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BL小説・風のゆくえには~続々・2つの円の位置関係6

2019年05月31日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 続々・2つの円の位置関係

【哲成視点】


 2000年の8月は、小学2年生の、妹の梨華にかかりきりで終わった。
 夏休みの宿題は学童でもみてくれたけど、やはり、自由研究と苦手な算数の勉強はうちでやらなくてはならず、それに、海とプールと花火大会と、千葉に旅行にも行ったので、土日とオレの短い夏休みは全部つぶれた。

 でも、梨華に関わる時間を増やすために子会社に出向した甲斐もあり、夏休みの終わりには、学童の先生から「梨華ちゃん、ずいぶん落ち着きましたね」とお褒めの言葉をいただけたくらい、梨華の荒れた言動は治まってくれた。

 そうして夏休み期間はあっという間に過ぎて、ようやくホッとした9月の土曜日……

 亨吾がピアニストをしているレストランに、夜10時前に着いたところ、常連の一人であるトオルさんに話しかけられた。トオルさんは近所の楽器屋の店長で、自らもアマチュアバンドでドラムを叩いている。ちょっと太めだけど、カッコいいオジサンだ。

 トオルさんは、白髪混じりの髭を撫でながら、ニコニコと言った。

「哲成君はもちろん来るよね? 23日」
「23日?」

 何のことだ? 3週間後の土曜日だけど……

「ええと……」
「歌子ちゃんと亨吾君の結婚パーティーだよ」
「………………。え?」

 なんだって?

「パーティー?」
「あれ?聞いてない? あ、そっか。哲成君、最近来てなかったもんね? 忙しかったの?」
「あー……はい」

 うなずきながらも、頭の中にはハテナしかない。

(結婚パーティー?)

って、なんだそれ? 何も聞いてないぞ。確かに8月は亨吾に会えてはいないけど、メールでやり取りは頻繁にしていた。まあ、くだらない話しかしてないけど……。でも、結婚、なんて。そもそも亨吾と歌子さん、付き合ってもいないだろ。

 なんだ? どういうことだ? トオルさんの勘違い?

「あ、歌子ちゃん!」
「!」

 トオルさんのよく通る声にビクッとしてしまった。歌子さんが呼び止められている。トオルさんがニヤニヤと言った。

「歌子ちゃん、夫婦連弾してよ」
「まだ夫婦じゃないですよ」

 小さく笑った歌子さん。……否定しないんだ……

(ってことは……)

 本当、なのか?

「閉店してからみんなで飲もうよ。前祝い前祝い。そこで連弾聴かせて?」
「トオルさんのおごり?」
「いいよー。哲成君もね。一緒に前祝いしよ?」
「え」

 トオルさんに言われたけど、反応できなかった。前祝い……

「あの……」
「あ、時間だね」
「あ」

 スッと、あいかわらずのスマートさで、亨吾がピアノの椅子に座った。何事もなかったように、いつものように、チラリ、とこちらを見てから弾きはじめたのは……

(…………月の光)

 ドビュッシーの『月の光』。オレのお気に入りの曲だ。オレがいると必ず弾いてくれる。いつものように、綺麗な音色が切々と訴えかけてくる……

(……好きだよって)

 亨吾のピアノの音色は、いつも「好きだよ」と言ってくれる。愛で包んでくれる。

 こんなにオレのことが「好き」なのに、結婚……?
 まあ、お母さんのためにしたらどうだ?と勧めたのはオレだけど……
 歌子さんならいい、とも思ってたけど……

 でも……。本当に、結婚?

 事態が理解できないまま、その日の享吾のステージは終わった。
 オレが固い表情をしていることに気が付いたのか、享吾が慌てたようにオレのところに来て、スイッと顔を近づけてきた。

「もしかして……聞いた、のか?」
「……」

 まっすぐに見返すと、「ごめん」と謝られた。

「会った時に話そうと思ってたんだけど、今日まで会えなかったから……」
「…………」
「ごめんな」
「…………」

 それは何のごめんだ。報告が遅れたことに対する「ごめん」? それとも、結婚することに対する「ごめん」? 聞きたかったけど、聞けなかった。その代わり、できる限り明るく、言った。

「いや~~~ビックリした」
「だよな」
「うん」
「………」
「………」
「………」
「………」

 微妙な沈黙が流れる………、と、少し離れたところに座っているトオルさんが、ちょいちょい、と手で合図を送ってきた。閉店後に前祝いすることを言え、ということらしい。

「あの……トオルさんが閉店後、みんなで飲もうって。奢ってくれるってさ」
「え、なんで」
「結婚の前祝いだって」
「ああ……」
「………」
「………」
「………」
「………」

 再び訪れた沈黙……。
 耐えきれず、何とか口を開く。

「で、連弾聴かせろって、トオルさんが」
「連弾?」
「うん」
「………」
「………」
「………」
「………」

 会話が続かない……
 享吾も気まずくなったのか、スッと立ち上がった。

「じゃ……後でな」
「あ……うん」

 オレの元を離れた享吾が向かった先は……歌子さんのところ。

(………っ)

 胸が、痛い……

 結婚を勧めたのも、歌子さんを薦めたのも、オレだ。
 でも、二人が一緒にいるところを見るのは、こんなにも……痛い。

(キョウ……)

 オレはこんなに痛いのに……なんでお前は平気な顔してんだよ。

 歌子さんに楽譜を見せながら真剣に話をしている亨吾の横顔をジッと見つめる。お似合いだな……。

 と、いつの間に隣にいたトオルさんに声をかけられた。

「あの二人、ホントお似合いだよね」
「……そうですね」

 コクンとうなずく。笑顔を張り付けるのがやっとだ。

 オレは想像力が無さすぎる。
 お前が誰かのものになることが、こんなに体がはち切れるほど辛いなんて、思いもしなかった。


 でも……でも。

 お前も、本当は辛かったんだよな……?


 その日の夜、悪酔いしたオレは、終電に間に合わなくなり、亨吾と一緒に店の控室に泊まらせてもらうことになった。

 翌朝、オレは「酔ってて何も覚えてない」と、享吾には言ったけど、本当は、全部覚えてる。

『哲成……哲成』

 切ない声で何度もオレの名を呼びながら、オレのものを口と手で包み込んだ亨吾……

『哲成……』

 好きとは言わない、という約束だから、言われてないけれど……、でも、その声は「好き」以外の何物でもなくて……その愛撫には愛しさが詰まっていて……

 どうして結婚しようと決めたのかは分からない。たぶん、お母さんのことが関係しているんだろう。でも……

(キョウはオレのことが『好き』)

 それに変わりはない。少しも変わりはない。
 
 だから……

「結婚、おめでとう」

 翌朝、目が覚めた享吾に、一番にそう告げた。


------------

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BL小説・風のゆくえには~続々・2つの円の位置関係5

2019年05月28日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 続々・2つの円の位置関係

【哲成視点】


 今思えば……義母は頑張っていた。頑張ろうとしてくれていた。

 脳梗塞で倒れた夫を支えつつ、幼い娘の世話もして……文句を言いながらも、リハビリにも積極的に関わってくれていた。オレも出来る限りのサポートはしていたつもりだけれど、仕事が忙しくて、義母に任せることが多かったように思う。

 懸命なリハビリのおかげで、父は倒れてから1年たたずに、社会復帰を果たすことができた。元通り、とは言えないけれど、日常生活もほとんど問題ないし、元々無口な人ということもあって、言葉の不自由さもほとんど気にならない。無事に危機を乗り越えられた、と安心していた。……けれど。

「サンタさんが迎えにくるからママは行くね。テツ君、梨華のことよろしくね?」

 1999年12月。元々、遊び好きで派手好きだった義母は、献身的に尽くしてくれた反動か、男を作って家を出ていってしまった。

 置いていかれた梨華はまだ小学一年生。ただでさえ甘えん坊で手のかかる子だったのに、母親がいなくなったことで我儘がさらにひどくなった。学校での生活も荒れていってしまった。

 勤務地の遠いオレは、梨華よりも先に家を出て行くし、帰りも遅いので、日曜以外は、持ち物のチェックをすることも、宿題を見てあげることもできない。父も父で頑張っていたけれど、小学校低学年の梨華の面倒を見ることには限界があった。

 勉強も遅れがちで、身支度も出来ておらず、忘れ物も多い梨華は、クラスで孤立していき……2年生になってすぐ、学校をサボって、空き地でネコと遊んでいるところを近所の人に保護された。小学2年生でサボりとは……。このままでは取り返しのつかないことになる。

「異動願いを出すよ」

 言うと、父には「そこまでする必要はない」と反対された。でも、父にも梨華にもこれ以上、無理をさせたくなかった。

 こうしてオレは、横浜に事業所のある子会社に出向することになった。理解のある会社で助かった。上司には、技術者としての将来を考えると、その選択は勧められない……と言われたけれど、家族が崩壊してしまっては、将来も何もない。

 通勤時間があまりかからず、残業も少ない。それで充分だ。今までやってきたこととは全然違う仕事だけれども、これはこれでやりがいがあるに違いない……。そう、思うことにした。

 とにかく、母親のいない寂しさを梨華に感じさせたくなかった。

『妹が出来たら、可愛い洋服たくさん着せて……』
『一緒にクッキー作ったりして……』

 亡くなった母と話したことを思い出す。不思議と義母のことはほとんど思い出さなかった。思い出したくなかっただけなのかもしれないけど……
 オレの母は、やっぱり母だけで……だから、この家でオレは、亡くなった母の思いを引き継ぎたいと思う。


***


 そんな日々を乗り切れたのは、亨吾のおかげだった。

 亨吾と一緒にいるときだけは心が休まる。亨吾のピアノの音に包まれて、亨吾の愛に包まれて……。享吾がピアニストをしているこのレストランは、とても居心地がいい。

「哲成……疲れてるな。大丈夫か?」
「あー……大丈夫大丈夫」

 心配してくれる亨吾に軽く手を振ってみせる。
 オレ達はお互い家族の話はあまりしない。ざっくりと、父の病気のことや、義母が出ていったこと、そのため子会社に異動になることは話したけれど、それ以上の愚痴めいた話はしていない。別に悩んでいるわけではないので、話す必要性を感じないのだ。そんな話をするくらいなら、もっと楽しい話をしたい。

「すげー疲れてたけど、ここでお前のピアノ聴いたら治った」
「…………そうか」
「おお。オレ、何があっても、ここがある限り、乗り越えられる気がする」
「……………」

 享吾は一瞬ビックリしたみたいに目を大きくしてから……「そうか」といってふわりと笑った。その笑顔で、ガチガチに固まった心と体が溶かされていく。全身が洗われていく。

「お前は? 忙しいの終わった?」
「ああ。とりあえずは」
「良かったー。お前結局、先月一度も来なかったから、トオルさん達も寂しがってたぞー」

 トオルさん、というのはこの店の常連さんだ。通いつめていたら、数人の常連さんと顔馴染みになった。

「今度はいつ弾く?」
「そのトオルさんからリクエストされたから、来週の土曜日の夜」
「おー。じゃあ、オレもくるー」
「そうか」

 また、ふっと笑った亨吾。オレにだけ見せる笑顔。
 きゅうっとなったのを誤魔化すために、パチンと手を叩いた。

「そいえば、先月、お父さんとお母さんに会ったぞ?」
「ああ………」
「お前のピンチヒッターで歌子さんが弾いて……、お母さん、歌子さんのことお気に入りだよな」
「…………」

 なぜか複雑な表情になった亨吾。これは何か言われたようだ。

「もしかして……結婚、とかそういう話、された?」
「まあ……うん」

 言いにくそうにうなずいた享吾に、オレもうなずき返す。

「だと思った。お母さん、こないだ歌子さんに、彼氏はいるのか、とか、結婚願望はないのか、とか、聞いてた」
「…………」
「んで、お前には早く結婚して幸せな家庭を作ってほしい、とか言ってたぞ?」
「…………」

 亨吾の顔は微妙なままだ。今年、オレ達は26歳。早い奴は結婚しはじめている…

「お前、実際のところ、どうなんだよ?」
「何が」

 眉を寄せた亨吾に、何でもないことのように問いかける。

「何がって、結婚だよ。する気ねえの?」
「…………」
「…………」
「…………」

 ますます享吾の眉が寄った。
 奇妙な沈黙が流れる……

 沈黙の中で、オレも自分自身に問いかける。

(オレ……なんて答えてほしいんだ?)

 するわけないだろ、という言葉?
 それとも……しても気持ちは変わらないって?

(…………図々しいな)

 でも、たぶん、落としどころはそこだと思う。

 オレのことを好きなままでいてほしい。
 でも、享吾に幸せになってほしい。
 そして、享吾のお母さんにも幸せになってほしい。

「……哲成」
「………うん」
「お前は? するのか?……結婚」
「…………」

 沈黙をやぶった享吾の瞳がジッとこちらを見ている。覚悟を決めて、オレも見返す。

「するよ。そのうち」
「…………そうか」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」

 その沈黙に耐えられなくなったのは、オレの方だ。

「そういえば!」

 わざとらしくパチンと手を打って、場の雰囲気を変えてやる。

「今日、ベイスターズ勝ったぞ? 知ってた?」
「……先発誰?」

 享吾もすぐにのってきた。ホッとしてオレも話を続ける。

 野球談議に花を咲かせていると、野球好きの常連さんも話に加わってきた。閉店間際のこの時間は、暗黙の了解で席の行き来が自由にできるのだ。こうしてにぎやかな時間が過ぎていく。

(ここは居心地がいい……)

 享吾がいて、優しい人たちがいて、おいしい飲み物があって。

 たとえ享吾に彼女ができても結婚しても、何も変わらない……

 そう、簡単に考えていた。

 この数か月後、享吾と歌子さんが結婚する、と聞くまでは。


------------

お読みくださりありがとうございました!
次回、金曜日更新のつもりでいます。
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BL小説・風のゆくえには~続々・2つの円の位置関係4

2019年05月24日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 続々・2つの円の位置関係

【享吾視点】

 約束通り、哲成が店にピアノを聴きに来てくれた。

 この長い付き合いの中で、ここでピアノを聴かせることだけが、唯一、本当の気持ちを伝えられる手段だった。なんとか均等を保ってこられたのは、この場所のおかげだったと思う。一度だけ……オレが結婚すると報告した夜だけ、溢れ出てしまったけれど、その一度以外、ずっと、ずっと、気持ちを外には出さず、友人関係を続けてきた。それが、一生一緒にいるために選んだ道だった。

 3年2ヶ月ぶりの、哲成のためのステージを終えて、控室に戻ると、妻の歌子に苦笑気味に言われた。

「お父さんがここにいたら、確実に説教されてたわね。特に一曲目」
「…………ごめん」

 一曲目に選んだのは、哲成の大好きなドビュッシーの『月の光』だ。つい感情を入れ過ぎたため、弾き終わった時には店中が静まり返ってしまったのだ。

 この店の前オーナー兼シェフだった歌子の父親には、度々、注意されてきた。

『ここではお客様のお食事のBGMとなる演奏を心掛けなさい。君のリサイタルを開いてるわけじゃないんだから』

 でも、哲成がいる時だけは、どうしても感情が優先されてしまって……

「つい……」
「ああ、ううん。責めてるんじゃなくて……」

 謝ったオレに、歌子はパタパタと手を振ると、

「あいかわらず、いいなあって思ったの。私には、出せない音」
「…………」
「その情熱。切なさ。素敵よ」

 にっこりとして言う歌子。『私には出せない音』と、出会った頃から言われている。でも、それを言うなら、オレには、歌子のように包み込むような慈愛に満ちた音は出せない。だからお互い様だ。

 そう言うと、歌子は、「ありがと」と、くすぐったそうに笑って、

「せっかくだから、早く哲成君のところに行って? 私、明日9時からレッスンだし、もう帰るね?」
「ああ」
「あ、それから明後日、よろしくね? 帰り、自主練してく?」
「そのつもりで楽譜持ってきた」

 こくり、と肯く。
 明後日の日曜日は、歌子のピアノ教室の発表会の本番だ。

 オープニング演奏として、歌子と歌子の友人のフミさんで連弾をするはずだったのに、フミさんが娘さんのインフルエンザをもらってしまい、明日来られなくなってしまったそうで、急遽、オレが弾くことになったのだ。プログラムには『オープニング演奏』としか書いていないので、オレの弾ける連弾曲……フミさん編曲の『星に願いを』のジャズバージョンを演奏することにした。この曲ならば、子供達も知っているので、ウケはいいだろう。

「じゃあね」
「気を付けて」

 歌子を送り出すのと同時に、哲成の座っている席に向かう。

 一歩……一歩。哲成に近づく……

「……哲成」
「おお」

 こちらを振り返った哲成は、なぜか眩しそうに目を細め……

「あいかわらず、お前のピアノはいいな」

 そういって、優しく笑ってくれた。オレはこの瞬間のためなら何でもする。



【哲成視点】

 約3年ぶりに聴く享吾の「月の光」は、苦しくなるほど切ない音がした。
 騒めいていた店内が次第に静まり返っていき、皆がそのピアノ演奏に惹きつけられ……最後の響きが消えてもなお、誰も話すことができないほどの緊張感に包まれた。

(なんだよ……それ)

 思いがあふれて、涙が出そうになる。

(お前、オレのこと好きすぎだろ)

 3年離れていても、全然変わらない。この3年の間に、亨吾は歌子さんを支えるために仕事までやめたらしいのに、享吾の「好き」はやっぱりオレだけに向いている、と確信できる音。

(オレだって……オレだって、お前のことが好きだよ)

 20年以上変わらない気持ち。でも……好きだから、一生一緒にいたいから、幸せになってほしいから、友達でいると決めた。だから、享吾と歌子さんの結婚も、心から祝福したんだ。

(キョウ……)

 でも、もしあの時、違う選択をしていたら……何もかも捨てて、自分の気持ちだけを優先していたなら……
 オレ達も、渋谷と桜井みたいに、人生を共にすることができたのかな。自分の気持ちを隠し続ける苦しみから解放されたのかな……


***


 大学在学中、オレには『森元真奈』という彼女がいた。

 真奈は小さくて可愛くて、それでいて理系頭で話が合うので、喧嘩もせず、ずっと仲良くやっていた。恋人というより兄妹のようだとまわりからよく揶揄われた。
 大学3年生の夏休みには、オレと真奈と享吾と歌子さんの4人で、真奈の家の別荘に旅行に行ったりもした。
 そうして一応『恋人』として、楽しい時間をたくさん作ってきたけれど、結局、真奈に対して恋愛感情を抱くことはなく……

 だから、大学卒業後、大学院に進んだ真奈に、そこで出会った先輩のことを好きになった、と告げられた時には、正直、ホッとした。

「頑張れよー」

 はしゃいで応援の言葉を送ったところ、真奈はせっかくの可愛い顔を、これでもかというくらい鼻に皺をよせた顔にして、

「テツ君は、女心が全然分かってない!」

と、プリプリ怒り出した。でも、怒っている意味が分からない。元々、真奈は、母親の再婚相手に片想いしていて、両親を油断させるためと当てつけのために、その人と似ているオレと付き合うことにしたのだ。でも、その想いを乗り越えて、好きな人ができたというのなら、こんなにメデタイことはないじゃないか。

「なんだよ、女心って?」
「なんでもないですーだ」

 イーッとますます鼻に皺を寄せて、「じゃあね!バイバイ!」と、思いきりオレの腕をバシバシ叩いてから行ってしまった真奈……

 その後ろ姿に、オレは万感の思いで、頭を下げた。
 真奈のおかげで、義母と上手くやっていけるようになった。合コンや飲み会を断る口実ができた。何より、亨吾に「お前も彼女を作れ」と言うことができた。真奈には感謝しかない。何もかも、真奈のおかげだ。

 だから……もう少しだけ、名前を貸してもらうことにした。
 享吾が、ちゃんと『彼女』を作るまで、オレは真奈と別れたことを隠すことにしたのだ。

 享吾には幸せになってもらわないといけない。享吾のお母さんが安心できるような『普通の幸せ』を手に入れてもらわないといけない。

(やっぱり、歌子さん……だよな)

 享吾のお母さんも気に入っている歌子さん。オレが享吾を好きだと気が付くきっかけの嫉妬をくれた人。

(歌子さんなら……)

 歌子さんだったら、認められる。歌子さんなら……

 そんなことを思って、やんわりと享吾に歌子さんを薦めてみるんだけど、享吾はいつもポーカーフェイスで、「興味がない」というだけだ。

「………あっそ」

 唇を尖らせながらも、安心している自分がいた。享吾はやっぱりオレのことしか好きにならない……。「彼女を作れ」と口では言いつつも、本当に「享吾に彼女ができる」ということがどういうことなのか、分かっていなかったように思う。

 こうして、享吾とは定期的に会えているし、ピアノを聴かせてもらえるし、仕事は念願の時計開発部配属になったし、18歳年下の妹の梨華はオレに懐いていてメチャメチャ可愛いし、何も言うことのない、満ち足りた生活を送っていた。あの日までは……

 就職して2年目、1998年。ノストラダムスの大予言の日まであと一年の7月末。

 父が脳梗塞で倒れたのだ。



------------

お読みくださりありがとうございました!

『4人で真奈の別荘に行く小話』を若い時にノートに書いたのですが、シュレッターしてしまったので手元には残っておらず……

内容は、こんな感じでした↓

別荘には寝室が2つしかないため、女子チームと男子チームに分かれて寝ることに。掛布団を女子チームに譲ってしまって、タオルケットしかない男子チーム。ベッドに並んで寝ながらも、寒くて震えていたところ、

「抱いてやろうか?」

と、哲成が享吾に手を伸ばし……、ぎゅっとくっついて眠ることにしました。とさ。

『ただ単に、受けっぽい哲成に「抱いてやろうか?」と言わせたかっただけ』という後書きを書いた記憶があります^^;

次回、火曜日更新のつもりでいます。
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BL小説・風のゆくえには~続々・2つの円の位置関係3ー2

2019年05月21日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 続々・2つの円の位置関係

【哲成視点】


 リハーサル終了後、花梨を楽屋で着替えさせてドアを出た瞬間、廊下の椅子に座っている享吾とバッチリ目が合ってしまった……

「……おお」
「ああ」

 お互い手を挙げて挨拶し合う。これは確実に、オレのことを待っていたようだ。
 さっきまでは、その場の雰囲気で誤魔化して、個人的な話はしないですんだけど……これでは話さないわけにはいかないじゃないか。でも……普通に話せる自信が、まだ、ない。だから、

(花梨をネタに帰るか)

と、思ったのに、花梨があっさりと、

「テックン、かりんトイレいってくる!」
「え」
「ここで待っててね!」

 とっととトイレに行ってしまった……。
 亨吾に目で促され、観念して、横にストンと腰を下ろす。

「…………」
「…………」

 数秒の奇妙な間の後、享吾がポツリと言った。

「…………いつから日本に?」
「……年末に」
「そうか。だからFacebookの更新やめたんだな」
「……………」

 つぶやかれて、「やっぱり」と思った。タイにいる間、無事を知らせる意味をこめて定期的に更新していたのだ。帰国してからは「帰国を知らせなくては」と思いつつ、再会する覚悟ができず更新できていなかった。

(やっぱり、チェックしてたのか)

 それを、嬉しい、と思ってしまう自分の気持ちはどうしようもない。
 関係を進めてはいけない、と戒めるために3年間離れた。でも、3年前と変わらず、好きでいてくれていることを求めている……

「…………」
「…………」

 ふうっと大きく息を吐いてから、なるべく普通に、会話を続ける。

「お前、発表会の手伝いっていつもしてんのか?」
「……いや、今回はたまたま。人手が足りなくて頼まれただけ」
「ふーん。繁忙期入る前で良かったな」
「…………」
「ん?」

 変な感じに黙ったので、顔をのぞき込んでやる。

「オレ変なこと言ったか?お前、いつも忙しいの4月5月あたりだよな?」
「ああ……いや……」

 亨吾は視線をそらすと、ボソッと言った。

「仕事……辞めたんだよ」
「え?」

 仕事、辞めた?

「それって……ついに独立したってことか?」

 亨吾は大学在学中に公認会計士の資格を取り、卒業後からはずっと大手の監査法人で働いていた。何度か独立の話もあったけれど、「面倒くさい」とか言ってしなかったのに、ついに……と思いきや、亨吾は軽く首を振った。

「いや、会計士の仕事を辞めたんだ」
「え!?なんで?」
「それは……」

と、亨吾が何か答えるよりも早く、上の方から涼やかな声が聞こえてきた。

「オーナー業とピアニストに専念するため、よ?」
「…………歌子さん」

 振り仰ぐと、亨吾の奥さんである、歌子さんがにこやかな笑顔で立っていた。

「私がピアノ教室が忙しくて、お店に手が回らなくなっちゃったから、亨吾君にお願いすることにしたの」
「え……」
「しばらく遊んで暮らせるだけ稼いでたしね。一度ゆっくりしてもいいんじゃない?とも思って」
「…………」
「でも、さすがなのよ。あちこちテコ入れしてくれたおかげで、お店の売り上げ、右肩上がりなの。この際、経営コンサルタントになったら?って感じ」
「…………」

 歌子さんの言葉に、亨吾は何だかホッとしたような顔をしている。

(…………あいかわらずだな)

 その表情にチリチリと胸が傷む。
 昔からそうだ。亨吾は歌子さんといると、妙に安心したような表情をする時がある。

(だから、結婚したんだもんな……)

 彼女は大きな愛の持ち主なんだ、と、昔、亨吾が言っていたことがある。

 歌子さんは、亨吾がオレを好きだと知っているのに、結婚してくれた。でも、オレも亨吾のことを好きだということは知らず、亨吾が一方的に片想いをしていると勘違いしている、らしい。

 歌子さんがにこやかに話を続けてくる。

「今は週一で亨吾君ピアノ弾いてるから、哲成君もまた聴きにきてね? 哲成君の席、いつも空けてあるのよ?」
「…………はい」

 自分の夫が片想いしている男ににこやかに接するって、いったいどういう心境なんだろう。『嫉妬』の『し』の字もみせない、裏のない笑顔。オレの方がよっぽど醜い嫉妬にかられている……。おそらく二人は、お互いの恋愛を容認する夫婦、ということなんだろうけど……

「あー、歌子せんせーい!」
「花梨ちゃん!」

 トイレから戻ってきた花梨に抱きつかれ、ニコーッとした歌子さん。その笑顔にもまったく嘘はない。

「上手にできてたね!楽しかった?」
「うん!楽しかった!」
「来週の本番も頑張ってね?」
「うん!ママ、みにくるって」
「そう。じゃあますます頑張っちゃおうか」

 しゃがみこんで、花梨と視線を合わせて話してくれる歌子さんは、すっかり「先生」の雰囲気だ。

(大きな愛……)

 そうだな……歌子さんには大きな愛があるのかもしれない。それに比べてオレの愛は……

「……哲成」
「…………」

 軽く頭を撫でられ、振り仰ぐと、亨吾の瞳がすぐ近くにあった。

「今は毎週金曜日に弾いてる」
「…………」
「よかったら……」
「…………」

 ………。そんな怯えた目、するなよ……

と、思ったけれど、もちろん言わなかった。そんな目をさせているのは、このオレだ。

「おお。じゃあさっそく来週いこうかな」
「ん。待ってる」

 ホッとしたように、嬉しそうに、泣きそうに、うなずいた亨吾。きゅっと胸が締め付けられる。


(そうだ。これでいい……)

 亨吾のピアノを聴いて、亨吾の愛に包まれて。
 それだけで満足する。

 そうやって20年以上過ごしてきた。
 これからも、そうして過ごせばいい。

 それだけで、オレ達は充分幸せだったんだから。

 これが、一生一緒にいるために、自分達で選んだ道なんだから。

 夢は、みない。

 この3年の間、何度もしてきたように、オレはプルプルと首を振った。男同士で幸せそうに寄り添っていた渋谷と桜井の影をふるい落とすために。




------------

お読みくださりありがとうございました!
本当は前回ここまで書くつもりでした。
歌子さんには歌子さんの事情があるので、そこはそのうち歌子さん視点で書こうかなあと。

家族の休みはまだ続いているため、金曜日更新できるか不安ですが、とりあえず、一応、金曜日更新のつもりで……。


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BL小説・風のゆくえには~続々・2つの円の位置関係3ー1

2019年05月17日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 続々・2つの円の位置関係

【哲成視点】


 3年2ヶ月ぶりに聴く亨吾のピアノの音は、やっぱり、包み込まれるみたいな優しい音がした。

 のは、いいんだけど………

「テックン、下手! 下手過ぎー!」
「そんなこと言われても……」

 妹・梨華の娘である花梨は、梨華同様に容赦がない。

 梨華の代わりにピアノの発表会の親子合奏に出ることになったオレ。今日はリハーサルがあるそうで、その前に全員で合わせる練習をしているのだけれども、現在、幼稚園児にタンバリンのダメだしをされている……

「ずれてるー」
「そんなはずは……」
「哲成」

 すいっと、亨吾が横にやってきて、こそこそっとオレに耳打ちをした。

「お前は、合ってる」
「え?」

 振り仰ぐと、亨吾は苦笑気味に、再びオレの耳元でささやくように言った。

「鍵盤ハーモニカの子達が走ってるのに、みんなつられてるんだよ。ヒカルちゃんの手拍子にちゃんと合わせられてるのは、お前と数人の親だけだ」
「あ……そういうことか」

 あはは、と笑って見返すと、亨吾は眩しそうな目をしてオレを見てから、またピアノに戻っていった。その横顔を見ていたら、ドッと体の力が抜けてしまった。

(ったく…………)

 本当に、全然、変わってない……

(お前、本当に、オレのこと好きだよな……)

 その目。バレバレ過ぎだよ……

(って、待て待て)

 条件反射的に「嬉しい」と思ってしまう自分にストップをかける。冷静になれ、冷静に。

 ふうっと息を吐いて、あらためて亨吾をみる。
 整った横顔。あいかわらずのイケメンっぷり。
 こちらをチラリと見て、目元を和らげるところも、全然、変わってない……

(3年も離れてたのに……)

 無理して離れた3年間なんか、亨吾にとっては何も関係ないみたいだ。以前と変わらず、オレのことが好き、という視線を隠そうともしない。隠すことができない、のか。

(3年、意味なかったかな……)

 いや、でも、オレには必要な3年だった、と思う。3年で少しは頭が冷えた。

(オレがしっかりしてればいい)

 前みたいに、亨吾と歌子さんを見守っていければいい。それで、亨吾と亨吾のお母さんが上手く付き合っていけるよう支えればいい。みんなが幸せでいるために、変な幻想は、見ない。


***

「哲成君?!」

 リハーサル本番、とのことで、練習していたリハーサル室から舞台下手に移動したところ、そこにいた歌子さんにビックリしたように声をかけられた。

「え、哲成君って、花梨ちゃんの……」
「伯父、です」
「わ、そうなんだ。亨吾君、知ってた?」
「いや……」

 亨吾が小さく首を振ってる後ろの方で、保護者の人達がコソコソ話している声が聞こえてくる。

「あの人、もしかして歌子先生の……」
「旦那さんらしいよ!」
「うわ。すっごいイケメン」
「ピアノも上手だったよねー」

 そうだろうそうだろう。オレの亨吾は、イケメンでピアノが上手。

(…………ってな)

 これまた条件反射的に自慢に思ってしまう。オレにとって亨吾は、もう、自分の一部みたいなものだ。でも……

『一生一緒にいるために……』

 オレ達は友達でいることを選んだ。だから、オレは3年も享吾から離れていたんだ。
 



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お読みくださりありがとうございました!
家族が体調不良で今週ずっと家にいるため、全然書けませんでした。更新しないのも悔しいので、とりあえず書いてあったところまで更新します💦
次回……火曜日更新……できるかな……


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コメント (2)
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