大江戸余話可笑白草紙

お江戸で繰り広げられる人間模様。不定期更新のフィクション小説集です。

浜の七福神 65

2014年05月31日 | 浜の七福神
 暫し考え込むが、円徹には言い逃れは通じまい。いや言い逃れではなく、見た事全てが真実なのだ。何をどう話せば良いのかと、文次郎の脇腹を小突く。
 うっと、低いうめき声を上げた文次郎だった。
 「そりゃあよ、阿弥陀様は鼠や蟹なんかと違って、徳があらあな。高貴なお方は、ちょろまか動いたりはしねえもんだ」。
 分かったような、分からないような。
 「文次郎兄さん。親方の木彫りは、特別って事ですよね」。
 「何でい、てんから分かってるじゃねえか」。
 「分かってはいますが、でも…」。
 木彫りが動き出すなど、辻褄が合わない。それでも、面白い方が良いだろうと、甚五郎は高らかに笑うのだった。
 「おう、すっかり陽も暮れちまったが、どうにも旅籠が見当たらねえな」。
 「へい、宿場ではないようで」。
 ならば野宿でもするか、どこかの納屋にでも潜り込むかと、何処までが本気か、慌てる様子のない甚五郎である。
 「親方、雨ですぜ」。
 「そうさな。だったら野宿は辛えな。まあいいさ、あすこに厄介になるとするか」。
 甚五郎の視線の先には、今にも崩れ落ちそうな藁葺きの、小さな小さな百姓屋がぽつり。
 「親方、こんな所に人が住んでますかい」。
 あばら屋と言った方が良い荒廃振りに、文次郎さえも、臆するのだった。
 「誰もいなけりゃ、その方が都合が良いってもんよ。雨露を凌げればそれでいいのさ」。
 甚五郎が声を掛けると、戸と言うには烏滸がましい、板きれがすっと横に滑り、ひとりの女が姿を現すが、如何せん困惑顔である。
 「あれっ、さっきのおっちゃんだ」。
 女の後ろから覗いた顔は、先程川で鮎釣りをしていた幸太。それならば無下に断る訳にもいかず、甚五郎たちを囲炉裏端へと促すのだった。
 囲炉裏端には、幸太が釣り上げた鮎が、枝に通されて立てられ、香ばしい香りを漂わせている。
 「なぁんもおまへんので、この鮎を食べておくんなはれ」。
 幸太の母親は、甚五郎たちに鮎を勧めるのだった。
 「女将さん、そりゃあいけねえよ。これは幸太が旦那の為に釣った鮎だ」。
 「やけど、あとは稗しかおまへんのや」。
 僅かばかりの稗しか蓄えがないと、幸太の母は悲しそうな顔を向ける。
 「なあに、一度くれえ飯を抜いたって、死にやしねえ。あっしらは、ここで寝させて貰えりゃ、それで構ねえよ」。
 囲炉裏脇で、ごろりと横になった甚五郎。腕枕で直ぐにこくりこくり。





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