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BL小説・風のゆくえには~グレーテ15

2018年05月29日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ グレーテ

【チヒロ視点】


『チヒロ、そういう気持ち、何ていうか知ってる?』

 コータが今までみた中で一番の優しい顔で言った。

『嫉妬。独占欲。情熱。……恋、だよ』

 ………恋?
 僕、真木さんに、恋してるの?
 でも、恋って何? 恋って……恋って………



「………ロ君、チヒロ君?」
「!!」

 気がついたら目の前に真木さんの綺麗な茶色の瞳があって、ビックリして飛びのいてしまった。

「えと………あの」
「コータ君なら帰ったよ」
「……………」

 あ、ホントだ。コータいなくなってる。いつの間に………

「寒くない?温かい紅茶いれたから」
「あ………、ありがとう……ございます」

 自分がバスローブ姿なことなんて忘れてた。真木さんもいつの間にバスローブを羽織ってる。さっき、コータにさわる前に脱いでたけど………

(……………痛い)
 途端に、コータの頬や肩をさわっていた真木さんの姿が頭の中に思い出されてきて、ブルブルブルッと首を振る。胸がチクチク……なんて生やさしいものじゃなくて、ぐっと掴まれたみたいに痛い……

「おいで?」
「………………はい」

 ソファの隣をトントンと叩かれたので、そこにストンと腰をおろす。促されるまま、紅茶を飲む。

「………おいしい」
「そう。良かった」

 真木さんは穏やかに言って、同じように紅茶を飲んでる。そのまましばらくシーンとした中で紅茶を飲んでいたけれど……

「チヒロ君」

 名前を呼ばれたので「はい」と返事をした。でも、真木さんはまた黙ってしまって……。それなので僕もずっと黙っていたら、真木さんがまた、穏やかに言った。

「俺は君のその、言葉数の少ないところ、とても気に入ってるんだけどね」
「?」

 言葉数少ないところ? 気に入ってる?

「でも……、今は少し、君の話が聞きたいな」
「?」

 話?

「そうだな……何から聞こうかな」

 真木さんは、うーん、と言ってから、カップをテーブルに戻した。

「君の『初めての人』は誰?」
「初めて?」

 初めてというのは? 聞くと、真木さんはピッと指を立てた。

「初めて、セックスをした人」
「ああ、それは」

 僕もカップをテーブルに戻して、真木さんを向き直る。

「タカシ先生です」
「先生? 学校の先生?」

 首を傾げた真木さんに、ブンブン頭を振ってみせる。

「いえ。姉の家庭教師の大学生で、その時僕たちは高校生で」
「ふーん……。その人が初めての恋人ってこと?」
「恋人……」

 うーん……。今度は僕が首を傾げてしまう。
 
「恋人の定義が分からないんですけど……」
「そうだねえ……」

 真木さんも、うーんと首を傾げてから、

「デートをしたり、セックスをしたりしたら、恋人かなあ」

 まあ、一概にそうとは言えないこともあるけど、と真木さんは小さく付け足した。ますます、うーんと唸ってしまう。

「デート……。二丁目に初めて連れてきてくれたのはタカシ先生でそれからも何度か連れてきてくれて」
「ふーん……」

 真木さんは軽く肯くと、「で?」と言った。

「そのタカシ先生とはどうなったの?」
「どうなった……」

 どうなったって言われても……

「姉がものすごい怒って追い出したので、それ以来会ってません」
「怒ってって、どうして?」

「タカシ先生が僕としてたから、です」
「え……、それってまさか」

 真木さんが眉を寄せた。

「チヒロ君、無理矢理、されたの?」
「いえ、そんなことはないです」

 ブンブン首を振る。

「姉に見られた時も、もう何回目かの時で」

 覚えているのは、夏の暑い日だったこと。僕の部屋のクーラーの調子が悪くて、先生も僕も汗だくだったこと。でもお互いの肌についた汗は冷やっとしてたこと。悲鳴が聞こえてビックリして振り返った先に立っていたアユミちゃんは、白い長袖のフリルのついたブラウスを着ていたから、アユミちゃん暑くないのかな?って思ったこと。

「タカシ先生は姉に『おもわせぶりな態度』をしていたらしくて、それなのにタカシ先生が僕としてたからって姉は怒って……」
「ふーん……なるほどね」
「?」

 よくわからないけれど、真木さんはしきりと「なるほどなるほど」と言ってから、また、「で?」と言った。

「そのあと、恋人は?」
「ええと……」

 ぐるぐるぐると思い出してみるけれど、また、うーん、と唸ってしまう。

「あの……セックスをしたら恋人、ってなると、僕……」
「あ、そうだよね」

 それは俺も人のこと言えない、と、真木さんはちょっと笑った。

「うん。その条件は外そう。えーと……そうだな。すごく会いたくなったりする相手、とか? 今までいた?」
「はい。一人だけ」

 思わず思いきり肯いてしまう。と、真木さんがちょっと眉を寄せて「誰?」と言った。ので、もう一度「はい」と思いきり肯く。そんなの、決まってる。

「真木さんです」

 それは断言できる。

「真木さんにはいつもすごく会いたいです」
「…………」
「…………」
「………そっか」
「はい」

 また、思いきり肯く。と………

「まいったなあ……」

 なぜか真木さんが困ったようにこめかみのあたりに手をあてた。

「このままあやふやなままで終わりにしようと思ってたんだけどなあ……」
「え?」

 終わり? 終わりって、何?

「チヒロ君」

 すいっと真木さんの瞳がまっすぐこちらに向いた。綺麗な瞳……

 思わず息を飲んでしまった僕に、真木さんは微笑んで、言った。

「俺の恋人になる? 期間限定だけど」
「え」

 恋人? 期間限定って……

「そうだな……3月末まで。あと一ケ月ちょっとってところだね」
「……?」

 3月末までの、恋人?
 恋人……恋人って結局………

「あの………恋人って結局、何をするんですか?」

 正直に聞いてみると、真木さんは、ふっと笑って、優しく言った。

「とりあえず、キスしようか」
「キス?」
「うん。そう」

 すいっと伸びてきた温かい手が頬を囲ってくれる。気持ちいい。そして……

「………」
「………」

 軽く、触れるだけのキス。
 ……なのに。ビビッて体が震えて、体温が一気に上昇した。温かいなんてものじゃなくて、ぶわっと、胸のあたり、喉のあたりも迫ってきて……

「……苦しい」
 思わず言ってしまう。

「さっき、真木さんがコータにさわってるの見た時は、心臓が痛くて苦しかったけど……」
「……………」

 真木さんがぎゅっとしてくれた。ああ、ほら……

「今は、なんか、体の中から、気持ちが溢れてきて………苦しい」

 真木さんの背中に手を回す。と、さらにぎゅっとしてくれた。ああ……なんか、本当に、溢れすぎて……

「溢れすぎて……、吐きそう、です」
「え」
「なんか………ホントに………」

 吐く。

「え」
「吐きそう……」

 頭がぐわんぐわんする……

「チヒロ君、大丈夫?」

 真木さんの心配そうな声。頭の中、グルグル回ってる。ふわっと体が浮いて、そして、柔らかいお布団の中………

「すみません………」
 夢うつつの中で謝ると、

「看病は恋人の役目だよ」
と、優しい声が言ってくれた。頭を撫でてくれる手が気持ちいい。

(恋人………、恋人)

 僕の恋人、真木さん………

 何だかとても幸せな気持ちに包まれながら、僕は眠りに落ちた。



---


お読みくださりありがとうございました!
次回金曜日更新予定です。お時間ありましたらどうぞよろしくお願いいたします。

クリックしてくださった方、読みにきてくださった方、本当にありがとうございます!
おかげさまで残すところあと数話までたどり着くことができました。本当にありがとうございます。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

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BL小説・風のゆくえには~グレーテ14

2018年05月25日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ グレーテ

【コータ視点】


 今年、2003年のバレンタインは、朝から仕事だけで何の予定もなかった。なので、終わってすぐに、チヒロに電話してみたけれど、電源切れてるのか繋がらなくて……。
 翌日の夜にいつものバーで会えたので聞いてみたら、

「真木さんと一緒だったから電源切ってた」

 だって!
 バレンタインまで一緒に過ごすなんて、それもう恋人じゃん!! って言うんだけど、

「そうなの?」

 って、かわいいキョトン顔のチヒロ。
 つっこんで聞いてみたら、真木さんから「好き」とか「付き合おう」とかそういった類のことを言われたことは一度もなくて、しかもやっぱりまだ、二人の間には何もないんだって言うから驚き、というより、もう、呆れる。

 週に2回もチヒロに会うために東京に来てるという真木さん。そこまでするなんて真木さんは絶対にチヒロのことが好きに決まってる。そしてチヒロも……

「チヒロ、真木さんのこと好きなんでしょ?」
「うん」

 チヒロはコックリ肯くと、ついで、みたいに付け足した。

「僕は真木さんとアユミちゃんとコータのことが好き」
「…………」

 あのね……それおそらくたぶんきっと絶対、『アユミちゃん』への好きは『家族への親愛』、『コータ』への好きは『友情』、『真木さん』は……、なんて言葉でいっても分かんないかな、と思って言うのをやめた。

 で。言葉でいっても分かんないだろうから、体で分からせてやろう、と思ったのはなぜかというと。

 チヒロに幸せになってほしいって気持ちや、モテモテ真木さんにシッカリ恋人が出来ることで、みんなの真木さん熱を下げさせたいってこともあるけれど……

 何よりも、真木さんの、あの完璧ないつでも自信たっぷりな余裕顔を、崩してやりたい。前にエッチでメチャメチャいかされた恨み、今こそ晴らしてやる!と思ったりしてる。

 それで、僕の大事な弟分のチヒロを、幸せにしてあげてほしい、と思っている。




 次の週。真木さんとチヒロが食事をしているホテルのレストランに突撃をかけた。嘘をつけないチヒロは、どこで何時に会うの?という質問に馬鹿正直に答えてくれていたのだ。

「僕もご一緒していいー?」
「もちろんいいよ」

 にっこりとした真木さん。一瞬の隙もない感じ。ふーん……

「デートの邪魔かなって思ったんだけど」
「そんなことないよ。デートなんかじゃないから大丈夫」
「…………」

 普通の真木さん。邪魔されてちょっとは不機嫌になるかな、と思ったのに全然変わらない。

(デートなんかじゃない、かあ……)

 これ、やっぱり僕の勘違いで、真木さんは本当にチヒロのこと何とも思ってないのかなあ……とも思ったんだけど。

「チヒロ君、食後にジェラートもつける?」
「はい」
「イチゴ?」
「はい」

 二人のやり取り。微笑み浮かべてるチヒロ。ふっと和らいだ真木さんの目元。

(これ……どうみても恋人同士でしょ?)

 なんでだろうなあ……。不思議でたまらない。さっさと思いを打ち明けあって、恋人になればいいのに。


「ねえねえ、真木さん」
 チヒロがトイレに立ったタイミングで、直球で真木さんに聞いてみた。

「真木さん、チヒロとエッチしてないんでしょ? なんで?」
「なんでって……」

 なぜか鼻で笑った真木さん。なんかムカつく……

「だからなんで?」
「そうだな……。チヒロ君は痩せすぎてて俺の好みじゃないからかな」
「……ふーん」

 その好みじゃない男の子に週に2回も新幹線使って会いに来てるってどういうことだよって言葉は言わずに飲み込む。

 その完璧な余裕顔、崩してやるよ。

「じゃあさ」
 チヒロが戻ってきて席についたタイミングで切りだした。

「今晩、3人でしようよ。前できなかったしさ」
「は?」
「え」

 眉を寄せた真木さんと、目をパチパチさせたチヒロ。

「ね? いいでしょ? チヒロ。ね?ね?ね? 僕、チヒロともしたい!」
「えと………」

 チヒロは一回真木さんを見たけれど、真木さんが何も言わないので、僕に向き直った。そこへダメ押しで「お願いお願いお願い!」と手を合わせてやると、

「僕はいいけど……」
と、コクリと肯いた。すると真木さんもすかさず、

「俺も構わないよ」
と、肯いた。あまりにもアッサリと肯くから、やっぱり勘違い?ってちょっと不安になったんだけど……

 でも、見てしまった。

(真木さん………)
 イラつきを抑えるためなのか、右足の先、床にギリギリ押しつけてる。顔はにこやかなのに。……笑える。

(………面白い)
 さて。どっちにどう仕掛けてやろうかなあ……



***



「それで?それで?」

 いつものバー。僕より30歳ほど年上のママが、カウンターの向こうから身を乗り出してきた。筋肉モリモリの体に短髪あご髭って見た目だけど、声はちょっと高めで、いつも優しいママ。

「どうなったの?」
 興味深々のママに、ふ、ふ、ふ、と笑ってやる。

「いやあ~~見物だったよ~~。真木さんのあの顔……」
 思い出しても、笑いと……、心の奥の方がほんわり温かくなってくる。


**

 ホテルの部屋に入って、前と同じように、真木さんがシャワーを先に浴びて、その後にチヒロと二人でシャワー室に入って、する準備をして……、で。出てくると、

「コータ君」
 おいで。と、真木さんが手招きしたので、僕だけが真木さんのいるベッドによじ登り、チヒロは窓際の椅子に腰かけた。これも前回と一緒。

 だけど……
 真木さんがバスローブを脱いで下着姿になり、それから僕のバスローブの紐を引っ張って脱がせて、その大きな手が、頬、首、肩、腕、胸……と官能的な手つきで辿ってきて、ゾクゾクゾクッとなって、思わず真木さんの太股に触れた、その時だった。

「え」
「?」

 真木さんが「え」と言って、手を止めた。

(何?)
 真木さんの視線の先を辿ろうと振り返り……、僕も「え」と言ってしまった。

 窓際の椅子に座ったチヒロが……、大きく目を見開いたまま、涙を流していた。ぼたぼたぼたって効果音が聞こえてきそうなほど、大粒の涙を、黙って流していた。

「チヒロ……どうしたの?」

 なるべく穏やかに問いかけてあげる、と。

「……嫌」
 ポソッとチヒロがつぶやくように言った。

「何が、嫌?」

 再び、問いかける。と、

「真木さんが……」

 チヒロが涙を流しながら、小さく首を振った。

「真木さんがコータをさわるのが嫌」
「僕がさわられるのが、嫌ってこと?」
「そうじゃなくて」

 チヒロの首の振りが大きくなる。

「真木さんがさわるのが嫌。真木さんがさわられるのも嫌。コータじゃなくても嫌」

 チヒロの瞳が真っ直ぐに真木さんに向いた。

「僕以外の人をさわってほしくない。僕以外の人にさわらせたくない」
「………」

 ほら、出てきた。チヒロの中にあったチヒロの気持ち。
 チヒロの瞳からは止まることなく涙が出続けている。

「チヒロ、そういう気持ち、何ていうか知ってる?」

 こちらを見たチヒロに指さして言ってあげる。

「嫉妬。独占欲。情熱」

 そう。これは……

「恋、だよ」
「……え」

 口に手をあてたチヒロ。ああ、可愛いなあ……

「と、いうことだけど? 真木さん?」

 チヒロは本当のことしかいわないよ?って言いながら振り返って……

「……っ」

 笑いそうになってしまった。


**


「写真に撮りたかったよー。あんな顔、二度と見れないんじゃないかな」
「だから、どんな顔よ」

 焦れた様子のママにニヤリと笑いかける。

「『鳩が豆鉄砲食らったような顔』のお手本みたいな顔。それから……」

 その後、ものすごいオロオロした様子になった真木さんの姿も、たぶん二度と見れないんじゃないかな……。


「今頃、うまい事やってるかなあ……」

 邪魔しないように、さっさと部屋を出てきてしまったので、二人がどうなったのかは知らない。明日の夜にでもチヒロに聞いてみよう。

「ママ、おかわりー」
「いいけどお金大丈夫なの?」
「大丈夫!」

 部屋を出る時に、「タクシー代いただきまーす」と一応断ってから、真木さんの財布から5万円抜いてきた。これで上手くいったなら安い授業料でしょ。

「あー、僕も恋したくなってきた!」
「へえ?」

 ママが怪しく笑った。

「じゃあ、頑張って良い男にならないとね」
「えー、充分良い男でしょ?」
「あんたは可愛いだけの男」
「なんでっ」

 むっと口を尖らすと、ママはまた笑って、ちゅっと投げキッスをしてくれた。

 僕、30歳年上にも興味あるんだけど?って言葉はまだ言わないでおく。




----


お読みくださりありがとうございました!
コータ、いい仕事したな。の回でした。

次回火曜日更新予定です。お時間ありましたらどうぞよろしくお願いいたします。

クリックしてくださった方、読みにきてくださった方、本当にありがとうございます!
どれだけ勇気をいただいていることか。本当にありがとうございます。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

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BL小説・風のゆくえには~グレーテ13

2018年05月22日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ グレーテ

【チヒロ視点】


 真木さんが前に言っていた。

『俺もお菓子の家の住人でね。ずっとそこに居続ける。グレーテルはいらない』

 ……………。

 どういう意味なんだろう?と、その時に思ったことを、本屋で『ヘンゼルとグレーテル』の絵本の表紙を見て思い出した。

 本屋には、アロマテラピーの本を買いに行ったんだけど、レジのすぐ近くに、たぶん、今日がバレンタインだからか、お菓子の家の作り方の本が紹介されていて、その横に絵本が置いてあったのだ。

 ヘンゼルとグレーテル……

 家を追い出された兄妹がたどり着いたのがお菓子の家。美味しいお菓子を食べられて喜んでいたけれど、実はそこは魔女の家で……
 最後は、妹のグレーテルが魔女をかまどに突き飛ばして、閉じ込められていた兄を助け出すっていうハッピーエンド。

(グレーテルはいらないっていうことは……)
 真木さんは今、閉じ込められていて、そのうち魔女に食べられてもいいってこと?

(……あ、魔女といえば)
 真木さんは、魔女だから、僕を太らせてから食べようと企んでるって言ってた……。

 ……………。

 意味が分からない。

(真木さんに聞いてみよう)

 そう思って、電話をかけようとしたけれど、まだお昼の12時だったので我慢した。 

 クリスマスイブ前日、真木さんが「いつでも電話をかけていい」って言ってくれた。話したくなったり、会いたくなったりしたら、いつでもかけていいとのことだった。
 でも、何日かたってから、真木さんに「ルールを決めよう」と言われた。

 1.突然電話をかけていいのは、夜の11時以降
 2.その時間より前にかけたくなったら、メールをする
 3.でも、大至急の時は電話をしてもいい

 今は大至急ではないので、メールにした。

『グレーテルはいらないってどういう意味ですか?』



***



「グレーテルは魔女をやっつけた女の子ってことは知ってる?」

 真木さんが、寝そべっている頭を少し起こして僕の方を見た。その茶色い目がとても綺麗で、思わずジーッと見てしまうと、真木さんはちょっと笑って、起き上がって、いい子いい子って頭を撫でてくれた。

 今日、グレーテルのことをメールしたら、真木さんが東京に来てくれた。
 週に一度か二度、真木さんは東京にくる。僕は今までみたいに、真木さんのマッサージをして、それから朝までギューってされながら眠る。今日みたいに夜ご飯を一緒に食べられることもある。

「俺、思うんだけどね」
 真木さんがその綺麗な瞳を曇らせて言った。

「魔女を殺すのはおかしいよね」
「え」

 おかしい?

「魔女は、飢え死にしそうだったヘンゼルとグレーテルに、食べ物と寝る場所を提供してくれたんだよ」
「…………」

 真木さん、声が真剣……
 でも、これはそういう話ではないような……

「でもグレーテルが助けてくれなかったらヘンゼルは魔女に食べられちゃうから……」
「どのみち飢え死にしてた二人だよ」
「…………」

 真木さんはまたうつ伏せになると、小さく言葉を続けた。

「お菓子の家は、居心地の良い素敵な家。食べるものにも困らない。寒くもない。暑くもない。それを提供してくれた魔女を殺すなんて、俺にはできない」
「…………」
「たとえ自分が殺されるとしたって」

 それは……どういう意味……?

「………………。真木さんは今、お菓子の家に住んでるんですか?」
「………………」
「………………」
「………………」

 真木さん……寝ちゃった?

 返事がないので、マッサージを終わらせることにした。道具を片付けて、そっとお布団の中に滑り込む。と、

「………っ」
 ぎゅーっと抱きしめられた。胸の奥が温かくなってくる。

 しばらくしてから、真木さんが小さく小さく言った。

「でも、殺されるまでは、自由に楽しく過ごしてもいいよね」
「………え」

 それは……どういう意味?

 聞きたかったけれど、真木さんの声があまりにも辛そうだったから、聞けなくて………。
 だから、その代わり、腕を伸ばして、真木さんの頭を抱き寄せた。




【真木視点】


 なんでだろう………、と思う。
 チヒロに抱きしめられながら、不思議な気持ちになってくる。

 10も年下の子に抱きしめられるなんて経験、初めてだけれども、とても………心地よい。沈んでいた心が軽くなっていく。それは相手がチヒロだからだろうか。

 この子にはつい、素の自分を晒してしまう。


 今日はバレンタイン。
 せっかく東京に行くことにしたので、チヒロとの待ち合わせの前に、愛しの慶に会いに夜の病院に顔を出した。何か悩んでいるような慶に、

「なんか悩みありますって顔してるよ? 大丈夫?」

 そう声をかけると、ふにゃっとした顔になった。そんな顔もかわいい。

 やっぱり慶は完璧で、どう考えても彼ほど俺に似合う子はいない、と思う。

 でも、慶の頭の中はあいかわらず、恋人の浩介のことでいっぱいだ。その悩みもどうやら浩介のことで……

(なんだかなあ………)

 チヒロと顔は似ているのに、チヒロと違って慶の中にはいつでも情熱が渦巻いている。その熱い瞳も俺の理想通りだ。その瞳をねじ伏せて、喘がせてやりたいと思ってしまうのは、もうどうしようもない。でも、そう思うと同時に、慶の都合の良い先輩として頼られることを望んでいるのも事実だ。

「ああ、やっぱり今日、慶君に会いにくるんじゃなかったなあ」

 思わず本音が漏れてしまう。

「やっぱり君はレベルが高すぎる。君に会っていなければ、チヒロでも満足できたかもしれないのに……」
「チヒロ?」

 きょとん、とした慶に苦笑して見せる。

「君と顔はまあまあ似てるけど、中身は真逆の子」

 そう。真逆の子。
 慶に対するような征服欲はまったくおきず、ただひたすらに、俺に癒しをくれる子。
 もしチヒロが慶のように情熱的で、慶のような肢体をしていたら、抱く気になって、性欲の面でも満足できるのになあ……


 そんなことを思いながら、待ち合わせ時間よりもずいぶん遅れてチヒロと合流した。
 でも、チヒロは文句も言わず、ひっそりと俺を待ち続けていて………

 ふっと、母と父の会話を思い出した。

『やっぱり、川崎君のところの娘さんが良いんじゃないかな』
『そうね。それか、三上さんのお嬢さんか……』
『ああ、そうだな……』

 具体的になってきたお見合いの話。

『やっぱりね、英明には、従順で尽くしてくれるような子が似合うと思うの』

 従順で尽くしてくれる子、か。それならチヒロでいいじゃないか。

 ……なんてな。そんなこと言えるわけがない。


 チヒロの腕の中で思う。

 魔女に殺される日がくるまで、こうしてチヒロに癒されていたい。




----


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BL小説・風のゆくえには~グレーテ12

2018年05月18日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ グレーテ


【真木視点】


『助けて、ください』

 チヒロの切迫した声に、今まで忘れようとしていた感覚が一気によみがえってきた。


 大阪に戻ってきて3週間あまり経つ。

 俺は煙草を吸わないので本当のところは分からないけれど、おそらくきっと、禁煙したらこんな感じなんだろうな、と思っていた。
 忙しくしていると忘れていられるのに、ふっと気を抜いたときとか、疲れて帰ってきた時とか、無性に欲しくなる。

(チヒロ……)
 あの子のマッサージと抱き枕はこの上ない癒しだった、とあらためて思う。チヒロとの時間は心地が良かった。

(俺……病んでるな)
 これは精神的に病んでいるに違いない。
 3ヶ月間、実家を離れていたからか、今までよりもさらに実家の『世間一般の幸せオーラ』にじわじわと追い詰められて、精神が癒しを求めている。性欲の発散だったら物理的にいくらでもできるけれど、それすら欲しない今の状態は相当ヤバい気がしている。夜もあまり眠れない。

(ああ……チヒロ抱き枕が欲しい……)

 でも、こちらからチヒロに連絡するのは、やはり不愉快というか……、この俺が働きかけてやらないと会わないつもりか?と何だか腹立たしくてしょうがない。それで、記憶に蓋をしようとしていた。

(チヒロと過ごした時間はすべて夢)

 ファンタジー。空想世界。現実ではない。だから、忘れよう。そう思っていたのに……


『助けて、ください』

 久しぶりに聞くチヒロの声に、癒しの感覚がよみがってきた。
 でも、チヒロの声がいつもとは違って切羽詰まっているので、色々な感情を押し込めて、話を聞くことを優先した。
 嫌な予感通り、話の内容は、チヒロの姉のアユミが、キャバクラの同伴相手の男性に一服盛られてホテルの部屋に閉じ込められている、という刑事事件もので……。でも、警察に届け出るのは早計な気がして、ホテル側にヘルプ要請したところ、上手く対応してくれたようだった。


『ありがとうございました。助かりました』

 その日の夜中、アユミ本人からお礼の電話がかかってきた。チヒロから俺がホテル側に交渉したという話を聞いたらしい。

『もう、お店辞めます。どのみち3月いっぱいってことだったので、3ヶ月ほど早まるだけなんですけど』
「そう……」

 4月から、父親が院長をつとめる歯科医院に勤めるそうだ。以前、「私は父親に似て、顔はイマイチだけど頭は良くて、チヒロは母親に似て、顔は良いけど頭が悪い」と自虐的に言っていたことを思い出した。

『真木さんには、たくさんお客さん紹介していただいて、本当に感謝してるんです。おかげでこの数週間だけは自分でも納得できる時間を過ごせました』
「………それは良かった」

 まあ、無理してキャバ嬢している感じだったもんな。
 これからはもう、弟に無茶なことをさせないように、と言いたいところだけど、この姉弟の主従関係は根が深そうなので、無駄か……なんて思っていたら、

『チヒロに代わります』
「え」

 こちらが何か言う前に、電話の向こうで『チーちゃん!真木さんにお礼言って!』とアユミが言っているのが聞こえてきた。

 この姉弟、姉は昼は大学生、夜はキャバクラでバイト。弟は昼はモデル、夜はゲイバーの常連。と、何だか不安定な感じなのだけれども、おそらく実家はわりと良家で、礼儀や言葉遣いに厳しく育てられたのではないか、と思われる節がある。


 数秒の間の後、

『今日はありがとうございました』
「……………」

 おもむろに聞こえてきたチヒロの声は、いつもと同じ調子だった。俺と3週間会わなかったことなんて関係ないとでもいうような………

(……面白くないな)

 こっちは依存症的になっていたというのに、この子は何も思わなかったのだろうか。


「……チヒロ君、元気だった?」
『はい』
「久しぶりだね」
『はい』
「ちゃんと食べてる?」
『はい』
「…………」
『…………』

 ………。相変わらずだな。

「………。チヒロ君、この3週間、電話かけてこなかったね」

 やはり何だか面白くなくて、ついつい大人げなく声を尖らせると、

『はい。………あの』

 チヒロは一拍間を置いてから、ポツリと言った。

『真木さん、困った時に電話していいって言ってくださったけど、どのくらい困った時ならいいのか分からなくて』
「え」

 あれ? 俺そんなこと言ったかな……。「何かあったら電話して」とは言った記憶はあるけど……、あ、いや、そういえば、言ったな……

『でも今日は本当に本当に困ったから、このくらい困ったことならいいかなって思って』
「…………」

 ああ、そうだったのか……。前にも同じようなことがあったな……

(………そうだよな)

 今さらながら思う。この子は額面通りにしか言葉を受け取らない、すごく素直な子だ。これは俺の言葉が足らなかった、ということだ……

(しまったな……)

 いつもその場限りの調子のよいことを適当に言っている俺に対する戒めのような気がしてきた………


「チヒロ君」
『はい』

『は』と『い』が同じ大きさの返事。いつもの淡々とした返事。何も写していないようなビー玉みたいな瞳は、ひたすら与えられたものを受け入れるためだけに存在している……

「いつでも、電話していいよ?」
『いつでもって?』
「………」

 ……なんて言えばいいかな……

「そうだな………俺と話したくなったり、会いたくなったりしたら」
『話したくなったり、会いたくなったりしたら……』
「うん」
『………。はい。分かりました』

 チヒロがコクリとうなずいたのが見えた気がした。

「………」
『………』

 このままずっと、チヒロの小さな息遣いを聞いていたい気もするけれど……夜も遅いのでやめておく。

「じゃあ、またね」

 そう、別れの言葉を言うと、

『はい。ありがとうございました』

 電話はアッサリと切られた。

「…………」

 なんだかな、と思う。俺の感慨なんかまるで関係なしだ。
 部屋の中が妙にシンッとなる。寂しさみたいなものに囚われる。

 チヒロ。こんな子初めてだ。なんの計算もなくて、嘘がなくて、素直過ぎて……

 と、そこへ。

「……あれ?」
 テーブルに置いたばかりの携帯が再び鳴り始めた。画面表示には『チヒロ』。……なんだろう?何か言い忘れ?

「チヒロ君?」
『はい』

 電話の向こうのチヒロの淡々とした声。

「どうかした?」
『はい』

 チヒロはまた、アッサリと、言った。

『真木さんに会いたくて電話しました』
「…………」
『…………』
「…………」

 …………え。

「あ……ああ、そっか」

 会いたくなったら電話していいって、今、言った……
 いや、言ったけど、電話切った早々にかけるって、なんだそれは。

 なんて心の中のツッコミを置いて、たずねてみる。

「チヒロ君、俺に会いたかった?」
『はい』

 間髪入れずに返事をしたチヒロ。

『ずっとずっと会いたかったです』
「…………」
『…………』
「…………」

 ああ……そう。そうなんだ……

「俺も……君にマッサージしてほしかった」
『はい。します』
「そう………」

 何だろう………この満たされてくる感じ。

「じゃあ、明日は休みだし、そっちに行こうかな」
『はい』
「じゃ、明日の昼過ぎ、こっちを出る時に連絡する」
『はい』
「おやすみ」
『おやすみなさい』

 再び電話を切り、テーブルに置く。

 そして………

「……………………」

 また、携帯が鳴りだした。画面表示には『チヒロ』。これはもしや………

「チヒロ君?」
『はい』

 電話の向こうのチヒロ。先ほど同様淡々としている。

「どうかした?」
『はい』

 チヒロはまた、アッサリと、言った。

『真木さんと話したくて電話しました』
「…………」
『…………』
「…………」

 …………。

「…………そっか」
『はい』

 ……………。そう。

「俺も………君と話したかったよ」
『はい』

 何だろう………心の奥の方が温かくて………笑いたい。……泣きたい。



----


お読みくださりありがとうございました!
天然ツンデレ・チヒロ。
次回火曜日更新予定です。お時間ありましたらどうぞよろしくお願いいたします。

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BL小説・風のゆくえには~グレーテ11

2018年05月15日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ グレーテ

【チヒロ視点】


 真木さんと最後に会ったのは11月の終わりだったので、会わなくなってもう20日以上になる。

「何かあったら電話して?」
 別れ際、真木さんがそう言ったので、

「何かって何ですか?」
と、聞いたら、真木さんは「そうだねえ……」と言いながら、

「何か、困ったことがあったら、とかね」
と、ちょっと笑った。

 でもその「困ったこと」がどのくらい「困ったこと」なのか分からないので、電話はできずにいる。


 今「困っていること」は、真木さんの「匂い」が手に入らないことだ。

 真木さんの使っている香水はすごく高いのでとても買えないのだけど、香水売場に行ってジーっと見ていたら、お店の人が紙に少し垂らしてくれた。でも、確かに同じもののはずなのに、匂いが違くて……。それをお店の人にいったら、

「つける人によって匂いは変わりますので」

と、言われた。それじゃあ、頑張ってお金をためて同じ香水を買ったとしても、あの匂いは手に入らないんだ、とガッカリしてしまった。

 でも、これが電話をかけるくらい「困ったこと」なのかといったら、ちょっと違う気がして……

 でも、真木さんの匂いを嗅ぎたいなあって、ずーっと思っている。真木さんに会いたいなあって、ずーっと思ってる。
 


**


 最近、アユミちゃんは機嫌がいい。
 真木さんが紹介してくれたお客さんが入れ替わり立ち替わりきて指名してくれるので、大嫌いな「リサ」に勝ったとかなんとか……

「今日はついに、小林が同伴しようって連絡くれたの」
「小林って……」

 前に、アユミちゃんと同伴の約束をしたのに、リサを優先したお金持ちのオジサン、だ。

「ホテルのレストランでディナーだって。すごくないー?」
「うん。すごいね」

 アユミちゃんがニコニコしているのは嬉しい。

「それでね、リサに何か言われた時に自慢したいから、小林と一緒にいるところをコッソリ写真に撮ってほしいんだけど」

 アユミちゃんがイタズラそうに笑った。

「ホテルのロビーで待ってて? それとなく立ち止まって、シャッターチャンス作るからね!」

 そうして、アユミちゃんは張り切ってお化粧して、張り切って出かけていった。

 僕は言われた通り、ホテルのロビーで座って、アユミちゃんからの連絡を待ち続けた。

 ずっとずっと待つこと、2時間ほどたってから………

「あれ?」

 アユミちゃんから着信があって、首をかしげた。レストランを出る時にメールするって言ってたのに、電話だ。どうしたんだろう?

「アユミちゃん?」

 急いで出てみると、なぜか水の音が聞こえてきて……

「チーちゃん」

 アユミちゃんの小さな声……

「チーちゃん、助けて」
「え」

 助けて?

「小林、最上階のスイートに部屋取っててね、一杯だけって言われてお部屋で飲んだら、なんか、グルグル回ってきて……」
「グルグル?」
「それで、休んでって言われたけど、絶対おかしくて」
「おかしい?」

 話が、分からない。

「ここままじゃヤバイって思って、何とか誤魔化して、頑張ってお風呂のとこ入って鍵しめたけど……このままずっとここにいるわけにはいかないし……どうしよう」
「????」

 どうしようって、ええと………

「チーちゃん、このままだと、私、小林にやられちゃう」
「……………え」

 やられちゃう?

「私、あんなオジサンが初めてなんてやだよ」

 初めてって………………
 え、えええええ!? やられちゃうってそういうこと?!

「アユミちゃん………っ」

 アユミちゃん、まだ誰ともしたことないのに。女の子の初めては大切にしないといけないって言ってたのに!


「あ、アユミちゃん!?」

 突然、電話が切れてしまった。

 どうしよう。どうしよう………

 頭の中が真っ白になっていく中………

『何かあったら電話して?』

 真木さんの声が頭の中に響き渡った。
 何かあったらは困ったことがあったとき。今が、まさにその時だ、と思った。

「真木さん、助けて」

 震える手で、携帯の着信履歴の一覧を出した。



***


『話は分かった』

 行ったり来たりしてしまう僕の説明を途中で遮って、真木さんはスパッと言った。

『チヒロ君、聞いて?』

 20日以上ぶりに聞く真木さんの声は、相変わらず深みがあって素敵。気持ちが落ち着いてくる。

『フロントに行って、ホテルの人にこの電話を渡して。俺から話すから。いい?』
「は……はい」

 言われるまま、ホテルの人に電話を渡したら、ホテルの人はしばらく真木さんと話していて、それから、

「一緒にきていただけますか?」

と、僕に声をかけてきた。その後すぐに、もう2人、担架を持ったホテルの人とも一緒に、最上階の部屋に移動した。


 それからは、あっという間だった。
 ホテルの人が、インターフォンを鳴らして、出てきたオジサンに、

「具合が悪い方がいらっしゃると連絡がありました」

とか何とか話していて……、そんな中、部屋の中から大きな音がして、オジサンの制止を振り切って、担架の二人が強引に中に入っていって……

「アユミちゃん!」
 アユミちゃんが担架に乗せられて出てきた。慌てて駆け寄ると、

「チーちゃん」
 アユミちゃんはちょっとだけ微笑んで、
「カバンとコート、持ってきて」
と言った。そんなことが言えるくらい元気なことに安心した。


----

お読みくださりありがとうございました!
続きを真木視点で書きかけていたのですが、間に合わないので、不本意ながらここまでで更新します。本当は一気に書きたかった……

ということで、この続きの真木視点は今度の金曜日に。
お時間ありましたらどうぞよろしくお願いいたします。

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