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風のゆくえには~たずさえて29-3(山崎視点)

2016年09月29日 07時21分00秒 | 風のゆくえには~たずさえて

***


 2対3に分かれてのバスケットの試合、オレと戸田さん、それに目黒樹理亜の3人は、途中休憩を入れながらも20分ほどでギブアップした。もう走れない……

「明日、絶対筋肉痛……」
「私も……」

 戸田さんと二人、笑いながらベンチに座りこむ。
 運動神経抜群な上に体力無尽蔵の渋谷はまだまだ物足りないそうで、桜井を無理矢理誘って1ON1をはじめた。渋谷にドリブルは左手のみというハンデを付けたら、さすがに良い勝負になり(桜井は高校3年間バスケ部だったし、勤務先でバスケ部の顧問をしていた時期もあるのだ)、見ている方はかなり面白かった。


 そんな中、樹理亜はオレの母と一緒に翼と遊んであげはじめていた。「小さい子とあまり遊んだことない」と言いながらも、一緒に砂を掘ったり、なかなか上手に遊んでいる。翼も樹理亜のことを気に入ったようで、一生懸命、貢物をしたりして樹理亜の気を引こうとしている。これをやられて、翼を可愛いと思わない大人はいないと思う。我が甥ながら、かなりの人たらしだ。

「樹理ちゃん、良い顔してますね」
「………そうですね」

 戸田さん、ふうっと大きくため息みたいな息をついた。

(なんかまずいこと言ったかな……)
 戸田さんの微妙な表情にオレが焦ったことに気がついたのか、戸田さんは軽く首を振った。

「いえ、本当に良い顔してると思います。渋谷先生のお宅は、娘さんが2人いらっしゃって、その上樹理ちゃんと同年代のお孫さんまでいらっしゃるので……樹理ちゃんをお願いした自分の判断は間違っていなかった、とあらためて感じでいたところです」
「…………」

 そう言いながらも、思い詰めたような表情をしているのはなぜなんだろう……


「あの……」
 何か言わなくては……そう思った時だった。

「つーばーさー」
 弟のお嫁さん、亜衣ちゃんの声が公園に響き渡った。振り返ると公園の入口に亜衣ちゃんが立っていて、こちらに向かって手を振っている。

「マーマー!」
 散々樹理亜にまとわりついていたはずの翼が、亜衣ちゃんを見るなり、あっさりと樹理亜の元を離れ、亜衣ちゃんに向かって駆け出した。その変わり身の早さに、樹理亜は呆気に取られたような顔をしてから、「やっぱり……」と、ボソッとつぶやいた。

「やっぱり、ママが一番なんだね」
「それはそうよ」

 笑いながら、オレの母が答える。

「一番近くにいて、ずっと面倒みてあげてるんだもの。母親は特別よね」
「………だよね」

 手についた砂をパタパタと払いながら、樹理亜が肯く。

「そのママのお願いきいてあげないあたしは、やっぱり裏切り者だよね。そりゃ、ママちゃんも、樹理亜なんかいらないって言うわけだよね」
「樹理ちゃん……」

 暗く沈みこむ樹理亜の横にそっと戸田さんが寄り添った。

「樹理ちゃん、それはママの本心じゃないよ」

 背中を撫でる戸田さんに、樹理亜はブンブンと首を振る。

「だって、いらないって言われたもん」
「……………」

 母親の言いなりになって、好きでもない男の愛人になる。そんな不幸はない。でも、それを断ることで、大好きな母親から絶縁される……それも樹理亜にとっては地獄だ。

「ママちゃんはあたしが嫌いなんだもん」
「樹理ちゃん……」

 戸田さんが樹理亜の肩を抱いて、ベンチに座らせる。樹理亜はうつむいて、ジッと地面を見つめたままだ。
 異変に気が付いた渋谷と桜井が心配そうな視線を送ってきたのに、軽く首を振る。
 翼のはしゃいだ声だけが公園内に響いている……


「………ねえ」
 ふいに樹理亜が顔を上げ、母に向かって言った。

「おばさんはさ、子供いらないって思ったことある?」
「え」
「樹理ちゃん……」

 戸田さんが何か言いかけたけれど、樹理亜が母を向いたままなので、迷ったように母に視線を移した。すると、母は戸田さんに軽く会釈して、「そうねえ……」と、言いながら樹理亜の横に座り、樹理亜の顔をのぞきこんだ。

「知ってる? 赤ちゃんがお腹の中にいるときのママってね、本当に幸せなのよ」
「え……」

 お母さん、いきなり何を言い出すんだ。
 樹理亜も、何言ってんの?このおばさん、って顔をして母を見上げている。でも、母は気にした様子もない。

「つわりっていってすごく気持ち悪くなったり、お腹が大きくて重くて大変だったりもするんだけど……」
「…………」
「自分のお腹の中にもう一つ命がいるってすごく不思議な感じで……ぽこぽこってお腹の中から蹴られたりしてね」

 母はその時のことを思いだすかのように、自分のお腹のあたりに手を当てた。
 ふっとその光景に、昔みた母の姿が重なる。

(お母さん………)

 大きくなったお腹を幸せそうに撫でていた母……。オレはそんな母を見ることがとても好きで……弟が生まれてくることがとても楽しみで……

 母は穏やかに微笑みながら続ける。

「一人じゃないって思えるの。心の底から、自分は一人じゃないって。この子と一緒に生きてるんだって。一人じゃない。寂しくないって、感じられるの。」
「一人じゃない………」

 樹理亜がポツリと言うのに、母はコクリとうなずいた。
 
「うん。だからね、生まれてきて……、あ、出産も痛くて痛くて大変なんだけどね」
「うん……」
「それでようやく会えた時は、本当にものすごく嬉しいんだけど……でも、それと同時に、ああ、もう私の中から出て行っちゃったんだなって寂しくもなって……」
「……………」

 母はお腹から離した手を、広げて見せた。

「もしかしたら、あなたのママは ずっとあなたをお腹の中に入れたままのつもりでいて……」
「…………」
「ようやく生んだところなのかもしれないわね」
「…………」

 母に樹理亜の話をしたことはない。だから、事情も何も知らないので余計に的外れなことを言っている気がする。でも、それなのに、今、樹理亜の瞳の中に、輝きが戻りはじめている。

 母が「ああ、そうだ」とポンと手を打った。

「それでね、さっきの質問の答えなんだけど」
「うん」

 子供をいらない、と思ったことはあるか? という質問だ。

「いらない、までいかなくても、腹が立って家から追いだしてやろうと思ったことは何度もあるわ」
「へえっそうなんだっ」

 樹理亜が嬉しそうに、チラッとこちらをみた。
 でも残念ながら、オレは母と喧嘩したことはない。母が言っているのは弟のことだ。……と、思う。

「でもねえ、そんな時、お腹の中にいたことを思いだすと、最終的にはどうしても許しちゃうの。あの時、一人じゃないって気持ちになれたことは本当に幸せだったから」
「ふーん……」

「でも、もうお腹の中に返ってくれるわけないのよね。お腹から出てきて、一人の人間になったんだから、もう私の一部じゃないんだから」
「…………」

「もう、それぞれで生きていかないといけないのよね」
「…………」

 それは、樹理亜に言ってるのか……オレに言ってるのか……。母の瞳には何が写っているのだろう……。

 長い長い沈黙の後……

「戸田ちゃん……」

 樹理亜が、ゆっくりと戸田さんを見上げた。

「戸田ちゃん……あたし、どうすればいい?」
「樹理ちゃん……」

 戸田さんは、安心させるような微笑みを浮かべながら、そっと樹理亜の手を取った。

「樹理ちゃんのママ、とっても寂しいんだと思う。だから樹理ちゃんにもひどいこと言うんだと思う」
「…………」

「でも、それを樹理ちゃんが受けとめる必要はないんだよ」
「…………」

 うつむく樹理亜に淡々と話す戸田さん……

「あのね、樹理ちゃん。私、これからママには頑張って『子離れ』してもらわないとって思ってるの」
「子離れ?」

「うん。だから、樹理ちゃんにも協力してほしい」
「協力?」
「うん」

 戸田さんは肯くと、一瞬の間の後、心を決めたように言い切った。

「ママとは連絡取らないで」
「……………」

 それは以前、「自分からは言えない」と言っていたセリフだ。
 淡々と言っているけれど、戸田さんの中では激しい葛藤があるのだろう。樹理亜の手を掴む手に力が入っている。

「ママも、樹理ちゃんも、それぞれが一人でも大丈夫になったら……その時がきたら、新しい良い関係が築けるようになるから」
「…………」

「二人とも笑顔で会えるようになるから。だから、その時までは……連絡しないでほしい」
「…………」

 樹理亜の顔色がだんだん、だんだん、白くなっていく……

 でも、そんな中、その瞳には強い意志の光が灯りはじめて……

「わかった」

 こっくりと肯いた樹理亜は、少しだけ大人びてみえた。


***



 夕暮れの中の帰り道……
 川を渡る橋に差し掛かったところで、母を呼び止めた。

「お母さん」
「ん?」

 今まで何度こうして、母に呼びかけただろう。その度に何度、母はこうして笑顔で振り返ってくれただろう……

「オレさ……」
「うん」

 樹理亜の大人びた瞳を思い出し……穏やかな母の笑顔に、告げる。

「オレ、近々、家を出て、一人暮らししようと思ってる」
「そう……」

 いいわね、と、ゆっくりと肯く母……
 何を考えているのかは分からない……

「お母さん……」
 言っていいだろうか……と、躊躇しながらも、30年心の中で燻り続けていた言葉をとうとう口にした。

「オレが10歳の時に言ったこと、覚えてる?」
「………」


『僕が守るから……』
『僕が、ずっと、そばにいるから……』

 泣いている母に誓った言葉……


「……覚えてるに決まってるじゃない」

 母は、苦しいかのように胸の前に手をあて、ゆっくりと息を吐いた。

「ごめんね。お母さん、あんたのこと縛りつけてたよね」
「…………」

「ごめんね……」
「…………」

 ああ、違う……謝ってほしいわけじゃない……

「お母さん」

 一歩、母に近づく。

「そんなことないよ。オレはオレの意思で、ここにいたくていたんだよ」
「でも………」

 母の腕に、そっと触れる。ずいぶんと小さくなった母……

「お母さん、樹理ちゃんに、それぞれで生きていかないといけないって言ってたけど……」
「………」

「オレもそう思うけど……」
「………」

「でも、オレ、守るよ」
「……え?」

 こちらを見上げた母に、肯く。

「10歳の時、約束した通り、オレ……お母さんのこと、守るから。住む場所は離れても……でも、そばにいるって気持ちは変わらないから」
「卓也………」

 母は目を瞠り……、そして、あわてたように首を振った。

「何言ってんの。あなた、これから、結婚するんでしょ?」
「うん。時期がきたらプロポーズしようと思ってる」
「だったら」
「でも」

 強く、言いきる。

「彼女のことは彼女のこと。お母さんのことはお母さんのこと」
「…………」

「離れてても、守るから。何かあったら頼ってよ」
「…………」

 言うだけ言ったら、なんだか……すっきりした。

「卓也………」

 母は母で、呆けたような表情をして……

「あんた、馬鹿じゃないの?」

 そういって、顔を背けて目じりをぬぐった。

「ホント、真面目ね……」
「うん。彼女にも言われたことある」

 真面目だなあ、と笑いながら言った戸田さんの声がよみがってきて胸の奥が温かくなる。


 オレはどうしたって、母のことを見離せない。もし、戸田さんが嫌だと言ったら……認めてもらえるように何度でも話しをしよう。

 10年前の彼女の時にははじめから諦めることしか思いつかなかった。でも、今は違う。オレは戸田さんのことも、母のことも手放したくない。今のオレには、戸田さんのことも母のことも守る覚悟がある。

 それに、10年前とは違うことがもう一つ……

「こないだ、誠人から、お母さんのことは自分がいるから心配しないで、とか言われたんだよ」

 結婚して父となり、すっかり逞しくなった弟……

「誠人が? 一丁前に?」
「そう。一丁前に」

 顔を見合わせ笑ってしまう。

「だから……まあ、頼りないけど近くに誠人もいるし……」
「うん」
「とりあえず家を出るけど……心配しないで」
「………うん」

 母は笑いながら肯き……そして、小さく、言った。

「今まで、ありがとうね。卓也」
「…………」

 それはこっちのセリフだよ、お母さん。

「……ありがとう、お母さん」





-----


お読みくださりありがとうございました!

「たずさえて」

この作品、私の中では二つの「たずさえて」がありました。
一つは菜美子のヒロ兄への想い。そしてもう一つは、山崎の母への想い。

結婚するには、お互いの家族ごと、お互いの過去ごと、受け入れる覚悟が必要だと思います。そこがただの恋人とかとは違うところ。

そして、樹理亜。一年ほど前からママとは住居を別にしていたものの、頻繁に連絡を取り合っていたため、利用されたりしていました。やはり一度きちんと離れて、生活を立て直してもらおうと思います。まだ20歳。これから何にでもなれます。そして、樹理ママも、実はまだ40歳(今年41)。人生これからです。

どんだけ真面目なテーマだって自分でも思います(^_^;)
そんな中、クリックしてくださった方、読みにきてくださった方、本当にありがとうございます!!
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風のゆくえには~たずさえて29-おまけ・慶の部屋(慶視点)

2016年09月27日 07時26分49秒 | 風のゆくえには~たずさえて

時系列的には、『28』の翌日。『29』の5日前のお話になります。
慶視点でございます。



-----------



2016年5月24日(火)


 手首を切って入院していた目黒樹理亜を、おれの実家で引き取ることになったことに、たいした理由はない。成り行き上、というやつだ。

 たまたま、退院日がおれの休みと重なったので、おれが退院の付き添いをすることになったのだけれども、この日は実家の母から 今年4歳になる葵ちゃん(椿姉の娘の桜ちゃんの娘だ。おれからみて姪孫とか又姪とかいう関係になるらしい)の面倒を少しの間みてほしいと頼まれていたため、そのまま樹理亜を実家に連れていった。
 本来の予定では、樹理亜のことは戸田先生がその夜から引き取り、日中はマメに連絡を取るようにする、となっていたのだけれども、両親にその話をしたところ、「それなら、うちにくれば~?」と軽~く提案され……

 うちの親は、昔から能天気というかなんというか、あまり深いことを考えていないようなところがある。まあ、そんな人達だから、跡取り息子であるはずのおれに男の恋人がいることを許容してくれているのだろうけど……



「……機嫌悪いな、お前」
「べーつーにー」

 その男の恋人、桜井浩介。高校からの同級生。は、機嫌が悪いです!ということを隠そうともせずムクれた顔をしている。
 さっきまで、おれの母親とはにこやかに話しをしていたくせに、二人きりになった途端これだ……

「もうちょい壁に寄せるか。せーの」
「……はい」

 現在、妹の南の部屋にあったドレッサーを、おれの部屋に運びこんでいるところだ。
 元・姉の椿の部屋は父のアトリエに、元・南の部屋は母の趣味の物置部屋になっているため、樹理亜には元・おれの部屋を使ってもらうことになり、母から南のドレッサーの移動を頼まれたのだ。女の子なんだから必要でしょ、というのは言い訳で、前から移動させたかったのをこの機会に実行することにしたらしい。

「何怒ってんだよ?」
「……怒ってない」

 とりあえず運び終わったので、休憩、とばかりに、ベッドに並んで腰かけた。学生時代みたいでちょっと懐かしい。

「これのどこが怒ってないんだ?」
「……だって」

 むくれている頬をつついてやると、その指をきゅっと掴まれた。

「ここは、おれたちの思い出がいっぱい、いーっぱい詰まってる部屋なのに……」
「あー……でも、もう、おれが家を出てから15年以上経つし」

 言うと、浩介はますますムクれた。

「でも、このベッドだってさ、初めて……」
「あー、いやいやいや」

 いやいや、と浩介の腿をたたく。

「このベッド、南が出産で里帰りしたタイミングでマットレス買い替えてるからな。おれが使ってたものとは違うぞ」
「え、そうなの?」

「しかも、南だけじゃなくて、桜ちゃんも、守君も、西子ちゃんも、葵ちゃんも、うちに泊まりにくると、この部屋使ってるらしいからな。何も目黒さんが初めてじゃないぞ」
「………ふーん」

 まだまだ、不機嫌なままの浩介……
 せっかく仕事を早く切り上げてこちらに来てくれたというのに、このままでは帰宅してからも機嫌が悪そうだ。

 どうにかしないとなあ……

「あー……えーと」

 とりあえず、浩介が好きそうな話題を振ってみる。

「でも、この部屋で最後までしたことってないよな?」
「………あるよ。一回だけ」
「え、そうだっけ」

 さすが浩介。抜群の記憶力。

「ホント慶って覚えてないよね……」
「お前が頭良すぎなんだって」
「違うよ。一つ一つが大切な思い出で忘れられないだけだよ」

 すりすりと頬を撫でられる。くすぐったい。
 浩介はその手を下ろすと、おれの手にきゅっと絡めて繋いだ。

「この部屋ではじめて、手、繋いだし」
「え、そうだっけ」

 まったく覚えてない。

「………。この部屋ではじめて、触れるだけじゃないキスした」
「え、そうなんだ」

 本当に全然覚えていない。

「………。この部屋ではじめて、慶のに触った」
「あ、それは何となく覚えてるぞ」

 うんうん肯くと、浩介は、はああっと大きくため息をついた。

「慶って本当におれのこと好きだったの?」
「何を失礼な」

 むっとして、軽く頬にパンチをくれてやる。

「おれはお前に一年以上も片想いをしてだなあ」
「ホントかなあ……」
「ホントだよ! って、あああ!!」

 思いだした!!!

 思わず叫ぶと、浩介がビックリしたように目を丸くした。

「な、なに!?」
「おれ、お前のこと好きだって自覚したの、この部屋だ!」
「え?!」

 そうだそうだ!!
 急に鮮明によみがってきた、あの時の光景……

「え、なにそれ? いついついつ?!」
「えーっと……いつかまでは分かんねえけど……」

 断片的な記憶を何とか寄せ集める。

「なんかおれ、倒れて、お前が部屋に運んでくれて……」
「倒れてって、高1の文化祭の前の日のこと?」

 え、そうだっけ?

「さあ?」
「さあって! 慶、前日にあそこの公園でバスケやってたら急に倒れたんじゃん!」
「あー……そうだっけ?」
「そうだよ!」

 ホントに恐ろしい記憶力だな浩介……

「まーとにかく、倒れて、起きた時に、椿姉にお前への気持ちを話したら『それは恋よ』って断言されて……」
「え……」

 知らなかった……とつぶやいた浩介の胸にトンと手の平を押しつける。

「で、言われたんだ。こうやって手、やってな。『あなたの思った通りにしなさい』って」
「え」
「で、お前が部屋に入ってきて……」

 思い出す……

 浩介の笑顔をみて『好き』と確信した瞬間……

「それで……?」

 浩介が、泣きそうな嬉しそうな顔をしておれの頬に手を添えた。

「うん……それで……」

 その手にそっと手を重ねる。

「それで、好きだって気がついた」
「…………」

 慶、とつぶやくように浩介が言い……どちらからともなく、唇を合わせた。

 この部屋でも何度もキスをした。いつでも、どんなキスも幸せで……

「慶」
「………」

 コツン、とおでこをあわせる。

「慶、大好き」
「ん」
「大好きだよ」
「ん……おれも……」

 もう一度、唇を合わせ………


「終わったーーー?!」
「!」
「!!!」

 声と共にバーンとドアを開けられ、あわてて立ち上がると、目黒樹理亜がズカズカと中に入ってきて、いつものようにわーわー騒ぎはじめた。

「まさかラブラブしてたの?!」
「そうだよ。せっかくいいところだったのに……」

 あっさり答える浩介。

「うそっ!もっと早く邪魔しにくればよかった!!」
「何それっ」

 そして、いつものように喧嘩が始まる。

(………。仲良いよな……)

 微妙に疎外感を感じる……。
 浩介の一番仲の良い友人のあかねさんとも、浩介はいつもこんな感じの言葉遊びみたいな喧嘩をするんだけど、それがはじまるとおれはいっつも微妙に寂しくなったりするわけで……


 わあわあ騒ぎながら出て行く二人の後ろ姿に着いていきながら、ふと部屋の中を振り返り……

(この部屋も色々なこと見てきてくれたんだよなあ……)

 そう思って感慨深くなる。
 今後も我が家で起こる色々なことを見守っていってくれるのだろう。

 これから数日滞在することになるであろう樹理亜にとっても、良い思い出の残る部屋になってほしい。

「慶ー? どうしたのー?」
「んー今行く」

 愛しい声に返事をして、おれは静かに部屋のドアを閉めた。


-----

お読みくださりありがとうございました!
寝落ちしてしまいましたっ。6時半に起きて慌てて続き書きました。今から投稿します!ちょっと遅刻……

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明後日、本編に戻ります。よろしければ、どうぞお願いいたします!

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風のゆくえには~たずさえて29-2(山崎視点)

2016年09月25日 07時21分00秒 | 風のゆくえには~たずさえて

**

「わー! 山崎さん! 子供いたんだ?!」

 オレに気がついた樹理亜がビックリしたような声をあげた。

「えー!! なんかショック~!! みんな知ってたー?!」
「甥っこだよ。弟さんの子供」

 オレが訂正する前に、渋谷が冷静にツッコミを入れてくれたので安心した。戸田さんに変な誤解をされたくない。

(って、そんなことより!)

 こんな不意打ちで、母と戸田さんが会うことになるなんて! 心の準備ができてないっての! な、なんとかしなくては……っ

「あの……っ」
「こんにちは」

 オレが何か言うよりも早く、戸田さんはにっこりとオレと翼、そして母に頭を軽く下げてくれた。

「すごい偶然。私も今、来たばかりなんですよ」
「あ……そう、なん……」
「はじめまして。戸田菜美子と申します。今日はバスケットをしようっていう話でこちらに来ていまして……」

 オレと違って全然動じた様子もなく、戸田さんがにこやかに母に話しかけている。

「まあ、バスケット……」
 母も笑顔を張り付けたまま、うなずき……

「ねえ、まさか? もしかして?」
「…………」

 こちらを振り返ったので、腹をくくってうなずき返す。

「うん。彼女」
「うそっ、本当に? まあ!」

 相当驚いたらしい母。

「まあまあまあ、こんな若くて綺麗な方だなんて……そりゃお友達のこと殴るわけよね」
「殴る?」

 戸田さんの疑問の声に、慌てて母に向かってブンブン手を振る。

「いや、未遂だから。殴ってないから。っていうか、いいからその話は」
「え……気になる……」

 戸田さんは小首をかしげながら、

「今度教えてくださいね?」

 って、微笑んだ。め、めちゃめちゃ可愛い。って………

(今、今度って言った……)

 『今度』があるんだ、とホッとする。こんなことでホッとしてしまうあたり、情けないというかなんというか……



 目黒樹理亜は、自殺未遂をして退院してから、なんと渋谷の実家に身を寄せているそうだ。一人にするわけにはいかない、と悩んだ挙句の苦肉の策、らしい。
 でも、渋谷のお母さんの通っているフラダンス教室の発表会のお手伝いをしたり、何かと忙しくしているそうで……

「お嫁さんみたいでしょー?」
「『嫁』じゃなくて、『娘』」

 喜々としていった樹理亜の言葉を速攻で否定している桜井。あいかわらず大人げない。

「嫁はおれだし……。お母さんも目黒さんのことは娘みたいっていってたし……」

とブツブツいって、渋谷に「お前しつこい」と苦笑されていた。


「ねー山崎さんもやろーよー」

 樹理亜が下手くそなドリブルをしながら、オレに言ってくる。

「2対2じゃ勝負にならないっていうからさー」
「あ……うん」

 勝負にならない……というのは、渋谷のいるチームが強すぎるってことだな……


 と、いう予想通り。

「渋谷ー!!ちょっとは手抜けって!」
「抜いてるって」

 嫌味なくらい、余裕の表情でボールをついている渋谷。こっちはすぐに息が上がったというのに……
 そういえば、渋谷はジムに行くと、平日は2キロ、休日は4キロ泳ぐ、とか恐ろしいことを言っていた……なんて思っていたら、

「わ」

 するするするっと渋谷はオレと戸田さんの間を通り抜けゴール下に行き、立ちはだかった桜井の横を抜ける、と思いきや、後ろ手に樹理亜にパス。再度、樹理亜からボールを受け取ると、その場からあっさりとシュートを決めた。3ポイントシュートだ。

「きゃーーー慶先生、カッコいい!!」

 渋谷と樹理亜がハイタッチする。すると桜井が、本気で怒りだした。

「もーーー!チーム変えようよ!目黒さんと戸田先生、逆になって!」
「えーやだよーあたし慶先生と一緒がいいー。というか、浩介先生と同じチームヤダー」
「おれだってやだよ!」

 いつもの喧嘩。その横で、渋谷がため息をついている。

 その様子がおかしくて、笑いながら戸田さんの方をみると、戸田さんも笑顔でオレのことを見ていてくれて……

(ああ……)
 こうやって、同じことをして同じことで笑って……そんな風に毎日過ごせたらどんなに良いだろう。

 見つめ合い、笑い合うことのできる幸せ……

 戸田さん、オレはやっぱりあなたと一緒にいたい。




------


お読みくださりありがとうございました!

うーん、書き終われませんでした(って毎回そんなこと言ってる^^;)。
でも、この先のお話が、この「たずさえて」で書きたかったことベスト3に入るシーンなので、
どうしてもちゃんと書きたくて……
でも、2日に一回の更新はどうしても守りたい……
のせめぎ合いの中での、「とりあえずここまで」の更新でございます。

うーん。やはり今の私の状況で、この頻度の更新は無理がある……
ので、「たずさえて」終了後、慶と浩介のただイチャイチャしているだけの話でも一つアップして、
それから、年始まで……といいたいけど、そんなに自分が我慢できるわけないので、
11月はじめくらいまで、お休みしようと思っております。
その頃には少しは落ちついているはずなので……

結婚、親離れ子離れ、高齢の親との関係……ってどんだけ真面目なテーマだ!なのにも関わらず、
クリックしてくださった方、読みにきてくださった方、本当にありがとうございます!!
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風のゆくえには~たずさえて29-1(山崎視点)

2016年09月23日 07時21分00秒 | 風のゆくえには~たずさえて

2016年5月29日(日)


『しばらく……二人きりでは会わなくてもいいですか?』

 そう戸田さんに言われてから、明日で一週間になる。
 この一週間、まったく連絡を取らなかった。来月に迫った須賀君達の結婚式の二次会の幹事の件も、戸田さんとオレが担当した原稿は出来上がっているので、あとは前の週の会場での直前打ち合わせを残すのみとなっている。だから、二次会幹事のライングループでのやり取りすら一切なかった。


「…………」

 待ってます、とカッコつけて言ったものの……

(いつまでだろう……)

 これ、そこそこの期間あけたら、オレから連絡した方がいいのかな……いや、でも、彼女の決意を揺るがせるようなことは……

(…………)
 キーケースを開ける。自宅の鍵の隣に並んだ戸田さんのマンションの鍵……

(合鍵……)
 合鍵をくれた。『好き』って言ってくれた……


『山崎さんのそんなところも、好きです』

 ……好きですって。好きです……好き……



「うわっ」
 1歳8か月の甥の翼に抱きつかれ、我に返った。翼はお喋りで活発だった弟とは反対に、わりと大人しくて扱いやすく、それでいて人懐こいので、誰からも愛されるタイプの子供だ……と思うのは伯父馬鹿だろうか。

「にーちゃっ」
 座っているオレの腕をグイグイ引っ張ってくる翼。昨日の夜から泊まりにきていて、これから帰るそうだ。

「車出そうか?」
 翼を抱きあげて、帰る用意をしている母に声をかけると、

「ううん。散歩がてら歩いてく。それより、ねえそれ」

 キーケースを指さしながら母がニヤニヤしている。

「なに?」
「いやー鍵が一つ増えてるなーと思って♪」
「…………」
「彼女のうちのでしょー?」
「…………」

 妙に嬉しそうな母……

 母と話しをしなくてはと思いながら、結局話せていない……

「………。オレも一緒にいくよ」
「そう?」

 翼に靴を履かせながら決意する。

 今日こそ話そう。近々このうちを出て、一人暮らしをしようと思っていることを……


**


 弟のうちまでは、大人の足で歩いて20分ほどかかる。はじめは頑張って歩いていた翼も、案の定、すぐに「抱っこ抱っこ」で、結局抱っこするはめになった。
 振動が心地よいのか、うつらうつらしはじめた翼……

「うわ、翼、寝るつもりか? 寝ると重くなるんだよなあ」
「オンブにする?」
「うん。その方が楽」

 翼を背中に移す。落ちないように、母に後ろから支えてもらいながら、再び歩きはじめる。

「昔よくこうやって誠人をオンブしながら歩いてくれたわよね」
「…………そうだね」

 オレは小学校高学年の時にはもう母と背の高さはたいして変わらなかったので、10歳年下の弟をよくオンブしていたのだ。

「あんたには本当に苦労させたわね」
「………別に苦労なんかしてないよ」

 苦労したのは母だ。小学生のオレと生まれたばかりの弟を一人で育てなくてはならなくなった時の母の気持ちを思うと……

「今の彼女は? どんな人なの?」
「………………」

 明るく聞いてくる母。大変だっただろうに、記憶の中の母も笑顔なことが多い。

「………。綺麗な人だよ」
「そう。卓也って面食いよね。前の彼女もすごい美人だったもんね? 」
「…………」

 実は、10年前に付き合っていた彼女と戸田さんは、性格は全然違うけれど、容姿が少し似ている。それを知ったら、戸田さん、すごく不機嫌になりそうだ。
 戸田さんが非常に嫉妬深い、ということは、この2ヶ月弱で思い知った。そんなところも、クールな容姿とのギャップで可愛いのだけど……

 なんて、一週間前の頬をふくらませた戸田さんを思い出してニヤつきそうになっていたところ、

「ねえ……卓也」
 母が言いにくそうに口ごもった。

「前の彼女との結婚はやっぱり私が……」
「違うよ」

 母の言葉にかぶせて言い切る。

(やっぱり、そうなんだ)

 母が前の彼女とオレが別れたのは自分のせいだと思っていると、弟が言っていたのは本当のようだ。ちゃんと話さなくてはと思っていたからちょうど良い機会だ。

「でも」
「ダメになったのはオレのせい」

 母のことで仲違いをしたのは事実ではあるけれど、でも、それだけが原因ではない。

「オレに覚悟がなかったから」
「覚悟?」

 怪訝そうに言う母に少し振り向き、こくんとうなずく。

「結婚する覚悟。様々なことを乗り越えようとする覚悟」
「…………」

「というか、単純に、乗り越えようと思えるほどには、彼女のこと好きじゃなかったんだよ、結局」
「…………」

 言葉に出してしまうと、ストンと落ちてくる。そう、結局の原因はそこのような気がする。

「でも、卓也……」
「でも、今の彼女は違うから」

 なおもいい募ろうとする母の言葉を再度遮る。

「今の彼女とは、どんなことでも乗り越えたいと思ってる」


 先週、戸田さんの寝顔を見ていて、切ないほど、そう願ってしまった。

 正直、正式に付き合う、となった後ですら、『結婚』というものに尻込みしていた。
 でも、先週、『仕事と両立できる自信がつくまでは、二人きりでは会うのをやめたい』と言われ……戸田さんがオレとのことを本気で考えてくれている、とあらためて気が付いた。オレも、足踏みしている場合じゃない。

 色々乗り越えなくてはならないことがあるけれど、でも、一つ一つ解決していきたい。


「好きなのね」
「…………うん」

 母の言葉に素直にうなずく。

「取られたくなくて、友達のこと殴りそうになったくらいだからね」
「えええっ……あ、ごめんごめん~~」

 突然の大きな声に、翼が泣きそうになったのを、母が慌てて抱き取った。急に背中が軽くなる。

 母が目を丸くしたまま言う。

「卓也が殴る、なんて、想像できない……」
「うん。自分でもビックリした」

 あの時、絶対に渡したくない、と思った。自分にこんな情熱があるなんて知らなかった。考え過ぎて雁字がらめになっていたことが、その情熱で全部クリアになった。

 戸田さんのことが好き。一緒にいたい。

 答えはそんな簡単なことだった。


「そのうち、会ってくれる?」
「…………もちろん」

 振り返ると、母は泣きそうな顔で笑った。

「卓也がそんな人と出会えたなんて……嬉しい」
「………うん」

 うなずいてから、「あ」と思う。
 そうだ、母に話さなくてはならない。

 オレも一歩進むために、結婚云々の前に、とりあえず一度、母の元を離れようと思っている。それでオレがどんな精神状態になるのか、母が無事に生活できるのか、目黒樹理亜と自分が重なり、余計に心配はつきないけれど、とにかく一歩、一歩だ……

「あの……」
「うん」
「オレ、近々……」

 言いかけたその時だった。

「ぞーた!」

 急に翼が叫んで、母の腕から抜け出したので、咄嗟に捕まえて抱きかかえる。

「翼?」
「ぞーたー!」

 オレの腕の中でも指さし叫ぶ翼。ぞーたって何だ?

「ああ、翼、公園に行くの?」
「公園? ああ、ゾウのことか……」

 翼の指さした方向の先に、ゾウの置物のある公園がある。

 高校の同級生の渋谷慶の実家の近くにある公園で、以前、渋谷とその恋人の桜井浩介とバッタリ出くわしたことがある。また会ったりしたら笑えるな……。なんてことを思いながら公園に近づいていったら、

「え」

 本当に、渋谷と桜井と思われる声と、若い女の子の声が聞こえてきた。

(樹理ちゃん……?)

 このはしゃいだ声、目黒樹理亜じゃないか?

 翼を抱っこしたまま、ゆっくりと声のするバスケットゴールの方に近づいていき………

「…………あ」

 心臓が、止まるかと思った。

 相変わらずのキラキライケメンの渋谷、その横に寄り添うように立っている桜井、ドリブルの練習をしているらしい樹理亜、そして………

「戸田、さん」

 ポニーテール、長い丈の白いTシャツ、黒いスパッツ……いつもと全然違う。

(か、かわいい……っ)

 この歳にして、鼻血が出そうなくらい鼻のまわりがカアッと熱くなったのは内緒にしておきたい。



------


お読みくださりありがとうございました!
最終回前っぽく登場人物大集合的な。あと溝部とヒロ兄がいれば完璧。だけど、来ません。はい。

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こんな真面目な話に……皆様お優しい……。本当に感謝感謝でございます。
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風のゆくえには~たずさえて28-4(菜美子視点)

2016年09月21日 07時21分00秒 | 風のゆくえには~たずさえて

**

『お母さんには、卓也しかいない』

 オレも小学生の時に、一度だけ言われたことがあるんです。
 母は弟を出産したばかりで、気持ちも不安定だったんだと思います。父が離婚届けを置いて出て行った直後のことでした。

『卓也はずっとお母さんと一緒にいてくれるよね?』

 縋られ、両腕をぎゅっと、痛いほど強く掴まれて………それで、オレも言ったんです。

『僕がお母さんのことも誠人のことも守るから』

 10歳の誓いの言葉でした。


「…………」

 ここまで聞き、出会った時から時折感じていた、暗い影の原因はこれだったのか……と合点がいく。
 両親の離婚により植え付けられた愛情に対する不信感。母親を支えなくてはならないという重圧。

 以前、山崎さんが、小中学生の時に時刻表を見ながら架空の旅に出ていた、という話をしてくれたことを思い出した。

『そうやって電車を乗り継いでいくと、いくらでも遠くに行けるんですよ』
『自分の知らない場所………知っている人のいない場所』

 子供には重すぎる覚悟。あの切ない色は、やはり、呪縛、だったのだ。


「あれから30年以上経ちますが、母とこの話をしたことは一度もありません」

 山崎さんは、淡々と話し続けてくれた。

 でも、母はきっと、おれにそう言わせてしまったことを後悔してるんだと思います。だから、ここ数年、オレにうちを出ていくことを勧めはじめたんじゃないかな、と……。

 オレには、樹理ちゃんが自分の身を削ってまで、母親の力になろうとした気持ちも、よく分かるんです。だから、樹理ちゃんが母親の願いを断ったことはとても勇気のいることだったと思うし……、それに対してものすごい罪悪感を抱いていたということも想像はできます。

 今、オレはもういい大人なので、あの時そう言った母の弱さも分かるし、自分で気持ちの折り合いをつけることもできます。でも、今の樹理ちゃんの年齢のころに、母親から拒絶の言葉を言われていたらどうなっていたか……

 母親には自分しかいない、ということは、ある意味自分の支えにもなっていたと思います。
 でも、それなのに、母親から拒絶されたら、どんなにショックだっただろうって……


「…………」

 やはり、私は主治医失格だ。樹理亜の気持ちを分かってあげているつもりで、全然分かっていなかった。なんて未熟なんだろう……

 母親と引き離すことが彼女のためになると信じていた。実際、母親と離れて暮らすようになってから樹理亜はずっと落ち着いていた。でも、樹理亜の母に対する愛情……呪縛は、私が考えているよりも深かったということだ。どうしたら、彼女に教えてあげられるのだろう。あなたの人生はあなたのものなのだと。母親に左右されるものではないのだと……


**


「はい、終わりました」
 ドライヤーの音が止み、再び室内に静寂が訪れた。

「………」
 体をソファーの上までずらし、山崎さんの足の間にトンと座る。「え」とか「わ」とかいう言葉を発した山崎さんの手を掴み、自分のお腹の前に持ってくる。後ろから抱きしめられる形。ふんわりと後ろから包み込まれて、安心する……

「すみません……オレ、さっき、色々余計なこと言いましたよね」

 頭の後ろでぼそっと言われた言葉にブンブン首を振る。

「そんなこと、ないです。話してくださってありがとうございます」
「でも……」
「あの」

 何か言いかけた山崎さんの手を上からキュッと握って遮る。

「少し……疲れました」
「……お休みになりますか?」

 耳元で聞こえる声にコクンと肯く。
 そして、再びきゅっきゅっきゅっと手を握る。安心できる大きな手。我儘を聞いてくれる手。

 甘えさせてほしい。

「山崎さん……お願いがあります」
「はい。なんなりと」

 優しい声。息が耳に触れる。きゅんとなる。

「あの……、眠るまでそばにいてくれませんか?」
「え……でも」

 山崎さんの戸惑ったような声。

「鍵が……」
「寝室のクローゼットの右上の引き出しに、スペアキーがあります。持っていていただけますか?」
「………」

 ギュッと強く抱きしめられてから、横抱きに抱えあげられた。お姫様抱っこ、だ。本当は幸せを感じる瞬間なはずなのに、嫉妬心の方が先に来てしまう。

(……やっぱり慣れてる)

 前の時も思った。山崎さん、妙に慣れてる……
 頬を膨らませながら、文句じみた声で言ってしまう。

「お姫様抱っこも慣れてますよね」
「え」

 山崎さん、ビックリしたような顔をしてこちらを見てから「ああ」と肯いた。

「団地の上の階のおじいさんの介護のお手伝いをすることがあるんです。今は介護の現場では腰痛防止のためにお姫様抱っこは原則禁止されてるらしいんですけど、オレはそう頻繁にするわけじゃないので、つい……」
「…………」

 おじいさん………だけ? 

「今までの彼女にしてあげたことは……」
「ないですよ」

 あっさりいって、優しくベッドに下ろしてくれた山崎さん……。
 ドライヤーのことは「忘れました」だったのに、今回は「ないですよ」だ。本当にないんだ……ちょっと、いや、すごく嬉しい。

 布団をかけてくれ、イイ子イイ子、と子供にするように頭を撫でてくれる。

(ああ……なんて)

 なんて幸せ。この優しさにどっぷりと浸かって、そのまま出て行きたくなくなってしまう。でも………

(樹理……)
 虚ろな目をしていた樹理亜……
 
『仕事とプライベートはキッチリ分けろ。お前にはお前の人生があるんだからな』

 ヒロ兄の声が脳内に響きわたる。でも……でも。

(それでも、私は、樹理亜を助けたい)

 そうでなけば、医者になった意味がない。
 元々、ヒロ兄のそばにいたくて選んだ道。でも、今はもう、私の存在意義だ。


「………」

 ベッドの端に座り、頭を撫で続けてくれている山崎さん……優しい、優しい山崎さん……
 ここは居心地がいい。とっても居心地がいい。

 だから、このままここにいてはダメだと思う。


「……山崎さん」
「はい」

 彼の微笑みを見て、今さらながら確信する。

 私はこの人が好きだ。この人と一緒にいたい。

 だから、だから……

「我儘を言ってもいいですか?」
「はい。もちろん」

 肯いてくれた山崎さんに、静かに、お願いする。

「しばらく……二人きりでは会わなくてもいいですか?」
「…………」

 手を止め、目を見開いた山崎さん……

 しばらくの沈黙の後、こちらを見ていた瞳が、ふっと和らいだ。

「いいですよ」
 優しく優しく頭を撫でるのを再開してくれる。

「………」
 何も聞かないでくれる……でも、そこまで甘えてはいけない……

「私……仕事もちゃんとしたいんです」
「…………」
「両立できる自信がつくまでは……」

「はい」
 山崎さんは、にっこりとうなずいて、

「待ってます」
 額にそっと口づけてくれた。


 そのまま、優しい優しい手に包まれながら、私はゆっくりと眠りに落ちた。


-------


お読みくださりありがとうございました!
本当は昨日ここまで載せるつもりでした。

このあと、山崎も山崎で、菜美子の寝顔を見ながら、この機会にお母さんとちゃんと話さないとな……とか思っておりました。

各々、問題解決して、最終回に向かって……くれるはず!くれないと困る!

ちなみに。どうでもいいことですが、山崎君、昔の彼女にお姫様抱っこはしたことありませんが、普通の抱っことオンブはしたことあります。聞かれなくて良かったね(^_^;)


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