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BL小説・風のゆくえには~グレーテ9

2018年04月27日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ グレーテ

【チヒロ視点】

 真木さんはいつも、僕が部屋に入るとすぐに「シャワー浴びてきて」って言う。部屋に「外の匂い」が付くのが嫌なのだそうだ。

 今晩もそう言われたので、いつものようにシャワーを浴びてバスローブを着て出てきたんだけど、真木さんは、リビングのパソコンで何やら作業をしていて、

「ちょっと待ってて」

と、僕の方を見ずに言った。真木さんはいつも忙しそうだ。大阪に行ってしまった朝以来、一週間以上ぶりに会うけれど、何だか疲れた顔をしている。

「…………はい」

 僕もいつものように、邪魔にならないように、窓にへばりつくことにした。
 この窓からは、車の光やビルの窓の電気がよく見えるので、夢中になってしまう。規則性があるようでない夜景の動きから目が離せない。

 車のライトは、少し離れたところのものは波のように流れていて、近いところのものは早かったり遅かったり止まったり動いたり……

「……………っ」

 ふいに、フワッと後ろから包まれた。真木さんの良い匂いがする……

「お待たせ」
「………………」

 耳元で聞こえる声がくすぐったくて、腰のあたりがムズムズする。

「君は夜景を見るのが本当に好きだね」
「はい」

 コクリとうなずいて、窓から手を離す。

「ここからの眺めが一番好きです」
「そう………」

 真木さんの手が頭を撫でてくれてる。こめかみのあたりに唇が触れている。

(??)

 どうしたんだろう?
 いつもは、眠るときにしか、こうしてギュッてしたり、頭撫でたりしないのに……、と?

「真木さん?」

 ハテナ?と思って振り返る。
 真木さんの手がスルリとおりてきて、僕のお腹のあたりをさすっているのだ。……なんだろう?

「どうかしましたか?」
「………………」

 見上げて尋ねると、真木さんは、

「……………。あー………」

と、「あー」と長く言って、僕の頭をポンポンとしてくれてから、

「おいで?」

と、腰に手を回してベッドに連れていってくれた。そして並んで座ると、

「今日はマッサージしなくていいよ」
「?」

 言われた言葉に首を傾げる。今日来たのは、明日アユミちゃんと同伴してもらうお礼なのに?

 そう言うと、真木さんはちょっと困ったように笑って、

「じゃあ、それは明日また来てしてくれる? 今日は同伴のお礼としてじゃなくて……」
「?」

 真木さんの手がスルリと僕のバスローブの紐を外した。

「俺が、君に会いたかったから、来てもらったんだけど」
「……………………」

 ……………。

 うーんと? それは………

「俺がどうして今まで、君にご飯ごちそうしてたか分かる?」
「?」

 そういえば、どうしてだろう?

「お金持ちで親切だから?」

 聞くと、真木さんは「違うよ」と首を振った。

「君があまりにも痩せてるから、太らせようと思ったんだよ」
「?」
「でも全然太らないね」
「………っ」

 バスローブの下の素肌に直接、真木さんの手がサワサワしてきてくすぐったくて身をよじってしまう。でも、真木さんはそんな僕の様子を気にする風もなく、しばらく腰とか腿とかを触ってから、小さく笑って手を離した。

「やっぱりまだ早いかな」
「早い?」
「そう」

 真木さん、いたずらっ子みたいな目をしてる。

「俺は親切でもなんでもないよ。太らせてから食べようと企んでるだけ」
「?」

 食べる?

「俺はお菓子の家の魔女だからね」
「魔女?」
「そう」

 真木さんの手が再び僕の腿をいったりきたりしはじめた。

「とにかく食べて体重増やさないと、筋肉もつかないからな……」
「???」

 真木さんの言うことはまったく分からない。でも、さっきまでの疲れた顔より元気になってるから良かった。

 真木さんは何だか楽しそうに、ツツツと僕のパンツのラインを辿ってくると、

「ねえ、チヒロ君、この下着どこの? 手触りがいい」
「…………っ、えと……っ」

 くすぐったくてモゾモゾしながら、何とか答える。

「これは通信販売の下着のカタログの撮影で使ったものでそこでは時々撮影のあとそのままその下着がもらえて……」
「ああ、そういえば、君はモデルをしているってお姉さんが言ってたな」

 真木さんは、ふーん、とうなずいてから、

「じゃあ、洋服ももらってるの? 今日着てたのも通販?」
「いえ。洋服は時々しかもらえないので今日のはコータのお店で買ったものです」
「………………ふーん」
「?」

 せっかく真木さん、楽しそうだったのに、急に固い顔になった。そして、

「ねえ……これ」
「!」

 いきなりぐいっとパンツの裾を押し上げられた。足の付け根のところ、布で隠れてほとんど見えなかったアザが光の下にさらけ出される。

「これは? ジョージの痕?」
「………え」

 ジョージってなんだろう?

 意味が分からなくてキョトンとすると、真木さんはお医者さんが患部を診るみたいにジッとそこを触ったりしながら見て、

「これ、わりと最近だよな? 相手はコータ君?」
「?????」

 相手ってなんだろう? 真木さん、何だか怖い顔………

 意味が分からないけど、痕の説明だけは出来る。怖い顔を見返して答える。

「これは昨日姉がパジャマの上から爪でギーーーッてした痕なのでコータは関係ないです」
「……………え?」

 今度は真木さんがキョトンとして、こちらを見た。

「お姉さんが……なんで?」
「姉は僕が言うことをきかないとここをギーーーってするんです」
「……………」

 真木さんの手が探るようにその痕あたりをさすってくる。

「………よく見たら、古い傷痕もあるけど、これもお姉さんが?」
「違います」

 アユミちゃんは優しいからずっと残るような傷はつけない。古い傷痕は……

「それは母がここだったら痕が残っても撮影に関係ないからって時々爪で直接ギリギリして」
「……………」
「それで血が出たときあとで僕がカサブタを何回も剥いじゃったから痕が残って……」
「……………」
「真木さん?」

 真木さん……なんて言うんだろう。ビックリした、とはちょっと違う……「途方に暮れた」とでもいうんだろうか。なんだか複雑な顔をしている。

「お母さん、今もこういうことするの?」
「…………」

 真木さんの質問に、ふっと最後にみた母の寂しそうな顔が思い出されてズキリとなって、胸のところを手で押さえる。

「母は僕たちが中学生の時に家を出て行ってしまったのでそれからは会ってなくて」
「…………」
「だから僕は姉と一緒にあの家で母の帰りをずっと待っていて……、?」

 真木さんの大きな手が、胸のところに置いていた僕の手を上から包んでくれたので言葉を止める。真木さんの茶色っぽい目が僕をジッと見ている。

「君は………家を出たいと思ったことはないの?」
「? ないです」

 小さく首を振る。

「母のこともあるけれどお金的な問題でもモデルの仕事だけでは生活できないけど今の家にいれば家賃もかからないし週に3回お手伝いさんがきてくれるから家事もしなくていいから居心地は良くて……」
「………………」
「真木さん?」

 やっぱり真木さん、変だ。いつもと様子が全然違う。一度立たされて、バスローブの紐を結ばれて、お布団の中に連れていかれた。そしてギュウッとされて……

(あ、そうか)

 ここまできて、ようやく気が付いた。
 今まで、真木さんにはマッサージしかしなかったので、真木さんとはそれしかしないものだと思い込んでいたけれど、もしかして今日は、僕とそういうことするってことなんじゃないだろうか。

(コータ……)
 前に真木さんに抱かれながら気持ち良さそうによだれを垂らしていたコータのことを思いだす。なんだかドキドキしてきた。僕もついに真木さんにあんな風に……

「………何もしないから、そんな固くならなくていいよ」
「え?」

 何もしない?

 耳元で言われた言葉に顔を上げようとしたけれど、頭を押さえられていて上げられない。

「………チヒロ君」
「はい」

 真木さんの声も匂いも気持ちいい。
 真木さんはしばらくの間、僕の頭をゆっくりゆっくり撫でてくれてから、ポツンと言った。

「君はすでにお菓子の家に住んでたんだな」
「お菓子の家?」

 真木さん、さっきもそんなこと言ってた……

「俺もお菓子の家の住人でね……」
「?」 
「ずっとそこに居続ける。グレーテルはいらない」

 グレーテル?

 ……ってことは、お菓子の家って、ヘンゼルとグレーテルのお話に出てくる家のことなのかな……

「真木さん……」
「……………。明日の朝は、外に食べに行こう」

 真木さんは小さく「おやすみ」と言って、もう一度ギュッと力強く抱きしめてくれて……それから腕の力をゆるめられた。

「……………おやすみ、なさい」

 ゆるまったので、ようやく顔を上げられた。

(………真木さん)

 西洋の彫刻みたいに整った顔。かっこいい。綺麗。王子様みたい。

 でも………今日の真木さんはなんだかとっても寂しそうだ。

 


---

お読みくださりありがとうございました!

チヒロ君は母親に言葉遣いについてキツク注意されていたため、夢中になると「アユミちゃん」とか言ってしまいますが、基本的にはきちんと「母」とか「姉」とか言います。
そして、子供の頃から大人の中で仕事をしていて、母から余計な口出しをしないようしつけられていた影響で、理解できない話をされても、深く考えずスルーする傾向があります……


さてさて。明日、2018年4月28日は「風のゆくえには」シリーズ主役、渋谷慶君の44歳の誕生日です。
この「グレーテ」ではまだ28歳の若々しい慶君ですが、もう44歳なんですねえ。
わ~~慶が44歳になるなんて!時が過ぎるのは早いものです。

ということで、せっかくなので、次回、火曜日は現在のお話を……
慶たちの同級生溝部君視点でお送りする予定となっております。
お時間ありましたらどうぞよろしくお願いいたします。


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BL小説・風のゆくえには~グレーテ8

2018年04月24日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ グレーテ

【真木視点】


 久しぶりの大阪の夜。
 自分でも、何人相手にしたのか覚えていない。
 でも、何も埋まらず、ただひたすら虚しさだけを感じながら、朝を迎えてしまい、急いでシャワーを浴びて髪も生乾きのまま、タクシーに乗った。そして……

「あれ?! 真木さん?!」
「!!」

 タイミングが悪すぎる。研修先のホテルの前でタクシーを降りたところ、バッタリと慶に会ってしまった。
 慶は11月のひんやりとする早朝の空気の中でも、長袖Tシャツにジャージ姿で、ほんのり頬を赤くしている。これは……ランニングをしてきた、といったところか。早寝・早起き・元気に運動…………小学生男子か君は。

「おはようございます! もしかして、こちらのお友達と会ったりしてたんですか?」
「あ……うん」

 キラキラした健康的なオーラが刺さって痛い。

(君とのことを妄想しながら他の男を抱いてきたんだよって言ったら……)

 …………。

 また蹴られるだろうな……
 ま、せっかく回復した信頼を一時の気の迷いで失う気はない。

「盛り上がっちゃって帰りそびれてねえ。寝てないから、今日の研修会は居眠り決定」
「えー。午前中、出番あるんだからそれまでは耐えてくださいよー」

 あはは、と笑う慶。本当に天使のようだ。白く穢れのない羽根が背中に生えている。その羽をもいで、その美しい肢体に快楽を叩きこんで、その純粋な瞳を狂わせてやったらどんなに……

(ああ、まずいな……)

 寝てないからか、朦朧とする。気を抜くと、慶を抱きしめてしまいそうだ。

「慶君、このまま朝食行く?」
「はい! もー、おれ、お腹ペコペコで!」
「…………」

 並んで歩く。少し汗ばんでいる慶。そのうなじに浮かんだ汗はどんな味がするんだろう……

「俺も、腹減った……」

 だから、君を食べたい。……なんてことは言えるわけがない。


***


 頭がボーっとする、という状態が、次第に激しい頭痛に変わっていき、全身寒気で震えはじめたのは、午後の研修の最中だった。

「真木さん、大丈夫ですか? 何か飲みますか?」

 心配げに何度も聞いてくれる慶の優しさが嬉しい。このまま、慶が恋人のいる東京へは戻らず、俺の看病のために大阪に残ってくれたら、少なくともその間だけでも君を独占できるのに……なんて、子供みたいなことを思っていたけれど……

「英明! 大丈夫か?」
「…………え」

 何とか研修が終わった直後、良く知った声が聞こえてきた。

「………修司、兄さん?」
「今、タクシー呼んだから。母さんにも連絡した」
「え………」

 5つ年上の、俺の二番目の兄だ。なんでこんなところに……

「長谷川先生がこちらにいらしてるっていうからご挨拶だけでもと思って顔だしたんだけど、まさかお前がこんなことに……」
「ああ……」

 そういえば兄と親しい先生がいたな……とボヤけた頭で思っている前で、兄が慶を振り返った。

「えーと、渋谷先生? 教えてくれてありがとう。英明はこのまま連れて帰るから、荷物を……」
「はい!」

 ああ、慶が行ってしまう……。兄さん、邪魔しないでよ……。

 薄れゆく記憶の中でそんなことを思ったけれど、白い羽根の天使はそのままどこかへ行ってしまった。




 目覚めると、見知った部屋の見知ったベッドで寝ていた。俺の、大阪の家での部屋だ。

「……………」

 高熱が下がった後の気だるさが体に残っている。こんなに体調を崩したのは久しぶりだ。

(だから気分が晴れなかったのか……)

 いや、逆か? 気持ちが落ちていたから、病魔にやられたのか?

(そうかもな………)

 慶と浩介の絆の深さを思い知らされた上に、チヒロも他の男と一緒にいて……

(俺は、一人だな……)

 再び、どうしようもない孤独感に襲われ、ベッドの中に深く深く沈んでいく…………、と。

「………あ」
 ベッド脇のサイドテーブルの上の水が目に入った。その横に携帯と、メモ。

『下にいるから起きたら電話して』

 母の字……。不覚にも涙が出そうになる。

(34にもなって、何やってるんだ俺は……)

 10も年下の子に癒しを求めて、不特定多数の男に性欲を撒き散らして、母の優しさで孤独を埋めて……

 ふいにドアが開いた。

「………お、英明。起きたか?」
「修司兄さん……」
「良く寝てたぞ、お前」
「うん………」

 昔から変わらない、頼りがいのある兄。小さな子供にするように、兄の手が俺の額をおおった。

「熱………まだ少しあるな」
「うん」

 子供に戻ったみたいだ。兄の手が気持ちいい。

「あまり無理するなよ?」
「……………」
「宏孝兄さんも、お前の人当たりの良さをあてにして、あちこち行かせ過ぎだよな。来月にはこっちに戻ってこられるんだろ?」
「あ………うん」

 交換研修は3ヶ月の予定だ。研修、とは名ばかりの、東京での諸々の交渉は無事に終わっている。最近の俺は、医師としてよりも、経営陣として動いていることの方が多い気がする……

「来月と言わず、もう戻ってくればいいのに。3ヶ月もホテル暮らしじゃ、気が休まらないだろ」
「いや……、すごく良いホテルだから、そんなことないよ」

 その上、気軽に男の子を連れ込めるから最高だった、なんて本音は言えないけど。

「そうか……母さんも寂しがってるから、早く帰ってきて欲しいってのもあるんだけどな」
「……………」
「あ!でもその前に!」

 兄がニヤリとした。

「オレ、来週そっちいくから、あそこのキャバクラ一緒に行こうぜ。ほら、前に行った歌舞伎町の……」
「あ、うん。けど、智子さん大丈夫?」

 兄嫁の智子さんはサバサバとした男っぽい女性で、兄は尻に引かれている感満載なのだ。でも、兄は軽く笑うと、

「そこはお前がいつものように上手く誤魔化してくれよ。よろしくなー」

 母さん呼んでくる、と言いながら出ていった。開いたドアの向こうから、

「母さん、英明起きたー」
「あ、本当に? 大丈夫そう? 熱は……」

 兄の大きな声と、母の心配げな声が聞こえてきて……

(………ああ、相変わらず、居心地がいいな)

 そう思う。みんな優しい良い人達で、愛を注いでくれて。柔らかい布団、窓から差し込む光……

「英明ー? 大丈夫? 何か食べられる?」

 母の声。トントントンと階段をのぼってくる音。

「汗かいたんじゃない? 着替えた方が……」
「…………」

 なんだか本当に、泣きそうだ……
 時々、逃げ出したくなるほどの、幸福な空間。俺の居場所。



***


 結局、東京に帰ってきたのは、一週間ほど経ってからだった。
 修司兄さんが一緒に行こうというので、一緒の新幹線に乗り、一緒に各所回ってから、約束通り、歌舞伎町のキャバクラにも連れていった。

「お前、ホント羨ましい~」

 店を出たところで、兄が俺に絡んできたので、女の子達と一緒に笑ってしまった。散々、結婚をすすめていたくせに、独身の俺が羨ましくてしょうがないそうだ。

 その後も、兄の宿泊するホテルで、一晩中、「結婚って良いものだぞ」と「独身は自由で羨ましい」を行ったりきたりする兄の話に付き合わされた。

(………結婚、か)

 家にいる一週間の間も、何度か、両親にも結婚の話をされた。見合いの話も出ているらしい。

(一度結婚して、離婚すれば、両親も気が済むだろうか)

 でもそれは、女性一人の人生に傷をつける、ということになる……

(まあ、俺ほどのスペックの男と結婚できるってだけでも、幸せは幸せかもしれないけどな……)

 そんなことも、思う。
 若い頃に、親の手前、無理をして付き合った女性からもそう言われた。付き合えただけで幸せだった、と。

(ああ……馬鹿馬鹿しい)

 でも、この居場所を失わないためには、そろそろ、腹を決めないといけないことは分かっている。



***


 翌日も朝から兄と一緒に行動し、夜になって、久しぶりにいつものホテルに一人で戻ってきた。
 このホテルも実家が用意してくれたものだ。俺はいまだに庇護の元にいる。居心地の良い巣の中に。

「……………」

 シンッとした空気が耳に痛い。ずっと賑やかな兄と一緒だったから余計にだ。窓の下に見える光がまるで他人事で、たった一人、取り残されたようで……

(……………チヒロ)

 ふっと、チヒロのことを思い出す。
 チヒロは、俺が部屋で仕事をしていたりして、待つように言うと、必ずこの窓から下をジッと見ていた。

「面白い?」

 一度聞いてみたところ、チヒロはコクリとうなずいて、

「どの光も同じじゃなくて次々と変わっていくから目が離せなくて……」

 そう言いながら、ジッと見続けていた。


(……別に面白くない)

 同じように夜景を見てみるけれど、何が面白いのかサッパリ分からない。

(………変な子だよな)

 チヒロのぽやっとした瞳を思い出す。あの子の瞳に俺はどう写っていたのだろう………


 この一週間、チヒロの姉からは何度かメールや電話がきたけれど、実家にいたこともあり、すべて無視していた。

 チヒロからは、何の連絡もない。考えてみたら、チヒロの方から連絡があったことは一度もない。

(ああ、気分が晴れない……)

 なんだろう。最近のこの気持ちの落ち込みは。やはり、結婚のプレッシャーや、慶が手に入らないことに対する苛立ちから来ているのだろうか……


 こんなとき、チヒロを来させたくなる。あの淡々とした表情で、淡々とマッサージをしてほしくなる。チヒロを抱きしめたら落ち着いて眠れる気がする。

(………でも)

 今、こちらから連絡するのは、シャクに触る、というか……俺が誘わなければ来ないというこの状況が、何だかものすごく、腹立たしい。

(この俺の連絡先を知っておきながら、一度も連絡してこないっていうのはどういうことなんだ)

 ああ、イライラする……


 イライラしたまま、シャワーを浴びて出てきたところ、メールの着信に気がついた。チヒロの姉だ……

(………面倒だな)

 そう思いながらも読みはじめ………、途中の文章でハッとした。

『弟は「真木さんに、明日連絡する、と言われたから、自分から連絡したら約束を破ることになるので、連絡できない」と言っています』

 ……………。

 そうか。俺はあのとき「連絡する」と言ったんだった……

 アユミのメールにはその後もグダグダと、
『弟に真木さんの代わりになる人を見つけてくるように言った』
だの何だの書いてあったけれど、そんなことはどうでもいい。俺の代わりなんているわけがない。


 すぐさま、チヒロに電話をかけてやる。と、1コールで繋がった。
 ああ、やっぱり俺からの電話を今か今かと待ち構えていたんだな?………と思いきや、

「チヒロ君?」

 返事がない………
 電話の向こう……ざわざわしてる。聞こえてくるのはピアノの音。……チヒロとコータと出会った店か?

(もしかして、コータと一緒……?)

 そう思ったら、ザワッと一気に胸の中に波が広がり、思わず「聞こえてる?」と、刺々しく言ってしまった。………けれども。

『はい』
 チヒロはそんなこちらの苛立ちには気づいた様子もなく、いつものように返事をすると、

『真木さんの「明日」が来て良かった』

と、安心したように言った。

 ………………。

 なんだそれは。明日? 明日………

 ………………。

 ああ、そうか。俺は『明日』連絡するって言ったのか。俺の『明日』は今来たのか。

(この子は、俺に『明日』がくるのをずっと待っていたのか……)

 やっぱり………変な子だ。

 何だか、すごく、すごく、おかしくて、笑いをこらえることができなかった。


---

お読みくださりありがとうございました!

分けようかとも思ったのですが、前回とラストを合わせたくて………。長文お読みくださり本当にありがとうございました。

次回、金曜日はチヒロ視点で。
お時間ありましたらどうぞよろしくお願いいたします。


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BL小説・風のゆくえには~グレーテ7

2018年04月20日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ グレーテ

【チヒロ視点】


『明日、帰ったら連絡する』

 電話の向こうの真木さんはそう言った。
 でも、次の日もその次の日も、一週間たっても、真木さんから連絡はなかった。

 大阪から帰ってないのかな……

 それとも、真木さんの『明日』はまだ来てないのかな………


 そんなことを思っていたら、アユミちゃんが、

「今日、真木さん見かけたよ」

と、怒りながら言ってきた。

「ずっとメール返事くれないし、電話出てくれないし、何かあったのかな、お仕事忙しいのかな、って心配してたのに、さ!」
「……………」

 アユミちゃんのほっぺがプーッと膨らんでいる。

「他のキャバから、女の子に囲まれてヘラヘラしながら出てきたんだよ! 何なのあれ! 真木さんってゲイじゃないの!? 女もいけるってこと!?」
「……………」

 それは………知らない。

「チーちゃん! 真木さんにうちの店に来るように言って!」
「え…………」
「真木さんに連絡してよ!」

 連絡…………

「それは出来ない」

 ハッキリ断ると、アユミちゃんは「は?」と眉をピクリとさせた。

「何で?」
「真木さんは『明日、帰ったら連絡する』って言ったから僕は連絡を待ってないといけないから僕から連絡は……」
「そんなのいいからしてよ!」

 アユミちゃんの悲鳴みたいな声が耳に刺さる。でも、僕は首を横に振った。

「だから、出来な……」
「チ、イ、ちゃん」
「!」

 ギイイイイって足の付け根のところ、爪を立てられた。パジャマの上からだけど痛い。でも、大丈夫。ママはもっと痛かった。アユミちゃんは優しいから、これ以上は痛くしない。

「真木さんに、連絡、して」
「………僕は真木さんの『連絡する』に『はい』って返事したから約束は破れないから」
「……………」

 アユミちゃんはジーっとこちらを見上げていたけれど……ふっと目線を外した。

「じゃあ、チーちゃん」
「うん」
「真木さんは、もういいや」
「え?」

 もういい?

 アユミちゃんは、大きく息をつくと、ポツン、と言った。

「次の人、探してきて」
「次の人?」

 次の人………

「あそこまでかっこよくなくてもいいから、お金持ちの人ね」
「……………」
「分かった?」
「……………」

 そんなの………

「チーちゃん、返事は?」
「………………」

 出来ないかもしれないことに『はい』とは言えない……

「大丈夫よ」

 僕の心を読んだかのように、アユミちゃんは『ニッコリ』とすると、

「チーちゃんは可愛いから」
「でも」
「可愛いから、小さい頃からモデルもできたんでしょ? みんなに可愛い可愛い言われてたんでしょ? ママだって……」

 アユミちゃんの目が暗く光った。

「ママだって、チーちゃんとだけお揃いの格好してお出かけして、チーちゃんだけみんなに紹介して、チーちゃんだけ美容室に連れて行って、チーちゃんだけ写真にとって………」
「…………」

 アユミちゃんは、自分の顔をペタペタ触ると、また大きく息をついた。

「今のこの顔だったら、ママも私とお出かけしてくれたかな……」
「……………」
「でも、もう、それも無理だけどね」

 アユミちゃんは僕を真っ直ぐに見ると、いつものように、言った。

「ママはチーちゃんのせいでいなくなっちゃったんだもんね?」
「……………」

 それを言われたら、僕はもう、アユミちゃんのお願いは何でも聞かないといけない、と思う。

 ママのことが大好きなアユミちゃん。でもママは僕の手だけを引いた。

 そして、僕たちが中学2年生の時、ママは僕のせいでいなくなってしまった。

『チーちゃん、ママと似てなくなっちゃったね』

 そう、寂しそうに悲しそうに言って、ママは家を出て行って、それから一度も帰ってきていない。

「チーちゃん、いい?」
「……………」

 僕と違って頭のいいアユミちゃんは、一番頭の良い高校に行って、今は歯医者さんになるための大学に通っている。だから、アユミちゃんのいうことはいつも正しい。

「選択肢は2つ。いち、真木さんに来てもらう。に、他の人を見つけて連れてくる。以上。明後日の私のバイトの時によろしくね?」
「……………」
「返事は?」
「………………………はい」

 アユミちゃんのお願いは叶えないといけない。


***



 翌日の夜。

「んーーー………」
 コータが苦いものでも食べたような顔をしてうなってる。

「同伴してくれて、高いボトルを入れてくれるような男の人、ねえ……」
「いない?」

 色々詳しいコータなら、誰か知ってるかな、と思ったんだけど……

「探せばいるかもしれないけど、明日までには無理じゃない?」
「そう……」

 どうしよう……と呟いた僕の頭に、ポン、とコータの手が乗った。

「お金さえなんとかなれば、僕が行くっていう手もあるんだけど」
「え?」

 コータが行く? 

「僕がお客さんとして行くってこと」
「……………………。あ」

 そっか。

「コータ頭いい……」
「でも、僕、お金ないからね? お姉さん、高いボトルっていくらくらいのこと言ってるのかな」
「………分からない」

 コータはまた、うーん……と唸っていたけれど、「とりあえず」と言って、手を打った。

「今回は、僕が行くってことで乗り切ろうか?」
「コータ……」

 コータはいつも僕を助けてくれる。大好きな友達。

「ありがと……」
「でも、問題は、今、本当に全然、お金ないってこと。チヒロは今いくらある? 見せて」
「うん」

 同時に財布を開いて見せあう。僕は3千円と小銭。コータも同じようなものだった。これからこのバーでの支払いもするからもっと減ることになる。

「うーん。最低でも同伴プラス1セット分のお金は必要だけど、全然足りないね……。あー、こういう時にカードがあればなあ」

 コータは『ブラックリスト』に載っているからクレジットカードが作れないらしい。
 コータはうーん……とまた唸ってから、ふいっと顔をあげた。

「久しぶりに、お小遣い稼ぎ、しよっか」
「え」

 ギクッとする。コータの言う「お小遣い稼ぎ」っていうのは、知らないお金持ちの人と、3人でして、お小遣いをもらうっていうことで……

「今、目つけてる人がいるんだ。何度かこのバーで見かけた人なんだけど」
「……………」

 反射的に『嫌』って思ってしまった。今までも、嫌だなって思ってたけど、それよりも、さらに、ハッキリと、『嫌』。
 でも、コータは僕のために行こうっていってくれてるのに……

「……………チヒロ、変な顔してる」
「え」

 コータの手が頬に触れてきた。優しい手。

「もしかして、嫌?」
「………」

 それは……

 答えられずにいたら、コータがふっと笑った。

「チヒロと3人でホテルに行ったのって、真木さんが最後だよね?」
「…………」

 思い出す1ヶ月ちょっと前。でもその時は、真木さんはコータとだけして僕とはしなかった。その後も……

「その後、チヒロは真木さんのところにお泊りするようになって……」
「うん」
「真木さんは何もしないで、朝までぎゅーってしてくれて、朝ご飯も一緒に食べてくれるんだよね?」
「うん」

 真木さんの良い匂いとか、滑らかな肌とか、力強い腕とか、綺麗な寝顔とか、ご飯食べてるときの優しい目とか、思い出して、きゅうって胸のあたりが温かくなる。

「チヒロ、さ」
「うん」

 コータの丸い目がこちらをジッと見ている……

「この話してるとき、自分がすっごい嬉しそうな顔してること、分かってる?」
「え?」

 嬉しそうな、顔?

「そういう幸せ知っちゃったら、もう、お小遣い稼ぎに他の人と……とか出来ないんじゃない?」
「…………」

 幸せ………?
 
「もし、同伴してくれるお金持ちが見つかったとして、その人がその見返りにチヒロとしたいって言ったら、チヒロ、できるの?」
「あ」

 それは………忘れてた。
 それは………

 『嫌』だ。

「嫌、なんじゃない?」
「………………うん」

 素直にうなずく。と、コータは少し笑って、僕の頭をくしゃくしゃと撫でた。

「じゃ、明日、僕が同伴するかわりにホテル行こうっていったら、どうする?」
「それは行くよ」

 即答する。だって、知らないお金持ちとコータは違う。

「コータがしたいんだったらもちろん行くけどお金ないからホテルに行くのはむずかしいかもしれないけどでも……」
「………………チヒロ」
「え」

 言葉の途中でいきなりギュッと抱きしめられた。

「………コータ?」

 コータは、ギュッギュッギューッとしてくれてから、

「ねえ、チヒロ。真木さんに連絡してみたら?」

 耳元にささやいてきた。

「やっぱり、真木さんにお願いするべきだよ」
「でも………」

 真木さんは、『明日、帰ったら連絡する』って言った。だから僕は連絡を待っている。約束は破れない。

 それになにより、真木さんを嘘つきだと思いたくない。

「僕から話してあげるから、電話かして」
「でも」
「いいから」
「でも」

 コータに携帯を取られそうになり、胸に抱え込んで背を向ける。

「真木さんは連絡くれるって言ってたから僕から連絡はできない」
「だから僕が連絡すればいいでしょ?」
「でも………っ」

 真木さんは他の人には連絡先教えないでって言ってたし、それにそれに……っ

 と、その時だった。

「!」
 ブルブルブルっと携帯が震え、画面に『真木さん』の文字が………

「真木さんっ」
 咄嗟に通話ボタンを押す。と、

『チヒロ君?』
「………っ」

 聞こえてきた優しい声に、胸の奥がぶわあっとなる。

『聞こえてる?』
「……………」

 見えないのに、「はい」と頷く。そして、

「真木さんの『明日』が来て良かった」

 そう言ったら、電話の向こうの真木さんは小さく笑った。



---

お読みくださりありがとうございました!
次回火曜日は、真木さん視点。前回の大阪二日目の朝~今回の電話までのお話を、と思っています。
お時間ありましたらどうぞよろしくお願いいたします。


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BL小説・風のゆくえには~グレーテ6

2018年04月13日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ グレーテ

【真木視点】


「真木さん! おはようございます!」

 ………………うわ。

 朝っぱらからのキラキラオーラに軽いめまいを覚える。

「………おはよう。慶君」

 待ち合わせの新幹線の改札口。早朝で人も少ないため、慶のキラキラは余計に目立っていて、行き交う人がチラチラと視線を送っている………ことには、本人全然気がついていない。

(………そうとう鈍感だな)

 そこがまた、可愛くていい。

(って、俺もそうとうだな……)

 笑いそうになってしまう。
 慶に対する気持ちが本格的に、世間一般で言う『恋』になっている。それを楽しんでいる自分の姿は、なかなか新鮮だ。

(昨日の夜も、電話できるだけで嬉しかったな……)

 昨晩、今日の研究会で使う資料を読んでいたら、添付写真に間違いを見つけて、

(これをネタに慶に電話できる!)

と、嬉しくなって速攻で電話してしまったのだ。まるで中学生だ。

 そうとう浮かれていたらしく、マッサージに来ていたチヒロにも『楽しそう』と言われてしまった。空気みたいなチヒロの前では、つい素でいてしまう。

 チヒロとは、もう10回ほど朝まで一緒に過ごした。先週、ついに連絡先も交換した。

 二丁目で知り合った男の子とは連絡先を交換しないことにしているので、しばらくはチヒロともチヒロの姉であるアユミを通して連絡を取っていた。でも、思いの外、チヒロのマッサージと抱き枕は快適で………

(チヒロを呼び出すのにいちいちアユミの店に行くのは面倒すぎる……)

 そう思って、信念を曲げて、チヒロとも連絡先を交換したのだ。

(まあ………チヒロは大丈夫だろう)

 この子は悪用したりしないと信じられる。それに、関係を聞かれても、アユミ繋がりの友人だと主張できる。

 男の子達と連絡先を交換しない一番の理由は、携帯のアドレス帳や履歴に男の子達の名前を残したくないからだ。もし、俺の身に何かあって、親や兄達の手に俺の携帯が渡ることがあったらと思うと……

(………無理だ)

 あの人達に、余計なことを知られて気を煩わせたくない。父も母も兄二人も祖父母も、皆、優しくて穏やかで善良な人達なのだ。昔も今も変わらぬ愛情を俺に向けてくれている。
 結婚して子供を持つ、という世間一般的な将来を俺に望んでいる彼らが、俺の性的指向を知ったら、きっと、驚き、悲しみ、悩むだろう。……でも、最終的には受け入れてくれると思う。そういう人達だ。だからこそ……知られたくない。

(今日の研修会の会場、わりと実家に近いんだよな……)

 実家に顔を出したら喜んでもらえることは分かっている。でも……

(時間ないしな。しかも明日の夕方まで、せっかく慶と一緒にいられるんだし)

 せっかくの一泊の研修会。あの邪魔な慶の恋人・桜井浩介と物理的な距離を置ける。今日の夕飯は、大食いの慶を満足させられる店に連れて行って、それから……

 と、頭の中では今夜の計画を練りつつ、慶と話しながら新幹線のホームを歩いていたのだけれども……

「渋谷君! 真木先生!」
「おー」
「え」

 大きなカバンを持った長い髪の女性が、俺達の乗る号車のあたりでブンブン手を振っている。あれは……慶の同期の吉村亮子か。

「………。吉村先生も一緒だったっけ?」
「あ、はい。急遽、空きが出て、行くことになって……」

 言いながら慶は、吉村に手を振り返すと、ちょっと笑いながら、

「吉村、お前、なんだよその荷物! 何泊するつもりだよ!」
「うるさい! 女の子は色々あるんですー」

 ………。28で『女の子』とは図々しい……。

「真木先生、よろしくお願いしますー」
「……よろしくね」

 内心の不機嫌を隠して、にっこりと微笑みかけてやる。

(ああ、せっかく慶と二人きりだと思ったのに……)

 残念過ぎる上に、相手が吉村というところも鬱陶しい。吉村は病院内で噂が出るほど慶と仲が良いのだ。吉村自身は、気さくでサバサバしていて感じの良い子ではあるけれど……

 そんなおれの内心には気が付かないようで、吉村がニコニコと話しかけてくる。

「真木先生って、大阪のご出身なんですよね? でも全然関西弁出ないですよね? あっちについたら出るのかな?」
「ああ……出身、といっても、住むようになったのは、最近だから。生まれた病院は大阪だけどね」

 少し肩をすくめてみせる。

「うちの父親は銀行員でね。転勤が多くて、しょっちゅう引っ越ししてたから、自分でもどこが出身なのか分からないよ」
「あれ?真木さん、実家は病院っておっしゃってませんでした?」

 小首をかしげた慶、かわいい。頭を撫でてやりたい衝動をどうにか押さえて質問に答える。

「うん。母の実家がね。父は婿養子なんだよ。祖父母は本当は医者の婿が欲しかったらしいんだけど、母が、認めてくれないなら駆け落ちするって言ったらしくて」
「わあ。素敵」

 ぱん、と手を打った吉村。女性はこういう話が好きだな。

「じゃ、孫である真木先生が病院を継ぐために医師に……」
「いや。兄二人も医師で、祖父の病院は長兄が継いでる。俺は好き勝手にフラフラしてるだけだよ」
「フラフラって」

 慶と吉村が顔を見合わせて笑ったところで、新幹線がホームに滑り込んできた。

「じゃ、行こうか」

 スッとさりげなく慶の背中に手を置いて、吉村との間に入ってやる。吉村の入り込む隙も、浩介の入り込む隙も、与えてやるものか。


***


 電車遅延があったため、会場にはギリギリに着いてしまった。本当はコーヒーでも飲んでから会場入りするはずだったのに予定が狂った。

 受付を済ませて、席に滑り込んだ時点で、吉村が「あー……」とお腹に手をやり、唸るように言った。

「朝早かったからお腹空いた……」
「チョコとか食うか?」

 慶がさっとカバンから袋を取りだし、中に入っているお菓子を吉村に渡している。

「真木さんも何かいりますか?」
「あ……うん。ありがとう」

 見ると、袋の中には、小分けで食べやすいチョコやクッキーがいくつも入っていた。その中からアメ玉を一つもらう。

「用意がいいね、慶君」
「あ……いや」

 慶はちょっと照れたように笑うと、吉村に背を向けてコソッと俺だけに聞こえるようにいった。

「おれ昨日、資料の読み込みで時間なかったから、この出張の用意は全部、浩介にやってもらったんです」
「………」

 ………浩介。

「オヤツ入れておいたよって言われて、遠足じゃねーんだからって思ったけど、助かったなー。あいつ、ホントおれのこと分かり過ぎ」
「………」
「あ、なんだこれ。抹茶味? こんなのうちにあったっけ?」

 ぶつぶつ言いながら、袋の中身を探っている慶。その白皙には柔らかな笑みが浮かんでいて……

(………そこに、いるのか)

 浩介の姿が慶と重なって見える。
 東京と大阪とに離れているのに……君たちは、一緒にいなくても、一緒にいるんだな……

「君たちは本当に仲が良いんだね……」
「え」

 思わず漏れた声に、慶はキョトン、とした顔をしてから……

「はい。高校からの親友なので」

 にっこりと幸せそうに肯いた。


***


 夜は3人でお好み焼きを食べにいった。もう一軒……と思ったけれど、慶も吉村も疲れ切っていたので、結局すぐに宿泊するホテルに戻ってきてしまった。慣れない土地による疲れもあるのだろう……

(今ごろ慶は、浩介に電話してるんだろうな……)

 近くにいる俺よりも、もっと近くにいる恋人に……

(入りこむ隙間がない……)

 自嘲しながら、ホテルのベッドに腰かけると、俺にもドッと疲労感が押し寄せてきた。

(ああ……チヒロにマッサージしてもらいたい)

 もう少し早い時間だったらこちらに来させたのに、さすがにもう無理か。新幹線の最終は9時半くらいだったな……

(明日はどうかな……)

 今までは当日に連絡して当日に来させていた。それで断られたことは一度もない。だから明日連絡してもいいんだけど、なぜか妙に、チヒロのあの淡々とした声を聞きたくてしょうがない。

 その思いのまま、携帯を手に取った。
 数回の呼び出し音の後……

『はい』
 聞こえてきたチヒロの声。『は』と『い』の大きさが同じの抑揚のない話し方。ああ、チヒロだな……と、笑いそうになった。が。

 ………。周りがうるさい。大きな音楽の音。カラオケか?

「……チヒロ君?」
『はい』

 ……………。歌っているのは……誰だ?

「誰が歌ってるの?」
『コータが歌っています』
「………そう」

 そういえば、彼らも仲良しだって言ってたな。今、一緒にいるのか………

「……チヒロ君」
『はい』

 俺の沈黙にも急かすことなく、言葉を待っているチヒロ……

「…………。明日、帰ったら連絡する」
『はい』

「……………」
『……………』

 たぶん……このまま黙っていても、チヒロはずっと待っていてくれるだろう。くれるだろうけど………

『チヒロー? 電話? 誰?』

 曲が終わり、コータの明るい声が聞こえてきた時点で電話を切った。


 途端に、耳が痛くなるほどシンッとする。


 ああ………俺は……一人だな。


 迫ってくる闇………
 耐えきれなくなり、外に出た。


***


 慶には浩介がいて、チヒロにはコータがいて……

 転校を繰り返していた俺は、小さい頃から誰か一人と特別に仲良くなることを避けていた。
 その代わり、いつでも、どこへ行っても、すぐにたくさんの友人はできた。何もしなくても、完璧なこの俺のオーラに吸い付くように人が寄ってきて……


「あっれー? お久しぶり~」
「……久しぶり」

 自然と足が向いた『仲間』が集まる場所。受付の従業員も変わっていない。久しぶりなのに体が勝手に動く。さっさと服を脱いでロッカーにぶち込み、薄暗い廊下を進む。……と、

「…………」
「…………」

 来た早々、運がいい。わりと好みのタイプの子がいた。向こうから寄ってきたので、望み通り、個室に連れ込んで、名前も知らないその子の中に、この鬱屈したものを吐き出してやる。

 でも………

(全然、気持ちが晴れない)

 その後も、何人かの男の子を抱いたけれど、何も埋まらない。何も感じない。何も癒されない。何も変わらない。

(俺はただ、毎日、楽しく飲んで食べて、好みの男の子を抱ければそれでいい)

 ずっと、ずっとそう思ってきた。ずっと、ずっとそうしてきた。

 今だって、俺の周りにはたくさんの男の子達が集まってきていて………

 なのに、何だ。この虚無感は……





---

お読みくださりありがとうございました!
何か真面目な話になってきた……

ちょっと立て込んでいるため、一回お休みして、来週の金曜日に更新……できたらいいなあ、と思っております。
お時間ありましたらどうぞよろしくお願いいたします。


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BL小説・風のゆくえには~グレーテ5

2018年04月10日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ グレーテ

【コータ視点】


 声を大にして言いたい。
 僕がゲイなことに、特別な理由なんてない。
 ただ単に、生まれてこのかた、女の子に対しては友情以上の感情は持てず、恋愛対象は常に男の子だっただけだ。
 それなのに、何か理由をつけようとする奴らが一定数はいて、そいつらが鬱陶しくてしょうがない。生育環境とか親との関係とかに無理矢理結びつけようとする奴とか、本当に最悪。


 声を大にして言いたい。 
 僕がいくら目がクリッとした可愛い顔だからって、ネコだって決めつけないでほしい。

 一時期、性欲発散のためにいくつかの『そういう』場所に顔を出していたけれど、タチの印をつけてるのに、タチから誘われることが続いて、嫌になって行くのをやめた。

「年取ったらそういうのなくなるから、今のうちが花よ~」

と、行きつけのバーのママに言われたけど、全然納得いかない。ネコができないわけではないけど、僕はあくまでタチ希望。可愛い男の子を抱きたいんだ。


 そんな時に出会ったのがチヒロだった。
 フワフワと掴み所のない同じ年の男の子。顔は可愛い綺麗系。純粋で頼りなげで守ってあげたくなるタイプ。何でも人の言うことを信じてしまうので、僕がついてて守ってあげないと、と思う。可愛くてしょうがない『弟分』って感じ。

 チヒロはお金が必要らしい。

「アユミちゃんが可愛くなるためにお金が必要で僕はアユミちゃんのためには何でもするって決めてるから」

って、意味の分からない理由を言っていた。アユミちゃん、というのは、チヒロの双子のお姉ちゃんらしい。

 僕にも1歳年上のお姉ちゃんはいるけれど、お姉ちゃんの整形のために自分の身を売るなんて、アリエナイ。お姉ちゃんだって、僕がそんなことしたらメチャメチャ怒るに決まってる。

 まあでも、各家庭事情はそれぞれだから、余計な口出しはしない。

 ただ、お金が必要というのは僕も同じだ。
 今勤めているアパレルショップはノルマが厳しくて、毎月自分で何着も買うはめになる。洋服は好きだから買うのはいいんだけど、お金がかかり過ぎて……。

 だから、チヒロと二人で、質の良いお金持ちを引っかけることをはじめた。一緒なら、可愛いチヒロを危険な目に合わせないよう注意することもできるし、可愛いチヒロと刺激的な時間を楽しむこともできるし、お金も手に入るし、一石三鳥だ。

 僕たちがしていることは、決して売春ではない。自分たちも気持ちよくなって、その上で善意でお小遣いをもらっているだけだ。

「それ、若いうちしか許されないからね?」

と、バーのママは呆れたように言いつつも、僕たちの切迫したお財布事情を理解してくれ、それとなく良い人を紹介してくれるので助かっている。


 そんな中、ママが仲介してくれたのが『真木さん』だった。最近ここいらで噂になっている、三十過ぎの長身の超イケメン。職業不詳のお金持ち。王子様みたいな人。

 噂通り、エッチもメチャメチャ上手だった。今も、思い出してはウズウズしてる。一ヶ月前に一度ヤッただけなのに。……でも、二度とごめんだ。

「ホントムカつく」

 噂通りの、悪魔。涼しい顔でこちらをイかせまくって楽しんでた。その上でのヤリ捨て。さっさと帰れって。アリエナイ。

「でもでも……」

 正直、あのテクニックは羨ましい。
 あれ以来、チヒロや他の子とするときに真似しようとしてるけど………無理。体格と筋力と体力の差が果てしない……

「………………頑張ろ」

 いつか、僕もあんな風に出来るようになりたい。


***


 行きつけのバーに顔を出したところ、ものすごい嫌な雰囲気が漂っていることに驚いた。中心にいるのは………シュンかな? 時々見かける小柄で結構可愛い子。せっかくの可愛い顔をしかめて一生懸命話してる。

「どうし………」
「コータ」

 行きかけたところをママに手招きされた。ママ、眉を寄せている。

「チヒロが真木ちゃんのホテルに泊まってるってホント?」
「……………………え?」

 ママのコソコソ声に思考が止まる。

 泊まり……?
 あの泊まらせてくれないと有名な真木さんのとこに、チヒロが泊まり?

「シュンが朝早くホテルのビュッフェで見かけたらしくて」
「……………」

 そんな話は聞いていない。チヒロ、僕に隠し事……?

(…………。いや、違うか)

 チヒロは基本的に、聞いたことにしか答えない。隠しているつもりはないのかもしれない……

「最近真木ちゃんが遊びにこなくなったの、チヒロのせいなんじゃないかって。シュンとかタクミとか、みんな真木ちゃんファンだから怒ってんのよ」
「ああ……」

 そういえば真木さん、ここ2週間くらい見かけてないな……
 ソファー席に目をやると、シュンを中心にみんな目を三角にして文句をいっている。全員泊まらせてもらえなかった口だから、その泊まっている人物が羨ましいらしい。

「今、チヒロきたらマズイわね。つるし上げにあうわよ」
「……だね」

 ママの心配そうな声に肯く。あの口下手なチヒロが上手に言い訳できるとは到底思えない。

「ちょっと、チヒロに連絡してみる……、と」
「あ」

 ママと二人、口に手を当てて黙ってしまった。静かにドアが開き……チヒロが音もなく入ってきたのだ。



***


 チヒロはシュン達に電話で呼び出されたらしい。
 みんなに取り囲まれても、いつものように淡々としている。そして、あっさりと、

「うん。泊まったことある」

 質問にコックリと肯いて、周りを凍り付かせた。
 しかも、なんと、10回もお泊りしたことがあるそうで……

「何それ……」
 シュンが真っ青になっている。今まで、真木さんのホテルを訪れた回数はシュンの4回が最高で、シュンはそれを自慢にしていたから、プライド粉々だろう。回数も倍以上な上に、チヒロはお泊りまでしているのだから。

「最後に会ったのはいつ!?」
「今朝」
「今朝?!」
「うん。あの……」

 チヒロの拙い説明によると、いつもはホテルのビュッフェで一緒に朝食を取るけれど、今朝は真木さんは大阪に行くため早朝の電車に乗らないといけなかったので、真木さんは部屋でコーヒーを飲むだけで行ってしまい、チヒロはそのまま残って、ルームサービスの朝食をいただいてきたそうだ。

 …………。羨ましい。一流ホテルのビュッフェ、ルームサービスの朝食……

(……良かったな)

 可愛い弟分のチヒロが、あの真木さんのところに10回もお泊りしたってことは、それなりにショックはある。でも、お泊りさせてくれて、一緒に朝食までとるくらい大事にしてくれてるなら、それはそれでチヒロのために良かった、と思う。

 けど、周りの子は怒り心頭といった感じだ。

「なんなのそれ? どうやって取り入ったわけ?! 何したんだよ?!」
「まあまあまあ」

 シュンが胸倉を掴む勢いで、チヒロに迫っているので、とっさに間に入る。

「体の相性が良かったんじゃないの?」
「はあああ?! こんな痩せこけた子にそんな魅力あるわけないじゃん!」
「いや、そこが良かったのかもしれないし?」

 まあまあ、とシュンを剥がして、チヒロを立たせ、みんなを見渡す。

「じゃ、もう問題解決したよね? チヒロ帰っていいでしょ?」
「解決してない!」

 タクミがプウッと頬を膨らませた。この子もなかなかかわいい子だ。

「ねえ、なんで最近、真木さんお店に来てくれなくなっちゃったの? チヒロが止めてるの?」
「ううん」

 その質問に、チヒロは軽く首を振ってから、一気に言葉を発した。

「真木さんはもうすぐお仕事の場所が大阪に戻るから毎日忙しくて全然遊べなくて元気がなくて疲れてて大変で、だからリラックスするために僕のこと呼んでるって……」
「え!!」
「やめて!!」

 シュンとタクミが同時に叫んだ。

「何それ自慢?!」
「って、それより、大阪に戻るって……」

 もう!とか、やだ!とか、皆が口々に言っている隙に、

「じゃ、またね」
 ママに手を振って、さっさとチヒロを連れ出した。こんな悪意でいっぱいの中に長居は無用だ。


***


「チヒロ、真木さんとのこと教えてくれれば良かったのに……」

 いつも行くカラオケボックスに入ってから言ってみると、チヒロはキョトンとして、

「聞かれなかったから」
と、予想通りの答えを言ってきた。

(やっぱりな……)
 この子は聞かれたことにしか答えない。そして、嘘も絶対につかない。

 純粋で可愛いチヒロ。どんな顔して真木さんに抱かれてるんだろう。誘惑に負けて、ツンツンと腕をつついて聞いてみる。

「ねえねえ、真木さんとのエッチ、どう? 毎回激しいの?」
「え?」

 チヒロは、再びキョトン、とすると首を振った。

「してないから分からない」
「え?」

 ……………。

 チヒロは絶対に嘘はつかない。と、いうことは?

「………チヒロ、真木さんとエッチしてないの?」
「うん」
「…………」

 ??? 意味が分からない……

「じゃ、10回もお泊りって何してたの?」
「アルマオイルを使ったマッサージをするんだけど真木さんはいつも途中で寝ちゃうから寝ちゃったら一緒に寝るんだけどそうすると朝までギューってされて起きたら一緒に朝ごはんを食べにいって真木さんがバランスの取れたおかずを選んでくれて……」
「……………」

 マッサージ? 途中で寝ちゃう? 朝までギュー? おかずを選ぶ?

「そう……なんだ」

 ある意味、それって、エッチよりも濃い気がする……。

 真木さん……どういうつもりなんだろう。
 真木さんって、僕と一緒で、特定の恋人は作らないで、広く浅く楽しむタイプだと思ってたのに、これじゃまるで、チヒロが恋人みたいだ。……でも、恋人だとしたら、エッチしないっていうのはおかしな話だしな………

(うーん………)

 ………ま。チヒロが何だか嬉しそうだから、いっか。

 あらためて、その可愛い顔をのぞきこむ。

「チヒロ、真木さんのこと好き?」
「うん」

 素直にうなずいたチヒロ。

「僕、アユミちゃんとコータと真木さんが好き」
「………………。そっか」

 あいかわらず可愛い過ぎる。カラオケじゃなくてラブホテルにすればよかった……なんて内心を押し込めて、くしゃくしゃと頭を撫でてやると、チヒロはくすぐったそうに笑った。




---

お読みくださりありがとうございました!
まったり回でm(_ _)m
一度書いておきたかったコータ視点でした。

次回、金曜日更新予定です。真木さん視点です。
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