大江戸余話可笑白草紙

お江戸で繰り広げられる人間模様。不定期更新のフィクション小説集です。

浜の七福神 59

2014年05月25日 | 浜の七福神
 「小野派一刀流の流れを汲む井崎館で、塾頭を倒した、未だ十になるかならないかの門弟の事で」。
 気のせいか、円徹のうなじは、朱を帯びているかのように見えなくもないが、顔を伏せ、握った拳が小刻みに震えている。
 「清兵衛、そりゃあ、あっしの彫り物と同じで、逸話ってもんだろう」。
 小さな話が流れ流れて、大きくなるのは世情の常。増してや房州の話が近江の清兵衛へ届くまでには、尾ひれが付こうというものだと、甚五郎。
 「如何してそれが円徹なんでい。そんなおかしな話に、あっしの弟子を巻き込まねえでくんな」。
 「顔が…、生き写し…。いや、他人の空似か」。
 これ以上は何も言うなと、甚五郎は釘を刺す。その鋭い瞳に事を察した清兵衛も、余りに面構えの良い子だったので、つい軽口が過ぎたと、円徹に詫びるのだった。
 「それで、甚五郎兄さん。この円徹の腕はどうなんですか」。
 「おう。そりゃあよ、おめえんとこの慎之介にゃ負けねえぜ」。
 まあ、円徹の方が上だがなと付け加えたもので、清兵衛も負けじと、慎之介の素養を語り尽くす。双方酔いも手伝い引く気配はない。
 「円徹、慎之介さん。もう朝まで終わらねえ。あっしらは、先に寝ようぜ」。
 呆れて腰を上げたのは文次郎だった。
 「円徹、気に病むんじゃねえぜ。大森の親方は、あっしの事も、上野の悪平太なんぞ言い放った事があるくれえだ」。
 「悪平太ですか」。
 「そうさ、入門した時分に、利かねえがきだったからよ」。
 「それなら、私は山上の龍神と言われています」。
 「山上だって」。
 山上藩家臣だと告げる慎之介の言葉に、顔を曇らせる円徹。
 「まあ、久し振りに清兵衛にも会えたし。良しとするか」。
 何やら明け方まで、熱く語り合っていた、甚五郎と清兵衛。未だ未だ頭の中では、酒が渦巻いている。
 「親方、おかしかねえですかい」。
 「如何してだい、文次郎」。
 浜の小天狗が逸話にしろ、実存するにしろ、房州だけで、それを円徹と決め付けた清兵衛に訝しさを抱いていた。
 「しかもですぜ、江戸にいるあっしらも知らねえのに、如何して近江の山上城下の清兵衛親方が、房州の事なんぞを知ってなさるんですかい」。
 その思いは甚五郎も同じだった。だが、その事に触れたら、円徹が消えていなくなるのではないかといった、一抹の不安も事実。




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