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風のゆくえには~たずさえて22-2(菜美子視点)

2016年08月31日 07時21分00秒 | 風のゆくえには~たずさえて

 先日、樹理亜が一人でうちに泊まりに来た時、彼女は写真立てに飾られた私の高校時代の写真を見て驚きの声を上げた。

「わ! 戸田ちゃんって○○女子高校だったんだ? お嬢様~~」
「別にお嬢様じゃないよ」

 単に伝統がある学校というだけだ。

「このセーラー服可愛いよねー」
「だよね。だからここ受験したの」
「うわーそれで受かっちゃうんだからすごーい」

 あはは、と樹理亜は笑ったあとで、「そういえば」と何でもないことのように付け足した。

「佐伯さんもさーここのセーラー服好きだったんだよねー」
「………え」

 佐伯さん、というのは、樹理亜に付きまとっていたストーカー50代男だ。元々は、樹理亜の「ウリ」の客だったらしい。

「セーラー服着てって言われて、どんなの?って聞いたら、ここの学校のって言ってたの。同じものは手に入らなかったから、似たものになっちゃったんだけどねー」
「そう……なんだ」
「佐伯さんって、それ以外は全然普通だったんだけどねー。普通に優しかったしー、時々、お茶だけで、しないときもあったしー。でも、そのお茶する時も必ずセーラー服着させられたの。ブレザーの可愛い制服もあったのに、絶対セーラー。しかもここの学校に似たやつ」


 そんな会話をしてから10日ほど経った水曜日……。
 突然、私の勤め先の心療内科クリニックを訪れた佐伯氏。

「先生……俺、なんでこんなに、苦しいのかな」

 辛そうに胸を押さえた彼を見て、この時の樹理亜との会話を思い出し、一つの仮説を導きだした。

「それはたぶん……、恋、じゃないでしょうか?」

 私の言葉に恥ずかしそうな苦笑いを浮かべた佐伯氏を見て、その仮説は確信に変わる。

 おそらく、彼は樹理亜の中に、過去の自分の恋を見ている……。


***


 佐伯氏の話は、概ね予想通りのものだった。

 佐伯氏は、高校三年間、通学電車の中で見かける女子高校生に片思いをし続けていた。しかし、佐伯氏には親に決められた結婚相手がいたため、想いを告げることもなく卒業。

 でも何かにつけてその少女のことを思い出していた佐伯氏は、数年後、人を使って彼女の行方を調べさせた。でも、彼女はすでに結婚して海外生活を送っているとのこと。彼女のことはもう忘れよう……そう思って30年近い月日が流れたある日。

「取引先の人間に、樹理亜の母親の店に連れていかれて、それで……」

 彼女とそっくりな樹理亜に出会ってしまった。

「顔が似てるだけで、あとは何も似てないんですけどね……。あ、いや、俺は彼女のことを何も知らないので、似ているか似ていないかも想像でしかないんですけど……」

 当時、樹理亜は母親に髪をピンクに染めさせられ、ピンクのフリフリの服を着ていたので、余計に雰囲気も違っただろう。

「そのうち、樹理亜は店を辞めてしまったので、もう会えなくなって……でも」

 新宿での偶然の再会。しかも、樹理亜は髪型も暗い栗色のショートボブに変わり、清楚で可愛らしい服を着ていて……

「彼女だ、と思ってしまったんです」

 それからストーカー行為をはじめてしまった。けれども、弁護士に言われ自制した。しかし、樹理亜の母から融資をすれば樹理亜に会わせてやるといわれ……

「分かってるんですよ。俺は樹理亜の中に彼女を見てる。しかもおそらく、もう35年も前の話で自分の中でかなり美化されてるとも思う」
「…………」

 よく分かってるじゃないの……。それなら解決の糸口はある。

「でも、苦しくてしょうがない。俺には会社もあるし、女房も子供もいる。こんなバカなことやってるわけにはいけないってことは分かってる。分かってるんだけど、でも……でも」

 なおも言い募ろうとする佐伯氏に、安心させるように微笑み返す。

「はい。よく、分かりました」
「え……」

 戸惑った佐伯氏に指をぴっと立てて見せる。

「きっと、35年前、想いを告げられなかったことがずっとずっと引っかかってるんだと思うんです。佐伯さんの中の、高校生の佐伯さんがそこから卒業できないでいる」
「…………」

 眉を寄せた佐伯氏ににっこりと提案する。

「だから、卒業させてあげませんか?」
「……卒業?」
「はい。彼女からの卒業、です」

 これは賭けだ。でも……上手く行く気がする。


***


 それから3日後の土曜日の午後。
 樹理亜の予約が入っていた時間を、佐伯氏に譲ってもらった。

 そして………

 厚い雲に覆われたどんよりした空でよかった。電気を消した薄暗い診療室の中……

 呼ばれて入ってきた佐伯氏は、扉を開けた途端、息を飲んで立ちすくんだ。

「何で………」

 窓際に立っている少女。憧れだったセーラー服。いつも肩にかけていた通学カバン。白いソックス。黒い革靴……

 少女を凝視したまま固まっている佐伯氏の背中をそっと押す。

「………佐伯さん。伝えられますか?」
「………え」

 はっとしたようにこちらを向いた佐伯氏に再度促す。

「伝えて、ください」
「あ…………」

 今日は擬似体験をしましょう、と言ってあった。35年前出来なかった告白を、今、しましょう、と。3日前は「そんなの意味あるんですか?」と白けたように言っていた佐伯氏だったが……

「はい………」

 佐伯氏はゆっくりと彼女に近づくと、胸に手を当て………すっと息を吸い込んだ。

「あの…………俺」
「……………」

 少女の大きな瞬き。
 佐伯氏は、息を大きく吸い込み…………

 そして、意を決したように、告げた。

「あなたのことが……ずっと、好きでした」
「………………」

 瞳が、キラキラしてる。頬を紅潮させたその表情は、高校生の彼を彷彿させた。

 長い、長い沈黙のあと……

「……ごめんなさい」

 少女が静かに頭を下げた。

「わたし、好きな人がいるんです」
「………………」

 佐伯氏は、ふっと体の力を抜くと小さく笑った。

「そう………そうだよな……」
「あ、でも」

 少女は、すいっと手を差しだし、佐伯氏の頬に一瞬だけ触れ、ポツンと言った。

「ありがと」
「え?」

 キョトン、とした佐伯氏に、優しく微笑む少女……

「好きになってくれて……ありがと」
「え…………」
「嬉しい、です」
「……………」

 佐伯氏は何か言おうとしたのか、口を開けたり閉じたりを繰り返し………

「…………あ」

 ツー……っと、頬に涙がこぼれ落ちた。続けてポロポロポロポロと流れ落ちる。

「…………」

 静かに椅子に座りこんで、顔を覆った佐伯氏……

 それを合図に、樹理亜(当然、少女の正体は樹理亜だ。制服は15年前に私が着ていたもの……母が後生大事に綺麗に保管していてくれた。カバンも同様だ。靴はユウキから借りた)に部屋から出ていくよう促すと、樹理亜は気にするように何度も振り返りながら部屋から出ていった。


 しばらく顔を覆っていた佐伯氏だが、電気を付け、コーヒーを差し出したら、ようやくゆっくりと顔をあげた。そして、

「先生……」
 テーブルに擦らんばかりに頭を下げた。

「ありがとう……ございました」
「………はい」

 憑き物が落ちたみたいなスッキリとした顔にホッとする。佐伯氏は照れたように言う。

「いや……恥ずかしいな。この歳になって……」
「全然、恥ずかしくないです」

 軽く首を振る。全然恥ずかしくなんかない。それどころか……

「素敵でした」
「え」
「とても、素敵な告白でした」
「………」

 思わず本心を言うと、佐伯氏はちょっと嬉しそうに微笑んだ。



----------

お読みくださりありがとうございました!
長くなったので切ってしまいました。すみません、22-3もあります~~。

一年ほど前に書いた「あいじょうのかたち」の中で、樹理母が話していた「樹理亜にセーラー服着せる客がいる」というのが、この佐伯のことだったのでした。
ネタバレになるので今まで書けませんでしたが、実はこの頃に佐伯のキャラ設定はできてまして……まさか一年後に想いを昇華させてあげられるなんて思いもしなかった(^_^;)

ということで、前回冒頭の山崎に女?!の話はまた明日……

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風のゆくえには~たずさえて22-1(菜美子視点)

2016年08月30日 07時21分00秒 | 風のゆくえには~たずさえて

2016年4月3日(日)


(バカじゃないの?)

 自分自身に呆れてしまう。

(私、何、不機嫌になってんの? バカじゃないの?)

 小走りに駅に向かいながらも、さっき見た場面が、声が、耳から離れない。

『あ、ごめんっ。卓也くん!』
『あいかわらずだなあ、アサミ……』

 甘ったるい女の声。笑っていた山崎さんの声……。

(だから何? 別に関係ないし)

 そう思おうとすればするほど、深みにはまっていく。

 知ってる。分かってる。これは嫉妬………だ。


**


 その4日前……
 目黒樹理亜が母親と決別してから約10日後の、3月最終週の水曜日のことだった。

「戸田先生、次、新規の患者さんです」

 看護師の柚希ちゃんにそう言われながら、カルテを渡され、

「えー……と、佐伯……。佐伯?」

 その名にドキッとなる。樹理亜のストーカーも佐伯という名前。年齢も53歳。おそらく同じくらい。
 そう思いながら固まっていたら、診療室の扉が開き、入ってきたのは……

「……失礼します」
「!」

 一瞬立ち上がりかけたのを、何とか理性で押しとどめる。……本人だ。

「こんにちは。どうぞお座りください」

 なんとか、医者の仮面をかぶって笑いかけると、佐伯氏は下を向いたままゆっくりと椅子に座り……こちらを見上げた。その表情を見て、心の中だけで軽く驚く。

(………あらま。相当弱ってるわ)

 何度か見たことのあるこの男とは別人のよう……
 私の知っている彼は、目力が強く、自信に満ち溢れたオーラを放っていた。それが今は……

 佐伯氏は心臓のあたりを苦しそうに押さえながら、絞り出すように、言った。

「先生……俺、なんでこんなに、苦しいのかな」
「…………」

 苦しそう。辛そう……
 気持ちの持って行き場がない苦しさ……
 それは……。それは、たぶん。

「それはたぶん……、恋、じゃないでしょうか?」

 そんなありていなことを言うと、佐伯氏はボソッと「俺、バカみたいですね」と言った。自覚はある、らしい。

「いえ、バカみたいじゃないです」

 言いきると、

「……そうかな」

 恥ずかしそうな苦笑いを浮かべた佐伯氏。その表情は、まるで少年のようで……

(………かわいいじゃないの)

 思わず、そんなことを思ってしまった。




----------

お読みくださりありがとうございました!

って、めちゃめちゃ短くて申し訳ないです……
話はもちろん決まっているので、後は書くだけなんですけど、どうしても今回、スマホで打つ気になれず……
でもパソコンだと時間をあまり取れなくて……ああ自分の筆の遅さが恨めしい……
とりあえず、書いたところまでで更新させていただきますーーー。
続きは明日…う……無理かな……明後日かも……

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風のゆくえには~たずさえて21ー2(山崎視点)

2016年08月28日 07時43分01秒 | 風のゆくえには~たずさえて

2016年3月20日(日)


 最近、渋谷慶・桜井浩介カップルの世話になりっぱなしだ。

 戸田さんの部屋で、目黒樹理亜の話を聞いていたら、横浜の家に帰るための最終電車を逃してしまい……

 ダメ元で渋谷に連絡したら、OKをもらえた。「迎えにいくぞ?」と言ってくれたけれど、さすがにそこまで甘えられない。渋谷と桜井の住むマンションの最寄り駅への終電にギリギリ乗り込み、駅からぽつぽつ歩いて行ったら、到着が深夜1時になってしまった。

「いらっしゃーい♪」
 でも、桜井が機嫌良く出迎えてくれた。絶対桜井には邪魔にされると思ったのに……

「ごめん。こんな夜遅く……せっかく明日休みだから二人でゆっくりしたかったんじゃない?」

 言うと、桜井はニコニコと、

「だーいじょーうぶ♪ だってさーおかげで2回目………ぐあっっ」

 ゴッとすごい音がして、桜井がつんのめった。その後ろに腕組みをした渋谷が不機嫌そうに立っている。

「お前、いい加減学習しろ。余計なこと言うな」
「い……言いません……」

 腰を押さえてうずくまっている桜井……。蹴られた?蹴られたのか……。い、痛そう……。

 そんな桜井を横目に、渋谷は手招きしてくれ、

「山崎、入れよ。ちょうどコーヒーがおちたところだ」
「あ、ありがと……」

 い、いいのかな……と思いながら、リビングに行くと、桜井も壁につかまりながらヨロヨロとついてきた。

「けいーひどいーちょっとは心配してー」
「うるせーばか。自業自得だ」

 渋谷、冷たい。
 こうしていると、本当にただの高校の同級生に見える。だから、二人が恋人関係にあるということを、未だに忘れてしまう時がある。でも………

「ほら、浩介、どっちだ?」
「小さい方ー」
「ん」

 二人にしか分からない会話。小さく笑い合う時に絡める愛しそうな視線。

(夫婦ってこういうのをいうんだよな……)

 まさしく、オレの中の理想の夫婦像だ。
 記憶の中の両親は、あまり一緒におらず、いてもお互いの存在を消し去っているような、冷たい風が吹いていて………

(戸田さん……)
 ふいに、今日繋いだ手の温かさを思い出す。

『朝まで……』
 誘惑に駆られて、誘いの言葉を口走ってしまった直後、目黒樹理亜が現れ、そんな話は立ち消えた。

 でも、今となっては、樹理亜のタイミングの良さに感謝している。
 オレと戸田さん……もし、これから、友達以上になって、共に生活できるような日がきたとしても………

(いつの日か、離れてしまう。父と母のように……)

 こうして、同性という壁も乗り越え24年も付き合っている二人を目の当たりにしてもなお、どうしてもその思いを止めることができない。

 愛は永遠ではない。別れの辛さを味わうくらいなら……今はこんなに愛しいと思う戸田さんのことを、興味がなくなり、一緒にいたくない、と思うようになる日がくるくらいなら……

(友達以上になんかならない方がいい)

 今のままでいい。これ以上踏み込むべきではない。


*** 


 目黒樹理亜の話を理解するのには少し時間がかかった。
 元々ノリだけで話をするような子で、説明をしたりするのは苦手らしい。

「すっごかったよー。ママちゃんがこう、アイスピックでグサグサグサッて!バリバリ!ガンガンガーンみたいな!もうウワー!ギャー!だよー」

 こんな感じの話を、戸田さんが軌道修正しながら聞いてくれて分かったことは、

『樹理亜は母親に、ネイルサロンの店を出す件は辞退したいということを正式に申し出た』
『激昂した母親に、スマホをアイスピックで破壊された』
『でも、最終的には、勝手にしろ、と言ってもらえた』
『ストーカー佐伯にも、たぶん納得してもらえた』

 ということだった。

 今日は母親のところに泊まりにいってくる、と言ってバイトを休んだ手前、陶子さんのマンションに戻ることもできず、記憶を頼りに戸田さんのマンションを訪れたそうだ。スマホを壊され、誰にも連絡できないから困った、と楽しそうに言っていた樹理亜……。
 
「頑張ったね、樹理ちゃん」

 優しく戸田さんが言うと、樹理亜は「えへへ」と得意そうに笑っていた。


「そうは言っても、まだ油断はできませんが」

 玄関口に送ってくれながら、戸田さんがコッソリ言っていた。

「樹理ちゃんの『ママには樹理亜しかいない』という強迫観念はまだまだ根強く残っています。そこを母親に強く突かれたら、また同じことを繰り返します」
「…………」
「そこを突かせないために、もう一度、弁護士の庄司先生に間に入っていただきたいので、桜井さん達にも……」
「分かりました」

 肯くと、戸田さんはホッとしたように胸に手を置いた。

「樹理ちゃんには、母親の付属品ではない『自分自身』を確立してから、母親と向き合えるようになってほしいんです」
「…………」


 戸田さんはそういっていたけれど……
 おそらく、樹理亜に刷り込まれた『ママには樹理亜しかいない』という強迫観念は、生半可なことでは溶けることはないだろう。それはきっと、戸田さんよりも渋谷達よりも、オレの方が理解してあげられる感情。

『お母さんには、卓也しかいないから』

 子供の時、たった一度言われただけのオレですら、いまだに覚えている言葉。母親の存在は絶対で唯一。守らなくてはならないものだった。

『お母さん、安心して。僕が、ずっと、そばにいるから』

 10歳のオレが約束した言葉……
 
 オレは……オレは………



「山崎?」
「!」

 ポンッと腕を叩かれ、我に返る。
 樹理亜の話を渋谷達に報告しているところだったのに、記憶が飛んでしまっていたようだ。慌てて話を続ける。

「あー……ということで、明日、オレから庄司先生に連絡することになってる。桜井たちに話がいくことはないと思うけど、現状の報告だけはしておいた方がって戸田さんが」
「……分かった」

 神妙な顔をして桜井が肯いた。渋谷は難しい顔をしたままだ。思わずフォローするためのように言葉を繋ぐ。

「樹理ちゃんが言ってたよ。こないだ渋谷の家で過ごしたのがすごく楽しかったって」
「……そうか」
「こういう日が毎日だったらいいのにって」
「…………」
「…………」

 樹理亜が今まで過ごしてきた日々を思って、それ以上は言葉にできない……

 しばらくの沈黙のあと、桜井がポツン、と言った。

「おれにはさ……慶がいたから」
「え?」

 何の話だ?

「目黒さんにも、慶みたいな人が現れるといいね」

 桜井は3人分のカップをお盆にのせると、すっと立ち上がった。
 キッチンにいくその背中を見送りながら、「どういう意味?」という視線を渋谷に送ると、

「あいつも……まあ、親と色々あったからな」
「…………」
「でも、今はもう、大丈夫」

 渋谷は独り言のように、でも、力強く言いきると、立ち上がり、キッチンに消えていった。洗い物の音の間間で、二人が何か話しているのが聞こえてくる。

「…………」

 親子の数だけ、親子の形がある……
 でも、親も子も、一人の人間であって、それぞれに人生があって…… 

「…………」

 そんなことを思いながら、リビングのソファーに座っていたのだけれども、渋谷と桜井はなかなかキッチンから戻ってこなかった。そのうち、話し声は止まり、水道の流れる音だけが聞こえてきて……

「…………」

 なんとなーく……キッチンの様子が想像できて、その場から動けなくなってしまった。

 これ、オレ、確実にお邪魔虫じゃね?

 うーん……と思いながらソファーに沈んでいたら、そのうち眠ってしまい……



「!!!」

 はっと目覚めたら朝だった。
 時計を見て、焦る。

 やばい。今日は朝から、住んでいる団地の花壇清掃があるんだった!

 かけてくれていた毛布をたたみ、トイレに行ったりしていたら、渋谷が起きだしてくれた。

「送ってくぞ。第三京浜飛ばせば30分で着く」

というお言葉に甘えて、車で送ってもらう。

 何から何まで、申し訳ない……



 おかげで集合場所の公園内には5分前に到着したのだけれども……

「…………あ」

 母が、隅っこの方で一人立っているのが目に入り、慌てて母の元に駆け寄る。

「ごめん、遅くなって……」
「やだ、なに帰ってきてるの」

 母が眉を寄せて言う。

「さっさと彼女のとこ戻りなさい」
「は?」

 彼女? 何のことだ?

「何言って……」
「私が知らないとでも思ってるの?」

 なぜか勝ち誇ったように言う母。

「ここ最近、妙に服装に気を使うようになったし、下着だって全部新しいのに買い替えたでしょ」
「……………」
「昨日だって彼女と一緒だったんでしょ? 帰ってこないから、上手くいったんだって安心してたのに、ばかねえ、こんな早く帰ってきたりして。呆れられちゃったでしょ?」

 バシバシ、と叩いてくる母……

「もう、いいから。早く戻りなさい」
「だから、違……」
「ほら、いいから」

 ぐいぐいと背中を押され、公園から押し出されてしまう。

「お母さ……」
「いいから!」

 鋭い、怒ったような口調に、もう、何も言えなかった。
 人が集まっている方に歩いていく母の後ろ姿は、怒っているようにも見え……寂しそうにも見え……
 オレは、痛くなった胸を押さえながら、その場に立ち尽くしてしまった。


-----------

お読みくださりありがとうございました!

浩介が言いかけた「二回目……」の話は何かといいますと、
山崎から連絡があった時点ではすでに一回戦終了してまして、
慶がもう今日はしない!って言ってたのです。
で、急遽山崎がくることになり、浩介がブーブー文句をいってたら、
それを黙らせるために、慶が山崎がくるまでの間に二回戦を仕掛けてくれた……ということでした。

ちなみに、

「ほら、浩介、どっちだ?」
「小さい方ー」

↑これ、コーヒーカップの大きさを聞いてました。大きいサイズと小さいサイズがあるのです。

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風のゆくえには~たずさえて21ー1(山崎視点)

2016年08月26日 07時21分00秒 | 風のゆくえには~たずさえて

2016年3月19日(土) 


「おー菜美子ちゃーん、イメチェン!? いいじゃーん」

 友人の結婚式の二次会の打ち合わせのため集まることになった溝部とオレと戸田さんと明日香さん。
 予約してあった個室に入るなり、溝部が先に来ていた戸田さんに声をかけた。

(…………戸田さん)

 くすぐったそうに笑っている戸田さん……。
 やっぱり戸田さんはこういう明るい男がタイプなんだ、と思い知らされる。

(峰先生と溝部ってノリが似てるもんな……)

 峰先生というのは、戸田さんが17年も片想いをしている幼馴染みのお兄さん。

『ヒロ兄……』
 ふいに、脳内に再生される声……
 オレに貫かれながら、その名を呼んでいた彼女の切ない喘ぎ声………ゾクッと背筋に震えが走ってしまう。いかんいかん……。

「遅くなって申し訳ありません……」
 何とか記憶を押し込め、頭を下げたところで、彼女と目が合ってしまい、あわててそらした。直視なんてできるわけがない。


『友達からはじめませんか?』

 先日のオレの告白に対し、彼女はそう答えてくれた。けれどもやはり無理そうだ。オレ自身、友達以上になる覚悟がまだできていないし、それに何より、彼女はオレみたいな地味な男は好みじゃない。

 でも、それでも。

 もし、誰かにヒロ兄の代わりを頼むのなら、オレに。誰かに助けを求めるのなら、オレに。オレの手を取ってほしい。


***


 打ち合わせは滞りなく終わり、溝部に「オレ、明日香ちゃん送ってくから、お前菜美子ちゃんな」と、強引に言い渡された。そうでなくても、送っていきたかったから、理由付けをくれた溝部には感謝だ。

 戸田さんの住むマンションの最寄り駅で一緒に降りたところ、

「送ってくださらなくても大丈夫ですよ? 電車なくなっちゃいませんか?」

 心配そうに言ってくれた戸田さんに、軽く首を振る。

「お宅までお送りしても充分余裕はあります。最終的には、23時33分の電車に乗れば、終電に間に合いますので」
「あ、そうなんですね……って」

 プッと吹き出され、え?と振り返ると、戸田さんはなぜか笑いをこらえながら、こちらを見上げていた。

「詳しいですね。さすが元鉄道研究部」
「あ……いや……」

 歩きだしながら、追加情報を一つ。

「ちなみに、休日ダイヤだと33分ですが、平日だと43分でも大丈夫なんです」
「へえ。平日の方が遅くまで電車あるんだ。知らなかった。あまり終電の時間って意識したことなくて。漠然と12時過ぎの電車でも帰れるってことは知ってるんですけど」
「そうですね。都内は遅くまで電車があっていいですよね」
「山崎さんの最寄りの駅は?」
「8年ほど前に地下鉄が通ったおかげでマシになったんですけど、JRだけの時は泣けるほど早くて大変でした」
「泣けるほどって」

 クスクス笑う戸田さんの声……心地いい。ずっと聴いていたい声……
 思わず独り言をつぶやいてしまう。

「今日が平日だったらなあ……10分多く一緒にいられるのに」
「……え?」

 立ち止まった戸田さん。

「あ」
 し、しまった。き、聞こえた?!

「あ、いや、その……」
「手」
「え?」

 わたわたと言い訳する前に、手を差し出され、きょとん、となってしまう。
 そんなオレに戸田さんはにっこりと、言った。

「手、繋ぎませんか?」
「え……」

 それは……

「あの……戸田……」
「はい」

 すっと絡めるように繋がってきた手。
 戸田さんの華奢な指。

(ああ………)

 なんて、なんて、いとおしい……
 きゅっきゅっきゅっと握りしめ、ゆっくりと歩きだす。愛しさで息が苦しいのに、胸の中は心地よく温かい………

 しばらく無言で歩いていたのだけれども、

「二次会の幹事、山崎さんが引き受けてくださって良かったです」
「え………」

 戸田さんがポツン、と言った。

「やっぱりお仕事でイベント仕切ってらっしゃる方は頼りになりますね」
「いや……そんなことは……」

 オレの職場の場合、新規の企画はほぼなく、ほとんどが毎年行われていて雛型が出来上がっているイベントばかりだ。でも、結婚式の二次会も雛型は決まっているから、何とかなりそうな気はしている。

 戸田さんは繋いでいる手をきゅっとしてくれながら、

「新婦の潤子は、私と明日香の中学からの友人なので、私達が幹事をやるのは当然で……」
「………」
「新郎の須賀さんは、溝部さんの会社の方なので、溝部さんがやるのはまあ普通かなと。でも、山崎さんは潤子にも須賀さんにも2回しかあったことないから、断られちゃうかなって明日香とも言ってたんです。よく引き受けてくださいましたね?」
「あーいや………」

 それは……

「溝部に丸めこまれまして……」
「丸めこまれたって、何言われたんですか」

 小さく笑う戸田さん……可愛い。
 思わず本当のことを言ってしまう。

「いや……戸田さんに会えるっていう餌にまんまと釣り上げられてしまって」
「え……」

 再び立ち止まった戸田さん。ビックリしたように目を見開いている。

 あ、まずい。まずいか。慌てて付け足す。

「いや、でも、須賀君達をお祝いしたい気持ちにウソはないです。はい。素敵な二次会にしましょう」
「……………」

 戸田さん、パチパチパチ、と瞬きをしてから…………ぷっと吹き出した。

「山崎さんってほんと面白い」
「……面白くないですよ」
「面白いです」

 再び歩き出しながらも、戸田さんはまだ笑っている。なんでだろう?

(オレなんか全然面白くない。溝部とか……峰先生みたいな人を面白いと言うんだ)

 勝手に落ち込んでいたら、もう、最後の曲がり角が来てしまった。ここを曲がって少し行ったら戸田さんのマンションだ。

「……………」
「どうしました?」

 小さいため息を聞かれてしまったらしい。戸田さんが首を傾げてこちらを見上げている。

「いや………駅から近いなあと……」
「そうですね。7、8分くらいかな」
「そうですか………」

 だからなんだ、という会話なのは重々分かっている。分かっているけれど……ああ、もうマンションの前に着いてしまう……

「あの、山崎さん?」
「はい………」

 どよんとしたまま返事をすると、戸田さんがまたクスクス笑いだした。だから何なんだ。

「何かおかしいですか?」
「ええ。とても」

 言いながら、急に繋いでいる手を離された。途端に体が冷気に包まれたような感覚に陥る。

(まだ繋いでいたかった……)

 でももうマンションの前だもんな。着いたんだからオレはもう用無しだ。……と、再びため息をついたところで、

「山崎さん」
 戸田さんがカバンの中から鍵を取り出し、こちらを振り返った。

「終電に間に合うためには23時33分の電車。駅までは8分。だから25分までは大丈夫、ですよね?」
「え、あ、はい……」

 今はまだ、22時55分だ。あと30分ある。

「どう、なさいます?」
「え………」

 ジッと透き通るような瞳でこちらを見上げてくれる戸田さん。あまりにも綺麗で息を飲んでしまう。

 先日のホワイトデーでは「上がってお茶でも」と言ってくれたのを丁重にお断りした。図々しいと思われることを危惧したからだ。でも、誘惑に負けてキスをしかけて……結局、出来なくて……

「もう、帰られますか? それとも上がっていかれますか?」
「あ……えと……」

 戸田さんの落ちついた心地よい声。まだ聞いていたい。少しでもいいから一緒にいたい。
 それは叶えてもらってもいい希望だろうか。
 
「あの、オレ……」
「はい」

 戸田さんを真っ直ぐ見つめ、素直に本音を吐きだす。

「もう少しだけ、戸田さんと一緒にいたいです」
「………」

 すると戸田さんはふっと笑って……、その笑みをイタズラそうなものに変えた。

「少しだけ、でいいですか?」
「え」

 ニッとする戸田さん。

「朝まで、とかじゃなくて?」
「え」

 えええええっ! そ、それは………っ

 自分でも赤面していくのが分かった。ワタワタとしていたら、戸田さんが再びおかしそうに笑いだした。か、からかわれてるオレ……

「からかわないでください……」
「からかってないですよ」

 戸田さんのクスクス笑いは止まらない。完全にからかわれてる。

「そんな笑わないでください……」
「だって……山崎さん、まるで中学生みたいで」
「中学生……」

 高校生ですらなかったか……

「もしかしてさっきからずっと笑ってたのってそれですか?」
「あ……ごめんなさい。なんか……かわいくて」
「かわいい……」

 かわいいって……男としてどうなんだ?!

「バカにしてます?」
「いえいえ、してないです。褒めてるんです」
「……褒められてる気がしません」
「ごめんなさい」

 クスクス、クスクス……戸田さんの笑顔。ああ……可愛いな。こういうのを可愛いというんだ。
 この笑顔をずっと、ずっと、見ていたい……

「……戸田さん」
「はい」

 笑みを浮かべたまま、マンションのエントランスに入る扉を開けてくれた戸田さんの手を掴む。

「もしオレが、朝までって、言ったら……」
「え………」

 驚いたように目を見開いた戸田さん。オレも自分で言っておきながら自分で驚く。でも、言葉は止まらない。

「朝までいても……」
「……あ」

 二人で扉の手前で立ち止まったため、せっかく開いた扉が閉まり………


「あーーーー! 戸田ちゃん、やっと帰ってきたーーーー!」
「?!」

 閉まりかけた扉の向こうから、明るい声と共に小柄な人影が飛びこんできた。

「……樹理ちゃん」

 それは、ニコニコ笑顔の目黒樹理亜、だった。




-----------

お読みくださりありがとうございました!
「20」で視線そらされたり、友達が名前呼びされてたりして、腐てていた菜美子さんでしたが、
一転、山崎さんから好き好きオーラ満載のセリフを聞けて、コロリと嬉しくなってるようです。
これぞツンデレ効果? なかなかやるな山崎……。

クリックしてくださった方、見に来てくださった方、本当にありがとうございます!
もう、本当に、こんな普通の話に……有り難すぎて泣けてきます。
よろしければ、また次回も宜しくお願いいたします!


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風のゆくえには~たずさえて20(菜美子視点)

2016年08月24日 07時21分00秒 | 風のゆくえには~たずさえて

2016年3月19日(土) 


「で、山崎さんとはどうなってるの?」
「…………。どうもなってないよ?」

 中学時代からの友人・明日香に問われ、用意していた言葉を即答する。本当のことなんて言えるわけがない。

 エッチ済み。なのに、キスはまだ。抱きしめられたこともない。唯一、手だけは一度だけ繋いだ。

 ………………。

 どう考えてもおかしな関係だ。

 先日のホワイトデーでは、食事に連れていってくれて、帰りはうちまで送ってくれ、花束のプレゼントまでくれた。(山崎さん、ずっと大きな紙袋を持ち歩いていた。たぶんプレゼントなんだろうと思って、あえてツッコミ入れなくて正解だった……)

 帰り際、頬のあたりに手を伸ばされたので、

(…………キス?)

と、思って、ドキッとしてしまったのに、その手は途中でパタンと下ろされ………

「おやすみなさい」

 山崎さんは深々と頭を下げ………頭を下げたまま、後ろ向きに出ていってしまった……。


『友達からはじめませんか?』

 私のことが好き、といってくれたのに対して、そう答えたのは私だ。そう。私ですけど………

(あれは、確実にキスするタイミングだったのに……)

 今どき、中学生だって、もうちょっとちゃんとしてるっつの。……って、別に期待してないけどっ!!

(もしかして……)

 考えてみたら、「好き」とは言われたけれど、「付き合って」と言われたわけではない。律儀に「友達」の関係を貫いただけかもしれないけれど、もしかしたら、「友達」以上に進む気はない、ということなんではないだろうか。

(……別にいいけど)

 なぜだかモヤモヤする。
 当たり前だけど、そんなこと知らない明日香がケロリと言ってきた。

「なんだ。菜美子がメイク変えたのは、山崎さんのためなのかと思ったのに」
「………。違うよ」

 メイクを変えたのは自分のためだ。ようやく、ヒロ兄の奥さんの真似から卒業できた。………まあ、変えられたのは、山崎さんのおかげだけど。

 明日香は私の頬をつつくと、ニッと笑った。

「まーでも、すごくいい。似合ってる。っていうか、私、今まで散々、こういうメイクをおすすめしてたよね?」
「……だから、そろそろ、明日香の言うことをきいてみようかなと思ったわけですよ」
「あら、ようやくですか。長かったねー?」
「……ごめん」

 ホント長かった……。なんてことは話したくない。

「そういう明日香は、溝部さんとどうなってんの?」

 これ以上ツッコんでほしくなくて、質問返しすると、明日香はあっけらかんと、

「どうもなってないよ。ていうか、どうもならないでしょ」
「えっバレンタインとか誘われなかったの?」

 当然の質問に、明日香は肩をすくめた。

「バレンタイン仕事だったし」
「でも、その前後とか……」
「その前後も仕事。ライン入ってたけど、読んだの何日か経ってからだったんだよね」
「…………」

 忘れてたけど、明日香は仕事のことになると、鬼モードになるんだった……。
 明日香は輸入雑貨の店に勤めている。バレンタインやクリスマスといったイベントは書き入れ時のため、常に出勤しているのだ。

「今年、売り上げあんま行かなかったんだよ。年々、バレンタインはダメになってく。今やハロウィンの方が売り上げいいよ」
「そうなんだ……最近のハロウィン、すごいことになってるもんね」

 なんて話をしていたところ、襖が開かれた。ひょこっと顔を出したのは、溝部さん。
 今日は、バーベキュー合コン内から生まれたカップルの結婚式の二次会の幹事会議のため、都内の個室レストランにきているのだ。

「おー菜美子ちゃーん、イメチェン!? いいじゃーん」

 あいかわらず明るい溝部さん。やっぱりヒロ兄に似てる。セリフも、言い方も……
 条件反射的に、胸が高鳴ってしまう自分に苦笑する。

「遅くなって申し訳ありません」
 続いて入ってきた山崎さん。あれから、ラインのやり取りはしたけれど、直接会うのは初めてだ。

「…………」
 
 思わず、ジッと見てしまう。地味で、大人しくて、自分のことより人のことで。変に鋭いくせに、わりと天然。そしておそらく、愛情に関して何らかのトラウマを抱えていることも、今までの観察で分かっている。『イイ人』に見えて、実はちょっと面倒くさい人。……少しもタイプじゃない。

 山崎さん、私のことをチラリとみて、軽く会釈すると……すっと視線をそらした。

(……なんなの?)

 なんか……腹立つ……。


***


 二次会は、かなり盛大に行われることになっているそうだ。
 結婚式と披露宴は身内だけで行うが、二次会は合わせて100人近い友人達を呼ぶことになるらしい。会場の予約と案内状の送付は新郎新婦自らやってくれるそうで、私達は企画、構成、進行を担当する。

「総合司会は菜美子ちゃんで、山崎が補佐で」
「え」

 溝部さんの提案に、思わず「え」と言ってしまったが、誰も気に留めてくれなかった。溝部さんはニコニコと続ける。

「それで、ビンゴ大会の司会は明日香ちゃんとオレね?」
「商品、うちで買いません? 社割ききますよー」
「おお、是非!」

 溝部さんの狙いはやっぱり明日香だ。分かりやすい。2人が盛り上がっているのを横目で見ていたら、

「あの……戸田さん」
「………」

 遠慮深く、山崎さんに声をかけられた。

「いつがご都合よろしいですか? 作業の日程を……」
「………そうですね」

 手帳を出しながらも、なぜかイライラが止まらない。何をイライラしてるんだろう、私。
 深呼吸をして、落ちつかせてから、山崎さんに向き直る。

「私は休みは基本、日曜日と金曜日なんです。山崎さんは土日ですよね?」
「そうですね、基本は。時々仕事の時もありますが……」

 山崎さんは肯くと、ふいっと、溝部さんと明日香の方に視線を向けた。

「細かい原稿はともかく、プログラム構成はみんなで考えるよね?」
「おーそうだな。さすが山崎、なんかイベントなれしてるなー」
「いや……大まかな流れだけでも今日決められるなら、次回までにそれに沿った進行表作ってくるから」
「なんか分かんないけど、任せた!」
「いや、任されても……」

 苦笑した山崎さん。手帳を見つつ、明日香を見上げた。

「明日香さんはシフト制なんですよね?」
「ええ。すみません、月末にならないと翌月の予定わからないんですよー」
「そうですか……。一度、二次会の会場を見に行った方がいいと思うんですけど……」
「…………」

 なんだろう。ますます、更に、イライラしてきた。
 なんだろう、何がこんなにムカつくんだろう?

「戸田さん?」
「え」

 目の前で手を振られ、我に返る。

 我に返った途端に、自分の追加のイライラの原因に気が付いてしまった。

(なんで私は「戸田さん」で、明日香のことは「明日香さん」なわけ?)

 ………………。

 どうでもいい。どうでもいいことなのに………

 なんかムカつく!!




-------------

お読みくださりありがとうございました!
なんだか話が進まず………でも、菜美子の気持ちはちょっと進んだ?の回でした。

クリックしてくださった方、見に来てくださった方、本当にありがとうございます!
こんな地味な話に本当にありがとうございます(涙)
よろしければ、また次回も宜しくお願いいたします!

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