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(BL小説)風のゆくえには~秘密のショコラ(後編)

2017年02月25日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 短編読切


 こちら後編になっております。
 よろしければ、秘密のショコラ(前編)から先にお読みくださいませ。





***



 できたてのフォンダンショコラをその場で一つずついただいた。トロリと溶け出てくる濃厚チョコは、想像以上の美味しさで、生徒6人みんなで歓声をあげてしまった。

(いい人達だな……)

 中村さんをはじめ、同年代か少し下くらいの彼女達は、皆とても感じの良い人達だった。

 後から知ったのだけれども、慶は一週間前、料理教室のポスターを見ていたところを、中村さんから直接声をかけられたそうだ。今年は手作りで、と思ってレシピを検索していたけれど、どれもピンとこなくて困っていた矢先のことだったらしい。

「そこで行くって返事したんだけど、やっぱり迷惑がかかるかも、と思って断りのメール入れて……。でも」

 中村さんから、そんなことは絶対にないから、是非来てください、と言われ(ここら辺のやり取りをメールでコソコソしていたようだ)、今日に至ったらしい。

 中村さんの方から、事前に今日くる人達には、慶についての説明(男の恋人がいる、ということ)もしておいてくれ、皆、それでも構わない、と言ってくれたそうで……

「また是非いらしてくださいね」

 中村さんも、他の4人の女性達も、最後まで屈託のない笑顔で接してくれた。認められている、という感じがして嬉しい。なんだかくすぐったい。
 おれ達のことを訝しげに見る同じマンションの住人や近所の人達ももちろんいるけれども……、こうして少しずつ、理解してくれる人が増えていってくれればいいな、と思う。


*** 


 冷たくすると生チョコ風になるというので、持ち帰った4つのうち、2つは冷蔵庫に入れて夜食べることにした。
 1つは、昼食の後に、中村さんに言われた通り、電子レンジで少し温めてトロリ感を復活させてから食べてみたのだけれども……

「あー、やっぱり、できたての方が美味しかったな」
「うん。やっぱりねえ」

 ソファーでコーヒーを飲みながら二人でうなずきあう。

「そう考えると、お前来てくれて良かった。美味しいの食べさせられたし」
「慶……」

「本当は秘密で作るはずだったんだけどな。って、あ、お前もそのつもりだったか」
「…………」

 慶はおれがポスターを見て勝手に来たと勘違いしている。このまま勘違いさせたままで………

(………良くないよな)

 ふうっと大きく息をつく。こんな変な嘘、絶対良くない……。
 おれの溜め息にすぐに気が付いてくれて、慶が「ん?」と小首を傾げた。

「なんだ? どうした?」
「謝らないといけないことが……」

 怒られるかな……呆れられちゃうかな……
 でも、やっぱりルール違反だ。ちゃんと謝らないと……

「あの……」
「なんだよ?」
「あの……」
「だから、なんだ?」

 眉を寄せた慶。

「本命チョコ受け取ってきた、とか言うなら、この場でそのチョコ叩き割るぞ?」
「え?!」

 あ、ああ、そうか。今日おれ学校行ったんだった。

「違う違う。もらうわけないでしょ」
「じゃあ、なんだよ?」
「あの……」

 慶の真顔を見ているのが辛くて、頭を下げることで目を逸らす。

「あの……携帯を」
「携帯?」
「慶の携帯……勝手に見ちゃったの。昨日の夜、慶がお風呂に入ってる時……」
「うん。で?」
「でって……」

 顔を上げると、真顔で肯き返している慶がいて……。戸惑いながらも懺悔を続ける。

「それでね、中村さんからの、『11時にお待ちしています』ってメール読んで……」
「あ、それでお前来たのか?」
「うん……」

 うなずくと、慶は「なーんだ」と笑った。

「バレてたのかーそうならそうと言えよー」
「え……」

 いや、そういう問題じゃなくて……
 何を言ったものかと悩んだ挙句、再び頭を下げてみる。

「ごめんなさい」
「あ、いや、別に」

 慶はパタパタ手をふると、

「結果的にできたて食べさせられたから逆にラッキーだったし」
「…………」

 何か、話がかみ合っていない……

「あの……慶、怒ってないの?」
「何を?」
「携帯、勝手にみたこと」
「あ? 別に?」

 慶は首をひねると、

「今さらお前に見られて恥ずかしいとかないぞ?おれ」
「は、恥ずかしいって……」

 そういう問題?!

「あの……普通、みんな、勝手に携帯いじられたら怒ると思うんだけど……」
「そりゃおれだって、全然関係ないやつに勝手に触られたら怒るけど、お前だからなあ……」
「…………」
「おれもほら、今日も勝手にお前のエプロン持ち出したし……なんつーか、お前の物はおれの物、おれの物はお前の物、みたいな?」
「………」

 し、知らなかった……。慶ってそこまでおれのこと「一緒」って思ってくれてるんだ。

 それなのに、勝手に嫉妬して、勝手にメールみたりして……

「でもなんでお前、おれ宛のメールなんか読んだんだ?」

 怒ってる風ではなく、単純に不思議そうに慶が言う。

「なんか確認したいことでもあったのか?」
「確認……っていうか……」

 小さく小さくなってしまう。

「あの……最近、慶、コソコソ携帯いじってたから……気になっちゃって」
「え、おれコソコソしてた?」
「うん………」

 正直にうなずくと、慶は「あーごめんなー」と言いながら頬をかいた。

「去年、初めてお前にチョコやった時、お前すげー喜んでくれたじゃん?」
「うん……」
「だから今回も、ビックリさせてやろーとか思っちゃって……」
「…………」

 ………充分、ビックリしたよ……

「そっか。気になるくらいコソコソしてたか。バレバレだな」
「うん……」

 思わず愚痴っぽくなってしまう。

「浮気?とか思っちゃったよ?」
「浮気ぃ? あるわけねえだろ」
「だって………」

 あの不安を思い出して、うるっときてしまうと、慶が慌てたように抱き寄せてくれた。

「ああ、ごめんごめん。もしかして、今朝も様子おかしかったのって」
「だって、慶、嘘ついてたし」
「いや、嘘はついてねえぞ。隠してただけで」
「…………」

 確かに………。

「まあ、でももう秘密は無しだ。おれ、サプライズするの向いてねえな」
「……あ」

 明るく言われてハッとした。
 そっか、そうだよ、サプライズだったんだ。慶がおれのために考えてくれたサプライズ……。なのにこんな言い方、おれ、失礼過ぎるっっ。

 慌てて、慶の温かい手を両手でぎゅーっと握る。

「ごめん、ごめんね、慶。ビックリしたけど、でも、でも、すっごく美味しかったし、楽しかったし、嬉しかったし」
「そうか?」
「うん。ありがとね、慶。ホントにホントにホントに嬉しいよ?」

 必死にいい募ると、慶は苦笑して、再び抱き寄せてくれた。

「慶………大好き」

 きゅと肩口に額を擦り付ける。優しい手が頭を撫でてくれる。
 優しい。慶はいつも優しい。昔からだ。やっぱり、お兄ちゃん気質だな、と思う。

「あーでも、良かった」
 慶のホッしたような声が耳元でする。

「お前、いきなり真面目な顔して謝るなんていうから、告白でもされたのかと思って焦ったぞ?」
「…………」

 そして慶は、昔から、いつでもこんなおれのことだけを、好きでいてくれる……

「そんなことあるわけないじゃん。おれのことなんか好きって言ってくれるの慶だけだよ」
「なーに言ってんだよ」

 ぐしゃぐしゃと髪の毛をかき回される。

「40過ぎたら、痩せてて禿げてなくて背が高ければそれだけでモテるって溝部が言ってたぞ?」
「何それ」

 プッと吹き出してしまう。
 溝部というのは、おれ達の高校の同級生で、今も昔もお調子者な奴なのだ。

「そういえば、溝部、どうしたかな……」
「あー、今日、バレンタインだもんな……」

 今日は、溝部の人生を左右する大切な日になると言っていたけど……

「あいつ、うまくいかなかったら、うち来そうじゃね?」
「だね……」

 顔を見合わせ笑ってしまう。去年、溝部は前日からうちに泊まりにきて、バレンタイン当日も夜までうちに居座ったのだ。今年はそんなことにならないといいんだけど……

「人生を左右する、かあ……」

 ふ、と今日の11時まで不安に思っていたことを思い出した。

「ね……慶」
「あ?」

 残りのコーヒーを飲みながらこちらを見上げた慶の、湖みたいな瞳をのぞきこむ。

 不安だから聞きたい。「一緒」と思ってくれていると分かったからこそ、聞きたい。

「慶は……これからの人生、どうしたい?」
「へ?」

 何をいきなり……という慶に、畳み掛ける。

「前に子供いらないって言ってたけど……こないだ陽太君と過ごしたあと、子供可愛いとか言ってたじゃん?」
「あー……」
「やっぱり子供欲しくなったり……」
「なってねーよ」

 慶は少し笑って、首をふった。

「他人の子供は何も責任ねえから、単純に可愛いけどさ。自分の子供ってなったらそうはいかねえだろ。おれ、自信ねえよ」
「…………」

 一年以上前のことになるけれども……

『子供は絶対に欲しくない』
『これからも子供は持たないってことで………いいかな』

 震えながらそう言ったおれを、慶は抱き寄せて言ってくれたのだ。

『お前にはおれがいるからな』
『ずっと一緒にいるからな?』

 と……。
 あれから慶と心療内科医の戸田先生のおかげで両親と和解はしたものの、おれの中の親子関係に対する恐怖心は消えることがない。おそらく一生付きまとうものなんだろう。でも慶はそうではない……

「浩介?」
 沈んだ心をすくい取ってくれるような、優しい声に顔をあげる。

「おれはさ」
 慶はカップをテーブルに戻すと、コンっとおれの胸に拳をあてた。

「これからの人生、お前がそばにいてくれれば、それでいい」
「…………」

「おれが欲しいものは、今も昔もこれからもずっと、それだけだ」
「……慶」

 嘘のない、透き通った瞳がこちらを見返している……。
 
 ……知ってる。知ってた。
 慶はいつでも真っ直ぐにおれだけを見てくれてる。当然、みたいに、おれだけ。

「慶……」
 泣きそうになりながら慶を見つめていたら、慶は照れたのか「あーあっ」と口調を変えて叫んで立ち上がった。

「今日糖分取りすぎだな。食べた分、消費しないと。スポーツクラブ泳ぎに行こうぜ?」
「うん……あ」

 うなずきかけて思い出した。

「ごめん。おれパス……」
「なんで?」
「具合悪いってことで早退してきたのに、出歩くわけには……」
「あ、そうなんだ」

 ふーん、と慶はうなずくと、

「じゃあ、うちで運動するか」
「わっ」

 とんっとおれの肩を押して、ソファーに押し倒してきた。

「こんな昼間っから?」
「そう。こんな昼間っから」

 ちゅっと音をたてて軽いキスをくれる。

「夜は溝部が来るかもしんねえからな」
「えー」

 クスクス笑ってしまう。

「あ、じゃあ、冷蔵庫のフォンダンショコラ、奥の方に隠しておかないと!」
「だな。最近あいつ、平気で人のうちの冷蔵庫漁るからな」
「そうだよー。せっかく慶がおれのために作ったチョコなんだから、他の人には絶対食べさせたくない!」

 再び下りてくる唇。

「来年もまた作るか。今度は内緒じゃなくて」
「うん。来年は初めから一緒に作ろ?」
「おお」

 秘密はもう懲り懲りだよ、という言葉は何とか心の中に押し込めて。

「慶、美味しいチョコ、ありがとうね」
「ん」

 愛しい唇にキスをした。



---


お読みくださりありがとうございました!
って!自分でもビックリするくらい、こんな公共の場に出すのが申し訳ない、まったり話!
最後までお読みくださり本当にありがとうございましたっっ

今、なぜこの短編を書こうと思ったのかといいますと、次からはやはり、溝部君の話を書きたいな、と思ったからなのです(陽太って誰?の答えはそちらで……)。
なのでその前に、現在のラブラブ安定浩介×慶を思い出してみよう!みたいな……

ちなみに昨年のバレンタインはこんな感じでした。『~26回目のバレンタイン1/3・2/3・3/3』

今後とも「風のゆくえには」シリーズよろしくお願いいたします!

クリックしてくださった方、読みにきてくださった方、本当にありがとうございます!!
次回3月1日にとりあえず一報いれさせていただきます。どうぞお願いいたします!


追記:溝部君、この夜やっぱりやってきます → 「~バレンタインの夜に」


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(BL小説)風のゆくえには~秘密のショコラ(前編)

2017年02月23日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 短編読切

<登場人物・あらすじ>

渋谷慶……小児科医。身長164センチ。中性的で美しい容姿。でも性格は男らしい。
桜井浩介……フリースクール教師。身長177センチ。慶の親友兼恋人。

高校2年生のクリスマスイブ前日から、親友兼恋人となった慶と浩介。
それから、紆余曲折ありつつも、揺るぎない愛を貫いて約25年。
現在、ラブラブ同棲中。友人や職場にもカミングアウト済み。浩介の両親との長年の確執も解消しつつあり、いまだかつてないほどの幸せの絶頂にいる………はずなのに?

2017年2月現在のお話。浩介視点でお送りします。


------------------



『風のゆくえには~秘密のショコラ』



 最近、慶の様子がおかしい。
 おれに隠れて携帯をいじっていることが多い。

「何してるの?」

 聞くと、慌てて画面を閉じて「いや、別に」とか「ちょっと調べ物」とか……

 決定的におかしい、と思ったのは日曜日の朝。

 マンションのエントランスで、バッタリと出くわした小柄で綺麗な女の人に、

「あ、渋谷さん。こんにちは」

と、にっこりと挨拶されたんだけど、慶は明らかに動揺して「あ、ああ、どうもっ」とか言いながら、さっさとエントランスから出て行ってしまい……

「………慶?」
「なんだ」

 慶は話しかけられたくないように先をスタスタと歩いていて……

「さっきの人、誰?」
「誰って、中村さん。同じマンションだろ」
「そうだっけ……」

 中村……聞いたことあるようなないような……。慶は社交的なのですぐにあちこちに知り合いができる人ではあるけれど……

「なんで慌ててるの?」
「別に慌ててねえよ」
「…………」

 あやしい。あやしい。絶対あやしい……。

 その日も隠れてメール打ってたっぽくて……

(浮気? ………まさかなあ)

 そう思いつつも、否定しきれない自分がいる。
 愛されている自信はある。愛で包んでいる自信もある。
 でも、どうしても、おれが慶に与えられないものがある。

 それは……結婚。そして、子供。

 一年以上前、慶に子供が欲しいか聞いた時には「欲しいと思ったことはない」と即答してくれた。
 でも、ここ最近、訳あって同級生の小学生の息子と過ごすことがあって……先日も言っていたのだ。「子供ってやっぱり可愛いよな」と……。

(子供……欲しくなったとか)

 同性のカップルでも子供を持つことはできる。でも、おれはやはり、子供を持つことはどうしても考えられないのだ。両親とは和解できた、とはいえ、体に染みついている親子関係に対する恐怖心を完全に払拭することはできなくて……

(もし、慶が子供を欲しいと思ってるのなら……)

 おれはどうしたらいいんだろう……


 翌月曜日も、慶はコソコソとメールのやりとりをしていた。なんとなく、あのエントランスで会った人なんじゃないだろうか、と思ってしまって……

(慶……ごめん)

 慶がお風呂に入っている間に、慶の携帯に手を伸ばした。こんな風に疑って携帯を盗み見るなんて初めてのことだ。

 震える手を何とか落ち着かせながら、操作をして……

(ああ………)

 激しく後悔した。「恋人の携帯を勝手に見ても、良い事なんて一つもない」というのは本当だ。

「慶………」

 体中の力が抜ける……

 慶の携帯に映し出されたメールには……

『それでは明日、11時にお待ちしています。302号室です。お間違えありませんように!』

 送信者名は『中村優花』。あのエントランスであった美人も『中村』さん……

「明日……明日って……」

 火曜日。慶は休みだ。そして、明日は……バレンタインだ。


***


 火曜日の朝、普通の顔をしていたつもりだったけど、やはり不自然だったらしい。慶は「具合悪いのか?」と心配してくれた。

「大丈夫。ありがとう……」

 おれが学校を休んだら、『中村優花』のところには行かないでくれるのだろうか……とも一瞬思ったけれど、この一回を止めたところで、その先がなくなるという保証はどこにもない……

「慶は今日の予定は……?」
「ああ……」

 慶はふいっとおれから目線を外すと、

「日中ちょっと出かけるけど、お前が帰ってくるまでには帰ってくる」
「…………」

 やっぱり、言ってくれないんだ……
 やっぱり、言えない相手なんだ……

 もし、なんでもなかったら……例えば、男手の必要な……テレビの配線を繋げるのを頼まれた、とかそういうことなら、普通に言えるはずだ。隠すということは、何かあるということで………

 正直に、携帯を見たと言って問いただせばいいのかもしれない。でも、そんなことを言って、信頼を失うのも怖い……


 結局、何も言えないまま出勤した。でも、相当顔色が悪かったらしく、一時間目が終わった時点で「帰りなさい」と校長にまで言われてしまい、帰宅させてもらうことになった。情けないというかなんというか……

 そして……

(タイミング良いんだか悪いんだか……)

 マンションの下の公園についたのがちょうど11時少し前。今帰って、出かける慶と鉢合わせになるのが怖くて、立ち止まってしまった。

(302号室……)

 あそこらへんだろうか……、と、薄暗い気持ちでマンションを見上げて、何分くらいたっただろう………

「!!」
 息を飲んで、咄嗟に木の後ろに隠れた。
 慶と『中村優花』がベランダに出てきたのだ。

 小柄で美人な彼女は、慶ともお似合いで……そうして並んで立っていると、二人はまるで夫婦のようだ。

(本当に……本当に)

 失ってしまうのだろうか……
 おれは、この愛しい人を、失ってしまうのか……

(……嫌だ)

 嫌だ。慶……慶、慶。お願いだから……
 黒く深い嫉妬心が体の隅々まで広がっていく。苦しい……苦しい、苦しい……

 胸を押さえ、しゃがみこみ、何とか冷静になろうと、何度も何度も深呼吸をしていたのだけれども……
 ふいに、頭の中に響いてきた声にハッとした。

『嫉妬に怒り狂った恋する男の顔をしてる』

 高校2年の時に、写真部の先輩に言われたセリフ……

(変わってないな……おれ)

 あの時も、慶の隣に立っている真理子ちゃんに嫉妬して………それで、慶への気持ちが『恋』だと気がついた。

(ああ……あれから四半世紀たつっていうのに……)

 いまだに、おれは慶に『恋』をしている……

 すとん……と何かが体の中に落ちてきたような感覚がきた。
 おれは少しも変わらない。……いや、あの頃よりも、もっと深く、あなたを愛している。

『愛してる……』

 耳元で囁いてくれた慶の声……
 一緒に過ごした年月を想って、左薬指にはめたお揃いのリングを撫でる。

 おれは、この恋も愛も、永遠に続くと信じている。


***


 それからすぐに、302号室に向かった。
 四半世紀たった今、おれはもう、何も知らない高校生でもないし、逃げてばかりだった20代でもない。

(きっと、何か理由があるはず)
 もし……もしも、慶の心が揺らいで、彼女に向きそうになっているというのなら……

(思い出してもらおう)
 今まで過ごしてきたたくさんの時間を。想いを。おれの愛を………


 緊張しながらインターフォンを鳴らす。当たり前だけど、うちと同じ音……

 ドドドド……と心臓の音が耳にうるさいほど響いている中………

『どうぞー? 開いてるから入ってきてー?』

 ………………は?

 スピーカーから聞こえてきた女性の涼やかな声に、耳を疑う。
 開いてるから入ってきて……?

「??? 何で???」

 分からないまま、ドアを開ける。あ、ホントに鍵かかってない……

「…………わ」

 思わず声が出てしまった。
 窓から差し込む明るい光………玄関にまで漂ってくる甘ったるい香り……

「早かったね~、カホちゃん。車停め……、あれ?」

 言いながら奥から出てきたのは、エプロン姿の『中村優花』さんで………

「渋谷さんの彼氏さん!」

 おれを見るなり、彼女は「わあ!」と嬉しそうに笑って手を打ち、「え、え?」と、戸惑っているおれをほったらかしにして、奥の部屋に戻りながら叫んだ。

「渋谷さーん! 彼氏さんいらっしゃいましたよー?」
「え?!」

 そして、奥の部屋から、眩しい光を背に現れたのは……エプロン姿の慶。

「わっ!何でお前……っ、あ!お前も貼り紙見たのかー!」
「え」

 貼り紙?

「バカだな、予約制って書いてあったのに、突然来ても材料ねえぞっ」
「え……」

 予約制?? 材料??

「あ、それに、エプロン! 悪い、おれ、お前のやつ勝手に持ってきちゃったから無かっただろ!」
「???」

 エ、エプロン???

 ま、まったく話が読めない……

 と、そこへ、急に玄関が開いた。

「遅くなってごめんなさーい!」

 明るい女性の声に、奥に引っ込んでいた中村さんも「カホちゃん!良かったー」とパタパタと戻ってきた。

「車大丈夫だった?」
「言った通り、あのトラックすぐいなくなったから、あそこに停められたよー」
「あ、良かった! 渋谷さん、ありがとうございました」
「やっぱり待ってて正解でしたね」

 慶までも、うんうん、と肯いていて……。な、なんなんだ……

「って、えと?」
 カホちゃん、とやらが、おれに向かって首を傾げた。

「もしかして、付き添いですか?」
「あ、すみません、こいつ、予約してないのに来ちゃって……」

 だ、だから、予約って、なに? 付き添いって……

「いえいえ、予備の分ありますから大丈夫ですよ? 彼氏さんもどうぞ?」
「えと……」

 予備? 中村さんの謎の言葉に首を傾げたところで、慶にバンッと腕を叩かれた。

「いいって言ってくれてるんだからお言葉に甘えようぜ?」
「う……うん」

 慶に促され、なんだかよく分からないまま、中に入っていくと、そこにはあと3人、エプロン姿の女性がいて……

「はい。お待たせいたしました! これで全員揃いましたのではじめさせていただきます」

 中村さんが、ぱんっと手を合わせて宣言した。

「今日皆さんで作るのは『フォンダンショコラ』です。難しそうにみえて、案外と簡単にできますのでご安心ください」

 フォンダンショコラ……、中身がトロッと出てくるチョコレートのお菓子だ……

「浩介」
 コソッと慶がおれにささやいてきた。

「荷物そこの和室に置いて、手、洗ってこい」
「あ……うん」

 言われるまま手を洗いに行き……冷たい水で手を濡らしていくうちに、ようやく頭の整理がついてきた。

 ここは料理教室で、今日のメニューは『フォンダンショコラ』で、今日はバレンタインデーで。慶はおれに内緒で手作りのチョコをプレゼントしようとしてくれてたってこと……?

(あ……中村さんって……)

 思い出した。時々、エントランスの掲示板に張ってある料理教室のチラシ。その名前が「中村」だった。だから、なんとなく聞いたことあるような気がしてたんだ。慶がコソコソとメールしていたのは、このチラシを見て予約を入れていたってことだろう……。

 そしてたぶん、さっきベランダに二人で出ていたのは、カホちゃんとやらが「来客者用駐車場がいっぱいで車が停められない」とか連絡してきて、それをベランダから確認した慶が、今停まっているトラックはすぐいなくなるからそのまま待て、と指示した、ということだ。

(おれ、バカ……バカ過ぎる……)

 考えてみればすべて辻褄があう。一時でも慶を疑った自分が情けない。そして、あらためて、慶はやっぱりおれのことだけを想ってくれてるってことが叫びだしたいくらい嬉しい……

 戻るともう作業が始まっていた。2人組で作るということで、当然、おれと慶は一緒のチームだった。

「お前、仕事は? 早退?」
「うん」
「バレンタインだから早退ってどんだけだよ」
「うん。ホントだね」

 嬉しすぎて顔が締まらない。バレンタインに一緒にチョコのお菓子を作れるなんて……


「お二人は、お付き合いされてどのくらいなんですかー?」

 隣で作業している女性が普通のことのように聞いてきた。さっきも、中村さんはおれのことを「彼氏さん」と言っていたし、どうやらここにいるメンバーにはカミングアウト済みのようだ。でも、誰も奇異の目で見ないでくれているのが嬉しい。

「えーと、25年……」
「え?! 小学生から付き合ってんの?」
「えええっ、いえいえいえ、高校2年からで……」
「うそ、じゃあ、今……42歳?」
「わ!見えない! 二人とも若ーい!」

 女性陣は手と口が同時に動くから感心する。

「じゃあ、25回目のバレンタイン?」
「いえ、26回……」
「おれにとっては27回目!」

 慶がなぜか勝ち誇ったように言うと、当然、女性陣がその言葉に食いついてきた。

「え、渋谷さんにとってはって?」
「片想いしてたってこと?」
「そうそう」

 わーとか、きゃーとか、みんな楽しそうだ……

「あー、こんな量のバター、太りそ~」
「その分、運動しないと」

 慶は女性陣の声に少し笑いながら、刻んだチョコとバターを混ぜている。

「お子さんいらっしゃるおうちは、リキュール無しでもいいですよ」

 さっきまでママ友トークに花を咲かせていた中村さんが、パッと先生の顔に戻って言った。

「お好みで少々多めでも」
「………どうする?」

 首をかしげて聞いてくれる慶が、愛しくて、愛しくてたまらない。

「慶にまかせる」
「んー……」

 じゃあ、分量よりちょっと多め。と言って、大さじ1を溢れさせながらボウルに入れた慶。溢れたリキュールが、溢れた愛情のようで嬉しい。お酒とチョコとバターの匂いで、お腹も胸も一杯になってくる。

「あーこれだけでもう旨そう……」
「楽しみだね」

 目がキラキラしてる慶。ああ……なんて幸せなバレンタインだろう。
 



---


お読みくださりありがとうございました!
更新していない間も、ランキングにクリックしてくださった方、本当にありがとうございます!!読みに来てくださった方もありがとうございます。
感謝の気持ちをこめて~~の、今年の!バレンタインネタでございます。
3月1日に再開と書いてたんですけど、バレンタインネタを3月にアップするのも……と思いましてアップさせていただきました。

前回、2002年の20代の暗~い浩介先生で終わってたのですが、今回は2017年2月(今現在)の40代のちょっと前向きな浩介先生です。

ちなみに細かい設定ですが、中村さんは慶たちと同じ歳。子供が4人います。今回の参加者は、みんな中村さんのママ友達でした。午後からもう一回教室があって、そちらにはマンションのおば様方とか近所の方とかが参加されてます。……ってどうでもいいですね^^;

後編は早ければ明日、遅くとも明後日には更新させていただこうと思っております。(←追記。やっぱり明日は無理そうなので明後日更新したいと思いますっっ)
後編……めっちゃ真面目な話になりそうなんですけど……あ、いや、いつも真面目な話ばかりでm(__)m

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「風のゆくえには」シリーズ目次 → こちら
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(BL小説)風のゆくえには~嘘の嘘の、嘘 ・目次・人物紹介・あらすじ

2017年02月18日 00時00分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 嘘の嘘の、嘘
(2016年11月3日に書いた記事ですが、カテゴリーで「嘘の嘘の、嘘」のはじめに表示させるために2017年2月18日に投稿日を操作しました)

目次

1(泉視点)
2(浩介視点)
3-1(侑奈視点)
3-2(侑奈視点)
4-1(浩介視点)
4-2(浩介視点)
5-1(諒視点)
5-2(諒視点)
5-3(諒視点)
6(浩介視点)
7(泉視点)
8-1(浩介視点)
8-2(浩介視点)
8-3(浩介視点)
9(侑奈視点)
10(浩介視点)
11-1(諒視点)
11-2(諒視点)
12-1(浩介視点)
12-2(浩介視点)
12-3(浩介視点)
13-1(侑奈視点)
13-2(侑奈視点)
13-3(侑奈視点)
14-1(泉視点)
14-2(泉視点)
14-3(泉視点)
14-4(泉視点)
14-5(泉視点)
15-1(浩介視点)
15-2(浩介視点)
16-1(諒視点)
16-2(諒視点)
17(浩介視点)
18-1(泉視点)
18-2(泉視点)
18-3(泉視点)
18-4(泉視点)
18-5(泉視点)
18-6(泉視点)
19-1(侑奈視点)
19-2(侑奈視点)
19-3(侑奈視点)
20(浩介視点)
21-1(諒視点)
21-2(諒視点
22(浩介視点)・完



人物紹介・あらすじ


桜井浩介(さくらいこうすけ)
26歳。身長177cm。高校教師。担当世界史。子供向け日本語教室のボランティアも続けている。
表は明るいが、裏は病んでいて、慶に対する独占欲は相当なもの。母親の束縛に苦しんでいる。


渋谷慶(しぶやけい)
26歳。身長164cm。研修医2年目。浩介の親友兼恋人。
道行く人が振り返るほどの美形。芸能人ばりのオーラの持ち主。だけど本人に自覚ナシ。
可憐な容姿に反して中身は男らしく、口が悪く手も足もすぐ出る。


一之瀬あかね(いちのせあかね)
26歳。身長174cm。中学校教師。浩介の友人。
人目を引く超美人。同性愛者。女関係はかなり派手。
大学の時から、浩介の両親の前では、浩介の恋人のふりをしている。
(『自由への道』では名字「木村」でしたが、大学卒業と同時に親が離婚し「一之瀬」になりました)

 
✳年齢は4月初めのもの。慶はすぐに27になります。


高校二年生の冬、無事に両想いになり付き合いはじめた慶と浩介。
大学時代、浩介の母親とイザコザがあり、浩介の両親の前では、表向きは別れたことになっている。

慶の仕事が忙し過ぎて、なかなかゆっくりは会えないけれど、会えた時にはラブラブ凝縮している日々を送っていた。そんな中、一本の電話が……


今から15年くらい前。慶達が27歳(若い!)になる年のお話です。
浩介視点を軸に、浩介の教え子である高校二年生の泉・侑奈・諒を加え、計4人の視点でお送りする予定です。


泉(いずみ)君
身長174cm。顔、かわいい猿系。クラスのマスコット的存在。兄1人姉2人妹1人、祖父母も同居の大家族育ち。しし座O型。


侑奈(ゆうな)ちゃん
身長168cm。母親がアメリカ人で、小1~小4までアメリカで暮らしていたため、英語ペラペラ。ハーフ美少女。忙しい父親と二人暮らし。


諒(りょう)君
身長185cm。涼しげなイケメン(……あ、当時イケメンって言葉ないか……)。大人っぽいモテモテ男子。共働きの両親と三人暮らし。お手伝いさんがいる。


-------------------------------


お読みくださりありがとうございました!

とうとう書きます。浩介の暗黒時代。でもあまり暗くはしないでなるべく明るく、サクッと終わらせる予定です。

泉君達は、昔ノートに書いていた時代からぼんやりとは存在していたので、こうして書くことになるとは……と感無量です。

本日、朝7時21分からはじまる本編「嘘の嘘の、嘘」どうぞよろしくお願いいたします!


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(BL小説)風のゆくえには~嘘の嘘の、嘘 22(浩介視点)・完

2017年02月17日 11時26分25秒 | BL小説・風のゆくえには~ 嘘の嘘の、嘘


 2月下旬。ライトが出場する地域対抗のバレーボール大会を見にいった。

 65歳以下はアタック禁止、という変なルールがあるため、まだ17歳のライトが得点を決めるということはほぼなかったけれど、よく動いてボールを拾いまくり、キレイなトスを上げて点数獲得につなぎ……とにかく大活躍でチームを優勝に導いたため、文句なしでMVPに選ばれた。

「慶君のおかげだよーありがとー」
「いや、お前が頑張ったからだよ」

 抱きついてきたライトを、珍しく押し返さずに、ポンポンと背中を叩いてあげている慶。ちょっとモヤッとするけれども、ライトが慶の鬼の特訓に耐えて頑張ったのは事実だから我慢我慢……。

「渋谷さんのおかげって?」
「なんか相当しごかれたって言ってたぞ」
「え、渋谷さんってバレー部だったんですか?」

 同じく応援にきていた、泉優真君・高瀬諒君カップルに聞かれ、「ううん」と首を振る。

「元々はバスケ部なんだけど、スポーツ全般なんでも得意なんだよ。高校の時もバレー部に間違えられるくらいバレーも上手だった」
「へえ……」

 運動に縁なさそうな顔してるのに意外。
 背小さいのにね。

 コソコソと言っている二人の声が、慶の耳に入らないことを祈るばかりだ……

「これで心置きなく出発できるよー」
「おお。頑張れよ」

 ライトが今度は慶の手をぎゅーぎゅー掴んでいるので、さすがに我慢の限界で二人の間に割って入る。

「ライト、出発はいつ?」
「明後日!月曜日だし、見送りは無しで大丈夫だよ?」

 ニコニコのライト。その吹っ切れたような表情にホッとする。



 昨年の11月、ライトは父親に会うために渡米した。

「10年以上ぶりに会ったのに、全然懐かしくなかったんだよねー」

 一ヶ月後、帰国してすぐに報告にきてくれたライトは、嬉しそうに笑って言った。

「新しい奥さん、父ちゃんよりも年上のデップリ太ったオバサンでさー、なんかやたら陽気な人で」
「へえ」
「会った途端に『My sun!』とか言ってギューギューしてきてさー。えーオレ、オバサンの息子じゃないしー!ってメチャメチャ引いたー」

 そう言いながらも、顔は笑ったままだ。

「それで父ちゃん、一緒に住もうって言ってるんだよねえ」
「アメリカに?」
「うん。子供いないらしくて、それでってのもあるみたい。でも、ねえ? ほらおれ、2月のバレーボール大会も出なくちゃいけないしね?」
「…………」

 せっかく母親の再婚相手ともうまくいって、一緒に暮らしはじめたところだったのだ。
 でも、アメリカでの出来事を話すライトはいまだかつてないほど楽しそうで……。本当はアメリカで暮らしたいのではないか、という感じがする。
 父親ともすっかり意気投合したらしい。いまだに父とは恐怖心からろくに話もできないおれとは大違いだ。


 日本の母親の元に残るか、アメリカの父親のところに行くか。ライトの心は揺れ動いているようだ。でも、オレが言ってあげられることは一つだけ。

「誰か、じゃなくて、自分がどうしたいか、で決めなよ?」
「うん………」

 珍しく真面目な顔をして肯いていたライトだったけれども……


 冬休みが明けてから、ライトは「決めたよ!」と、ケロリと言ってきた。

「失恋したから、アメリカに行くことにしたよ!」
「…………え?」

 一緒に話を聞いていた慶も、「はあ?」と眉を寄せた。

「なんだそりゃ?」
「え!?知らないの!?ユーナちゃん、泉君のお兄さんと付き合うことになったんだよ!オレがアメリカに行ってる間に、急接近したらしくてさー、いやーもー超ショック!」
「…………」

 全然ショックを受けているようには見えない。

「ライト……」

 ようは、アメリカ行きの理由を「失恋」だと周りに思わせたい、ということだ。父を選んだ、ではなく、失恋したから日本にいたくないのだと……。残される母親のことを思っての、無理矢理な理由付けだ。

(優しいな……ライト)

「でね、二人にお願いがあるんだけど」

 パンっと手を合わせたライトが言ったことは、「バレーボールの練習」と「英語とスワヒリ語の練習」だった。

『スワヒリ語は、おじいちゃんおばあちゃんに会いに行く時のためにね』

 そうスワヒリ語で言って笑ったライトの瞳からは、以前のような鬱屈した光はまったく感じられず……

「母ちゃんと日村さんがね、いつでも帰っておいでって言ってくれたんだよ」

 その漆黒の瞳はキラキラしている。

「だからオレ、行ってくるよ」
「……うん」

 帰る場所がある。行く場所がある。それは人に勇気をくれる。

 おれは……おれには、帰る場所はない。


***



 その日の夜、慶がうちに泊まりにきてくれた。翌日の研修会の会場がうちからの方が近いらしい。

「もー! お前しつこい! さっさとしろ!」
「………」

 最近、どうしても前戯が長くなる。慶の体中に唇を落として、慶のすべてにしるしをつけたくなるのだ。慶のことを閉じ込めておきたい、自分だけのものにしたい、という欲求の現れなのかもしれない。でも、そんな暗いおれの欲求なんか知らない慶は、ムードも何もない言い方でその先を求めてくる。

「だいたいなあ、おれ明日研修会なんだから、さっさと寝ないと、居眠り……っ、あ…んっ」
「………」

 慶を口に含めると、文句を言う声に喘ぎ声が混ざりはじめた。口で扱きあげながら、指での侵入をはじめる。

「バカ、浩……っ、そんな……、んん」
「…………」

 感度よく声をあげる慶……。今、この瞬間、この人を支配しているのはおれだ、と思える。

「浩……っ、指じゃなくて……、んっ」

 要望に応える形で一気に貫くと、慶がぎゅうっとしがみついてきた。

「浩介……っ」
 背中に立てられた爪の痛み。慶の中に入りこんで一つになる……。

「慶……」
 この瞬間だけは、おれだけのものだ、と思える。


***


(ホント……綺麗な顔してるな……)

 寝ている慶の頬をそっと撫でる。白い肌。スッとした鼻梁。小さめの口。長めの睫毛。完璧な美貌。このまま閉じ込めて、どこにも行かせたくない……

(……なんて、できるわけがない)

 そんなことは分かっている。医者になるという夢に向かって頑張っている慶。それを応援したい気持ちに嘘はない。嘘はないけれど……

(おれは……)

 ふいに、今日のライトの様子が目に浮かんできた。
 バレーボール大会は夕方に終わり、その後、ライトは祝勝会があるから、と、チームメートのおじさん達と連れだって行ってしまった。すっかり地域の方にも可愛がられているようだ。新しい家族とも、ずっと前からの家族のように仲が良くて……

「浩介先生、ありがとうございました」

 嬉しそうに、ライトの母がおれにお礼を言ってくれた。

「先生のおかげで、ライト、心を決められたって」
「いえ、そんな。僕は何も……」

 それはおれなんかのおかげじゃなくて、ライト自身が決めた道。そしてそれを信じて支えてくれるお母さんのおかげ……

「あっちで高校に通うって張り切ってて。侑奈ちゃんより可愛い女の子ゲットするんだって」
「それは難しいなー」

 横で聞いていた泉君が、ハハハッと笑った。

「まず、ユーナより可愛い女の子なんて、そうそういないし!」
「それは優真の好みの話でしょ」

 ムッとしたように言った高瀬君に、「あ」とライトの母が手を打つ。

「そうだ。侑奈ちゃんの彼って、泉君のお兄さんなんだよね?」
「そうそう。泉兄弟はあの手の顔が好きって話です」

「あらー、じゃあ、泉弟君もお兄さんに侑奈ちゃんを取られちゃったってことだ?」
「いやいや」

 冷やかすように言ったライト母に、泉君は楽しそうに手を振ってから、ぐっと高瀬君の腰を引き寄せた。

「オレには後にも先にも諒しかいないから」
「え」

 きょとんとしたライト母。パッと顔を赤らめた高瀬君。

「え、そうなの?」
「そうだよ?」
「え、ホントに?」
「うん。ホントに」

 ニコニコで肯く泉君。

「ライトもユーナより可愛い女の子、とか言ってないで、ちゃんと好きな子ができるといいな」
「………そう、ね。うん、そうだね……」

 ライト母は、自分を納得させるように、しばらくうんうん言っていたけれども、

「みんな、幸せにならないとね」

 そう結論つけるように言って、ふわりとほほ笑んだ。


「………」

 母の顔だな、と思う。子供を見守ってくれる母。意思を尊重してくれる母。おれの母親とは大違いだ。


『今からでも遅くないから弁護士の資格を取りなさい』

 頭に蘇る、母の言葉……
 正月に実家に行った際にも、くどくどといつもと同じ話をされた。

『勉強する時間がないというなら、先生なんかやめてうちに戻ってきなさい。あなた一人養うくらい出来るんだから』
『あなたには先生なんて向いてないわ。中学にまともに通えてない子が先生なんて無理に決まってるでしょう?』
『あの頃、私がどれだけ苦労したか……毎日勉強教えてあげて、テストの時は学校まで送ってあげて……覚えてないの?』
『あなたのためを思って、毎日毎日……』

 言われる度に、昇華できているはずの小学校中学校時代の黒い記憶がよみがえってきてしまう。クラスメートに罵詈雑言をあびせられ、腹とか太腿とか目立たないところを集中的に殴られたり、モノを投げつけられたり……家に帰れば、母に部屋に閉じ込められて、勉強させられて……


『お前は本当にできそこないだな』

 登校拒否を起こしたおれの元に面談にきた担任の先生が帰った直後、おれに向かって吐き捨てるように言った父の刃のような言葉は、今でもおれの胸に刺さったままで……


 二度と、あの場所には行きたくない。あの人達には会いたくない。でも行かなければ、何をされるか分からない……だからおれは、小さく小さくなって、嵐が過ぎるのをただ耐える……


(帰る場所があるから、旅立てる……)

 そんなライトを羨ましく思う。おれには帰る場所はない。慶が帰る場所だと、思えていた時期もあったけれど、それは違う。

(慶には自分の場所がある)

 そこはおれがいる場所ではない……




 翌朝、まどろみの中で、慶が準備している気配を感じた。でも、目を開けることができなかった。出て行く慶の後ろ姿を見送るのは辛い……ということもあるけれど、昨晩涙が止まらなかったので、おそらく目が腫れているからだ。こんな顔、慶に見せるわけにはいかない。

「じゃあ、行ってくる」
「………」

 枕元で聞こえる慶の声にも気が付かないふりをする。仕事に行く恋人を見送ることもしないなんて最低だ。

 しばらくして、ドアが開く音、鍵が閉まる音がした。部屋の中が静まり返る……

「………」

 天井を見上げ、大きくため息をつく。

(いってらっしゃいってキスをして、慶が恥ずかしそうに笑って……って、どうしてそういうことができないかなあ、おれ……)

 でも、笑顔で見送る演技をするには、精神的余裕がなさすぎて……と、ますます凹みながら天井をボーっと眺めて……数分後のことだった。

「!」
 いきなり鍵が開く音がして、慌ててまた横を向く。忘れ物だろうか?

 ガサガサと人が入ってくる音がする。それから、なぜか手を洗う音、うがいをする音、カチャカチャとベルトを外すような音……

「????」
 我慢できずにそちらを向くと……慶がスーツから部屋着に着替えているところだった。

「……慶?」
「あー……さみー……」

 慶は着替え終わると、布団の中に入ってきて、おれの腕の中にすっぽりと収まった。

「外、結構寒いぞ」
「??? 慶? 今日研修会……」
「あー」

 慶はぐりぐりとおれに抱きついてきながら、ボソッといった。

「サボりだサボり」
「え?!」

 サボりだなんて、そんなこと初めて……っ

「どうして……っ」
「あー………」

 慶は、うーん……と言いながら、おれの目にそっと触れてきた。そしてジッと見つめてくる……

「あ………」
 もしかして、おれの目が腫れてることに気が付いて……。
 そんなのダメだ。慶の迷惑になることだけは絶対したくなかったのに……っ

「あの、慶……っ」
「別にどうもこうもねえよ」

 慶はおれの言葉を遮ってふっと笑うと、

「お前と一緒にいたかっただけだ。なんか文句あるか?」
「………っ」

 慶の優しい声……

「たまには嘘ついたっていいだろ」
「慶……」

 たまらなくて、ぎゅっと抱きしめる。また、涙が出てきてしまう。

 慶が、いてくれる……

「慶……」
「ん」

 指で涙を拭ってくれ、頬を撫でてくれる慶。

「おれ今日、腹の調子が悪いことにしたから、うちから一歩も出ないからな」
「うん」
「外、出歩いて誰かに会ったらマズイからな」
「うん」

 こつんとオデコを合わせる。

「ずっとベッドの中にいるか」
「うん」

 そっと唇を重ねる。

 慶と一緒にいたい。慶を離したくない。どこにも行ってほしくない。おれだけを見ていてほしい。
 そんな本音、奥に奥にしまいこんで、全然大丈夫。おれは慶のこと応援してるよ。忙しいことも理解してるよ。って顔をしないといけないけど。

「慶……」
「ん」

 今日だけは、許して。本当の顔させて。

「慶、ずっと一緒にいて?」

 明日からはちゃんと、嘘、つくから。




---


お読みくださりありがとうございました!

「嘘の嘘の、嘘」終了でございます。最終回なのに安定の暗さの浩介!
作中2002年2月24日(日)。今からちょうど15年ほど前のお話でした。
この約半年後のお話が「その瞳に*R18」になります。

「その瞳に」の後の話も書きたいし、慶たちの同級生溝部君の恋物語も書きたいし、泉×諒の番外編も書きたいし、書きたいものは、まだまだまだたくさんあるのですが、諸々あり、しばしお休みしようと思います。

期限を決めないとダラダラしてしまうので、とりあえず3月1日には必ず何かしらアップします。
……と書いておけば自分を追い込めるので書いておきまーす^^

gooブログには、どのページを何人の方が読みにきてくださっているということを見られる機能がありまして。
それを見る度に、わー私以外でも読んでくださる方が!とものすごい感動しております。
私の中にしかいなかった彼らを知ってくださる方がいらっしゃる……なんて幸せ。なんて喜び。本当にありがとうございます!

私の中では彼らはリアルに存在しているもので、先日も慶実家→浩介実家のサイクリングロードを自転車で走りつつ、あー彼らは高校生の時にここの川べりに座ってたんだなーと一人ニヤニヤしている怪しい人と化しておりました。

なんて話はおいておいて。

「嘘の嘘の、嘘」お付き合いくださいましてありがとうございました!
今後とも「風のゆくえには」シリーズよろしくお願いいたします!

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(BL小説)風のゆくえには~嘘の嘘の、嘘 21-2(諒視点)

2017年02月15日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 嘘の嘘の、嘘


*今回R18です。具体的性表現があります。苦手な方ご注意ください*



 彼が最後までしてくれないことを、ずっと気にしていたオレに、侑奈がとんでもない情報をくれた。

「泉、諒がエッチ上手だって話を聞いちゃったらしくて、すっごい気にしてるんだよ」
「………え」

 な、なんだ、それは?! 誰だそんなこと言ってるの! って、したことある女子なんて何十人もいるから分からない……っ

「話聞いたの、9月のことらしいんだけど……」
「…………」
「泉のことだから、それからビビってやれてないんでしょ?」
「…………」

 侑奈、何でもお見通し……

 でも、この約4ヶ月、彼はオレの前ではそんな素振りを見せたことは一度もない。小学生の時みたいに甘やかしてくれて、大切に大切にしてくれていた。

 侑奈の友達に告白されたときも、大喜びはしたものの、きっぱりはっきり断ってくれたし。

 一昨日も「美容師になる」って言ったオレを心配して桜井先生のところに駆け込んでくれたし……

 挿入はしないまでもイチャイチャはたくさんしてくれて、それで一緒に気持よくなったりしてて……上手いとか下手とかそんなの……

「こないだ、私にまで『諒って何分くらいもった?』なんて聞いてきてさ……」
「え……」
「それ気にするってことは、泉、すごい早いの?」
「…………」
「…………」
「…………」

「あ、ごめん」
 侑奈は真面目な顔をして手を振ると、

「聞きたくないから言わないで」
「………うん」

 言わない。
 早いか遅いかと言われれば、早い、のかもしれない。けど……。

「まー、泉、基本的に単純だからさ。泣き落としでヤルまで持ち込んで、終わったあとに、すごい良かったってめちゃめちゃ誉めてあげれば、大丈夫になるんじゃない?」
「…………」

 さんざんな言われようだ……
 侑奈は楽しげに言葉を継いだ。

「明日はクリスマスイブだし、誘ってみたら~?」
「………侑奈は明日は?」
「さあ?」

 思わせぶりに、うふふ、と侑奈が笑ったところで、チャイムが鳴った。彼だろう。

「はーい」
 楽しげに侑奈が玄関に向かうのを眺めながら、ボヤッと思う。

 誘ってみたら……か。
 ちょうど、明日から3日間、両親は帰ってこないと言っていた。あの人たちは、毎日忙しくて、家にいることは少ないのだけれども、変な時間に帰ってきたりするので、迂闊に彼を泊まらせることはできないのだ(いや、普通に泊まるのは全然大丈夫なんだけど、するのは危険……)。でも明日は大丈夫……

「諒」
「………ん」

 入ってくるなり、こたつに座っているオレの頭を撫でてくれる彼。甘やかされてるな、と思う。

「あれ? お兄さん」
「こんにちは」

 続けて入ってきたのは、優真のお兄さん。

「侑奈ちゃん、これお土産」
「わ、ありがとう~」

 侑奈が嬉しそうに箱を受け取って、そのまま台所で話しこんでいる。そういえば、こないだ4人で遊園地行った時も、侑奈とお兄さん、仲良かったもんな………。

(もしかして、明日の侑奈の予定って……お兄さん?)

 そうだとしたら嬉しい。優真のお兄さんなら安心だ。
 侑奈の楽しそうな声を聞いていたら、勇気がわいてきた。

(よし。オレもがんばろう……)

 勇気を出して、誘おう。

「優真……っ」
「ん?」

 心が挫ける前に一気に言う。

「明日の夜、泊まりにきて。うちの親いないからっ」
「あ、そうなんだ。ラッキー。いくいく」

 こちらの緊張をよそに、彼はケロリと言う。

(こういう言い方するっていうことは、しないってことか……)

 そう思ってガッカリしていたのだけれども……

「明日、クリスマスイブだし。せっかくだから最後までやろうな?」
「え………」

 侑奈達に聞こえないように、耳元でコソコソっと囁いてくれた彼……

「ジェルついてるゴム買ったから、持っていくな?」
「…………っ」

 自分でも、赤くなったことが分かった。

「いい?」
「…………うん」

 うなずくと、彼も照れたように笑って、こたつの中で繋いだ手にぎゅっと力をこめてくれた。



***


 翌日……

 一緒に夕飯をとって、ケーキも食べて、それぞれシャワーも浴びて、準備もして……

「ちゃんとするの、久しぶりだな」
「うん」
「上手く出来なかったらごめんな」
「そんなこと……っ」

 抗議の声をあげようとしたけれど、抱きすくめられ、言葉をとめた。肌と肌が溶け合ってしまいそう……

 たくさんのキスの嵐の後、彼が「入れていい?」と直球で聞いてきたので、こっくりとうなずいて、ゴムを着けてあげた。わざわざ買ってきてくれたなんて、嬉しい………

「諒……」
 ぐっと太股の裏辺りを掴まれ、押し上げられ、緊張感が走る。でも、そうとは見せないように細心の注意を払いながら、彼にうなずいてみせる。

「……入れて?」
「…………」

 遠慮がちに、熱いものが入り口にあてがわれ……そのままズブズブと入ってきた。

「………っ」
 約4か月ぶりの熱……。初めてした後からは、自分でする時に指の数を増やしてするようにしていたので、太さの対応はできていたつもりだけれども、本物はもう少し太くて、それになにより熱くて、長さもある。内臓を抉られる感じがする。でも、このお腹の中に入っていく感じが、彼自身を受け入れている、と思えて、胸がいっぱいになって、やっぱり涙が出そうになる。

「諒……痛い?」
「ううん」

 本当は痛いけど、平気なふりで首をふる。

「優真の、気持ちいい」
「……そっか」

 笑ってみせると、彼はホッとしたように息をはき、

「……動かしてもいい?」
「うん」

 ぐっとオレの腿を持つ手に力が入った。そのまま、律動がはじまる。

(………っ)
 彼のものが固く力強くオレの中を行き来する。彼と一つになっている実感が持てる。こらえるように、眉を寄せている彼の表情にもそそられる。痛みですら喜びに代わる。

 それからしばらくの律動の後……

「………んんっ」
「……っ」

 中の熱量が更に高まり、小さな呻き声と共に、彼がブルッと震えた。

(ああ良かった……イケたんだ)

 彼が絶頂を迎えた様子にホッとする。確かに早いかもしれないけれど、そんなの、早いってことはオレですごく感じてくれてるってことなんだから、嬉しさしか湧いてこない。オレの中でイってくれる彼が愛おしくて、愛おしくて、たまらない。

「優ちゃん……好き」
「諒……」

 彼は繋がったまま、オデコにキスをくれた。ああ、幸せ……

「あ……っ」
 ズルり、と引き抜かれ、声が出てしまう。本当に本当の正直を言えば、もっと繋がっていたかったけれど……、でも、体の負担を考えたらこれで充分だと思う。中で感じるのは、まだ無理だ。そう、思ったのに……

「諒」
「ん?」

 彼がなんだか思い詰めたような顔でこちらをみている……

「優ちゃん? どうし……、んんっ」

 言葉を続けられなかった。彼の左指がオレの中におもむろに侵入してきたからだ。

「あ……んんっ」

 変な感じ。中で蠢いている、彼の、指……。声が勝手に出てしまう。

「諒……」
「優ちゃ……っ」

 切ないような、彼の瞳……。じっとこちらを見たまま、指を抜き差ししていて……

「気持ちいいとこ、ある?」
「え……あ、んんっ」

 探るように指を動かされ、ビクッとなる箇所でこらえきれずに声を上げてしまう。

「ここ?」
「分……かんないっ」
「そっか」

 そう言いながらも、彼の指は動き続けていて……

(………あ)
 そして、気が付いた。いつの間に、彼は自分のゴムを取りさっていて、そして……

(……っ)
 その光景に、全身の血が一点に集中して、自分のものが立ち上がってしまった。

(優真……自分で、してる)

 左手はオレの中を擦り続けていて……
 右手は一度放出して力を失った自分のものを、扱いて力を持たそうとしている。
 少し細めた瞳は、オレのことをジッとそらさず見ていてくれて……

(あの時……)
 オレと侑奈がやっている音を盗み聞きながら、隣の部屋で自慰行為に耽っていた彼の姿を思い出す。あの時天井を見上げていた彼が、今はオレを見ながらしてくれてる……

 震えてしまう。この光景……オレの倒錯的な妄想を現実化したもの、そのものだ。……もうこれだけでイってしまいそうだ。

(優真……)
 優真が欲しい。その手にしているものを、入れて? オレの中に入れて……

「優ちゃん……」
「諒……もう一回、いい?」
「………っ」

 うんうん、と激しく肯いてしまう。
 彼はオレから目も手も離すことなく、器用にコンドームの袋を口を使って開け、右手だけで自分のものにかぶせた。そして、左手を引き抜くと同時に、その熱いものを中に押し込んできた。ジェル付きのゴムのおかげもあって、すんなりと中に入っていく。

「………あ……っ」
 さっきよりも、さらに、熱い。たぶんオレの中もすごく熱くなってるんだ。

「諒……っ」
「んっ」

 緩やかに律動をしながら、右手がオレのものを扱いてくれる。中からも外からも、刺激が強すぎて頭に血がのぼってくる。

「優ちゃ……っ」
「すっげえ、ダラダラ……」

 オレの先走りでクチャクチャといやらしい音がする。優真、嬉しそう……

「気持ちいい?」
「ん……んんっ」

 うなずくことしかできない。彼は満足したように肯くと、思いきり腰を打ち付けてきた。

「あ……っ」
 痛さと快感と、彼の熱と、彼の嬉しそうで気持ち良さそうな顔と、色々なものが混ざりあって、快感がこわいくらいの勢いで迫ってくる……っ

「優……っ、も、ダメ……、イクッ」
「うん」
「優ちゃ……っ」

 思わず、彼の左手をぐっと掴む。彼はそれを握り返してくれながら、優しく言ってくれた。

「諒……イって?」
「あ……優……っ」

 その声に促され、奥まで突きあげられ、手でも扱きあげられ…………、追いたてられるように理性を手放した。

 あああああ……っと抑えきれない声と共に、白濁が彼の腹にブチまかれる。

(気持ちい……っ)

 今まで何度となく経験してきたのに、それと比べ物にならないくらいの快楽の頂点。彼のものを咥え込んだところがドクドクと波打っている。

 と……

「諒……もうちょっとしていい?」
「え……あ、んんんっ」

 彼が再び律動を開始する。そのまま後ろを刺激され続け、頭が真っ白になっていく。

「諒……」
「優真……っ」

 そのまま何度も名前を呼び、彼にしがみつき……もう一度絶頂を迎えたような気がするけれど、何がなんだかわからなくて、覚えていない。ただ、ものすごく気持ちよくて……そして、彼がものすごく嬉しそうだったことは覚えている。


***


 目を覚ますと、彼の腕の中にいて……彼が愛おしそうにオレのことを見ていることに気が付いた。

「優ちゃん……?」
「うん」

 チュッと額にキスしてくれ、優しい手が頭を撫でてくれる。

「ちょっとだけ寝てたな。もうすぐ12時だけど、風呂入るか?」
「うん……でも、ちょっと待って……」

 キュッと彼に抱きつく。素肌の触れ合いが気持ちいい。

「足とか、なんか、ダルくて……」
「そっか。大丈夫か?」

 ギュッと抱きしめ返してくれる。ああ……こんな幸せ、あっていいのかな……

「優ちゃん……」
「ん?」
「すごい気持ち良かった」
「……そっか」

 それなら良かった、と安心したようにうなずいた彼。
 その後、一人言のように「ホントだったな……」とつぶやいたので、「何のこと?」と聞いたところ……

「いや、桜井が……」
「桜井先生?」
「うん………」

 別に言わなくてもいい話なんだけど……っていうか、言わない方がいいのか……? そう、ブツブツ言ってから、驚くべきことを教えてくれた。

 彼は自分が早いことをことをずっと気にしていて……先月、桜井先生に相談、したのだそうだ。そうしたら、オレに男同士のやり方を教えてくれた時と同様に、先生は淡々と対処法を教えてくれたらしく……

「よくそんなこと教えてくれたね。さすが天然先生……」
「大学の時にそういうのに異常に詳しい友達がいて、その人から色々聞かされてたんだって」

 欠点は、テクニックでカバーしろ、というのがその人の口癖で、早いのなら、指と回数でカバーしろ、と言っていた、という……

「もしかして、優真、練習、した? 片手の……」
「………」

 イタズラそうに笑った彼。肯定ということだ。すごくスムーズに片手でゴムをつけられたのは、練習の成果だったんだ……

「あー、呆れてるな?」
「そんなことないっ。感動してるっ。おかげで、すごくすごく気持ち良かったよっ」
「そっか」

 くすぐったそうに笑った彼が愛しくてたまらない。
 オレが、なんでしてくれないんだってイジイジとしていた間、彼はオレを満足させるために練習までしてくれてたんだ。嬉しい。嬉しすぎる。

「まあでも、まだまだこれからだ。まだまだ頑張る」

 彼がそう言いながら、首筋にキスをくれた。したばかりなのに、ズクリと体の中心が熱くなる。

「オレのライバルはお前だからな」
「なにそれ……んっ」

 ゆるゆるとまた扱きはじめられ、声が出てしまう。オレも手を伸ばし、そっと彼のものを掴む。

「女ども、こぞって、お前は上手だって言ってたぞ」
「……そんなことないのに」
「…………。あるかどうか、分かんないからさ……」

 彼は真面目な顔になり、ボソッと言った。

「あと4年たったら……お前やってみるか」
「? 何を?」

 4年? 何の話?

「あのー……お前、初体験、中1の夏だろ?」
「うん」
「オレは、高2の夏。だから4年」
「んんん???」

 意味が分からない。

「だから4年って?」
「だからー、4年後なら、オレとお前は同じになるだろ?」
「……?」

 経験値、という意味かな?

「うん。そう……だね?」
「だから……4年たったら、同じになるから、その頃までにはオレもお前と同じくらい上手くなってる予定だから」
「うん」
「だから、その時、比べてみようって話だよ」
「?? んんん?」
「だからー……」

 彼の顔がみるみる赤くなっていく。
 4年たったら、お前やってみるか……って言ったんだよな……。やってみる。やってみる。お前やってみるって……

「……え」

 やってみるって……、オレが、やるってこと?!

「ええええええっ」

 途端に彼の手の中にあるオレのモノが、熱を持ってぐんっと立ち上がってしまった。
 いや、そりゃ、オレも男だから、やりたい欲求がないと言えば嘘になるし、そういう妄想を今までしたことがないわけじゃないけどっっ

「あ、すっげーヤル気じゃん、お前……」
「だ、だって……っ」

 慌ててしまう。彼にそんな気があるなんて露とも思わなかったから……っ

「優真、嫌じゃないの? だって……」
「別に嫌じゃねえよ。っつーか、お前と侑奈がやってるとき、オレ、いっつもやられる妄想してたし」
「え?!」

 そ、そんなの初耳……っ ますます元気になってしまう。

「家でシコってる時は、やってるイメージなんだけどな」

 彼はニッと笑うと再び手に力を入れはじめた。

「まあ、とにかく4年後な。今だと勝ち目がないからヤダ」
「そんな、勝ち負けなんて……、あ、んんっ」

 グチャグチャと音を立てながら扱かれて、もうたまらない……

「桜井と渋谷さんも、両方してるって言ってたっていうからさ」
「ん………」
「オレたちも、そういうのいいかもって思って」
「うん……」

 目と目を合わせて、時々唇を合わせながら、お互いのものを高め合う。

 男同士だから、とか、背が高いから、とか、そういう見た目のことなんか取っ払って。
 今、ここにいる、彼を求めたい。彼に求められたい。嘘のない本能だけで。ずっと。ずっと……

「優真……好き。大好き」
「諒……」

 愛してるよ。

 彼は優しく言って、瞳にキスをしてくれた。


--


お読みくださりありがとうございました!
長々と失礼しました~。諒視点最終回でございました。
もうこの二人に関しては「お幸せに♥」って言葉しか出てきません。

勘の良い方は、お気づきだったかもしれません。この二人、はじめからリバになる予定でした(^-^)
きっと4年も待たずにリバになってるかと思われます。泉×諒が8割、諒×泉が2割、ってとこですかね。
あ、ちなみに、桜井先生(浩介)と渋谷さん(慶)は、浩介×慶固定です。諒を励ますためについた嘘が否定されないまま続いているだけです。浩介×慶固定ですが、襲い受け率高めです。

なんて、諒視点、思いっきり下ネタで終わってしまった~~っ。……まあいっか。
明後日、浩介視点で最終回、の予定です。どうぞよろしくお願いいたします!

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