそこまとまったお金を手に入れたけれども、あかねの貯金は額が違った。どうやったらこんなに貯められるんだ、と驚くほどの金額だった。

「これが母に全額渡ると思うとぞっとするのよ。私」

 そうあっさり言うあかねの本当の気持ちは分からない。

「これは、綾さんと綾さんの子供たちに残したい」
「…………」

 若い頃だったら……「死んだときのことを考えるなんて」とたしなめたくなったかもしれない。でも、平均寿命の半分近くまできた今となっては、そういうことを考えるのも大切なことだと、冷静に思えるようになっていた。


 美咲と鈴子ちゃんがうちに来た翌日、昼休みを少し早目にもらって、あかねと一緒に区役所に行った。あかねの分籍届を提出するためだ。こんな悲しい思いで提出するものを一人で行かせたくなかった。
 あかねは3,4時間目が空き時間だったそうで、私に会う前に弁護士事務所に行っていたらしい。踏ん切りがついたようなサバサバとした表情ではあったけれど、本当のところはわからない。わからないけれど、本人が踏ん切りがついている、と思おうとしているのなら、そう受け入れてあげたいと思う。


 一方、私の実家の方はというと……。
 離婚の報告の電話をした際、電話口に出た弟が真っ先に言ったことは、

「姉ちゃんの部屋、未央に使わせようと思って、もう学習机も発注しちゃったんだけど」

だった。未央、というのは弟の娘。来年小学校一年生になる。弟一家は実家で同居している。だから、私が離婚して実家に戻ってくるのは困る、ということだ。

「実家には戻らないから大丈夫よ」
「じゃ、姉ちゃん一人暮らしすんの?」
「ううん。一緒に住む人が……」

 そこで、え!?と弟。

「男?!」
「……ううん。女性」
「あーそう。ああ、びっくりした。姉ちゃんの浮気で離婚とか、そういうことじゃねえんだよな?」
「………」

 こういうとき、本当に返答に困る。確かに、男ではないけれども……。

 弟は一人納得したように、「今流行ってるよな。独身女性の共同生活とかってさ。ようはそういうことだろ?」と言った。訂正するのも面倒だし、理解もされないだろうから、そういうことにしておくことにする。

 母は、離婚したことを告げると、そりゃそうよ。遅いぐらいよ。と納得したように言った後、

「あんた、慰謝料の請求はちゃんとするんでしょうね? 充則さん他に子供がいるんでしょ?」

ときた……。

「慰謝料の請求って時効があるのよ。不倫の事実を知った時から3年って。だから私は請求できないの」
「えー何よそれ」

 母に言うつもりはないが、それを言ったら、私の方が請求される立場にあるのだ。夫とは話し合いの結果、お互い慰謝料請求をしないことにしている。

 母はふーんとかへーとか言っていたけれど、最後には結論付けるように、こう言ってくれた。

「まあ、とにかく今までよく頑張ったわね。お疲れ様。あとは自由に生きなさいよ」
「………ありがとう」

 あとは自由に……。そういわれることが何よりも有り難かった。


***

 11月のはじめに中学の文化祭があった。
 美咲は菜々美ちゃんとさくらちゃんと仲良さそうにクラスの出店である和菓子屋さんを切り盛りしていた。一時期、三人の間には不穏な空気が漂ったらしいのだけれども、なんとか乗り切ったようだ。美咲は強い。

 ……そう。強い、と思い込んでいた。
 美咲の本当の気持ちに気が付けなかったことが悔やまれる。美咲は切れそうな糸の上をこらえながら必死に歩いていたのだ。その細い糸が切れて、はじめて、私は彼女の本心を知ることになる。


 11月23日日曜日。あかねと一緒に暮らし始めてちょうど3ヶ月。「明日も振替休日で休みだし、何か食べにいこうか」なんてのんきなことを言っていた夕方のことだった。

「そっちに美咲きてない?」
 電話越しの緊迫した健人の声。美咲が何も言わないまま出ていってしまい、その後連絡がつかないそうなのだ。

「何かあったの?」
 聞くと、健人は、たぶんだけど、と前置きをしてから、言った。

「あっちの子供の七五三の写真を見ちゃったらしくて」
「七五三?」
 そういえば、三歳になるのか。

「お父さんと愛人とその子供と、ばあちゃんの4人で、写真屋さんで撮った写真なんだって」
「…………」

 お義母さんが、あちらの子供と会っていたなんて知らなかった。愛人のことを「絶対に許さない」と言っていた義母。でも子供は、義母にとっては同じ孫だ。 

 美咲には、ショックが大きかっただろう……。

「オレも今、そっちに向かってるから」
 健人の電話は一方的に切られた。健人も相当あわてている。
 電話を横できいていたあかねが、「私が探しに出るから、綾さんはここで待機してて」と、携帯だけ持って出ていった。

 取り残された私。ボーっとしていてもしょうがない。美咲がもしうちに向かっているのなら、ついた時に何か食べられるように夕飯を作って待っていよう。
 美咲の好きなもの……美咲は何を食卓にだしても喜んでくれたので、何が特別好きなのかよくわからない。あえていうならハンバーグとかだろうか……。

 弁当用に大量に作って冷凍しておく予定だった、ハンバーグのたねを全部使ってハンバーグを作りはじめる。料理をしている間は無心になれる。
 黙々とハンバーグとサラダとスープを作っていたところで、あかねから連絡が入った。美咲が見つかったという。健人も一緒らしい。一安心だ。

 さっそくハンバーグを焼きはじめたところで、帰ってきた。

「わーいいにおいー」
 明るい美咲の声。表情も明るい。健人は肩をすくめてみせると、

「ばあちゃんには連絡しておいたから。夕飯食べたら帰るよ」
「うん……」

 あかねはなんだか難しい顔をしている。私と目があうと、少し眉を寄せて首を振った。
 美咲……ただの気まぐれの外出ではない。


 夕飯の間、いつものように美咲はよく喋った。
 ここに来るまで、道を間違えてしまったこと。犬の散歩の人にたくさん会ったこと。その犬が懐いてきてとてもかわいかったこと。親切なおじいさんがここの近くまで連れてきてくれたこと。そこであかねと健人が別々の方向からそれぞれ歩いてきて驚いたこと。美咲はニコニコと明るく話し続けている。いつもの、美咲だ。

 食後の珈琲を挟んで、ようやく美咲と真正面から向き合った。

「何も言わずに出てきたら、おばあちゃん心配するでしょう?」
 言うと、美咲は「はあーい」と明るく返事をしたが、私がジッと見つめていたら、ふっと息を吐いた。

「だってさあ。おばあちゃんと話したら文句言っちゃいそうだったからさ」
「文句?」

 美咲の口はへの字に曲がったままだ。

「それは……おばあちゃんが、あちらの子供と会ってたこと?」
「あーそれは別に。最近おばあちゃんがあっちの子と会ってることは知ってたし」
「……そうなの?」

 私は知らなかった。美咲はムッとした顔のまま続けた。

「ただね。あの子、ピンクの着物着てたんだよ」
「ピンクの着物?」

 七五三……三歳の時、美咲は赤い着物を着た。

「ママ、覚えてない? 私ピンク着たいっていったのに、おばあちゃんが赤じゃないとダメっていって赤になったでしょ?」
「……そうだったわね」

 そういえば、そんなことがあった……。

「ずるいよね。私の時はダメっていったくせに、あの子はいいなんて……」
「…………」

 本当にそれだけだろうか……

「本当に、それだけ?」
「何が?」
「それだけが理由で家を出てきたの?」
「それだけだよ。っていうか、大きな問題だよ! 私もピンク着たかったのにずるいよ!」
「……………」
「おばあちゃん、あの子のいうことは聞いてあげたってことだよね」

 美咲は腹立だしげにリンゴを咀嚼していたが、ごっくんと飲み込むと、大きく息を吐いた。

「あーああ。美咲、おばあちゃんランキングも一位から転落しちゃったってことだよなー」

 自分のことを名前で言った美咲。久しぶりだ。素が出ている感じがする。

「ランキングって何?」
「人にはランキングがあるでしょ?」
「?」

 なんの話? と見返すと、美咲は、だーかーらーと人差し指を立てた。

「ママの今のランキング一位はあかね先生でしょ?」
「え?」
「お兄ちゃんの一位は瑠美ちゃん」
「は?」

 健人も眉を寄せて美咲を見る。瑠美ちゃんというのは健人の彼女の名前だ。

「あかね先生の一位は当然ママ」
「………」
「パパの一位は愛人の子。おばあちゃんの一位はずっと美咲だったのに、やっぱり会うようになって情がうつっちゃったのかなー」
「…………」
「顔だけ言ったら美咲の方がずっとかわいいけど、三歳児の無邪気な可愛さっていうのにはかなわないよね」

 美咲の声だけが、部屋に響き渡る。美咲は2個目のリンゴを口に入れると、あーああ、と大きくため息をついた。

「美咲、結構がんばってきたんだけどなー。みんなが美咲がいると家が明るくなるって喜んでくれるからさー頑張って明るくしてさー」
「…………」
「お兄ちゃんの橋渡しだって美咲がずっとしてあげてたでしょー? それなのにいつのまにお兄ちゃんとママ仲良くなってるしさー」
「…………」
「なんか頑張り損だなー。ことごとく一位から転落。あーああ。もう誰の一位でもないなんてなー」
「美咲………」

 美咲がそんなこと思ってたなんて………。
 いつもニコニコと明るかった美咲。本当は故意に明るく振舞っていたということか…。美咲の張り詰めていた糸は切れてしまったようだ。ようやく吐露してくれた本音……。

 「あーああ」と天井を仰いでいる美咲に、健人が眉を寄せて言う。

「美咲? バカなこと言うなよ。みんな美咲のこと大切に思ってるよ。今日だってみんなどれだけ心配したか……」
「一番に大切な人なんて誰もいないでしょ。美咲はみんなの二番目、三番目」

 健人の言葉に、美咲が乾いた笑顔を浮かべた。
 何を言ってあげればいいんだろう。何を言えば、美咲の心に届くんだろう……。

「美咲さん」
 ふいにあかねが立ち上がった。美咲のそばまでくると、美咲の頭をポンポンとなでる。今にも泣きそうだった美咲がふにゃっとした顔をしてあかねを見上げた。

「センセー、そのポンポンって反則だよー。キュンってなるー」
「うん。知ってる」

 にっこりとするあかね。悪魔的に魅力的な笑顔。わざとだ。その顔。
 あかねは引き続き美咲の頭をなでながら、低い声で続けた。

「あのね、愛は増えていくものなのよ」
「増えていく?」
「一位がたった一人とは限らないってこと」
「えーそんなことないよ。一位は一位だもん!」
「そうしたら、私が綾さんの一位じゃなくなるから困るよ」
「え?」

 あかねがしゃがみ、美咲を見上げる。

「忘れちゃった? 病院での話。綾さんは真っ先に『健人と美咲と離れたくない』って言ったの」

 この既視感なんだろう、と思ったら、病院でのシーンの再現だ。あの時あかねはベッドの横にひざまずいていた。

「綾さんの一番は、いつまでたっても健人さんと美咲さんなんだよ」
「そんなことないよー」
「そんなことあるよ? でもね」
 
 あかねが穏やかな笑みを浮かべる。

「きっとその中に、私も入ってる、と思う」
「…………」

 あかねの話の着地点が見えなくて、何もコメントできない。
 あかねは「そして」と言って、手をあげた。

「私の一番はもちろん、綾さんだけれども、その中に美咲さんと健人さんも入ってほしい」
「え」

 美咲と健人がキョトンとする。

「正式な文書ができてからあらためて話そうと思ってたんだけど」
「………あ」

 あかねの話が見えてきた。あかねに目で尋ねられ、こくんと肯く。今が二人に話す良いタイミングなのかもしれない。

「私は、綾さんの大切な大切な健人さんと美咲さんのこと、自分の子供同様に一緒に成長を見守り、支えていきたいと思っています。もちろん、二人が迷惑でなければなんだけれども」
「え?」
「えええ!」

 戸惑った健人とは対照的に、美咲の目はキラキラと輝いている。

「とりあえず、金銭面での援助。遺産相続は、通常の婚姻と同様、配偶者に2分の1、子供に残りの2分の1を……」
「ちょ、ちょっと待って」

 健人があかねを制する。

「それって遺言とかそういう?」
「今、公正証書を作成している最中なの」
「ああ、公正証書……聞いたことある……」
「聞いたことなーい!」

 美咲の声が明るく響く。

「なんかよくわかんないけど、あかね先生が美咲のママになるってことでしょ?!」
「そうね。保護者の一人っていうのかな? 美咲さんがよければだけど」
「いいよ! いいに決まってる!」

 無邪気に喜ぶ美咲。健人は慌てて首を振った。

「ちょっと待って。オレはパス」
「なんでっ」

 健人の言葉に美咲がブーっとする。

「あかね先生にそんなことしてもらう義理ないから」
「義理はなくても私がそうしたいからなんだけど、ダメですか?」
「いや、マジでパス」

 健人がブンブンと手をふる。

「あかね先生とお母さんが一緒に暮らすのも賛成だし、お母さんと遺産相続とかの手続きするのも賛成だよ。でも、オレの話は別。オレはあかね先生に支えてもらうつもりはないよ。オレはもうすぐ成人するし、あと三年半で大学も卒業する。自分の力で生きていけるし、生きていきたい」
「健人……」

 健人はもう、大人の目をしている。まだ18歳。もう18歳。大人の階段を着実に上っている。

 美咲はフーンと肩をすくめると、

「へー、じゃあ、あかね先生の財産の2分の1、美咲が全部もらっちゃうからねーだ。あとからやっぱり欲しかったっていっても知らないよー?」
「いわねえよ」

 健人が美咲を軽く小突く。すると、美咲がニヤニヤと、

「お兄ちゃん知らないんでしょ。あかね先生の貯金額。あと何年かで確実に億いくよ、億。その4分の1って言ったら……」
「え、マジで?!」

 すぐに揺らいだ健人。顔を見合わせみんなで笑いだしてしまった。

 この日、美咲ははじめてマンションに泊まった。
 子供に愛が伝わっていないなんて、母親失格だ。ベッドの中で、私がどれだけ美咲が生まれてきてくれて嬉しかったか、美咲のことを大切に思っているか、という話を延々としていたら、美咲にあきれたように「わかったからもういいよー」と止められ、ソファで寝ていたあかねにクスクス笑われた。

 みんなに喜んでもらうために無理に明るく振舞っていた、といっていた美咲だが、結局、明るいのが素なのか、無理しないでいいといっても明るいままだ。
 この日以降、美咲は週の半分はマンションに泊まるようになった。義母はあまり良い顔をしなかったけれども、自分の写真の件がきっかけなので強くも言えないようだった。

 そして、元夫と義母と美咲と話し合いを重ねた結果、親権は夫側のままで、美咲は年明けから私たちと一緒に住むことになった。色々と考慮した結果、今のマンションではなく、シェアハウスを借りることにした。

 結局、遺産の件に関しては健人も名を連ねることになった。養育の件に関しては健人は断固拒否したので、美咲だけとなったけれど、4部屋で構成されたシェアハウスの1部屋は健人のために借りてある。

 私たちの新生活は冬休み明けからはじまった。



------------------------



イチャイチャが足りない物足りない回でした。はい。

綾さん、実家の両親・弟にはカミングアウトしていません。まあそのうち機会があったら話してもいいかな……というくらいで……。
たぶん、綾さん両親も弟も、話されても「ふーん。それで?」って感じかもしれない。そのくらい、今は付き合いの薄い親子です。
綾さん子供時代は、忙しい両親に変わり家事を一手に引き受けて、弟の世話までしていましたが、大学出てすぐ嫁にいって、そのまま渡米しちゃって、帰国後も家から出なかったので、この20年近く、正月くらいにしか連絡とってなかったんですよね…。嫁にいったら相手の家のもの、という考えの両親だったので…。仲が悪いわけではないんだけどね。

次回綾さん視点最後。
そしてその次にあかね視点で最終回。
すべてが丸く収まる。大団円。

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(GL小説)風のゆくえには~光彩7-1

2015年04月26日 09時44分43秒 | GL小説・風のゆくえには~ 光彩
 朝、目覚めると、おでこがくっつくくらいの近さにあかねの整った顔があった。
 すっと通った鼻梁。薄すぎず厚すぎない唇。ほんの少しつり目気味の大きな瞳。どこをとっても完璧。昔に比べて肌のハリはなくなったものの、まだ目じりのしわも見当たらないし、ほうれい線もほとんど気にならない。白髪もない。若すぎてずるい。

「あかね……」

 穏やかな寝顔にホッとする。
 一緒に暮らすようになってから、あかねは思いつめたような表情をするようになっていた。学生時代は他の女の子と遊んで気を紛らせていたのだろう。大人になった今、それもできず、一人で抱え込んでいたのに違いない。

 でも、きっと、もう大丈夫。
 コツン、とおでこを合わせてみる。あかねは私の腕の中にいる。

「………愛してるわ」

 ようやく、言えた。21年もたってようやく言えた。

 あかねには話してないのだけれど……本当は、私の方が先にあかねに惹かれていた。

 氷の姫の衣装を着たあかねは、驚くほどキレイで……。私がデザインして作った衣装があんなにも光り輝くなんて、と試着の段階で感動で胸がいっぱいになった。いつでも誰かのために裏方の仕事ばかりしている私にとって、あかねの存在は光そのものだった。

 本番の舞台裏で初めて話した時、本当はすごく緊張していた。みんなの憧れの姫と直接話をするなんて……と。
 その姫が何を思ったのか、突然キスしてくるし、打ち上げの席で口説いてくるし、学校帰りにも、バイト先のクレープ屋にも現れるし……。正直、嬉しいよりも困った、という感情の方が大きかった。こんな人が私なんかに本気になるわけがない。数多くいるガールフレンドの一人になるだけだ、と。
 根負けして付き合うことになったあとも、なるべく冷静でいることを心掛けていた。あかねはみんなに優しい。みんなの人気者。だから私は求めない。
 
 ある時、あかねが子供時代の話や折り合いの悪い母親の話を少しだけしてくれた。それで色々なことに納得がいった。あかねは、愛すること愛されることを恐れている。束縛したら逃げ出したくなるに違いない。だから私は、自分の気持ちを絶対に言わない、と心に決めた。あかねは誰のものにもならない。なれない。たくさんのかりそめの愛に囲まれて、ようやく安心できる人だ。

 でも、いつか、あかねのすべてを受け止められるようになりたい。大学4年生の時はそう思っていた。でも、結局できなくて諦めた。意気地のない私。でも、それから長い長い年月を経て、ようやく、その時がきた。
 私は、愛することを恐れていたあかねから本当の愛を引き出した。愛されることを怖がっていたあかねを愛で包んであげられた。もう、離さない。

「……綾さん」
 目覚めたあかね……まだ、少し不安げな表情。そっとその瞼に口づける。頬に口づける。

「おはよう? よく眠れた?」
「うん………」

 ゴソゴソと布団の中で、腰に手を回される。

「綾さん……」
「ん?」
「したい」
「……………は?」

 言うより早く、あかねの唇が首筋に下りてくる。

「……あ」
 思わず出てしまった声に、あかねは嬉しそうに、耳元に唇を移動させた。

「綾さん朝から色っぽすぎ。ぞくぞくしちゃう」
「ちょ……っ」
「昨日気がついたんだけどね、綾さん、ここもすごく感じ……、痛い痛い痛いっ」

 あらぬところに伸びてきた手をつねりあげる。

「朝っぱらから何しようとしてんのよ!」
「うそー、今、すっごい甘々ムードだったじゃないのー」
「なーにーが甘々よ」

 ああ、不安げな瞳をしてる、なんて心配して損した。いつものあかねだ。いつもすぎるあかね。……安心した。
 勢いよく、椅子にかけてあったシャツを取って、ベッドを出たところで、

「あーやーさーん」
 甘えたような声に呼び止められた。あかねが両手を広げている。

「なに」
「言って?」
「………何を?」

 素で聞きかえしたら、あかねが「ひどいっ」と大袈裟に泣きまねをした。

「いつでも言ってくれるっていったじゃないのーっ」
「……………あ」

 確かにいった。はい。確かにいいました。『不安になったら教えて? いつでも言うから』と……。

「……愛してるわ。あかね」
「…………なにその棒読み」

 ムーッとしているあかね。………面白い。

「アイシテルワ」
「だから……、あ」

 ゆっくりと唇を合わせる。その弾力のある唇を味わうように吸い込む。少し歯を立てて含み、舌でなぞると、あかねが震えた。

「綾さ……」
「……愛してる」

 頬に耳に首筋に唇をそわせていく。

「愛してるわ」
「綾さん……」
「ん……」

 今度はあかねの唇が私の肩から伝って腰までおりてくる。その繊細な動きに我慢できなくて声がでてしまう。
 快楽の海に溺れ……そうになったところで、

「………あ、メール」
 携帯の音に我に返った。

「綾さん?」
「メールだって。ちょっとごめん」
「うそーーー!! この状態でやめるの?!」
「やめる。だいたい今何時だと思ってるのよ」
「えーーーー信じられない! 先に仕掛けたの綾さんでしょ! ほんっと綾さんってSだよね。ドS。ドSの女王様っ」
「はいはい。あかねは実はMだからちょうどお似合いねー……、と、え?!」

 メールの文面を見て青ざめる。まずい。

「どした?」
「美咲……もうすぐ駅に着くって。昼食のころって言ったけど、どうせ準備の遅い美咲のことだから1時くらいだろうと思って油断してた。しかも、2人でいくから昼食4人前よろしくって……」
「2人って健人さん?」
「たぶん……。一人増えるんじゃ、昨日作ったのだけだとちょっと足りないかな……」
 しかも、健人はあの年齢の男の子相応によく食べるし……。

「じゃ、私が駅まで迎えにいってくるよ。綾さん追加料理よろしくでーす」
 あかねはもう着替えている。

「ちょっと遠回りして時間つぶしとくから」
「あ、うん。ありがとう」
 こういうときの、あかねの機敏さは本当に素晴らしい。出来る女って感じだ。さっさと洗顔を済ませて出てくると、

「じゃ、行ってくるね。30分くらいで戻るつもり」
「よろしくね。行ってらっしゃい」
 パタパタと玄関まで見送りにいくと、あかねはなんだか眩しそうに目を細め、
「うん。行ってきます」
 素早く私の頬にキスをして、幸せそうに微笑んで出ていった。今までで知っている中で、一番穏やかで一番幸福な笑顔。

「…………」
 もっと早く、こうしてあげられれば良かったな……。とも思うけれど、昨日のあのタイミングだったから、私も言えたし、あかねも受け入れられたのだと思う。

 一か月くらい前に「一緒にいたい」とだけ伝えたけれど、それではあかねの不安を取り除くことはできなかった。でも、あの時の私は「一緒にいたい」というのが精いっぱいだった。就職して、離婚もしたから、ようやく「愛してる」と言うことができたのだ。

 今後、戸籍のことや、子供たちのことなど、考えなくてはならないことがたくさんある。でも、気持ちはしっかり繋がったからもう大丈夫。あの幸福な笑顔を守っていくためなら何でもできる。

「さて。やっぱりお肉かしらね……」
 もう一品は健人の好きなチキン南蛮にしよう。
 大急ぎで食事の用意をしつつ、あちこち片づけたりしていたところ、

「ママーー!きたよーー!」
 玄関が開いた音と、美咲の元気な声が聞こえてきた。きっかり30分後だ。

「いらっしゃ……」
 エプロンで手を拭きつつ、玄関に出迎えにいって……、え? と立ち止まってしまった。
 そこにいたのは、ニコニコの美咲と、少し困ったような表情をしたあかねと、

「お邪魔します」
 礼儀正しく、深々と頭をさげた、白井鈴子ちゃんだった。


****


 食事中、美咲はよく喋った。
 佐藤家にいたときも、美咲がいるのといないのでは食卓の雰囲気がまったく違った。美咲はとにかく明るいムードメーカーだった。

 鈴子ちゃんになんて説明してあるんだろう、という疑問はすぐに解消された。

「ね!本当だったでしょ!あかね先生の20年越しの恋人は、ママだったんだよ~」

と、美咲がしょっぱなに自慢げに鈴子ちゃんに言ったからだ……。一応「内緒だよ!」なんて言っていたが、他のお友達にも知れ渡るのは時間の問題な気がする。

 鈴子ちゃんとは色々トラブルがあったので心配していたけれど、今は仲良くなったということなんだろうか? 見ている限りは仲良しのクラスメートという感じだけれど……。

 食事中の話題は、もっぱら文化祭の演劇部の演目とクラス出店の和菓子屋の話だった。こうして生徒二人と話しているのを見ると、あかねって本当に先生なんだなあと思う。私と話しているときとは違う話し方をする。


「ここって、3LDK?」
 食後、私が後片付けをしている間、紅茶とクッキーを囲んで話している三人の声が聞こえてきた。

「先生ここでずっと一人暮らししてたんでしょ? 一人暮らしするには広すぎるよね? 家賃いくら?」

 美咲ったら、ぶしつけなこと聞いて……。
 でも、あかねは嫌がる様子もなく答えている。

「賃貸じゃないから家賃はないよ」
「え、じゃあ、買ったの?」
「もらったの」

 あかねがあっさりという。

「元々ここは私の母の再婚相手の持ち物だったのよ。賃貸に出してたのを、私が上京するときに住ませてもらうことになって、両親が離婚するときに名義を私に書き換えてくれたの。税金とられたけどね」
「先生って……」

 美咲が妙に感心したように、

「結構、波乱万丈な人生だよね。お父さん幼稚園の時に亡くなって、そのあとお母さん再婚して、今度は離婚したってこと?」
「そうそう」
「え……そうなの……」

 鈴子ちゃんが、ポツンと言った。

「先生、かわいそう……」
「かわいそう?」

 美咲の鋭い声。

「かわいそうって何が? どの辺が? お父さんが幼稚園の時に亡くなったこと? じゃ、生まれてすぐお父さん死んじゃった人はもっとかわいそうってこと?」
「え………」
「それとも、お母さんが再婚したこと? 離婚したこと? 何がかわいそうなの? それなに基準?」
「美咲さん?」

 あかねが声をかけると、美咲がハッとしたように黙った。戸惑ったような沈黙が流れる。

 父親に愛人がいることを友達にかわいそうといわれた、と美咲は言っていた。それを言ったのはもしかして、鈴子ちゃんなんだろうか…。

「かわいそう……そうねえ、かわいそうかしらね」
 しばらくの沈黙のあと、あかねがポツリといった。

「しかもね、私、昨日、母親から縁切られたのよ」
「……え」

 美咲と鈴子ちゃんがあかねを仰ぎ見る。

「金輪際連絡してこないでって、携帯の電話帳も削除されてね。だから母の連絡先も何も分からないの。もう二度と会うこともないでしょうね」
「先生……」
「でも」

 あかねがニッコリとする。びっくりするほど華やかな笑顔。

「でも、私、今、すっごい幸せだから、全然かわいそうじゃないの」

 あかね、子供相手に何を言ってるの……。
 美咲は目を瞠っている。鈴子ちゃんが口に手を当て、あかねに向かって頭を下げた。

「先生、ごめんなさい。私……」
「ああ、違うの。鈴子さんが『大変だったね』って意味で『かわいそう』って言ったことは分かってるから大丈夫よ」

 あかねがポンポンと鈴子ちゃんの頭をなでる。

「でも、『かわいそう』って言葉って難しいよね。『かわいそう』って同情されるの大好きな人もいるけどね。聞く人の気持ちによっては、すごい上から目線の言葉に聞こえてしまう時がある」
「……………」

 美咲は口を引き結んでいる。

「言葉って本当に難しい。言っている本人はそんなつもりで言ったんじゃなくても、相手を傷つけてしまうときもあるし……」
「…………」
「逆に、言った本人は覚えてない言葉でも、言われた子にとっては、とっても心強くて嬉しい言葉なときもある。ね、鈴子さん?」
「先生ー」

 鈴子ちゃんがあわあわと手を振っている。

「それは内緒って……」
「ごめんね。でも言った方が絶対にいいと思うよ?」
「………何の話?」

 美咲が眉を寄せている。本当。何の話?
 あかねは急に立ち上がると、再び鈴子ちゃんの頭をポンポンとして、美咲の頭もポンポンとなで、

「美咲さん、写真見たいっていってたよね? 今持ってくるから待っててね」
「えー?」
「綾さん、ごめん、ちょっと手伝ってくれる?」

 私に声をかけてから、スタスタと玄関側の4畳半の部屋に入って行くあかね。なんだか分からないけれどもついていくと、入ってすぐのところで引き寄せられた。

「なに……?」
 驚いて見上げると、あかねは、シーッというように人差し指を口にあて、リビングの方に目線を送った。
 ボソボソと、美咲と鈴子ちゃんの話す声が聞こえてくる。

「さっきのあかね先生の話って、なんのこと?」
 美咲の問い詰めるような言い方に、鈴子ちゃんははじめは、あーとか、んーとか言っていたけれど、やがて観念したように話し出した。

 鈴子ちゃんは、中学からの受験組だったため、小学校からの持ち上がりの内部生の多いこの女子校では、入学して早々はまわりに溶け込めず困っていたそうだ。
 入学して一週間ほどしたある日、音楽室の場所が分からず、一人で泣きそうになりながらウロウロしていたところ、たまたま通りかかった美咲が声をかけてくれたという。音楽室まで連れていってくれた上に、

「外部の子が入学してきてくれたから、お友達が増えてとっても嬉しい。これからよろしくね」

と、言われたそうだ。外部組は内部組から疎外されていると感じていた鈴子ちゃんは、この言葉にものすごく勇気づけられたそうだ。

 クラスも違うため一年生の時は話す機会もなかったけれど、二年生になって同じクラスになり、しかも出席番号も前後で、同じ掲示係にもなれて、本当にうれしかった、と……。

 美咲はこの出来事を覚えていない……というか、この時期、色々な子に声をかけまくっていたそうで、記憶があやふやらしい。美咲のこういう外交的なところは、確実に夫の血筋だと思う。

「言ってくれれば良かったのに……」
 美咲がブツブツと言っている。

「言ってくれれば、あんなこと言わなかったのに……」

 あんなこと?

 ハテナ? と思って、あかねをふり仰いだけれど、あかねは真剣な顔をして二人の話に聞き入っている。先生の顔だ。

「私が美咲ちゃんを嫌な気持ちにさせることしちゃったってことだよね?」
「それは……」

 美咲が何か答えたけれどもよく聞こえない。

「私、小学校の時もそうだったの。自分では知らないうちにお友達を怒らせたりしてて……。だから私が悪いんだよね」
「別にさー……」

 美咲の言葉は途切れ途切れにしか聞こえてこない。ようやく聞こえた言葉は、これだった。

「私、かわいそうに見える?」

 やっぱり、かわいそう、は鈴子ちゃんに言われた言葉だったらしい。
 しばらく何か言っていたけれどそれは聞こえず、途中から美咲の声が勢いついたように大きくなって、こちらにも聞こえるようになった。

「だからさ、鈴子ちゃんの家族の話を聞いてムカついたのは、自分の気持ちが下向きだったから、自慢されてるように聞こえたからなんだなーと思って」
「………」
「今のあかね先生みたいに、かわいそうじゃないよってその場で言えればよかったのにね」
「美咲ちゃん………」
「でも今はたぶんムカつかないよ。だって私にはおばあちゃんがいるし、それに、あかね先生がママの恋人だなんて、すごいでしょ?」
「うん! すごい!」

 無邪気に絶賛する鈴子ちゃん。

 美咲が鈴子ちゃんをここに連れてきた理由は……鈴子ちゃんに自慢したかったからなのね……。
 鈴子ちゃんの家族の話を聞いてムカついた、という美咲。美咲がそんな気持ちでいたなんて……

 二人はきゃあきゃあと盛り上がっている。

「でしょー? 超自慢~」
「ねー!みんなに教えてあげたいね!」
「ダメだよーとりあえず、卒業するまでは内緒だからね!」
「分かった。あーホントすごいよー。学校以外であかね先生に会えちゃうなんて羨ましいー」
「でっしょー。色々秘密を探っておくね!」
「教えて教えて! あ、今も写真見せてもらえるんだよね!」
「そうそう。でも先生遅いね。写真見つからないのかな」

 その言葉を聞いて、あかねがさっとクローゼットの中から籐の入れ物を取り出し、ニッと笑った。

「大学の時の写真。かわいい綾さんも写ってるよ」
「え?!」
「お待たせー見つけたよー」

 言いながら、美咲達の方へ戻るあかね。二人で話させるために、わざと私のことも席を外させたらしい。疑問点は多々あるけれども、美咲と鈴子ちゃん、本音で話せたような感じ。これで本当の仲直り、ということなんだろうか。

「これが、私が一年生の時の舞台の衣装。綾さんがデザインしたんだよ」
「わー先生キレイ!」
「えー美咲ちゃんのママのデザイン?!すごーい!!」

 氷の姫の写真を見せているらしい。
 楽しそうな美咲の姿を見て、余計に思いを強くする。

 やっぱり、美咲と一緒に暮らしたい。
 お友達の家族の話を聞いてムカつく、なんて思いをもうさせたくない。



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また、長くなりました。あと2回くらいでおしまいです。

あかねのマンションは3LDK。
玄関入ると廊下。つきあたりに12畳のリビングダイニング。
キッチンはダイニングの手前に長細く3畳くらい。カウンターキッチンじゃないところが不満点。
リビングの隣に6畳の洋間。ここにベッドを置いてる。
玄関側に4畳半の部屋が2部屋。1部屋は物置き状態。1部屋は綾さんの部屋としてミシン置いたりしてる。
美咲が住むなら、荷物を処分して明け渡そうと思ってます。

こういう間取りとか考えるのも大好き。

コメント
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