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風のゆくえには~たずさえて・人物紹介あらすじ

2016年10月10日 07時21分00秒 | 風のゆくえには~たずさえて
(2016年7月4日に書いた記事ですが、カテゴリーで「たずさえて」のはじめに表示させるために2016年10月10日に投稿日を操作しました)


目次↓

たずさえて1(山崎視点)
たずさえて2(菜美子視点)
たずさえて3(山崎視点)
たずさえて4(菜美子視点)
たずさえて5(山崎視点)
たずさえて6(菜美子視点)
たずさえて7(山崎視点)
たずさえて8(菜美子視点)
たずさえて9(山崎視点)
たずさえて10(菜美子視点)
たずさえて11(山崎視点)
たずさえて12(菜美子視点)
たずさえて13-1(山崎視点)
たずさえて13-2(山崎視点)
たずさえて14-1(菜美子視点)
たずさえて14-2(菜美子視点)
たずさえて14-3(菜美子視点)
たずさえて15(山崎視点)
たずさえて16(菜美子視点)
たずさえて17(山崎視点)
たずさえて18(菜美子視点)
たずさえて19(山崎視点)
たずさえて20(菜美子視点)
たずさえて21-1(山崎視点)
たずさえて21-2(山崎視点)
たずさえて22-1(菜美子視点)
たずさえて22-2(菜美子視点)
たずさえて22-3(菜美子視点)
たずさえて23(山崎視点)
たずさえて24(菜美子視点)
たずさえて25(山崎視点)
たずさえて26(菜美子視点)
たずさえて27(山崎視点)
たずさえて28-1(菜美子視点)
たずさえて28-2(菜美子視点)
たずさえて28-3(菜美子視点)
たずさえて28-4(菜美子視点)
たずさえて29-1(山崎視点)
たずさえて29-2(山崎視点)
たずさえて29-おまけ(慶視点)
たずさえて29-3(山崎視点)
たずさえて30-1(菜美子視点)
たずさえて30-2(菜美子視点)
たずさえて31-1(山崎視点)
たずさえて31-2(山崎視点)
たずさえて32(菜美子視点)・完


山崎×菜美子のその後が書かれている短編
2017年5月「現実的な話をします」の「追加のおまけ」
2018年8月「~時効の話 前編・後編」

「風のゆくえには」シリーズ目次 → こちら




高校2年生のクリスマス前日から晴れて恋人同士となった慶と浩介。
それから山あり谷あり約24年。
高校の同窓会でとうとう本当の関係をカミングアウトした二人(←『カミングアウト~同窓会編』
それ以降、途絶えていた親交が復活し、当時の友人達とも時々会うようになりました。

今回は、二人の高校時代の友人・山崎と、慶の職場の同僚であり浩介の主治医でもある戸田先生の物語(男女カップルです)。



登場人物

山崎卓也……41歳。某区役所地域振興課勤務。身長172センチ。大人しく控えめ。

戸田菜美子……32歳。心療内科医。慶の勤める病院には火・木だけ勤務。浩介と樹理亜の主治医。

目黒樹理亜……19歳。リストカットの手当てをされたことをきっかけに慶と知りあい、慶に片思い中。浩介の勤める学校の卒業生。母親に売春を強要されていた過去がある。現在バーで住み込みで働いている。

ユウキ……19歳。見た目中学生の大学生(体は女性で心は男性)。樹理亜に片思いしている。

溝部祐太郎……40歳。某メーカー研究所勤務。身長169センチ。今も昔もお調子者。

峰広明……53歳。慶の勤務する病院の院長。慶が新人医師だったころからの頼れる先輩。菜美子の17年来の片思いの相手。


渋谷慶……41歳。小児科医師。身長164センチ。中性的で美しい容姿。でも性格は男らしい。

桜井浩介……40歳。フリースクール教師。身長177センチ。慶の親友兼恋人。


(年齢は2015年6月のもの。浩介、溝部、菜美子、樹理亜は誕生日前のため年齢が一つ下)



---------------

お読みくださりありがとうございました。
明後日からはじまる、スピンオフ『たずさえて』の人物紹介でした。
何を『携える』のか…年齢を重ねるごとに携えるものは多くなっていく、のかも。



ランキングのクリックをしてくださった方々、更新していないのに見にきてくださった方々、本当に本当にありがとうございます。どれだけ励まされていることか……

そして、いつもコメントくださる方々、一度中断した際やその後復活した際に励ましのコメント下さった方々、その前にもコメント下さっていた方々、本当に本当にありがとうございます。あらためてお礼申し上げます。

まだまだ亀更新が続く状況でありながら、連載物を始めるのもいかがなものかと思ったのですが、いい加減、読み切りばかりというのもなあ……。
ということで。すみません。2、3日に一度の更新(希望)になりますが、始めさせていただきます!


今回の主人公の一人、山崎君。
慶と浩介の高校時代の話にも、地味~~にチョコチョコでておりました。

以前コメントで、「山崎君の細かい設定は?」と聞いてくださった方がいらして、おお!山崎に食いついてくださるとは!とビックリ&嬉しくてその返信にも書かせていただいたのですが、
山崎は実は苦労人で、小学生の時に両親が離婚。母親と年の離れた弟と3人暮らしをずっとしていました。

26歳になる歳の同窓会(『同窓会…でもその前に』)で、「彼女と別れた」と話してましたが、別れたのは、結婚を迫ってきた彼女に「弟を大学卒業させるまでは結婚できない」と言ったから、というのが大きな理由だったりします。
その後にもう一人彼女いましたが、そちらも彼の家庭環境が原因で別れてます。

両親の離婚の影響で、愛情とは脆いものだと思いこんでいるところがあり、慶と浩介が同性にも関わらず四半世紀揺るぎない愛で結ばれ続けているという事実は、彼に少なからず影響を与えました。

かーらーのー、戸田先生との合コン!です。

戸田ちゃんは戸田ちゃんで、20歳年上の峰先生への片思いを拗らせていて……。他の男ともチョコチョコつき合ったりしているのですが、どうしても長続きせず……

色々なものを携えている大人同士が、それを携えたまま、一緒に生きていく……という、大人のラブストーリー……的な?
学生時代のように、ただ、好きだからつき合いたい!結婚したい!ではなく、
相手の過去を受け止めることとか、
結婚っていうのはお互いの家族とも家族になるってことだってこととか、
あら……また嫌になるほど現実的な話になるような……^^;
男女カップル物語です。BLランキングからこちらにいらした方には申し訳ないですっっ。

でも、本編の主人公・慶と浩介もチョコチョコとは出てくる予定です。
以前コメントでご指摘いただいてなるほど!と思ったのですが、
2人以外の視点だと「慶と浩介を同時に観れる」!!なかなか新鮮な感じがします^^

この話、BLじゃないので書くこと躊躇していたのですが、BLじゃなくても! というコメントに背中をおしていただき、書かせていただくことにしました。

私はどちらも違和感ないのですが、もしお嫌いだったらすみません……
それでも大丈夫という方、明後日からはじまる『たずさえて』もどうぞよろしくお願いいたします。

これからしばらくBLじゃないのにBLでランキング参加していいのだろうか……と悩むところではありますが、BL・風のゆくえにはシリーズのスピンオフということでご容赦いただきたく……宜しくお願いいたします!

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風のゆくえには~たずさえて32(菜美子視点)・完

2016年10月09日 07時21分00秒 | 風のゆくえには~たずさえて

2016年9月30日(金)~10月1日(土)


 6月末にプロポーズされ……その後、トントン拍子に話は進み、12月11日に結婚することが決まった。

 7月初めのブライダルフェアで気に入った式場が、日曜の大安にもかかわらずこの日だけポッカリ空いていたので、すぐに予約を入れたのだ。だから、なんの由来もない日にちだ。(その話を桜井氏にしたところ『記念日が増えていいじゃないですか』とニコニコで言われた。さすがアニバーサリー男。ものは考えようだ)

 先日、招待状の発送も無事に終わった。もう引き返せないところまで進んでいる。というのに……

 数日前から、山崎さんの様子がおかしい。なんとなく隠し事をされている感じがする。女の勘は当たるのだ。絶対、隠し事してる……。


 そんな中の9月末日の金曜日。
 翌日の10月1日は私の誕生日なので、山崎さんは仕事が終わり次第、私のマンションに泊まりにくることになっていた。誕生日になる瞬間を一緒に過ごそう、というわけだ。それなのに……

『すみません。急な用事が入ったため、そちらに行くのが少し遅くなってしまうかもしれません』
『でも0時までには必ず伺います』

「…………は?」
 昼に入ったラインに対して、声に出してツッコミを入れてしまった。

「急な用事って、何それ?!」

 彼女の誕生日前日に仕事ならともかく、用事を入れるって、ありえなくない?!
 0時には来る、ということは、0時近くになる、ということだ。ご飯も一人で食べろってこと?

「………ありえない」

 まさか………女?

 ふっとよぎった嫌な考えに、ブンブンと首を振る。
 そんなこと、あるわけがない。あるわけはないけれど……

 一度囚われてしまった嫌な気持ちからは、なかなか切り替えることができない。悶々としながら数時間過ごし……

「あーもう無理!」

 我慢できない。仕事だったら良かったのに、休みで家に一人でいるから余計に色々考えてしまうのだ。だったら……会いに行こう。その用事が何なのか知らないけれど、まったく会えないなんてことはないだろう。少しだけでもいいから会って、それでまた帰ってくればいいんだ。

 よし、と自分を奮い立たせ、準備を始める。今から行けば、終業時間に間に合うはず。突然行って、驚かせてやる。


***


 山崎さんの勤務する区役所の入り口の柱の陰で待つこと十数分。

 バラバラと出てくる人波の中に、山崎さんの姿発見!

「山……、っ!」

 出て行って、手を振りかけたけれど、あわてて元いた柱の陰に戻った。

(………誰?)

 髪の長い、スラッとした女性……
 山崎さんの横をくっつくように歩いている……

 用事って、まさか、この人と……?

 柱の陰を通り過ぎる瞬間、その女性と山崎さんの声が少し聞こえた。

「……だって、そうでしょ?」
「だから、違うって。大丈夫だよ」
「でも……」

 拗ねたような女性の口調……山崎さん敬語じゃない……。私にはいまだにほとんど敬語なのに……

(なんなの……なんなの?)

 頭に血がのぼってくるし、涙が出そうになるし、もう、何がなんだかわからない。
 明日誕生日の私をほったらかしにして、この女と約束したの……?

「そんな……」

 そんなの嫌。嫌、嫌、嫌……
 でも、どうしたら……、と、思っていたら。

「……え?」

 沸騰していた頭がスーッと冷えていく。一緒に歩いていた女が区役所に戻っていき、山崎さんはそのまま駅に向かって歩いていってしまったのだ。

「???」

 なんなの?
 分からないまま、なんとなく尾行を続ける。
 けれども……あとになって、こんな風に尾行したことを激しく後悔した。


 山崎さんの向かった先は、新横浜駅だった。
 新幹線の改札口で、山崎さんを待っていたのは………

(………お父さん?)

 絶対に、お父さん、だと思った。
 山崎さんとよく似ている。たぶん山崎さんが歳を重ねたらこうなるだろうと思える男性……

 山崎さんが10歳の時に家を出て行って以来、一度も会ったことがない、と言っていた、お父さん、だ。


***


 山崎さんが私のマンションに到着したのは、夜11時を過ぎた時だった。
 疲れた顔をしている……

「………大丈夫、ですか?」
「はい……、あ、今日は本当にすみませんでした」

 謝ってくれる山崎さん。聞いても教えてくれないかな、と思いつつ、一応尋ねてみる。

「何か、ありました?」
「何も…………」

 案の定、山崎さんは「何もない」と言いかけたけれども………

「戸田さん……」

 次の瞬間、ふわりと抱きしめられた。耳元で、声がする。

「……少し、話しても、いいですか?」
「…………」

 話してくれるんだ、と嬉しくなってしまった気持ちを押し込める。きっと辛い話だ……。

 うなずきながら背中にまわした手に力を入れると、ぎゅうっと強く抱きすくめられた。


**


 先日、招待客を確認した際、私の父に言われた。

「親戚の人数、うち側が多すぎないか? うちを減らすか、山崎君の方を増やしてもらったほうがいいんじゃないか?」

 と……。

 山崎さん側は、お母さんと弟さん家族、それにお母さんのお姉さんしか、親戚がいない。

 それに対し、うちは、90過ぎの父方の祖母からはじまり、父母の兄弟たち、いとこたち……。極々少人数にしたかったのに「みんなに菜美子の結婚式来てもらうの楽しみにしてたのに……」と、母にしょんぼりされてしまい、人数を絞ることもできず、言われるままのリストになっていた。

「うちはもう減らせないわ」
 母はとんでもない、と首を振り、山崎さんに向き直った。

「山崎さん、お父様にはお声かけしないの?」
「お母さん!」

 あわてて咎める。そんな無神経なこと……。でも、山崎さんは気を悪くした風もなく、淡々と言ってくれた。

「32年前に別れて以来、一度も会ったこともないんです。弟の結婚式の時も知らせてもいなくて……」
「あら、そうなの……」 
「すみません、人数の差については、気になさらないでいただければと。全体では帳尻合わせてますので……」

 そうなのだ。私側は、親戚が多いかわりに職場関係はヒロ兄だけにした。友人も4人だけ。これで22人だ。山崎さん側は、職場も、上司、同期、同じ部署の親しい人……と普通に来ていただき、高校、大学時代の友人と合わせて20人。50人収容の会場なので、ちょうど良いと思う。

「でも……本当にいいのかい?」
 父が真面目な顔で山崎さんに問いかけた。

「はい。特に問題は……」
「いや、人数のことじゃなくて、お父さんのことだよ」
「ちょっと、お父さんまで……」

 なんて無神経な親だってあきれられちゃうじゃないのよっっ

 ムッとして両親を咎めたけれど、言われた山崎さんは、軽く首を振り……、「いいんです」とつぶやくように言って微笑んだ。


**


「でも、やっぱり、本当は自分でも気になっていて………」
 ソファで隣に座っている山崎さんが、そっと私の手を両手で包み込んだ。

「それで、先週探しに行ったんです」

 父親のことをお母さんに聞くことは憚られ、記憶を頼りに父の実家を訪ねたそうだ。鉄道少年だった山崎さん、降りた駅名はきちんと覚えていたらしい。
 父親の実家が経営していた駅前の定食屋は昔のまま存在しており、子供の頃何度か会ったことのある父親の弟夫婦が店を継いでいた。山崎さんが名乗ると、叔父さん叔母さんは驚きながらも受け入れてくれ、それで叔父さん経由であっけなく、父親と連絡を取ることができたそうだ。

「それで今日、仕事でこちらに来るというので、急遽会うことになったんです」

 新横浜の飲み屋で3時間ほど話した。32年分が3時間。それが長いのか短いのか……

「母と別れてしばらくは、叔父達とも連絡を絶っていたらしいんですけど、数年後には新しい家族と一緒に時々帰郷するようになったらしくて」
「………」

「それで、弟と同じ歳の、腹違いの妹は、オレ達の存在を知らないらしくて……」
「………」

「今後も知らせたくないらしくて……」
「………」

「だから、もう連絡をしてくるな、と……」
「………」

 淡々と話してくれる山崎さん……
 なんて、声をかけていいのか分からない……
 何を言っても嘘っぽくなってしまいそうで……

「あ、元々、もう父親はいないものだと思っていたので、そういわれたことは別にショックではなかったんです」

 私が戸惑っていることに気が付いたのか、山崎さんは少し明るく口調をあらためた。

「父にも、『そういうと思った』って言ったら苦笑されました」
「………」

「でも……父と別れて、一人になって色々考えていたら、違うことで落ち込んでしまったというか……」
「違う、こと?」
「はい………」

 山崎さんは、言いにくそうに、ポツリと言った。

「オレと戸田さんもいつか……父と母のように、離れてしまうことがあるんだろうかって……」
「…………」

 ああ……やっぱり……

 すとーん……と体の中に落ちてくる感覚……

(やっぱり、解決できてなかったんだ……)

 恋人を患者としてみてはいけない、と思って、なるべく考えないようにしていたのだけれども……
 今、医者モードに入って、以前からのことと合わせて観察してみると、彼の中の愛情に対する根深い疑心は今だ払拭されていなかったということがよく分かる……

「あ、すみません。変なこと言って。あの、決して、戸田さんに対する愛情に不安があるとか、そういうわけではなくて」
「大丈夫です。わかります」

 力強くうなづくと、山崎さんはホッと息をついた。

「オレ……本当にあなたのことが好きなんです。ずっと一緒にいたい。大切にしたい。だから結婚できるなんて本当に嬉しくて」
「………」

「それなのに、心臓のあたりがひやってなるっていうか……」
「………」

 それは『結婚』という契約に対する恐怖、だろう……

(ああ……やっぱりダメだなあ私……)

 結婚することに浮かれていて、山崎さんの不安に気がついてあげられなかった……
 でも、せめて、今、知ることができてよかった……

「山崎さん……」
「はい」

 こちらを向いた山崎さんの目をジッと覗き込む……
 そして、提案、してみる。

「結婚……やめますか?」
「は?!」

 山崎さん、ビックリするほど大きな声で叫ぶと、ブンブン首を振った。

「いやいやいやいや、それは嫌です」
「やめるまでいかなくても、延期とか……」

 いうと、ますます首の振りが大きくなった。

「いやいやいやいやいやいやいやいや、ダメです。そんなの絶対に嫌です」
「そうですか……」
「そうです!」

 衝動的に引き寄せられ、ぎゅうううっと抱きしめられる。

「すみません、変な話して。もう二度とこんな話しませんので、だから、あの……っ」
「山崎さん」

 背中に手を回し、とんとんとん、と叩く。

「話、してくださって、ありがとうございます。すごく嬉しいです。だから話さないなんて言わないで」
「でも………っ」
「でもじゃなくて。ちゃんと、話して。不安なことは二人で解決していきましょう?」
「…………」

 身を離し、泣きそうな顔をしている山崎さんの頬を両手で包み込む。

「山崎さん……結婚、やめるのも延期するのも無し、ですか?」
「あ、当たり前です!」

 包み込んでいる手を上から重ねられた。

「オレは今すぐにでもしたいくらいです。今すぐして、それでずっと一緒に……」
「……うん。そうですね。私もそうです」
「え」
「なので、良い考えがあります。」

 むにっと、頬を掴む。

 再び、え? と言った山崎さんに、ニッコリと提案する。

 そう、やめるのも延期するのもなしなら、方法はただ一つ。


「今すぐ、結婚、しましょう」


「……………え?」

 呆けた山崎さんを置いて、本棚から手帳を持ってくる。横に座り直し捲りながらわざと淡々と言う。

「山崎さんの心臓がひやっとなるのは、これから結婚する、という恐怖心からだと思います」
「恐怖って……」

「だから、止めることも延期することもしない、というなら、もうさっさとしてしまったほうが落ちつくと思うんです」
「さっさとって、そんな……」

 苦笑気味の山崎さんに、手帳を指し示す。

「10月9日、なんてどうですか?」
「え……」

 指の先に書かれた文字は『潤子、結婚祝いの会』。この手帳、昨年のものなのだ。昨年の10月9日、私たちが会うのは3回目の日。待ち合わせ前に偶然本屋で遭遇して、山崎さんの心の奥を少し覗いてしまった日。

「出会って3回目の日、です」
「ああ……あれ、10月9日だったんですね」

 あれから一年経つのか……と感心したようにいう山崎さん。

「結婚式の12月11日って何の日でもないでしょう? 桜井さんに言わせると『記念日が増えていい』ってことですけど」
「桜井らしい……」

 顔を見合わせて笑ってしまう。

「私ね、あの日、本屋さんで山崎さんとお話しして……それで、山崎さんに興味を持ったというか……」
「え、そうなんですか」

 ビックリしたように山崎さんは言ってから、「ああ、でもオレも……」と言葉を足した。

「オレも、あの日、はじめて戸田さんの声に聞き惚れました」
「あ、そうだった。それで司会頼まれて……」
「そう。それでお礼に食事にいったり……」

 思い出が洪水のように頭の中に流れてくる……

 見つめ合い、どちらからともなく、唇を合わせる。

「あれから色々、ありましたね?」
「ありましたね……」

 額に、目じりに、頬に、耳に、唇が落ちてくる。

「そう考えると、あの日を境に色々動きだした気がします」
「記念日にはもってこの日、ですね」

 うなずいてから、山崎さんが真剣な声で言った。

「それじゃ……9日に、結婚してください。……いいですか?」
「………はい」

 私も真面目にうなずき……、笑ってしまった。山崎さんも何かスッキリしたような笑顔になっている。

「早く新居を決めないと」
「そうですね……でもとりあえず、今の山崎さんのマンションでいいんじゃないですか?」
「狭くないですか?」
「狭い方が距離が近くていいです」
「………」

 言うと、ぎゅっと抱きしめられてから、横抱きに抱きあげられた。

「お姫様抱っこ、だ」
「戸田さんはお姫様、ですから」

(戸田さん……)
 ふいに、今日見かけた髪の長い女性のことを思いだした。彼女が区役所に戻ってきた時に、首から下げている名札に気がつき、盗みみたところ、山崎さんと同じ部署名が書かれていた。だから、同僚の方ということは分かっている。でも、山崎さんが敬語じゃなかったのが、なんだか悔しい……

「もういい加減、戸田さん、は止めません?」
「え」
「それに、敬語も。私、8歳も年下ですよ?」
「あー……そうなんですけど……」

 困ったなあ……と言いながら、ベッドに下ろされる。

「何て呼びましょう?」
「うーん……普通に考えたら、『菜美子』?」
「それは嫌です」

 え? 即答……
 なぜかムッとしたようにいう山崎さん。なんで?

 首を傾げると、山崎さんはムッとしたまま答えてくれた。

「ヒロ兄と同じ呼び方はしたくありません」
「あー……なるほど」

 納得してしまってから、ちょっと可笑しくなる。
 山崎さん、かわいい。

「それじゃ、何がいいかなあ……」
「普通に名前に『さん』付けじゃダメなんですか?」
「おもしろくなーい」
「別におもしろさを求めなくても……」

 困ったような山崎さんの頬に素早くキスをする。

「じゃあ、おまかせします。『戸田さん』と『菜美子』以外で」
「うーーーーん……」

 悩んでいる山崎さんに「あ」と思い出して言う。

「そういう山崎さんは? なんて呼ばれてました?」
「え……」
「アサミさんは、『卓也くん』でしたよね? 10年前の彼女は?」
「………」
「『忘れました』は無しですよ?」
「………」

 山崎さん、眉を寄せたまま、私のブラウスのボタンを外しはじめた。

「山崎さん?」
「……名前、呼びつけ……だった気がします」
「『卓也』?」

「そう……、ですね」
「ふーん………」

 なんかヤダな………

「じゃ、私『山崎さん』のままでいいや」
「え」
「あら? 嫌ですか?」
「いや、別に何でもいいです」

 苦笑した山崎さん。んー……じゃあ。

「『卓也さん』?」
「………っ」

 赤くなった! わ、かわいい!

「『たっくん』?『卓ちゃん』?」
「………」

 山崎さん、苦笑したまま、自分もシャツを脱ぎ、ポイッとドレッサーの椅子の上に投げた。
 そして、寝ている私の顔の横に手をつき、ジッとこちらを見下ろしてきて……

「『菜美子さん』?」
「………」

 ドキッとなる。わ、やっぱり名前呼びっていいかも……

「『菜美ちゃん』?『なっちゃん』?」
「………」

 ドキドキしている中、チュッと音を立てて、軽いキスをくれる。

「お誕生日おめでとう」
「え」

 言われて、時計を振り返る。0時ちょうど過ぎたところだった。


「来年も再来年も一番におめでとうを言わせてください」
「…………」

 ゆっくりとうなずくと、再び唇が落ちてきた。今度は深く……


「こんな風に……毎日が過ごせればいいな」

 つぶやくと、ギュウッと抱きしめられた。

 そう、こんな風に……あなたと一緒に。私のすべてを抱きしめてくれるあなたと。

 あなたのすべてをたずさえて。



<完>



-----


お読みくださりありがとうございました!

くしくも、今日が10月9日。
今ごろ二人は山崎のマンションのベットの中で、
「そろそろ起きますか?」
「朝ご飯食べ終わったら、婚姻届け、出しにいきましょうね」
なーんて言いながら、うだうだイチャイチャしていることでしょう。くそーリア充め!!

そーしーて、その後、溝部主催のバーベキュー大会に行くことになっている二人。
お天気大丈夫かな……屋根あるから、小雨ならやっちゃおうって言ってるんですけど、風がどうかな……延期かな……
って、また、それは別のお話で……

とりあえず、山崎と菜美子の物語を書くことは今回で終わりにします。

何でも譲ってばかりの山崎君(思えば高校の修学旅行の班決めの時も譲ってあげてました。おかげで慶と浩介は同じ班になれたのよ)。ようやく譲れない人を見つけました。
年季の入った片想いに縛られていた菜美子さん。ようやく自由になりました。

皆様のおかげで、ようやくようやく二人も幸せになれます。
クリックしてくださった方、読みにきてくださった方、本当にありがとうございました!

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風のゆくえには~たずさえて31-2(山崎視点)

2016年10月07日 07時25分52秒 | 風のゆくえには~たずさえて


「オレと、結婚してください」

 一世一代のプロポーズ……のはずが。

 みっともない下着姿だっただけでも、やってしまった感満載なのに、その上、言った途端に、この日早朝会議のためいつもよりも早く出勤しなくてはならないことを思い出し、挨拶もそこそこに戸田さんのマンションを飛びだしてしまったので、返事どころか話しすらろくにせず……

 そして、電車に飛び乗った途端、気がついた。

(そういえば……仕事と両立できる自信がつくまでは、2人きりでは会いたくないって言われてたんだった……)

 昨日は成り行き上、2人で会うことになってそのまま流れでずっと一緒にいたけれど、その言葉が解消されたという話は聞いていない。

(まずい……)

 それなのに、プロポーズなんて、なんて空気読めない奴なんだオレ。

 慌てて携帯を取り出し、ラインを送る。

『さっきは突然、あんなこと言いだしてすみません』
『ただ、気持ちを伝えたかっただけなんです。気にしないでください』
『今日もお仕事頑張ってください』


 しばらくしてから、既読になり……、そして、最寄り駅につくあたりで、ようやく返事がきた。


『ありがとうございます。少し時間をください』


「……………」

 時間をください……って………。

「どういう意味だろう……」

 思わず声に出してつぶやいてしまった。そしてそのまま、うっかり降り忘れるところだった。



 それから一週間……

 二次会幹事のライングループ内ではやりとりはあったものの、戸田さんから個人的な連絡は一度もなかった。

(仕事との両立が理由だったらいいけど……)

 こないだ挿入行為ができなかったことで、今後の付き合いを躊躇していたらどうしよう………

(いやでも、バレンタインの時はできたんだし……)

 そう考えると、あの時、ヒロ兄の身代わりしておいてよかった……なんて情けないことを考えてしまう。



 悶々としていたのが顔に出ていたのだろう。前日の土曜日、実家にスーツを取りにいった際に、母に聞かれてしまった。

「彼女と何かあったの?」
「…………何も」

 何もない、と答えながらも、そのまま黙ってしまったら、母が大きくため息をついた。

「あんたは、昔から人に気を遣いすぎるところがあるから……」

 貰い物のお菓子とかも必ず誠人に先に選ばせてあげてて……。学校の係とかだって、自分がやりたい係じゃなくて、余った係を引き受けてたり……。何でも譲ってばかりで……

「自分が本当にしたいこと、言いたいことがあるなら、ちゃんと言わないとだめよ?」

 母は、また大きくため息をつき……

「お父さんとお母さんはね……」
「…………え」

 母の言葉に心臓がドキンとなる。母が父の話をするのは、離婚以来はじめてだ……

 母は、覚悟を決めたように顔をあげた。

「お父さんとお母さんは、お互い言いたいことずっとずっと我慢し続けて…………、それでたまりにたまって爆発しちゃったの。その時にはもう修復は不可能だった」
「……………」
「そう考えると、お父さんとお母さん、どっちに似ても、溜めこむタイプになるわね」

 母は苦笑すると、

「だからこそ、自分で気をつけて、思ったことをちゃんと言うようにしないとね」
「…………」
「大切なものを手放さないために」

 大切なもの……

 母の言葉に、素直にうなずく。

 手放したくない。でも、だから…………



 そして迎えた本番当日。

 一週間ぶりに会う戸田さんはあいかわらず抜群に美人だった。グレーのシックなワンピースがとても似合っている。

 周りにたくさん人がいるため、個人的な話はまったくできず、あっという間に本番まであと数分となり……
 司会者台の後ろの椅子に座り、戸田さんの後ろ姿を見ながら、ぼんやりと思う。

(こんなに綺麗で可愛い人を、オレは本当にこの手に抱いたんだろうか……)

 あれは自分に都合のよい夢だったのではないだろうか……なんてな。

(そんなことより、集中集中……)
 意識を切り替えて、進行の最終チェックをしていたところ、

「山崎さん」
「……っ」

 ふいに耳元に顔を寄せられドキリとする。心地よい声がすぐそばから響いてくる。

「今日この後、うちにいらっしゃいません? お泊り、できます?」
「………え」

 顔を上げると、戸田さんが可愛らしく人差し指を口元に当て、微笑んでいた。

「ダメですか?」
「……………あ、いえいえいえいえいえいえいえ、とんでもない。大丈夫です」

 ブンブン頭を振って否定すると、戸田さんはにっこりとしてから、司会者台に向き直った。

 あのラインの言葉……『時間をください』

 時間は経ったということか?
 そして、今の笑顔を見る限り、その結論は悪いものではなさそうだ。

(………やった)
 都合の良い夢なんかではなく、本当に本当に彼女はオレの彼女なんだ。ニヤケてしまう頬をパンパンと軽く叩き、顔をあげる。

 時間だ。会場が暗転する。入場の音楽が静かに鳴りはじめる。

『新郎新婦の入場です』

 戸田さんの涼やかな声と共に扉が開き、スポットライトの中、須賀君と潤子さんが現れた。会場から大きな拍手が沸き上がった。



 2次会、というより、1.5次会という位置づけのこのパーティ。
 結婚式・披露宴には親族だけしか呼ばず、友人関係はすべてこちらのパーティーに集めたそうで、参加者は新郎新婦合わせて94名もいる。同年代の連中がほとんどなので、かなりにぎやかで華やかなパーティとなっている。

 スライドによる新郎新婦の紹介、乾杯の挨拶、ケーキカット、ファーストバイト(新郎新婦がお互いに一口ずつケーキを食べさせ合うというイベントだ)……と、前半のイベントがすべて無事に終わって歓談時間となり、ホッと息をつく。

「戸田さん、食べ物取ってきますけど、リクエストありますか?」
「あ、ありがとうございます。うーん……サンドイッチとか、一口でパクッていけるものを」
「承りました」
「承るって」

 クスクス笑いだした戸田さんの肩をトンと叩き、「座っててください」と声をかけてから、ビュッフェのコーナーに急ぐ。歓談時間は20分。そんなに時間があるわけではない。
 
 適当に見繕ってサンドイッチとフルーツを二枚の皿に入れて、あわてて司会者台の方に戻っていったところ……


「………あ」
 司会者台の後ろにある椅子、2つのうちの一つに戸田さんが、そしてもう一つに、見知らぬ男が座っていた。なかなかのイケメン……

「……で、今日この後みんなで行くんすよ。菜美子ちゃんも是非……」
「あ、いえ、私は……」
「そんなこと言わないで。絶対楽しいから」

 話す口調も軽やかで感じがいい。それに……若い。いや、若いといっても、おそらく須賀君の友人だろうから、オレの5つ下くらいだろう。でも、なんというか……

(お似合いだな)
 美人でセンスの良い彼女には、こんな感じの今風のオシャレで感じの良いイケメンが良く似合う。

(それに比べてオレなんか……)
 自分の姿を見て余計に落ち込む。このスーツだって何年前に作ったものだ? 本当にどうしようもないほど、イケてないただの男……彼女には似合わない……

(…………)
 二人の邪魔をしないよう、回れ右を……


「………。いや、ちょっと待て」

 思わず、声に出して言ってしまった。

 なんでオレが回れ右? 馬鹿かオレは。


『大切なものを手放さない』

 なんでも譲ってばかりだったオレが、唯一、どうしても譲れない、大切な人。

 彼女は誰にも渡さない。



「お待たせしました」

 まだまだ口説き続けている声を遮る大きな声で二人の間に割って入る。「あ」と戸田さんがホッとしたような表情をしてくれたのが嬉しい。

 少し戸惑った様子でこちらを見上げてきた男を正面から見下ろす。

「須賀君の友達ですか?」
「あ、はい。高校の後輩の佐藤です」

 頭を下げながらも、席を譲ろうとしない佐藤。まだ戸田さんと話したいのだろう。でもそんなことは知ったことではない。

「じゃあ、彼女を誘うのは、須賀君経由の潤子さん経由でお願いしてもいいですか?」
「は?」

 佐藤が明らかにムッとした顔でオレを見上げてくる。

「なんでそんなこと……」
「すみません。口うるさい彼氏で」
「え」

 きょとんとした佐藤を無視して、戸田さんにお皿を一枚差し出す。

「今食べないと、またしばらく時間ないから。今のうちに食べちゃって」
「あ……はい」

 戸田さんがお皿を受け取ったのと同時に、佐藤を振り返る。

「それで、そこ。彼女の隣はオレの場所なんで、どいてもらっていいですか?」
「え、あ……」

 びっくりした表情で佐藤は立ち上がった。けれども、

「え、うそ、ホントに? 二人つき合ってんですか?」
「そうですけど?」

 何か文句あんのか、という目でにらみながら佐藤が座っていた席に座る。と、

「へえええええっ、そうっすか。あ、結構お似合い……っすね」
「……………」

 嫌味か。さっさとどっか行け。
 という念力は通じず、佐藤はニヤニヤと話しかけてくる。

「あー、じゃ、まさか次は、お二人が結婚、とか?」
「…………」

 余計なお世話……と、言おうとしたところ、

「そうですね」
「…………え」

 振り返ると、戸田さんが、にこり、として言った。

「次は私たちになると思います。ね?」
「…………っ」

 ぼとっと、サンドイッチに挟まっていたサーモンが皿に落ちる。

「戸……っ」
「おーーー、それはおめでとうございます」

 オレが何か言う前に、佐藤がおどけたように拍手をした。

「司会の菜美子ちゃん可愛すぎって話で盛り上がったんで、代表して声かけにきたんすけど………、結婚しちゃうんじゃ、あきらめるしかないっすね。仲間内にも言っときます」
「はい。ごめんなさい。ありがとうございます」

 にっこりとする戸田さんはこの上もなく可愛くて……

「じゃ、お二人もお幸せにー」

 ひらひらと手を振りながら歩いていく佐藤の後ろ姿を見送っていたところ、

「今の、ちょっと嬉しかったな」
「え」

 うふふ、と笑って戸田さんが言った。

「ちゃんと、彼氏だって言ってくれた。彼女の隣はオレの場所って言ってくれた」
「…………」

「ちゃんと、怒ってくれた」
「………当たり前です」

 そんなの、当たり前だ。

「戸田さん……」
 何から話したらいいだろう……と、思っていたら、

「はい。お撮りしますよー」
「…………」

 カメラマンさんが回ってきて写真を撮ってくれて、そうこうしているうちに、結局何も話せないまま、歓談時間は終了してしまった。


 その後、電報の紹介、友人からのスピーチを2つ、そして、溝部と明日香さんによるビンゴ大会へと続いた。
 マイクを二人に渡したので、オレ達は少しだけ気が抜ける。
 
 ちょうどデザートのケーキがビュッフェ台にのせられはじめたので、2人で取りに行った。みんな自分のビンゴカードに夢中で誰もビュッフェ台にはいない。

 戸田さんはこの10種類のデザートを食べることをすごく楽しみにしていたので、タイミングよく取りにこられてよかった。デザートを前にした戸田さんは子供みたいでとても可愛らしい。


 端の空いているテーブル席に並んで座って、ケーキを食べながら、客観的にビンゴ大会の様子を眺めてみる。みんな楽しそうだ。

「潤子、幸せそうでよかった」

 嬉しそうに、戸田さんが言う。

「でも、私はこんなに盛大なパーティーはやらなくていいなあ。極々身内だけで終わりでいいです」
「…………」

 それは………

「あの……」

 意を決して、聞いてみる。
 
「お仕事の方はいかがですか? 両立って……」
「それなんですけど」

 戸田さんはうーん、と唸ってから、少し言いにくそうに言葉をついだ。

「ちょっと無理かなって思って」
「え?!」

 む、無理って、それは……
 焦ったオレに、戸田さんは「うーん……」とさらに唸った。

「ある人に言われて……って、ヒロ兄なんですけど……今さら隠すのも何なので言いますけど」
「…………」

 え、ヒロ兄に「無理」って言われたってこと……?

「ヒロ兄に相談したら、言われたんです。『両立なんて無理に決まってるだろ』って」
「…………」

 え、それは……、それは……

 真っ白になった頭の中に、戸田さんの声が響き渡った。


「『一人で両立なんて無理だから、二人で両立すればいい』って」

 ………え。

 ……二人で、両立?

 ぽかんとしてしまったオレの横で戸田さんは淡々と続ける。

「山崎さんはきっと、仕事をしている私のことも支えてくれるだろうって。だから二人で補い合っていけばいいって」
「…………」
「ああ、そうかって、なんか妙に納得してしまって」
「…………」
「だから、両立って考えるのやめようと思って……それで今晩もお誘いしてしまったんですけど……」
「…………」

 固まっているオレの顔を戸田さんがのぞきこんできた。

「……もしかして、呆れてます?」
「え」
「両立とかカッコいいこと言ってたくせにって」
「え………、いやいやいやいや、とんでもない!!」

 ブンブン勢いよく首を横に振る。

「二人で両立って……良い事いうなあって思って」
「でもそれって、山崎さんが大丈夫ならってことなんですけど」

 ちょっと心配そうに言う戸田さん。

「きっと色々ご迷惑おかけすることになると思うんですけど……それでも、いいですか?」
「もちろん。もちろんです」

 今度は勢いよく縦に首を振る。

「オレは、戸田さんのすべてを受け止める自信、ありますから。ヒロ兄のことも、お仕事のことも、全部」
「………良かった」

 戸田さんはホッとしたように息をつき、再びケーキを食べはじめた。
 その横顔、その細い指、どれも、全部、誰にも譲りたくない。

「戸田さん」
「はい?」

 見上げてくれた瞳に、あらためて、告げる。

「オレ……自己主張しない方が楽だから、だからずっと、何でも人に譲ったり、言いたいことも飲みこんできたりしてきたところあるんですけど……」
「…………」

「でも、戸田さんに関してだけは、どうしても、譲れなくて」
「…………」

「だから……その」
「はい」

 フォークを皿の上に置き、あらたまったようにうなずいてくれた戸田さんの手を、そっと包み込む。

「性分はそうそう変えられないとは思うんですけど……」
「…………」

「でも、言わないといけないことやどうしても言いたいことはちゃんと言おうと思って」
「言いたい、こと?」

 戸田さんの小さな声に、はい、とうなずく。

 言いたいこと、言わなくてはならないこと。それは……


「あなたのことを、愛してます」


 だから……


「オレと、結婚してください」


 きっとこれから乗り越えなくてはならないことがたくさん出てくるのだろう。
 でも、それも「二人」で乗り越えていけばいい。
 あなたのすべてを包み込み、あなたのすべてと共に生きていきたい。


 戸田さんは目を見開いて、ゆっくりと瞬きをしてから……

「はい」

 小さく、でもハッキリと、肯いてくれた。


「戸田さん……」
「…………」

 そして、どちらからともなく、そっと唇を合わせた……ところで、


『そこの二人ーーーー!イチャイチャすんなーーーー!!』

「!」
「!」

 いきなりマイクで叫ばれて、あわてて飛び離れる。

 み、溝部……っ

『あの二人、近々結婚するらしいっすよーー』

 なぜかさっきのイケメン佐藤までマイクを持って喋っている。

『えーー!菜美子そうなの?!』

 明日香さんのびっくりしたような声。

『おめでとー!』
『おめでとう!』

 なぜか、会場中からおめでとうコールがおこり……

「……あ、そういえば今日、友引でしたね」

 急に思いだしてオレがつぶやくと、

「引かれちゃいましたね」

 戸田さんがおかしそうにクスクス笑いだした。


 これからも、こんな風にあなたと笑って過ごしていきたい。
 あなたと共に。あなたのすべてをたずさえて。



-----


お読みくださりありがとうございました!
って、無駄にダラダラと長い……実はこれでも少し削りました。でも長い……
そんな駄文をここまで読んでくださって、本当にありがとうございます!

この「たずさえて」を書く、と決めた時のラストシーンは、まさにここ。友引の結婚式の二次会。
控えめで流され男の山崎君が、イケメン男を追っ払い、自分の意思でプロポーズ。
アラフォー男の成長譚、でございました。

本来ならここ(6月末)で終わりだったのですが、せっかくなので現在(10月)の二人の話を次回書かせていただこうと思っております。

クリックしてくださった方、読みにきてくださった方、本当にありがとうございます!!
おかげさまでダメダメ山崎、成長することができました。
次回最終回。よろしければ、どうぞお願いいたします!

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風のゆくえには~たずさえて31-1(山崎視点)

2016年10月05日 07時21分00秒 | 風のゆくえには~たずさえて

前回「次回最終回」と言っていたのに終われませんでした。すみません……あと2回ほど続きます……


--------


2016年6月26日(日)友引


 結婚式の二次会は夕方6時からの予定で、我々幹事は二時間前の4時に集合することになっている。

「…………。あー……」

 現地に向かう電車の中、谷よりも深いため息をついてしまい、自分で「いかんいかん」と持ち直す。これから須賀君と潤子さんの門出を祝うのだ。しかもオレの役目は二次会の司会の補佐。タイムキーパーも兼ねているのでボーッとはしていられない。

「ああ……でもなあ……」

 再びため息をついてしまう。一週間前に起きた様々なことがよみがえってくる……



 先週……オレの誕生日……

『私もあなたのすべてを受け入れます。あなたのたずさえているものも、すべて』

 戸田さんの言葉に息をするのも忘れてしまった。そんなことを言ってくれるなんて……

 感動のあまり、人通りのある道端にいたにも関わらず思いきり抱きしめてしまった。オレ、そういうキャラじゃないのに、と思い出すと恥ずかしくなってくる。戸田さんを前にすると、どうも感情のセーブが難しくなる……


 その後、DVDを返しに行き、近くのコンビニに寄った。

「着替えとか、買います?」

と、戸田さんに言われたからだ。

(…………。慣れてるんだな……)

 男がこうして突然泊まることに、慣れてるんだ……。嫉妬心が頭をもたげてくる。
 その黒い気持ちを何とか押し込めて、下着用のTシャツとトランクスを買い物カゴに入れる。あと、歯ブラシと………

(ゴムも……やっぱり買うべきだよなあ……)

 男のたしなみだぞ? という溝部の声が頭に響いてくる。でも、本人の目の前で買うのは気まずい………

(だいたい、どこにあるんだ……?)

 何となく、歯ブラシとか売ってるコーナーあたりかな……と思って、探しているのになかなか見つからない……

(売ってないとか……? いや、売ってるよな……)

 うーん……と歯ブラシの前で立ちすくんでいたら………

「あ、これもいいですか?」
「え」

 デザートを見ていたはずの戸田さんが、ふいにやってきて、何気ない感じにオレの足元にしゃがみこみ………

「お願いします」
 一番下の棚にあった小さな箱を取って、カゴの中にポイッと入れた。

 ……ここにあったのか。灯台もと暗しだ。……って、そんなことより。

(…………売ってる場所、知ってるんだ)

 冗談でもなんでもなく『ガーン』と頭の中で音が聞こえた気がした………


 それからのことは、何だかフワフワしていてあまり覚えていない。

 もういい大人なんだから、過去に男と関係があるなんて当たり前だ。バレンタインの時に、ヒロ兄と似た人と付き合っていた、という話を聞いたし、オレができないなら他の男を呼ぶ、とも言われたし………

 オレ自身だって、戸田さんは3人目の女性だ。だから、戸田さんにあーだこーだ言う権利はない。

 分かってはいるけれど………感情が追いつかない。
 

 マンションに着き、「シャワー浴びますか?」と言った戸田さんの言葉を無視して、性急に求めた。余裕がなくて……、過去に彼女のことを抱いたであろう男たちのことを忘れさせたくて………

 と、思ったのに……


 なんでだ。なんでだ、オレ。

 なんで……………………勃たないんだ?


 いや、違う。正確にいうと、勃ちはするのにいざ入れようとすると萎えてしまうのだ。
 その繰り返しで、結局………

「………………………すみません」
「え、やだ、謝らないでください」

 戸田さんは口に手をあて、ブンブンと首を振った。

「緊張、してます?」
「………たぶん」

 ………くそ……なんでだ? バレンタインデーの時はできたのに。ヒロ兄の代わりとして、ちゃんと抱けたのに……

「お風呂、一緒に入りません? あ、でも、今から沸かすと時間かかっちゃうからシャワーでもいいですか?」
「…………はい」

 戸田さんの優しい言葉になんとか肯くと、戸田さんはオレの手を引っ張って浴室まで連れていってくれた。

「それでね、髪の毛、また乾かしてください」
「…………」

「あ、洗ってくれたりもします?」
「………はい」

 ニコニコしてくれている戸田さんの唇にそっと唇を寄せる。そのままアゴに、首筋に唇を這わせる……

「山崎さ……、んんっ」
「…………」

 戸田さんの濡れた声に反応はしたけれど、自分のことに構っている余裕はなかった。ただ、ひたすら、彼女を満足させたい、としか思えなかった。そのまま指と口だけでイカせて………

(…………)
 クテッともたれかかってきた彼女を抱きしめながら………オレはどん底の底の底まで落ち込んだ。


 その晩……ベッドに入ったのは深夜2時をとっくに過ぎていたけれど……、オレはずっと、腕の中にいる戸田さんの寝顔を見つめていた。

(ホントに……ダメな奴だよなあ……オレ)

 こんなんでは、すぐに見捨てられてしまう……
 他の男に、取られてしまう……

 他の男に……

 そう思っただけで、ゾワッと頭の後ろのあたりの毛が逆立つような感覚になる。

(どうしたらいい……? どうしたら……)

 戸田さんの瞳……指で辿りたくなる唇……誰にも渡したくない。オレだけのものにしたい。


「………結婚」

 そこに、すとん、と体の中に落ちてきた言葉。
 そうだ……結婚、すればいいんだ。少なくともそれは彼女に対する縛りになる。彼女のまわりにいる男に対する抑止力になる。

「とか言って……」

 苦笑してしまう。

『愛には終わりがある。それなのに、結婚という契約に縛りつけられ、一生を共にするなんて。もしくは、オレの両親のように結局別々の道を歩く選択をするなんて。そのどちらを選んでも、傷つくだけだ』

 昨年までのオレは、そんなことをずっと思っていた。

 そんなオレが、今さら『結婚』という契約に頼ろうとしている。

「馬鹿だな……」

 馬鹿だけど、しょうがない。
 何に縋ってでもいいから、彼女のことを離したくない。



 その思いのまま朝をむかえ………

『オレと、結婚してください』

 プロポーズした。ただシンプルに。

 でも……

 コンビニで買ったTシャツとトランクス、という下着姿だったのは、我ながら間抜けすぎた……



-----


お読みくださりありがとうございました!
ってすみません。終われませんでした……
こんな下ネタが最終回って嫌だ……って気持ちもあったりして^^;
上記、前回の菜美子視点の話の、山崎視点でした。
なんでいきなりプロポーズ?の理由はこんなことになっておりました。

次回、山崎視点最終回、そしてその次に菜美子視点最終回で終わり、にする予定でございます。

クリックしてくださった方、読みにきてくださった方、本当にありがとうございます!!
おかげで続きを書くことができております。
残りあと2回(予定……)よろしければ、どうぞお願いいたします!

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風のゆくえには~たずさえて30-2(菜美子視点)

2016年10月03日 07時24分02秒 | 風のゆくえには~たずさえて

***


 一ヶ月ぶりに会った山崎さんと、ひょんなことからデートをすることになった。

 世界的に有名な少年合唱団のコンサート。その澄んだ歌声に、心の奥にあったもやもやが薄らいでいくのがわかる。

(………隣に、いる)

 山崎さんが隣にいて、同じものをみて、同じ感動を味わって……この空間を共有しているということがなにより嬉しい。

 卒業生のセレモニーまで見られて、大満足でホールを出ようとしていたところ、山崎さんが出口近くの人だかりの前で立ち止まった。本日のアンコールの曲名が書かれている張り紙があるようだ。

「ちょっとすみません……」

 ふいっと人だかりの中に入っていった山崎さん、なぜかニコニコして戻ってきた。

「あのアンコールの映画音楽メドレーの最後の曲、タイタニックだったんですね。どうしても思い出せなくて気になってたんです。ああ、スッキリした」
「あら、聞いてくだされば、私わかってたのに」

 懐かしい、と思いながら聴いていたのだ。

 人波にのって駅に向かいながら山崎さんが言う。

「タイタニック、観に行きました?」
「行きましたよ~。高校受験頑張ったご褒美に連れていってもらったので、よく覚えてます」
「高校受験!?まだ中3だったんですか!?」

 愕然としている山崎さん。
 ああ、そうか。中3だから15歳。山崎さんは8歳上だから……

「23歳……ってことは、社会人一年目?」
「そうです。……うわ~中学生かあ……」

 その時なら犯罪だな……とブツブツ言ってるのが面白い。でも、ふいに、「あ」と言って振り返った。

「ご褒美って、もしかしなくても、峰先生に連れていってもらったんですか?」
「……………」

 う………。詰まってしまう。いや、別に隠す話しじゃないけど、何となく………

 と、ここまで思って気がついた。

 山崎さんの方こそ、彼女と行ってるんじゃないの? あ、もしかして……

「そういう山崎さんは、アサミさんと行ったんじゃないですか?」
「え?」

 笑顔が固まった。やっぱり! 畳み掛けてやる。

「23、4の頃に一年付き合ってたっておっしゃってましたもんね? この映画の時、まさにビンゴじゃないですか? そうでしょ?」
「…………覚えてません。……って、痛い痛いっ」

 白々しく言う山崎さんの脇腹を拳骨でグリグリすると、山崎さんが悲鳴をあげながら笑いだした。

「ちょっと戸田さん……っ」
「都合の悪いことは全部忘れたで済ませるつもりでしょ!?」
「本当に覚えてないんですって」
「…!」

 グリグリしていた手をギュッと掴まれて、キュンとなる。

「本当に、映画の内容も全然覚えてないんです。音楽はあの後もあちこちでさんざん流れてたから覚えてましたけど」
「……ホントかなあ」
「本当です。船が沈んだことしか覚えてません」
「沈んだことしかって……」

 そりゃ沈みましたけど………

 恋人繋ぎに繋ぎ直して、キュッキュッと握り合う。自然に笑みがこぼれてしまう。

「……山崎さん」
「はい」

 こちらを振り返った山崎さんににっこりと言う。

「まだ4時過ぎですし……これからうちにいらっしゃいませんか?」
「え………」

 いいんですか? と少し枯れたような声でいった山崎さんにコクリとうなずく。

「タイタニック、DVD借りて観ません? 思い出すかもですよ?」
「……………」

 山崎さんは、じっとこちらを見ていたかと思うと……、コンッと頭をぶつけてきた。それと同時に「はい」と小さな声がした。

 
***


 一緒にDVDを借りにいって、一緒に夕飯の買い出しをして……

(……結婚したら、こんな感じなのかな)

 まだプロポーズされたわけでもないのに、そんなことを考えてしまう。
 思えば……先走って両親にも会ってもらっちゃったんだよな……。今考えたら、結婚催促してるみたいで引くよな……

(どう……思ってるんだろう)

 山崎さんって、いまいち掴みきれない。
 連絡しないといったら、本当にまったく連絡してこないし、お母さんとは離れられないと思ったのに、急に一人暮らしはじめるし……

「………ケーキ買いましょうね」
「わ。ありがとうございます」

 照れたように言う山崎さん。可愛いな、と思う。もっと知りたいな、と思う。

 そのうち、心の中を明かしてくれる時がくるんだろうか。私のことが好きだと告白してくれたあの時のように。

(………その時がくるまで待とう)

 そんなことをあらためて思ったのだけれども……



 とりとめのない話をしながら、一緒にカレーを作り(本当はもっと凝ったものを作るつもりだったのに、どのルーが美味しいかという話になって、2種類作って食べ比べすることになったのだ)、一緒に食べて、一緒に片付けて、一緒にケーキとコーヒーをいただきながら、DVDを見て……。日常の一部、というようで嬉しい。


「ああ……こんな話だったんですね」

 エンディングまで全部終わった時点で、山崎さんがポツリと言った。

 昔、映画館では泣きながらみた覚えがあるのに、今回はうるっとはきたものの泣きはしなかった私。内容を覚えていたからなのか、大人になって冷めた目で見るようになったからなのか……

(……これで泣かないって可愛げないかな)

 泣いたほうが良かったかな……今から泣く? 泣いてるふりする? やりすぎ?

 そんな計算が頭の中で繰り広げられている中………山崎さんは再び「なるほど……」と妙に感心したようにうなずいた。

「いいですね。この彼女、孫までいるんですよね」
「え?」

 なんの話?
 山崎さんの方を見ると、山崎さんはふっと目元をやわらげて、私の手を取った。私がドキッとしたことにも気付かないように、山崎さんが優しく続ける。

「彼のことはきっとずっと心の中にあっただろうけど………でも、新たに恋をして結婚して子供も生んで、孫まで生まれて」
「…………」
「それでいいと思うんですよね。誰でもたずさえているものはある……たずさえたまま、生きていく。幸せになっていく……」
「…………」

 思い出す。告白してくれた時のこと……

『オレは、ヒロ兄への想いを携えたあなたを、愛し続ける自信があります』

 あの時も、今みたいに優しく微笑んでくれた。

 私にとってヒロ兄が特別な人であることは、どうやっても変えられない。それを受け入れてもらえるということは、私自身を受け入れてもらえているということで……それがどんなに心強いことか。どんなに幸せなことか。

 私も、山崎さんのすべてを受け入れる、という覚悟ぐらいある。

 話してくれる時を待とう、と思っていたのに、我慢できず問いかけてしまった。

「山崎さんの、たずさえているものは何ですか?」
「…………」

 山崎さんは困ったように視線をそらした。あえて視線は追わず、繋いでいる手に力をこめて、核心をつく。

「お母さん、じゃないですか?」
「………」

 驚いたように振り返った山崎さん。もちろん当たり、だ。

「それなのに、どうして一人暮らしなんか……」
「………。物理的距離を置こうと思いまして」

 物理的距離?

「オレも器用な人間ではないので……母と暮らし続けながら、戸田さんとお付き合いすることは無理だと思ったんです」
「え」

「すごく現実的な話なんですけど……やはり、突然夕飯がいらなくなったり、突然帰りが遅くなったり……帰らなくなったり、そういうことって、一緒に暮らしている人間には知らせるべき話じゃないですか。帰ってこなければ心配だし、それに、夕飯に関しては、いらないなら冷蔵庫にしまっておく、とかそういう作業も必要だし。それ以前に、だったら二人分作らなかったのに、とか腹も立つでしょうし」
「………」

 すごいリアルな話だな……。

「でも、こっちはそんなことイチイチ連絡してられませんから」
「…………」

 うーん……、それだけ?
 顔を覗き込むと、山崎さんは、しばらく真面目な顔をしていたのに、観念したように、ふっと笑った。

「すみません。これは建前、ですね」
「………ですよね」

 思わず大きくうなずくと、繋いでいた手を両手で包み込まれた。山崎さんは辛いかのように目を伏せている。

「先月お話ししましたが……オレ、10歳の時に母と約束してまして」
「……はい」
 
『僕がお母さんのことも誠人のことも守るから』

 離婚して打ちひしがれている母親に誓ったという言葉……

「オレも……母も、その言葉に縛られていて……」
「………」

「でも、オレは嫌々母のそばにい続けたわけではなくて」
「………わかります」

 うなずくと、山崎さんは、またふっと笑った。

「戸田さんは……嫌じゃないですか?」
「え?」

 何が?
 きょとんとすると、山崎さんは自虐的な笑みを浮かべた。

「オレ、職場の女性陣に陰で呼ばれてるあだ名があるんですよ」
「あだ名?」

「はい。マザコン山ちゃんって」
「…………」

 マザコン………

「陰で言ってるつもりみたいですけど、筒抜けなんですよね、こういうのって」
「…………」

 苦笑した山崎さん…… 

「10年ほど前につきあっていた彼女が、彼女より母のことを優先したオレに腹を立てて、別れた後に陰で色々いっていたことがキッカケみたいなんですけど……」
「………」
「まあ、いい歳して母と二人暮らしでしたしね……」
「………」

 10年前、ということは『アサミ』ではない人ってことだ。アサミさんとは15年ぶりに会ったって言ってたし……。

(あ、そういえば、桜井氏が言ってた。山崎さんが女性とそういうことをするのは10年ぶりだって。その人のことだ……)

 マザコン云々よりも、過去の女性のことの方が気になる……けれども、今、それは置いておいて。

「……マザコンと、母親を大切にする、というのは別物ですよ」

 静かに指摘する。

「まあ、心理学用語にはマザコンって言葉はないんですけどね」
「え、そうなんですか?」
「はい」

 まあ、そんなことも置いておいて。

「だから一人暮らしを?」
「あ、いえ、職場の話はどうでもいいんです」

 話がそれました、と山崎さん。

「ただ……あの言葉から、一度離れる必要があると思ったんです。お互いに」
「…………」
「でも……」

 山崎さんはふいに立ち上がった。

「物理的には離れても……あの言葉からは離れられません」
「…………」
「……すみません」

 すみません?

「でも」

 山崎さん、辛いかのように眉間にシワを寄せると、絞り出すように、言った。

「あなたを想う気持ちには一点の迷いも曇りもないんです」
「…………」

 うん。

「…………」
「…………」

 ……え、だから?

 キョトン、としてしまった私に、山崎さんは更にキョトンとさせるように、

「で、すみません。終電なので帰ります」
「え」

 時計を振り返ると、23時45分。

「54分が終電なんです。今までよりは長くいられるようになって嬉しいです」
「え、あ……」
「ではまた、来週。本番で」

 今日はありがとうございました、と深々と頭を下げてから、山崎さんは出ていってしまった。

 取り残された私……

「…………」

 なんなんだ……?
 静かになった部屋の中で今のやり取りを思い出してみる。

『すみません』

 すみません……というのは、あの言葉から離れられないということに対する、すみません?

「…………」

 なにそれ……

「馬鹿じゃないの?」

 思わず声に出してしまう。
 馬鹿じゃないの? ホント、馬鹿じゃないの?

「そんなの、わかってるっての!」

 衝動的に叫ぶと、目の前にあったレンタルDVDの袋を掴んで、そのまま外に駆け出した。


***


 走っていったら、駅に着く寸前で山崎さんの背中に追いついた。
 DVDの入った袋で、ゴンっと背中を叩いてやると、ものすごい驚いたように振り返った山崎さん。

「わ! なんで……」
「…………。DVD返しにいこうと思って」
「そんな……」

 ぱっと時計を見てから、山崎さんは、うーんと唸った。

「じゃあ、一緒に返しに行きましょう。それでマンションまで送りますから……」
「………」

「それでオレはタクシー拾いますので。まあ、ここからならタクシーでも……」
「じゃなくて」

 バンッと山崎さんの腕を叩く。

「そのまま朝まで、いてください」
「え」

 固まった山崎さんの腕を今度は掴む。

「あと数分で誕生日ですよ? 誕生日、彼女と過ごさないつもりですか?」
「………でも」
「でもじゃないです」

 両腕を掴み、正面から顔を見上げる。

「さっきの、すみません、は、何なんですか?」
「え?」
「え、じゃないです」

 ムッとしてしまう。

「私、そんなに信用ないですか?」
「…………」
「私だって、山崎さんの全部、受け止められますよ?」
「…………」
「それくらい、山崎さんのこと想ってますよ?」
「あ………」

 山崎さん、止まっていた息を吐きだした。

「それは……」
「山崎さんが、ヒロ兄への想いごと私を受け入れてくれたのと同じです。私もあなたのすべてを受け入れます」
「………」

「あなたのたずさえているものも、すべて」
「………」

 長い長い沈黙の後……

 引き寄せられ……ぎゅうううっと抱きしめられた。
 伝わってくる、強い愛情。
 同じように伝えられているだろうか……

「……ありがとう、ございます」

 耳元にささやかれた言葉……

「あ」

 山崎さんの腕を掴み、時計を見る。

 0時だ。

「お誕生日、おめでとうございます」

 素早く頬にキスをあげると、山崎さんはこの上もなく嬉しそうに笑ってくれた。



***



 翌朝……

 目が覚めると、山崎さんの瞳がすぐ間近にあって……幸せな気持ちでいっぱいになる。……でも、寝顔を見られていたのかと思うと恥ずかしい。

「……眠れなかったですか?」
「いえ、一瞬寝ました」
「一瞬て」

 クスクス笑ってしまう。
 くっつくと、きゅっと抱きしめられた。ああ……幸せ。

「あ……、誕生日の朝、ですね? あらためて、おめでとうございます」
「ありがとうございます」

 優しく頭を撫でてくれる手が嬉しい。

「何か、欲しいものありますか?」
「あー……」
「リクエスト、してください?」

 言うと、「それじゃあ……」と、起き上がった山崎さん。ベッドの上で正座をしている。

「?」

 なんだろう、と布団を引き寄せながら私も起き上がると、山崎さんはあらたまった表情になった。

「ほしいもの……というか、お願い、してもいいでしょうか?」
「はい?」

 首をかしげた私に、山崎さんはものすごーく、真面目な顔をして、言った。


「結婚してください」


 ………え?

 思わず聞き返した私に、山崎さんは、もう一度、言った。


「オレと、結婚してください」


 …………。

 
 下着姿で言う言葉……?


 と、ツッコミたくなった私……。自分で思う以上にテンパっていたのかもしれない。
 


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コメント (2)
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