大江戸余話可笑白草紙

お江戸で繰り広げられる人間模様。不定期更新のフィクション小説集です。

浜の七福神 55

2014年05月21日 | 浜の七福神
 己で聞けば良いものをと、眉を潜めて甚五郎を見るが、ふんと文次郎からも目を反らす。
 「円徹、如何して今日庵を知ってたんだい。都は始めてじゃなかったのかい」。
 甚五郎と文次郎の、おかしなやり取りに、おやっと思う円徹だが、先程から苦虫を噛み潰したような顔で、すっかり旅支度の甚五郎の様子から、己が失態を仕出かし、逃げたと思われている事を悟るのだった。
 「前に宗室様が、寺にお見えになった折りに、京へ上る事があったら、訪ねて来るようにと教えてくださいました。それに、母上が、花は水切りをすると、長持すると良くお言いでした。私には、水切りが何か分からなかったので、宗室様にお願いしようと思ったのです」。 
 「文次郎、如何して甚五郎親方に、先に言わなかったのか聞いてくんな」。
 ふうと溜め息を付いた文次郎。
 「円徹、だそうだ」。
 既に円徹にも届いている、面倒だと文次郎は甚五郎の言葉を割愛する。
 「それは、申し訳ありませんでした。水仙が痛そうだったから…だから、早く治してあげたかったのです」。
 「痛そうだったって」。
 思わず声を発し、慌てて両の手で押さえる甚五郎。
 「文次郎、造った本人よりも茶人の方が、信用出来るってえ訳かと聞いてくんな」。
 「円徹、どうなんでい」。
 「それは…、親方は、自分で彫った龍の目に釘を打ち付けるので、水仙が乱暴にされたら可哀想だと思って…」。
 拗ねたように口をすぼめる円徹の愛らしさに、笑いを堪え切れなくなった女将。
 「甚五郎親方の負けどすな。ええお弟子はんやおへんか」。
 口をすぼめたまま、上目遣いに甚五郎を見る円徹。その視線を避けようと、そっぽを向きながら甚五郎。
 「文次郎、早く支度しねえと、置いてくぞと言っとくれ」。
 「はい親方。直ぐに支度します」。

 甚五郎作の竹の水仙。寸詰まりになったが、花が枯れる事はなく、更に花立てには、裏千家千宗室の裏書きまで加わり、千両箱と引き換えにと申し出る大名やお大尽が後を絶たなかったとか。
 「あっしだって、江戸城の紅葉山で、折れた桜の枝を接ぎ木した事があるんだがね」。
 家康によって植樹された、桜の枝を誤って折り、途方に暮れる女中の為に、一肌脱いだ甚五郎。折れた枝と木に細工を施して霧を吹けば、見事に接ぎ木が完成。
 これが大久保彦左衛門経由で将軍家光の上聞に達し、お褒めの言葉を頂いた程の出来だったのだと、甚五郎は自負するが、この度は、茶人にしてやられたのだった。
 「弟子に、信用されなかったとはねえ」。
 さすがの甚五郎も苦笑い。





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