先日、樹理亜が一人でうちに泊まりに来た時、彼女は写真立てに飾られた私の高校時代の写真を見て驚きの声を上げた。
「わ! 戸田ちゃんって○○女子高校だったんだ? お嬢様~~」
「別にお嬢様じゃないよ」
単に伝統がある学校というだけだ。
「このセーラー服可愛いよねー」
「だよね。だからここ受験したの」
「うわーそれで受かっちゃうんだからすごーい」
あはは、と樹理亜は笑ったあとで、「そういえば」と何でもないことのように付け足した。
「佐伯さんもさーここのセーラー服好きだったんだよねー」
「………え」
佐伯さん、というのは、樹理亜に付きまとっていたストーカー50代男だ。元々は、樹理亜の「ウリ」の客だったらしい。
「セーラー服着てって言われて、どんなの?って聞いたら、ここの学校のって言ってたの。同じものは手に入らなかったから、似たものになっちゃったんだけどねー」
「そう……なんだ」
「佐伯さんって、それ以外は全然普通だったんだけどねー。普通に優しかったしー、時々、お茶だけで、しないときもあったしー。でも、そのお茶する時も必ずセーラー服着させられたの。ブレザーの可愛い制服もあったのに、絶対セーラー。しかもここの学校に似たやつ」
そんな会話をしてから10日ほど経った水曜日……。
突然、私の勤め先の心療内科クリニックを訪れた佐伯氏。
「先生……俺、なんでこんなに、苦しいのかな」
辛そうに胸を押さえた彼を見て、この時の樹理亜との会話を思い出し、一つの仮説を導きだした。
「それはたぶん……、恋、じゃないでしょうか?」
私の言葉に恥ずかしそうな苦笑いを浮かべた佐伯氏を見て、その仮説は確信に変わる。
おそらく、彼は樹理亜の中に、過去の自分の恋を見ている……。
***
佐伯氏の話は、概ね予想通りのものだった。
佐伯氏は、高校三年間、通学電車の中で見かける女子高校生に片思いをし続けていた。しかし、佐伯氏には親に決められた結婚相手がいたため、想いを告げることもなく卒業。
でも何かにつけてその少女のことを思い出していた佐伯氏は、数年後、人を使って彼女の行方を調べさせた。でも、彼女はすでに結婚して海外生活を送っているとのこと。彼女のことはもう忘れよう……そう思って30年近い月日が流れたある日。
「取引先の人間に、樹理亜の母親の店に連れていかれて、それで……」
彼女とそっくりな樹理亜に出会ってしまった。
「顔が似てるだけで、あとは何も似てないんですけどね……。あ、いや、俺は彼女のことを何も知らないので、似ているか似ていないかも想像でしかないんですけど……」
当時、樹理亜は母親に髪をピンクに染めさせられ、ピンクのフリフリの服を着ていたので、余計に雰囲気も違っただろう。
「そのうち、樹理亜は店を辞めてしまったので、もう会えなくなって……でも」
新宿での偶然の再会。しかも、樹理亜は髪型も暗い栗色のショートボブに変わり、清楚で可愛らしい服を着ていて……
「彼女だ、と思ってしまったんです」
それからストーカー行為をはじめてしまった。けれども、弁護士に言われ自制した。しかし、樹理亜の母から融資をすれば樹理亜に会わせてやるといわれ……
「分かってるんですよ。俺は樹理亜の中に彼女を見てる。しかもおそらく、もう35年も前の話で自分の中でかなり美化されてるとも思う」
「…………」
よく分かってるじゃないの……。それなら解決の糸口はある。
「でも、苦しくてしょうがない。俺には会社もあるし、女房も子供もいる。こんなバカなことやってるわけにはいけないってことは分かってる。分かってるんだけど、でも……でも」
なおも言い募ろうとする佐伯氏に、安心させるように微笑み返す。
「はい。よく、分かりました」
「え……」
戸惑った佐伯氏に指をぴっと立てて見せる。
「きっと、35年前、想いを告げられなかったことがずっとずっと引っかかってるんだと思うんです。佐伯さんの中の、高校生の佐伯さんがそこから卒業できないでいる」
「…………」
眉を寄せた佐伯氏ににっこりと提案する。
「だから、卒業させてあげませんか?」
「……卒業?」
「はい。彼女からの卒業、です」
これは賭けだ。でも……上手く行く気がする。
***
それから3日後の土曜日の午後。
樹理亜の予約が入っていた時間を、佐伯氏に譲ってもらった。
そして………
厚い雲に覆われたどんよりした空でよかった。電気を消した薄暗い診療室の中……
呼ばれて入ってきた佐伯氏は、扉を開けた途端、息を飲んで立ちすくんだ。
「何で………」
窓際に立っている少女。憧れだったセーラー服。いつも肩にかけていた通学カバン。白いソックス。黒い革靴……
少女を凝視したまま固まっている佐伯氏の背中をそっと押す。
「………佐伯さん。伝えられますか?」
「………え」
はっとしたようにこちらを向いた佐伯氏に再度促す。
「伝えて、ください」
「あ…………」
今日は擬似体験をしましょう、と言ってあった。35年前出来なかった告白を、今、しましょう、と。3日前は「そんなの意味あるんですか?」と白けたように言っていた佐伯氏だったが……
「はい………」
佐伯氏はゆっくりと彼女に近づくと、胸に手を当て………すっと息を吸い込んだ。
「あの…………俺」
「……………」
少女の大きな瞬き。
佐伯氏は、息を大きく吸い込み…………
そして、意を決したように、告げた。
「あなたのことが……ずっと、好きでした」
「………………」
瞳が、キラキラしてる。頬を紅潮させたその表情は、高校生の彼を彷彿させた。
長い、長い沈黙のあと……
「……ごめんなさい」
少女が静かに頭を下げた。
「わたし、好きな人がいるんです」
「………………」
佐伯氏は、ふっと体の力を抜くと小さく笑った。
「そう………そうだよな……」
「あ、でも」
少女は、すいっと手を差しだし、佐伯氏の頬に一瞬だけ触れ、ポツンと言った。
「ありがと」
「え?」
キョトン、とした佐伯氏に、優しく微笑む少女……
「好きになってくれて……ありがと」
「え…………」
「嬉しい、です」
「……………」
佐伯氏は何か言おうとしたのか、口を開けたり閉じたりを繰り返し………
「…………あ」
ツー……っと、頬に涙がこぼれ落ちた。続けてポロポロポロポロと流れ落ちる。
「…………」
静かに椅子に座りこんで、顔を覆った佐伯氏……
それを合図に、樹理亜(当然、少女の正体は樹理亜だ。制服は15年前に私が着ていたもの……母が後生大事に綺麗に保管していてくれた。カバンも同様だ。靴はユウキから借りた)に部屋から出ていくよう促すと、樹理亜は気にするように何度も振り返りながら部屋から出ていった。
しばらく顔を覆っていた佐伯氏だが、電気を付け、コーヒーを差し出したら、ようやくゆっくりと顔をあげた。そして、
「先生……」
テーブルに擦らんばかりに頭を下げた。
「ありがとう……ございました」
「………はい」
憑き物が落ちたみたいなスッキリとした顔にホッとする。佐伯氏は照れたように言う。
「いや……恥ずかしいな。この歳になって……」
「全然、恥ずかしくないです」
軽く首を振る。全然恥ずかしくなんかない。それどころか……
「素敵でした」
「え」
「とても、素敵な告白でした」
「………」
思わず本心を言うと、佐伯氏はちょっと嬉しそうに微笑んだ。
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お読みくださりありがとうございました!
長くなったので切ってしまいました。すみません、22-3もあります~~。
一年ほど前に書いた「あいじょうのかたち」の中で、樹理母が話していた「樹理亜にセーラー服着せる客がいる」というのが、この佐伯のことだったのでした。
ネタバレになるので今まで書けませんでしたが、実はこの頃に佐伯のキャラ設定はできてまして……まさか一年後に想いを昇華させてあげられるなんて思いもしなかった(^_^;)
ということで、前回冒頭の山崎に女?!の話はまた明日……
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