大江戸余話可笑白草紙

お江戸で繰り広げられる人間模様。不定期更新のフィクション小説集です。

浜の七福神 52

2014年05月18日 | 浜の七福神
 売って欲しいってえ者が現れらなら、売ってしまっても構わないが、相手が町人なら五十両、侍なら百両。びた一文まけてはならないと、甚五郎は女将に言い含めていたのだった。
 深い溜め息を付く、善右衛門であった。鴻池の財を持ってすれば、五百両とて千両だとて惜しくはない。
 「千両かい。女将はそれでも手放さなかったのかい」。
 己なら、千両と聞けばほいほい手放すと甚五郎。それを聞いて善右衛門の顔がぱっと明るくなった。
 「ほな、造っていただけるのやったら、千両お支払いさせて貰いますわ」。
 裏庭の竹を全部切り取り、大松屋と同じ水仙を造れるだけ欲しいと言う。
 「幾ら鴻池の旦那の頼みでも、こればっかりは出来ねえ相談だ。あっしは二度とあれを造る気はありゃしねえ」。
 ならば、幾らなら造ってくれるかと、善右衛門が食い付くが、金子ではないのだと甚五郎。
 「竹に花を咲かせるなんて芸当をして日にゃよ、あっしの寿命が縮むってもんでさ」。
 千両が二千両でも、命を削ってまで造る気はないと言われれば、善右衛門とて引き下がるしか術はなく、がっくりと肩を落とし、うな垂れるのだった。
 一連の話に、耳をぴくりと動かした円徹。件の水仙が飾られた大黒柱へと、こっそり向かうのだった。
 「ただの竹細工の水仙だよな」。
 花立てから水仙を抜いてみれば、竹の茎から水滴が落ちる。水を切らさぬようにとの甚五郎の言い付けは、未だ守られていた。
 「こら円徹。人様のもんを勝手にいじるんじゃねえ」。
 円徹が何か仕出かすのではないかと、後を追って来た文次郎である。
 「文次郎兄さん。竹細工の水仙に水が必要なのですか」。
 「だから親方が言ってたじゃねえか。毎日水をやれば花が咲くって」。
 元は蕾だったと言われても、はいそうですかとは信じられない円徹。甚五郎が蕾と開花した水仙の二本を造っておいたのではないかと考えるのだった。
 「文次郎兄さん。竹が水を吸って膨らんで、花を咲かせたように見える。って絡繰りじゃないでしょうか」。
 「馬鹿だな。蕾がでかくなりやがっただけで、開いて花が咲くもんか」。





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