2024年4月末のお話。
【浩介視点】
なんだか、もやもやした気持ちが続いている。
昨日。4月28日は、慶の誕生日だった。
せっかく日曜日と誕生日が重なったというのに、慶は朝から仕事関係の用事で出かけていき、結局帰ってきたのは夜の8時を過ぎていた。
それからオムライスとケーキを食べたのだけれども、食べ終わったと思ったら、
「ちょっと仕事残ってて……」
と、申し訳なさそうに言って、パソコンとにらめっこをはじめてしまった。
(……うん。仕事……だな)
お茶を差し入れながら、パソコンの画面を盗み見たところ、あきらかに仕事と思われたので、ちょっとホッとする。
(いや、別に疑ってるわけではないんだけど……)
せっかくの誕生日。しかもめったにない日曜日の誕生日。
(ちゃんとお祝いしたかったな……)
そう思ってしまうのは、贅沢なことだろうか……
と、高校の同級生の溝部に言ったところ、
『この歳で誕生日祝いなんて、ケーキ食えば充分だろ』
と、言われてしまった。
翌日も祝日で休みだというのに、慶はまた仕事関係で朝から出かけてしまい、鬱々と過ごしていたところに、電話をかけてきた溝部。
用件が済んだあと、
『お前なんか元気ねーな』
と、鋭く突っ込んできたので、つい愚痴ったら、『お前、あいかわらずだなあ』と呆れられてしまったのだ。
『そもそも、渋谷なんて、高校の時も素で「誕生日忘れてた」って言ってたくらいのやつだぞ。自分の誕生日なんてどうでもいいんだろ』
「あー、あったね、そんなこと……」
懐かしい。そうだ。思えばあの頃から慶はずっと、誕生日とか記念日に興味がない。
「溝部のうちは誕生日どうしてる?」
『外食が多いかなあ。プレゼントは、さすがによつ葉は当日に渡すけど、陽太と鈴木は近い日の何かのタイミングで買ってやるなあ』
溝部の娘のよつ葉ちゃんはもう幼稚園の年長さんだ。陽太君は高校3年生。鈴木というのは溝部の奥さん。鈴木さんも高校の同級生なので、こちらにも分かるように「鈴木」と言っているのだろう。さすがにもう本人に「鈴木」呼びはしていないと思う。
今日、溝部が電話をしてきたのは、陽太君の学校に提出する書類についての相談だった。
『進路についての提出物に、保護者の意見を書く欄があってさ。文章変じゃないか、見てほしいんだけど』
とのことだった。鈴木さんに見てもらえばいいのに(鈴木さんは雑誌記者だ)、と言ったら、鈴木さんは仕事で明日までいないそうで……
『陽太のやつ、「これ明日提出だった」って今さっき出してきてさー。鈴木に連絡したら、適当に書いておいてって言うしさー。オレ、作文苦手なのに……』
そう言ってLINEで送ってきた文章は、別にどこも変じゃない。
「大丈夫。よく書けてる。気持ち伝わってくるよ」
子どもを信頼して、支えたいと思っている気持ちがしっかり書かれている。これを読んだら先生も「この保護者は大丈夫」と安心することだろう。
『本当に? お世辞いってないか?』
「言ってない言ってない」
『んじゃ、これで清書するわ。ありがとな』
「うん」
じゃ、と電話を切ろうとしたところで、『桜井』と呼び止められ、
『お前なんか元気ねーな』
と、つっこまれて、誕生日の話になった、というわけだ。
『仕事なんだから許してやれよ。祝いたいならこれから祝えばいいだろ』
「うん……そうだね」
溝部の言葉に無理やりうなずく。
「ありがとう。陽太君、受験頑張って」
『おーサンキューなー』
じゃあまた、と電話を切ってから、再び溝部からのLINEを見返す……
懐かしいというより、思い出すと背中が冷たくなってくる大学受験。
当時は、保護者は印鑑を押すだけで、こんな文章を書かせるなんてことはなかったから良かった。
「第一志望宣言、か……」
高校三年生の時、母親の希望にそって弁護士の道へ進もうとしていたところを、強引に、思い切り引っ張って、本当に行きたい道へと背中を押してくれた慶。
おれの人生の節目節目には、全部、慶の存在がある。
「慶にとってもそうだったらいいんだけど……」
…………。
…………。
………あ。そうか。
声に出してみて気が付いた。
慶の人生の節目である「誕生日」。もっときっちりかっちりぎゅーっとしっかり、関わりたかったんだ。
『この歳で誕生日祝いなんて、ケーキ食えば充分だろ』
溝部の言葉が頭をよぎる。きっと慶もそう思ってるんだろう。
でも、おれにとっては全然足りない。そんなんじゃ足りない。
慶の中をおれでいっぱいにしたい。
いっぱいにして、それで、それで……
「ただいまー」
「!」
慶! 帰ってきた!
「悪い。予定より遅く……、浩介?」
「慶!」
思いのまま、靴を脱ぎ終わったばかりの慶に思い切り抱きついたけれど、
「ちょっと待て」
慶は、ぱっと両手を挙げ、ぶんぶんと首を振った。
「手を洗う」
「うー……」
最近では、以前のように「帰宅後すぐにシャワーを浴びる」までのことはしなくなったものの、引き続き感染症対策にかなり神経質な慶。しょうがないんだけどさ……
「何か食いにいくか? って、おい」
丁寧に腕まで洗っている慶の腰を後ろから抱きしめると、慶が鏡越しに眉を寄せてきた。
「まだ洗ってる……」
「じゃあ、いっそのこと、もう、お風呂入ろうよ」
「………」
後ろからワイシャツのボタンをはずしていくけれど、慶は構わず無言で手を洗い続けている。うがいまでしてから、
「浩介」
くるり、とこちらを向いた。
「なんかあったか?」
「…………」
なんか、は、あった。慶の誕生日。昨日だけど。
でも、そんなこと言っても……
「なんかあったなら言えよ?」
「…………」
…………。
言ってもわかってもらえない気がする。気がするけど……
「言わないと伝わらないよね……」
「…………なんだ」
ひるんだような表情をした慶に、そっと口づける。
「あのね」
「…………」
「あの……、慶の誕生日をお祝いしたい」
「…………。は?」
予想通り、ますます眉を寄せた慶。
「それは昨日ケーキ食べた……」
「それじゃ足りないの!」
わざとムッとした表情を作ると、慶は「なんだそりゃ」といつものように言ってから、ふっと、いたずらそうな笑顔になった。
「それで風呂?」
「そうそう」
「なるほど」
じゃあ、と言って、慶はバサッとワイシャツを脱いだ。
「久しぶりにゆっくり入るかー」
「うん!あ、でも、まだお風呂ためてない……」
「やってるうちにたまるだろ。そんな早く終わらせるつもりねーぞ」
「…………」
慶って恥ずかしがり屋のくせに、時々こういう直接的な表現をしたりする。それに今更ドキドキしてしまうおれもたいがいだ。いったい何歳になったというんだ。
って、ときめきに年齢は関係ないか。
「慶……」
その頬を囲み、ゆっくりと口づける。
「お誕生日おめでとう」
心を込めて伝えると、慶は照れたように笑ってくれた。
終
---
お読みくださりありがとうございました!
今年の4月に途中まで書いたけれど、気に入らなくて没にしていたのですが……(気に入らない理由:浩介が鬱陶しい)
ブログやめちゃった?と思われる前に何か更新しないと!と思って、続き書いてみました。お目汚し申し訳ありませんー。
ちなみに、慶が誕生日を忘れていた話はこちら→初めての誕生日
高校二年生の二人。初々しい片思い中の慶君。
なんか、長い話を書きたいなーとずっと思っているのです。
候補として、慶の妹・南ちゃんの息子・守くんの話か、慶の病院の事務の須藤くんの話か……と思っていたのですが、
ふと「一緒にしてもいいんじゃない?」って気づいてしまった。
でもそうなると、登場人物多すぎて、、、
でも、片方ずつだとなかなか妄想が進まなかったそれぞれのお話が、なんとか進んでくれそうなので、挑戦してみようかなあ?と思っております。
なんていいながら、結局、慶と浩介の小話を書いていそうな気がする今日この頃。あ、もうすぐ浩介の誕生日だしね…(9月10日です)
ということで長々と失礼しました!
また!
読みに来てくださった方、ランキングクリックしてくださった方、本当にありがとうございます!