突然やってきたチヒロは、「お願いがあるんですけど……」と、小さな小さな声で言った。
「姉と同伴出勤してほしいんです」
「………は?」
同伴?
「姉は、歌舞伎町のキャバクラに勤めてて……」
「キャバ嬢?」
「はい。それで同伴を」
「……………」
意味が分からない……。
「何で?」
「あの……」
チヒロは、祈るように組んだ手を口元にあてて、こちらを上目遣いで見てきた。男に媚びる仕草。慣れている感じがする。
(ああ……やっぱり、なかなかの美形だな)
あらためてそう思う。
体は貧弱すぎて少しもそそられないけれど、顔だけは合格点だな………
そんなことを思いながら見下ろしていたら…………
突然、チヒロは壊れたお喋り人形みたいに一本調子で言葉を発しはじめた。
「真木さんは今まで見た誰よりもカッコよくてお金持ちで背も高くてカッコいいからアユミちゃんも絶対に満足して大喜びしてカッコいい真木さんを同伴していったらみんながビックリしてセーラちゃんすごいねって言われてアユミちゃんもたくさん喜んでカッコいい真木さんが……」
「ちょ、ちょっと待て」
慌てて手で制する。な、なんなんだ?!
「………」
「………」
チヒロは、停止ボタンを押されたように、ピタッと言葉を止め、ジッとこちらを見上げている。
「……意味が分からない」
「だから」
「ああ、いいいい」
口を開きかけたチヒロを再び手で制する。また言葉の羅列を聞かされたらたまらない。
「俺がカッコイイって話はもういい。そんなのは分かってる」
「……はい」
「で……君のお姉さんの名前がアユミ?セーラ?」
「あ……アユミが本名で、セーラがお店の……」
「………ふーん」
キャバクラか……接待や付き合いではしょっちゅう行くけれど、個人的には面倒くさくていかないんだよなあ……
「で、その同伴するってお願い聞いたら、俺に何か利点はあるわけ?」
「はい」
チヒロは、また祈るように手を組むと、コックリと肯いてから、言った。
「僕のこと、好きにしていいです」
「…………………………………。は?」
なんだそれは!? 呆れすぎて、開いた口がふさがらない。
姉のために自分の身を投げ出すっていうのか?
っていうか、それ以前に、その貧弱な体に、俺に言うことを聞かせるだけの価値があるとでも思ってるのか? 図々しい。
先日、コータと一緒だった時も、コータに3Pを提案されたけれども、ガリガリのチヒロを抱く気にはどうしてもなれなくて、結局、俺はコータとしかしなかったというのに。……まあ、もちろん本人にはそんなこと言ってないが。
無言のまま見返していたら、チヒロは俺に聞こえていないと思ったのか、「あの!」と叫んで、再び言った。
「僕のこと好きにしていいです!」
「………いや、あの……聞こえてるから」
つ……疲れる。何なんだこの子……。音声調節機能とか音声速度機能とかそういうもの全部壊れてるのか? 先日は、チヒロはほとんど言葉を発しなかったので気が付かなかった……
「……ダメですか?」
「あー………」
いつもだったら、こんな意味の分からない依頼は速攻で断るところなんだけれども……
(やっぱり……少し、慶に似てる)
手に入りそこねた天使の姿と重なる。この子と一緒にいたら少しは気が晴れるだろうか。
「まあ………、いいよ」
「ありがとうございます」
ほっとしたように息をついたチヒロ。その白皙に触れてみる。
(ああ……慶の方が年上なのに、慶の方が艶やかだったな……)
栄養状態が悪いのだろう。血色も良くない。そういうところも、少しも似ていない。
(まあ、しょうがない……)
今晩はニセモノで気を紛らそうか。
***
それから4日後。
渋谷慶に再会した。彼の勤める病院の研修室で行われた勉強会に参加したのだ。あいかわらずの完璧の美貌と輝くオーラに圧倒される。
(ああ……やっぱり)
ちらちらとこちらに視線を送ってくる彼の様子にほくそ笑んでしまう。やっぱり俺のことが気になってしょうがないらしい。
お仕置き的に無視していたけれど、勉強会終了後に、慌てて追いかけてきたので、許してやることにした。の、だけれども……
そこで、驚くべき事実を告げられた。
「おれ、バリタチなんで!! すみません!!!」
…………。
…………。
…………え?
バリタチ? この子が? この可憐な天使が???
よ、予想外すぎる……。
予想外過ぎて………笑い出してしまった。
「君のその情熱的な視線は、完璧なタチである俺への憧れのものだったのか……」
すっかり勘違いしてしまったじゃないか。でも、タチだなんて、その可憐な容姿からは想像できないからしょうがないだろう。
(あ、でも、この子、すごい体鍛えてるんだった。それに、あの鳩尾に繰り出した蹴りは……)
「君、喧嘩しなれてるの?」
たずねてみたところ、彼は頬をポリポリとかいて、
「ええと……、おれ、背も低いし、顔もこれだから、昔から馬鹿にされることが多くて……それで鉄拳制裁っていうか……」
「なるほどね」
納得。バリタチなのはそのコンプレックスのせいだろう。
(では、作戦変更だ)
当然、この完璧な天使を手にいれることを諦めるなんてことはしない。
頼りになる先輩、という地位を確固たるものにして、その後でゆっくり攻略していこう。
「ここは潔く、君のことは諦めるよ。また蹴られたらたまらないしね。これからは友人として、医師仲間として、よろしくな」
最上級の頼りになる先輩風の笑顔で手を差し出すと、彼はパアッと表情を明るくして、
「よろしくお願いします!」
ぎゅっと強く手を握り返してきた。その笑顔の可愛いこと!
「うわ、その笑顔……ホント天使だな……」
「!」
思わず本音をつぶやいたら、思いっきり飛び離れられてしまった……。
ああ、気を付けないとだな……
**
その日の夜、チヒロを呼び出した。
(ほんと、顔だけはいいんだけどなあ……)
その無気力な瞳と痩せすぎの体がどうにもこうにも気に食わない。顔だけはいいんだから、もう少しマトモになってくれれば、彼を手に入れるまでの慰めになるというのに……
でも、チヒロには一つだけ特技があった。
「前回と同じ感じでいいですか?」
「うん」
ふわりと漂うラベンダーの香り。温かい手が体中を辿ってきて、心地が良い。アロマオイルを使ったマッサージ。リラックス効果は抜群だ。
こないだやらせてみたら思いの外上手だったので、「姉との同伴出勤」という意味の分からない依頼の報酬は、マッサージにすることにした。聞いたら、よく姉のマッサージをしているので慣れているそうだ。
(ああ……気持ちいい)
惜しいなあ……。これでもう少し魅力的な子だったらなあ……。ああでも、魅力的すぎたら、こうして呑気にマッサージなんかされていられなくなるから、ちょうどいいのか……
(あ、それとも……)
太らせてから喰うっていう手もあるな。そんな童話もあったっけ……
「ねえ、チヒロ君」
うつ伏せの状態から、顔を少し上げて横にいるチヒロを見上げる。
「君さあ……ご飯ちゃんと食べてる?」
「ちゃんとって……」
チヒロはキョトンとしてから……
「ちゃんとというのが他の人と同じ量という意味なら食べてないことになるけど僕にとってはそれで問題ないのでちゃんとだけど他の人にとってちゃんとかと言われると……」
「わかった。もういい」
またはじまった言葉の羅列を即座に止める。
「量は人それぞれ適量があるから構わないが……」
「…………」
「その少ない量の食事は、きちんとバランスの取れたものなのか?」
「バランス?」
首をかしげたチヒロ。
………。何も考えて無さそうだな……。
「じゃあ、明日の朝は、『ちゃんと』バランスの取れた食事をしよう」
「え………」
「このホテルのビュッフェ、おいしいから。俺がセレクトしてあげよう」
「え!」
泊まっていいんですか?
ビー玉みたいな瞳に嬉しそうな色が浮かんだ。
綺麗な……色。
(………。そんな顔もできるのか)
ふーん……と思いながら、頭を元に戻す。そして、その心地良い手と、香りに身をゆだねていたら、ウトウトしてきて……
しばらくして、隣に潜り込んできた痩せた身体を抱き枕かわりに抱きしめて眠ったら、久しぶりに朝まで一度も目が覚めることはなかった。
<完>……そして、二人の物語に続く
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お読みくださりありがとうございました!
「その瞳に」の3と後日談の真木さん視点でした。
次回から真木さんとチヒロの新シリーズ
「グレーテ」をはじめます。どうぞよろしくお願いいたします。
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