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風のゆくえには~たずさえて5(山崎視点)

2016年07月14日 07時21分00秒 | 風のゆくえには~たずさえて


2015年9月15日(火)


 仕事帰り、駅前のスーパーに行ったら、バッタリと高校の同級生の渋谷慶に出くわした。
 あいかわらずの超イケメン。スーパーの背景が似合わなくて浮いている。通り過ぎる人が、ぎょっとしたように振り返る気持ちがよく分かる……。

「おー、山崎! いいところで会った。米売場ってどこか知ってるかー?」

 中性的で神秘的な外見を裏切る言葉遣いと人懐っこさもあいかわらず。

「渋谷、里帰り?」

 売場を移動しながら訊ねる。オレのうちと渋谷の実家は最寄り駅が同じなのだ。学区が違うから小中学校は違ったので、高校で同じクラスになってから気がついた。

「里帰りって、なんだそりゃ」
「いやもう、結婚してるみたいなもんじゃん、二人」
「あーまー、そうか」

 渋谷が嬉しそうに頬をかいた。こういう単純なところ、昔から変わってないな……。

 渋谷は同級生の桜井浩介と都内で二人暮らしをしている。同性なので結婚はできない。でも、そんなことは関係ないくらい、二人は長年連れ添った夫婦(夫夫?)のように仲が良い。
 おかしなもので、二人は結婚していないのに、二人を見ていたら「結婚もいいかもな」なんて思ってしまう瞬間がある。……まあ、予定はまったくないんだけど。

「お、米あった! サンキュー」
「いや。何? 実家持ってくの?」
「そうそう」

 渋谷はうーん……と米を選びながら、言葉を続けた。

「浩介のお父さんが怪我して入院してなー」
「え?」

 怪我?

「退院したんだけど、定期的に病院行かないといけなくてさ。今日おれ休みだから車で送迎したんだよ」
「え」
「で、せっかくこっちまで来たから、実家にも顔出そうと思って連絡したら、米買ってきてって言われて………、んー、どっちがいいかな……」
「…………」

 桜井のお父さんの送迎を、渋谷が? それって………

「すごいな」
「あ?」

 しゃがみこんで米袋を見比べていた渋谷がこちらを見上げた。

「何が?」
「相手の両親の世話なんてなかなかできないだろ」
「え? 何で?」
「何でって………」


 ふっとよみがえる10年ほど前の記憶……

『卓也はお母さんと私、どっちが大事なの?』
『今後一切、お母さんと関わらないって約束するなら結婚してあげる』

 当時、オレには一つ年上の彼女がいた。
 結婚してほしいと言ったことは一度もないのだけれど、年齢のせいか、周囲から結婚するものだと決めつけられ、そのまま流されるように結婚話を進められていた。

 そんな中での、オレの母を拒絶する彼女の言葉………

 彼女がどうしてそこまで母を嫌ったのかはまったく分からない。何しろ、一度だけ、ほんの10分会っただけなのだ。母もオレと同じでごくごく大人しい人間だし、何か彼女を怒らせるようなことを言った覚えもない。

 おそらく、母に彼女のセリフを聞かせたら、母はオレと縁を切ってもかまわないと言ってくれただろう。
 でも、女手一つで息子二人を育ててくれた母を蔑ろにするなんて、できるわけがない。

 結局、オレは彼女と別れた。

 そして………
 彼女と別れて心底ホッとした自分に気がついた。やはりオレは、結婚なんてしたくなかったのだ。

 よほどの奇跡の愛でない限り、愛には終わりがある。それなのに、結婚という契約に縛りつけられ、一生を共にする。もしくは、オレの両親のように結局別々の道を歩く選択をする。どちらを選んでも、傷つくだけだ。それを乗り越えられると思えるほどには、オレは彼女を愛していなかった。

 彼女とは同じ職場だったのでかなり気まずかったけれど、一年経たないうちに彼女は他の男と結婚するため寿退職した。言葉は悪いが、助かった、と思った。

 それから10年……
 
 薄情だけれども、今まで彼女のことを思い出すことはほとんどなかった。それなのに最近になって、時々脳裏に影がちらつくようになってしまった。

 それどころか、二十代前半に付き合っていた二つ下の彼女のことも、ふいに思い出すことがある。
 その彼女とも、「弟が大学を卒業するまでは結婚できない」と言ったことをきっかけにギクシャクしてしまい、結局別れたのだ。結婚の2文字はオレにとって鬼門でしかない。

 にもかかわらず、最近、結婚について考えてしまうのは、確実に渋谷と桜井のせいだ。昔の彼女たちのことを思い出すのもこいつらのせいだ。

 思わずため息をついてから、渋谷を見下ろす。
 
「昔付き合ってた彼女が、オレの親と関わり持つの嫌がってたし、そういう話よく聞くからさ」
「ふーん?」

 渋谷は軽々と米袋を持って立ち上がると、首をかしげた。

「意味わかんねえな? 彼氏の親なのに?」
「あー……だな」
「ホント、女は意味わかんねー。その点、男はいいぞ? 考えてることだいたい分かるからな」

 おどけたように言う渋谷に笑ってしまう。

「男同士だって渋谷達みたいに続くのは奇跡だと思うよ」
「奇跡、な」

 ふっと渋谷が笑った。

「『好きな人に好きって思ってもらえるのって奇跡みたいなこと』」
「………え」

 聞き覚えのありすぎるセリフ。オレが高校生のときに言った言葉、渋谷、覚えてたのか。

「お前、自分で言ったの、覚えてるか?」
「……ああ」

 あの頃……小学校一年生の弟に、両親の離婚の理由を聞かれ、そう答えたのだ。
 弟は誰に聞いたのか、両親の離婚が自分が生まれてすぐのことだったと知り、「ボクが生まれたせいなの?」と言ってきた。だから、そうではない、と全力で否定した上で、

「お父さんはお母さんのことを好きじゃなくなったから出て行ったんだよ。好きな人に好きって思ってもらえるのって奇跡なんだよ。奇跡っていうのはなかなか起きないんだよ」

と、答えた。それで弟が納得したのかは分からないが、自分のせいという勘違いだけは解くことができたようだった。

 その弟も昨年結婚した。授かり婚だったので、母や相手のご両親には相当絞られたけれども、それでも、子供をキッカケに結婚に踏み切れたのだから、それはそれで良かったのかもしれない。弟には幸せになってほしい。結婚が幸せの終着点かどうかは甚だ疑問ではあるけれど……


「奇跡みたいなことって、おれも……おれ達も、そう思ってるよ」

 すっと、渋谷は目を伏せ、抱えている米袋をぎゅっと抱きしめた。まるでそれが桜井であるかのように。

「でも、奇跡は起こるし、奇跡は続く」
「………」

「奇跡は起こせるし、奇跡は続けられる」
「………」

「……なんてな」

 渋谷はちょっと照れたように笑うと、

「じゃーサンキューなー。助かったー。また遊びにこいよ?」

と、そそくさとすぐ近くのレジに並びにいってしまった。

 その後ろ姿を見ていて思う。おそらく二人は、オレの知らない色々な苦悩や困難を乗り越えてきたのだろう。それでも一緒にいることを選んだ二人……

 渋谷の愛に満ちた瞳に、ふっと先月見た瞳が重なる。

(………同じだな)

 合コンで知りあった戸田さん。
 戸田さんは先日、駅まで送ってきてくれた男性のことを、今の渋谷みたいな瞳で見送っていた。桜井が渋谷を見る瞳、と思ったけれど、逆も同じだ。今の渋谷も桜井を思って同じ瞳をしていた。

 戸田さんとは、なんとなく気まずくて、それから必要事項以外話さなかった。………余計なことを言ってしまった。おそらく、不倫、とか、そういう人には言えない関係なのだろう。

(まあ、いいんだけど)

 オレには関係のないことだ。

(でも………ちょっと羨ましい)

 障害を乗り越えてでも愛を貫こうとする相手に出会えた戸田さんが。渋谷が、桜井が。オレは今まで、そんな相手に出会ったことがない。





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お読みくださりありがとうございました!

慶が出てくるとやっぱり画面が華やぐ……
この頃ちょうど、浩介が両親との長年の確執を乗り越えはじめた頃でして、慶の言う「奇跡」は、もちろん自分達のことでもありますが、浩介と浩介の両親とのことも指していたのでした。

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