一方、あてもなく京の町へと飛び出した文次郎。都に不案内の円徹の行きそうな所はと、昨日からの足取りを辿るが、円徹らしき子どもの姿を見た者はおらず、徒労に終わろうかとしていた。
「あいつは、本気で逃げちまったのか」。
既に夜の帳は下り、辺りは漆黒の闇である。寺社仏閣があちこちにひしめく京の町。辺りは静寂に包まれ、人気もない。
「馬鹿だな。怖えだろうによ」。
円徹の名を叫びながら、京の町を探し回った文次郎が、大松屋へ戻った頃には、既に空は白み始めていた。
一日だけ待ちたいと言う文次郎の望みは、見事に打ち消され、旅支度を整えた甚五郎と文次郎が、大松屋の帳場へと足を向けた丁度その時だった。
「女将さん。申し訳ありません」。
息を切らせた円徹が、件の水仙の花の入った花立てを女将に手渡していたのである。
「直ぐに、何とかしないと花が枯れてしまうと思い、訳も話さず、飛び出してしまいました」。
見れば、花立てからちょこんと花が顔を出しているくらいに、水仙の尺は随分と短くなってはいたが、枯れる事もしおれる事もなく、これまでと変わらぬ花を咲かせていた。
「円徹。何処へ行ってたんだ」。
「文次郎兄さん。花が枯れないうちにと、急いで今日庵まで行って来ました」。
「今日庵だって。おめえ、あんな北の方まで行ってたのか」。
船岡山に近い、北の外れにある、裏千家の千宗室の住まいである。
「お茶のお師匠さんなら、茶室に一輪の花を飾っているので、何とかしてくれると思って」。
「それは生きた花だ」。
大門違いだと、文次郎は頭を横に振るが、こうして円徹が無事に戻り何より。甚五郎へと顔を向けるが、険し顔付きでへの字に結んだ口元を、懐から出した手で指すっている。
「ですが、ちゃんと茎を水切りして、湧き水に挿してくださいました」。
女将に手渡した水仙を指差す円徹。
黙って聞いていた甚五郎の、への字の口元が少し開いた。
「文次郎、如何して今日庵を知っていたのかを聞いつくんな」。
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「直ぐに、何とかしないと花が枯れてしまうと思い、訳も話さず、飛び出してしまいました」。
見れば、花立てからちょこんと花が顔を出しているくらいに、水仙の尺は随分と短くなってはいたが、枯れる事もしおれる事もなく、これまでと変わらぬ花を咲かせていた。
「円徹。何処へ行ってたんだ」。
「文次郎兄さん。花が枯れないうちにと、急いで今日庵まで行って来ました」。
「今日庵だって。おめえ、あんな北の方まで行ってたのか」。
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「それは生きた花だ」。
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「ですが、ちゃんと茎を水切りして、湧き水に挿してくださいました」。
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